【雪の話】
雪の白さに恋をした。――そんな気分だった。
ひらり、はらりと降る雪の中を、独り、歩く。
冬ともなれば吐く息も白く、人より鋭敏な獣耳の先端が凍える空気に震えて。
さくり、さく、と。雪を踏む不規則的な音の連続に聞き飽きた頃。
ふと立ち止まって空を見上げれば、空から零れ落ちる白雪が頬に冷たさを届けた。
陽の光を浴びてきらきらと輝くそれは、てのひらで受け止めてみれば透明な水へと変わる。
(当たり前ね。……雪とは、そういうものだから)
それなのに、微かに浮かんだ感傷は、雪の先に誰かの姿を重ねたからか。
深く息を吐き出しながら歩き出せば、再び鳴り始めるのは一人分の足音だった。
――たとえば、あの時。
思い浮かんだ例え話は、何回も繰り返しては振り払った、いつかの記憶。
マフラーの端を持ち上げるようにして唇を覆ったのは、音にし損ねた名前を隠すために。
気紛れに振り返れば、点々と連なるのは、一人分の足跡。
雪があるからこそ姿を現した軌跡は、晴れの日も雨の日も、自分の後ろにあるはずのもの。
いつもは見えないだけで。確かに一歩一歩、この世界に“私”を残しているというのなら。
「いつか、また。あなたに会うこともあるのでしょう」
呟いた言葉は、願いか、祈りか、……自分への慰めなのか。
自分でもよくわからないまま前へ向き直り、また一つ、足跡を残した。
【雪の行き道】
降り積もる雪のように。また少し、時を重ねていくように。
白雪に足跡を残すよう、日々を歩き生くことができるなら。
(……忘れることもないのでしょう。この温かな思い出と、永久に)