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    ジューンはご機嫌ななめ
     堅牢な要塞の壁に、静かな雨音が染み込む。ふとソロモンは顔を上げ、そろそろかと作業を中断する事にした。キリがいいところで止めないと、やめ時を見失ってしまう。布から糸を切り離し、針がどこかへ転がらないようにピンクッションへ刺した。そうしていると、もそっとベッドの方で身じろぎの音がする。
    「起こしたか?」
    「寝てへんよ」
     まるで自分の寝床のようにソロモンのベッドでくつろぐカスピエルが、腕の中のクッションを抱え直して答えた。その様子を見て、抱き枕を贈るのもいいなと考える。
    「今日もどっか行くん?」
     うん、とソロモンは頷いた。
     最近、決まった時間に出かけるのが日課となっている。出かけるけど寝てていいよと言ったら、左右色違いの目がジィッとソロモンを見て「寝てへんよ」と同じ言葉を繰り返した。しかし先ほどとは少し違う声音にギクリとする。カスピエルは億劫そうに上体を起こし「どこ?」と誰も追求しない事を口にした。確かに最初は一人で出かけるソロモンに行き先を訊ねる仲間もいたが、一人になりたい時もあるだろうと追求を重ねる者はいなかった。何かあったら呼んでくれ、と指輪を指してそれだけだ。
     そうだなぁ、やましさに言葉を濁して開けっ放しの巾着袋の中を無意味に見る。ビーズ草が入っていた、ついでに残りを確かめて口を閉じる。
    「素材なら行商人が来るやろ」
     はは、とソロモンは笑った。
     いつもほど屈託なく笑えはしなかったが、
    「……最近、金欠でさ」
    「そんでこんな雨の中ひろいに行くん?」
     そういう事にしよう、とソロモンは肯定する。これ幸いと「ああ、そうだよ」と。ふぅん、と呟いてカスピエルが不満そうに己のうねる髪をいじる。梅雨に入ってから、髪が自分の意にそわなくてご機嫌ななめだ。身なりにこだわるタイプなんだろう、整わない状態では外に出たがらない。その事にソロモンは安堵した。そうでもなければ、ならついていくと言い出すからだ。
     それはまずい、とても。
    「じゃあ行ってくるから、カスピエルは……」
     留守番を頼むと言いかけて、サァッと血の気が引いた。カスピエルが毛布からズルリと引きずり出したもの、どうしてそれがそんなところに、
    「なぁ、これはなんなん?」
    「あ、いや、それは、し……試作品」
    「ほー誰かに贈るやつなんかこれ」
     うん、うん、とソロモンは頷く。そうしながら手遅れである事を感じていた。ベッドから降りたカスピエルが一歩また一歩と距離を詰め、手に持ったバニースーツを胸に押しつけてくる。わずかのけぞるソロモンの上から天蓋が降ってくる、カスピエルの髪が囲うように覆う。
    「俺に嘘吐いたな?」
     ヒッと息を呑んだ。
     それなら着てみせろや、と着替えを要求されてあれよあれよと身ぐるみを剥がされる。脚には被膜のような網タイツ、偽のウサミミがついたカチューシャも頭にはめられ、今ではバニースーツの背中のチャックを男の手ずから上げられて項垂れている。
    「ぴったりやん」
     これでよく贈り物なんて嘘吐けたなぁ、と言われてソロモンはますます背を丸めた。そうだ、これは他の誰でもなくソロモンの衣装である。酒場の給仕の短期雇用についてきた、制服だった。
    「言わないでくれ……」
    「可愛らしいなぁって?」
     首を横に振る。ベッドの上、男の膝に座らされてソロモンは情けなく震えている。みんなにいわないで……みなまで言わせず、カスピエルはソロモンの腰をさっきまで抱えていたクッションのように抱え込んで「ええよ」と答えた。
    「約束したる、俺はこのこと誰にも言わへん」
    「……ありがとう」
     ほっとして体の震えが止まった。
    「でもな、もう辞めような。誰にも言わんけど、喜ばんやろ誰も。俺もな、腹が煮えるようや」
     う、とソロモンは呻く。喜んでもらいたいばかりじゃないが贈り物をするのに、それはなんて本末転倒だろう。
    「ごめんな……俺の思慮が足りないばかりに気を遣わせて」
     だからカスピエルは部屋に居たんだろう、諌めるために。そう思ってソロモンが謝罪したらばウサミミの先をつまんでミョンミョン引っぱっていたカスピエルに「は?」と返された。
    「まぁ、そういう事にしてもええけどな」
     それも忠臣ぽくてええなぁ、と言葉とは裏腹に不満そうに言われてソロモンは怪訝な顔になる。ウサミミを引っぱっていた指が太腿をツツツと滑り、くすぐったさに身じろいだ瞬間、ビッと網タイツを破られた。
    「なんで俺に嘘吐いたん?」
    「いやカスピエルにというか」
     暴挙に驚きながら、それでもそう答えればまた言葉の途中でビッと破られる。誰であろうと、ソロモンは本当の事を言えなかっただろう。カスピエルにだけ特別に嘘を吐いたわけじゃない。それはカスピエルも分かっていたのだろう、
    「たまたま俺だっただけ」
     その言葉にソロモンは頷けなかった。ひどくつまらなさそうな声だったからだ。ビッ、ビッ、と破かれるたびに生地の伸縮性からバツッと広がる破れ目。たびたび何がしたいのかよく分からないんだけど、これはまだおとなしい方だなとソロモンは思う。憎らしいなぁ、と微かに苛立ちを匂わせてカスピエルが呟いた。
    「カスピ、え、わ!」
     ベッドが軋む、ソロモンを抱えたままカスピエルが寝っ転がったからだ。次には毛布に襲われて視界を奪われる。その中でソロモンはカスピエルと向かい合おうと体を反転させた。そうして頭につけていたカチューシャがどこかへいったが、探すのは後でいい。なんなら網タイツと一緒に作り直したっていいんだ。
    「置いてかんといて」
    「約束はできない」
     度重なる留守番が自尊心を傷つけたのか、だとしてもソロモンはカスピエルばかり贔屓する事はできないのだ。必要ならちゃんと呼ぶよ、と額を合わせた先に言えばカスピエルが顔を歪めて笑った。途方に暮れてしまう、
    「俺はどうしたらいい?」
    「俺にも分からん」
    「晴れたら一緒に素材集めに行こうか」
     頭からかぶった毛布の中で、ソロモンは頷いたカスピエルのもつれる髪をその後頭部へ流す。黒く尖った爪で傷つけないように、慎重に。手のひらにあたる頰がゆるむ感触がした。そうしながら考える、辞めるにしても制服を店に返さなければいけないなぁと。もちろん破かれた網タイツも、一式揃えて。素材集めに金策、そればかりじゃない、やる事がたくさんだ。力を貸してくれる彼らに何ができるだろう、
     でも今は。カスピエルの腕が物寂しさを埋めるようにソロモンを抱き寄せる、そこらへんに転がっているクッションを見つけて抜け出す事もできるだろうにされるがまま目を閉じた。少し休憩しよう、二人を包む毛布が雨音を遠くしりぞける。
     
    どっかのあいだ Link Message Mute
    2018/07/12 4:17:37

    ジューンはご機嫌ななめ

    #カスソロ

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