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    しおり
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    しおり
    Ageless...『L』


    不条理な世界にて、沢山の命が奪われていく中。
    碧鳥の両親もまた、受け入れがたい死を遂げていた。
    孤児院を設立し、小さな命までも慈しむ、心の優しき人間であったにも拘わらず。
    碧鳥がまだ齢十にも満たない頃、二人は紅い月に照らされながら、血を吸い尽くされ、その体を貪られていたのだ。
    村の誰もが美しいと賞したエメラルドの瞳に、その光景を焼き付かせた黒い化け物…吸血鬼によって。
    その化け物は、碧鳥がその後育てられた修道院のシスターが掲げた白銀の十字架に、呆気なくその身を焼かれ、浄化されたのだが。
    碧鳥は今でも、夢を見る。
    紅い月、光景、音、絶叫、その全てを、鮮やかに。
    忘れて良い、忘れなければならない、思い出でありながら
    寸分の狂いも無い悪夢に、そうして碧鳥は己の胸へ抱くのだ。
    あの化け物よりも黒く、両親の流した血よりもドロドロとした、暗き感情。

    (嗚呼、シスター。俺はまた、見てしまいました。そしてまた、)

    夜中、何度吐こうと、その心から出て行くどころか、未だに溢れ続ける強き憎悪に、碧鳥は一人、涙を流す。
    フラフラと覚束ない足取りで、紅い月に照らされた教会を目指しながら。
    その両手に、首から提げられた白銀の十字架を握り締めて。





    神に仕えるなど、そんなつもりはからきしなかった。
    碧鳥は神を信じていない。
    形など持たぬ存在に希望を抱いたところで、誰も救われなどしないのだ。
    もしもあの日を覆せるというのであれば、碧鳥は自らの両足を供物にすることも厭わないというのに。
    毎日祈りを捧げていた両親も、見殺しにされた。
    人間が縋るための偶像が、救いの手を差し伸べないことの現われだろう。
    ―何と、くだらないことか。
    トドのつまり、信仰心に欠ける碧鳥が神を崇めること自身、神を冒涜していることに繋がるのだ。
    だが、両親が信仰していたこと、そして自らを引き取ったシスターに託された十字架を無碍に出来なかった碧鳥は、教会に佇む神の前で跪かなければならなかった。
    その心を、黒い感情に蝕まれながら。

    (俺は、何が憎いのだろう)

    世界か、神か、はたまた己の手で冷たい輝きを放つ十字架に焼かれた吸血鬼か。
    脳裏に焼き付かせた全ての作用を払拭できないまま、今日まで生きてきた碧鳥は紅い月を見上げる。
    翳りの無い、だがまるで血に染まったような、不気味な満月を。
    汗で冷えた背中を、震わせつつ。
    時刻は、午前二時。
    縋る相手など居ない、まだ齢十六の神父は、見慣れた教会の扉を開いた。

    (俺の祈りは、誰に届くのだろう)

    永遠に応えられることのない問いを、胸に抱きながら。
    頬を伝っていた涙と共に、碧鳥は一歩ずつ前へ踏み出す。
    冷たい大理石に跪く為に。
    だが、次の瞬間。

    「うわっ!」

    何かに足を取られた碧鳥は悲鳴を上げながら、膝と両手を硬い大理石に打ちつけた。
    おかしい、薄暗いとはいえ、床は月光に照らされていて。
    教会の長椅子に、足を引っ掛けたというのだろうか。
    だとすれば、躓いた足自身へのダメージは相当なものとなるのではないだろうか。
    自分は、一体何に足を取られたのだろう。
    床に倒れたまま、碧鳥は恐る恐る振り返った。
    どうか、長椅子であって欲しいと、願いながら。

