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    アクアヴィットその小さな食料品店で、アルコールを手に取ったのは気まぐれだった。
    そんなに大きくないその瓶を回しながら、アルコール度数や原材料を見る。度数がもっとも低い部類でフルーツフレイバーのそれは、僕が一番よく飲むタイプのアルコールだった。静かな村であるここには、こういった果実酒くらいしか置いていない。同じ棚の瓶を見比べながら、そういえば最近めっきり酒類を飲んでいなかったな、と思う。
    元々そんなによく飲む質ではなかったが、このところはひどく忙しいのが主な原因だろう。家事や妹の世話もそうだが、何よりゲラートと話しているのが楽しい。彼とあらゆる研究や学問について話していると、時なんてあっという間だ。特に死の秘宝―――あれはもう、本当に魅力的で、二人でそれを探しに行く計画が現実味を帯び始めてからというもの、僕たちは文字通り、寝る間も惜しんで語らっている。何か勘付き始めたアバーフォースの疎まし気な視線は痛いけれど、お互いの家に帰ってからも梟を飛ばし合ったりして、実に寝ても覚めてもそのことを考えている。それが楽しいのは、きっとゲラートも同じだろう。
    そんなわけで、ゆっくり雑談をしながらアルコールに身を任すなんてことは、とんとご無沙汰だった。まあしかし、たまにならそういうのも悪くないかもしれない。本当はこうして一人で買い物に出る時間も惜しいくらいなのだけど、僕はといえば、何と言うか、そこにゲラートがいさえすれば、買い物だろうが雑談だろうが、そこまで大差はないのだった。これはまあ、おそらく僕の方だけの気持ちだろうから、本人に決して言うつもりはないが。
    しばらく色とりどりの瓶を前に悩んだ後、苺のものを一本籠に入れた。量は多くはないけれど、家にワインくらいはあるし、スローペースで飲めば二人ならこれで充分だろう。ゲラートの好きそうなつまみの材料をいくつかと、自分用にビスケットと果物をいくつか手に取る。ホグワーツにいた頃は、友人たちと酒盛りをする際、甘い酒に甘い食べ物なんて正気かと呆れられたり取り上げられたりしたものだが、ゲラートも同じようにしかめっ面で悪趣味だ、なんて言うのだろうか。その様子が簡単に想像できて、思わず口もとが緩んだ。まったく本当に、寝ても覚めても彼の事ばかりだ、僕の頭の中は。
    家への帰り道、バチルダさんの家の前を通りかかると、ちょうどゲラートが庭に水を撒いているところだった。
    杖の先から細かな水がゆらゆらと、ゆっくり落ちていく。太陽の光を受けて、うっすらと虹が見えていた。
    立ち止まって様子を眺めていると、ゲラートがこちらに気づき、杖を振った。水の放出が止まり、虹が消える。こちらに大股で歩み寄りながら、買い物か、ときらきらと笑った。
    その笑顔に思わず見惚れそうになりながら、うん、と頷いて、先程買った果実酒の瓶を取り出して見せた。
    「今夜にでも一緒に飲まないかい?たまにはいいだろう」
    僕がそう言うと、彼はふうん、とその瓶を見て、僕の持っている袋の中を覗き込んだ。
    「なんか食うもん買ってきた?」
    「オリーブとかチーズとかは。ビスケットと果物もあるよ」
    箱に入った菓子を見せてみると、ゲラートは僕の予想よりひどいしかめっ面で、はあ!?と叫んだ。
    「この酒で?それか?正気かよおい」
    「結構おいしいものだよ、君もこの機会に試してみるといい」
    「理解不能だ、お前頭はいいけど感覚野はおかしいんじゃねーの」
    「おかしくない」
    「おかしい」
    「おかしくない」
    「おかしい」
    目が合った途端、二人同時に噴き出す。腐りかかった戸口にもたれながらいつまでも笑っているゲラートも、腹立たしいくらい絵になるもので、僕は早々に笑いがおさまってひとつ咳払いをした。
    ようやく笑いがおさまってきた彼が、そうだ、と何か思いだした顔をする。そうしてにやりと笑って、
    「ダームストラングの方で買ったいい酒がある、あれもついでに開けよう」
    などと言い出した。
