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    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:04【柏秋】
    【04. 誰にもいえない、こんなことは。そう、あなたにも】





    「ん~……」

     深夜、不意にうっすらと意識が浮上してしまい、ベッドの中でもぞりと寝返りをうつ。
     このまま目を閉じたままじっとしていれば、すぐにまた心地良い眠りの世界へと戻ることができるだろう。そうは思ったものの、今は何時ぐらいなのかが気になってしまい、そっと目を開く。
     次の瞬間、一番最初に目に入ったのは、視界いっぱいに映る同居人の寝顔だった。

    「ッ―――!!?」

     意識は一瞬にして覚醒へと向かい、思わず大声をあげてしまいそうになったところを、必死に息を止めて両手で口を押さえることでなんとか飲み込む。

    (え、え、えええええ!? 何、なんでやる夫のベッドにやらない夫がいるんだおおおおお!?)

     口を押さえたまま、驚愕のあまりばくんばくんと盛大に鳴り響く鼓動を持て余すように何度も瞬きを繰り返す。夢か幻かと思いはしたものの、幾度瞬きをしても、目を擦ってみても、目の前で安らかに眠る同居人の姿は変わらずそこにあって、それが間違いなく現実の光景だということをまざまざと見せつけていた。

    (いや落ち着け落ち着け、落ち着いて考えるんだお、やる夫!)

     必死に自分に言い聞かせながら、まず何故こんな状況になっているのかと、昨夜の記憶をひとつひとつ引っ張り出してみようと息を吐き出した。
     口を押さえている両手の力を抜き、ゆっくりともう一度寝返りを打って天井に視線を移してから何度か深呼吸を繰り返す。
     …そうだ、確か昨日は久々に同居人――やらない夫と一緒に、遅くまで飲みに行っていたのだ。
     事の起こりは、三日前。あの日、やる夫の会社で大掛かりなプロジェクトが終わったという話をしていて。

    『お疲れさん。そうだ、なら今度、焼肉行くか? 奢ってやるだろ』
    『ええ? マジかお! いいのかお、うちの会社んことなんてやらない夫には関係ないのに?』
    『うくく、会社は関係ないだろ。俺は、でっかいプロジェクト達成した親友をねぎらいたいだけだからな』
    『! …うおー! こんな親友がいるなんて、やる夫は幸せ者だお! ありがとだお、やらない夫。じゃあ、お言葉に甘えちゃっていいかお?』
    『うっくくくくく。どういたしまして。んじゃ決まりだな、いつにする? 都合のいい日、教えてくれだろ』
    『んー、今からじゃさすがに無理だおね。明日はやる夫が、会社の方でも打ち上げあるから駄目だしおー。あさっては?』
    『む、明後日…は、俺の方が都合悪いだろ。んじゃ、三日後、金曜は?』
    『プロジェクト終わったし、後は残務処理ぐらいだからしばらくは比較的暇になるんだお。だから大丈夫だお!」
    『そうか。んじゃ、金曜の夜で決定ってことでいいか? 店、予約しとくだろ』
    『おっけーだお! うわー、今から金曜日が楽しみだおー!』
    『うくく、楽しみにしとけだろ。いい店紹介してやるからな』

     そんな約束を交わし、ついに迎えた昨夜――金曜日。やらない夫おすすめの店なだけがあるというべきか、本当に美味しい店だった。明らかに安い肉ではなさそうな舌触りに、彼の懐が心配になってしまうほどに。
     自分が奢るんだからと、やる夫に伝票を見せてくれなかったことも不安に拍車をかけたが、「だーい丈夫だって、食べ放題なんだからさ。むしろ、変に遠慮されて食べてもらえない方が損だろ、元取れないし」と苦笑を返されてしまったことははっきりと覚えている。
     元を取れない、との言葉に、それもそうか、ならばとその後は彼に感謝しながら思いっきり飲み食いしてしまった、ような気はするのだが。

    (うっわ……肝心なとこ、ぜんっぜん覚えてねーお。あれから何がどうなって、今、こういう状況になってんだお?)

