少女少年モラトリアム・サヴァイヴコンビニエンス・ヴァイオレンス
「お待たせしました、僕が店長です。えーっと…」
「朱摩羚」
「はい、朱摩さんね」
額の合わないレジの釣銭と破損した自動ドアの修繕費用に頭を痛めながら、面接に来た女子高生の履歴書を捲る。
「ああ、西高の子か。男の子なら何度か受けに来たことあるんだけど、女の子は初めてだな」
そこで初めて顔を上げると、彼女──朱摩さんはきつく眉根を寄せてこちらを睨んでいた。
うーん、難しい年頃の子だな。
「あ、変な意味じゃなくてね。なんせここのコンビニは」
客層がちょっと──と言い終える前に、ガシャン!という破壊音が店側から響いてきた。
ガシャン!ガシャン!
連続して鳴り響く音に緊急事態を悟る。
「ご……ごめん朱摩さん。少し中断させて」
慌ててバックヤードの扉を開けようとすると、
「無駄だ」
ぼそりと背後で声がした。
「今の音。物が壊れる以外に人の肉の重みを感じる。愉快犯じゃない……乱闘騒ぎで雪崩れ込んだクチだろう」
振り返ると彼女はゆらりと立ち上がり、こちらへ距離を詰めてくる。
先程の比ではなく細められ、獣のようにぎらついた瞳。
「素人じゃ相手にならない。私が行く」
無駄のない所作に一瞬見惚れたが、すぐさま我に返る。
「な、何言ってるの。君こそまだバイトでもないただの女子高生じゃないか。僕が店内を見てくるからここで大人しく──」
ダンッ!
耳元を風と埃が掠めた。
朱摩さんは扉から足を離し、ゆっくりとこちらに目を合わせる。
「お前が見るのは店じゃない。私だ」
声の発し方を思い出す間もなく、彼女は僕を押しのけて混沌の店内へと入っていった。
「……あっ!姉ちゃん聞いてくれよぉ、酷いんだよコイツ、コイツが俺の心をズタズタに切り裂いたんだ」
涙目の男が血まみれの拳を振るっている。相手の身体は商品棚に押し付けられ、顔面はズタズタに切り裂かれていた。
幸い一般客はいないようだ。
「そうか」
彼女は興味なさげに相槌を打つと、完全大破した自動ドア越しの外を指し示す。
「外に出ろ。そこの男とお似合いになるくらい切り裂いてやる」
「ほっ、本当か?」
何故か嬉しそうな涙目男が駐車場に連れ出される。
私は電話で救急車と警察を呼びながら外の様子を伺った。
「嬉しいなぁ、俺を無視しないでくれるなんて。君も俺と同じかい?構って欲しいだけなのに、みんなが俺を無視するんだ。そんなの耐えられないだろう!」
「……私は…ぃ……」
風で声が聴き取りづらい。
「え?それは辛いなぁ。じゃあ俺が忘れさせてあげる!」
恍惚とした表情のまま分厚い拳を振り上げる男。
朱摩さんはカッと瞳を開いて──次の瞬間、視界から消えた。
……思わず瞼を擦ると、黒いセーラー服のプリーツが地面すれすれを這うのが目に入る。
脚が華麗に宙を舞い、男の胸を一突き。
「似合いにしてやると言ったけど、顔を裂くとは言ってねぇよ」
ドサリと仰向けに倒れ込んだ男に唾を吐き、彼女は店内に戻ってきた。
慌てて顔を引っ込める。
「あ……ええっと」
「やるんだろ。面接の続き」
朱摩さんは不機嫌そうに鼻血を拭っていた。先程顔面は殴られていなかったように思うけれど……いや、そうじゃない。
「ああ、いや、採用。君、採用で」
「……は?」
ぽかんとする彼女の表情は、今日見た中で一番年相応のそれだった。
「実はここの店舗、今みたいなのが日常茶飯事……って程じゃないけど、正直かなり客層悪いんだよね。だから君みたいに用心棒になってくれる子がいたら大助かりなんだけど」
社会的立場にある大人としてかなり情けないことを言っている自覚はある。しかし背に腹は代えられない。いつまで経っても追加要員を寄越してくれない本社に掛け合うより、目の前のチャンスに縋り付くほうが早いだろう。
まん丸の瞳をすぐ切長に戻し、朱摩さんはいかにも形式ばったお辞儀をした。