    ダームストラングといえば、正確な場所はホグワーツ同様部外者には公開されていないが、校舎はずいぶん北の方にあると聞いている。彼の悪そうな顔もあいまって、非常に嫌な予感がした。しかし悲しいかな、彼のその顔は僕がそれはもう好きな表情で、僕はそのまま頷いて、じゃあ夜にまたうちで、と何食わぬ顔で了承してしまったのだった。まったくもう、腹立たしいものである。彼も自分も。
    ゲラートが酒瓶を掲げて、じゃあ次はこっちで飲み比べしようぜ、と言いだしたときには、それはさすがにまずい、と頭の中で警報が鳴った。
    氷を入れつつ二人で飲みきった果実酒で、僕はすでにもうおしまいでいいかな、くらいに思っていたのだ。あとは切ってある果物を入れたホットワインでも締めに飲んで(この辺りは夏でも夜は肌寒い)、ゲラートの持ってきたそれは、次回のお楽しみにでも、ということにして―――彼と飲むのはやっぱりひどく楽しくて、これっきりは嫌だな、と思ったので。それが何だ、飲み比べとは。しかもその酒は、不幸にも嫌な予感が的中して、北国特有の、度数が飛びぬけて高いものじゃないのか。
    「なんだ、もう終わりか?ローティーンでもあるまいし」
    「まさか。あれくらいで酔うはずがないだろ」
    試すようなゲラートの口調に、余裕を含ませて返してやる。そう、別に飲めないわけではないのだ。彼の言うように子どもでもあるまいし、学生時代には当然無茶な飲み方だって何回もやらかした。学友たちは、女の好きそうな酒、と思っていたようだが、甘い酒は存外度数が高いものが多い。そういう意味では全く問題はないのだけれど、友人たちと飲む、ということと、ゲラートと飲む、ということは、その、ちょっと、事情が変わってくるのではないだろうか。
    ありていに言って、怖いのだ。醜態を晒したり酩酊状態を見られたりすることが。自分でも何を言ってしまうか、わからないのが。だって僕は彼よりたった一歳でも一応は年上で、今まで議論に熱が入ったときだって、悪ふざけの呪文が暴走しかけたときだって、取り乱した様子なんて見せたことはない、そのように努めている。将来有望と目されてひたむきな尊敬の視線を集めていた自分という矜持もある。くだらない意地かもしれないが、やはり一定のラインは保っていたい。そもそも彼に惚れているのだ、それくらいは保てないと、どう考えても勝ち目がなくなってしまう。
    そう、僕が彼を好きだというのも問題で、うっかりまずいことを口走ってしまわないかとか、あからさまに見とれてしまったらどうしようとか、それはもう心配が山積みなわけで―――もう彼には少しばれているような気がしないでもないが、それとこれとは別問題だ、多分彼はノーマルだし、その上若干性格が悪いので、何としてもそういう事態は避けたいわけである。だから、まずい。ゲラートが今、「この酒は常温で飲むのがいいんだ」なんて言いながら、ふたつのグラスの氷を捨ててストレートのその酒を注いでいるのは、非常にまずい。まだ飲み比べるとは言ってないだろう。そもそもそれは飲み比べに使うような酒ではないんじゃないか。ニューイヤーのときなんかにゆっくり飲むもので、君とそうできたらそれはすごく嬉しいだろう、いやそんなことを考えている場合ではない。今はどうこれを「飲み比べ」ではなくするか、という問題で、などと僕がぐるぐると考えていると、ゲラートが、ほい、と片方のグラスを僕によこした。薄い琥珀色の液体で満たされているそのグラスを反射的に受けとってしまって、顔には出さずに、しまった、と思う。持っただけでその酒精の強さがわかる。何がアクアヴィット、命の泉だ、こっちは進退窮まってる。完全に追い詰められている、だいぶまずい流れだ。
    しかし何が一番まずいかと言うとそれは、
    「飲み比べ、一杯目だな。半分くらいまではもってくれよ?」
    「そっちこそ、北国の出身が泣かないといいね」
    僕が非常に、負けず嫌いということなのだ。
    覚悟を決めて飲んだ一口目は、口に入れた瞬間全身の毛が逆立つようで、ゆっくり飲み込むと喉と食道がずくずくと灼けた。味わう余裕などなく、今まで飲んだ中で突き抜けて度数が高いものだとすぐにわかる(値段もかなりいいのではないだろうか)。二口目を口に含むと、異国料理のような、癖のある味がぶわりと広がる。ただでさえ果実酒で上がっていた体温が、さらに2度ほど上がったんじゃないかと思った。
