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    【やる夫派生/腐向け】微妙な19のお題:14【やらやる】【14. まだ言葉というものに怯えたままのぼくから、】





     何故だか無性に、奴の掌の上で踊らされている気がするのだけれど。

    「やる夫! 良かったら今日一緒に帰らないか!」
    「………いいけど」

     うんざり、といった声色を作ってはみるものの、断られなかったというだけでも嬉しいのか、このどうしようもなく変な男――やらない夫はやたらとはしゃいでいる。万葉集の唄を引用しての告白じみた言葉を呟いてみたり、スルーしてやればまた大声で芝居がかったテンションで騒ぎ出したり。
     マグロ、カツオ、サメなんかは泳ぐのをやめると呼吸が出来なくて死んでしまうとよく聞くけど、やらない夫もそれと同じで、やる夫を口説いてなきゃ死ぬ生き物なんじゃないだろうか。そんな非現実的なことを考えてしまうぐらい、遠慮の欠片もなくぐいぐいと迫ってきては口説き文句を発し続けている。
     思い返せば、出会ったばかりの頃からそうだった――そう、あれは高校の入学式を終え、クラスも決まり、自己紹介や今後の予定、時間割の確認なんかを一通り終えて、さあ今日はこれで解散、というタイミング。

    『…あの、入速出、くん? ちょっといいかな』

     妙に緊張した顔で話しかけてきたあの馬鹿――やらない夫が、新入生代表で挨拶してた奴だなということはすぐに気がついた。この高校では入試の成績最高者が選ばれる筈だから、凄い奴なんだなと素直に思えていたこともあって、奴に対しては悪印象などこれっぽっちも抱いていなかった。むしろ、尊敬の念すら抱いていたのだ。
     …………何か用なのかと問うた次の瞬間、まだ教室にはクラスメイトが数十人も残っているという状況で――


    『さっき君を一目見て好きになっちまっただろ! 俺と結婚を前提に付き合ってくれ! 駄目ならまず友達からお願いできないでしょうか!』


     なんて、それはそれは学校中に響き渡るんじゃないかってぐらいの大音量でシャウトされるまでは。
     ついさっきまでざわざわと騒がしかった空間が水を打ったようにしいんと静まり返る瞬間なんて、一生のうちに何度経験できるだろうか。叶うものならば一生したくなかった経験だけど。
     奴に対する好感度は一気に最低辺まで急降下し、よりにもよって新学年開始一日目に公衆の面前で同性相手に愛の告白(?)なんてどういう嫌がらせだ、それとも新手のイジメか! と思ってしまい、ついつい顔面にグーパンかましてしまったやる夫は悪くない、と言い張りたい。全力で言い張りたい。あいつの言葉には真剣味が全く感じられない、まるで冷水寄りのぬるま湯に浸かっているような、微妙な気分にさせてくれるものだったのだから。不快感とまでは言わないけど、限りなくそれに近いような。
     イジメや嫌がらせでなければ罰ゲームか何かかと疑ってしかいなかったから、何故かその後も幾日も繰り返された、奴の頭に蛆でもわいたかのような発言は適当に流したりぶん殴ったりで対処していたのだが……半年も過ぎた頃にようやくわかった事。
     どうやらあの馬鹿は、本気でやる夫に惚れているらしい。

     あの告白事件は一日にして学年中の噂の種となってしまったわけだが、それでもなおやらない夫に好意を持ち、果敢にアタックした女子が何人もいた。あれだけ頭がおかしい真似をしていたというのに、だ。
     そこまで想ってくれるような可愛い女子からどれだけアプローチされても、全員丁寧に、しかしはっきりと「心に決めた唯一の人がいる」と断ったらしく、その上で、今もしつこくやる夫に付きまとっている。
     さすがにここまで来れば、アプローチの仕方が阿呆すぎるだけであって、やらない夫のやる夫への気持ちは真剣なのだと認めざるを得なかった。ならば返事を真剣に考えなければならないかと思いはしたものの、どうにも答えを出してしまうのが怖く感じて、そのままズルズルと時間ばかりが過ぎてゆき、奴の想いを飼い殺しにする日々を送っている。
     …こんなやる夫の、どこがいいというのだろう?

