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    前日譚2前日譚2

     目を開けるとそこは、見たことのないような現実味のない場所だった。立ち並ぶ十字架。その根元を満たす泉。地面からは鉱石が生え、植物の蔓が巻き付いていた。
    「ここはね、物語の墓場」
     魔法使いと名乗った銀髪の青年が口を開く。
    「物語の……墓場?」
    「そして同時に、物語の揺り籠でもある」
     青年はそう言うと泉の中から透き通った硝子のような石を拾い上げて私の掌に載せた。
    その途端――
    「私のセカイは、硝子だった。

     四方八方取り囲まれて、出口も入り口もなく。

     時折ひびわれ、落ちてくる欠片は、薄く肌を裂くばかり。

     ああ、ここから出たい。

     だけど突き刺さる硝子の痛みに耐えられるのだろうか。

     私には、殻もないのに」

     口から自然と紡がれる詩。誰かの叫び。誰よりも自分の世界の外に出たいのに、傷つくことが怖くて出られない。
    (今のは、何?)
     石から流れこんでくる想いが、はっきりと聞こえて。
    「ああ、やっぱり月音さんは魔女にふさわしい。彼らの声が聞けたのだからね」
     我に返って掌を見ると、もうそこには何もなかった。銀色の髪の青年は優しい瞳で、空の掌を見つめている。
    「彼ら?あの石は何なんですか?」
    「あれはね、【泡沫の欠片】。声なき声が、押し殺された思いの結晶なんだ。想いによって姿を変えるけど、この声は【魔女】にしか聞こえない。だけど君にははっきりと聞こえただろう?聞こえないはずの声、届かないはずの想いが」
    「はい……」
     私は少し考えて、疑問を口にする。
    「貴方は、何者なんですか?ただの【魔法使い】でも【魔女】でもないでしょう?もっと、もっと大きな――」
    「うん、ここの【司書】だね。いや、【館長】?」
     あまりにあっさりと答えが返ってきて、私は拍子抜けしてしまう。隠さなくていいのだろうか、そういうことは。
    「ああ、隠さなくていいのかって顔してるね?別にいいよ。ここにはあなたと私と……そうだなあ、呼ばれた存在しか来れないから。まあ、もしも世界の【管理者】とかいるなら別だろうけどね」
    「ここは、図書館なんですか?」
     青年はこくり、と頷く。
    「見た目はまったく図書館に見えないよね。でもここは名付けるなら【泡沫図書館】。物語を保管し、紡ぎ、世界へ還す場所だから」
     昔からファンタジーを読むのは好きだった。空想と幻想の世界へ何度も出かけてきた。しかし、いざ自分がその側に立つと実感がまったくわかない。あまりにも目の前の光景にも、その言葉にも現実感がなさ過ぎて。
    「……月音さん。きっとあなたは自らの感覚過敏を呪っただろう。普通の人なら何でもないことが辛くて、理解者もおらず、不寛容なこの国の社会では冷たい言葉しか浴びせられず、苦しみ続けたはずだ」
     小さく頷く。ずっと普通になりたいと願った。違うものに冷たすぎる世界を呪い死さえ願った。それでも、それでもしがみつくように生きていたのは――
    「でもあなたには物語があった。そしてあなたは読むだけではない。紡ぐ側の人間だ。声にならない想いを、押し殺した怒りを、理不尽を物語に混ぜ込んできた。そしてそこにあった想いは、【風】だ」
    「風?」
    「言っただろう。魔女は古来から嵐と結びつけられる。激しい嵐は確かに恐ろしいものだが、同時に現状を破壊する力ともなる。向かい風は立ち止まって考えるきっかけになるだろうし、追い風は迷う者の背中を押すだろう。私は、ここであなたの物語の欠片にも触れたんだ。そして【風】だと思った」
    「だけど、私は……風はもっと、自由なものです。私の名字は風町 月音。その名字が私には重いんです」
    「そうだね、確かに翼がなくては風には乗れない。だから羽ばたけなかっただけさ。そろそろ私の名前を教えよう。私の名前は、エール」
     エール。その名前はある言語で応援、ある言語では翼を意味する。
    「私もずっと、【風】を待っていた。昼の世界が冷たく、苦しいものならば月の中を羽ばたけばいいのさ」
     エールはそう言うと、泉の水を取り出した小瓶に汲んで、私の目の前に差し出した。その水は淡い光を放っている。人の想いの、魂の煌きのように。
    「選ぶのはあなただ。月音さん」



    ――
     幼い頃から、本が好きだった。物語が好きだった。周りにはなじめず、冷え切った世界の中でも、たとえ翼がなくてどこにも行けなくても。本の世界だけは自由だった。
    (届かなかった想い。聞こえないはずの声)
     泉に沈む泡沫の欠片は、苦しんでいる、或いは苦しみ続けた人の魂の叫びだ。言えないから、伝えられないから、【物語】や【詩】に混ぜ込んで誰かに届けと願って託した想い。
    (私と、おんなじ)
     この世界は理不尽で不寛容で、違う者たちに冷たすぎる。だから物語の主人公に託す。想いのすべてを、望んだ結末を、秘めた願いを。ここに集うのは、そういった物語たち。
    (だったら、私は)
     蓋を開けて瓶の水を飲み干した。


     昔、誰かが言っていた。
    「読まれない物語は、紡がれない言葉は、存在していないことと同じだ」と。
    (音読が上手いわけでもない、今はまだプロの作家でもないけれど)
     私が紡ぐことで、存在できるなら。
     その選択に、後悔はなかった。



    ――
     その後、現実世界に戻ってきた私は、引っ越しの手続きを済ませて、数日後に元居た街を去った。元々、いい思い出もない街だったので、特に感傷にひたることもなく。新幹線と在来線を乗り継いで辿り着いたのは、レンガ造りの建物が目立つ港町だった。
    「綺麗……」
     昼はとても苦手だけれど、移動するならば色々考えると昼しかない。少し遅めの昼を済ませてから発ったので、もう陽は西に傾き始めている。サングラスをずらして、海に映る夕日を眺める。駅に着いたらエールさんが迎えに来てくれることになっていた。
     泉の水をあの時確かに飲んだけれど、今のところはまだ変化はない。しいて言うならば、より朝が起きられなくなったぐらいだ。

    「お待たせ、それじゃあ店に案内するよ」
     エールさんの車(といっても配達用のトラック)の助手席に乗って、シートベルトを締める。
    「お願いします」
    「こちらこそ」
     アクセルが踏み込まれ、車が動き出す。暮れかけた空は夜明けと同じグラデーションを描いていた。
     やがて紡がれ出す夜と月の物語。
     地平線から昇った月は、【魔法使い】と【魔女】を優しく照らしていた。

     月の標のように。
    上月琴葉@絵仕事募集 Link Message Mute
    Mar 26, 2020 8:33:56 AM

    前日譚2

    #オリジナル #創作 ##月語り #一次創作 #小説 #ファンタジー

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