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  • 薄暗い物置に所狭しと並べられた調度の間を、そろりと歩く黒い影がある。

    人の形をしたそれは、黒色の装束をまとっていた。
    影の手が、自身の顔を覆う布をずり下げる。あらわれた男の顔は、まだ若い。年の頃は15、6か。男は眉をひそめ、目指す明かりがほのかにもれる障子戸を凝視しながら、くんくんと匂いを嗅ぐような仕草をした。

    (間違いない。この匂いは……)

    障子戸の向こうから、それは漂ってきていた。物置の裏の廊下まで。
    この男は、匂いに誘われて、ここへ侵入してきたのだ。

    抜き足差し足で、調度の間をすり抜ける。植物の蔦の紋様が美しく彫り込まれた棚、鮮やかな花の絵で縁取られた飾り皿、妙に曲がった木製の丸机、そして、背もたれのついたやたらと脚の長い腰掛け……椅子だ。
    これらの持ち主は、いつもこの椅子とやらに座っている。その姿を、男はよく知っていた。
    持ち主がいかにこれらの収集物に執着しているのかも。 まわりの物に絶対に触れぬよう、細心の注意をはらいながら、男は目的の障子戸までたどり着いた。
    上から7分目までは普通の障子だが、その下は磨りガラスがはめ込まれている。洒落たつくりだ。
    慎重にかがんで、磨りガラスの向こうを透かし見る。
    人影がふたつ。ぼそぼそと話し声が聞こえた。ひとつは、この調度品の持ち主であろう。
    会話の内容までは聞き取れないが、どうやら来客中のようだ。

    (なんでえ、誰か来てるのか)

    いつも取り引きをしている商人だろうか。それとも……
    と、思いを巡らせているうちに、片方の人影が椅子から立ち上がった。
    男はとっさに身を縮め、息を殺して様子を伺う。

    (バレたか……!?)

    しかし、短い会話ののち、人影はそのまま部屋から出て行った。
    ほっと胸をなでおろし、ふたたび障子戸に近づく。

    ガラリ、と内側から勢いよく戸が開いた。 「はっ?」

    「随分と大きな鼠だ。……始末しろ」

    「まってまって!! スンマセン! ちっ、違うんです!」

    完全にバレていた。主人の無慈悲な命に従うべく、戸を開けた少年がクナイを構える。

    「な、なんでわかった……!? ちょ、まて! まてカワセミ!」

    「雷太さん……。またですか」

    カワセミと呼ばれた少年は、ため息をついてクナイを下ろした。侵入者……雷太よりもさらに若く、変声期も過ぎぬ子どもの声をしているが、顔に巻いた頭巾の間からは、利発そうな目がのぞいていた。

    「どうしてわかったか? それはあそこにバッチリと映りこんでおられましたゆえ」

    カワセミが指す方向を見ると、低い棚の上に、鏡が置いてある。
    ちょうど障子戸の前方にあたる。磨りガラスのむこうで動く影の姿もよく見えたであろう。

    「バッチリと……」

    「ええバッチリと」

    前はそんなものなかったのに、と、雷太はしぶい顔をした。この部屋は来るたびに置いてあるものが変わるのだ。
    カワセミは振り返り――彼が動くと、鮮やかな青い鉢巻についた鈴がりんと鳴る――主人に指示をあおぐ。

    「鳶さま、いかがしましょう」
    椅子に腰掛けるこの男――鳶は、カワセミの主であり、先の調度品の持ち主であり、そして、多くの下忍を束ねる「鳶組」の組頭、つまり雷太の上司でもあった。
    全身黒ずくめの細身の装束に身を包み、目元だけが見えている。体型に合わせ特別に仕立てられた装束は、袖丈が短く、和服というより洋装にちかい。手足ながく、足を組み、指を軽く交差させてゆったりと椅子に腰掛けている姿は優雅にも見えるが、薄いひとえまぶたの奥からの視線は……かなり冷たい。

