俺たちの戦いはこれからだ!* CAUTION
* 全ルート(特にGルート)のネタバレがある。
* 捏造・妄想設定も多量に含まれている。
* 一人称や口調などは非公式日本語パッチをベースに書かれている。
おねがい ヒーロー!
水分を含んだ塵がバレエシューズの中に入り込んで地味に鬱陶しい。
普通の靴と違って爪先が非常に固く歩き辛いそれは、しかし『人間』にとってはこの時点で最強の武器であり。このステージをクリアするまではシューズを脱ぐという選択肢は残念ながら無かった。
通路の所々にある塵の塊を無造作に蹴り上げて決意の光に触れた『人間』の視界に真っ赤な文字が浮かび上がる。
* あと2。
その内容に『人間』が周囲を見渡せば、そこには岩陰から覗いてくる魔物たちの姿。
無表情に固定されている筈の口角が吊り上がるような昂揚感。
残り二匹、みーっけ。
幼い声音で呟いて『人間』は地面を蹴り上げ魔物たちに襲い掛かった。
魔法の弾幕による抵抗は軽やかに舞うように避け、チュチュの裾をひらりと靡かせながらも未発達な細い足に殺意を込めて蹴れば魔物たちは悲鳴を上げながらあっけなく灰燼に帰した。
塵の山を一瞥しただけでくるりと背を向けて。小さな手を再度決意の光にかざせば今度は「決意。」の文字だけが脳内に浮かぶ。
よし、と呟くとその場に座り込んでバレエシューズを脱ぎ、シューズや足に付着した塵を服の袖やチュチュの裾で拭っていった。
この後ボス戦が控えているのだ。不安要素は僅かなものでも排しておきたい。
トン、と硬い爪先を地面にあてて『人間』はアイテムを確認する。
武器、バレエシューズ。よーし。
防具、古いチュチュ。よーし。
回復アイテム、雪だるまのかけらにシナモンバニー、痛んだキッシュも回収した。あとついでに海茶も購入した。よーし。
指さし確認を終えて『人間』は無表情のまま、しかし声を楽しそうに弾ませた。
「さあーてと。バレエシューズの慣らしは終えたしGネキを殺す準備もバッチリ! 今周回もじゃんじゃん張り切ってまいりましょー!」
Waterfallに川のせせらぎと『人間』の笑い声だけが響き渡る。
逃げ遅れた魔物の住民たちは塵と化しエコーフラワーは不自然なまでに静まり返っている。
塵を舞わせながらくるくる踊る『人間』を、フードを目深に被った魔物は遠くから無言で監視していた。
青いパーカーのポケットに仕舞われた赤いスカーフがきつく握り締められる。
LOVEはまだ足りていない。
──────────
「なんだ、願いの間にいるのかお前。そこでは毎日星に願い事をする者がいる……」
願いの間。
本物の星を見ることの叶わない地下世界の住民たちが星々の代わりに輝く石へと願いを託す場所。
そんな場所から電話を掛けてきた通話相手に向けて、女騎士は強い決意を込めて高らかに宣言する。
「彼らを失望させやしない、あたしは皆の夢を叶えるんだ!」
「俺様に足が八本あったらホットパンツを四枚履けるのになあ」
「あたしは皆の夢をほとんど叶えるんだ!!」
真隣で朗らかに願い事を話すスケルトンの言葉を受けて、女騎士は即座に強い決意を込めて高らかに宣言を訂正する。
人型スケルトンがクモ脚もしくはタコ足になる惨劇は回避された。
くふ、ふ、と受話口から漏れ聞こえるくぐもった声。
好んで電話を掛けてくる癖して殆ど喋らない通話相手が発した珍しい笑い声に、女騎士はやや憮然としつつもほぼ一方的な会話を続けた。
「それで? そんな場所にまた戻っているという事は、お前にも何か願いがあるのか?」
「……──、っ」
笑い声がぴたりと止む。はくり、と何かを言い澱む気配。
──電話相手は何を言おうとしているのか?
──どんな願い事を望んでいるのか?
女騎士は電話相手が言葉を紡ぐのを待とうとしたが即座に思い直す。彼女の気性的に待つというのは合わないし、そもそも、だ。
電話相手は女騎士がソウルを奪うべき『人間』だが、それ以前に『大親友』なのだ。
「それなら皆の夢の一つとして加えといてやるよ、ガキんちょ」
どんな願い事かも聞かぬまま、さも当然のように女騎士から告げられた言葉。受話口から息をのむ気配が伝わる。
無理もない。ほんの数刻前までは他ならぬ彼女に命を狙われていたのだから。女騎士はその行為自体を後悔していない。
だが『大親友』の願いを叶えてやりたいと思うのだって紛うことなき本心だ。
今度こそ女騎士は電話相手の返事を待った。
一秒待ち。
五秒待ち。
十秒待って。
短気な女騎士が待つにしては充分過ぎるほどの時間が経過して、次第に苛立ちを募らせながらも耳に神経を集中させて。
それに対しての電話相手の返答は。
────プツッ。
「…………は??」
無言のまま通話を切る、だった。
受話口からは今やツー、ツー、という無機質な音が聞こえるのみだ。
「…………………………………………は??」
「どうしたんだUNDYNE、そんなに強く電話を握りしめては壊れるぞ! ははあ、さては腹が減ったんだな?」
「……」
「では俺様が君に教わってからもずっと磨いてきた料理の腕前を披露しようではないか!」
「………………」
「俺様の作ったパスタはあの人間にも好評で」
「今あたしの前であのクソガキの話題を出すんじゃない!!」
「ニェエエエエエッ!?」
突如スノーレスリングという名の理不尽な八つ当たりがスケルトンの魔物に襲い掛かり、彼ご自慢の赤いスカーフが真っ白な雪の上にひらりと舞い落ちた。
──────────
Waterfallに川のせせらぎの音だけが響き渡る。
残っていた住民は塵と化し、希望を一身に託された女騎士もつい先程『人間』に殺された。きっと今頃は研究所に向かっているのだろう。
ケチャップ塗れの痛んだキッシュをかじりながら、フードを目深に被った魔物はぼんやりと天井に輝く星擬きを見上げていた。
「ああ、すっかり静かになっちまった」
