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    未来の話はまたの機会に昔の話をしよう。
    俺はある国のただの一歩兵だった。

    俺が入隊して約2年がたった頃、隣国との戦争が始まった。特に目立つ戦績をあげることもなく、かといって後方に下げられるほどの大怪我を負うこともなく。ただ毎日出撃しては目の前に迫る死をかわし、命を屠る日々。初めは敵の補給地を襲撃したり、自軍のキャンプ地が奇襲されて援軍を待ったり、激しい攻防が起こっていた。
    しかし、いつまでも同じエネルギーで戦闘ができるはずもなく、やがて士気は下がり、戦線は動かなくなる。気付けばその日殺した敵の数だけ味方の数も減っている。戦線は膠着状態に陥っていた。

    既に最初にこの基地に派遣された兵士の半分は顔が変わっていた。初めの頃は声を掛け合ったり、談笑したりと戦場に似合わないどこか和やかな空気が流れていたが、今では新しく派遣されてきた兵士の名前を聞くだけで会話など無い。交わされる言葉は作戦の伝令のみ。もはや親睦は不要だと誰もが理解していた。明日は我が身かもしれない戦場で、仲間の笑い話は命綱には成りやしない。自分の命を救うのは休息だと知っている者だけが其処に居た。

    俺にとっては相変わらず、出撃しては敵を殺し、帰還しては味のしないレーションを貴重な水で流し込み、武器を整備しただ眠りにつく。そんな日々。元から特に仲のいい友人もいなかったから、こんな戦場を心地いいとすら心のどこかで感じていた。

    元々俺が軍に入ったのも、スラム街で生活に困っていたからだった。厳しい訓練さえこなせば三食宿付きという条件に、生きるために軍に入る孤児も少なくない御時世で。国のために何ていう大層な志もなく、かといって戦場で野垂れ死にするのは御免だったから、ただ死なないことを考えて前線を駆けていた。

    しかし、膠着状態が3ヶ月を過ぎたころ、少しずつ戦況に陰りが見えはじめた。

    初めは食料だった。開戦当時は4日に一度の楽しみだった暖かい缶のスープは2週間に一度に減り、レーションのみの食事が増え始める。

    その次は援軍の数。戦況を打開するために被害を上回るように派遣されていたが、上層部は戦線にあまり変化がないと分かると状況維持できる数だけしか援軍を寄越さなくなった。

    そして最後は装備だ。
    火薬が減る。弾が減る。備蓄の底が見え始める。この状況で幸いだったのは、拠点のトップが無能でなかったことだろう。
    その男は減りはじめた装備を無駄遣いせず、尚且つ無駄死にしないような采配が出きる奴だった。近付いてきた敵は慌てずに銃ではなくナイフで。逃げる敵を無闇に追わないこと。倒した敵の装備を奪うことも厭わなかった。正常な判断ができる兵士が多かったことも不幸中の幸いだったのだろう。俺が居た基地で装備が底をついたことはなかった。

    戦況が動かないままさらに一週間。

    前触れもなくその日は訪れた。

    その日もいつもと同じ戦場のはずだった。
    死なないために敵を殺して、生きるために飯を食う。それで一日が終わる。誰もがそう思っていた。

    敵と交戦し始めたタイミングから、違和感を感じ始めた。いつもの戦場のはず、なのに、何かが違う。他の仲間も何人かそれを感じたのか、アイコンタクトを交わしながら駆け抜けていった。その時、俺の銃があろうことかジャムを起こした。これまで一度もなかった不具合に少し動揺したが、指示されていた通りに後方の部隊の一人と入れ替わる。
    後方に下がり銃を確認すると、直せるが今すぐには難しいという状態だった。時間をかけていま直すか、残り少ない予備の銃を使うか。先ほどからの違和感も合間って、何故か俺は焦っていた。

    早く決断しなければ。
    早く、早く前線に復帰しなければ。

    そう思って前線の方に目をやり、俺はようやく違和感の正体に気づいた。

    「下がれ!!前線ッッ!!今すぐ下がれッ!!!」

    自分でも驚くぐらいの叫声が俺の口から響く。久しく使われていない喉は痛みを訴えていたが、それを気にしないほどに衝撃と焦りと絶望が俺を襲っていた。

    衝撃は違和感の理由が分かった事。
    それは敵軍の動きだった。僅かに今までと違う部分がある。連携がより取れているように見えたり、少しずつ後退していた事がこのときになってようやく分かった。