「……よろしくお願いします」
この眼つきで接客大丈夫かなと今更な疑問を抱く。まあいい、研修期間もあるし。
「じゃあ早速で悪いんだけど、店内の掃除手伝ってくれるかな。あっ倒れてる二人はなるべく動かさないようにね」
「……はあ」
掃除用具を取るためバックヤードへ戻る。簡易テーブルの上には履歴書が置きっぱなしだった。
何となくそれを捲り直し、先程聴き取れなかった言葉の端を想像する。
──私は誰でもいいわけじゃない。
見てほしいやつは沢山いても、見ていたいのは一人だけだ。
青春皮膜
「というわけでぇー、1年2組の出し物はフランクフルト屋に決まりましたー」
「えー!?タピオカ屋は!?」
「3組に取られましたー。恨むならジャンケンに負けた実行委員を恨んでくださーい」
「テメェ負けやがって!」
「痛い痛い痛い!ヘッドロックやめろ!」
放課後、文化祭準備の始まった教室は活気づいている。
クラスの出し物が飲食系に決まったことに俺はほっとしていた。演劇やアトラクションと違ってシフトに出てブツさえ売ればいいわけだ。変に目立ったり足を引っ張るような場面はないだろう。
それに──
「つーことはさぁ…まず『アレ』を決めなきゃだよな……?」
ぴくり、とクラス全員の肩が動く。
腕を緩めた声の主に頭を解放された実行委員が応え、教室の隅の段ボールに視線をやった。
「ああ、今日の議題はまさにそれだ。あの封じられし『フランク大帝』を誰が継承するのか……」
「りょーかいでーす」
黒板係の女子がデカデカと『フランク大帝』の文字を書いていく。
──フランク大帝か……。
頬を一筋の汗が伝った。
俺──想田想介の特技は研究である。当然己が通っている高校などは立地、歴史、力関係、果ては七不思議まで入学時から詳細に調べ尽くしてある。その中でもあの着ぐるみの存在は一際異彩を放っていた。
「いつからあるのかわからないまま旧体育倉庫に置かれている」「文化祭には毎年一軒フランクフルトの店を出し大帝を身に纏わなければ呪われる」という噂ばかりが一人歩きしているが、実際に俺独自の調査を持ってしても着ぐるみにしては異様な脚部分の柔軟性、どのメーカーにも類似品のないひわ…個性的なデザイン性など謎は深まるばかりだった。そしてついに伝説と向き合う日がやってきたのである。
「えーとぉ、じゃフランク大帝着たい人いますか」
「「「………………」」」
さっきまでが嘘のように教室は静寂に包まれた。
当然だ。そんな曰く付きの着ぐるみなど誰も好き好んで着ようとは思わない。それはそうと呪いは怖い。高校生だもの。
俺にしてもこの場が善意の誰かによって収まることを卑怯と知りつつ願っていた。なに、どうせ最終的に陽キャグループの男がウケ狙いで名乗りを上げて解決するに違いない。毎年大体そんな感じだったらしいし(当社調べ)。
俺が文化祭で望んでいるのはただひとつ。彼女を──
「あの」
よく通る声が響いた。
「誰もいないなら私、やってもいいです」
ぎょっとして振り返ると、ぴんと伸びた背筋で手を挙げていたのはまさに彼女──三條一里だった。
「三條さん!?」
「え、三條!?マジ!?」
瞬く間に教室は活気を取り戻す。
「え、本当にいいの三條さん……だってアレだよ……?」
黒板係の女子が語尾を上げることも忘れ、三條の顔色を伺う。
「大丈夫。せっかくの放課後なのに一つの議題で時間潰したらもったいないでしょ?なんか着ぐるみで動くのって面白そうだし」
三條のにこやかな表情を俺は言葉もなく見つめたが、脳は勝手にフル回転を続けていた。
──三條は嘘をつけないから今言った理由はおそらく本心だ。さっさと話し合いを終わらせて道場に向かいたいし、視界と重力が制限された状況下での動きに純粋な興味があるに違いない。
その気持ちは尊重したい。したいが彼女をなんとしても止めなくてはならない。俺自身のために!
