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    時待人第三部四話「また、黄昏時の街で会いましょう」 深い、深い暗闇の中へ沈んでいく――

     思い浮かぶのは、ただ一人の姿。
    離れたくはなかった。まだ一緒にいたかった。けれど、彼を守るためにはそうするしかなかった。


     自身を犠牲にして、時を強制的に止める。この方法をニクルから聞かされた時、正直使う場面はないだろうと思っていた。
    けれど、その時がくるなんて思いもしなかった。それが今だったなんて。
     次期にこの意識も、記憶も、そして”私”もなくなっていくのだろう。
     
     最後に告白できたのは、よかったかなって思う。
    でも心残りあるとすれば、ディウスから答えを聞いていなかった事。
     ディウスはそういうのが鈍いから、きっとどうだかわかっていないに決まっている。
    けれど、聞きたかった。貴方の声から、その答えを聞きたかった。そう思うと涙が出てくるものだ。
    いや、涙を出す身体がないから泣けないけれども。

    ――このままお別れなんて、嫌だ。
    ――どんな形でもいいから傍にいたい。

     わがままな事しか思いつかない私はこのまま深い闇へと落ちていく。
    行き着く場所はどこなのか。それすら知らず――




     何も、浮かばない。何も、書けない。
     
     あの戦いの後からだ。俺はダンテルとレフォーヌ達に助けられ、女王の元へと戻った。
    そしてアリスとしての任を再開したのは良かった。が、そこから先が俺にとってかつてない出来事に見舞われていた。
     何も書けないという状態に俺は陥っていた。今まで書けていた物語が、なぜが紡ぎだす事ができない。
     スランプの一種なんだろうか、と思ったがどうやらそうでもない。見たものをそのまま書く事すらできないのだ。驚いた俺はすぐさま女王と連絡を取った。
    「いつからそのような状態に?」
    「……ラエタが、いなくなった後くらいだと思う」
     そう言うと女王は少しの間黙り込んだ。女王から何を言うのかと思うと、少しだけ緊張が走る。
    「ディウス、貴方に選択肢をあげましょう」
    「選択肢、だと?」
     告げられた選択肢は今の俺にとって残酷な内容だった。
    「一つは、長期休暇をとる事。でもこれは時間に限りがあります。そしてもう一つは……アリスを辞める事です」
    「アリスを……辞める……」
     まさか自分にこんな事を言われる日が来るとは思ってもいなかった。
    落ち込んだには落ち込んだが、今の自分はそういう状況まできていると、認識した瞬間でもあった。
    「返事は少し待ちます。今すぐに、とはしません。じっくり、貴方の答えを考えておきなさい」
    「……わかった」
     そう言って俺は女王との会話を切り上げた。今、どうするかとじっくりと考える事にする。
    こんな時、ラエタがいたらなんて答えるのだろうか、なんてくだらない事を思い浮かべながら。

    「書けなくなった俺って、なんなのだろうな」

     そんな自分に今は何が最適なのか。
    結論を出すべく、俺は一晩ベッドの上で深く考える。
     ぼんやりと浮かんだのは、なぜかラエタの最期の笑顔だった。
    彼女は最期まで俺の事を想って消えていった。それも告白付きで。

