海神と恋人※※ご注意※※
・キャラ崩壊
・オリジナル扱いの妖精さんが出てきます
以上のことを踏まえて、それでも大丈夫という方は、次のページへどうぞ
五日ぶりにポセイドンの城へ帰って来た千栄理は荷解きをした後、やっと落ち着いたとソファに腰掛ける。ポセイドンもその隣に座り、そっと千栄理を抱き寄せた。
「ポセイドンさん……」
「……」
千栄理はポセイドンの目を見、ポセイドンも千栄理の目を見返す。ゆっくりと彼の顔が近付いてきて、再び唇が触れ合う。かと思われた。
「……ポセイドンさん、お仕事には行かないんですか?」
「………………行か」
「行ってください。昨日お休みしちゃったんですから」
ふに、と千栄理に人差し指で唇を軽く抑えられたまま、ポセイドンはむっと不満そうな顔をする。
「そんな顔したって駄目です」
「……駄目か?」
今度は何処と無く寂しさを滲ませるポセイドンだったが、千栄理は許してくれない。恋人になった途端、少し厳しくなった彼女を抱き締めて今度こそ不満を口にした。
「…………お前と離れたくない」
「…………。駄目ですってば。お仕事は行かなくちゃいけませんよ」
「少し考えたな」
「からかわないでくださいっ」
ムキになって睨む千栄理の表情に、ポセイドンは笑みを浮かべてまた顔を近付ける。またキスされるのかと目を瞑った千栄理の額に軽く口付けてから立ち上がった。拍子抜けしたと素直に表す彼女へ勝ち誇った顔をして見せて、「では、行って来る」とだけ言い残したポセイドンはさっさと退室してしまった。
部屋に一人残された千栄理は、何をされたのか、自分なりにやっと理解すると、何だか悔しいような思いがして一人で赤面し、「もうっ!」と声を上げた。
ポセイドンが見回りの仕事から帰って来てデスクに就くと、さっと近寄って来た千栄理は彼の顔を自分の方へ向かせて、その額にキスをする。僅かに瞠目するポセイドンに、千栄理は勝ち誇って言った。
「さっきの仕返しです!」
得意気に鼻を鳴らす彼女に、ポセイドンと傍らにいたプロテウスは、思わず込み上げてくる笑いを押し殺すのに苦労させられた。
「……余の伴侶は愛らしいな」
「は、伴侶……」
噛み締めるように小さく呟き、嬉しくて堪らないという様子で口元を手で隠す千栄理。少しポセイドンから離れたことで、自然と視界に入ってきたプロテウスの存在に、はっとどこか夢見心地の世界から帰って来た彼女は、途端に耳まで真っ赤になってもじもじし出す。
「す、すみません。私ったら、はしたないことを……」
「今更か」
「だ、だってぇ……」
赤くなった顔を両手で覆い隠す千栄理を見て、ポセイドンは可愛くて仕方がないとでも言いたげに笑んだ。仕事の手を止めずに時折、千栄理へ目を向けながら言う。
「これが終わったら、そちらへ行く。暫し待っていろ」
「あ、じゃあ、私、お茶を淹れて来ます」
踵を返して退室しようとした千栄理の背にプロテウスが呼び止めようとするが、ポセイドンがそれを制した。今までそんなことをしなかった主人へ訝しげな視線を投げ掛けるプロテウスに、ポセイドンは「好きにさせてやれ」と寛大な態度を見せた。
「ポセイドン様、宜しいのですか?」
「……今まで甘やかしていたが、これからはそうも行くまい。少しずつ、余の伴侶として相応しい振る舞いを身に付けさせよ。プロテウス、お前を彼奴の教育係として任命する」
ポセイドンの言葉にプロテウスは驚きを隠せず、自分の胸に手を当てる。
「私が……でございますか?」
「他に誰がいる。喩え伴侶といえど、余の隣に立つのであれば、相応の女でなければならぬ。どのような者が余に相応しいか、お前なら分かるだろう」
「は……承知致しました」
千栄理の立場が決まり、ポセイドンの意思を聞かされたプロテウスは主人とその恋人を思い、感慨深いものが込み上げてくるのをただ静かに胸に秘めていた。