    焦りは早く前線と隊長にこの事実を伝えなければならないという事。
    不幸なことに自分は今、後方部隊に下がっている。前線までは見えないほどではないが、たった一人の声が届くほど近くもなかった。何とか、伝令や伝言でも。今すぐこの事実を、当たって欲しくはない予想を、彼等に伝えなければならないという焦燥感が一気に溢れ出した。


    そして絶望は
    決して現に成って欲しくなかったその妄想は
    誠となって俺の眼に映っていた

    前線があったはずの丘の向こう側からそれは現れた。逃げ惑う仲間を無慈悲に踏み倒しながら、後方の此方に砲口を向けて。列をなして鋼の怪物はやってくる。衝撃のあまり放心し、俺は地面に膝をつけて動けず。横で俺を揺さぶっていた奴はそこから放たれた砲弾によって木っ端微塵に吹き飛び、俺も体半分に爆風を受けて数メートル先の茂みへ転がり込んだ。

    右目の辺りに焼けるような痛みを感じる。
    顔を覆うように手で抑えると、ぬるりとした液体が指と指の間をつたって流れるのが分かった。朦朧とする意識を痛みにあえて集中することで必死に繋ぐ。なんとか顔を上げ先程まで自分がいた辺りへ目を向けると、そこにはもはや仲間の姿はなかった。

    あるのは地に伏して何も言わぬ姿になった彼等だったもの。それを更に敵軍は踏み潰して進んで行く。壊滅状態になった部隊は敵の道にされるのみ。


    祈りの声は響かない
    祈れぬ者に救いはない


    鋼の靴音はまさに俺たちへ処刑宣告だった。




    「あぁ……よかった……」

    誰かがすすり泣く声が聞こえる
    何も見えない暗闇のなかで、片手に籠る熱だけがはっきりと感じられた

    泣いているのは誰だろうか
    決して綺麗とは言えない手をこんなにも握りしめているのは誰なのだろうか

    「本当に……助かってよかった……!」

    ただ、泣かないで欲しい
    そう強く願って重い瞼を無理やりこじ開ける

    そこにあったのは

    半分になった視界と、俺の手を握ってぼろぼろと涙を流しながらこちらを驚きの表情で見つめる小さな女の子の姿だった。


    俺が目を覚ましたのは前線から離れた陸軍病院。
    約1ヶ月の間昏睡状態にあったらしく、目が覚めた頃ににはすべてが終わっていた。あの前線は多大な被害と共に突破され、軍は撤退戦を強いられた。更に他の戦線も突破されたり押し返されたりと甚大な被害を被り、国は和平とは名ばかりの降伏を受け入れざるを得なかったらしい。

    あの日から約数日で終戦を迎え、今は国の復興が本格的に始まりだした頃、といった感じらしい。
    らしいというのも、俺はまだ目を覚ましてからこの病院どころか病室からも出ることができていないからだ。右半身の火傷、右手は複雑骨折、1ヶ月の昏睡による足の筋力低下。そして、右目の失明。

    他の怪我は、痛み止めが効きやすい体質だったのかあまり負傷しているという自覚がない。火傷の痕がひりついたりする程度のものだ。目覚めたあとに同室の兵士が熱を出したり痛みに呻いたりするのを何度か見ているが、俺にはそういったことは一切無かった。

    ただ、消えた右目分の重みと半分になった視界にだけは中々慣れることができなかった。
    「聞いたことないです。あれだけの怪我をしてて、1ヶ月も寝てて、起きたら3日で体調回復とかありえませんよ普通。」
    そう言いながらやってきたのは、長い髪を2つにくくった少女。そう、俺が目覚めたときに隣で泣いていた女の子だ。知らない間に妹が出来ていたのかとも思ったが、この子はこの年齢で軍医らしい。死にかけていた俺を治療してくれたのがこのセシリアだった。
    「でも起きたら元気だったんだよ。だから外出しちゃダメ?」

    特に後遺症もない俺は呆れるほど暇だった。
    生憎俺は窓際のベッドではなく、ベッドの間はカーテンで区切られているから外の様子も分からない。
    軍事資料は読み飽きた。
    敗因は情報戦においての圧倒的なほどの完敗。敵の情報も作戦も一切見抜けず、更には自軍の情報が敵に漏れていたらしい。
    どれも似たようなことが書いてあるばかりだ。終戦後すぐで国内は混乱しているだろうから、正しい情報が手に入るまでにはもう少し時間がかかる。新聞が手に入っても殆ど意味がない。

