世界の終わりとその後に 黒いカーテンをひき、その上きらきらのビーズををまき散らしたように小さな星々が輝く。
この世界で初めて見る太陽、青空。太陽が山へと隠れて、空の色が変化していく。
ヤガの子どもたちはが、あれはなんだと口々に尋ねる。あれは星だと答える。
青空と星空を幾度か繰り返す。まわりにいたヤガたちもひとり、またひとりといなくなった。
彼らはどこに行ったのか。家族と過ごす者、すべてを諦めた者、ただ待つだけの者。
きっと消えていったのだろう。無かったことになって元に戻るだけ。
きらきら星とは。まったく、なんてワガママなのだろうか。きらきら星を弾いて欲しいだ、なんて。
平和になった、すべてが終わった、消え行く世界でピアノを弾くことができるとは。気分はそう悪くはない。
ひとりきりの世界。誰もいない。真っ白な雪原の中ただひとりきり。
観客はこの世界のみ。吹雪もやんで風もない、静かな世界にピアノの音だけ響き渡る。
世界を眠らせる子守唄代わりのこの音を奏でる気分はやはり悪くはないものだ。
アマデウスめ。次に逢ったら、いや、あまり逢いたくはないものだがそれでも逢ってしまったら文句のひとつやふたつやみっつ、言わせて欲しい。
天才のワガママを聞いたのだから、それぐらいは許されるだろう。
頭上を仰ぎ見る。空が割れていく。煌めく綺羅星の数々が降り注ぐ。赤い星は苛烈に燃える。この世界は終わるのだろう。消えるのだろう。元に戻るのだろう。無かったことになるのだろう。
ならばせめて最期のときまでピアノを弾き続けよう。夢から覚めるまで。
世界の終わりを見届けよう。子守唄として奏でよう。
きらきら星よ。決して届かぬ未来へのきらめきを。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
気が付くと真っ白な世界にいた。
「サリエリ?サリエリだろう?」
聞き慣れた。それでいてあまり聞きたくはない声がする。
「アマデウス!」
「やっぱりそうだ! キミだね!」
声が弾むように変化する。忌々しい。一体貴様はどこにいる。
「ここだよ、ここって言っても見えないか」
「どういうことだ?」
「僕ら、いまは実体のない煙みたいなものだから」
だから今は僕を殺すのは不可能ってことさ。ちょっと待っておくれ。そう言ってやつは笑う。表情は見えずともなんとなく分かる。
「とりあえず、ありがとうサリエリ。僕のワガママを聞いてくれて」
「聞いて、いたのか?私の演奏を」
「あぁ、もちろん」
怒り任せの演奏も世界の終わり彩る綺羅星の旋律も。
「でも、まぁ盾にサインはやめておいたほうがいいよ」
「うるさい!」
けたけたと笑い声がする。まったく、貴様のそういうところが気に食わない。
「うん。あぁ素敵だったよ、まったく。うん、ありがとう」
うん、うんとなぜか納得したような頷く声が何度も聞こえる。
「アマデウス」
「うん?」
「ありがとう」
「?」
きっと不可思議な顔をしていることだろう。理解してもらわずとも結構。それでも浮かんだ言葉はこれだ。先ほどの称賛に対しての礼である。
姿も見えなくてよかった。実体がない状態で都合がよかった。あれほどまでの苛烈なやつへの殺意が今は凪ぐ海の様に穏やかなのであるから。
そんな状態の私は一体サリエリだと言えるのだろうか。
「サリエリ」
私の疑問を打ち消すかのようにやつが名を呼ぶ。
「またな」
私の返事を待たずしてそれきり彼の気配は消えた。最後まで勝手なやつだった。こちらはもう会いたくもないというのに。
だが、言いそびれた文句のひとつやふたつはやはり言わねば気が済まないな。
おしまい