海神と迷子? 10※※ご注意※※
・著しいキャラ崩壊
・オリジナル扱いのギリシャ神様
・どっか(米制作アニメ映画)で見たようなシーン
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次のページへどうぞ
翌日の早朝にプロテウスを伴にしてポセイドンは迎えに来た。まだ一番鶏が鳴いたばかりの、あまりに早い時間に来たので、まだ千栄理は寝ている上に診察も終わっていない。気が早過ぎる大叔父の行動に、徹夜明けのアスクレピオスは濃い隈もそのままに頭を抱えた。
「ちょっと、まだ夜明けたばっかっすよ。大叔父様」
「アスクレピオス、早く診察しろ。千栄理を海へ連れて行く」
「? よく分かんないすけど、もうちょっと寝かしてやりましょーよ。折角気持ち良さそうに寝てるんすから」
欠伸を噛み殺しているアスクレピオスはポセイドンを病室に入れることを止めはしなかったが、――アスクレピオスはポセイドンより神格が下の為、止めようが無い――千栄理のベッドカーテンを少しだけ開けて彼女がまだ眠っている様子を見せた。
「起こしはせぬ。千栄理が目覚めるまで待つ」
千栄理の寝姿が見えた一瞬、ポセイドンの氷のような無表情が綻んだことに、アスクレピオスは少々驚いたが、すぐに何でもないように振る舞う。
「じゃあ、そっと入ってください。もうちょっとしたら、ご飯持って来るんで」
一度だけ頷くと、ポセイドンはそっとカーテンの中に入り、丸椅子に座って読書を始めた。主人の邪魔をしてはいけないと、プロテウスはカーテンから少し離れて待つようだ。こんな素直な彼は却ってやりにくいなと感じつつ、アスクレピオスもまた欠伸を噛み殺しつつ、少し仮眠を摂ることにしようと病室を出て行った。
陽が昇り、鳥の声が聞こえてくると、それに誘われるようにして千栄理は起きた。傍らに既にいたポセイドンを見て少し驚いた彼女は、ゆっくり上体を起こして髪を整えてから朝の挨拶をする。体調はどうだとポセイドンが訊くと、目眩も怠さもすっかり治まったとにこやかに返ってくる。
「プロテウス、アスクレピオスを呼べ」
「はい、只今」
主人の命を忠実に守ろうと、プロテウスは真っ直ぐ宿直室を目指す。仮眠をしようとベッドに入り、うとうとし始めた辺りでプロテウスが容赦なく乱入し、叩き起される羽目になったアスクレピオスは、泣きたい気持ちでいっぱいだった。
「うん、至って健康」
朝の検診と食事を済ませ、最後の診察を終えて千栄理は晴れて退院する運びとなった。着替えを済ませて荷物をまとめ、退院の手続きを済ませる。アスクレピオスに礼を言うと、彼はひどく眠そうに「また何かあったら、頼ってくれて良いから」と言い、最後にまた飴をくれた。甘露飴のようだ。
「本当にお世話になりました。先生」
「ん。もう一人で危ないとこ行っちゃだめだよ」
「はい、気を付けます」
今回のことで警戒心を持って行動することの大切さを学んだ千栄理は、なるべく一人にならないようにしようと心に決めた。別れ際にもう一度礼と体を気遣う言葉を残し、去って行く千栄理の後ろ姿を見送りながら、アスクレピオスはもう一度寝直そうと、とぼとぼと宿直室へ足を向けた。
病院を出ると、まだ早朝の空気が僅かに残っている、透き通った雰囲気の中、不意に千栄理はポセイドンに荷物を取られ、それらをプロテウスに預けられる。自分で持てると言う前に、今度は彼の腕に抱き抱えられた。「後は任せた」とだけプロテウスに言い、ポセイドンはさっさとその場から立ち去ってしまった。いきなり連れ出された千栄理は上手く状況が飲み込めなかったが、海が見えてきた辺りで昨日の約束を思い出した。