    「ダメです!というか、外出許可よりリハビリが先ですよ。ずっと寝てたのできっとすぐには歩けないです。」
    そうピシリと言って、セシリアは荷台をベッドの横に付けた。箱から包帯と消毒液やら薬やらを取り出して並べる。
    「包帯取り替えますよ」
    服を取り払って包帯を取る手つきは慣れたものだ。体の半分を覆う火傷痕に薬を塗り、包帯を巻き直す。セシリアは包帯を巻くのが上手い気がする。きつくなく、でも崩れることはない。きっと何人もの包帯を巻いてきたのだろうと思った。
    「目の状態も見ますね」
    後頭部で結んだ包帯をほどくと、右目があった場所が空気にさらされる。不思議な感覚だ。本来は空気が触れることの無い場所の筈なのにそこは風を感じている。
    「経過は大丈夫そうですね。暫くしたら義眼を入れるべきなんですけど、戦後の物資不足で手に入るかどうか分からなくて…」
    セシリアはライトを片手に空洞を覗き込み申し訳なさそうに呟いた。
    「ん、あぁ大丈夫だよ。見た目とか気にしないし、他に必要としてる人がいたらそっちに譲ってあげて」
    義眼を入れても視界は元に戻らないのだから、有っても無くても同じだと思った。
    「いいんですか?」
    包帯を巻きながらセシリアは聞く。
    「いいよ。眼帯か、まぁ包帯のままでも全然気にしないしね。」
    ありがとうございます、包帯巻き終わりました、と後ろから声がした。
    「では、また夕食後に来ますね」
    そう言って薬やら何やらを片付けるとセシリアは荷台を押しながら病室を出て行った。

    真っ白なカーテンに囲まれたベッドに深く沈み込む。寝息とたまに聞こえる呻き声の中に、1人取り残されたような気がして布団を頭まで被った。こうしているのが好きだ。こうしていれば、左目もなにも写さなくなるから。

    それでもやっぱり暇だなと思った。知ってる者が誰もいない場所はとても暇だった。戦場を共に駆けた仲間も、無能ではなかった上官も、誰もここにはもう居ない。先行ったのは彼等なのに自分が世界から置き去りにされたような気がして、暗闇でシーツを強く握りしめた。

    意識が回復してから一週間が経った頃、リハビリの許可が降りた。俺としてはようやくという感じだったが、どうやらリハビリの施設が整っていなかったらしい。

    最初は車椅子を動かすところから。腕の筋肉もかなり落ちていたが、訓練で鍛えられていたからかある程度のところまではすぐに回復した。大変だったのはそこからだった。歩くどころか、捕まって立つことすらままならない。足が自分のものではなくなったような感覚だった。力は入らず、動かすなんてもってのほか。杖を使って壁伝いにゆっくり歩けるようになったのは2ヶ月後だった。
    特に後遺症もなかったからか、気付けばセシリアは俺の担当から外れていた。暫く会っていなかったので歩いて会いに行ったら「何で歩けてるんですか!普通は半年近くリハビリにかかるんですよ!」なんて驚かれてしまった。

    1人で歩けるようになってからはなるべく外に出るようになった。裏庭や、屋上に行っては昼寝をする。病室のベッドの数は減る一方で窓の外の景色も見えるようになったのに、なぜか病室は居心地が悪かった。

    転機が訪れたのは、歩けるようになってから一週間ほどした日の事。長時間や激しい運動は禁止されつつも、自由な時間が増えた俺は一日の大半を外で過ごしていた。その日もいつもと同じように、広い病棟をぐるりと回って中庭で昼寝したり、裏庭の墓地を眺めたり。しようとして、裏門に差し掛かった辺りで人の声がするのに気がついた。何度もこの道を通っているが裏門が開いていたり、そもそも人が居るのすらほとんど見たことがない。不思議に思って、棟の影に隠れて覗き見た。


    それを目にした瞬間、頭を強く殴られたような感覚を覚える。
    驚愕、恐怖、焦燥、畏怖、恍惚
    自分でも訳がわからないほどの感情の波に呑まれる。思考が止まらない。脳が、心すらも、燃えるように熱い。硝煙の匂いが鼻を掠め、地を這う轟音が胸を打つ。爆風は頬を撫で、喉は何日も水を飲んでいないかのように声を出すこともできない。