     俺はまだ、彼女に返事をしていない。

     ただそれだけが心に大きく残ってしまって、伝えたくても伝えられないこの気持ちがきっと今の書けない自分になってしまったのだろう。
    「ああ、そうか」

     俺は、ラエタと共にいる日々を、物語を、書きたかったんだーー



    「まったく、君ってやつはとんでもない時計だよ」
     誰かの声が聞こえる。その声はどこかで聞いた事がある声だった。
    「ディウスへの執着……いや想いが強すぎて、魂が残っちゃうなんてさーほんとすごいもんだよ」
     声の主は私を掌で転がし、そして放つ。すると半透明の私が出来上がった。
    『え、あれ。私生きてる??』
    「生きてる、じゃないよ。魂だけになって、私が今人の形として整えただけ」
     目の前に見えるのは、時の神と名乗るあの男ニクルだった。
    『あれ、ニクルだ。なんでこんなところにいるの?オルロは?』
    「こんなところに、じゃないって。ここは私が住まう世界。そして今君が見ているのは本物の私だ」
     言われてみれば、前に会ったときとは服装が違う。こっちの方は神様らしい雰囲気が出ている。
    「それにしても、君が壊れてまでもディウスを助けたかったって……君ってやつは」
    『だ、だってそうするしかなかったんだもん!それに……死なせたくなかったから』
    「まあ、選択としてはあっているけれど。君は物、彼は人。どちらかを生かすとしたら人だよね」
     そう、私は物だ。物には命がないから、この選択はあっている。……はずだけれど、改めて口にされたら悲しいものはある。
    どのみち私とディウスが生きていたとしても、最終的に残されるのは物である、私だ。
    『う……大丈夫かな……ご飯ちゃんと食べているかなディウス……ううう……』
    「ええー、そこで泣いちゃうのー…。困った時計だほんとに」
     彼の事を想うと涙が出てしまう。泣いているといっても物理的ではないけれども。
    でもこの気持ちは本物だ。きっと今頃彼はどうしているのだとか、アリスを続けているのかそんな事を考えてしまう。
    考えれば考えるほど、泣いてしまう。そして心配してしまうのだ。
    「でも、そんな君にグッドタイミングなものがあるんだよね」
    『え?』
    「ちゃんとした人の身体、欲しくはないかい?」

     それは、消えるはずだった私の新たな道。私がずっと思っていた、とある願い。



    「ああ、久しいな。この雰囲気は」
     目に痛いこの夕日の感じとあたたかいにおい。そこはまぎれもなく、ガルデン。ラエタと俺が出会った、始まりの街。
    俺の選択は「アリスを辞めて、ガルデンへ住む」という結論に至った。
     使い物にならないのであれば、俺はアリスを降りるという事を女王に報告をした。すると、女王はその意思をくみ取ってくれた。
    そして女王にどこか住みたいところはないかと聞かれた。俺が住みたいと思った場所はガルデン。あの街を選んだのだ。
    「俺たちが離れてから1年くらい時が過ぎているとはいっていたが、全然変わっていないな」
     女王は場所や時間まで、俺が住んでも違和感がないようにという細工まで何から何までしてくれた。そうして俺は今しがたこの街の住民となったのだ。
     行き着く先は時計屋デンメルグ。まだやっているとしたら、ヴェルカらがいるはずだ。
    「うん、外観も変わっていない」
     時計屋へ着くと、変わらない外観で俺を迎えてくれた。看板はまだ出ていたので、そのまま店に入る。
    「誰かいるか?」
     ドアを開けると同時に言うと、店の奥にヴェルカとクエレが立っていた。
    「ディウス君!無事だったんだね…!」
    「ああ。俺だけ、はな」
     そう告げるとヴェルカは察したのか少し俯いていた。
    「そうか、ラエタ君は……」
    「すまない、俺が不甲斐ないせいで」
     そんなことはないとヴェルカは優しく言ってくれた。
    だが俺としてはラエタと共に帰りたかったので、正直残念な気持ちがいっぱいだった。
    「それでディウス君はこれからどうするつもりなんだい?」
    「今日はそれについて話にきたんだ」
     話が書けない俺でもいい。せめて、居場所とやれる事があれば。
     そう、俺はこの時計店の店主としてこの店を維持しようと決意してきたのだ。
    店主としてじゃなく店主代理として。せめてこの場所を守っていきたいと思った。

     この場所から、もう一度。そう、いつかまた彼女がここに戻ってくるような、そんな気がして。
    それに話が書きたくなったら、この場所で再び書いていきたいと思っている。