    「つーかさあ、おめーってなんでそんなにやる夫にこだわってんの?」
    「えっ」
    「お前に好かれる意味とか理由、やる夫にゃ全くわかんねーんだけど…やる夫のどこがそんなにいいってんだお?」

     ゲテモノ趣味かなんかとしか思えんけどお、と続ければ、やらない夫に「何言ってんだコイツ」って顔をされた。こういう顔に出やすいところは、ちょっと羨ましい。やる夫には逆立ちしても真似できない部分だから。

    「そんなん、やる夫が自分の魅力をわかってないだけだろ? 俺としちゃ、お前がなんでモテないのかさっぱりわかんねーもん。…あっ! でも、俺だけがやる夫の魅力に気付いてるって結構美味しいだろ! やべえちょっと興奮してきた!」

     言いながら改めて自覚したのか、顔は赤く染まり、息も荒くなっている。興奮を落ち着けようとでもしているのか、胸と口を押さえて。

    「あの、興奮でも何でもして構わないんで、せめて外で、それも大声でそういうこと言うのやめていただけませんかね」
    「…アッハイ、ごめんなさい。嬉しいからって調子に乗りすぎました」

     ――そんなやらない夫にドン引きつつ苦言を漏らせば、反省したのか丁寧に謝罪された。こういう素直さは好ましいと思う。というか、実を言えば、今はこいつのことは嫌いじゃない。寧ろ、一定以上の好意は持っている。
     これだけしつこくしぶとく付き纏われて好きだ好きだと伝え続けられて、何も感じないわけがない、というのもあるのだが。一番の理由は、こいつの愚直なまでの素直さかもしれないな、と思う。

    「わかってくれればいいお。で、結局理由は何なんだお」
    「うーん……別に理由とかいらなくないか? ただ好きってだけじゃ駄目?」
    「…別に、駄目だとか悪いとかは思わねーけどお。やる夫みてーな無表情の奴つかまえて可愛いとか言える意味がさっぱり理解できねーから」

    『いつも無表情で気持ち悪い』
    『何を考えているのかわからなくて怖い』
    『話をしていてもどこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからなくて取っ付き辛い』

     昔からよくそんなことを言われていた。表情を作れない、表に出すことが出来ないのは自身の努力で改善できるものではないから、諦めるしかない。なのに感情を言葉に乗せることさえ疑われるのなら、自分はいったいどうすればいいのだろうか。それが分からなくて、だんだんと人付き合いそのものが怖くなっていった。
     言葉を伝えるだけなら、誰だっていとも簡単にできる。難しいのは、相手にその意味を正しく理解して受け止めてもらうこと。そのために精一杯言葉を伝え、態度で表し、顔や声色でも伝え合い推し量り合い、そうして人は人と繋がり合うのだ。
     だけど、無表情でしかいられない自分はどうだろうか。千や万、億の言葉を重ねても、どこまで信じてもらえるかわからない。本音だとわかってもらえなかったらどうしよう、こんな言い方で誤解はされないだろうか、また気持ち悪く思われてしまったら?
     そういったネガティブな考えでがんじがらめになってしまい、結果的に無表情に加えて無口という要素まで重なり、周りはますます離れていく。まさに悪循環だ。
     そんなのはやる夫の勝手な思い込みであって、たとえ無表情のままだって言葉さえ尽くせばわかってくれる人だっているはずだと。結局は自分が傷つきたくない故の、人間関係の構築から逃げるための言い訳でしかないことだって、わかってはいるのだけれど。どうしたって怖くて、不安で、いつも尻込みしてしまうんだ。

