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    【ゆく妖】微妙な19のお題:08【秋葉原独白】

    【08. 手を伸ばせば、すぐにあなたに届く距離で】





     三日前の世界へと巻き戻った彼らを見送ってから、アパートの自室に置いてあるPCへと意識を映した。
     PCの中からでも、世界が滅びていく音が聞こえる。街中に設置されている監視カメラの映像――それらもみるみるうちに破壊され、次々に数を減らしてはいるのだが――からも伝わる、この世界に存在する何もかもが破壊されていく光景。人が、動物が、ありとあらゆるものがまるで紙で作られたそれのように呆気なく吹き飛ばされては抉られ、原型を留めることもなく無残に散らばっていた。あちこちに転がる、赤色と橙色が混ざったような…珊瑚によく似た色のぶよぶよとした肉塊の、どこまでがどの人のものであったのか、そもそもソレは人のものなのか動物のものなのか……それすらもうわからなかった。
     まるで映画のように現実味のない、「地獄」そのものの光景を前に顔を歪めるしか出来ない己がひどくもどかしい。そしてその光景を引き起こす「原因」となった「彼」を想い、ぎり、と強く歯を食い縛った。悔恨と遣る瀬無さばかりが心を満たして、それがたまらなく悲しかった。
     今のあいつは液体生物を身に取り込み、眉一つ動かさずどころか、穏やかな笑顔を浮かべながら…まるで服についた埃を掃うがごとくに、何でもないことのように人を殺せる奴になってしまっていて。何故、気がつけなかったのだろうと思う。そうなってしまうほど追い詰められていたことに、その内にくすぶり続けていたのだろう凄まじいまでの「地獄」に、どうして何一つ気づけなかった。
     高校時代からいつも一緒に行動して、いつも自然に当たり前に隣を選んでいたかけがえのない親友。あいつがアメリカに行ってしまってからだって、心だけはいつだって寄り添っていたはずだと、自分たちの間にある絆は失われていないと、無条件に確信していた。あいつが日本に帰ってきてくれて、再会してからは――一年足らずの話とはいえ――ずっとひとつ屋根の下で寝食を共にして、彼にとって誰よりも一番近い場所に立っているのはやる夫であると、信じて疑わなかった。彼のことなら、どんなことだって理解している自信があった、だけどそんなのはただの幻想だったんだと、今、痛いほどに思い知らされる。…ああ、だから今こんなにも悔しく感じているのだ。
     全てを知り、彼の企てが成功して世界が滅んでいく今、この瞬間にさえも――やる夫の中の彼の「位置」は、ただの一ミリも変わっていないのだから。今だって彼は、自分にとって大好きで大切な、憧れであり自慢の――唯一無二の親友「柏崎やらない夫」のままなんだ。
     これまでの人生の中、彼の言葉が、存在が、自分にどれほどの影響を与えてくれたことか。誰にだって、人生の中でひとつふたつは「これが無かったのなら今の自分は無かった」と思える何かがあるんじゃないだろうか? やる夫にとっては、それが「柏崎やらない夫」だったというだけの話。それだけの話が、こんなにも重く、枷のごとくに心に圧し掛かってくるものだったなんて思わなかった。
     どうして気づいてあげられなかったのだろう。どうして、相談すらしてくれなかった。弱音一つ、吐き出してくれなかった。あんなにも近くに…手を伸ばせば、すぐに互いに届く距離にいたのに。
     ぐるぐると考えているうちにつぅ、と頬を流れる雫の感触がして、電子プログラムでも涙を流したり出来るのかと笑いながら、ただ泣いた。

    「……やらない夫……すまないお。やる夫は……」

     涙を流しながら、つい先程婦警さんたちを巻き戻させた装置に視線を移す。
     ……彼らが巻き戻った世界の自分は、真実を知っただろうか。「向こう」のやる夫も「やる夫」なのだから、真実を知ったらあいつを止めるために尽力してくれるだろうけれど…止められるだろうか。「向こう」でなら、今度こそあいつに……やる夫の手は、声は、想いは届くだろうか。
     止めてくれることを、届いてくれることを祈るしか出来ない自分がとても歯がゆい。道を踏み外したあいつを引っぱり上げてぶん殴るのは、絶対に親友である自分の役目だと思っていたのに。
     だから、せめて。巻き戻った世界にいる筈の「やる夫」は、早くに真実を知り、彼らを直接手助けしてほしいと心から願う。今ここにいる自分には、もう何も出来ないから。
     「巻き戻った」彼らは、やる夫の言った通り、「三日前」のやる夫たちのアパートにあるPCを調べてくれ、その中に入れられた「やる夫」を見つけてくれるだろう。そして――言ってくれるはずだ。彼らと向こうの自分にとっては「未来」である今のやる夫の言葉を――。


    『頼むお……やらない夫を、止めてくれお』


     あれは彼らだけに向けた言葉じゃない、過去の自分自身にも向けたものなんだ。搾り出すように、祈りのように、心の中で幾度となく繰り返す。どうか、彼を止めてくれ。そしてできることならば、救ってほしい。命をではない、きっと彼はその命を奪わない限り止められない…否、止まれないのだろうから。何より、これだけの真似をしでかしたからには、彼は許されてはならないのだ。そこに含まれる理由がなんであれ、彼がたった独りで抱え続けてきた絶望がどれほどに重く、深く、痛ましいものであるにせよ――それで、彼が犯してきた罪が許される謂れなどない。どんなに残酷な最期を迎えたとしても文句は言えない。
     わかっているから、命だけは助けてほしいなんて言わない、何もかもが元通りになりますようになんて願わない、ただ、ただ一つだけ願いたいのは、ただ、彼の。彼が、長い間抱え続けてきた絶望と孤独を、せめて最後、死にゆくその瞬間ぐらいは忘れさせてあげてほしい――それだけだ。
     …自分には想像すら及ばないけれども。きっと、あいつにとっては……死して地獄に堕ちる以上に、生きていることの方が余程――地獄すら生温く感じるほどの絶望だったのだろうから。