    顔をしかめている僕を面白そうに見ながら、ゲラートも舐めるように飲んでいる。
    「口に合わなかったか」
    「合わないね、僕がどういうのが好きか知ってるだろう。こんな薬みたいなのを飲んで何が楽しいんだか」
    甘い林檎で口直しをしながら毒づく僕に、ゲラートはちょっと苦笑してみせた。
    「そう言うな。飲んでると結構癖になる味だぜ、バカ共が大量に貯めこんでたからな」
    また他の生徒の事をそんなふうに言って、と、今度は彼に眉を寄せた。僕もあまり人のことは言えないけれど、在学中に一人も学友ができなかったというのは、少し寂しいことだと思う。それが僕を、彼の中で唯一の存在にしているとしても。
    と考えたところで、あれ、と思った。
    「まさか君、このお酒って…」
    「人聞きの悪いこと言うな、決闘の賞品だよ」
    くつくつと笑う彼を見て、ああやっぱり、とため息をつく。決闘なんて彼が勝つに決まってるし(惚れた欲目ではない)、相手は無事では済まないだろう。カツアゲ同然だ。
    「同族をあんまり虐めるのはやめるんだね」
    「わかったっつーの、でもあれは向こうから申し込んできたんだぜ」
    決闘が堂々と行われるだの、こんな酒を生徒が大量に貯めこんでいるだの。
    「風紀が乱れてるよ、まったく」
    僕がまたため息をつくと、ゲラートはちょっと眉を上げた。
    「それを言うなら、共学のそっちはもっと乱れてたんじゃねえの」
    あんまり下衆い物言いにまたため息が出た。
    「女の子がいるったって、寮は男女別だし門限もあるし、普通だったよ。そもそも、少しくらい異性の目があった方がちゃんとするものじゃないかい」
    僕は知らないけど、というのは心中におさえて、当たり障りなく返す。ゲラートは少しつまらなそうに、まあそうかもな、と言いながらグラスの残りを煽った。二杯目を注ぐために身を起こしたとき、また悪い顔で笑った。
    「お前自体はどうだったんだよ、風紀。そういう大人しい顔してる奴に限って女泣かせてたんじゃねえの。羨望の的だっただろうしなあ?」
    そう来るとは思わなくて、一瞬怯んだ。どうしたものか。僕たちがその手の話をするのは初めてだった。
    僕が真性とわかっていないのか、わかったうえで鎌をかけに来ているのだろうか。少しだけ考えて、まあそこはぼかせばいいか、と思った。アルコールのせいか、ずいぶん口が軽くなっている。
    「まさか。深い仲になったのは一人くらいだよ」
    へえ、と彼の口が吊り上がった。
    「同級か」
    「いや、僕より一つ年上だった。寮も違ってた」
    普段顔を合わせても、お互い知らないふりをしていた。ホグズミードでお互い一人でいたときに、本当に偶然出会ったものだから、二人以外の誰も、僕たちに面識があるとは知らなかっただろう。廊下でその緑のローブがひるがえるのを見ても、決して振り返らなかった。
    「僕の寮とその人の寮が、仲が悪いところでね。結局そんなに長くはもたなかったよ」
    「ホグワーツも怖ぇなあ」
    欠片もそう思ってない顔でゲラートが笑った。ホグワーツの寮派閥は、これからどうなっていくのだろうか。それを見届けたかったような気もするし、できれば良い方向に導いてやりたいと、そう思っていた時期もあったように思う。
    僕はひとつ嘘をついていた。
    「ツラはどうだったんだよ」
    「さあ、綺麗だったんじゃないかな」
    「さあ、って、お前なあ」
    グラスの液体が零れるくらいゲラートは笑った。もしかしたら笑い上戸なのかもしれない、先程からずっと笑っている。見飽きることなどないけれど。
    「本当に思いだせないんだよ。そのあとすぐ勉強や研究で忙しくなったし、今どこで何をしてるのかさっぱり知らない。進路を知ろうとも思わなかったし」
    冷てえなあ、と彼はまた笑った。そんなことはない。あちらも苦い思いをしただろうが、こっちもそこそこ傷ついた。恋愛なんてそんなものだ。向こうにとって、確かな恋だったかはわからないが。