    「よぉ、神父サン?」
    「ひ、ぃ…ッ!」

    嘘だ、嘘だ、嘘だ。
    何故、どうして。
    碧鳥は己の足首を握る黒い影を愕然と見つめ、そして込み上がるあまりの恐怖に悲鳴を上げそうになった。
    正確には上げたかったのだが。
    人は、本当の恐怖を前にすると、声の出し方を忘れてしまう。
    碧鳥の、村で一番の麗しい、女性と見間違えてもおかしくないその見た目からは、想像出来ない程に低い声も、同じだ。
    叫べば、すぐに碧鳥のものだと分かり、誰かが飛んで来てくれた可能性もあったというのに。
    否、この状況で助けを呼べば、犠牲者が増えるだけとなるのだが。
    そう、死ぬのは自分だけで良いのだ。
    両親を殺され、神の御許へと旅立ったシスターを看取り、偽りの祈りを捧げて生きるだけの自分だけが、その罰として。
    紅い月のような髪色の、だがそれでも綺麗な顔立ちをした黒い影…吸血鬼の手によって、殺されるのは。
    せめて、一思いに、何の痛みも感じることなく死ねれば良いのだが。
    碧鳥は、心の中で強く願う。
    神に助けて欲しいと祈ったところで、届かないのだから。

    (嗚呼、憎い吸血鬼に、自分の死を委ねることになるなんて…)

    なんて、滑稽な話なのだろう。
    こんな結果になるのであれば、どこか旅へ出て、飢えた禿鷹にでもこの血肉を捧げていれば良かったのかも知れない。
    どうせ、自分を看取る人間など居ないのだ。
    碧鳥は見た目とその声の違いに、『呪われし子』と陰で噂されていることに気付いている。
    心の底から愛してくれた唯一の味方である両親を失った時点で、自分の未練は何も遺されていなかった。
    あるとすれば、心の内に『憎悪』ではなく、『愛』を残したかったことだろうか。

    「あ、あなたみたいな人のこと、好きになって、みたかった」
    「…あ?」
    「ご、ごめん、なさい…、あ、あなたは、吸血鬼、なのに」
    「まぁ、そうだな。死にかけだけど」

    耳に心地良く残る声で、吸血鬼は今、何と言ったのだろう。
    碧鳥は溢れ出て止まらない涙で滲む視界の中、男の様子をまじまじと見つめた。

    「あれ、倒れて、る?」
    「ハッ…今更かよ、泣き虫神父サン」
    「…っ、これは、あなたにびっくり、してっ」
    「見事な転びっぷりだったな!
    けど目は擦るなよ、…綺麗な顔が傷付く」

    まさか、吸血鬼にも感性があるとは。
    それも随分と、まるで男性が女性を口説き落とすかのように、艶やかな声色で囁くなんて。
    ただの人殺しだと思っていたのだが、目の前の男は違うというのだろうか。
    相変わらず足首は掴まれているものの、その力は振り解けないが痛みを感じることもなかった。
    まるで、傷付けるつもりはないのだと、言わんばかりに。
    そんなこと、あるのだろうか。
    もしも両親と出会ったのがこの男であれば、死ぬことはなかったのでは。

    「お前、神に仕える人間にしちゃあ、随分とドス黒いもの抱えてるじゃねぇか」
    「み、見えるんですか?」
    「俺は人間じゃねぇからな。ちなみに、そんな真っ黒なのは見たことねぇ」
    「そう、ですか」

    きっとそれは、自分の中に蔓延っているものが醜い感情だけだからだろう。
    分かりきっていたことだ、碧鳥はそこまで驚かない。
    だが、落ち込まない訳でもなかった。
    肩を落とす碧鳥の、伏せられた瞳から流れ落ちる涙は、堰を切ったように溢れ続ける。
    陶磁器のように白いその頬をしとどに濡らしていれば、いつか枯れ果ててしまうのではないかと錯覚してしまう程に。

    「お前さ、生きてるのに、何でそんな死にそうなんだよ」
    「え…?」
    「そんな顔されちゃ、ちょびっと血をくれって強請りにくいだろうが」
    「…!」

    そうだ、この男は吸血鬼だ。
    人間の生き血を吸い、最期には食い殺してしまう、惨い化け物。
    それが、理由は知らないが体を起こせない程に弱っているのだとしたら。
    トドメを刺せるのは、きっと今だけだ。
    碧鳥は震える両腕で床についていた尻を持ち上げ、首に食いつかれないよう気を付けながら、両手と片足で距離を徐々に縮めていった。
    怖いが、自分がやるしかない。
    そうすることで、村の皆が助かるのであれば。
    困り顔の吸血鬼を、首から提げた十字架で焼いて、それから。
    穏やかで、優しい吸血鬼を殺したと、声を上げれば良いのだろうか。
    何の為?誰の為?
    それが本当に、己の為になるのか。
    答えなど、問わずとも分かりきっている。