「えー……じゃあフランク大帝は三條さんに」
「待ったァ!!!」
全身全霊の力を込めて俺は立ち上がった。
「三條。本当にそれでいいのか」
ズレた眼鏡を直し、努めて厳かに言い放つ。
「……想田くん?」
大きな瞳を少し細めて三條がこちらを向いた。
「おっ、彼氏参戦か?」「そりゃ恋人に着せたい衣装じゃねーよな」「フラれたんじゃなかったっけ」周囲の声をシャットアウトし言葉を続ける。「確かに着ぐるみを着ることでしか見られない景色はあるかもしれない。だが、それだけのために君のポテンシャルを捨てるのはお勧めできないな」
「ポテンシャル?」
「俺たちがやるのは飲食店だ。そこでは当然注文に応じた接客が求められる。多くの客に商品を迅速に的確に捌く──君の優れた身体能力はそういう場で最も役立つんじゃないか?」
「……そ、そうかな」
三條は戸惑ったように額を伸縮させている。
「確かに。三條さんてキビキビしてるし」「なんかどんな客にも対応できそうだよな」「ヤクザとか来ても怯まなそー」「来るわけないじゃん」俺はひとつ咳払いをした。「あー、そういうわけだから、大帝は他の人に」
「でも接客はあれ着ててもできるんじゃないかな?」
「ぐっ……」
言われてみれば真っ当な反論である。
実行委員が段ボールからフランクの皮をそろそろと取り出す。
「まあこれ、着ぐるみ部分は胴体だけで腕と脚はタイツだかんな。目の周りもちゃんと空いてるし、見た目ほど動き辛くはねーよ」
ちっ、余計な横槍を……
「それ体幹辛くねえ?」「あたしだったら頭からブッ倒れるわ」「三條さんならできるでしょ」「あーなんかダンス習ってるんだっけ」まずい。これ以上その場凌ぎの意見を出したら墓穴を掘るだけだ。
──いや、元はと言えば俺が悪い。自分が泥を被らずに相手へ何かを要求するなど男の風上にも置けん行為だ。こうなったら……
「俺がフランク大帝になる!」
今日一番の大声が虚空へと吸い込まれる。
三條は瞬きを繰り返していた。
「ねえ今カナミから黒スー貸してってLINE来たんだけど」「4組何やるって?」「號奪戦らしいよ」露骨に興味を失うなギャラリー共め。「あー、だから、三條は気にせずフランクフルトを」
「想田くん」
澄んだ二つの瞳が俺を捉える。
「もしかして……着ぐるみを着たら厨房に立てないのを心配してるの?」
「!」
核心を突かれ、思わず立ったまま机に崩折れかけた。
流石は三條、俺の思惑などとうにお見通しというわけか……。
「……ああ、フランク大帝のベース素材は軟化点一〇〇度前後のポリエチレン。動きやすさ以前に耐熱性の点から火気には近づけられない。だから三條があの皮を纏っている限り、君手製のフランクフルトが食べられないんじゃないかと……すまない。俺の我儘を押しつけてしまって……」
「想田くん」
顔を上げると、彼女の眩しい笑顔が視界に飛び込んできた。
「知らなかったよ。唐揚げだけじゃなくてフランクフルトもそんなに好きだったんだね」
「え、いや」
「大丈夫だよ。休憩時間には脱いでフランク作るから。いつも世話になってるしね」
「さ、三條……!」
まさに感涙に咽ぼうとする直前、パン!と無慈悲な手拍子が響いた。
「ハーイ、じゃ大帝の座はそゆことで、次の議題決めますよー」
黒板係が冷めきった目をこちらに向けてくる。
「えっ、ちょっ、今のは空気読んでもう少し二人の世界っていうか」
「うるせぇぞ想田!クラス会議私物化しやがって!」
ヘッドロックの矛先が今度は俺に向く。
「ぐえっ、やめろ、俺を怒らせると後が怖いぞ」
「怒ってみろよー!」
再び騒がしくなったクラスの中心で、三條は無邪気に笑っていた。
その笑顔こそが一番の望みだった。
この他愛もないひとときが皮一枚で繋がったものであると、俺も彼女も痛いくらいに知っているのだから。
つじつまあわせの夜想曲
「あなたは自由?それとも縛られてる?」
夜の空気と砂埃の匂い。
痛みと苦しみの最中、子猫の鳴き声より遠くで凛と響く言葉を確かに聴いた。
その言葉は今でも僕の胸に響いている。
絶えることはきっとない。
「こんなこと頼んじゃってごめんね、甲斐くん」
「いや、大丈夫だよ」
深々と頭を下げる三條さんに、僕は慌てて手を振った。
「これもワークショップのためだろう?出来ることは何でも言ってよ」
BJワークショップのDドゥロを一日で倒すためにファイトクラブと呼ばれる試合に潜入しなければならない。数合わせのための協力者が必要だという彼女の頼みを、僕は二つ返事で引き受けた。
「ありがとう」