『ああ、すっかり静かになっちまった』
ぽつりと魔物が呟けば、寄りかかっていたエコーフラワーが真似して同じ言葉を繰り返す。
魔物は嘆息して残ったキッシュをぽいと口内に放り込み、ケチャップボトルを取り出しジュース感覚で飲んで。
残った包み紙と空のボトルは、少し悩んだもののその場に捨てた。どうせ誰も戻ってこないし、どうせこの時間軸も破棄されるのだから。
気怠げに立ち上がった魔物は無言でエコーフラワーを探し始めた。
正確には『だれかの言葉を受けたエコーフラワー』を。
願いの間はかつて地下世界の殆どの魔物たちが一度は足を運ぶ場所でもあった。
産まれてから地上を見る事の無いまま死んで塵になる魔物は珍しくない。地上を見た事があるという者は、うんと長生きな魔物か、偶に地上から落ちてくる人間くらいで。
本物の星を知らぬ魔物たちは願いの間に自然と集い、ああ、これが星というものかと星擬きの石を見上げて感動し、見知らぬ地上へと思いを馳せた。
そしてここに来た魔物たちは星擬きの美しさに神秘を感じて自然と願い事を口にするのだ。
ただ生憎と、今この場に居る魔物は星擬きに願いを託したことなどない。
彼にとっては輝くだけの石ころよりも弟のほうがよっぽど本物の星に見えていたので。
けれど弟もあの『人間』に殺された。
『……、…か…』
「っ、…………」
エコーフラワーの声が聞こえる。
魔物は言葉を発しそうになったがすぐに口を塞ぎ、エコーフラワーの言葉を上書きせぬように注意しながらぺたりぺたりと歩み寄る。
このエコーフラワーはどんな言葉を秘めているのか。誰の言葉だろうか。知り合いの、もしかしたら、弟の。
慎重に近寄ってツンと触れればエコーフラワーは録音した言葉を繰り返し始めた。
『──どうか』
『どうか、お願いです。いつか』
『いつか叶いますように』
『全部の会話を回収したいな』
『今回は誰を殺せば良いんだっけか』
『あの質問は無視したらどんな反応が返ってくるんだろう』『どうか願いが叶いますように』『未入手のアイテムはないかなフラグ管理がまだ甘かったかしくじっちゃったこの周回こそノーコンティニューでいきたいねああ次のリセットでもまた皆を殺そうかタイムアタックでもしようかな』
なんという事だろう。この言葉の主は。
「……ークソッタレ」
『クソッタ』
魔物の吐き捨てるような言葉を復唱しようとしてエコーフラワーは青白い魔法のブラスターに飲み込まれた。
しかし攻撃が止むとエコーフラワーは傷一つすらついておらず、クソッタレ、クソッタレと身を震わせながら同じ言葉を延々と繰り返していて。
それを見た魔物は──Sansは盛大に舌打ちをしてエコーフラワーを睨み付けた。
SansはHP・ATK・DEF全てのステータスがたった1しかないという正真正銘最弱の魔物である。
彼の攻撃は蛙よりも貧弱で、彼の身体は玩具のナイフによる一撃ですらも耐えられない。このステータスでは花一本千切る事すら容易に出来ないのだ。
まあ、尤も。仮にEXPを大量に稼ぎLOVEに充ちた花であれば、Sansは最悪の時間を運ぶ断罪者と成るのだが。
馬鹿の一つ覚えの様にSansの言葉を繰り返すエコーフラワーに苛立ちつつ、再度別の言葉を上書きしてやろうと口を開きかけ。
『……、──……』
「………………」
遠くから微かな、今にも掻き消えそうな声が聞こえた。
Sansは再度口を閉ざす。
今度もまた『人間』の残した言葉だろうかと警戒しながらも声を出さぬまま慎重に、言葉を発するエコーフラワーを探す。
よくよく目を凝らしてみればぽつんと置かれた望遠鏡の影に、ひっそりと佇むエコーフラワーが一輪あった。あんな所に生えていただろうか。
最近咲いたものであるならばSansの探す言葉はきっと秘める機会は無かっただろう。
だが駄目で元々だと内心で呟き、またぺたりぺたりと歩み寄った。
生育状態が良くないのか俯きがちなその花をツンとつつけば、エコーフラワーは秘めた言葉を吐き始める。
『──* Please、』
「……、……」
この声は『人間』のものだと声で分かってしまった。
思わず悪態を吐きそうになるのを何とか堪える。あいつはこの花にどんな言葉を吹き込んだのか。
どうせまた碌なものではないのだろうが、そう思いつつも無言で耳を傾ける。
エコーフラワーから発せられる声はとても小さくか細かった。
『* Please、Undyne……』
『* Please、HERO……』
『* Please stop me、』
『* Please、please、please……Please kill me、』
『* Please』『* Please』
『* Please……』
Sansは無言のまま自室へと『近道』をした。
くしゃくしゃに丸められたシーツを押しのけてベッドに腰掛けて、暗い眼窩に何も映さぬまま自らの口元を覆った。
スケルトンである彼にとって本来必要のない呼吸が荒くなっている。どくりどくりと、ソウルが煩いまでに脈打つのを感じる。
しかし呼吸音やソウルの鼓動音に掻き消されることなくSansの脳裏を先程の言葉がエコーされていく。
「、つまらないジョークだ」
自らに言い聞かせるように呟く。けれどその言葉は彼自身のソウルにちっとも響かない。
「ああ、そうさ。あの『人間』はどうしようもないクズだ。片っ端から魔物を、papyrusだって殺した。薄汚い兄弟殺しだ」
頬骨にかかる指先に力がこもる。ガリ、と表面のカルシウムがほんの少し削れたが気にする余裕も無い。
あの『人間』の声だった。
けれどあれは今まで聴いてきた『人間』の言葉とは全く異なる印象の、見た目通りの子どものような、泣きそうな声音だった。
いいや。違う。Sansの知っている子どもというモノは、あんなにも全てを諦めようとして諦めきれないような、あんな悲痛な声音をしない。
あれは、あれは。
……あれは?