掃除が済んで誰もいない厨房に入った千栄理は、いつもプロテウスがそうしているように戸棚からティーセットを取り出し、お湯を沸かし始める。その間に紅茶の茶葉を選ぶのだが、幾つもの種類からどれを選ぶのが良いのか、知識の無い彼女にはてんで分からなかった。
茶葉に迷っている彼女を窓の外から覗き見ている少年が一人。ベリアルだ。その手には一本のビール瓶が握られており、それを軽く揺らすと、彼はくすくすと忍び笑いを零す。
「いたいた。ポセイドン様の御寵姫が。……ふ〜ん? ああいうのがお好みなんですねぇ。まぁ、どうでもいいことです。ぼくは仕事をするついでに遊び相手になって貰えれば、万々歳ですから」
くすくす笑いながら、ベリアルは魔力で厨房の出入口に鍵を掛け、自分が覗いている窓をほんの少しだけ開ける。持っているビール瓶の口を開けると、その隙間に捩じ込んだ。瓶の中身が出て行きすっかり軽くなると、窓を閉めて鍵を掛けた。
「さ〜て、まずはお手並み拝見と行きますか。あのくらい自力で御せないようでは神に相応しくありませんからね。ハデス様に後で『レベルが低いな、ベリアル』って言われるかもしれませんけど〜。今日は挨拶みたいなもんなんで、許してくださいね〜。ハデス様」
この場にいない神へふざけた口調と物真似で謝罪らしくない謝罪を呟きつつ、ベリアルはただ変化を待った。
薬缶の口から湯気が立ち上り、もうすぐ甲高いピーッというあの音が噴き出すだろうというところで突然、コンロの電源が切れてしまった。収束していく音に気が付いた千栄理はコンロに近付き、もう一度電源を入れる。しかし、点いたと思ったら、またすぐ消えてしまう。何度かそれを繰り返したが、その間に薬缶のお湯はどんどん冷めていってしまう。
「あれ?」
壊れてしまったのかと思い、プロテウスを呼びに行こうと入って来たドアへ向かうが、ドアが開かない。入った時に鍵を閉めてしまったかもしれないと内鍵を外しても開かない。もう一つのドアも開けようとしたが、こちらも同じようにびくともしなかった。閉じ込められた。今の自分の状況を理解すると、先の恐ろしい体験のせいか、千栄理は作為的なものを感じずにはいられなかった。
何故かは知らないが、自分はまた誰かが仕組んだ罠に掛かってしまったのかと心配になった彼女の耳に、パチパチと何か電気が弾けるような音が聞こえた。何の音だろうと、音を頼りに辿っていくと、電子レンジの裏で鳴っているのだと分かる。身を乗り出して電子レンジの裏を覗いてみると、電源コードの一部が噛み切られていた。きっと鼠だろうと思いつつ、このままでは危険なのでコードを抜き、床に足を付けた時だった。
ばんっ、と電子レンジの扉がすぐ目の前で勢い良く開き、中から小さな影が飛び出した。全身緑色で兎のように耳が長い、目は黄色くぎらぎらと輝いていて二本足で立っている醜い妖精だった。顔はどことなくシーサーを思わせる。妖精など初めて見た千栄理は一瞬、自分の目を疑ったが、ここは天界。下界とは違うのだと思い直して妖精をまじまじと見た。妖精は心底可笑しそうにげたげた嗤う。出し抜けに後頭部に衝撃が走り、一拍遅れて痛みが広がった。
「いったぁ……!?」
痛む後頭部を押さえながら振り向くと、そこには調味料の瓶を投げようとやっとこさ持ち上げている三匹の妖精達の姿があった。一匹はサボって砂糖壺から砂糖を掬って舐めている。千栄理の足元には投げられたらしき塩の瓶。蓋が開いて中身が盛大に広がっていた。
「あっ、こらっ!」
捕まえようと手を伸ばすも、妖精達は瞬きする間に散り散りになって隠れてしまう。千栄理が調味料の棚を捜している間にも妖精達は今度は炊飯器に群がり、何やらまた悪戯を仕掛けようとしていた。妖精達があまりに素早いので、一瞬、ポセイドンを呼ぼうかどうしようか迷った千栄理だったが、こんなことで呼びつけるのも申し訳ないと思った彼女は、自分の力で何とかしようと決心した。