海神と恋人 34※※ご注意※※
・おポセさんが夢ちゃんに酷いこと(強姦未遂)をしてしまいます!!
それでも大丈夫という方は、次ページへどうぞ
ポセイドンの城に着く頃には朝になっていた。馬車から千栄理が降りると、ポセイドンはもちろんのこと、ハデスとゼウスも出迎えてくれた。自室に帰って来た千栄理を抱き締めたポセイドンは「戻ったか」と安心した響きで呟く。しかし、いつもなら返ってくる筈の反応は無く、ポセイドンの呼びかけにも生返事で、思い詰めているようだった。少し千栄理と話をしたいと言うポセイドンに、ゼウスとハデスは了承し、皆部屋を出て行った。皆が出て行くと、ポセイドンは千栄理をもう一度、今度は少し強く抱き締める。
「どうした?」
「うっ……ひっく……ポセ、イドンさん……。私、私のせいで、他の人達が……」
「――お前のせいではない。余がやったことだ」
「だから、泣くな」と言いたかったのに、彼の口は思ったこととは全く違うことを口走っていた。
「それで、何だ? これは」
「……え?」
ぐい、と引っ張られたのは千栄理が着ている赤い漢服で、ポセイドンが「元の服はどうした?」と問うと、彼女は「あっ」と声を上げて始皇帝の宮殿に忘れてきてしまったと零した。それを聞いた途端、ポセイドンの中で、スイッチを押したみたいに何かがカチッと切り替わる。
「人間共を心配するのは、その始皇帝とやらを好いているからか?」
「え、あの、ポセイドンさん?」
やめろと思うのに、ポセイドンの口は止まらない。千栄理を慰めたい筈なのに、彼の口から出てくる言葉は嫉妬に塗れたものばかり。
「無理矢理着替えさせられたのか? それとも、自分で着替えたのか? お前が自ら他の男が贈った衣服を身につけ、その男の為に泣いているのか? 答えよ、千栄理」
「わ、たし……」
ポセイドンの鬼気迫る表情に怯えきってしまっている千栄理は、それ以上、言葉が出てこず、その態度が火に油を注いだ。
「だとしたら、余はお前を許さぬ。来い」
「あっ、痛っ……!」
手首を掴み、無理矢理千栄理をベッドに放り投げるポセイドン。その上に直ぐ様覆い被さって忌々しげに彼女の漢服を見つめる。
「こんな物を着せられて、舞い上がったか? 姫のような扱いに気が乗って、其奴に体を許したのか?」
「ちがっ……違いますっ! 私、そんなことしてませんっ……!」
「……忌々しい。お前は余のものだ。その筈だ。なのに、これはなんだ! 余を裏切るのか!?」
怒りに任せてポセイドンは千栄理の服を力尽くで引き裂き、露わになった首筋へ舌を這わせる。あまりの恐怖に千栄理は泣き叫んだ。
「いやぁああああああっ!! 誰か! 誰か助けてぇっ!」
千栄理の悲鳴を聞きつけて入ってきたゼウス達が目にしたのは、ベッドの上で着ていた服をただの布きれ同然に無残にも引き裂かれ、嗚咽を漏らしながら「いや……いや……」と恐怖に縮こまって震えている千栄理。そんな状態の彼女に覆い被さって行為に及ぼうとしているポセイドンの姿があった。
「何をしとるんじゃ!? ポセイドン!」
「見れば分かるだろう、愚弟。此奴は余のものという自覚が足りん。よって、罰を与えている」
「愚弟はお前だ、大愚かめ。退け、千栄理に手を出すことは許さん」
ハデスの態度にも怒りが再燃したらしく、いつもなら素直に従う愛弟も今は正常な判断ができなくなっているようで、ゆらりと立ち上がったかと思うと、ハデスをぎらついた目で睨み付ける。その隙にプロテウスが千栄理の元へ駆けつけ、恐怖に怯える彼女を抱き締めて慰めた。
「出て行け。ここは余と此奴の部屋だ。兄上であろうと邪魔はさせぬ」
「はっ。このハデスに対して『出て行け』などと、随分と偉くなったものだな? ポセイドン。プロテウス、千栄理を外へ。この愚か者に話がある」
「は」