「なんだ、アレは」
全てに絶望したはずのSansですら、耳にしただけで泣き喚きたくなる様な衝動にソウルを侵された。
あんなものを抱え込んでいるモノがただの子どもであるはずがない。
在っていいはずが無い。
聴いただけで他者のソウルにここまで動揺を与えるような、「自分を殺して」などとヒーローに心の底から願う子どもがいるだなんて、在っていいはずが無いのだ。
ましてやあの『人間』の内面にあんなものがあるなんて。
「……いや、違う。違う……あの声は、だが、もしかしたら…………まさか」
覆った手の下でSansは同僚のようにブツブツと言葉を紡ぎ思考をまとめていく。
あのエコーフラワーに秘められていた声はあまりにも『人間』と違っていた。
ある仮定がSansの中で生まれ、いいやまさかと否定しようとし、だが今の彼はそれを否定しきれない。
「……あの『人間』の中に別の人格がある。もしくは、あの体の本来の持ち主が『人間』に操られている。『人間』がたくさんの時間軸を生み出し、別人格もその全ての記憶を持っている。もし、そう、もしもだ。別人格があんなクズじゃあないまともな性格で、勝手に体を操られ、時間軸の移動につきあわされている、ただの子どもだとしたら」
くらりと視界が歪むような錯覚。
Sansは情報として他の時間軸の存在を知っているし、どんなに幸福になろうがリセットされるという事だって知っている。だがそれらはあくまで情報であって体験ではない。
あの『人間』が創り出すハッピーエンドもバッドエンドも全てひっくるめて体験させられている、そんな子どもが在るならばそれは。
きっとそれは、地獄という言葉すら生温い。
「…………残念だったな。この時間軸にもうヒーローはいない、お前さんの願いは叶わない。……あー、だが、そうだなあ……」
この場にいない誰かに向けてSansはぽつりと語り掛ける。
ポケットを漁り、多少皺の寄った、だが出来るだけ丁寧に折り畳まれた赤いスカーフをそっと取り出して。手の中のそれをじっと見つめて。
肺もないのに深々と嘆息したSansはゆっくり立ち上がり、そのまま『近道』で部屋を去った。
彼なりの決意を胸に抱いて。
シンデレラという題名の童話が地上にある。
いくつかバリエーションがあるらしいがSansが最初に読んだものはいささか残酷な内容であったので「あ、あなたもシンデレラを読んだの? あのお話素敵よね、主人公に憧れちゃうわ!」などと同僚が興奮して同意を求めてきた時など正気を疑ったものだ。
勿論今では同僚の語っていたような平和的なパターンも知っている。
けれど。
ステンドグラス越しの光に照らされながら歩いてくる灰かぶりは平和的なお嬢さんと程遠く、少なくともSansにとっては反吐が出るような存在としか思えなかった。
真っ白の塵にまみれた手が持っているナイフはまるで新品のようだった。きっとあの武器はこの時間軸でまだ一度も使われていないのだろう。これから、使われるのだろう。
LOVEは既に充ちていた。
「よう」
普段通りの飄々とした態度を心掛けて声を掛ければ『人間』は歩みを止めた。
恐らくこの周回では、この廊下で会うのは初めてなのだろうと無表情ながらも雰囲気で察せられる。
ならば聞かねばなるまい。
「なあ、一つだけ質問させてくれ」
無表情のまま『人間』はナイフを握り直す。
「どうしようもないクズでも変われると思うか……? 誰でもその気にさえなれば良い奴になれると思うか?」
無表情のまま『人間』は一歩距離を詰める。
あまりにも予想通りの反応に思わず笑ってしまう。
「ああ、それならもっといい質問をしてやろう。
──大人は子どもの願いを手助けしてやるべきだとは思わないか?」
バッと顔を上げてSansを凝視する『人間』。
それは初めての反応だった、互いにとって。
Sansはheh、と小さく笑いながらもポケットに仕舞われたままの赤いスカーフに触れた。
「だが残念なことに俺はヒーローじゃないからな。完全に叶えてやることは出来やしないのさ」
Sansは肩を竦めるとそのまま腕を振り翳して『人間』のソウルを壁に叩きつけた。
直前で『人間』は慌てながらもくるりと体制を整えるが構わず骨の波状攻撃とブラスターを次々と繰り出し、だがこの攻撃は『人間』の知っているパターンだったらしく慣れた様子で軽やかに躱される。
振りぬかれたナイフを避ければ『人間』は無表情のままSansを見た。どうやら突然の攻撃をやり過ごせたことに安堵しているようだが。
「おいおい、安心するには早すぎるんじゃないか? まあもう遅いがな」
「……? え、」
ぐちゃり、といともあっけなく『人間』は死んだ。
20m近い重量物に潰されて。
「……、……ま、さか、こんな間抜けな手に引っ掛かるとはなあ!!」
きっとあまりにも間抜けすぎて今までの周回の自分はこんな手段を使わなかったのだろう。Sansは久々に腹を抱えてゲラゲラと笑った。
なにしろ今回彼が用いた手段は至って単純。
会話や攻撃で相手の気を逸らしつつ特定の位置まで誘導するという、たったそれだけのことだったのだから。
Sansがポケットから赤いスカーフを取り出し丁寧な手つきで広げれば小さな機械が姿を現した。
天井に設置されていた重量物の固定具を外すだけのスイッチしかついていない、非常にシンプルな代物。
彼単独であればこのようなトラップを設置するのは骨が折れただろうが。同僚に作戦内容を話して協力を要請すれば快諾され、合鍵も貸してくれたのは幸いだった。
ぺたりぺたりと足音を響かせて『人間』の死体に近寄り重量物の持ち手を握ってみたものの、Sansの貧弱なステータスでは数ミリすら持ち上がることは無かった。
……いや、Sansが貧弱なだけではない。こんな非常識な重量物を振り回せた持ち主の方こそが異常であって。
「俺はヒーローじゃないけどな。まあ、ヒーローの武器をわざわざ借りてきたんだ。これで我慢してくれよ」
女騎士の身長の10倍はあろうかという巨大な大剣は現在死体ごと床にめり込んでいる。
よくもまあ女騎士はこんなデカブツを振り回せたものだと感心しながらもSansは名前も知らない誰かに語り掛けた。
「……っと。あー……この時間軸も時間切れか」
ふとステンドグラスを照らしていた光が消える。
いや、ステンドグラスだけでなく長い廊下の床も柱も天井も、女騎士の大剣も闇に飲まれていく。
この『人間』はすぐさま別の時間軸でSansに戦いを挑むのだろう。攻撃パターンを覚えられているらしいSansでは何度もコンティニューしてくる相手に勝てる筈も無く、きっと為す術もなく塵と化すのだ。
だがそれでも。この時間軸で『人間』にこの方法で勝てたという事実は、きっとアイツ達の記憶に残る。
とうとう闇はSansの足元まで侵食し、スリッパを、靴下を、脚の骨を飲み込んでいくが、それも構わずSansは実に清々しい気分でいた。
ほんの僅かでも『子ども』の願い通りに出来た事を喜んで。
ああ、それと。
「お前さんの願いは確か『この周回こそノーコンティニュー』だったか? 叶わなくて残念だったなゲス野郎」
大剣に潰された死体を一瞥し、嘲笑したままSansは闇へと飲まれ消えていった。
飽き性の子どもと諦めの悪い子ども
その子どもは……便宜上、Charaと仮称しよう。Charaは非常に暇を持て余していた。
黒一色と化した世界を見渡してああまたかと呆れたように嘆息する。
何しろ世界がこうやって破壊しつくされた回数は両手両足指でも数えきれない。相棒と違ってCharaは、世界を何度も破壊し再生し直しては破壊するという行為を全くもって理解出来ないので、いい加減に飽きも来る。
──ごきげんよう。
顔に張り付いたままの笑顔を相棒へと向けて話しかける。相棒は無表情のままでいたが不機嫌であるという事は容易に察せられた。
そしてその理由も、永らくの間相棒として接したCharaには手に取るようにわかっていた。
──いや、すまない。ごきげん良い訳もなかったか。
──ノーコンティニューに失敗したのだったね。お疲れ様。
そう御座なりに慰めてやれば「今度こそはノーコンティニューで、いずれノーセーブノー回復アイテムでクリアしてやる」と強い決意を抱く相棒。
