2/26 終末の宴2新刊サンプル「あなたを覚えている~巡る季節~」 注意書き
この同人誌は「終末のワルキューレ」二次創作非公式ファンブック及び、ポセイドン×オリジナル夢主のネームあり仕様夢小説となっております。
今回は「季節」がテーマの書き下ろし短編集です。
世界観・神について独自解釈、オリジナル設定が多分に含まれております。他の夢カプ要素も少しだけあります。
地雷等に配慮していないため、閲覧の際はご注意ください。
目次
登場人物紹介 ………… 2
正月 ………… 3 ※Web再録(加筆修正済み)
誕生日 ………… 6
バレンタイン ………… 8
ホワイトデー ………… 12
エイプリルフール ………… 20
お花見 ………… 23
梅雨 ………… 30
海 ………… 34
盆 ………… 37
ハロウィン ………… 39
お月見 ………… 42
クリスマス ………… 44
年越し ………… 54
登場人物紹介
お相手
海神ポセイドン…天界に住む海の神様。ゼウス・エナリオス、海の最恐神の異名を持つ王の素質を持つ神らしい神。 最近の悩みは、恋人である千栄理が色んな神様と仲良くして自分との時間が前より減ったこと。
夢主
春川千栄理………ポセイドンに見初められたただの人間。重度のお人好しでお花畑を貫く芯の強い子。最近の悩みは、 プロテウスの作るお菓子があまりにも美味しいので、ちょっと太ったこと。
プロテウス………ポセイドンと千栄理のほのぼのな日々をある時は母のように、またある時は父のように見守ってき たポセイドンの執事。あくまでも自分は使用人だというスタンスを崩さない。
冥王ハデス………ポセイドンとゼウスのお兄ちゃん。最近は弟カップルに資産になるものをあげたい。
雷神ゼウス………ポセイドンの弟。ぶりっ子おじいちゃん。千栄理は可愛いので、隙あらばスキンシップを取りたい。
狡知の神ロキ……千栄理が気に入らない。けど、最近はちょっと複雑な気分になる。
瞳…………………ロキがいつも連れているメイドさん。いつも黒い布で目隠しをしている。無口だが、たまに喋る。
【正月】
「ポセイドンさん、明けましておめでとうございます」
「……なんだ? それは」
新年を迎えた朝、千栄理はベッドから起きて早々、隣で横になっているポセイドンに新年の挨拶をしたのだが、彼はあまりぴんと来ていないようだった。
新年の挨拶だと言うと、彼は「それがなんだ?」と心底訳が分からないという顔をする。予想はしていたが、実際にそう返されると、千栄理はどう説明しようか少し考えて答えた。
「今年も無事に一年を迎えられて良かったという意味の挨拶ですよ。人間にとって、一年は長いので」
「そうか。一年など、余にとっては瞬きの間。わざわざ祝うという習慣が無い」
「そうなんですか。じゃあ、今年は折角ですから、お祝いしませんか? といっても、あまり大したことはしませんけれど」
本当はおせちや雑煮を食べたり、おみくじを引いたりしたい千栄理だったが、ギリシャの神の元に来てからはあまりそういったこともできないだろうと思っていた。ポセイドン自身もあまり記念日などには興味が無さそうなので、断られても仕方ないと思っていた。しかし、初詣のようなことはしたいと事前に戦乙女達と天照大神のところに行こうと約束をしていた。プロテウスに頼んで振袖は用意してもらっている。
「お前の国では、その新年の祝いというのは何をする?」
「そうですね。お雑煮やおせちっていう特別なご飯を食べたり、最近はあまりしないですけど、羽子板で遊んだり、神社にお参りに行ってこれから一年の運勢を占ったりしますよ。お子さんがいる家庭では、お年玉って言って、お小遣いをあげたりもします」
「…………祝っているのか? それは」
「お互いにおめでとうって言いますから、お祝いはそれでって感じですね。ポセイドンさんは毎年何して過ごしてたんですか?」
「……この時期はヴァシロピタを食す」