そう言う三條さんの顔は、けれど目に見えて消沈していた。
理由は容易に察しがつく。彼女の幼馴染がアスレチックでの決戦の後消息を経ち、未だに行方が掴めていないのだ。
ただでさえ不幸な境遇にいるというのに追い討ちをかけられてどんなに辛いだろうか。こんなときこそ仲間として支えなければ。
「詳細はまたLINEするね」
弱気を振り切って笑う彼女の姿に、僕はまた胸が締めつけられた。
「いや何黄昏れてるんだよ、甲斐。今がチャンスだろ」
「なんの」
「略奪の」
危うくペットボトルを握り潰しかけた。
横の稲荷は涼しげな顔でスマホをいじっている。お互い稽古のあと時間を潰す最中だった。
「で……できるわけないだろ。そんな不正なこと」
「別にあいつら付き合ってたわけじゃないだろ?アプローチしたって不正でも不倫でもない。恋愛相談も一日一善の範疇だよ」
じゃあ略奪なんて言葉使うなよ、と言い返す気力もなくフェンスに身体を預ける。
「別に僕は三條とその……付き合いたいわけじゃなくて。何か困ってるときに力になれたらそれでいいんだ。彼女は僕を救ってくれたんだから、その分返さなくちゃと思って」
彼女のおかげで僕は悪事に手を染めずに済み、トランスルーセントと幸せな生活を送っているのだから。
「ふーん」
あからさまに関心を失った稲荷に少しむっとする。
「おい、話題を振っておいてそれはないだろう」
「だって現状向こうに何も求めてないってことだろ?一善の出る幕がどこにあるよ。こちとら女神様への告解に付き合う気はないんでね」
「……」
三條さんに僕から求めるもの。考えもしなかった。
無理矢理話題を変える。
「……稲荷だったら何を求めるんだ。好きになった相手に」
「セックス」
「そういう意味じゃなくて!」
頬が熱いのが自分でもわかって嫌になった。
「善くないことだよ。要するに」
稲荷はにやりと笑う。
「そういうもんじゃねえの?……あ、噂をすればだ。じゃあな甲斐」
「えぇ……?」
鳴り出したスマホを片手に去っていく友人を、僕はぼんやりと見つめていた。
家に帰り、ベッドに横になってからまた三條さんのことを考える。
彼女に救われた。
彼女を守らなければと誓った。
そのために強くなりたいと願い、こうして日々特訓を重ねている。
稲荷にはああ言われたけど、感謝するのも好意を持つのもごく当たり前の自然な成り行きだと思う。誰に話したって後ろ暗いことなんて……
目を瞑った瞬間、記憶が蘇る。
アスレチックでよくわからないまま一緒に行動していた伝統空手の男にも、今日のように心情を吐き出したっけ。
何を言ったかは覚えているのに何を言い返されたかはさっぱり覚えていない。思い出そうとすると頭が痛くなる。
記憶が抜け落ちるなんてよくあることだと思うけど、何故か胸がざわざわと揺れた。
──放っておけない
──もし自分が同じ境遇だったらと考えたら心が締めつけられる
──苦しんできた分報われなければ
──可哀想だ
気づけば夢の中にいた。
僕が倒れ込み、彼女が去っていく夢。
何度も繰り返し見て、そのたびに決意を新たにした夢。
「縛られていた僕を君が解き放ってくれた」
「得た自由を君のために使う」
「心から望んで君のために戦う」
現実で言えなかったことを夢の中なら言えるんじゃないかと唇を必死に動かすけれど、いつも掠れて終わる。
言おうとするたびに何かが僕を阻むから。
その何かは笑っていて、僕とよく似た形をしている。僕の身体に纏わりついて、心臓の辺りを弄りながら「違うだろ」と囁く。
「お前が求めているのはそれじゃない」
「お前はまだ縛られている」
「解き放たれたという思い込みがお前を縛っている」
「お前が求めているものは───」
はっと目が覚めた。
いつもの夢を見ていた。後半に進むにつれ記憶が曖昧になるのもいつものことだった。
喉がからからに渇いている。
「……三條さん…………」
息をゆっくり吐きながら呟く。
自分の想いの在処を確かめるように。決して間違えないように。
「あなたは自由?それとも縛られてる?」
その言葉は今でも僕の胸に響いている。
絶えることはきっとない。
だけど僕が求める自由の先に君がいるのか、未だに答えられずにいる。
幸福論相互閲覧
「翔矢はさあ」
「んー?」
「もし知らない奴から『幼馴染とか楽して彼女ゲットできていいよな』って言われたらどうする?」
「埋めるか吊るす」
「頼もし〜」
翔矢が雑誌を閉じると、いかにもさりげなさを装った純悟の顔が隣にあった。
道場の隅で胡座を崩す。
「どうした突然。お前の場合はどうなんだよ」
