もう一つの顔「ッ、効かない……!」
新たな有碍書への偵察任務を行なっていたときだった。今まで見たことも無いような侵蝕者が現れ、会派は攻撃を仕掛けた。しかしいくら攻撃しても全くダメージが通らない。
「纏まらぬ洋墨の亜種か!?」
会派筆頭の佐藤が叫ぶ。それに田山が首を振った。
「急所には当たってる!」
急所を狙いやすい弓を武器としているからこそ、命中したか否かは誰よりもわかる。そんな彼の言葉で皆に衝撃が走った。このような形でダメージが通らない侵蝕者などこれまで出会ったことがない。
「……どうする?」
島崎がす、と瞳を細めた。それは何かを探るような目つきだった。
「どうするもこうするも、とにかく攻撃を通す方法を見つけるのが俺たちの仕事だろう!」
菊池は鞭の遠心力によって前線でなんとか侵蝕者の侵攻を食い止めようとしていた。舌打ちをしながら彼が叫ぶ。
そう、それを含めての偵察だった。
「何がいけないんだ……? 急所に当てても攻撃が通らないなんて……」
考えている間にも敵の攻撃は飛んでくる。それを刃でいなしながら佐藤は頭をひねった。そんな佐藤の後方で矢をつがえながら、ポツリと島崎がつぶやいた。
「……銃、いないよね」
横にいた田山がハッとしたように彼を見つめる。少ない言葉ではあったが、島崎の言いたいことを理解した。
「確かに……! でもどうすんだよ、それが正しいとして今日の会派には銃がいない。倒すか負けるかしねぇと帰れないぞ!」
とある武器種がいる、またはいない、で最深部に行けるかどうかが決まる有碍書はこれまでもあった。しかし島崎が示した可能性はそれとは違う。
まさか。そんな思いが渦巻いた。侵蝕者を倒すことにそれが必要になるなんて。絶望にも似た感情が湧き出る。
そんな時だ。島崎が、ふう、と息を吐いた。俯いて瞳を閉じる。ピリ、とした緊張が彼の体から発せられた。
「……やっぱり、専門外なんだけど」
小さく零しながら顔をあげる。そのまま、島崎はとある一節を暗誦した。
「お前……っ!」
田山はその『詩』を知っていた。と、同時に彼がやろうとしていることを理解する。島崎がもともと持っていた弓は解けるように空気に溶けていき、本の形に戻っていく。
代わりに彼の手の中には歯車で装飾された藤色の銃があった。
「……多分威力はそんなに出ないけど」
装填して侵蝕者に狙いを定める。鼓膜を突き刺すような音が本の中に響き渡った。前方で戦っていた二人が驚きの表情で振り返る。そしてその瞬間、侵蝕者から苦しげな呻きが聞こえた。
「銃か!」
確証を得たように菊池が叫ぶ。途端、佐藤が後ろに駆けて敵からの距離をとった。走りながら自分の詩を口ずさむ。島崎と同様に、手の中には銃があった。
「まさかこんなことになるなんてな」
銃に持ち替えた二人を見て、田山と菊池のやることは明確になった。二人が集中して撃てる状態を。慣れない武器で戦う彼らがいなければ、ここを切り抜けることはできなかった。
「頼んだぞ! 二人とも!」
田山の声に二人が頷く。そこからは皆無言だった。幾度も攻撃が交わされる。そして佐藤の銃が最後の一体に命中し、その侵蝕者は泡のように消えていった。がくり、と佐藤が膝をつく。慌てて菊池が駆け寄った。
「おわった、か……?」
敵の姿はなかった。本の世界が歪んでいく。司書が撤退のための術式を発動させたのがわかった。島崎の肩を支えながら田山も近くにやってくる。
「ごめん、花袋……。やっぱ慣れないのは、疲れる……」
「いいんだって。お前が気づかなきゃ全滅だったろ」
四人が固まっている場所に向かって光が降り注ぐ。被害は大きかったが、それでも皆生きている。なんとか耗弱にもなっていなかった。
「いい、収穫があったね」
そう言って島崎は小さく微笑んだ。