聞き慣れない料理名に千栄理は小首を傾げておうむ返しにした。ポセイドンの言葉少なな説明によると、どうやらパウンドケーキのようなもので、中にコインが入っていてそれが当たった者はその一年幸福が訪れる、というケーキだった。
「わぁ、美味しそうですね。あ、そろそろ準備しなくちゃ」
「何のだ」
「今日、これからゲルちゃん達と天照様のところへ初詣に行くんです」
少し考えた後、ポセイドンは無表情のまま、ただ一言放った。
「聞いていないが?」
「ごめんなさい。ポセイドンさん、こういうのに興味無さそうと思ってしまって……」
「お前が行くなら、余も行こう」
「いいんですか?」
「お前だけに行かせて神である余が行かぬのは、逆に面倒が起きる」
なるほどと密かに納得していると、ポセイドンは立ち上がり、服を着てプロテウスを呼びつけると、出かける旨のみを伝える。そこに千栄理が初詣に行くと補足した。
「でしたら、ポセイドン様もハカマをお召しになった方がよろしいかと」
「なんだそれは」
「私の国の男性用の礼服です。私も今日は振袖を着ていくので、お揃いですね」
「ふん……」
了承と取ったプロテウスはいそいそと用意し、ポセイドンに着付けていく。千栄理はその間に振袖を衣装箪笥から出して、隣の部屋へ行った。後でプロテウスに着付けてもらうためだった。着付けている間、プロテウスはしみじみと去年の出来事を振り返る。
「それにしても、去年は色々なことがありましたな。ポセイドン様」
「なんだ、プロテウス。今まで一年のことなど口にしたことは無いだろう」
「いえ、千栄理様がこの城に来てからというもの、ポセイドン様も私も、少し変わってきたのではないかと思いまして」
「余は変わらん。くだらぬことを言うな」
「そうでございますか……」
発言と行動が矛盾していることに果たして、この神は気付いているのか。
プロテウスは一瞬、指摘しようかと思ったが、自分は所詮、使用人の一人。あまり無粋な真似をするものではないと、彼は黙っておくことにした。
千栄理の着付けも終わり、いよいよ出かけるというところで、プロテウスは帰って来るまでにヴァシロピタを作っておくと言うと、千栄理は目を輝かせた。
「ポセイドンさんが言ってた、あのケーキですね。やったぁ!」
「余はもう食べ飽きている」
「そんなこと言わないで、一緒に食べましょうよ。ポセイドンさん」
「では、お二人共、行ってらっしゃいませ」
「はぁい。行って来ます!」
千栄理は当たり前のようにポセイドンの手を取って、歩き出す。ポセイドンもその行動に特に何を言うでもなく、ついて行く後ろ姿に、プロテウスは朗らかな微笑みを零した。
【誕生日】
「できたー!」
「何をしている」
ポセイドンが書類仕事をしている間、千栄理とグレムリン達は何やらカードやリボンを選んだり、白い箱を包装紙の上に置いてみたり、千栄理は何か考え考え、書き物をしていたが、一連の作業が終わったらしく、彼女は自分で書いたカードを見直し、うんうんと頷いた。
その声につられるようにポセイドンが顔を上げる。「出来ました!」と言って見せてくるカードの文面を見ると、そこには精一杯の丸い文字で「ゲルちゃんお誕生日おめでとう」と書かれていた。
「誕生日……」
「はい。ゲルちゃん、もうすぐお誕生日なんですって。だから、プレゼントを包んでたんです」
「そうか。お前はあの戦乙女の末妹と親しかったな」
「はい! ゲルちゃん、喜んでくれるかなぁ」
「……お前が選んだ物ならば、問題無かろう」
ふい、と興味を削がれたように窓の向こうへ目を遣るポセイドンを見て、千栄理はふふと笑う。彼が顔を背けて窓の外を見るのは、嫉妬しているけれど、その気持ちを知られたくない時だ。意外と子供っぽいところがあると彼女も最近、分かってきた。けれど、そんなことを口にしてしまえば、どうなることやら分からないので、知らないふりをしている。代わりに千栄理はテーブルの上を片付けてポセイドンの傍へ行った。
「そういえば、ポセイドンさんのお誕生日はいつなんですか?」
「余の、か。……そういうお前は何時だ?」
「私ですか? 私の誕生日はですねぇ……あ、ここに来た日です」