    「? 無表情だからって、それが何だよ。お前の無表情なとこも含めて、文字通り頭のてっぺんから足のつま先まで丸ごと全部、俺は好きだよ」
    「…………」
    「無愛想に見えてほんとはめちゃくちゃ感情豊かなとこも、なんだかんだ言って俺がこうやって付き纏うの許してくれる優しいとこも、大好きだろ」
    「…別に、優しくなんかねーお」
    「そうか? 最初の頃、俺のこと印象づけようと思って色々やらかしちまったじゃん? 今思い返すとさ、嫌われても仕方ない行動だったかもって思うんだよな。なのに今、こうやって一緒にいるの許してくれてんだから、十分優しいと思うだろ」
    「…………」
    「やる夫は、優しいだろ」

     にっこりと微笑みながら断言されて、ああ、眩しいな、と。痛烈にそう思った。やらない夫と出会って付き纏われるようになって、やらない夫という人間を知るたびに何度も思ってきたことだったけれど。
     誰かにどう思われるかなんて関係ない、自分は自分が思うことを、やりたいと思うことをやるだけだ、と。そういう生き方を躊躇無く選べるこいつに、いつからか狂おしいほど憧れている自分がいることに、本当はもう気がついているんだ。

    「…そりゃまあ、確かにアレはねーだろって思ったし、最初はどういう嫌がらせだおって思ってたけど」
    「ハイ、その切は実に申し訳ありませんでした…」
    「いやもういいお。…えーと、表現方法がアレなだけであって、お前の気持ちが真剣だってのは、ちょっと前からわかってた、から。…本気で、やる夫んこと好きだって言ってくれてんだって、ちゃんとわかってんだお。だから、…悪かったお」

     ぺこり、と頭を下げる。きょとん、と不思議そうな顔をするやらない夫を見て、内心そっと苦笑しながら。

    「えと…何で謝んの? 謝られるようなことなんて、された覚えないだろ」
    「いや、本気だって気づくのに随分時間かかっちまって、適当にあしらったり殴ったりとか…ごめんなさい、だお」

     自分は無表情な分、誤解されやすくて。誤解、される気持ちは誰よりもよく理解しているつもりだったのに、やらない夫の気持ちをちゃんとわかってやれなかった自分を情けなく思うし、申し訳ない。
     だからこその心からの謝罪だったけれど、やらない夫は何故か幸せそうな顔をしてゆるく首を振り。

    「…いーやいや、さっきも言った通り、いくらなんでも嫌われても仕方ないやり方だったって自分でも思ってるから、気にしないでほしいだろ。それに、片想いって意外と楽しいからあんま苦じゃなかったし」
    「え…片想いが楽しいって、それはやらない夫の頭がおかしいからじゃねーの?」
    「失礼な」

     ついつい本音が口をついて出てしまうも、やらない夫は気にした様子もなく続ける。

    「なんつーの? 片想いだって、意外と楽しいことも嬉しいことも沢山あるだろ」
    「…たとえば?」
    「んー、そうだな、たとえばさ? 少しでも長く、少しでも近くにってやる夫のことばっか考えてー、朝学校行って、やる夫の顔見れるだけで幸せだろ。おはようって言って、おはようって返して貰えたらもっと嬉しいし。今みたいに会話のキャッチボール続けられたらもー……最高だろキャー! 神様ありがとう! ビバ人生! 生まれて来て良かった☆ 父さん母さん俺を産んでくれてありがとう! ……って思うし」

     やたらとテンション高く、リアクションも実に大きく。少し引きこそしたものの、ふざけたような口調の中に見える、やる夫への想いの強さに、どくりと心臓が跳ねた。そして、連鎖するみたいに、色々なことを自覚してしまった。
     学校に着いたときに一番最初にやらない夫の「おはよう」を聞けることを、放課後に「一緒に帰ろう」と言い出してくれることを待ち侘びている自分がいることとか。
     どんな女の子に言い寄られても迷わず断り続けるやらない夫を見るたびに、心のどこかでほっとしている自分がいることとか。
     強烈で熱烈な想いを絶えず浴びせられて、もうやらない夫の言葉をぬるま湯だなんて思えなくなって――今や熱すぎて、湯あたり寸前なこと、だとか。
     一年前の自分が今のやる夫を見たら、ついに頭がイカれたかと哂うかもしれないな、と苦笑するほどに。