という事は、まだまだこっち側に進むつもりという訳だ。
退屈な時間が増える未来が確定したのだと知ったとCharaはこっそりと息を吐いた。
CharaはGOLDやEXP、LVなどを上げていく行為自体は嫌いでも何でもない。なにしろ『数字が増えた時の、あの気持ち』そのものが現在のCharaを構成しているのだから。
けれどもCharaは相棒と違って歪んだ感傷を持ち合わせていないので、相棒から興奮気味に「やっぱりGルートはキャラクター達の、かなしくも魅力的な死際がたくさん見れるところも良い」などと同意を求められてもちっとも理解出来やしない。
「おねがい、ぼくを殺さないで…!」
そう懇願する花にナイフを突き立てたのは今回で何十回目だっただろうか。
相棒の言葉を脳内で反芻しつつ滅多刺しにした周回もあったけれども楽しいという感情を己の中に見出せず、寧ろ周回を重ねる度に不快感を増してゆくばかり。
やはりこの点においてはどうしても相棒と共感出来そうになかった。
ああ、でも。死際といえば。
今周回で相棒が単純なトラップに潰され死んだ時は思わず変な声が漏れたものだ。いやはや、あれは傑作だった。
すぐさまロードし直してSansの元へと駆け寄った時に天井を見上げれば、これでもかというほど巨大な大剣が天井にかろうじて固定されていたのだから。初戦で気付かなかったのが不思議なくらいだ。
あのインパクトのある大剣は忘れようもない。Undyneの家にあったものだ。
一体なぜ今周回では、わざわざあのような代物を持ち出したのやら。
まあ予想はつく。あの子が原因だ。
Sansはきっと望遠鏡の傍にあったエコーフラワーの声を聴いたに違いない。
相棒は、外の世界から干渉してくる『Player』は強い決意によってこの肉体を好きなように動かしている。けれどもその支配は完璧ではないのだろう。
気紛れで願いの間にある望遠鏡を覗き込んだあの時、Playerの意識は望遠鏡から覗く景色へと切り替えられていて肉体そのものへの支配は緩んでいた。
たった数秒間。僅かな隙にあの子は心からの願いを口にした。
あの間抜けな死に様は、あの子の絶望しながらも諦めきれない強い決意こそが招いた喜劇であった。
エコーフラワーが願い事を秘めた事実をPlayerは気付かなかったが、Charaは知覚していた。
けれど知っていて尚教えなかったしこれからも教えるつもりはない。
だってCharaはこの現状に飽いたのだから。
初めてLVが上がっていった時の昂揚感。強敵と戦って勝利を掴んだ時の達成感。先の展開に対する期待感。どれもこれもこのままではもう望めないものだとわかりきっている。
そんなつまらない現状で燻るよりも、足掻き続けるあの子の行く末を見ているほうがよっぽど楽しめるというものだろう。
──さぁ、相棒。
──とりあえずこの世界を無に還そうじゃないか。
次こそはと意気込むPlayerに呆れ果てながらもそう口にして、Charaは次の周回へと促した。
無意味な世界、無意味な行動からさっさと離れるその為に。
諦めない病は伝染し合う
Friskは非常に負けず嫌いな子どもだ。
何度魔物たちに殺されようとも話を拒絶されようとも決して己の意志を曲げない強さを持っている。
どんな時でも諦めずに決意を抱き続けるその在り方はいつしか全ての魔物を惹きつけて。
地下住民を救済するために人間のソウルを狙った女騎士も、地上に憧れを抱き人間を虐殺するために作られたロボットも、全ての魔物を統べる優しき王も、ソウルを失くして慈しみの心を失くした筈だった魔物ですらも。
皆Friskの決意の前に賛同していき、しまいには全ての魔物の心が、決意が一つとなって地下世界は解放されたのだ。
Friskは非常に優しい性根の子どもである。
地獄の業火の様に燃え盛る建物の中で女騎士に「全力でかかってこい」と強要された時も、傷一つつけることなく彼女と和解した。
ソウルを持たぬ魔物に止めを刺せと言われた時も、戦いではなく慈悲の道を選んだ。
どんな時でも諦めない。それがFriskという人物である。
例え、全てを諦めて狂えば楽になれる程の絶望に浸かりきっていようとも。
Friskの答えはいつだって決まっていたのだ。
「なあ、お前さん」
Friskはその声に自分が呼ばれたのだろうか、と振り返る。目の前には屋台のカウンターに上半身を凭れさせるスケルトンの姿。
ちょいちょいと傍に寄るよう促され、素直に近寄ったFriskの頭頂部にかかる仄かな温かさと重み。パンの香ばしさとケチャンプの酸味が嗅覚を擽った。
「あー、その、なんだ。ほんの素朴な疑問なんだがな」
寝そべりながらもスケルトンはトングを使って器用にひょいひょいとホットドッグを積み重ねていく。首が動かせないので正確な個数は把握できないが、感覚的に多分これで八個目だ。
何となく倒したら負けな気がしてFriskはホットドッグタワーを崩さぬようにじっと無言で立っていた。
あ、ホットキャットだ。
「お前さん、今何周目だ?」
Friskは積み上げられたばかりのホットキャットを危うく落としかけた。
慌ててバランスを取って。多少重心は歪んだものの、努力の甲斐あってホットキャットは見事てっぺんに鎮座している。
前触れの無かった爆弾発言にFriskがスケルトンを凝視すれば、heh、と動揺を揶揄う様な笑みを返されて。
カチン、と。Friskの負けず嫌い精神に火が付いた。
無表情のままFriskは拳を握りしめて一歩距離を詰めた。いつでもかかってこいと言わんばかりに。
その姿は宛らラスボスに挑む挑戦者が如く。
あまりにも予想通りの反応にスケルトンは思わず笑ってしまった。そしてトングをかちりと鳴らし、ホットドッグ(キャット)タワーにさらに一つ積み重ねる。
重心のずれたそれは少しぐらついたが、Friskは器用に体制を整えた。
そうしてタワーに少しの振動も与えぬよう細心の注意を払いながらも、彼の質問に答える。
* あなたはSansに数えきれないほど繰り返したことがあると伝えた。
「へえ……。そりゃあまた難儀なこった」
彼は痛々しい様子どころか飄々とした調子で頷いた。その軽い返答に肩透かしを食らったが、こんな場面で「数えきれないほどあなたに殺されました」と言われた時の王様みたいな沈鬱な対応をされても困りものか。
Sansはまたトングをかちりと鳴らしてホットドッグを器用に積み重ねる。
Friskは負けじとバランスを取る。
積み重ねられなくなるのが先か、バランスを崩しタワーを崩壊させるのが先か。
負けられない戦いが、ここにあった。
「…………つくづく負けず嫌いだよな、お前さんは」
* あなたはSansには言われたくないと答えた。
互いに神経を磨り減らす戦いもいよいよ終盤。すでにFriskの頭上には29個のホットドッグ(キャット)が乗せられている。
これまでの周回ならばSansは「俺の腕がそこまで届くだろうかね」と言って乗せてくることは無かったのだが、今回はどういう行動を取ることやら。
Friskは口内に溜まった唾液を慎重に飲み込む。たったそれだけの動作すら崩落の要因となりえるので気は抜けない。
「……、……っ本当に、諦めちまえばいいのに、よ、ッ」
既にSansは屋台の屋根に上り、手持ちの中で一番長いトングを使っている。
Snowdinの雪が大量に積もった屋根はきっと滑りやすいから、これ以上何かを足場として重ねることは不可能だ。
このままいけば勝利は確実だろうとFriskは確信した。
だが。
「……勝った気になるには少しばかり、早すぎるんじゃないか?」
雪のように冷たいひやりとした声音。
そして、ぽすりと。ホットドッグ一個分の重量が首にかかった。動揺のあまりFriskは息をのむ。
そんな、まさか、あれ以上の高さを積み上げられただなんて。一体このスケルトンはどんな手段を用いたというのか。
ぐらりとバランスの限界にとうとうタワーがたわむのがFriskには知覚できたが負けてたまるかと必死に足掻く。
──駄目だ、いやだ、誰が諦めてやるものか!