     やらない夫と二人、焼肉屋で三杯目のビールを飲んだところまでは覚えているが、その後の記憶がさっぱりない。
     プロジェクトによる疲労と、それがやっと終わったという安心感による脱力、週末だからある程度無茶をしても問題ないという気の緩み――酒に呑まれて記憶を飛ばすには充分すぎるほどの条件が整っていたと言えるだろう。
     何も覚えていないのも仕方がないといえば仕方がないかもしれないが、やはり何があったのか、少しでも知りたい。せめて何か、判断材料のひとつでもどこかに無いだろうか?
     そう思って、カーテンからうっすらと漏れる街灯のおかげで、真っ暗な部屋の中でも目が慣れてきさえすれば多少のことはわかるだろうと、そうっと布団を持ち上げてみる。
     自分の姿は、パジャマ代わりに使っているトレーナーとスラックス。一方、やらない夫はといえば、いつも着用している白いワイシャツに黒いズボン、さらにはいつもの黒い手袋を着けたままの姿だった。

    「……………」

     一旦持ち上げていた布団を下ろし、頭をフル回転させてみる。この状況は、ひょっとしたら。思い当たったひとつの可能性に、顔が青ざめていくのを感じた。

    (………………え、これ、まさか、まさかだお)

     やらない夫は、普段はどれだけ疲れていてもこんな格好のまま寝こけたりしない。スーツやシャツに皺がつくのを嫌って、アイロンひとつ選ぶにも並々ならぬこだわりを見せていたことを、知っている。なのに自分だけが着替えており、彼が仕事着のままということは、だ。
     アパートに帰ってきた後、彼が、自分を着替えさせてくれて。その上、酔っぱらった自分が彼をそのままベッドに引きずり込んだんじゃないだろうか?
     なんだかんだでいつもやる夫を甘やかしてくれる彼の性格を考えれば、そうとしか思えない。
     記憶がないことを見るに、もしかしたら店からこのアパートまで背負って帰ってきてくれた可能性すら浮上してくる。

    (うっあ~……や、やらない夫、ごめんだおおおおおおお)

     真実がどうなのかは、朝になってから本人に聞かなければわからないだろう。だけどきっとこの想像が大きく外れているということはない。そうでなければ、この状況について、他の説明がつかないのだから。
     そう思うと恥ずかしいし、何より申し訳ない。疲れているのはお互い様なのに、彼にばかり負担をかけてしまうなんて、自分で自分が情けなくて仕方なかった。それでも親友かと、自責の念ばかりが湧いてくる。
     いつだって甘やかしてくれて、何があっても仕方ないなと困ったように笑って許してくれる彼に、甘えすぎてはいけないと思うのに。思考と行動が伴っていなさすぎて、自嘲するしかない。

    (朝になったら、いの一番に謝んなきゃだお)

     うん、と一人で両こぶしを握りしめ、決意を固める。そうだ、お詫びにといってはなんだが、明日明後日の家事を全部引き受けることでも打診してみようか。
     そうと決まったら早くもう一度眠ってしまおうとは思ったものの、一度覚醒してしまった意識はなかなか落ちてくれない。
     どうしようかと一瞬だけ考えて、ふと思いついたことがあり、もぞりとまた身動ぎして、隣で眠ったままの親友へと目を向けてみた。
     すぅ、と小さな寝息を立てながら穏やかな表情で眠る彼の寝顔に、しばし見惚れる。

    (…そーいえば、やらない夫の寝顔、こんなまじまじと見たの、初めてかもだお)

