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    桃源郷に我は居られじ「道満法師」
     呼び止められて、道満は内心溜息をついた。しかし、それは一切顔には出さず、にこやかな笑顔で振り返る。
    「これはこれは中納言殿。如何なされましたかな?」
     目の前には束帯姿の小肥りの男。下卑た笑みに吐き気を催しながら、道満は笑顔のまま少し屈んで身体を傾けた。見下ろす形になってしまうのは不躾だと心得ていたからだ。
    「この様な場所で会うなどとは、奇遇ですなぁ」
     お互い内裏で働いているのだから、出会う事もあるだろう。というか、道満は内裏での仕事中はだいたいこの時間にこの渡殿を通っている。それは調べれば直ぐにわかる事であった。つまり、これは待ち伏せだ。
     嗚呼、嫌だ。気持ちが悪い。
     瞳は濁っているくせに、妙にギラついた視線が道満の顔を舐め回す。興奮しているのか、開き切った鼻の穴からは仕切りに息が漏れた。
     早々に挨拶だけ済ませて離れたかったが、急ぐ理由を口にする前に、相手が口を開いた。
    「今宵拙宅で酒宴を行うのですが、道満殿も如何ですかな?」
     またか、と道満は思った。これでもう四度目だ。何度断っても誘ってくる。いい加減に諦めて欲しかった。道満は頭を下げて前回と同じ理由を粛々と答えた。
    「拙僧今は精進潔斎の為、申し訳ございませぬが……」
    「私がお誘いする時はいつもそれで御座いますな、道満殿」
     如実に言葉に険がたつ。直ぐに態度に現れるなど小物の証拠ではあるが、中納言殿は右大臣の弟君であったか、と道満は頭の中で損得を計算する。これ以上断り続ければ内裏での立場に影響が出るかもしれない。
     万一酒を盛られても、口の中に仕込んだ式神に飲ませれば良いか……。
     道満はそう考えて、「精進潔斎中のため飲食は慎まねばなりませぬが、それでもよろしいのなら」と中納言の誘いを受ける事にした。





     俄に庭の方が騒がしくなり、中納言は御帳台から出て、舎人に「どうした」と尋ねた。しかし、返事が返ってくる前に、その原因を理解した。庭の中を一直線に歩いてくる人物の顔を見知っていたからだ。
    「せ、晴明殿! どうして貴方がここに」
     主人が招いていない人物が屋敷に入ってくるなど言語道断であったが、この大陰陽師に其の様な理は意味を為さなかった。傲岸不遜。自分の主人と認めた者にしか礼を尽くさないというのは周知の事実である。
    「いやなに、私の物を返して貰えば直ぐに帰りますので」
     晴明は貼り付けたような笑顔で端的にそう答えると、階から濡れ縁に上がり込んだ。舎人が止めるのも聞かず、ずんずんと歩みを止めず、廂を抜けていく。
    「何のことを……」
     中納言は呪をかけられたように固まったまま動けず、母屋へ一直線に向かう晴明を視線で追うのが精一杯だった。
     晴明は御帳台の前で歩みを止め、垂らされていた帳を開けた。平素能面のように動くことのない顔に怒りが深く刻まれる。
    「せいめいどの?」
     畳の上には崩れるようにして座している蘆屋道満が居た。呂律の回っていない舌ったらずな甘い声。白雪の肌は桃色に染まり、黒曜石の瞳は黒蜜の様にとろりと溶け出している。内裏では決して見ることができない無防備な姿。常よりも高い体温のせいか、甘く齧り付きたくなるような魅惑的な香りが色濃く纏わりついていた。
     服は多少乱れているが、大事には至っていない事に「間に合った」と晴明は内心胸を撫で下ろした。
     しかし、どれだけ飲まされたのだ、と周りに転がっている瓶子の数を見て晴明は不快に眉を寄せる。一つ取り上げて匂いを嗅ぎ、中に残っていた酒を舐める。
    「これは……」
    「どうなさったのですか?」
     こてん、と小首を傾げて見上げる道満に、晴明は「何でもないよ」と優しく微笑んだ。
     すっと掌を差し出せば、道満は自ら頬をそれに擦り寄せる。目を細めて薄く微笑むその姿はまるで大きな猫の様であった。緩んだ口元からは真白い八重歯がちらりとのぞいている。
     いつもこれくらい素直で在れば可愛らしいものだが、と晴明は思ったが、後ろで其の様を見つめる他の男どもの顔を式神越しに盗み見て、考えを改めた。この顔は、私の閨の中だけですれば良い。
    「道満、帰るよ」
     瓶子を投げ出し、両手を差し出せば、道満はのっそりと起き上がり、晴明の首に手を回してしなだれ掛かった。触れた肌が熱い。ぎゅうっと強く抱きしめてきたその六尺二十九貫の巨躯を術で筋力を上げてしっかりと抱え込む。
    「それでは皆様、失礼致します」
     にっこりと微笑んだ後、晴明は来た時と同じに一直線に母屋の中を歩いていく。姿を隠した式神たちに道満の身体を支えさせながら、見せつける様に。今後私の物に手を出すな、と牽制の意味も込めて。