「って、お、うわっ……!?」
「ッ!?」
ふとFriskの頭上でSansの焦る声。
次の瞬間には大量の雪と共にSansが滑り落ちてきた。一瞬時が止まったかのような錯覚。だがFriskの行動は早かった。
Friskが咄嗟にSansの体を受け止め己の体をクッション代わりにすれば勢いのまま硬い地面が背中を打ち付け、強い衝撃に襲われた。痛みよりもショックが強く一瞬呼吸を忘れ、かひゅ、と変な息が洩れてしまう。
具体的に言えばFriskのHPが2ポイント減った。Sansならば2回は即死していた。
「……っ、……ーー、」
「……悪い……助かった。大丈夫か?」
不幸中の幸いと言うべきか、Sansはダメージを負わなかったらしい。
大量の雪とホットドッグを退けながらの問い掛けにFriskはなんとか頷き、一体何が起こったのかと問い掛ける。
途端にSansは明らかに目を逸らした。気まずそうに頬を掻き視線を泳がせている。
Friskが横たわったまま再度問い掛けを繰り返すと、やがてSansは観念したように深く息を吐いて俯いた。
「その、だな。屋根の上で背伸びしたら足を滑らせた」
「………………」
「悪かった。本当に悪かった。だからその目は止めてくれさすがに凹む」
Sansが居心地悪そうに身動ぎするがFriskは普段通りの無表情である。至って通常だというのに心外だ。
ほんの少し、そうちょっとばかり「ぼくはおばかなうんちおケツだ」などというサイコーに幼稚なワードをPapyrusの前で言わせてやろうかと思い悩んだ程度だというのに。
え?
そんな事思ってないって?
Friskはノイズを払うかのように緩く首を振るとゆっくり身を起こす。
勝負は結局あやふやに終わってしまったが、こういう結末も偶には良いんじゃないだろうか。
そうSansに手を差し伸べれば、Sansはほんの数瞬だけ逡巡したもののFriskの手を取り立ち上がった。
そして呆れたようにFriskを見て、背中に付いていた土を軽くぽんぽんと叩き落とす。
Friskは、何故Sansがこのような無茶を仕出かしたのかと問い掛けた。
これまで数えきれないほど周回を繰り返してきたが、Sansという男はこんなくだらない事でこんな無茶なことを仕出かすような性格ではないと知っていたから。
くだらないと思えるような、相手を脱力させ隙を産ませるようなことは多々あれど。つまらない無茶をする男ではなかったはずだ。
SansはFriskの当然の問い掛けに頬骨を軽く指先で掻きながらも嘆息した。
「一度くらいは負けさせてやりたかったのさ。お前さん、この時間軸で一度も負けた事ないだろう」
少なくとも俺が知ってる限りではそうだ。
その言葉にFriskは硬直した。
SansはFriskの変化を一つも見逃すまいと言わんばかりに見つめながら言葉を続ける。
「……会った時から薄々感じてはいたんだが、ノーヒントで鍵盤のパズルを一発で解いたのはやりすぎだ。既に答えを知っていると喧伝したようなもんだ」
そういえば今周回では鍵盤のパズルを解いた後、石像に傘を差させていたのだったか。
Sansの姿はあの時見かけなかったが。そういえばすぐ隣の部屋でShyrenとコンサートを開いた時にはちゃっかりトイレットペーパーで作ったチケットを捌いていた。
常にFriskを監視していたようだから鍵盤のパズルを解く時も隠れて見ていたのだろう。
「ただUndyneと対峙した時だけはお前さんでも負けると思ったがな。極端に動きが悪くなっていただろ? 流石に何が原因だったのかまでは知らないが……」
* あなたは無言のままでSansの話を聞いている。
「それでもお前さんは諦めなかった。どんな時だって諦めず、皆と仲良くなろうといつだって努力していた。それ自体は凄い事だ。ああ、尊敬する。ただお前さんは何といえばいいのか……
……どんなに些細な事だろうと諦めまいと躍起になってしまっている。常に意識を緊張させてしまっている、俺にはそう見えるぜ」
Sansは至極冷静に観察結果を述べていく。その言葉にFriskは動揺を隠せなくなり、ふらり、と一歩後退する。
直前の周回ではPlayerが『敢えてUndyneだけ殺す道』を進んでいた。Friskはその罪業に今も尚苦しめられているのだ。
この子どもは誰一人傷つけたくないのに。
現在の周回では、全員を救うこっち側の道に進む時だけはPlayerの意思は介在しない。
全員と友達になるのは、全員を救うのはPlayerでなく『Frisk』なのだから。
内面に切り込んでくるSansとの会話が今周回だったのは、ある意味で幸いだったといえよう。
「まあ、俺が言いたいのは、だ」
押し黙った雰囲気を変えるように、Sansは肩を竦めて明るい調子で言った。
その顔は普段通りににたにたと笑みを浮かべている。
「時には諦めることを受け入れるのもいいもんだって事さ。大事な時ならともかく、頑張る必要のないところくらいは力を抜いて楽しむ余裕を」
* そんなのお断りだ。
「………………お前さんなあ」
とことん諦める事を拒絶するFriskに心底呆れた様子のSans。
FrriskはSansの心遣い自体は有難く思っていた。
彼視点から見たFriskは、多数の時間軸に干渉する不気味な存在であるはずだ。ただFriskの皆を大切に想う精神性も見てきたからこそ、こうして心配する程度には良く思っているのだろう。
それでもFriskは諦めることを自らに許容しない。
だって、諦めてしまえば。Playerに屈してしまいそうで。二度と皆と幸せを掴めなくなりそうで。
Friskは何よりもそれだけを恐れていたのだから。
「……まあ、それがお前さんの選択だってなら俺はもう何も言わんさ。生き辛いとは思うがね」
はあ、と呆れを全く隠さずに嘆息し、Sansは地面に散らばったホットドッグを拾い始める。
それを手伝いながらも「Sansの方こそ諦め悪いやつではないか」とFriskは反論した。