    「あ、あの…お願い、一つだけ聞いてくれたら、あげます」
    「は?血を?」
    「少しで、良いんですよね?」
    「あぁ。俺はむやみやたらに人間を襲う奴とは違うからな、約束する。だから、くれるんだな?」
    「は、い」

    嗚呼、やはり。
    碧鳥は再び、涙を流し、何度も頷く。
    自分は、人間そのもののような言葉を紡ぐこの吸血鬼を、やはり助けるべきだと、決意を秘めながら。
    例え、彼の言葉の中に嘘偽りがあったとしても。
    己を少しでも『求めてもらえる』、その刹那の時を、自分の中で永遠に出来るのであれば。
    そうすることで、胸に宿す忘れたい感情を、ほんの少しでも和らげられるような気がして。

    「願いってなんだよ」
    「俺に、教えてください」
    「…何を?」

    娼婦のように、はしたなく脚を広げたまま。
    碧鳥は首元を晒し、背中を大理石へゆっくりと預けた。
    倒れた男がこれ以上体を動かさなくて済むように、自ら体を彼の下へ滑らせながら。
    その間、彼の指先が膝へ、太ももへ、這わせられようとも、臆することなく。
    心なしか、興奮したように息を荒げる男の大きな体で、のし掛かってくれて構わないと言わんばかりに。
    碧鳥の胸元に置かれた十字架がじわじわと、それこそ音を立てながら彼の肌を焼いてしまうのだが。
    そんなことも気にならないくらい、今、互いが互いをその瞳に宿していた。

    「はぁ…おいおい、堪んねぇな…。なぁ、早く言えよ、何が知りたい」
    「…ぁ、愛って、何色、ですか?」
    「…。赤だ」

    一瞬、そんなことを知る為に、生きる上で大切な血を捧げようとしているのかと。
    そう、吸血鬼は思ったのだろうか。
    胸の内にない、感情の色を知る為に、命を賭けた愚かな人間なのだと。

    「あの日、吸血鬼に両親を殺された時、恐らく無くしてしまったんです」
    「…同胞が悪かった、では済まねぇか。じゃあ尚更…」
    「あなたが約束を守るなら、俺も、守ります。だから生きて、そして、俺に、教えて下さい…」
    「本気か?俺はお前の両親の、」
    「仇の吸血鬼は、焼かれて、焼いた人も天寿を全うしました。だから俺は…」

    一人で、赤を抱くことなく、死んでいく。
    目の前の男の、まるで人間のような温かさを、この体は忘れてしまうかも知れない中で。
    せめて、今だけは、心に巣食った黒い感情を少しでも塗り替えることが出来ればいいのだが。
    碧鳥は十字架を握り、唇を噛み締める。
    悔しい、悲しい、…憎い。

    「ひとりは、やだ…っ」
    「なら、泣き虫神父サン、もう一つ教えてやるからよく聞け」
    「え…?」
    「愛の赤ってのは、そうだな…。俺の髪よりも、あの月よりもずっと、鮮やかなんだよ」

    もう、分かるだろう。
    問いを投げる男は、不敵な笑みを浮かべた。
    その犬歯を、徐々に尖らせながら。
    まるで、処女おとめの純潔を奪おうとするかのような男の、熱く真っ直ぐな眼差しで、息を飲んだ碧鳥を射抜きつつ。

