朝のドライブ「朝焼けを、見に行きませんか?」
ミーティングルームで一人資料に目を通す偉丈夫に、シュウはそっと話しかけた。
まだ皆が寝入っている頃、薄暗い部屋でモニターごしに資料……と言っても、シュウが開示を許可した戦闘記録、履歴などだが……に、目を通している男…ライオネル・ニールセンは、怪訝な顔でシュウの顔を見た。
「どうかしましたか?」
「いや……。お前さんがそんなロマンチストだとは思わなかったものでな」
「……」
シュウは、黙ってライオネルを見つめる。目があったとなると、何となく自分から目をそらすのが嫌だと感じたライオネルも、やおら立ち上がりシュウを見下ろす。
体格の良いライオネルが立ち上がると、わずかシュウよりも視線が上になる。
お互いが視線を交わす時間がしばし続いたものの、見下されている事への居心地の悪さを感じたシュウが折れた。と同時に、どちらともなく吹き出した。
「俺の勝ちだな」
「あなたは時々、こうして遊んでくれるので……」
そこまで言い進めたシュウの言葉が、はたと止んだ。
「何だ……?」
穏やかな声色で、ライオネルがシュウの言葉を促す。
「……いえ、それより朝焼けを見に行くのですか?行かないのですか」
シュウが、やや強引に話を変えたように思えたのだが、そういえば、そもそも彼はそんな話をしに来たのだった。
「分かった。それなら艦長をお連れするとしますか……」
お連れする、とライオネルがわざわざ言ったのは、もちろん「魔装機で行く」という意味だ。
外は早朝とは言え、まだ暗く、それでなくても、いつマグゥーキが出没するとも限らない。艦長は愛機を持ち出せない。
……となると、ライオネルのディーグリッドで出掛けるしかないのだ。
「少し狭いぞ」
先にディーグリッドに乗り込んだライオネルが、ハッチを開放し、シュウに呼びかけた。
「何ならこいつの肩にでも乗ってくか」
「馬鹿な……。チカとは違うんですよ、失礼します」
パイロットに断りを入れながら、シュウは狭いコクピットに身体を滑り込ませる。細身な彼も少々手こずる狭さだ。
シュウはスタイルが良い。大変良い。
男性にしてはくびれがちな細い腰を眺めながら、長い足、太ももが自分の両膝の間に収まっていくさまを、ライオネルはまじまじと見つめた。彼は、美しく情欲をそそるもの、そのかたちには男も女も関係ないのだ、という事を知っていて、ぼんやりと思っていた。
「ライオネル、もう少し下がれませんか?」
シュウは座席のシートに腰掛けるつもりらしい。
「無理だな」
ぴったりサイズなので、無理なものは無理なのだ。すると、ライオネルの膝の間に収まるのを良しとしないシュウが、小さなため息をひとつつくと、ひらりとコートを翻して、ライオネルの膝に腰掛けた。
「……」
ディーグリッドのスラスターを吹かせながら、朝日の見える見晴らしの良い場所まで移動する間、なんとなくライオネルは落ち着いていられなかった。なぜなら、膝の上のシュウが、こともあろうに居眠りを始めてしまったからである。早朝の肌寒さも相まってか、他人の膝の上に腰掛けた事で、人肌の暖かさを心地よく感じたのだろう。
確かに、以前二人きりの時にシュウに向かって「たまには休め」と言ったことはあるのだが、よもやこんな場所で休むとは、予想外だった。しかも、機体のわずかな揺れに身を任せた彼の身体は、段々とこちらにもたれかかってくる。意外にしなやかで、軟い身体付きが、衣服ごしに伝わってくる。
「……チッ。どうするかな」
軽く舌打ちしたライオネルの脳内で、天使と悪魔がささやき出す。紳士的に、疲労の溜まった艦長を寝かせておくか、それとも……。
その時、不意に機体が大きく揺らいだ。
