プレッシャーによる爆発※※キャプション必読です※※
あの忌々しい魔法士と共に好ましいユウくんが来る。色々複雑な心持ちではあるが、彼女が我が学園に来てくれるのは、嬉しいものだ。たとえそれがアズール・アーシェングロットというこぶ付きでも。精々表情にだけは出さないようにといつもの無表情を心がけて臨もう。……先の交流会ではあまり彼女と関わることは無かったが、今回は少しでも彼女と話せたら僥倖だ。
「会長、ナイトレイブンカレッジの皆さんがご到着しました!」
「宜しい。では、出迎えるとしよう」
副会長の報告に速やかに席を立って、大講堂へ向かう。多少、待たせても良いように比較的物が少なく、広い大講堂に……待て、「ナイトレイブンカレッジの皆さん」だと?
引っ掛かりを覚えつつも、ユウくんを迎えに行こうと大講堂へ続く扉を開ける。予定では憎きアズール・アーシェングロットとその恋人という可哀想なユウくんだけが来る筈だが……。
ロロの目の前にはアズールと監督生以外に多数のナイトレイブンカレッジ生達がわいわいと談笑している姿があった。副会長が声をかけると、皆ロロに注目する。
「……アズールくん、これは一体どういうことだ? 予定では卿と監督生くんだけの筈だろう?」
ロロの当然の疑問にアズールはすぐ答えず、暫し呆然としていたかと思うと、「あ、はい。確かに荷物は増えましたね」とぼうっと答えた。
「思考を放棄しないでくれたまえ。こちらは説明を求めている」
そう言って徐に監督生に近付こうとしたロロを、双子を筆頭に人魚達が囲んだ。
「初めまして、ロロ・フランムさん。僕はオクタヴィネルの副寮長を務めております、ジェイド・リーチと申します。こちらは双子の兄弟のフロイド」
「どぉもぉ、フロイドで~す。なぁんか、こいつオオグチボヤみてぇ。よろしくねぇ、ホヤちゃん先輩」
「ホヤちゃん先輩!? ……ごほん、私はロロ・フランムだ」
「知ってっけど?」
「なら、そう呼びたまえ」
「あはっ。やだぁ~」
フロイドの勝手な物言いに早速不快そうに顔を顰めてハンカチを口元に当てるロロ。早くも先程した決意が揺さぶられ、予定外のことに心乱されそうになるが、愛用のハンカチのお陰で何とか落ち着く。双子をきっかけに他の生徒も握手やハグをしたりして自己紹介をするが、その間、一向に退く気配は無い。明らかにロロを警戒している。その光景を見ているグリムは恐怖で震えた。
「なんか知らねぇけど、ロロの奴、凄く警戒されてるんだゾ」
「ね。もうあんなことはしないと思うんだけど……」
「絵面が怖いです……」
唯一、ロロを囲んでいないダニエルは監督生と手を繋ぎ、ぶるぶると震えていた。
「お前達、止めなさい。ロロさんは大事な友人ですよ」
漸く調子を取り戻したアズールの一声に、人魚達はやっとロロの周りから退いた。今のは何だったのか、まるで分からない行動にロロは内心不気味さを感じていた。
「すみません、ロロさん。うちの寮生がご迷惑をおかけしました」
「いや、大丈夫だ」
交わす言葉は少なくとも、目つきや所作で分かる。これは牽制しているのだと。監督生に手を出そうものなら、こちらとて容赦はしない。暗にオクタヴィネルの連中はそう言っているのだ。これはまた面倒なことになったと、ロロは溜息を吐きたいところだったが、客の前だ。そういう訳にもいかない。代わりにハンカチを口元に当ててその内で密かに吐いておいた。
「では、予定とはだいぶ違った人数だが、卿らが宿泊する部屋へ案内しよう」
くるりと一同に背を向けて歩き出すロロの後ろをアズール達は追っていった。
「何あれぇ」
中庭に沿う通路を歩いていると、中央に鎮座している『正しき判事』の銅像にフロイドは興味を持ったようだ。交流会の時のように像に近付く気は無い様子のロロは、ちら、とフロイドを見て簡単に説明する。歴史的価値ある銅像だと説明した辺りでフロイドは驚異の速さで興味を失くし、代わりにロランドの関心を引いたようだった。
「『正しき判事』の銅像か。少しだけ近くで見ても……」
「ロランド先輩! 先に荷物置いた方が良いと思いますよ! 身軽になった方が歩きやすいですし」
ピーノの助言にロランドは「それもそうだね」と言って前を向く。何とか臨時勉強会を回避したが、今度はサミュエルが中庭の端に広がる芝生を見つめていたかと思うと、ふらふらと芝生の方へ歩き出す。その手をティーノが掴んで阻止した。