「別に。つーか俺は厳密には幼馴染じゃねぇし。そもそも付き合ってねーし」
俺は誰とは言ってないぞ──という詮索を堪えて純悟の視線の先を追うと、
「ねえ桜、その髪ってどうやって留めてるの」
「これ?結構コツがいるよ。あとでゆっくり教えてあげる」
「ありがとう。私も髪伸びてきたからさ、邪魔にならないようにまた切るか纏めるかで悩んでて。癖毛だし」
「確かにね。いっちはそのまま下ろした方が似合うと思うけど、パフォーマンスを考えると……」
さっきまで息も吐かせずに激しい乱取りをやっていたとは思えないくらい和気藹々としている。
翔矢も並んで視線を向けた。
視線の矛先は違うが込められた感情は同じだ。それが翔矢が年の離れた彼に親しみを抱いている──親しくしていられる理由の一つだった。
「これでも感謝してるんだよ。お前にもいっちにも」
「なんの話だよ」
微妙に上滑りした声の純悟に畳み掛ける。
「桜は地元じゃ同世代の友達に恵まれなかったからな。目的が何でも、ああいう風に楽しく話せる奴等が増えてよかった」
「……フーン」
純悟が頰を掻く。普段は自分より3つ4つ下とは信じられない風貌だが、こうして照れている姿は案外年相応だ。
「いいのかよ。忘れてる訳じゃねえだろうけど俺らは慈善団体じゃねえ。ガワだけ見りゃギャングの構成員に一泡吹かせたい連中の集まりだってのに」
「わかってるよ。俺も桜もわかった上で力になりたくて居るんだし」
小休憩もじき終わりだ。向こうの彼女達も準備を始めている。
「俺がやることは昔と変わらない。本当にヤバくなったときは俺が桜を守る」
そう言って立ち上がると、
「……いいな。迷いがなくて」
「ん?」
「いや。いっち!さっき中断したとこから始めんぞ」
声を張り上げる純悟に続き足を踏み出す。
些細な一幕だった。
だがあのとき食い下がらなかったことを、翔矢はわずかに後悔している。
「はい、というわけで本日はこちらのカップル限定メニューを頼んでみたいと思います!」
パステルカラーの店の前で自撮り棒を掲げ、桜が明るい声を上げた。
一旦カメラを切り、店員に席を案内される。
翔矢も彼女に並んで歩く。自分の足音がやけに響き、話し声がやけにざらついて聴こえた。
いつものことだ。他人の多い場で連れ立っていると、周囲の視線が肌を逆撫でする感覚に襲われる。
自意識過剰とわかってはいる。地元にいたときの名残。
「いっちは今日栄子のチャンネルに参加してるから、後で別撮りして編集するからね」
「あ、おう」
席に座るなり頬をつつかれる。
「もう、まだ緊張してるの?」
「いや別に……ところで師範とか道場の人には言ってあるのか?このチャンネルのこと」
思い出した体で翔矢は尋ねた。
桜は表でそれなりに名の売れた選手だ。詳しい事情は伏せるとしても、関係者に全く話を通さないのは動画が伸びたときトラブルを招く可能性が高い。
「うん、一応言ったけど別に止められなかったよ。そういうのは若いうちにやっときなさいって」
……完全に舐められている気がしなくもないが、ひとまず肩を撫で下ろす。
「それにこんな機会でもないと、ゆっくりデートなんてできないでしょ。役得だと思おうよ」
息を吐きかけた喉が詰まる。
「いっちが言ってたの。無理矢理戦わされてた前までとは違って、今は自分で強くなる楽しみを見つけてるんだって。実際、初めて会ったときよりずっと明るくなってるし」
窓から光が差し込む。
「だから私たちも楽しんじゃおうよ。求められてることとやりたいことが一緒なのって、すっごく幸せなことじゃない?」
えへへ、と桜が顔を綻ばせる。
幼い頃から何度も救われてきた笑み。
「……そうだな」
ふと思い出すのは行方不明の友人が残した言葉だった。純悟には自分が本当に「迷いがない」人物に見えていたのだろうか。
だとしたらとんだ勘違いだ。翔矢は今ここに至っても迷い悔やんでばかりで、それでも自分を必要としてくれる桜に支えられてきた。
こうなる前にそれを純悟に伝えていれば良かったかもしれない。姿を消したのが不可抗力か自らの意志かは知らないが、今のいっちがあるのは間違いなく純悟のおかげなのだから。
「お待たせいたしました。動画撮影は規約の範囲内でお願いしますね」
店員がドリンクを運び去っていくと、翔矢はカップルストローの端を摘んだ。
「桜」
「なあに?」
出逢ってから何百回と口にしてきた言葉を言う。
最愛の相手の隣にいることが誰かの力になれることと同じである幸福。
自分が、そしてここにいない歳下の友人が、その幸福から遠ざからずにいられることを強く願った。