真っ白な浜辺に着くと無言で下ろされ、「少し待っていろ」と告げられる。千栄理が大人しく動かずにいると、ポセイドンは海に近付き、少し割った。水が道を開くように彼を避け、ポセイドンは千栄理に手招きをする。彼女はそれに従い、無言のまま一人と一柱は海中へ姿を消した。
柔らかい砂の感触を楽しんでいると、不意に前を歩いていたポセイドンが足を止める。こちらへ向き直ると、海水は彼らを包むように丸くドーム状に空間を作った。水を動かし続けているので、辺りはざあざあと流水の音が激しく、少し声を張らないと互いの声は聞き取れないだろう。そう思った彼女だったが、何故かポセイドンの声だけは何よりも明瞭に聞こえていた。
「ここだ」
「……はい」
じっと千栄理を見つめ、答えを待つポセイドンと少し俯き、考える千栄理。一人と一柱の間には不思議な静寂が訪れていた。その静寂の中で千栄理は彼との関係を考える。
これまでポセイドンには何度も危ないところを助けて貰った。その上では、彼女は素直に感謝をしている。しかし、同時に考えることは、やはり彼の性格だ。普段、口数は極端に少なく、表情の変化にも乏しいせいで何を考えているのか分からない。その上、神らしく他者を寄せ付けず、大抵の神や他種族のことは「雑魚」と言って視界にすら入れない。全身から放たれる神気と威圧感は圧倒的に拒絶の色が強く、近寄り難い。その姿は気高くもあり、威厳に満ち溢れているが、同時に何とも言えないものを千栄理は感じていた。はっきり言ってしまえば、ポセイドンという神は傲慢そのものなのだ。
しかし、彼がそれだけの神であったなら、今日まで彼女は思うところなど、何も無かった。それどころか、嫌悪していただろう。先程挙げたことは否定はできない。だが、彼がそれだけではないことも彼女は知っている。徐々に徐々に、不器用ながら優しさと笑顔を向け、言葉と触れ合いを通して精神的にも物理的にも距離を縮め、お互いを理解しようという気持ちも感じるようになった。今のポセイドンは昔のポセイドンとは違う。やっぱり、今の自分の気持ちに素直に従おう。
そう決めた千栄理はゆっくりと穏やかに、目の前の神と視線を交わす。答えは決まった。後は口にするだけ。
「……わ……わたし……」
震える。たった一つの言葉を紡ぐだけなのに、緊張で体が震えるのだ。上手く言えなかったら、どうしよう。声が小さくて伝わらなかったら、どうしよう。一瞬、そんな弱気な考えが浮かんだが、千栄理は咄嗟に頭を振って否定する。言う。言うんだ。言わなきゃ。言うって決めたんだから。
一度だけ深呼吸をして真っ直ぐポセイドンを見た千栄理は、はっきりと告げた。
「私も、ポセイドンさんが……好きです……っ!」
彼女にとっては、一世一代の大勝負に出る程の覚悟と緊張の中、答えたつもりだった。しかし、それに反してポセイドンの反応は「無」だった。相も変わらず無表情、無言で千栄理を見つめている。
一瞬、聞こえていなかったのかと思い、もう一度と口を開きかけた時、不意にポセイドンに抱き上げられた。軽々と彼の目線より高く抱えられ、千栄理はポセイドンを見下ろす形になる。
「わっ!? ぽ、ポセイドンさんっ!?」
「……千栄理。その言葉に偽りは無いな?」
真っ直ぐ見つめてくるポセイドンの蒼い双眸を、同じように真っ直ぐ見つめ返している千栄理は「はい」と肯定する。この感情に嘘偽りは無い、心の底から感じたことだ。
ゆっくりとポセイドンの腕の中へ下ろされる。好きと認めた瞬間から、その温かさや感触が今までで一番心地の良いものだと感じた。
「愛している。千栄理」
「私も愛してます。ポセイドンさん」
ポセイドンは千栄理の背に、千栄理はポセイドンの首に腕を回し、もう二度と離れないように、互いに抱きしめ合う。そして、どちらからとも無く互いの顔が近付き、触れるか触れないかというところで海水のドームはポセイドンの力により、厚さを増して外からは完全に見えなくなった。