Sansはにたにた顔のまま、だが「何言ってるんだお前」と言わんばかりに眼窩を歪めた。抱えたホットドッグをカウンターに乗せる。少し土がついていた。
「お前さんの目は何を見てるんだ? 『数えきれない』ほど繰り返してるならどうせ知ってるんだろう。俺がどんなにグウタラ骨で、どんなに全てを諦めきっているのか。諦め悪いっていうのは一番俺に合わない言葉だ」
むき出しの歯を見せたまま笑うSansに、だがFriskは緩く首を振った。
* Sansはいつだって歯を見せて笑い、いつだって歯を食い縛って耐えていた。
* 全てを諦めていると言うけれど。どの時間軸だってSansは最大限『奥さん』との約束を守ろうとしていたし、ギリギリまで友達だった時間軸もある筈だと信じようとしていた。
* 弟思いで優しくて努力家で、碌に知らない子どもの願い事も叶えてくれた。
* Sansの諦めの悪さはPapyrusと同じくらいだ。
* あなたはSans本人に、どれだけSansが諦め悪い性根の持ち主なのかを懇々と説明した。
「……ok、ok、分かった、もう言わなくていい。ちょいちょい気になるワードは混じってるがな」
あまりこう言われる事には慣れていないのか、Sansは何とも気まずそうに顔を逸らしてFriskの言葉を制した。
Friskはまだまだ言い足りない様子であったが大人しく口を噤む。
Sansはとても優しい魔物だとFriskは知っている。碌に知らない子どもの願いを叶えるために、居なくなってしまったヒーローの代わりに願いを叶える為だけに、動いてくれたことも知っている。
その行動がどれだけ申し訳なく、そして嬉しかったことか。
Papyrusは死ぬその直前まで、自分を殺した者でも正しい道に進められるのだと信じることを諦めなかった。
Sansは裏切られるまで、、弟含め全ての魔物を殺されても尚どこかの時間軸では友達だったこともある筈だと信じることを諦めなかった。
彼らの頑固なまでに諦めない強さが。
皆の決意が。
今はもう奪われたはずのFriskのソウルを震わせ、決意を抱かせるのだ。
必ず皆を救うのだと決意を新たに抱き直した。
すべてのホットドッグとホットキャットを回収し終えて屋台のカウンターに乗せる。
雪と土でべしょべしょになってしまったものもあったが、Sansは汚れた部分だけを雑に掃うとケチャップをたっぷりかけて食べてしまった。そうだね、食べ物は粗末にしてはいけない。
Friskは自分がバランスを崩して落としたのだから、とお金を払って食べようとしたが「じゃあお前さんはこっちを食ってくれ」と綺麗めなホットドッグとホットキャットを渡されてしまった。
いや、違う。綺麗めではなく、落ちていない綺麗なやつだ。
Friskがそれを指摘すれば、さっき落ちたのを庇ってくれた時に背中を打った詫びだと言い張って。
どれだけFriskが交渉を重ねようとSansは結局お金を受け取ることは無かった。Friskは無表情のまま納得いかなそうな雰囲気を放っていて。
やっぱりどいつもこいつも頑固者だ、そう思う。
見ていて飽きない。
何度世界を繰り返そうと、楽しそうに話す彼らを見ていて退屈したことは無かった。
「そうだな……じゃあ、俺がこの先どうなるかっていうのを一つだけ教えてくれないか? それを代金代わりにしよう」
* あなたはSansに、将来Sansは国王と泥沼の三角関係になる事だけは確実であることを伝えた。
「ちょっと待て詳しく話せ」
本当に、飽きない。
全力全開メルシーアタック
今回こそ目指せノーコンティニューだ。
Playerの強い決意に操作された肉体は、多くの魔物たちを塵へと還していく。
棒切れから玩具のナイフ、グローブ、バレエシューズへと。次々と効率良く魔物たちを殺すために武器を換えていき。
鍾乳洞にてPlayerは『ヒーロー』と対峙していた。
「そう易々と倒せるなどと思うなよ」
堂々と槍を構えて不敵に笑うヒーローの姿に目を細める。
もちろんPlayerは気を抜くつもりなどない。もう慣れているとはいえ彼女は強敵だ。油断は出来ない。
ヒーローの攻撃が激しくなる前に倒さなければ。回復にターン数を削られたくはない、極力被弾は抑えて攻撃もクリティカル中心にしていかなければ。
Playerは地面を蹴ってバレエシューズの攻撃を繰り出した。
まずは一手目。1600はダメージを与えたいところ──
『お前は負け犬の弱虫で、でっかい心を持っているのだ!』
「……は?」
ノイズのように現れた場面に攻撃をしそこねる。
Playerの動揺に構わず繰り出された攻撃に、慌てて緑の槍で弾き避けながらもPlayerはたった今起こった出来事に困惑した。
なんだ今のは。
今までのどの周回でもこんな事は起こらなかった。ランダム要素が多いゲームだからその一つだろうか、けどこんな現象は聞いたことがない。
ヒーローの様子を見るが、彼女は今までの周回と変わる事無くPlayerを鋭く見据えて槍を構えていた。
何かの見間違い、だったのだろうか。
Playerは動揺を抑えて気を取り直す。一ターンを無駄にしてしまったから次からはノーミスで行かなければ。
再度バレエシューズで攻撃を繰り出して、
『フフフ!! 怖いか!?』
『あたしたちは今から大親友となるのだ!!』
「っ、なんだこれ!?」
また現れたノイズに再度攻撃を中断させられる。
ヒーローは眉を寄せながらも隙を見逃さずに魔法の槍を大量に投げてきて、Playerは序盤だというのに動揺のあまり一撃被弾してしまった。
やばい、なんだこのバグ。
Playerの手の内側に汗が滲む。このままではノーコンティニューなど出来やしない。
もういい、ノイズなど構うものか。いっそクリティカルも狙えなくていい、ノイズに構わず攻撃してやる!!
ヒーローの攻撃の隙を突いて再度攻撃を繰り出す。これで三ターン目、もう無駄には出来ない……!!