    「聞いたか」

    「え?」

    「先の会話を聞いたか、と言っている」

    先ほどの来客との会話のことだろう。雷太は全力で首を横に振った。

    「き、聞いてません!! 何も!」

    「…………」

    「ほんとですって! オレ、今きたばっかで……その、いい匂いがしたもんだから、つい」
    雷太は、上司の冷たい視線に冷や汗をかきつつも、その前の机の上に置かれているものに目をやった。 白い陶器の皿の上に、きつね色の菓子が乗っている。雷太は、それが"ぼうろ"という南蛮菓子であることを知っていた。南蛮渡来品好きの上司が密かに取り寄せ、時おりこうして来客に振舞ったり、側近に試食させたりしていること、そしてその菓子が、この上なく美味いことを知っていた。
    ただのぼうろではない。上には甘い"くりぃむ"までも乗っている。焼き菓子の香ばしい香り、砂糖を贅沢に使ったくりぃむの甘い匂い、さらに、横に置かれた陶器の取っ手付き湯のみには、熱い紅茶が注がれ、花のような香りを漂わせている。
    それらが混ざり合って部屋中を満たし、一息吸うだけで、雷太はえもいわれぬ幸福感に襲われた。

    それは、他よりすこし食いしん坊な部下を、屋敷の客間に侵入させるに十分な魅力をもっていた。

    「これで何度目だ?」

    「スンマセン……」

    しかも、何度も。
    「まぁいい。本当に聞いておらんこともわかっている。もし聞いておれば、すでにお前の首は胴から離れておるだろう。
    私ではなく、今しがたそこに居た男の手によってな」

    机の上に熱い視線を注いでいた雷太の顔色がみるみる青ざめた。 「それって、まさか……元締(もとじめ)、ッスか」

    「さて。私がわざわざこの客間で任務の話をする相手、といえば、ひとりしかおらんな」

    下忍を束ねる組頭に、任務の下知をおこなうのが、「元締」と呼ばれる役職の男であった。(または主幹、大組頭とも呼ばれる)
    つまり雷太にとっての上司の上司。雷太の予想は当たっているが、鳶という男は非常にまわりくどい物言いをする。
    この元締が、伝令を使わず直接その姿をあらわすとき、多くの場合その内容は、暗殺任務に関わるものだと、雷太は聞いたことがあった。
    そんな話をしているところへ忍び込み、あまつさえ内容を盗み聞きしたとあっては、"処分"は免れ得ぬだろう。
    此度の来客は、いつもとはわけが違ったのだ。
    実際のところ、元締も鬼ではない。組織内の者をいきなり始末することはまずないが、行儀の悪い部下を脅すには十分な効果があったようだ。自身が辿ったかもしれない結末に思いを馳せ、顔色を悪くする部下の反応に満足した鳶は、カワセミを手招きしながら言った。 「全く慌ただしい奴よ。仕事があるなどと言って、せっかく用意してやった菓子にも手をつけず行きおった。このままでは菓子が無駄になる。
    カワセミ、どうだ」

    「やったあ! ではいただきます」

    「えーーっ!!」

    思わず抗議の叫びを上げた雷太に、二人分の視線が刺さる。

    「うっ、ぐっ……。あの、組頭……忍び込んだことはスンマセン、もうしません反省してます!
    なので……オレもそれ食べたいです……」

    この状況でまだ菓子をねだる。見上げた食い意地である。

    「お前にやる菓子はない。
    しかし、フム、そうだな。今日はちょうど西洋の祭り、"ハロウィン"の日だ。まことに反省しているというのなら、祭りの作法に則った方法で、私の分の菓子をやっても良い」
    机の上には、鳶の分のぼうろと紅茶がまだ手付かずで置いてあった。この男は人前ではものを食べないくせに、かならず自分と客人の分の菓子を用意するのだ。それがこの男の作法らしかった。 「祭り……すか」