    「美味そうな、お前の血の色と一緒だ」
    「血…?ぁ、」
    「お前の愛を、俺が飲み干してやる」

    流石に、全部という訳にもいかないが、と。
    ただでさえ血の通わなさそうな首筋に、男の立派な牙がひたりとあてられた。





    結果的に、蓮と名乗る吸血鬼に命を奪われるという事態にはならなかった。
    碧鳥の血の味を占めてしまったのか、時々指先に針を刺しては、吸ってくるのだが。
    一度赤子のようだと口を滑らせた際に、嫌だと泣いても全身を甘噛みされたのは苦い思い出だろう。
    しかし、不思議なものだ。
    彼は吸血鬼でありながら、口約束を違わずに守り、碧鳥はおろか、人間を襲うことは一切しない。
    蓮曰く、脆弱な人間を片っ端から襲うような低脳はごく一部であること。
    そして、碧鳥の血があれば十分生き長らえるのが理由だと、彼は語る。
    穏やかに細められた、『ベキリーブルーガーネット』のような美しいその瞳に、泣きそうな碧鳥を映して。
    時には、悪夢に魘される少年の体を、しっかりと抱き込みながら。
    他の吸血鬼と、ましてや人間とも違う、と。
    ただ、甘い美酒に酔い痴れた一人の男として蓮は、何一つ、誰一人信じられない碧鳥の黒く淀んだ心へ、簡単に足を踏み入れるのだ。

    (俺なんかに、信じて欲しいと思っているのかな)

    神に仕える人間でありながら、吸血鬼に血を捧げ、形のない赤い情を請う、愚かな嘘吐きの為に。




    気が付けば、本当の仇でないとはいえ、人間にとっては恐怖の対象でしかない吸血鬼と過ごす日々。
    そう、彼は碧鳥の住居に住み着いてしまったのだ。
    朝と昼はクローゼットの中に、その大きな体を滑り込ませ。(どうやら睡眠をとっているらしい)
    夜は碧鳥の傍を中々離れようとはしなかった。
    まるで、禁断の恋に落ち、純愛を育む人間同士のように。
    だがそれでも、愛の証明とも呼ばれる唇への口付けは、一度も交わらせないまま。

    「おい、何でまた拒むんだよ」
    「欲しいのは、俺の血でしょう?」
    「そうじゃねぇだろ…ったく、可愛い顔して本当にお前は頑固だな」
    「だって、教えて欲しいとは言いましたけど、キスもセックスも、男同士ですることじゃない」

    二人が初めて出会った日。
    あの瞬間は、この男にならば全てを曝されたいとも思ったものの。
    それはきっと、あの夜は冷静さを欠いていたからだろう。
    ましてや碧鳥は、紅い月に魅せられて興奮するような獣ではない。
    蓮のように、子宮を持たない体が熱を帯びるような眼差しを向けられる程の、真っ直ぐな熱情で目の前の男を見られないのだ。

    「摂理なんかクソ喰らえって内心思ってる癖に、純情ぶるなよ神父サン」
    「なら、そこら辺の女性を誘えば良い」
    「俺は一途なんだよ、バーカ。ありがたく思え」

    見返りという名の、『血を捧げること』だけの脆い繋がりでありながら、何が一途だというのだろう。
    碧鳥は男に乱された衣服を整えると、ベッドサイドに放置されていた十字架を手に取った。
    こんな白銀の塊では、蓮を殺めることなど出来ないのだが。
    彼を確実に焼くには、剣のような得物でないと不可能らしい。
    護身用にと購入したナイフは、はたして効くのだろうか。
    もしもの時には、いっそのことこちらが自害した方が互いの為になるかと、碧鳥は漠然と考える。

    「あなたが他の人の血を欲した時、俺は…。あるいは、俺が死んだ時、あなたは…一体、どうなるんでしょう」
    「はぁ?ねーよ、どっちも」
    「いや、後者はどうしようもないんじゃ…」
    「無理ってことはない。ただ、俺が乗り気じゃねぇ」

    珍しい、死にかけてもなお笑みを浮かべていたあの蓮が今、苦しげに顔を歪めるとは。
    碧鳥の、人間の抗えることは叶わないであろう死を、回避出来ると発言している時点で常軌を逸しているにも拘わらず。
    我を通そうとする彼にも、どうやら拒みたいものがあったらしい。

    「神父サンが死んだら、やっぱ俺も何とかして死ぬかな」
    「え…?何ですか、それ…。そんなの、まるで…、」
    「お前の血しか、もう要らねぇ」
    「またそれですか」