何か思い付いた様子の千栄理に、ポセイドンは不思議そうな目を彼女に向ける。その視線の意味を汲み取って千栄理は嬉しそうに説明した。
「元の私の誕生日はもちろんありますし、忘れていませんけれど、私は一度死んでここにいるんですから、天界での私の誕生日はポセイドンさんのところに来た日なんです」
それを聞くと、一瞬だけポセイドンはふ、と口元に笑みを浮かべ、ぐいと更に彼女の手を引いて膝に乗せ、少しだけ力を込めてぎゅっと抱き締めると「そうか」と呟いた。彼がこういう行動に出る時は嬉しい時や恥ずかしいと思っている時で、顔を見られたくないようだった。彼がこの行動を取った時、毎回千栄理は密かに思っている。恋人にすら照れた顔を見られたくないなんて、可愛い神様だなぁ、と。決して口には出さないけれど、これは千栄理だけの秘密だ。
「ポセイドンさん。ポセイドンさんのお誕生日――んぷっ」
顔を上げようとすると、今度は彼の大きな手で後頭部を優しく包まれ、厚い胸板に顔を押し付けられる。どうやら、まだだめらしいと思いながら、千栄理は肩に顎を乗せて呼吸を確保し、そのまま眠るように目を瞑った。
後日、ブリュンヒルデの城で開催された誕生日パーティにて渡したゲルへのプレゼントは大変喜ばれた。その嬉しそうな笑顔を見ていた千栄理は、やっぱり大好きな人にも同じように笑って欲しいと思い、後日また改めて誕生日を訊こうと決めた。
【バレンタイン】
プロテウスの報せで長兄が来たと知ったポセイドンは、いつものように「通せ」とだけ言って兄を出迎える。数分後、何やら片手に小さな箱を持ったハデスはそれをポセイドンのデスクに置いた。
「? 兄上、これは……?」
「なんだ、ポセイドン。もしや忘れていたのか。今日はバレンタインだ。例年通り、余からの贈り物を渡しに来たのだが」
「そういえば、そうであったな。それで、彼奴が……」
何事かぶつぶつ呟く愛弟にハデスは不思議そうに微かに目を見開く。そこで彼は漸くいつもと違う点を見付けた。
「千栄理の姿が無いな。今日は既に仕事を終えたのだろう?」
「仕事から戻って、今は厨房にいる」
バレンタインに厨房にいるという情報が揃えば、誰でも充分に分かる。ハデスは「ほう」と興味深そうににやりと笑って呟いた。その反応に些か神経を逆撫でされたポセイドンは、眉間に皺を寄せる。
「何が可笑しい」
「いや、ポセイドンが遂に兄弟以外から贈り物を受け取るのかと思うと、感慨深いものだと思ってな。今まで公的な贈り物は受け取りはしたが、それ以外は全く無かっただろう?」
「一度だけ、ある」
ハデスの言ったことに対して抵抗するようにポセイドンは呟く。その言葉にまたもや興味をそそられたハデスは先を促すように目を向ける。ポセイドンは話したくなさそうにしていたが、兄が余りにも見つめてくるので、流石の海の神も折れた。
ポセイドンは傍らに置いてあった一冊の本を手に取り、栞が挟まっているページを開くと、それを手に取った。
「それが件の贈り物か?」
「……アムピトリテからだ」
懐かしい名前にハデスは驚いて一瞬、息を飲む。アムピトリテ。かつて一度だけポセイドンが結婚した女神だ。結婚して間も無く、彼女は毒を飲んで死んでしまった。あの時、ポセイドンは自分の顔に泥を塗ったと怒りに震え、収めるのに苦労させられたことはハデスも覚えている。その彼女からもらった物をポセイドンは大事にしているようだった。その証拠に押し花の栞はどこも曲がっていたり、汚れたりしていない。半透明な薄膜の中には青い紙とデイジーの花が入っており、端には金のリボンが通されていた。
「拙い物だろう。だが、彼奴が残した唯一の物だ」
「……千栄理は知っているのか?」
「知っている。余の大切なものは己も大事にしたいと言っていた」
「そうか……」
アムピトリテのことは本当に残念だった。互いにあまり心通わすことは無かったとはいえ、それでもポセイドンはこうして彼女が残した物を大事に手元に置いている。そこでハデスは少し不思議に思ったが、今は触れないようにした。いつか分かることだろう、と。