     俺の物語は、いま再びここから始まるのだ。
    黄昏時が美しい、この街で。




     あれから、また1年が過ぎ去ろうとしていた。時が経つというのは早いというが、本当にそうだと思う。
    俺は時計屋の店主代理として過ごしているが、振り返れば大変な事しか浮かばない。
     慣れないお店での接客や様々なやりとり。もちろん失敗は幾度なくあった。
    俺はずっと物語しか書かなかったから、人とのふれあいはそんなに得意ではない。
    それでもヴェルカ、そして元に戻ったヴェルカの妹さんとクエレに助けられようやく、この仕事に慣れ始めてきた。
    「……ん。そろそろ店じまいだな」
     店先の看板をしまおうと俺は外へ出る。時刻は17時半を過ぎていた。
    重い看板を店の中にいれ、扉に鍵を閉めようとしたときだった。突然、強い風が俺を襲う。
    慌てて腕で防いだが、髪の毛や服に葉っぱがついてしまうなど大変な目にあっていた。
    「一体なんだったんだろうか……」
     そうつぶやくと、遠くで人影が見える。店や家はここしかないのでおそらくこの店目当てで来た人だろうか。一応声をかけに行こうとその場所へ向かった。
    すみません、と声をかける距離まで来た。その人は後ろ姿ではあったが、どうやら女性だ。しかも黒髪の。脳裏でちらつくのは、今は亡き彼女の姿。
     そんな余計な事を考えるのはやめにし、改めてその女性に声をかけた。
    「あの、すみませんが店は……」
    「わかっているよ、本日の営業は終わりです。でしょ?」
     聞きなれた声、言葉。女性はこちらを振り返ると、笑顔で答える。
    「ディウス、見慣れないうちにそんな事をしていたなんて私驚きだよ」
     長い黒髪に、赤い目。そして柔らかな笑みを浮かべるその顔。間違いない。
    「ラエタ…!?」
     本当に存在しているのかと驚きのあまり、彼女の頭を触ってしまった。
    「あー、その様子だとお化けかなんかと思っているでしょー。残念だけど、身体はちゃーんとあるんだよ」
    「確かに、頬を触れてみると温かいしちゃんと生きている……じゃない。なぜ生きているんだ!?」
     あの時、時計は砕け散った。けれど、彼女は今ここにいるうえに人の形をしている。
    「それには理由がありまして。まあこれから話すからちゃんと聞いてほしいな。これは私とディウスの大事なお話だから」



     それは、ディウスと別れてからのお話。
    私の魂はなぜか消えずにニクルの手元へやってきた。
    そしてニクルは私にある条件をつけて、人の身体をあげるという話に。

    「条件は2つ。まず一つは時の力を使えるディウスの監視をする。もう一つは、フェリメントの血を絶やさない事」
    『……そういう事かあ』
    「そういう事だよ。前者はわかってくれるよね、ね」
    『前者は、まあー……。というか後者は……あのそれは』
     ニクルはそっぽ向いてへたくそな口笛を吹く。そうか、そういう事かと理解した。
    そしてニクルはさらにこの身体について付け加えた。
    「この身体はね、普通の人の身体じゃないんだ。神様の力が微妙に入り混じった特製の身体。別の神様に特注していたんだけど使えない身体だったから、ずっと放置していたんだよね」
     とは言っていたが、言葉の意味を考えると色んな意味で恐ろしいと思うのだけれど。
    「監視用にいい身体でしょ?」
    『いや、そんな笑顔で言われてもなあ…』
     そんなこんなではあったけれど、私はその条件を飲んで人の身体を得た。ニクル曰く「魔術等は今まで通り使えるよ」とのことだった。
    そしてその時にニクルから、現在のディウスの様子をかいつまんで教えてくれた。彼は今、ガルデンで時計屋の店主をしているという事を。
    心配した私は、すぐさまガルデンへ行こうとしたのだけれどニクルがちょっと待ってと止められたのだ。
    「まずはこの話も聞いてほしいんだけど。昔話だ」


     ——とある時計屋に売れ残って嘆いていた時計がいました。
    その時計は毎日のように泣いては店主を困らせていました。
    店主もなんとかしてあげたい、そんな気持ちでいっぱいでした。

     ある日の事です。別の世界で時に関する力を操れる一族に男の子が生まれると神様は聞きました。
    神様は時計を一つプレゼントしたいと、時計屋の店主に相談しました。