地面の異物などではない、機体自体が揺らぐ衝撃……
「!? くそっ、あいつらヤケに早起きじゃねぇか!!」
日が昇る直前の薄暗闇の中、ディーグリッドの周囲を並走する数体のマグゥーキ。その中の一体からの攻撃。しかし数はさほどではなく、手練のライオネルなら一人で片付けられる数だった。
「ん……」
鼻にかかるセクシーなため息をもらし、膝の上のシュウが目覚めた。あの衝撃を考えれば、当然だろう。
「艦長!しっかりつかまってろよ!!」
シュウが気がついた時には、すでにマグゥーキ達とは接触していた。それを知ってか知らずか、寝惚けているのか、はたまたライオネルの腕を信頼しきっているのか、なかなか意識がハッキリしないシュウ。……だが、ライオネルが2体のマグゥーキを両断、撃破した頃……
「ライオネル、敵機の反応です」
「何っ……!!」
シュウがレーダーを認めて指した敵機とは、3体程の野良ゴーレムだった。とたんに、シュウの目の色が変わる。
「ライオネル!!やりましたね!」
「いや、まだやってねぇんだが」
「何を言っているんです!金!金ですよ!!これは良いドライブになりましたね」
「…金…?」
先程からマグゥーキと交戦中なのに、シュウにはそれが見えていないかのように、気色ばむ。
「ライオネル!あのゴーレム達を最優先で撃破してください!」
「お、おう……」
「…………」
戦闘は数十分で終了した。
辺りには爆散した金のゴーレムが撒き散らした金塊が、キラキラと星屑の様に輝いている。薄暗いながらも夜明けの予感が、もうそこまで来ている。
「フッ、よくやってくれました、ライオネル」
ライオネルが、はた、と気付くと、興奮したのか、座りが悪かったのか、いつの間にか自分の膝の上に横座りに座っていたシュウが、その膝をまたぐ格好で座り、しかも首に腕を回している。
動き回る魔装機のコクピットで、シートにも座らず他人の膝の上、と言えば、確かにこの格好が一番安定がよく、しっくり来るのだろうが、しかし、それにしても、この格好は……。シュウの柔らかな両ももに挟み込まれた自身の膝が、シュウの体温をあらぬ場所に伝えてくる。頭に血が登る。ちょっとまずい。
「さて、そろそろ日が昇る頃だと思うが……どうするね?」
冷静を装いつつ、口を開く。
「せっかくですので、しばらく、このまま……」
静寂があたりを包み込む。やがて、天空の太陽が徐々に明るみを帯びてくる。
「きれいですね」
「……」
シュウがしなだれかかってくる。休む間もなかったのか、シュウの身体から、愛用のフレグランスの残り香がふわりとライオネルの鼻腔をつく。理性を保てるのも、そう長くないなと感じた。
太陽がすっかり明るくなった頃、ライオネルが切り出した。
「そろそろ帰るか」
こんな状況で、よく頑張ったぜ、近年稀に見るがんばりだな、と内心思ったが、もちろん口には出さずに、シュウの返事を待った。すると、シュウは意味深な笑みを浮かべつつ、こちらの顔を覗き込んできた。
「ライオネル、貴方。このまま帰るつもりですか?ククク……こんなになってますよ……」
「そりゃお前さん……。あれだ、朝っぱらから仕事があったからな」
「ほう……。ではこれは、早朝ならではの生理現象に交戦での神経興奮が……」
「おわっ」
不敵に笑っていたシュウが、いきなり口を閉ざし、倒れかかってくる。
……コクピットに、規則正しい、密やかな寝息が響く……。
「……大将、そりゃないぜ……」
ライオネルの頑張りは、もう少し続くようだ。何となく虚しい気持ちを抱えながら、散らばった金塊を回収し終える。疲労で寝入っているシュウに、自分のジャケットをかけてやると、ライオネルは無言で帰路についた。