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    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:18【柏秋】
    【18. あなたという人が、自分だけのものになればいいのに】





    「………………」

     最後の決戦までついに二十四時間を切った。ひゅううう、と鬱陶しく纏わりつく生温い風を受けながら、塔の上でひとり――怪物と化した「お姫様の母親」は、時が来るまではと眠らせているから物の数には入れていない――ぼんやりと座り込む。目を開けてはいるものの、視界には何も映ってはいない。ただ最後に聞いた親友の声だけが、頭の中で何度も何度もリフレインされている。


    『やめるお!! やらない夫、みんなを殺したら許さないお!!』

    『やる夫は消えてないお。コンピュータの中で、ずっと戦ってきたお』

    『ずっと見てたお! やらない夫は人を殺しすぎたお! どうして……』


    「ッ……」

     振り払うようにぎゅっと強く目を閉じてぶんぶんと頭を振るも、耳に残ったあの声がその程度で消えてしまうわけもなく、絶え間なく俺を蝕み続ける。
     付き合いの長さというのは恐ろしいものだ。声しか聞こえなかったのに、姿なんて一片も見えなかったのに、あいつがどんな顔でそう叫んでいたのか…まるで実際に見たかのように、鮮明に頭の中に浮かび上がってしまうのだから。
     きっと、いつだって無邪気なばかりの笑みを浮かべていた姿はなりを潜め、哀惜と衝撃と失望に満ちた、今にも泣き出しそうな顔で、決死の思いで言っていたのだろう。それを思うだけで胸がじくじくと痛む。

    (…やる夫)

     見られたくなかった、知られたくなかった、あいつにだけは。
     今更誰も信じない、誰も認めないだろうけれど。あいつは、あいつのことだけは本当に大切で大切でたまらなかったんだ。この世でただひとり、俺が心を許し、死なせたくない、苦しませたくないと思えた存在。文字通り、唯一無二の、親友。
     地獄以上の地獄の中で、あいつの存在だけが常に光り輝いていて、その「光」があったからこそ俺は生き延びられたのだ。
     何もかもがどうでもいい、塵芥とそう変わらない存在だとしか思えなくなった今もなお。何も知らない能天気な笑顔を浮かべるあいつの隣でなら、もう少しだけこの世界で生きていける、なんて思ってしまうほどに――あの存在だけは変わらず尊いままで。
     あいつの前でだけは、ただの人間でいたかった。見せかけだけで構わないから、嘘にまみれた俺のままでいいから、あいつといるその瞬間だけは、何もかもを忘れて。ただ、あいつが俺に与えてくれた安らぎと癒しと、そして幸福を――甘受していたかったんだ。今となってはそれだけが、俺のたったひとつの「夢」だったのに。なのに、必死に隠し続けてきた、おそらくはそのすべてを……知られてしまった。
     ずっと見ていたと、全部見ていたと言っていた。警察もマフィアも一般人も悪人も善人も関係なく、大勢の人間を無感情に殺してきたことを、知られた。
     俺がもう、あいつのよく知る「秋葉原やる夫の親友で、考古学者の柏崎やらない夫」ではなくなっていることを、知られてしまった。

    『俺を……見ないでくれ……! これは違、お前にだけは……見られたく、なかったのに……』

    「…………う、くくっ」

     なんて無様だ。我ながら、呆れるほどに浅ましい。どの口があんなことを言えたのだ、長い間あいつを欺き、記憶を曇らせる魔術を行使し、裏切り続けてきた、この俺が。
     覚悟ならとっくに決めていたつもりだった。嘲り罵られることも、詰られることも、嫌われるのも覚悟していたんだ。二度と太陽のような笑顔を向けてくれなくなることも、俺よりも小さくて柔らかいけれど、とても暖かくて愛おしいあの手に二度と触れられなくなることも。あいつすらも裏切り、世界を滅ぼすと決めたあの日からもう、ずっと。

    『何で! こうなる前に! 一言! 相談してくれなかったんだお!!』

     なのに、そんなことを言ってくれるなよ。こんな俺を見続けて、それでもなお俺を友達だと思ってくれている、みたいに。なあ、そんな悲しみに満ちた声でそんな言葉、あんまりじゃないか? 責められた方が、罵られた方がずっとずっと楽だったのに。
     ……なあ、俺はただ、お前に傷つかないでほしかっただけなんだよ。お前が親友だと信じていた男は、自分を騙し、嘲り、利用していただけの救いようのないクズだったのかと失望してほしかった。あんなクズを信じていた自分はなんて馬鹿だったんだと嘲笑って、さっさと俺を嫌いになってほしかった。お前を傷つけ苦しめるぐらいなら、どんな痛みでも甘受するつもりだったんだ。
     どうして、なんて。そんなの俺のセリフだよ。どうしてお前はそれほどまでに悲痛な声で俺を呼ぶんだ。どうして、罵るんじゃなくて相談してくれなかったのかと、そっちの方向でしか責めてくれない?