    「どんな小っさいことだって、お前が俺の日常に僅かでも関わってるって、そんだけでたまんなく幸せになれるだろ」

     自分がこんなにも単純な人間だったなんて知らなかった。嬉しそうに幸せそうに蕩けた顔を目にするだけで、こんなにも幸せな気持ちになれるなんて。

    「…そうなんかお」
    「うん、毎日すっげー楽しい」
    「じゃあ一生片想いでもいいんかお?」
    「んー…一生こうやって側にいるの許してくれるならそれでもいいけど、やっぱ俺のこと生涯の伴侶として選んでほしいだろ」
    「…わかったお。じゃあ、検討しとくわ」
    「……え、ちょ、ええ!? 待って待って待ってやる夫、何それ、それって期待していいの?」
    「前向きに検討するように善処しますお」
    「その言い方だと『いいえ』のフラグにしか聞こえないだろ! え、どっち? なあどっち!?」
    「ノーコメントですお」
    「あああああ今だけはその無表情が怖い! でもやっぱり可愛いしどうすればいいの大好きだろ愛してる!」
    「はいはい、ありがとうだお。…ところで、一つ言いたいんだけど」
    「うん、何々?」
    「お前のテンションの上下、さっきから見てると真剣に心配になってくるレベルだお? 躁鬱の気でもあんじゃねーの。一度健康診断行って診てもらえお、特に頭とか頭とか頭とか、……あとついでに血圧も」
    「えー。おいおい、知らないのか? お医者様でも草津の湯でも、惚れた病は治りゃせぬ…ってな」
    「なんで群馬県民でもないくせに草津節のまんまで言ってんだお」
    「そういうやる夫こそ、元は群馬県民謡の歌詞だって知ってるじゃん」

     なのに感謝の言葉も告白の返事すら満足に紡げない臆病な自分は、今日もこうして曖昧な、色気のない、くだらない会話を交わすことしかできなくて。それでもそんな臆病でずるいやる夫を好きでいてくれて、諦めず懲りず、ただ笑ってくれるやらない夫。
     なあ、やらない夫? お前の言葉を聞くたびにどれほどやる夫が心を揺さぶられているか、お前は知らないだろう。何度忌々しいと思ったか知れない、この、ぴくりとも動きやしない表情筋を、無表情でしかいられないやる夫を――それでも丸ごと好きだと言ってくれるお前のような奴と出会えたことを、どれほど嬉しく思っているか。
     認めるよ。たぶんこれは、やる夫が今お前に抱いているこの気持ちは、恋と呼んで差し支えのない感情なんだろうって。だけど、まだ口に出せるだけの勇気が出ないから、もうちょっとだけ待っていて欲しい。
     いつか、伝えるから……いや、「いつか」なんて言ってたら、いつまで経っても伝えられる気がしない。そうだな、今日はまだ無理だけど、次の週末には必ず伝えると誓おう。そして手に手を取って、デートの一つでもできたらいい。

     そっと目を閉じる。伝えたらどんな顔をするだろうかと考えれば笑顔しか浮かばなくて、その笑顔に向けて心の中だけで呟いた。
     まだ言葉というものに怯えたままのやる夫からお前に伝えたい、たったひとつの感謝の気持ち。

     やる夫と出会ってくれて、やる夫を好きになってくれてありがとう。
     こんな幸せな気持ちをくれて、ありがとう。

     そんなお前のことが、大好きだお――――
    青藍 Link Message Mute
    2022/09/25 21:35:03

    【やる夫派生/腐向け】微妙な19のお題:14【やらやる】

    「03. 理由なんていりませんただ好きなんです」のやる夫視点のお話。
    素直ヒートやらない夫×無表情やる夫設定でやらやる馴れ初め話(?)のような何かです。
    やらない夫は相変わらずやる夫が好きすぎて頭のネジが吹っ飛んでます。

    ※「微妙な19のお題」様(http://www.geocities.jp/hidari_no/fr.html)に挑戦中です。
    お題なのでシリーズ扱いにしてありますが、続き物ではありません。

    #やらやる  #やる夫腐向け

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