    その後ゲラートの色恋事についても聞いてみたが、半ば予想していた通り、近くの村の女たちで遊んだ程度、ということだった。彼はそういう奴だ。ノーマルだし、頭の悪い者はすぐ切り捨ててしまう。満足と言うわけではないが、別段ショックもなく、やっぱりな、と思ったくらいだった。
    次の杯を注いで会話が少し途切れたとき、僕はスリザリンのその人のことを思い返していた。
    グリフィンドールとスリザリンの寮仲が悪かったのは本当だ。だが、それが別れた原因だというのは、嘘だった。
    瓶の残りが少なくなってきても、まだ僕たちは緩慢と飲み比べを続けていた。杯の数は同じだったはずだ、もうだいぶ酔っているので定かではないが。ゲラートを見ると同じようで、そもそも学友のいなかった彼もこんな酒で飲み比べなんてしたことはないはずなので、それは当たり前といえた。
    正直なところ、僕はもう、いや最初から、飲み比べなんてどうでもよかった。こんな静かな夜に、彼と穏やかな時間を過ごしていることが、ただただ幸せだった。別に醜態を晒したって構いやしない、どうせ僕の気持ちだって伝わってしまっているのだ、今更二言三言いったって変わらないだろう。それよりも、今ゲラートの心身の一番近くにいるのが僕で、この時間がとても楽しくて、そっちの方がよっぽど大事じゃないか。
    少し前、ゲラートがグラスに氷を入れるため立ち上がって、そうして流れるように僕の斜め前の椅子から隣に場所を移動したので、彼の表情は若干見にくくなってしまっていたが、体温が隣に感じられてむしろ心地よかった。ボウルの中の氷はだいぶ融けて一口大になってしまっていて、先程からゲラートはそれを口に入れて転がしながらぼんやりとしていた。しかし杯数が同じでも、氷の体積分彼の方が有利ではないだろうか。
    「ゲラート、氷」
    ずるい、と続けながら甘えるようにその肩にもたれかかれば、僕の頭をなでながら、仕方ねえなあ、と彼は笑った。もう一度グラスを煽って新しい氷を口にふくんだかと思うと、それをそのまま僕の口に押し込んだ。
    髪を撫でていたはずの彼の手はいつの間にか僕の頭を押さえこんでいて、氷と強い酒と彼の舌が僕の口内を蹂躙して、結構息苦しい。苦しい、でも、幸せだ。強い酒は彼の言葉通り、いつの間にか嫌ではなくなっていて、そういえば僕が一番好きになるのは、いつだってこういうものだったと思いだした。
    癖が強くて、身を灼き尽くす程に痛くて熱くて、自分勝手で、腹立たしくて。でもどうしようもなく好きになってしまった。一気に食べたら死んでしまいそうだけど、それでも構わないと思うほど、この短い間で、こんなにも好きにさせられてしまった。
    好きだ、一番好き、そう思いながら彼に応えるとそれが伝わったらしく、一瞬笑ったような気配がして、次の瞬間、さらに深く舌が差し込まれた。
    もう氷は融けて消えていて、それどころか自分までぐずぐずに溶けてしまったみたいだった。いっそ溶けてひとつになりたい。手の中のグラスはいつの間にかなくなっていて、空いた手を彼の背に回した。ゆっくりと、強く。もっと触れたい、触れられたい、死んでもいい、身体すべてに。
    強くその背に縋りつけば、だんだんバランスが崩れ、あれよあれよという間にソファに上下になって貪り合っていた。その手がつう、と身体に沿わされたとき、なけなしの理性が、これはまずいと最後の警報を鳴らした。いや、そういうことをするのは全くかまわないが、ここは僕の家のリビングだ。朝になれば弟が足を踏み入れる場所だ。殺されてしまう。折よく彼の唇が首筋へ、その下へと落とされていったので、自由になった口で、ここでは嫌だ、部屋に、と懇願すると、次の瞬間には、慣れたスプリングに二人の身体が浮いていた。この呪文を編み出した魔術師も泣くことだろう。
    狭くて軋むベッドの上で、彼の瞳と髪が月光を受けて輝いていた。いつだって君は輝いている、太陽や虹をすべて集めたよりも、もっと眩しく美しく。
    荒い息遣いの合間に、好きだ、と呟きがこぼれ出た。やってしまった、でももう同じことだろう、言葉にしなくても、きっと身体が心が、好きだと言ってしまっている。
    それでもまだ伝え足りなくて、浮いた声で好き、と繰り返すと、ふ、とゲラートが笑ったのが見えた。初めて見る、余裕や含みのないその笑顔に、思わず固く瞼を閉じた。何かがあふれだしてしまいそうだった。