    (ああ、でもきっと、そんなお前だから、俺は――…………)

     左手で顔を覆い、ふぅ、と大きなため息を吐いた。今更何を考えたって意味などない。今のあいつは俺の敵に回っていて、俺を殺すために集まったメンバーの仲間入りしている、その事実が覆ることはもうないのだから。
     …最終決戦まで、あと十数時間。彼らとの戦いに俺が勝てば、最後まであいつを裏切り傷つけ、世界を滅ぼした最低のクズ野郎として終わることができるだろう。
     だけど、もしも万が一俺が負けたのなら――? …心優しいあの親友は、電脳の海の中、ひとり苦しみ続けるのだろうか。この、どうしようもなく無様な、馬鹿な男を、想って。どうして相談してくれなかった、どうして気がつけなかったと、自分を責め続けて生きるのだろうか。

    「……それだけは、阻止しなくちゃいけないだろ」

     すっと立ち上がり、ポチを翼へと変化させて地上へと降り立つ。最後の一仕事のため、隠れ家へと全速力で向かう。なによりも愛しいただ一人の存在を苦しませる可能性を、ひとつでも多く取り除いておくために。


     そして、俺の想いと決意、全てを認(したた)めた手紙をひとつ残し、俺は戦場へと降り立つ――。


    *****




     ポチが「解放」された衝撃で無残に引き千切られた全身を床に投げ出し、ぼんやりと崩れた天井を見上げる。そこから覗く空はひたすら真っ暗なだけで、ひとつの光すら見えなかった。人生最後に見る景色がこんなにも味気ないものだとは、つくづく俺の人生とはくだらないものだ。まあ負け犬には相応しい眺めかな、と口の端だけでにやりと苦笑する。

    「やらない夫……ひとつだけ、聞きたいみょん」

     ふと、俺が自らの手で化け物へと変貌させたお姫様の声が聞こえた。憐憫のような同情のような、悲しげでいてそれでもどこまでも優しい、声。

    「お前に想像もできないほどの絶望があることは、分かったみょん。でも、何かもっと……世界を滅ぼすなんて、やり方じゃなく……もっと他の……」
    「もっと、他の……?」
    「もっと、他の……うまく言えないけど……何かもっと、誰かの幸せに関係する、何かで……」
    「ありがとう……妖夢ちゃん。俺は君に、たくさんひどいことをしたのに……優しいんだな」

     何も知らない彼女を巻き込んだこと、何の罪もない母娘を化け物へと変貌させたこと、一度は彼女らを手に掛けようとすらしたこと…世界を滅ぼすために起こしてきた行動のすべて、後悔はしていないけれど。それでも、何故だか無性に申し訳ない気分になってくる。彼女と、彼女の母親への謝罪も手紙に残しておいて正解だったな、と本当に少しだけ笑えた。
     ――この道を往くと決めた時から、ろくな死に方はできないだろうとわかっていた。自殺か、世界と共に消えていくか、奴らに消されるか――どんな結末を迎えるにしても、最後の最後まで世界を呪う言葉を吐きながら、惨めに独りくたばるのだろうと。
     だけど実際に死が目前に迫ってくる、今は……何故か、無性に穏やかな気分だった。間違った方法だったのかもしれない、でも俺は精一杯やってきた。世界を滅ぼすという目的は残念ながら果たされなかったが、それでもそれなりに満足している自分に、我が事ながら少し驚く。


    「やらない夫……」


     久方ぶりの気分に浸っていると、怯えるような、それでいて慕わしげな声が、俺の名を紡いだ音が聞こえた。もう視界は闇に閉ざされてしまっていて何も見えないけれど、それでも解る。この声を、俺が聞き間違えるわけがない。

    「その声、は、やる夫……か? どこにいる?」
    「やる夫はここにいるお。やらない夫の隣に、ケータイを置いてもらってるお。やらない夫……すまないお。やる夫は……」

     どう聞いたって泣いているとしか思えないような、震えた声。ああ、そんな声でそんなことを言うなよ。謝ったりするな、お前は何一つ悪いことなんてしてないだろう? 裏切ったのも、傷つけたのも、悲しませたのも、酷い言葉を吐いたのも…全部、俺なんだから。本当に謝るべきは、俺の方だろ?