「どこ行くんスか、サミュエル先輩」
「……あそこに、良さそうな石がある気がする」
「後にしてくださいよ。みんな待ってるんで」
「でも……」とささやかに不満気な顔をするサミュエルを「でももへったくれも無い」と言って列に戻すティーノ。その間にジョットがロロに飴を勧めるが、仕事中だからと断られ、――その際、「ロロちゃん先輩」と呼ばれてまたしても衝撃を受けていた――代わりに皆へ飴を勧めるが、一様に「いらない」と言われて肩を落としていた。
「ジョット先輩、元気出してください。あ、ボクあの話また聞きたいです! ジョット先輩が1年生の頃、絡んできた先輩五人を一気に返り討ちにした話!」
「もう、やあね。ルキーノちゃんたら、そんな話恥ずかしいじゃない!」
「ぐふぅ……っ! 先輩、威力……!」
ジョットにとってはふざけてちょっと背中を叩いたつもりでも、もろに食らったルキーノにとっては効いた一撃だったらしく、よろよろと列から逸れてしまう。そんな彼を監督生とダニエルは「大丈夫?」と声をかけて連れ戻した。
やりたい放題か、こいつら。正にそんな顔で訴えるロロにアズールはそんなこと微塵も思っていなさそうな顔で「すみません」と形ばかりの謝罪を口にする。
「皆、他校に足を踏み入れることなど今まで無かったので、多少なりとも興奮しているのかと思います」
「……多少? これがか?」
「はい。多少」
「ロロさんは後ろから見ると、キノコが歩いているように見えて大変可愛らしいですね」
「うぇ~。ジェイド、趣味悪ぅ~」
今、ロロの周りにはアズール、ジェイド、フロイドしかいない。他の生徒達はそれぞれに興味を惹かれるものの方へふらふら歩き出したり、それを阻止して連れ戻したりしている。ここに来て、学園の外に出たことの無い人魚達は好奇心を爆発させ、普段よりかなり落ち着きの無い振る舞いをしていた。そんな調子で進んでいると、かつての鐘楼が見えてきた。
「あの鐘楼を見ると思い出しますねぇ」
「ああ、アズールと監督生さんが体験したあの事件ですね」
「……話したのか」
ぎろりと睨むロロに、アズールは涼しい顔で「ええ」と肯定する。
「何分、あの時はとっても怖い思いをしましたから」
しおらしく、眉を下げるアズールをロロは心底理解できないという顔をしてまじまじと見つめた。そんな彼に構わず、アズールは寮生達の勉強の為、あの鐘楼をもう一度見せて欲しいと頼む。
「また見に行くのかね? 少しは体力をつけてきたのだろうね?」
ロロの嫌味をアズールは厭に爽やかな笑顔で「ああ、その点はご心配無く」と跳ね返した。
「今回は秘策がありますので。時にロロさん、箒を一本用意して頂けませんか?」
「箒? 構わんが、飛んで行くのかね?」
「ええ、もちろん。頑丈なものをお願いします」
何か含みのある言い方でちら、とダニエルを見つめるアズール。その視線にダニエル本人が気が付くことは無かった。
もうすぐ寮に着くというところで、ジェイドが「そういえば、今日は花の街でお祭りがあるんだとか」と切り出した。それを受けてロロは思い出したように「ああ」と呟いて説明する。
「今日は夫婦や恋人達、好き合っている者達同士で愛を示す『愛の祭り』を行う予定だ。この学園でも毎年学外にいる恋人と参加する者が数名いる。昔はそれだけだったが、ここ百年は同時に芸術を賛美する日でもあり、毎年芸術学校の生徒達が出し物をしたりしている。いくつかテントが張ってあるのはその学生達のものだろう」
疲れた溜息交じりにまるで興味が無い様子で淡々と済ませるロロに、流石に『愛の祭り』波は訪れなかったが、何気なくフロイドが訊いた。
「ふぅ~ん。ホヤちゃん先輩は参加しねぇの?」
「ロロ・フランムだ。私にそのような相手がいるとでも?」
「いるかもしんねぇじゃん」
「私は」
そこまで言って班の一番後ろにいる監督生に視線を移すロロ。だが、双子とアズールがすっとその前に立ちはだかった。
「小エビちゃんはだぁめ」
「他の方にしてくださいね」
「……できない相談だな」
さらりと返してロロは角を曲がり、ここが今日から三日間使って貰う部屋だと案内した。
寮内の空いている部屋を使うように言われ、皆自分の荷物をそれぞれの部屋に置いた後は、予定通り鐘楼に向かうことになった。「だりぃ~」と言うフロイドを三つ子が何とか気持ちを乗らせて連れて行く。小さな少年達に手を引かれて怠そうに歩く兄弟の姿を、ジェイドは「おやおや」と然して困ってもいなさそうな表情で見守っていた。