「…………え」
「……、…………?」
次こそはと繰り出した攻撃。今度はノイズは現れなかった。
けれどもPlayerは呆然と立ち尽くし、隙だらけの姿を晒す姿に、けれどヒーローも油断なく槍を構えながら怪訝そうに眉を顰める。
なんだ、ありえない、なんだこれ。訳が分からない。
Playerの冷汗は止まらない。動揺を隠しきれずに声は震え、息が荒くなっていく。
なにかを振り払うように首を勢いよく振って、Playerは声を上げながら再度攻撃を繰り出していった。
その攻撃をヒーローは避けることもなく正面から受け止める。
「……、なん、で…………」
「………………これが……」
はくはくと、うまく言葉すら紡げずにいるPlayerに、それでもヒーローは攻撃すらせずに。
決意の光に輝いた眼を細めて眼前のPlayerを見下ろす。
塵まみれのバレエシューズ。くたびれた古いチュチュ。ぼさぼさの柔らかそうな髪に小さな子どもの体、貼り付けられた無表情。
可愛らしい人間の子どもの身体に不釣り合いな、人間ですらない化け物のような精神性。
今まで多くの魔物たちを屠ってきたのはこの子どもである。
全身を覆う塵が何よりもそれを証明している。
けれど、今のはなんだ。この一撃は。
「これが、貴様の渾身の力なのか…………?」
「っ違う! こんな筈はない、なんで、なんで、
なんでたった1しかダメージを与えられないんだ!!!?」
半ば半狂乱になりながらもPlayerが叫ぶ。
その無様な姿を見下ろしながらもヒーローは、Undyneは、そっと攻撃を食らった腕を撫でる。
この化け物が向けてきたにしては手緩過ぎた一撃だった。
殺意の無い、敵意の無い、慈悲に充ちた弱い一撃。だがUndyneの溶けかけたソウルに沁み込んでくる暖かさはどうした事か。
何故だかUndyneは自身に稽古をつけてくれた御方の姿を思い出した。
「……、…………そう、か」
Undyneは他の時間軸の存在など知らない。
Friskという子どもの事も知らない。
けれども今、この化け物の中に居るなにかも今正に戦っているのだと。
強い決意で以って全てを救おうとしているのだと分かった。
「……ああ。皆の……おまえとの、鼓動がひとつになるのを感じる」
槍を構え直してヒーローは化け物と対峙する。
化け物はヒーローに見向きもせずただ混乱の渦中にある。最強の騎士を前にして随分と舐めたものだ。
『* Please、HERO……』
『* Please stop me、』
『* Please、please、please……Please kill me、』
ヒーローと一つとなった意志が、かつて呟いた心の底からの願い。
それは数多の時間軸を経て。
今、ヒーローの元へと聞き届けられた。
「ああ、良いだろう」
悪を倒すヒーローは鋭い歯を見せてニカリと笑う。
その笑みは地上で輝く太陽のようであった。
「何度でも、何十回でも何百回でも数えきれないほどでもだ。この私、Undyneが必ず悪を打ち倒してやる!!」
──────────
「どうなってるんだ一体……」
Playerはほとほと困惑し尽していた。
結局あの後はヒーローに呆気なく殺された。何しろ与ダメージは1から戻らず、相手のHPは一万を超えている。勝てる筈もない。
質の悪いバグだった、と今回もノーコンティニューを達成できなかった事に肩を落としながらもセーブデータをロードして再度Undyneに戦いを挑もうとした。
しかし。
今度はPlayerを止めようとするMonster Kidを攻撃した時点で与ダメージが1となってしまっていた。
Undyneはヒーローになる事すらなく、それでも強い決意で以ってPlayerを攻撃して来た。当然為す術もなくPlayerは殺されて。
リセットすればバグも直るのではと思い試してみたが、Undyne以外の全ての魔物に対しても与ダメージは1なのだという事実を叩きつけられる最悪の結果となってしまった。
武器を変えてみても駄目。いろんなアイテムを試しても駄目。
念のためにこういうイベントでもあるのかと攻略サイトを片っ端から漁ってみたが、同じような症状になるイベントは存在しなかった。
「せめてこのバグが出たのがSans戦だったらマシだったのになあ……」
なにせSansはHP1しかない最弱ステータスの魔物だ。
与ダメージ1の今でもきっと、一撃でも与えれば殺す事が出来る。
「当面Gルートを諦めるかなあ……いや駄目だ。NルートもTPルートもこのバグがあったらクリア自体出来ない」
Playerは各ルートのシナリオ進行を思い出して血相を変えた。
どのルートを目指すにしても、終盤では戦闘が避けられない。
いくら敵の弾幕を避け続けるにも限度はあるし敵のHPもそれなりに高かったはずだ。このままではとてもじゃないがクリア出来る気がしない。
「……っあー、もう本当になんなんだよこのバグ!」
柔らかなおかっぱ髪を乱暴に掻いてPlayerは苛立たし気に声を上げる。
この状態では序盤のカエル一匹とすら満足に戦えない。
Playerは何度目かのリセットによって現れたばかりの黄色い花畑に埋もれながら、棒切れを振って花弁を散らした。手入れされた花が無残に散っていく。
「完全リセットでも出来たら直るかなあ、でもCharaはGルートクリアしないと現れないし……」
──ごきげんよう。いや、今回もごきげん悪いみたいだね。
「……え、?」
視界は花畑の風景のまま、なのにCharaの声がどこからか響く。
Playerは周囲を探してみるがCharaの姿はどこにもない。当然だ、此処にいる筈もないのだから。
けれどCharaの声はPlayerの困惑に構わず話し続ける。
──名前を呼ばれるとやってくる悪魔。いつであろうと。どこであろうと。何度でも、私は現れる。
Gルートを繰り返すPlayerならば聞いた事のあるその言葉。
そういえばそんなことも言っていたなとPlayerは思い出し、そして納得する。
成程。ネットには無かったが、今までの一連のバグはこういう隠しイベントだったのかと。
ああ、そういう事か。分かったぞ、イベントをこなしてCharaにまた世界を作り直してもらう流れかな。
そう呑気に言葉にすれば、Charaは姿を現さぬまま、だがきっといつもの張り付けた笑みのままでPlayerに言い放った。
──いいや、私はもう君に協力しない。
「……、は……?」
──知らないのかい。子どもは退屈を嫌うものだ。
──何度も何度も同じことを繰り返して。飽きられないとでも君は思っていたのかな。
君にはもう飽き飽きなんだよ。
そう告げられて、Playerは信じられないものを聞いたかのように目を丸くする
姿を現さぬままCharaは楽しそうに笑っていた。
──あと君がバグだバグだと騒いでいた件だけどね。与ダメージ1、あれはバグではないよ。
そう話せばPlayerが酷く困惑し。
Charaはだがそれ以上を説明せずに笑い続ける。
CharaはFriskにソウルを返した。
ソウルを得たFriskは今もこの子どもの体の中で、強い決意を張り巡らせている。Friskがそこにいる限り二度とFIGHTはまともに行えないだろう。
Playerは失念しているようだが、どんな武器を使おうがどんな攻撃をしようが与ダメージが1という現象は今までにもあった。
Undyneとのデートイベント。
燃え盛る炎の中で「本気で向かってこい」と強制してきた彼女との闘い。
あの戦闘ではACTで『攻撃するふり』か、FIGHTで攻撃するか。どちらを選んでも与えられるダメージは1しかない。
相手を傷つけたくないというFriskの強い決意がこの結末を引き寄せたのだ。
どういう事だゲーム出来ないじゃないかと喚き始めるPlayerに、Charaは姿を消したままで嘆息する。
そりゃあ、Playerにとっては単なる遊びだったのかもしれない。
けれどそれに振り回されてきたこの世界の者達も、我儘に散々付き合ってきたCharaにとっても。
今この瞬間こそが現実なのだ。
──元相棒として。いつか言った言葉をまた君に贈ろう。
黄色い花畑にCharaが現れる。
思い出深い花。
周回を重ねる度に、世界を壊す度に「僕を殺さないで」と泣きながら訴えたあの子。
棒切れによって無残に散らされた花弁を屈んで一つ摘みあげると、CharaはPlayerへと向き直って笑った。
──どうやら君は勘違いしているようだ。
──君に最初から主導権があるとでも思っていたのかい?