     考えてみれば、付き合い自体は長いにもかかわらず、一緒に過ごした時間はとても短かったのだ。
     高校時代、お互いの家に行き来したり、泊まったりなんてことも何度もあったけれど、そういうときはだいたい徹夜でゲームしたりグダグダと駄弁ったりが多くて。
     ならルームシェアを始めてからはといえば、やらない夫はいつでもやる夫より後に寝て、やる夫より先に起きる、その繰り返しばかりで。
     思い起こすと、寝顔なんて見た覚えがないし、見る機会もほとんど無かったのだと改めて実感した。

    (ふふーん。そう考えると、今の状況、けっこーおトクなんかもだお。やらない夫には悪いけど)

     自然と頬が緩んでいくのを、抑えきれない。
     そもそも、他人とこんなにまで接近するなんて、小学生の頃の修学旅行以来じゃないだろうか。それも相手は、高校時代からの親友であり、同居人。世界で一番大切な人。
     そんな相手と二人、同じベッドで眠っているんだと思うと、妙にくすぐったい気持ちになって、ますます頬が緩んでいく。
     眠る顔はとても安らかで、気持ちよさそうで、全身の力も完全に抜けている。まさに熟睡しています、といった風情だ。そのことが、とても嬉しい。身も心も、誰よりも彼に近づけたように感じられて。
     やらない夫は、いつも優しくて、穏やかな雰囲気を持つ人だとは思うけれど。いつも、どこか…うっすらと、「壁」のようなものがあるのを感じていた。たとえ親友で同居人という立場であるやる夫であっても、越えるどころか近づくことも許されない、見えない壁。そういうものが確かに存在しているように思えて仕方なかったのだ。
     どんな人にだって、人には見せたくない姿、隠したいこと、触れられたくないこと、己以外の誰にも知られたくないと思うこと…そういったものの一つや二つ、あるものだと思う。自分にも身に覚えがあるからこそ、言い切れる。
     だから仕方ないのだと何度も自分に言い聞かせていたけれど、ちょっとだけ寂しかった。ひどく身勝手な言い分だと自覚はある。自分だって知られたくないことがあるくせに、彼が隠している「何か」を寂しいと思うなんて。
     だけどこんなにも近くに、こんなにも長い時間を共有しても、まだ知りつくせない何かがあるんだと、そう思うとどうしても寂しかったんだ。
     でも、今は、その寂しさが薄れている。全てを知り尽くすことが叶わなくても、もう十分すぎるぐらい、彼の傍にいることを許されているのだと、この状況が訴えてくれている気がするから。
     自分の気持ちだけを優先させて突っ走るのは、絶対に避けたいと思う。もう学生だったあの頃とは違うのだから、もしもルームシェアを解消などということになってしまえば、この距離はあっという間に遠く離れてしまうだろう。そして、会って話をすることすら容易ではなくなってしまうのだ。それだけは、絶対に嫌だった。
     もっと近づきたい、彼のことをもっと知りたい、離れていた時間すら埋め尽くせるほどに、もっと、もっと、一緒にいたい。他の誰よりも、一番、彼の側に。
     ……この気持ちを何と呼ぶのか、自分はもう知っている。それがきっと、口に出すことも、伝わることも、叶うこともなく、終わってしまうのだろうことも。

    「…………」

     そうっと、彼の頭に手を伸ばす。恐る恐ると触れてみても、目を覚ます気配はなかった。それに気を良くして、ゆっくりと撫でてみる。

    (……へへー)

     たったそれだけのことで、胸を満たす幸福感。何度頭を撫でてみても、やらない夫は起きる気配もない。ただ、安らかな寝息が耳に届くのみだ。
     ふふ、と小さく笑いを零しながら、何度も撫でる。いくら触れても、飽きることなんてない。
     本当に起きないおー、なんて思いながらその寝顔を見ているうちに、ふ、と。不埒な願望が頭をもたげた。

    (ッ…!? や、やる夫は何考えてんだお!? ないない、無理だお、そんな!)