鐘楼の前に全員着いても、フロイドのやる気は一向に出なかった。歩く気の無い彼を三つ子達が鼓舞する。
「フロイド先輩、鐘楼の一番上にはおっきな鐘があるんですって」
「ふぅ~ん」
「そうなんです。キンキラキンのやつ!」
「別にオレ、アズールじゃねぇからそういうの興味無ぇし」
「上に行ったら、もしかしたら鳴らしてもいいって言われるかもしれませんよ」
「……マジで?? ほんとぉ?」
「あ、乗ってきた」とジェイドと三つ子は内心思い、これはチャンスと捉えた。
「ロロ先輩、上に行ったら鐘鳴らしていいですかっ?」
「……本来は係がやるものだが、今回のみ卿達のうち一人が撞くことを許そう。もうすぐ昼時になる。その時にでも……」
「マジで良いのぉ? ホヤちゃん先輩、良い奴じゃぁん」
「ロロ・フラんぐっ……!?」
嬉しそうにロロの背後から腕を回して締め上げるフロイド。その周囲で三つ子が「出たー! フロイド先輩の感謝の絞め技~!」と盛り上がっている。その光景を前にしてもジェイドはにこにこ笑って「良かったですね、フロイド」などと宣っている。
「止めてくださいよ、誰か! ロロ先輩、大丈夫ですか?」
心配した監督生が首を絞められているロロに近付くと、ロロは自身の首に回っているフロイドの腕を掴み、「苦しい! 止めたまえ!」と言って力ずくで解放させた。体格差で負けると思われた細身のロロがフロイドの拘束から抜け出したことに、絞めた本人のフロイド、鑑賞していたジェイドと三つ子は喜色満面になった。
「すげー! ロロ先輩、フロイド先輩の絞め技抜けたー!」
「あれから抜け出せるの凄くね!?」
「見た目一番細いのに筋肉すげー!」
「ホヤちゃん先輩すげーね。ね、もう一回やっていい?」
「ロロ・フランムだ。良い訳無いだろう。もう馬鹿騒ぎをするのは止めたまえ」
やれやれとハンカチを取り出すロロに、フロイドは「えー、つまんね」と言ってそっぽを向いた。
「戯れるのはそのくらいにしておきなさい。ダニエルさん、監督生さんはこちらに来てください」
「あ、はい」
箒を持ったアズールに呼ばれ、監督生とダニエルは彼の隣まで行くと、アズールは徐に鐘楼の構造を簡単に説明する。
「見ての通り、ここノーブルベルカレッジの鐘楼は非常に高い建物です。広さも充分、以前ロロさんから受けた説明では、人が中で暮らしていける程、広いのだとか。そうですよね? ロロさん」
「左様。故に中は慣れていない者がいなければ、かなり迷いやすい構造となっている」
「そこで今回、僕はその対策を考えました。箒を使って飛んで行く方法です」
そこでアズールはわざとらしく悲しげに肩を落とす。その仕草だけで監督生とダニエル以外は彼の言いたいことが分かった。
「でも、僕は残念ながら、飛行術があまり得意ではなく……」
「ああ、飛行術はコツを掴むまでが大変だよね。分かるよ、アズール君」
アズールの思惑を知ってか知らずか、おそらく知らないだろうダニエルが非常に良いトスをする。それに込み上げる笑いを抑えるジェイド、フロイドとジョット、ロランド。
「なので、飛行術の得意な方に操縦をお願いして、僕と監督生さんは先に一番上まで行こうという作戦です」
「それは良い考えだね。飛行術の技術を間近で見られるから、コツを、掴み、やす……い………………え?」
途中からアズールが全力全開の笑顔で自分をじっと見ていることに気付いたダニエルは、青ざめて恐る恐る自分を指す。
「もしかして、飛行術が得意な方って……」
「ええ。お願いします、ダニエルさん」
遠慮なくずい、と箒を差し出され、ダニエルはぶんぶんと首を左右に振る。
「む、無理無理! 箒の二人乗りはやったことあるけど、三人乗りなんてやったことないよぉっ!?」
「二人乗りはできるのですから、三人乗りも同じようなものでしょう?」
「危ないよぉ、アズール君。三人乗りはただでさえ、バランスが崩れやすくて……」
「ご心配なく。何かあれば、僕の風魔法で軌道修正は可能です」
「で、でも、三人分の体重に箒が耐えられるか……」
「だからこそロロさんに頑丈な箒を用意していただきました。ロロさん、この箒は三人分の体重に耐えられますよね?」
「左様。その箒はマジフト大会の際に使用する栗の木で作られたものだ。私個人の物なので、破損や紛失した場合は弁償してもらうがな」