    「ならば、この子を」

    指名したのは売れ残りの時計でした。神様もそれがいいと言い、後日引き取るという形で一旦去りました。
    そして、ついに男の子は生まれる日が近づいてきました。神様は急いで、時計がいる世界へと訪れます。
     けれど次来た時、その時計屋は火事となり、店主もいなくなっていました。
    引き取る予定だった時計も見当たらず、時計と男の子は出会う事なく時が過ぎて——
       

    「ちょっと、その売れ残りって……いやその前に、一族の子ってまさか」
    「そのまさか、ってことだよ」
     感動の余韻すら味わう事なく、ニクルに半ば強制的に身体に押し込まれ、ガルデンへ飛ばしたのだ。

    『行っておいで、僕の娘。君が歩むべき道は、そこだ』

     去る間際、ニクルの隣に時計屋の元店主であるアルトさんが見えた気がして——
     
     
     
     身体を得た話の下りまではよかったが、その最後の話はどういうことだと思ってしまった。どう考えても、この話は――
    「俺とラエタの話だよな、最後の」
    「うん。つまり、私がここでうだうだしてもしなくても、私はディウスに会う運命だったという」
    「だがそれもヒュゴーレに阻止されているけどな」
     もしも火事がなかったら。ラエタは今頃俺の手元で”時計”として使われていただろう。
    けれど俺は人になった彼女に会うことすらはなく、ラエタはラエタで悶々とした日々を送っていたに違いない。
    「俺は、人としてのラエタに出会ってよかったと思っている」
    「え?時計じゃダメ?」
    「時計だったら、ラエタに好きって言えないだろう?」
     あの日、言えなかった答え。ラエタは俺の事を好きと言ってくれた。けれど、俺からは何も返事ができずただ消えゆくラエタを見る事しかできなかった。
    やっと、募っていた気持ちが言えた。それは時間をかけてようやく認識した気持ちではあるが。
    「え、ちょっと、さりげなーく言うの何、なんなのー!!!???」
    「あの時言えなかったからな。時間をかけてすまなかった」
    「そ、そういう、問題じゃなくて、あの、ちょっと」
     多分、俺は今顔を赤くしているかもしれない。言った後にじわりと恥ずかしいような気持ちが這い上がってきている。
    「そういうところが卑怯なんだよー!」
    「そういわれてもな」
     馬鹿野郎と言わんばかりにラエタは俺をつかんで揺さぶってくる。軽く頭がふらふらしてきた。
    「でもよかったな。お互い好き同士だぞ、これで」
    「いやそうなんだけど、そうなんだけどさあ……」
     ころころと表情が変わるラエタを見て、俺は少し楽しんでいるかもしれない。そういう一面もまた彼女の可愛いところだと思っている。
    そんな彼女を俺はそっと抱き寄せた。もう一度彼女が実在しているという確認がてらでもあるが、少しだけ彼女を困らせてみたいと思っての行動だ。
    「お帰り、ラエタ」
     一層抱きしめる力が強くなる。もう、手放したくはない。二度と、あんな事にならないように。
    「……ただいま、ディウス」
     その言葉を聞き、俺はそっとラエタの唇に口付けた。あの時はラエタからだったが、今度は俺から。
    触れる温かさと、そしてこの街の黄昏時の光が心地よい。これが、幸せというものなのだろう。

