孤独を抱きしめた(みよ朔) 昼食を食べ終えて、潜書もないから自室に戻ろうとしたときだった。
「あ、なあ! 朔見かけなかったか?」
「え、見てないッスよ」
「ああ、ならいいんだ。突然声かけて悪いな」
すれ違いざまにきょろきょろと視線をさまよわせていた室生に声をかけられた。
彼は萩原を探しているようだった。しかし三好の返答に笑顔を返してすぐに踵を返したところを見ると、それほど重要な用事では無いようだ。もしそのような時はもっと焦った様子を見せるだろう。
そのまま去っていく室生の背を瞳だけで追って、再び自室に向かって足を進めた。
共同スペースから文士たちの自室がまとまっている場所にやってきて、三好の足取りは重くなっていく。
「……朔先生、どこに行ったんスかね」
小さな呟きと共にくるりと体の向きを変える。どうしてか気になってしまった。
孤独だ、孤独だ。そう言う割に彼は誰かと共にいることが多い。それこそ親友である室生や師である北原、若山と酒を飲んでいるときもある。それは詩に才能を全て吸い取られてしまったかのような、彼の生活能力に起因するものでもあったが。
そして本当に一人でいる時は自室にこもっていることがほとんどだ。室生が三好にまで萩原の所在を聞いてくるということは、もちろん自室を確認して姿が見えなかったからだろう。
食堂にはいなかった。午後は練度が低い文士たちの経験を積むための潜書を行うと司書が言っていたから、第二会派で戦っている萩原は組み込まれていないだろう。となると、広大な図書館の蔵書スペースか、中庭か。外に出かける時は外出届が必要なため、その可能性も除外していいだろう。
「とりあえず図書館かな」
目的地を決めて歩き出す。見つけたからといって特に用事があるわけではなかったが、少しむきになっていたような気もした。
図書館に着いて、立ち並ぶ無数の本棚を目にしてため息をこぼした。何度も訪れた場所ではあるが、いるかどうかもわからない人物を探してこの場所を彷徨うのは馬鹿らしいことに思えた。日本一の蔵書を誇る図書館だ。仕方のないことだとも言える。
半ばあきらめた状態で、三好は特に古い本がしまわれている区画へと向かった。ここはあまり人が立ち入ることがない。光も届きづらい場所で、薄暗さに埃っぽさが混じっていた、
そんな本棚の表示を見ながらふらふらと歩いていると、ふと視界の端が何かを捉えた。ぴたりと足の動きを止めて、じっと本棚と本棚の間を見つめた。
三好の歩く通路とは反対側の通路。本棚の影から青藍の布がはみだしていた。
「……朔先生?」
小さく呼びかける。床についてしまっているその布は微動だにしなかった。
そっと足音を立てないように近寄っていく。本棚に並んでいるのは詩に関する本ばかりだった。
覗き込めば、本棚の横に背を預けて、すう、と小さな寝息を立てている探し人がいた。乱れた髪が顔を半分ほど隠していて、青藍の羽織は腕に引っかかっただけになってしまっていた。手の中には眠りにつくまで読んでいたのだろう本があった。
壁と本棚の間、窮屈そうな場所で闇と埃と古書の香りに包まれて眠る彼は、孤独を抱きしめているようだった。
一歩後退る。コクリと唾を飲み込んだ。
そして息を吸うと、朔先生、と声をかけながら、三好は萩原の肩に手を当てて優しく揺すった。
「ん、……ぅ、ん、あれ、……みよしくん?」
「そうですよ。朔先生。こんなところで寝てると風邪引いちゃうッスよ」
羽織を肩にかけ直して上げながらため息をこぼす。ごめん、と気のない言葉を返す彼には通じていないのだろう。そしてパチパチとまばたきを繰り返すと、再び手の中にある本を開いて視線を落とした。
三好は萩原に孤独であってほしいと思う。彼の真髄たる詩はその中から生まれるのだから。
けれど彼は本当に孤独なのだろうか。少し姿を隠しただけで、彼を探す人が自分を含めて何人もいるのに。
「そういえば、三好君はどうしたの」
「……何でもないッス」
探していたとは言いたくなかった。彼の孤独を守りたかった。
そうして三好は立ち上がると、萩原の前から立ち去り、同じ本棚から適当に本を選び取った。そしてその場で本棚に背を向けて腰を下ろした。
お互いの視界にお互いが映らない場所。しかし気配だけは感じる場所。
「戻りたくなったら言ってほしいッス」
「……わかったよ」
心地よい沈黙が二人の間には存在していた。