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「あの、大丈夫ですか……?」
何とか配下のあの子達だけでも魘夢から離れさせる方法は無いものかと考えていると、その内の一人が恐る恐るといった様子で話しかけてきた。
確かこの子は結核を患っていた子だ。本当なら、こんなところにいないでしっかりと治療を受けた方が良い。苦しそうに浅い呼吸を繰り返し、時折咳をしている姿が印象深い子だ。自分も苦しく辛い思いをしているのに、鬼である私を心配してくれている。その気持ちが素直に嬉しかった。私はこれ以上、心配をかけてはいけないと思い、努めて安心させるような笑顔で答える。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとう」
でも、青年の表情は変わらず、少し何か考えた後、そっと呟いて離れて行った。
「安実、さんも、無理しないで……」
寂しそうな微笑みに胸が痛くなると同時に、温かい気持ちになる。優しい子。魘夢と出会わなければ、こんなことをしなくても良かった子達だ。何としても助けなければ。
その夜、いつものように空腹を感じた魘夢は無限列車に乗る。人を殺して食べるために。
「安実、あいつのこと、好きなの?」
最早誰も声を上げることの無い車両。彼の大好きな絶望した顔も存分に堪能した後で、魘夢はそんなことを訊いてきた。もう私は魘夢の体の主導権を奪うことはできない。それを良いことに、彼は私の制止も聞かずに、人を襲い、食べる。今夜も例に漏れず、そうしてあの子達に褒美を与えて、朝まで隠れ潜むだけの筈だ。今夜もいつもと同じ、と思っていたのに。
「そんなんじゃないよ。あの子は私を心配して言ってくれただけで……」
じっとり、と魘夢の視線を感じる。心の世界でただひたすら私を見つめるそれに、いつも居心地の悪さを感じていた。しばらくそうしていたかと思うと、魘夢は安心したようにふふ、と笑い、ぎゅっと私を抱き締めて耳元に唇を近付けてくる。
「好きだよ、安実。大好き。俺の大事な大事な半身。この上もなく愛しているんだ」
魘夢は度々、私にそう囁く。周りに誰もいない時や夜中、人を殺した時なんて特に。
竈門炭治郎はいつものように朝の満員電車内で尻を出している変質者を取り押さえ、駅員に引き渡そうとしていた。
「お前はなんで毎回そうやって尻を出すんだ⁉ 今すぐしまえ‼」
「嫌だ! 出す‼」
頑として公共の場で尻を露出する方向だと主張する変質者に流石の炭治郎も今日という今日はお灸を据えねばと思っていると、突然変質者が声を上げた。
「あっ、安実! 助けてよ! こいつを引き剥がして!」
「安実」という名前に少し覚えのあった炭治郎はばっと顔を上げ、変質者が見ている方向を見た。そこには、電車の降り口に縮こまるようにして立っている女子生徒の姿があった。炭治郎の妹禰豆子と同じキメツ学園の制服を着ているところから、中等部の生徒だと分かる。
「君は確か、中等部の……」
「ああ、お前も安実と同じ学校だったんだっけ。そんなこと、どうでもいいけど。ねぇ、安実。聞こえてるんでしょ? 無視しないでよ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ始める変質者魘夢民尾を押さえ直す炭治郎も不思議そうに彼女を見た。こいつの知り合いなら、何故話しかけてこないのだろうと。二人分の視線に耐え兼ねたのか、安実は顔を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「人違いです……」
いや、それは無理があり過ぎるだろ。炭治郎に見覚えがある時点で知り合いであることは確実だし、何より学園の制服を着ておいて他人の振りはどう考えても無理なことだ。しかし、この変質者と知り合いだと思われるのが嫌という気持ちも炭治郎には分かってしまう。知り合いなんだ、可哀想に。