    「馬鹿……お前、よせよ。恥ず、かしい……悪役は、悪役らしく……最後は惨めに、死なせろよ」

     泣くな。泣くなよ。そんな震えた声で、明らかに泣いてますって声で、俺を呼ぶな。こんな無様で情けない姿、お前にだけは見られたくなかったのに。頼むから、一生の、最後のお願いだから泣かないでくれ。笑ってくれよ、お前にはいつでも笑っていてほしいんだ。笑えよ、なあ、な、ぁ……?

     ――ああ、でも、本当は。

     世界を終わらせる、その計画はどんなイレギュラーな事態が起ころうとも確実にやり遂げるつもりではいたけれど。きっと本当は、心のどこかで願っていた。誰か、俺を止めに来てくれと、そして願わくばそいつが俺を殺せる人間であってくれと。…それが、やる夫であったならばと。
     どうせ死ぬのなら、トライアドの連中に消されるなんて最期じゃない、魔王に世界ごと殺されるか…そうでなければ真っ当な人間と対峙して、正義の味方に斃される悪役として惨めにくたばりたいと思っていた。あの日からトライアドの連中に散々にぶち壊された俺の人生の、せめて最後ぐらいは俺の望むタイミングで、俺の思い通りにと。
     でも、ソレだけは願ってはいけないとずっとずっと抑えつけていた、俺が本当に本当に望んだ「最高の死に方」が確かに存在したのだと、今は素直に認められる。
     本当は。俺は、やる夫に殺されたかったのだ。それがどれほどあいつの心を抉ることになるかを知っていて、それでも心のどこかで抱き続けていた願い事。
     生命の火が消えるその最後の一瞬まで、一緒にいてほしかった。最後までやる夫の顔を見ていたかった。ばかみたいに笑い合って、気心の知れた友人同士としてのくだらない会話を交わして、……そして、その瞬間だけで構わないから、俺の、俺だけのものになってほしかった。俺のために泣いて笑って苦しんで、ほんとうに最後の最期、この一瞬だけでいい、お前という人間が俺だけのものになってほしいと――。
     苦しませたくなかったのも悲しませたくなかったのも嘘偽りない本心だけれど、お前の中を俺への感情だけで埋め尽くせたのならと――それはあまりにも昏(くら)い悦びで、どこまでも深い痛みと幸福を同時に感じさせるもので。
     だって、なぁ? そしたら、最期の一瞬ぐらいは、十四年間憎み続けたこの世界を、ほんのちょっとぐらいは愛せる気がしたんだよ。絶望しか生み出さなかった、だけどお前が生きている、お前と出会えた、この世界を。
     何もかもが憎くて憎くて仕方なくて、この世界で生きる自分自身も、この世界が存続していることそのものすらも許し難いと。生きることの方が、死ぬことよりも遥かに辛いものだと。あの日からずっと抱き続けてきた思いだけれど、今この瞬間でさえ頑なに思い続けていることだけれど。
     それでも。お前と出会えて、お前の親友になれたことは俺の誇りであり、俺の人生唯一にして最高の「幸運」で「幸福」だったから。そんな幸福をも与えてくれた世界を、「憎い」だけで終わらせたくなかったんだ。

     だから、なあ? 今「殺し屋兼魔術師」でも「トライアドの飼い犬」でもない、「やる夫の親友、柏崎やらない夫」として死なせてくれるのなら、それ以上の「救い」なんて俺には存在しないからさ。



    「…………がとう……る夫……」



     ――今、この瞬間だけは、俺だけのお前でいてほしい。そしてその後は、心安らかに、幸せに生きてくれることを、切に願う――。
    青藍 Link Message Mute
    2022/10/01 20:29:16

    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:18【柏秋】

    柏崎の詰めの甘さは、本人に聞いたら否定しかしないでしょうが
    心のどこかで自分を止めてほしいと思ってたが所以じゃないかなと思っています。
    要するにそんな感じの柏崎独白です。今回も短め。

    ※セリフ部分の大半が本編まんまです※

    ※「微妙な19のお題」様(http://www.geocities.jp/hidari_no/fr.html)に挑戦中です。
    お題なのでシリーズ扱いにしてありますが、続き物ではありません。

    #柏秋 #やらやる #ゆく妖腐向け

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