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    生殺与奪はあなたの手に(独武) 有島がこの図書館にやってきたのは、文士達による浄化活動が始まってからだいぶ経ってかららしい。深い眠りについていたところを引き上げられてやってきてみれば、待ちくたびれたぞ、と笑顔を見せるかつての仲間だった。
     志賀と武者小路に連れられて図書館について話を聞くと、何度か有島を転生させる機会はあったのだが、なかなかその魂を見つけることができなかったらしい。それほどまで自分が待ち望まれていたのか。少々感慨深い気持ちになった。
     そして再会を喜んだ後に、ふと、気になって二人に問いかけた。
    「そういえば、ここに国木田独歩さんもいるのか?」
     二人は顔を見合わせて、コクリとうなずいた。
     すぐに彼のことはわかった。一番の新人である有島とは異なって、彼は徳田に続く二人目の弓の使い手として初期に転生を果たし、今もこの図書館の中心として侵蝕者と戦っているらしい。それだけではなく、持ち前の人たらしを存分に発揮しては多くの文士たちと交流を持っているという。そんな彼が目立たないはずもない。すぐに有島は桃色の髪を揺らして快活に微笑む彼の姿をこっそりと眺めるようになった。
     幾度か潜書を重ね、図書館での生活に慣れてきた頃、司書に言われて今までよりも少々難易度の高い本へと潜ることになった。練度の高い文士と会派を組んだから安心してほしいと司書は微笑んでいた。
    「よお、今日はよろしくな!」
     潜書室に入った途端、手を軽く上げて明るく声をかけてきた人物に目を瞠る。不意をつかれて一瞬固まってしまった。
    「あ、……どうも、よろしくおねがいします」
     今日潜る本は『武蔵野』。国木田の本だ。そして彼の練度は上限まで達しているらしい。これ以上無い人選とも言えるだろう。
     有島は少しだけ気まずい思いだった。きっともう彼は知っているだろう。自分が彼と彼の初めの妻をモデルとして小説を書いたことを。そのくせして、転生してからここまで、彼を隠れて意識するのみで自分から話しかけることができなかった。
     何か、言おう。そういう思いはあるのにうまく言葉が出てこなかった。普段から胸に留めておく言葉が多い弊害なのかもしれなかった。
     残りのメンバーも集まると、司書の掛け声によって術式が展開された。潜書が始まった。体を包み込む重力が数秒の間消え去った。そして瞑っていた瞳を開いたときには、そこは本の中だった。
    「なあ、有島」
     どん、と後ろから衝撃が走る。わずかに瞳を見開きながら、その犯人に視線を向ける。後ろから有島の肩に腕を回した国木田は楽しげに笑みを浮かべる。
    「アンタ、俺をモデルにした小説を書いたんだってな」
     その声音はどこか楽しそうだった。そして最初の敵が姿を現すまでの少しの時間、言葉を交わした。最後には彼は、くしゃくしゃと有島の髪を撫でて満面の笑顔を見せた。
     そんな出来事を経て、有島と国木田は共に過ごすことが多くなった。談話室や中庭でなんでもないことを話したり、食堂でご飯を食べたり。暖かな日差しの当たる図書館の閲覧席で、ついうたた寝をしてしまった有島を国木田が探しに来てくれたこともある。
     彼はとても話し好きだった。しかし聞き上手でもあった。うまくこちらの話も引き出してくれる。それが心地よかった。
    「有島の考え方、俺は面白くて好きだぜ? だから気なんか使わず話してくれ」
    「独歩さんと話している時は、いつもよりも色々話しているつもりなんですけどね」
    「はは、そりゃあ光栄。でももっとだ」
     感情表現が上手い人だと思う。率直だ。彼は良い感情だけではなく悪い感情も素直に表に出す。たまに呟いている紅露時代が、といった話のときなどがそうだった。しかしそれがあまりにも真っ直ぐだから、それすらも彼の魅力に変えていってしまう。
     彼は面白くて尊敬できる人だった。前世で書いた小説によって繋がれた奇妙な縁は、図書館という場所で次第に強く、深くなっていって、色を帯びた。
     風のささやく声が耳に優しかった。潜書も何もない穏やかな休日に中庭に散歩に来ていたのだが、どうしてか彼のことを思い出してしまった。太陽から注がれる熱は緩やかで、じわりと睡魔を呼んでくる。ふあ、とあくびをこぼした。
     なぜ彼との出会いから今までを辿るような真似をしてしまったのだろうか。自問自答する。頭の中だけでもう一度歩んだ道筋は、結局同じところにたどり着いてしまった。
     尊敬、心地よさ、あたたかさ。それらが混じり合ってひとつのとある感情を形作る。ああ、これは隠し通さねば。そしてできることならば消してしまわねば。
     思考を放棄するように眠気が襲いくる。夕食まではまだ時間がある。少しくらい寝てしまってもいいだろう。そうして有島はベンチの背もたれに体を預けたまま、小さな寝息を立てた。
     そうしてしばらく経った頃、有島の耳に呼びかける声が聞こえた。
    「おい、おい」
     膝をトントンと叩かれている。瞳をこすりながらゆっくりと瞼を上げた。眠りにつく前よりも暗くなった風景に、結構時間が経ってしまっていたことに気づく。
     パチパチとまばたきをして膝下に視線を落とせば、しゃがみこんだ国木田がホッとしたような表情でこちらを見上げていた。
    「お前がいないって志賀とかが探してたぞ」
     膝に触れたままの手が、布越しに彼の体温を伝えてくる。その手が離れそうになると、咄嗟に自分の手が伸びた。甲から包み込むように触れた国木田のそれは、細身ながらも骨ばった男の手だった。
    「独歩さん……、あ、の……っ」
     言葉が飛び出そうになった。慌てて唇を噛み締めて、それを飲み込んだ。寝る直前まで国木田のことを考えていたせいだろうか。覚醒直後のぼんやりとした意識が、結界を柔らかくしてしまっていた。
     国木田は何かを言いかけて、口を噤んだ有島をじっと見つめていた。瞳を細める。それは普段とは違って、強いて言うなら取材対象を目前にしたときの彼のような、心の奥底を覗き込もうとするような瞳だった。
     そして短いような、長いような沈黙が二人の間を支配したのち、国木田が口元に笑みを浮かべた。
    「お前がその恋心を殺すつもりなら、俺がもらってもいいか」
     その問いかけは泣きたくなるほどに優しいものだった。有島は呆然としたまま、コクリと首を縦に振ることしかできなかった。
    かすみ Link Message Mute
    2018/09/19 23:14:43

    生殺与奪はあなたの手に(独武)

    #文アル #腐向け #独武

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