    『う゛ぇぇ…まーた悪役がむごたらしく死んだおー…』
    『…んな嫌そうな顔することないだろ。面白かったろ?』
    『そら全体的な感想としちゃすっげー面白かったけどおー。なんでやらない夫おすすめの洋ゲーって毎度毎度悪役がひっどい死に方すんだお。ムービーもめちゃくちゃエグいし、いくら悪役っつっても見ててきっついお、これ』
    『うくく、そうか? 俺はこういうの結構好きだけどな』
    『うわ、趣味わっるぅ』
    『何とでも言え。好きなもんは好きなんだからしょうがないだろ』
    『なーんでそーいうのが好きなんだお? 向こうで暮らしてた期間なっがいからって、もう頭ん中までアメリカナイズされちまってんのかおー』
    『ッ…そういうわけじゃねぇけどさあ、だって』


     ああ、あれはいつの頃だったろうか? 確か、ルームシェアを始めて一月ほど過ぎた頃、だった気がする。互いにそれぞれ日本発とアメリカ発のおすすめのゲームを教えあって、二人で代わる代わるプレイして、その感想を言い合っていたときのこと。



    『悪役にだって、悪役としての矜持があるってことは見ててわかるだろ? だからさ、こういう奴らは皆、自分がまともな死に方できないなんて分かってると思うんだよな。だったら最後は悪役らしく、惨めに死なせてやるのが一番いいと思うんだよ、俺は』



     あのとき、やらない夫は確かにそう言っていた。あの時の彼が、何故だか泣き出しそうな顔に見えたのは、きっと間違いでも錯覚でもなかったんだ。
     その泣き出しそうな顔の理由を問い詰めようかと本当に少しだけ考えて、口を開きかけたことを思い出す。けれど当のやらない夫が、次の瞬間にはあまりにも綺麗に笑っていたから……ああ錯覚だったのだと、自分が今感じたことは、何一つ実際に起こったものではなかったのだと――そう思い込んで、問い掛けを喉の奥へと飲み込み、すぐに忘れてしまった、ことも。
     …あれが、見間違いでも錯覚でもなかったのなら。そして、電脳空間の外で繰り広げられている、名伏しがたきものが暴れ回り世界を壊していく光景と、それを引き起こした張本人が彼であるということも、また真実だというのなら。


     ――こんなことを願うのは許されないかもしれない。だけどどうか。叶うのならば、どうか彼に……ただの人間としての、最期を。


    「………………」

     そんなことを考えている間に、少しずつノイズ交じりになっていく、世界が滅びていく音。それに混じってジジッ、ブツッ、とやる夫の「内側」から耳障りな音が響き、それに比例するようにやる夫を構成している電子の粒がひとつずつ消えていくのを、感じた。
     ああ世界が滅びに向かおうとしている今、自分の存在ももう消えていくのか。…プログラムにとっての「死」とはどんなものだろう。人間のように傷ついたり弱っていったりするわけではないだろうけれど。このまま、火葬場で燃やされて灰になるように散っていくのだろうか。それとも、可視できなくなるほどに少しずつ薄れて消えていくのか。はたまた、普段データを「削除」したときのように、今ここにいる「やる夫」という名の「電子プログラム」を構成している全てが、花火のように消えてなくなるのだろうか。
     いったいどうなるのかは、この期に及んでもなお、わからないままだけれども――それでも確実に、滅び行く世界と共に、自分も「死ぬ」のだろう。

    「……ははっ」

     やたらと冷静に判断できる自分が可笑しくて、思わず笑ってしまった。笑いながら、電子の海の中、ぽたりぽたりと落ちては消えていく涙をそのままに目を閉じる。最後の力を振り絞って、世界を滅ぼした大罪人であり唯一無二の親友である男との幸せだった過去を、手繰り寄せるように思い出しながら。
     たとえ何が偽りであったとしても、これまで過ごしてきたあいつとの日々全てが嘘だったなんて思いたくはないから……せめて最後の最後、この瞬間ぐらいは、幸せな人生だったと振り返りながら消えていきたい。
     そう思った瞬間、何故だか、今まで一度だって見たことがないはずの……眠っているやる夫の手を握って「ごめん」と「ありがとう」を繰り返す、泣き出しそうに歪んだ顔をする親友の姿が、瞼の裏にうっすらと映ったのが……印象的…………



    「ばいばい、やらない夫」




     そして意識は永久に闇へと消えていった――…………
    青藍 Link Message Mute
    2022/09/25 21:47:21

    【ゆく妖】微妙な19のお題:08【秋葉原独白】

    「巻き戻り」前の世界、探索者たちの時間転移を見送った後の「一周目秋葉原」の独白。
    巻き戻った後(二週目)では探索者たちと会話したりもできたけど
    一週目の秋葉原は三日間一人で親友の凶行を見続けて、何もできないでいることに苦しんで
    最期もひとりぼっちだったのかなと思うと半端なく胸が痛い( ;ω;)ブワァ

    というわけでそんな気持ちをぶつけたお話です。ちょっと短め。

    ※「微妙な19のお題」様(http://www.geocities.jp/hidari_no/fr.html)に挑戦中です。
    お題なのでシリーズ扱いにしてありますが、続き物ではありません。

    #柏秋 #ゆく妖腐向け #やらやる

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