    雷太は怪訝な顔で聞き返した。
    お前にやる菓子はない、とは言いつつも、客が帰ったあと、余ったぶんであれば、いつもはわりとあっさり貰えるのだが、今日は勝手が違うようだ。
    カワセミは行儀よく椅子に座り、すでにぼうろを食べ始めている。かなりおいしそうだ。雷太の腹が鳴った。

    「やります」

    何をさせられるのかはわからないが、祭りの作法、というくらいのものならば、大したことでもないだろう。と雷太は考えた。

    「では、"菓子を渡さねば酷い目にあわせる"と私を脅せ。その姿が真に恐ろしければ、菓子をやろう」

    「えっ、どういうことで」

    「では始め」

    「エッ」

    何かはじまってしまった。
    これは果たしてどういった祭りなのだろうか。
    菓子を脅しとれ、ということか?
    強盗とはちがうのだろうか。
    困惑の表情で、チラリとカワセミのほうに視線をやってみたが、彼はぼうろを頬張るのにいそがしいようだった。
    孤立無援。
    しかしこの下忍の食い意地はこれしきのことではくじけなかった。

    (恐ろしい姿? それで脅せって? そうしたら菓子をもらえるのか? よ、よし……) 雷太は上司を見た。
    目が合う。
    雷太は目をそらした。

    無理。

    (無理だよ!! まず脅される人物が怖すぎるよ! ぜってービビらねぇじゃん! えっ、これ菓子もらえないってことかな……。いや、ここまできて食わずに帰れるかよ……! 何かないか、何か、恐ろしい……)

    上司に対する恐怖と、みずからの食い意地との激しい葛藤は、彼のあたまをいつもより早く回転させた。
    やがてなにかを思いついたのか、ハッと顔をあげ、そしてあるものを素早く手に持ったかとおもえば、それをみずからの顔の前にかかげて立った。

    「かっ、菓子を渡せぇ!」

    いささか裏返る声でそう叫んだ、雷太が持つのは、
    ――鏡。

    「……ほう」

    頭巾にかくれてよく見えないが、鳶は片眉を上げるような表情をしたようだ。
    「それはなんだ」

    「か、鏡です」

    「して、映っているのは?」

    「……組頭です」

    「つまり?」

    「つまりこれがおれにとっての真に恐ろしい姿だよ!」
    という言葉がノドまで出かかったが、雷太はそれをこらえ、しどろもどろに返事をした。

    「えっと……その、自分がふたりいたら……こわいかなーって……」

    「…………」

    沈黙。
    あまりの空気の重苦しさに、雷太の背中を冷や汗が流れた。
    これが祭りか? 拷問のまちがいではなかろうか。
    しかし程なくしてその沈黙は破られた。

    「……なるほど」

    さして興味もなさそうにつぶやき、鳶は椅子から立ち上がる。

    「たしかに、目の前に己がもうひとり現れたとしたらそれは
    恐ろしかろうな」

    「えっ、じゃあ……!」

    「その鏡はもとに戻しておけ。絨毯に紅茶をこぼすなよ」
    どうやら、祭りの作法とやらには合格できたようだった。
    単に彼が部下をからかうのに飽きただけかもしれないが。とにかく、
    「はいッ! ごちそーさまですッ!!」

    部下の今日イチのいい笑顔を振り返ることなく、鳶は音もなく廊下の向こうへ消えた。
    それを確認するやいなや、雷太は机の上の菓子を口いっぱいにほおばり、苦難の果てに得た甘い甘いしあわせに顔中をほころばせた。

    「ん~~~ッ! はろいんさいこぉーっ!」



    ―おわり―
    登場人物
    鳶(トビ):http://galleria.emotionflow.com/32211/277621.html
    雷太(らいた):http://galleria.emotionflow.com/32211/277557.html
    カワセミ:http://galleria.emotionflow.com/32211/280028.html


    ハロウィン小話でした。
    ナガラ Link Message Mute
    2017/11/01 0:27:22

    10.31

    #小説 #創作忍者 ##創作忍者:お題以外

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