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    2-10 踏切怪人(後編) 空がゆっくりと茜色へ染まっていく。
     昼と夜のあわい。黄昏時。普通の人々は足早に家路を急ぐ。マヨイゴが出る月が満ちていく時期は店も閉まるのは早い。
    ましてや今日は満月だ。
     美しい黄昏を覆い隠すようにゆらりと霧が古都を包む。
    「本日は霧のためただいまを持ちまして列車の運転を終了いたします。繰り返します、本日は霧のため――」

    「今日も……運転ご苦労様だね」
    「……どうでもいい。終わったら上手い焼き鳥でも食って帰るぞ」
     そんな無人の駅のホームに降り立った青年がふたり。緑色の長い髪をなびかせるのは織部。その傍に寄り添うのは虚月。
    「……踏切怪人を追え、か。けど、踏切怪人って特撮のはんなり戦隊を見る限りでは怪異の現況じゃなさそうだった」
    「……ああ。それにこの【霧】は人為的なものだ。多分だがな、四天王と踏切怪人は繋がっている」
    「……具体的な人物が浮かんでるんだね、織部」
    織部は小さく頷く。
    「シル―ディア四天王のひとりに、【霧纏い】って奴がいる。そいつの石妖は【蜃】なんだよ」
    「ああ、なるほど。蜃気楼や幻術を使うというわけか。龍の一種、または大ハマグリ。果たしてどちらか。まあ、とりあえず指令通りに【踏切怪人】を追うか。そして――」
     虚月は怪異が現れると言われる踏切に目を向ける。そこには霧でうっすらとしかわからないが人影が見えた。
    「……個人的に興味があるんだよね【桜導】。黒羽も加入してるっていうし」
    「……やばそうなら助けてやらんとな」
    虚月は少しにやつきながら織部を見た。
    「織部はなんだかんだで優しいよね。あやかしは人間嫌いだったりするもんじゃないの?」
    「別に、すべてのあやかしが人間嫌いなわけでもないだろ。わかりあえるかはわからんが、目の前で勝手に死なれるのも好かん」
    「ふうん。ま、俺は織部のそういう優しいとこ、好きだぜ。助けられたのも事実だしな」
     無人の駅のホームで、青年たちは他愛無い会話を続けていたが、
    「……なるほど、あれが【怪異の本体か】」
    「そのようだね。じゃ、行こうか」
    踏切の中心に現れたモノを見て、得物を片手に走り出す。


    ――
     その少し前。
    「場所は間違いなく、ここだね」
    「烏丸君、霧が出てきた。そろそろ、出るよ」
    「わかった。浅黄、一応結界お願い。被害は最小限にしないとね」
    「俺はオトリでよかったかな、青磁クン」
    「ありがとうございます。夏向先輩。正直3人というのは流石に不安だったので」
     青磁の言葉に、
    「初めてって緊張するもんね。大丈夫、黒呂は強いから」
     浅黄が、しゃらんと鈴を鳴らし、符を展開する。
    <巫女の名において願う……この地をひととき、おもての世界より切り離せ>
    水色の光のしめ縄が踏切一帯を囲い込み、世界がひと時断絶する。
    「これで大丈夫です。夏向先輩……気を付けて」
    「うん、浅黄サンも無理しないでね?じゃ、お互い頑張ろう!」