千栄理の肩に自分の上着をかけてやるハデス。プロテウスは命令通り、千栄理を連れて部屋を出て行く。扉が閉められると、ハデスは手近なソファに腰をかけた。
廊下に出ると、そこには何やら不穏な空気を察したヘルメスとアレスがおり、出てきたプロテウスに何事かと訊く。プロテウスは非常に言いにくそうにしていたが、やがてぽつぽつとポセイドンが千栄理を襲おうとしたことを告白する。その時、ポセイドンの部屋のドアが彼の怒号と共に今にも破られん勢いで揺れた。その激しい物音に千栄理がびくりと怯える。
「ポセイドン、少しは落ち着いたらどうだ」
「落ち着けるものか! 彼奴は余と……余と婚約までしたというのに、他の男が用意した服に袖を通したのだぞっ!? 許せぬ……!! 余を、余を愚弄している!!!!」
がしゃんっ、と何か陶器のような物が勢い任せに床へ落とされたような音がした。続いて、ゼウスの声。
「ポセイドン。お前さん、どうした? ここのところ、千栄理ちゃんのこととなるとちと、変じゃぞ」
「黙れ! 余は何も変わってなどおらぬ!」
「ならば、そのように心乱すこともあるまい。千栄理に罪は無い。むしろ、彼奴の方が哀れだ。自分のせいであの国を危険に晒した上に、伴侶であるお前にすら、契りを違ったのではと疑われるなど……」
「千栄理はどこだ。また余から彼奴を奪うのか。返せ、あれは余のものだ。否、今度こそ身も心も余のものにしてくれる……!」
それ以上は千栄理にとっても辛いだろうと思い、彼女の肩を押してその場から立ち去るプロテウス。ヘルメスとアレスも彼女を心配してか、その後を付いて行った。
一先ず、千栄理を落ち着かせようとサロンに入り、プロテウスはお茶とお菓子の準備をしようと立ち去ろうとしたが、千栄理がここに居て欲しいと言うので、ヘルメスに任せることになった。
「申し訳ございません、ヘルメス様。お客様にお茶の用意をさせてしまうのは、大変忍びないのですが……」
「いえいえ、今の彼女にはあなたが必要でしょうから、構いませんよ」
千栄理はまるで父親に甘える娘のようにプロテウスの服の裾を掴んで離さない。アレスやヘルメスとは顔馴染みだが、こういう時に頼りにするのは、やはり家族同然の存在であるプロテウスのようだった。
お茶とお菓子の準備が整うと、ヘルメスは気を利かせて何か一曲演奏しようかと持ちかけると、プロテウスが落ち着ける曲をと頼んだ。
「では、きっと千栄理さんもよく知っているあの曲にいたしましょう」
自分の手元に喚び出した愛用のヴァイオリンを構えて、ヘルメスは弾き始める。陽の光がたっぷり差し込むサロンに相応しい曲『亜麻色の髪の乙女』。ドビュッシーの代表作の一つだ。まるで木陰から差し込む柔らかい光に照らされているような、ゆっくりとした心地のいい旋律とヘルメスが用意してくれた温かいハーブティーのお陰で、千栄理は先程までの恐怖が解けていくのを感じた。
恐怖が去って行くと、今度は疲れが出たのか、眠くなってくる。うとうとと船を漕ぎ出した千栄理を見て、プロテウスはブランケットを探しに行き、アレスは少々慌てながらも、隣の部屋からふかふかのソファを持って来た。
「千栄理様、少しお休みになられた方が良いですよ。今日はお疲れでしょう」
「ん……はい……」
眠くてもう殆ど意識が無い千栄理をプロテウスは、アレスが用意してくれたソファに千栄理を寝かせて、ブランケットを掛けてやる。ハデスの上着はさりげなく回収し、丁寧に畳んで椅子の上へ。ものの数分で深い眠りに入った千栄理の様子に、一同はやっと人心地ついたと言うように、安堵の息を吐いた。ヘルメスも演奏を止めて、千栄理の様子を見る。
「一時はどうなるかと……」
「一先ずは落ち着きましたね」
「しかし、ポセイドン様はどうするんだ? あのままでは、また千栄理に……」
「そうですね。……困りましたね」
三柱が悩む中、サロンの扉が開けられる。入って来たのは、非常に苛立った様子のハデスとゼウスだった。