「ひぇえ……丈夫……!」
気持ち悪いくらい笑顔のアズールとシンプルに脅してくるロロに挟まれたダニエルは、今にも気絶しそうな程青くなっている。可哀想なくらいぶるぶると震えている彼を見て、監督生は自分は乗らなくても大丈夫だと言うが、グリムに不服そうに乗るよう言われ、――グリムは自分で歩きたくないからだろう――アズールにダニエルの更なる飛行術の技術向上のためとか何とか上手く丸め込まれて結局乗ることになった。
「ダニエル先輩、すみません。よろしくお願いします」
「ほら、ダニエルさん。後輩に良いところを見せるチャンスですよ」
「すげぇぶるぶる震えてて情けねぇんだゾ、こいつ」
「仕方ないですね。ここでダニエルさんの秘密を大暴露大会を……」
「……ふぇえ……わ、分かったよぉ……!」
渋々と箒に跨がり、「後ろに乗って」と言うダニエルにアズールと監督生、グリムはでは遠慮無くと同じように跨がった。ダニエルの魔力が流し込まれた箒は優しくゆっくりと上昇し始める。
「では、僕達は先に行っていますよ」
「ほんとアズールずりぃ~!」
「ダニエルさんを上手く使いましたね」
「あはは! お前達は精々あの長い階段を上りなさい。では、失礼」
未だ騒いでいるフロイドを置いてゆっくり浮上していくアズール達。文句を言いながらもロロの案内で鐘楼を上り始めるジェイド達。
「ルキーノ、ムカつくから上に着いたら寮長に悪戯してやろうぜ」
「あ、それ良いねぇ。やっちゃおやっちゃお」
「ティーノさん、ルキーノさん。そのお話、僕も一枚噛ませてもらっていいですか?」
「オレもオレも~」
「鐘楼や鐘に傷を付けるような真似はしないで頂こうか」
「それ以外なら?」
「問題無い」
悪い笑みを浮かべる三つ子の下二人に一番上のピーノは何も言わなかったところを見ると、今回は彼も同罪のつもりでいるらしい。
上っている間、全員でアズールにどういう悪戯をしてやろうかと相談していると、何階かの広いフロアの窓から真っ逆さまに落ちていくアズール、監督生、グリムの他、全身ピンク色の背の高い男の姿が見えた。
遡ること数分前。順調に箒で上空を飛んでいたアズール達はダニエルにもっとスピードを上げるように言う。
「ええ? 危ないよぉ、グリム君」
「だって、折角箒に乗ってるのに、こんな遅いんじゃ、ジェイド達に負けちまう!」
「いえ、だいぶ高度もありますし、このままで充分です」
もっとスピードを上げたいグリムとスピードは求めていないアズールが口論し始め、ダニエルと監督生が宥めようとした時、それは起こった。ふと、どこからか、葡萄の濃く甘い匂いが漂ってきた。どこかの家か店か、料理に使っているのだろう。ワインのような風味のそれにグリムが「なんか良い匂いがするんだゾ」と言った瞬間、「AHーHAHAHAHAHA!!△」と一番前から甲高い笑い声が聞こえてきた。アズール達がぎょっとして見ると、ダニエルがいた位置には、いつの間にか髪も服も持ち物も全身ピンク色で固めた長身の男がいた。楽しそうに笑い続けていたかと思うと、唐突にぐるんっとこちらへ振り向き、光を一切宿していない真っ黒な目で確かに言った。
「ピンクの象だよ★」
「ぴっ……」
咄嗟のことで反応できなかったアズールに構わず、ダニエルらしきピンク男は急に箒の柄を両手で持ったかと思うと、一気に魔力を流し込んだ。当然、一度に多量の魔力を流し込まれた箒は驚いてまるで弾丸のように遙か上空へ飛び跳ねる。急に襲い来る空気抵抗と重力に三人は為す術も無く、悲鳴を上げ、ピンク男だけが狂ったように笑い続けていた。上がっては急降下し、また上がっては落ちるように高度を落とす。この繰り返しの最中をロロ達は窓から見ていたのだった。
「アズール達、面白ぇことしてんじゃん。今度、オレもやろぉ~」
「ふふ。ダニエルさんがダニーさんになってしまいましたね」
そのままぐるんぐるんと何度か宙返りをした後、街の外れにあるテントの上へ落ちたアズール達を見送り、一行は先に進むようロロに言った。
「あそこは確かサーカスのテントだったか。……助けに行かなくていいのかね?」
「え? アズールなら、大丈夫でしょ。どうせカサゴちゃん引っ張って帰ってくるし」
「それより僕達、早く『救いの鐘』を見てみたいです」
そのまま何事も無かったかのように進み出す一行をロロは不思議な面持ちで見つめていたが、すぐにこの先の案内が必要だと思い立ち、後を追いかけた。