そこにぱたぱたと軽い足音がして、二柱はドアの方へ目を向けた。いっそ笑えてくる程、隙だらけで無邪気なその音に自然と笑みが零れる。扉が少し開けられ、入って来たのはやはり千栄理だった。
「失礼します。ハデス様がいらしているとプロテウスさんが……あ、お久しぶりです。ハデス様」
「ああ、お前とは久しいな。息災のようで何よりだ。千栄理」
千栄理は二柱の前まで歩み寄り、入ってきた時と同様、ぺこりとお辞儀をする。彼女の手に可愛らしい包みが握られているのを見て、ハデスは弟に用事があるのかと思い、ポセイドンを振り返る。彼の行動の意図を汲んだ千栄理は「あ、いえ」と言って、ハデスの前へ包みを差し出した。
「これはハデス様にです。いつもお世話になっていますので」
「余に、か」
「ポセイドンにではないのか?」と危うく出そうになった言葉を、ハデスは無理矢理飲み込む。ちら、と弟の様子を見ると、案の定明らかに機嫌が悪くなっており、その表情から「何だそれは」だの「余は聞いていない」だのと聞こえてきそうだった。一瞬、弟嫁に何か助言をしようかと思い至ったハデスだが、そもそもこの事態を招いたのは紛れもなく千栄理本人なので、「まぁ、頑張れ」と思いながら、兄は颯爽とその場を後にしようと口元に笑みを浮かべた。
「では、受け取っておくとしよう」
「お口に合うか、分からないんですけど」
「自信が無いのか?」
「そ、そんなこと、無いですっ。けど……」
「ふっ……今のは意地が悪かったな。では、余はそろそろ立ち去ることとしよう。どうやら、邪魔なようだからな」
それだけ言うと、ポセイドンへ帰る旨を伝えて、ハデスは上機嫌に口笛を吹きながら出て行った。彼の靴音が遠ざかっていき、完全に聞こえなくなると、ポセイドンは徐に立ち上がって千栄理の目の前まで歩み寄る。ずんずんと近付いてきた神に、千栄理の笑顔はほんの少しだけぎこちなくなる。
「ど、どうしたんですか?」
「……」
無言でじっと見つめてくるポセイドンと些かおろおろしながらも相対する千栄理。よく分からない時間が数分、一柱と一人の間に流れ、最初にその時間を破ったのは、根負けした千栄理だった。観念したように溜息を一つして、一旦退室し、チョコレートの入った箱を手に戻ってくる。改めてポセイドンの前まで来て、おずおずと差し出した。ポセイドンはそっと受け取り、今一度千栄理を見つめる。
「……本当は最後に渡したかったんです」
「逆だろう。余が先だ。兄上でなく」
「……だって、ポセイドンさんは、私の本命なので、最後が良かったんですっ」
「…………本命?」
聞いたことが無いらしいポセイドンは、ぱちくりと瞬きをした。その様子に千栄理はどこか不満そうながらも説明する。
「バレンタインデーは、私の国では義理の人とは別に本命って言って、告白するような、本当に好きな人に渡すプレゼントのことを言います。本命は、最後に渡すつもりでいたんですっ。もう……」
「お前の本命は、余ということか」
「そうです」
手にしている箱をじっと見た後、ポセイドンは千栄理を自分の方へ引き寄せ、満足気に笑った。
「それならば、やはり何よりも先に余に渡せ。お前の原初(はじめ)は余だ」
普段の彼と比べてあまりにもらしくない、子供っぽい言い回しに、千栄理は自然と笑みが零れた。自分の言動にあまり自覚が無いらしいポセイドンは、またむっとした顔になる。
「何が可笑しい」
「いえ、ふふ。そうじゃなくてですね……ふふふっ」
「笑っているではないか」
心外だと目で訴えるポセイドンへ千栄理は満面の笑顔を見せて抱きついた。
「いえ、私の大好きな神様は可愛い一面もあるんだなって」
「…………お前にだけだ」
彼の大きな背中まで回せないその小さな手に応えるように、ポセイドンも同じようにそっと抱き締め返した。
その後、「お世話になった神々」へチョコレートを用意していた千栄理に、ポセイドンは些か不満気ではあったが、本命は自分だと思い直すと、余裕の表情を浮かべて悠然と午後を過ごすのだった。