     表に停めてあった牛車の中に道満を寝かせ、式を起動させる。道満の屋敷へと向かうように命令を下し、晴明は漸く安堵のため息をついた。
    「まったく、世話の焼ける」
     人肌の暖かさに安心したのか、屋敷から出る前に道満はすやすやと吐息を立てて眠りに落ちてしまった。腕の中、晴明の肩に額を押し付けながら眠る姿は赤児の様で愛しくもあったが、今日のように簡単に相手の術中に嵌るのはいただけない。
    「あの中納言がお前を狙っていることなど知っていたろうに……」
     眠る道満の長い髪を梳きながら問いかけとも独り言とも言えない言葉を呟いた。小言を言うのは今は止そう、と晴明はまたため息を吐く。そして、ふふっと笑った。
    「存外私も人の心があるのかもしれん」
     この様に一人の男に執着するなど——。
     ことことと進む牛車に揺られながら、晴明は小さく丸まって眠る道満の身体を慈しむように撫でた。
    「ん……」
     もうすぐ屋敷に着くというところで、道満がもぞりと動いた。
    「起きたか?」
    「せいめい、どの? わしは……」
     とろりと垂れ下がった瞳はまだぼんやりと夢の淵を彷徨っている様であった。それでも道満は何とか身体を起こし、牛車の壁にもたれ掛かるようにして座った。
    「口の中を見せてごらん」
     道満は言われるがままに口を開けた。晴明は両手で道満の頬を掴み、少し上を向かせて、口の中を覗き込む。真っ赤な舌の上に小さな式神が倒れていた。取り出してやるとウワバミの式神の様であったが、顔色青くぐったりとしている。ただの酒ではこうはなるまい。
     やはりな、と晴明は思う。
     道満は莫迦ではない。少し詰めが甘いところはあるが、普通の人間に対してであれば特に不利に働くことなど無い程度である。実際今回もきちんと対策はしていたようだが、少しばかり調べが足りなかったようだ。
     あの酒には混ぜ物がしてあった。おそらく医師 くすしに何かしらの薬物でも調合してもらい、それを道満が口にする物全てに入れたのだろう。中納言を怒らせずに酒を断るためにも、精進潔斎を行なっていることは伝えてある筈だ。
     呪であれば直ぐに気付き、祓えたのだろうが、ウワバミを口の中に入れていたのがまずかった。式神に食べさせる事によって味の微妙な変化を感じ取ることが出来なかったのだろう。おかしいと気が付いた時には薬がウワバミを弱らせ、道満の身体にも影響が出てしまっていたはずだ。そこから更に無理やりに酒を飲まされたのだろう。
     あの中納言はどうしても今日道満を手籠にしたかったのだ。そう思うとまたしても怒りが湧いてくる。
     さて、如何してくれようか……。
     無垢な子供のように心配そうに見つめる瞳に気付き、晴明は眉間の皺を緩めた。大丈夫だよ、と言う代わりに頬を優しく撫でてやる。
    「道満、少しじっとしているんだよ」
     そう言うと晴明は薄らと開いた道満の口に吸い付いた。薄い唇を割り、舌を入れる。牙のように尖った犬歯の形を確認するようになぞり、逃げる道満の舌を追いかけ、絡めとり、吸い上げる。くちゅくちゅとお互いの唾液が混じり、水音が漏れる。
    「ンンンンンッ——! 何を為さるのですか、晴明殿!」
     ドン、と胸を強く押され、晴明は後ろによろけた。離された唇から糸が引く。
     脱力していた道満の身体には力が戻り、曖昧模糊としていた頭もはっきりとした様だった。しかし、袖で口元を覆う其の顔は、酒に酔っていた先程よりももっと真っ赤に染まっていた。
    「ははははは、酔いが覚めたか、道満」
    「拙僧は……」
     自分の置かれた状況から、何が起こったかあらかた理解したらしい道満の顔がサッと曇った。
    「もう直ぐお前の屋敷に着くよ。今日はゆっくりと休みなさい。酒精は抜いたが、薬は何を盛られているか分からないからね」
     晴明は仔細は何も言わずにそうとだけ言って、前を向いて座り直した。屋敷は既に見えていた。
     狩衣の袖が遠慮がちに引かれ、晴明は後ろを振り返る。
    「どうした?」
     そう尋ねたが返事はない。道満は耳まで真紅に染め上げ、視線は床を見つめ、眉間には逡巡するように皺を刻み、薄い唇を噛み締めていた。
     仕方のない子だね、と晴明は其の不器用さを難儀に思うと共に、いじらしさが胸を満たすのを感じた。
    「……晴明殿はこのままお帰りになられるのですか?」
     ようやく蚊の鳴くような声で道満は呟いた。
    「これはこれは、お誘いかい?」
     晴明は大袈裟に驚いてみせた。実際、道満からの誘いは殆ど無いと言っても過言ではなかった。自分から言い出せず、苦しそうにいつも言葉を飲み込むのを、晴明は何度も見てきた。素直になれば良いものを、と思うことは簡単であったが、彼の自尊心は彼の物であるのだから、晴明がどうこう言う物でも無いと思っていた。それに、素直で無いところが一等に愛らしい。
    「大変癪ではありますが、中納言殿のような方を遠ざける為には貴方の香を纏うのが一番です故」
     晴明の態度に小馬鹿にされたと思ったのだろうか、先程のしおらしさはすっかり消え失せ、ツンと無愛想な態度に豹変する。
     いつもの調子に戻ったのは良い事だ。
    「酒の入ったお前はあんなにも素直で可愛らしいのにねぇ」
     そう言って笑えば、恨めしそうな目で睨め付けてくる。
     ああ本当に可愛らしい。其の様な顔、私の前以外でするでないよ。
     
     牛車が止まり、二人は連れ立って門の中に消えていった。




    沙吏 Link Message Mute
    2022/09/20 18:01:19

    桃源郷に我は居られじ

    晴道

    道満が下戸だと良いな、と思って書きました。

    捏造過多
    雰囲気平安京

    #FGO #晴道 #蘆屋道満

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