     ここから、この街から。俺とラエタで紡ぐ新しい物語が始まる。
    時計と持ち主という関係ではなく、違う形の関係で――


    「それにしても貴方らしくないわね」
     アリスの女王にして、偉大なる魔女の称号をもつグランはそうニクルに言った。
    「え?そう?」
    「だって、貴方は人を不幸にするじゃない」
     グランはいつもと違う、少し砕けた口調でニクルと喋る。
    ニクルはいつも通り、気楽に話す。そう、本当は何を考えているのかわからないように。
    「あの身体はオルロにあげようと思ったけど、ちょっと欠陥があってね。人として生きるのには十分だけど、神として生きるにはふさわしくない器だったんだ」
    「それで、姉であるラエタにあげた、と」
    「うん。しかも死んだってオルロに知らせたら……大変な事になりそうだったから」
     冷ややかな目で彼は語る。それは彼が持つ冷酷さが垣間見える瞬間だ。
    「それに、彼らにはもう少しだけ僕の掌の上で踊ってほしいし、ね」
    「……貴方は一体何を」
     ニクルは人差し指を口元にあて、秘密だと言わんばかりにそう表す。
    「彼らには過去に飛んでもらおうと思う。それはまた、別の話だけど、ね」
    「……本当に貴方は、怖い神様ね」
     誉め言葉として、ニクルはそう受け止める。
    けれどグランは何を思っているのか、ほんの少しだけ恐怖を抱く。
    「とりあえず、二人には私の計画通りに大体動いてもらった。それで十分だ」


     時の神ニクルは遠くを見つめた。
    見つめる先は、過去か未来か。それとも――




    「ヴェルカ、きたぞ」
    「おおー、いらっしゃいディウス君」
     久しぶりにヴェルカの工房へ赴いた俺は、連絡を受けて完成した品をもらいにきたのだった。
    「例の物できたか?」
    「もちのろん。はいこれ」
     彼から手渡されたのは懐中時計。新しいので、とてもきらきらと輝いている。
    「ありがとう。これを再現できるなんてやはりヴェルカは天才だな」
    「そんなに褒めないでほしいんだけどな?……嬉しいけど、それ作って本当に大丈夫?ラエタ君嫉妬しない?」
     ヴェルカに頼んだのは、懐中時計のラエタのレプリカだった。時の力を使うためというわけではなく、ただ単に時計が欲しかっただけだ。
    それだったら特注で懐中時計のラエタのデザインで、という事でこっそり注文をした。
    「多分、大丈夫……と思い……たい……」
    「遠い目をしているということは半分大丈夫じゃないね。まあ何かあった時用に言い訳を考えておくんだよ」
    「ああ……」
     この時計を見せたらどんな反応をするのだろか。
    ラエタの事だから、きっとぎゃーぎゃー騒いで私の事愛していないのね等、言いかねない気がする。
    「新婚さんなのに早速離婚ですとかなったら…」
    「やめろ。それはやめろ。そう簡単に離婚はしない」
    「本当かなーありうるかもよ?」
    「ありえても、俺が止める」
     ラエタと再会した後、俺は彼女を妻として迎える事にした。
    だがラエタは恋人という関係すっ飛ばして夫婦はどういうことだ、と怒ってしまい説得するのに少し時間がかかってしまったのだが。
    「あーあーお熱いことだねー。それはそうと、お話書くのはどうだい?調子は?」
    「ああ、それはだな。この間出版社に見せに行ったら、本にしたいと言われたんだ。今、色々書きなおしていて大変な目にあっている」
    「その割には余裕そうな顔をしているけど」
    「実際余裕じゃないけどな…」
     時計屋の店主をラエタに渡した後、俺は少しずつだが物語を書けるようになった。まだ時々浮かばない事や、筆が止まる事はあるがそれでも少しずつ進んでいる。
    止まってしまった物語はようやく時が動き、進み始めている最中だ。
    「とりあえず、時計ありがとうな。大事に使う」
    「はいはい。そうだ、妹が近々そっちに遊びに行くかもしれないけれど。クエレともどもよろしくね」
    「ああ、わかった」
     ヴェルカの妹は、ヒュゴーレが倒された後に回復の兆しが見えようやく元通りになった。
    クエレは妹さんの身体から出たあと、ヴェルカが用意した人形の中に入り今まで通り人の形で動くようになった。
    妹さんは今や魔法具店を営んでおり、俺たちとよく連絡を取っている。
     ヴェルカの工房を後にし、俺はガルデンへと戻る道を歩く。今日はとてもよく晴れていて、すがすがしい一日だ。
    このままどこかほっつき歩きたくなるが、この時計を見せたい気持ちがあるのでまっすぐ時計屋へ戻る事にする。