    二人ともひどく酔っていて、僕は彼を好きだった。それだけでよかった。
    朝、目を開けた途端、身体中の凄まじい痛みに思わず声を上げそうになった。痛みに耐えようとして、何故か足を攣って、さらに悶えた。若干痛みが落ち着いてきた頃、傷の痛みと筋肉痛の二種類があることに気付いて、頭を抱える。切り傷や打撲といった傷ならまだわかるが、情事の筋肉痛とは何とも情けない。色気も何もあった話ではない。
    隣の男がまだ寝ていることを確認して、ゆっくりと身を起こした。背筋や腹筋がみしみしと痛む。水が飲みたい、と思った。アルコールや諸々のせいで喉がひどく乾いていた。時計を確認して、アバーフォースはヤギを放牧しに行っている時間だな、と判断する。悲鳴を上げる身体をやっとの思いで動かして、手近なシーツ1枚だけを羽織って、階下に降りた。
    昨日の惨状がそのままになっているリビングを通りすぎ、キッチンでグラスに水を注ぐ。アバーフォースはあれを見ただろうか、さぞ怒っているだろうな、と少し憂いながら、水を二杯ほど流し込んだ。人心地ついて、ふう、と一つ息をつく。意外と冷静な自分に、我ながら驚いた。彼との情事の翌朝だというのに。
    そう、やってしまった。彼と。自分が。セックスを。一生そんなことはないと思っていたのだが、どうしたわけだろう。酒の勢いなんて、ありふれすぎたきっかけで。
    そんなに長い時間ではなかった。水もあったとはいえアルコールをかなり摂取していたし、お互い不慣れな形だったから、なんだか気疲れしてしまった部分もあったような気がする。二人とも早々に疲れ果て、そのまま眠ってしまった。そんなに長い時間ではなかったのにここまで節々が痛むのは、ゲラートがおそらく男相手は初めてだったのと、僕は久方ぶりだったからだろう。
    でも、よかったなあ、と思う。あんなきっかけでも、翌日こんなに痛くても、非常によかった。ゲラートが特別優しかったわけではない。丁寧にされたわけでもない。でも、好き、と何回言っても、笑って受け入れてくれた。心底惚れている相手とするセックスはこんなにもいい。こんなことなら、初めてだってとっておけばよかったかもしれない、と女々しいことを少し、思った。
    ホグズミードで出会ったその男はちょっと底意地が悪くて、そこは少しゲラートに似ていたかもしれない、と思う。出会ったのは春だったが、その年の初秋、彼は監督生になっていた。
    もう顔も思いだせないが、確か綺麗な顔をしていたように思う。なんとなくままごとのようなデートやキスを重ねて、ある日、監督生専用の風呂があるんだ、と教えられた。高学年になったらもう、やろうと思えば、誰にもばれないように寮を抜けだすなんて簡単だったから、思い立ったが吉日とばかりに、その日の深夜に落ち合った。人目につかないよう落ち合ったそこで、まあなし崩し的に、というわけだ。だから僕は、男相手の受身が初めてではなかった。ただ、それが最初で最後だった。
    その日を最後に、なんとなく避けられている、というのは感じていた。元々普段は知らん顔をしていたけれど、目の逸らし方が不自然になった。手紙がほとんど返ってこなくなった。ああ、共犯ではなくなったのだな、と思った。僕だってそれに何も思わなかったわけではないし、少しは傷ついたりはしたものの、まあそんなものか、と腑に落ちた部分もあったのだ。だって相手はノーマルだったから。
    まあそんなものか、と思ったのはセックスについてもで、思春期なりに興味のあったものを、経験してしまえばこんなものか、と全く興味がひかれなくなってしまった。知的好奇心の一種だったのだろう。知ってしまったらおしまい、はい、次。興味のあるものはほかにもたくさんあったし、どうやら自分はそっちの方が向いているらしい、ということもわかったから、追い縋ることもしなかった。どちらが悪いというわけではない、だって恋愛なんてそんなものだ。相手にとって恋だったかは、やっぱり何度考えたってわからないけれど。
    いつの間にか昔の恋人と比べるようなことをしてしまったことに気付いて、しまった、と思う。でもまあいいか、だってすべてにおいてゲラートの方が勝っている。ひとつひとつ挙げていけばきりがないけれど、初めてのセックスがゲラートとだったら、絶対にこんなものか、なんて感想にはならなかっただろう。よかったなあ、幸せだったなあ、またやってくれるかな、そこまで考えたところで、僕はふと視線を落とした。そう、考えないようにしていたけれど、昔の恋人に現実逃避なんてしてみたけれど、どうなってしまうんだろう、これからの僕たちは。そこから逃げることはできないのだ。
    僕には彼が必要だし、彼にも僕が必要だろうから、きっとこれからもそばには居るだろう。それが友人としてなのか、もっと別の存在としてかはわからないが。
    また水を一杯飲んでから、まあそれもどうでもいいか、と思い直した。大切なのは何をするかではない、誰とするかだ。彼と一緒なら、きっとどこで何をしていても、僕は幸せだろう。これからずっと。どうしてもセックスがしたくなったら、そのときはそのときだ。ゲラートが一番甘いのは僕なんだから、どうにかなる。これからずっと、一緒にいるのだ。