    有るはずの無い幻覚が、全ての意識が一瞬で体を駆け抜ける。
    耐えられなくなって俺は意識を手放した。


    そこにあったのは俺の右目を奪ったあの戦車だった。

    白い光を瞼の向こう側に感じながら薄く目を開くと、椅子に座った涙目のセシリアの姿があった。
    俺は病室のベッドに逆戻り。既視感しかなくてふっと笑みがこぼれた。
    「笑ってる場合じゃないですよ。本当に、倒れたって聞いて心臓が止まるかと思ったんですから……」
    俺が意識を取り戻したことに気付いたセシリアは目元を袖で擦りながらそう言った。声も少し鼻にかかっている様に聞こえる。
    「俺の心臓が止まるかと?」
    「そうじゃないです!それもありますけど!もう!」
    擦る手を止めて、肩を小突かれる。涙は布に吸い込まれてもう乾いていた。

    どうやら倒れてから半日くらい経っていたらしい。裏庭に回ったのは昼前だった筈なのに、病室の窓の外は夕暮れ時だった。
    「とにかく、原因不明で倒れてたんですから、暫くは外出禁止ですからね!」
    凹んだ跡が付いた硬いパイプ椅子を窓際の壁に立て掛けながらセシリアが告げる。部屋に差し込む外の光は絵の具を水に溢したようなオレンジ色で。明るく照らされたその子の顔が、表情が、光の反射で見えなくなる。眩しさに目を細めた。

    日が地に沈む一瞬の輝きと君は、俺の世界の何よりも美しかった

    「聞いてますか?」
    日が沈み切る。
    「うん、聞いてる」
    光を失った窓から目を逸らす。薄暗い病室は人のいないベッドだけが並んでいた。つい最近居なくなった最後の彼は、今頃裏庭に静かに眠っているのだろうか。俺は何時か其処に行けるのだろうか。訪れる最後の時に思いを馳せながら、心を決めた俺は静かに話を始めた。

    「俺さ、いつかもう一度前線に戻るよ」
    えっ、と小さく息を漏らしながらセシリアが振り向く。
    「どういう…事ですか……、だって、戦争は終わったばかりなのに………」
    訳が分からないと言いたげに詰め寄って来る。目が少しずつ細まってゆく。
    「あぁ、だから『いつか』なんだけど。とりあえず俺は軍に残るよ。」
    負傷して軍を出る者は少なくない。特に何かを失った者は。残ったとしても学のある奴ぐらいだ。少なくとも今の俺に指揮官とやらになれる素質があるとは思わない。
    「そんな……駄目です……なんで…」
    瞳が水膜に覆われる。綺麗で丸いオレンジ色、夕焼けの瞳。
    「俺にもよく分からない。」
    嘘だった。本当はもうきっと何もかもに気づいていたけど。
    「それなら…!」
    それでも、まだ気付かない振りをする俺を許してほしい。
    「きっともう駄目なんだよ」


    「俺の心はまだ彼処に在るんだ」
    平和な病室の居心地が悪いのも、静けさが奇妙に感じるのも、俺の心が戦場に在るからだと思った。今だって思考を止めれば耳の奥から轟音が聞こえてくる。セシリアはまた涙を堪えながら、鼻をすすった。そんな顔をさせたい訳じゃなかったのに。

    心配しなくても俺は今最高な気分だった。
    ここで運命に出会えたから。
    誰にも言うつもりはなかったけれど、セシリアになら話してもいいと思った。
    大丈夫、と呟いて手を取る。小さいのに、俺を救って、心配してくれた優しい手。
    瞳を真っ直ぐ見つめて、息を吸って、小さな秘密を溢した。

    「あれに恋をしてしまったんだ。だから、俺は戦場に戻らなきゃ」

    あの強さに恋をした。何もかもを壊すあの強さに、荒々しさに、なぎ倒し進んでゆくその姿に。これが恋と言わずして何と言うのか。

    「…オーギュスタンさん……?」

    こんなにも幸せなんだ。
    だから、そんな悲しそうに僕の名前を呼ばないで。

    「だって、心だけじゃなくて、瞳も奪われてしまったから。」

    戦車に奪われたはずの右目が、じくりと蠢いた。





    それから数年後俺は恋を叶え、無事に戦車兵になることになるがそれはまだ未来の話。
    楰翔 Link Message Mute
    2019/01/12 0:35:57

    未来の話はまたの機会に

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    #オリジナル #創作 #オリキャラ #軍人
    #一次創作

    Twitterの軍人化タグでつくった、とある戦車兵の話です。
    作中に出てくる女の子は友人のきなこもちさんのキャラクターです。お借りしてます、ありがとうございました。

    初投稿でよくわかってないんですけどよろしくお願いします。

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