     見慣れた時計屋の前まで来ると、突然扉が開く。すると出てきたのは客ではなく、ラエタだった。
    「あ、ディウスお帰り」
    「ただいま」
     そのまま店に入ると、ラエタは奥から紅茶を持ってきてくれた。ちょうど喉が渇いていたのでありがたい。
    「そうだ、これを見てくれ」
     上着の胸ポケットから、例の時計を取り出す。さて、ラエタはどんな反応をするのだろうか。
    「あー!これ私じゃん!ど、どこから……」
    「ヴェルカに作ってもらった。時計がないとどうも不便で」
     作った理由をきちんと述べたうえでラエタに告げたが、やはり嫉妬するのだろうか。恐る恐る彼女の様子を見ていたが、それは意外な返答だった。
    「まあ、いいんじゃない?」
    「……嫉妬しないんだな」
    「だって私、もう時計じゃないし。それに今は……ディウスの妻、ですから……」
     なるほどそうきたか、と感心する一方でまた可愛い一面を見てしまった。
    最近ラエタを見る目が変わってしまったのか、こういったしぐさや言葉が愛おしいと感じてしまう。
    「そうか、こういうのが卑怯ってやつか……」
    「?」
    「いや、なんでもない。こっちの話だ」
     なんだか頬が熱く感じる。その熱を冷まそうと店内をゆっくり歩いて見渡す。
    店の中には様々な時計が置いてある。掛け時計、置き時計、砂時計、そして懐中時計。これらの時計は普通のものがあれば、魔術師が使うような魔法具なども兼ねている。
     俺は時折この店内を見渡し、時計たちに少し触れあうことを時々している。
    中には以前のラエタみたいな売れ残りの時計もいるので、そんなときはそっと触れて寂しくないようにと接する。
    そしていつか、ふさわしい持ち主に巡り合えるように、とそっと祈るのだ。
     ふと、俺は思い出した。そうラエタにもう一つ報告しなければならない事を。
    「そうだ、言うの忘れていた。実は本を一冊出すことになったんだ」
    「忘れすぎな内容だね!?で、一体どんなお話なの?」
    「……う、それはな……。時が、止まった街の……話」
    「まさか」
     そのまさかである。そう、俺とラエタが出会ったところから始まる話を人物名などを違うものにして、それを見せたのだ。
    すると意外と面白いという反応が返ってきたので、それをそのまま子供たちが読むような話に仕上げてほしいと頼まれていた。
    「で、気になるタイトルは何?」
    「タイトルは、そうだな……時待人と名付けてもいいだろうか」
    「どういう意味?」
     ——時待人。そのタイトルの意としては”時を動かす人を待っていた”というのと、”持ち主である者を待っていた”といったそんな意味でつけてみた。
    少し変かもしれないが、これが俺の精いっぱいの表現だった。
    「んー、でもいいんじゃない?ディウスらしいし」
    「そ、そうか……」
     その言葉を聞いて俺は胸をなでおろす。子供たちに受けいれてくれる話かどうかはわからない。けれど、誰かがこの話を好きになってくれたら俺は嬉しいと思う。



    これから先何が起こるかなんてわからない。嬉しい事も、悲しい事も。
     けれど二人で共に歩めるのであれば、その結末はきっと幸せに満ちた終わりで迎えられる気がする。

     
    もう一度、この黄昏時が美しい街から、新たな物語を紡いでいくんだーー

    新たに紡ぐ物語は黄昏時から空鳥ひよの

     時待人 END
     
    空鳥ひよの Link Message Mute
    Mar 7, 2019 9:47:00 AM

    時待人第三部四話「また、黄昏時の街で会いましょう」

    時待人最終回です。本編自体はこれで終わりですが、番外編1本を5月あたりに公開予定です。
    あとがき書きました。こちらの外部サイトで色々書きなぐってます→https://twitter.com/Hiyono_Soradori/status/1103620663347011584
    #オリジナル #創作 #ファンタジー #時待人

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