     必死に小さく頭を振って、浮かんでしまった思惑を打ち消そうとするけれど効果はない。
     むしろ、心のどこかでもう一人の自分が悪魔の囁きを零し続けてすらいる有様だ。

     ――大丈夫だ、やってしまえ。これだけ撫でても起きないんだ、ちょっとぐらいならばれはしない…酒も入っているのだから、仮に起きてしまったとしてもいくらでも誤魔化しようはある…――

    (…………)

     どくり、どくり、と心臓が騒ぐ。
     こんなのは卑怯だ。まだ何も伝えていないのに、胸の奥で灯り続けるたった二文字の言葉を伝える勇気もないくせに、そんな汚い真似をする気か? 今だって、十分すぎるほどにたくさんのものを貰っているのに?
     そう理性は訴えるけれど、欲望もまた絶え間なく訴え続ける。
     どうせきっと叶わない想いなんだ。だったら、まだ一番近くに在れるうちに、ほんの少しぐらいは。友情とはまた違ったものを、ほんのちょっと貰うぐらいいいじゃないか。一瞬だけでも、報われたいと願うぐらいは許されるだろう?
     一分か、二分か。逡巡なんてその程度で、やる夫の体は欲望に任せるように動いていた。そろりそろりと体を起こして、やらない夫の顔のすぐそばに両手をつく。

    (……ええい、男は度胸だお! ごめんお、やらない夫!)

     内心で叫んで、その勢いに任せて、しかし眠り人を起こしてしまわないように静かにゆっくりと、その頬に唇を寄せ、軽く触れた。

    「…ッ!」

     すぐにばっと顔を離して、息を飲んだ。ばくばくと煩い鼓動を刻む胸を押さえながら、彼の様子をじっと見つめる。
     やらない夫の寝息に揺らぎはなく、目もしっかりと閉じられたまま。……よかった、起きなかった。
     はぁー、と一度大きく息を吐き出すと同時に、全身からどっと力が抜けていく。その脱力感に任せて、目覚めたときと同じように彼の隣に寝転んだ。
     先程自分の唇が触れた彼の頬に、自然と目が行ってしまう。どうしようもなく後ろめたくて仕方ないけれど、どうにかなってしまいそうなほどに幸せだとも思う。
     自分のことを、親友として大切にしてくれている彼を思えば、自分のしたことは途方もない裏切りだ。
     だけど、たとえ眠っていて意識がないときであっても、愛おしいと思う気持ちのままに彼に触れられたことを、嬉しいと思ってしまう。
     我ながら、呆れるほどに浅ましい。

    (……でも、いつかは。いつかは、起きてるやらない夫に、おんなじことできるように、なりたいお)

     そんなの、叶う可能性なんて限りなく低い、儚い夢だとわかってはいるけれど。夢を見ることぐらい、許してほしい。

    「はぁ、ほんと起きなくてよかったお…今度こそ、おやすみだお。やらない夫」

     小さく小さく呟いて、最後にもう一度、さらりと彼の頭を撫でてから目を閉じる。
     すると今度はすぐに睡魔がやってきて、するりと眠りの世界へ落ちていくことができた。
     やる夫が寝入った後、顔どころか全身を真っ赤に染め上げた親友が、隣で悶えていたことなんて、気がつきもせずに。

     ――誰にも言えない、話せるわけがない。この一夜の出来事は、絶対に誰にも。


     ――――そう、お前にも。
    青藍 Link Message Mute
    2022/10/01 20:32:23

    【ゆく妖/腐】微妙な19のお題:04【柏秋】

    秋葉原が柏崎を想ってベッドの中で悶える話。嘘は言っておりません( ^ω^)

    時間軸としては、柏崎と秋葉原がルームシェアを始めて数ヵ月ぐらい経った頃。
    私にしては珍しくほのぼの(?)です。

    表紙はこちら(illust/43464440)からお借りしました。

    ※「微妙な19のお題」様(http://www.geocities.jp/hidari_no/fr.html)に挑戦中です。
    お題なのでシリーズ扱いにしてありますが、続き物ではありません。

    #柏秋 #やらやる #ゆく妖腐向け

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