    飲み終わったグラスをカウンターに置いたとき、結露ではない雫が、ぱた、とそこに落ちた。
    涙は後から後からあふれてきて止まらない。悲しいのではない、今があまりにも幸せだった。きっと僕の人生の中で今が一番幸せで、ゲラートが間違いなく僕が人生の中で一番愛するひとだ。嬉しくて、幸せで、いつまでたっても涙はやまなかった。
    ribathi Link Message Mute
    2022/11/06 3:58:47

    アクアヴィット

    2016/8/2 別所に投稿したもの

    #ゲラアル

    ---初出時キャプション---
    夏はゲラアルの季節

    致しちゃうゲラアルです。アルバスさんが非処女です。朝チュンなのでR15くらいです、ご注意ください。

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    • 決闘前夜2016/8/4 別所に投稿したもの

      #ゲラアル

      ---初出時キャプション---
      恋でも愛でもない執着の話

      ゲラートさんが相当性格悪い上に若干イってる。
      一瞬、うっすらとですが性描写があるのでR15くらいです。
      ribathi
    • ついのべまとめ2013/10/22 別所に投稿したもの
      p.1~5 ゲラアル
      p.6 アバアリ
      p.7 シリル

      #ゲラアル #アバアリ #シリル

      ---初出時キャプション---
      twitterにぽつぽつ投稿していた小説が少し溜まったのでまとめました。大半がゲラアル、それにシリルとアバアリがひとつずつです。タイトルはあったりなかったり。
      ribathi
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