    ――
     歌が、聴こえる。透明で澄んだ歌。
     ふらりと吸い寄せられるように、その歌の聞こえるほうへ足が自然と向かう。
    「おや、いけないよ。踏切に入ってはいけない。こちらへおいで。助けてあげよう……」
     夏向は霧の中に現れた踏切怪人の手を取った瞬間、別の手で前髪に止められたヘアピンを外す。途端に、彼の人格が切り替わる。
    「……貴方が踏切怪人、ですか。何者です?そして、華茶花学園の生徒に何をしたんですか?返答によっては、消します」
    「……おや。これは油断をしていた。そうだね、明かした方がよさそうだ」
     踏切怪人はマントを翻すと少し踏切から距離を取る。
    「初めまして、雲ヶ畑夏向くん、いやこう言った方がいいのかな。きっと近くにいると思うから。【桜導】の皆さん」
    「……どうも。オレ達も少しは有名になったのかな。踏切怪人……いいえ、SubaRuさん」
    警戒心を滲ませた低い声で青磁が言う。
    「……おやおや、そこまでお見通しなのか。とはいえ、手短に済ませよう。踏切怪人なんてやってたのは、誰かを傷つけるためじゃない。ここの踏切にかなり厄介なモノが棲みついたからね」
     彼は指を鳴らす。途端に一帯の霧が嘘のように消えた。かわりに踏切の中央で蠢くのは巨大な蜘蛛。そして踏切の中には蜘蛛の巣が張り巡らされている。
    「……なるほど、あの巨大な蜘蛛に人間が食われないように、蜘蛛と自分の姿を霧で隠しながら、歌で誘って人を守っていた。正体がばれると大騒ぎになるので記憶は曖昧にしておいた。合ってる?」
    銀朱の言葉に踏切怪人は頷く。
    「ああ。しかし僕の力は残念ながら戦闘向きではなくてね。空くんはこういうの得意なんだろうけど、今日は歌のレッスンで来られないので、君たちに頑張ってもらうしかないんだよね」
    「なるほど、じゃあ――下がってください。青磁、お願いします」
    「五辻さん、その人をお願い」
     青磁は言い終わると同時に地面を蹴って黄昏の空へ舞い上がる。
    「……受けなよ!」
     同時に手にした投げナイフを大量に投擲。巨大な蜘蛛も青磁を絡め取ろうと糸の弾を吐き出すが、青磁の高速移動にはついていけていない。
    「……どこを見ているのですか?」
     その隙に背後から黒呂が炎弾を放つ。蜘蛛にぶつかった炎弾は青白い炎と化して燃え上がる。たちまち蜘蛛の体は炎に包まれた。
    彼が操る力は【星】。そしてその炎は全てを焼き焦がすシリウスの、星の光。
    「ねえ踏切怪人!このマヨイゴって完全に消していいタイプ?」
    「大丈夫!多分この蜘蛛はマヨイゴっていうより――」
    「……では、容赦なく。……焼き焦がせ!セイリオス!」
     蒼白い天狼の炎が牙となって巨大な蜘蛛に噛みつき、あとには塵一つ残らなかった。
    「お見事。【桜導】は合格だ。でも、今はそれよりも」
     どこからか踏切怪人の首を狙って飛んできた刃を、
    「チッ!」
    緑色の髪の青年の刃が一閃した。
    「……そこかな」
    続いて光弾が一発。

    「あら~……さすがですわ~。わたくしのかわいい蜘蛛ちゃんを倒したのですから命で償っていただこうと思ったのですけど」
     声の主は黒髪に、真っ白な着物姿の女性だった。不自然なのは焦げた着物の袖。
    「……蜘蛛のあやかしか」
    「ええ~わたくし、ターコイズと申しますの。あ、マスター様によりますと~ターコイズの中でもスパイダーウェブと呼ばれる石の【石妖】です」
    「……ターコイズ。君のマスターは誰だ?基本的にひとりでの行動は難しいと思うけど」
     踏切怪人の言葉に、
    「ああ、そうでした~これは、マスター様からご挨拶しなさいと言われていたのでしたわ。わたくしのマスター様は、黒橡様です。それでは、またいずれお会いいたしましょう~」
     そう答えてターコイズは消えた。浅黄の結界も時間切れで解け、世界が元のかたちを取り戻す。

    「いやー命拾いしたよ。虚月くんに織部くん。そして【桜導】の君たちもありがとう。さて、流石に僕も名乗らないと失礼だね。
    あ、でも内緒だよ?」
     踏切怪人がマスクを取ると、整った顔立ちの灰色と蒼い瞳の青年が姿を現わした。
    「そう、FoMalhautのSubaRuといえばわかりやすいかな。でも、それだけじゃない。本名は灘 昴。……シル―ディア四天王のひとりだよ」
     昴はそう言うとお近づきのしるしに、とサイン入りの新曲ダウンロードカードを全員に配る。
    「なるほど。踏切怪人と四天王は同一人物だったのか」
    織部は納得したというように頷く。
    「青磁くん。【桜導】をシル―ディアは認めた。いざという時には力になると約束するよ。ああ、そろそろ空くんとの待ち合わせの時間が!じゃあね!」
    昴はそう言い残すとその場から一瞬で姿を消した。
    「……帰るぞ。お前らもついてこい。ついでにうまい焼き鳥を食わせてやる」
    「俺は先に戻ってるからゆっくりしてこいよ。織部」

    ――
    「っ……」
     教会に戻って来るなり虚月は着ているものを脱ぎ捨てて部屋のベッドに倒れ込む。
    「……俺の時間も終わりか。月が、欠ける……」
     本来は三日月から半月になるまでしか虚月ではいられない。ただ、調査もあったので、鏡界の術で無理やり期間を引き延ばしていたのだ。体が光に包まれ、髪と、瞳の色が変わっていく。そして体も縮んでいく。

     戻ってきた織部はベッドの上でぐったりとしている黒羽にそっと毛布を掛けた。
    「……無茶しやがって。まあいい。起きたら何か作ってやらなきゃな」

     窓の外では静かに満月が輝いていた。
    晶月翠羽@絵仕事募集 Link Message Mute
    May 31, 2019 3:08:46 PM

    2-10 踏切怪人(後編)

    #創作 #オリジナル #一次創作 #小説 ##石妖契約奇譚
    あらすじ
    踏切怪人後編。踏切怪人の正体とその目的とは――?

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