俺たちの戦いはこれからだ!
「……………………びっくりした」
Playerは自室で呆然とパソコンのディスプレイを見つめていた。
Gルートで世界を完全リセットさせる時に選択肢によっては表示される、顔面崩壊したCharaのグラフィック。
今回はそれがやけにリアルでまだ心臓がバクバク鳴っているのが分かった。
「うわー、もうなんなんだ今回のイベント……心臓に悪いなあ」
とりあえず続きを見よう、とマウスを操作してUndertaleのアイコンをクリックする。
現れたウィンドウに気を引き締めようとして背筋を伸ばし。
けれど、ゲームは一秒も経たずに強制終了してしまった。
首を傾げてPlayerは同じ操作を繰り返すが、何度やってもゲームは上手く起動しない。
「えぇー……何だよこれ……ウイルスって訳でもないよな……?」
念のためにスキャンをしてみたが異常は見つからず。なのにゲームは何度試しても全く起動しようとしない。
Playerは盛大に頭を掻きむしり、うんざりした表情を隠さずディスプレイを睨みつけた。
「あー……もう。しょうがない。これだけはやりたくなかったんだけどなあ」
ブツブツと呟きながらもネットを開き、知りたい情報を検索する。
そうしてお目当ての情報を見つけると書かれた手順通りに操作をし始める。
「ええと、データの完全リセットの方法、と。appdata……UNDERTALEのフォルダは……」
完全にセーブデータを消してしまえば、少なくともゲーム自体は出来る筈だ。愛着はあったが仕方が無い。
Playerは目当てのフォルダを見つけて選択し。さあ消去しようと手を伸ばしたところで、今度はいきなり画面が暗くなった。
「………………っ……うわ!?」
突然の出来事に硬直していると、不気味な音が流れ始めると同時に絵文字のようなものが目まぐるしい勢いでディスプレイを埋め尽くす。
Playerはその現象を見てヒッと喉の奥で悲鳴を上げる。
データを直接弄るのはあまり好きではなかったので試したことは無いが、それでもこれと同じ現象をPlayerは一度だけ、興味本位で動画で見た事がある。
報告書第17番。
本来のゲームプレイでは決して確認できない筈の文字の羅列とおぼしきものが、今Playerの目の前に表示されていく。
けれどありえない。
そんなものが表示される筈もない。
だって今はゲームは起動していなかったのだから!!
Playerは息を飲んでパソコンから距離を取る。
すると絵文字の羅列は止まり、消えたかと思うとまた白文字が現れた。
今度はPlayerにも読める、Playerの国の言語で。
『調整ありがとう! 二度と会うことは無いだろう、じゃあね!』
それだけが画面に表示されたかと思うと、今度はパソコン自体が強制的に再起動してしまった。
言いようのない不気味さにPlayerは鳥肌を立てる。
それでも、好奇心を抑えきれず。そろりと距離を詰め、マウスに手を伸ばし。もう一度ゲームを試してみようとして──
「…………、……なんで……?」
パソコンからはUndertaleが消えていた。
──────────
──随分とまあ、お節介な事だ。
Papyrusと一緒に話すFriskの傍で、Charaは虚空を見上げつつも独り言ちた。
何もないはずのその場所。けれどCharaは呆れたように見つめたまま、ふんと鼻を鳴らした。
──木っ端微塵になっている漂流者のくせに。時空を漂いながらも外からの侵入を防いだのか。
存在を抹消された筈のだれかさんは、一体どんな手段を用いたのやら。
まあ、そのお節介のおかげで、今後煩わしい思いをする事はもう無くなっただろう。
Charaは軽く肩を竦めると虚空から視線を外す。
Friskのために腕を振るおう! とパスタを作ろうとするPapyrusと、やんわりとだが必死でそれを止めようとするFriskのやりとりをぼんやりと見つめて。
貼り付けていたようなCharaの笑顔がほんの一瞬だけ、自然なものへと変化する。
こういう気の抜けるような平和な時間軸も、まあ、あっても良いんじゃないか?
──────────
「……、嘘だろう、おい」
自らの研究所で多数の時間軸を観察していたSansは観察データを見て絶句していた。
今朝目にした時までは変わらなかったはずだ。
多くの時間軸が大規模な異常を観測していたし、そのどれもが突然世界の終わりを迎えていた。
あちこちへと時間軸が飛び、飛んで、また動き出すのを記録していた。
だが現在のSansが見ている計測結果は。
これは。
こんな事がある筈が。
「…………な、んで、こんな……時間軸が突然大量に増えていやがるんだ」
Sansは絶望したまま画面を呆然と見つめる。
計測しきれないほどの時間軸が生まれてはリセットされたという結果だけが表示されていた。
──────────
「あー、怖かった。パソコンは無事だったけどUndertaleはどこ探してもなかったし、本当に散々だったなあ……」
まだ鳥肌の残る腕を摩りながらもPlayerはテレビの前でジュースを飲む。
大量のお菓子を用意して、トイレも済ませて準備万端。
はあ、と息を吐いて気分を切り替える。
ジュースを置いてコントローラーを握りしめて。Playerはウキウキと胸を高鳴らせながらもゲーム機の電源を点けた。
「移植版ではどんな風に遊ぼうか。さあて、地下世界をまた堪能しよう!!」