    てっきり、歯の浮くような台詞を囁くかと思っていたのだが。
    自分の血には、特別な何かが混ざっているのかと時々不安になるくらい、蓮は相変わらずご執心のようだ。
    こんな様子で、先程も口付けを強請るなんて。
    衣服を剥ぎ、膨らみのない胸元に指を滑らせながら。
    冗談ではない。
    碧鳥は、散々触れられたせいか何となくむず痒い胸に十字架を押し付けつつ、ベッドから立ち上がった。
    寝転んでいた蓮が、目を丸くしていることにも気付かずに。

    「どこ行くんだよ」
    「教会に。今夜は、紅い月の夜なので」
    「人間ってのは難儀だな。何でわざわざトラウマと向き合おうとするんだ」
    「トラウマ…?俺は怯えていません」
    「俺を一目見た時はピーピー泣いてた癖に」

    いつになったら、忘れてくれるのだろう。
    やはり、今すぐ己の首をナイフで掻き切ってしまおうか。
    紅い月の夜に血が流れるなど、両親と同じ末路を辿る訳だが。
    それも、悪くないかも知れない。
    どうせ今晩は眠らないのだ。
    いつの間にか己の背後に付き添う蓮がいつも、悪夢から引きずり出してくれるにも拘わらず。
    彼が碧鳥の死を拒んでいることを知っていながら、彼ならば自分を優しく抱き締め、看取ってくれるのではないかと。
    そんな気がして。

    「蓮さん、一定の条件を満たしたら、キスを許してあげます」
    「…!何だ、何かまた知りたいことでもあるのか?神父サンは顔に似合わず強欲なんだからよ、早くぶち撒けろ」
    「あ、ちょっと、そんなに、畳み掛けないで下さ…、っ?」
    「動くな、碧鳥」

    己をまるで何かから隠すように抱き込む、逞しい腕の強さと。
    張り詰めた緊張感が伝わる蓮の低い声色に、碧鳥は思わず息を止めた。
    何だ、一体、何が起こっているんだ。
    今の今まで、蓮は幼子のように目を輝かせながら、詰め寄ってきたというのに。
    彼は何故、突如息を潜め、慎重に碧鳥の背中と膝裏に腕を回そうとしているのか。
    その答えは二人が辿り着いた教会の、扉の前にあった。

    「くそ、物音が聞こえん。碧鳥はどこだ。このままでは村の住人が…」
    「落ち着け、きっと此処にやって来る」

    嗚呼、

    「引き渡す前に、喉も潰しておこう」
    「その前に、味見でもしておくか?」

    そうか、

    「良いな。一度あの可愛いツラを汚してみたかったんだ」
    「全く、シスターが居なければ、今頃アイツを俺達が飼っていたものの」

    そうだったのか、

    「まさか、毒の効力があそこまで遅いとはな」
    「俺達に飼われていたら、吸血鬼への供物が無くなっていたけどな」

    そういうこと、だったのか。
    ならば、もっと早く、この体を、この血を。

    (シスター…あなたは、知っていましたか?)

    全てを知りながら、あの日、震える小さな両手を握ったというのか。
    叫び尽くしたせいで一度喉を潰しかけ、涙を流してばかりだった無力な子供を、もしも助けていなければ。

    「おとうさん、おかあさん…」

    そもそも、自分が生まれていなければ、愛しい二人は死なずに済んだというのに。
    ここまで己が、忌まわしい子だとは。
    碧鳥は、はらはらと大粒の涙を零し、未だ自分を抱き締め続ける男の胸元を、強く握った。
    震える、あの日よりは大きくなった、血を何度も吸われたせいで小さな傷が増えた手で。
    口元を、微かに綻ばせながら。

    「蓮、さん。一番憎いのは、俺、自身だった、みたい」
    「黙れ」
    「ねぇ、蓮さん…、俺の血は、美味しい?」
    「黙れよ!誰にも言うか!お前を求めるのは、俺だけで良い!」

    例え、我が身可愛さに両親が村人達に売られ、育ての親が殺されようとも。
    否、そうされてまでも守りたかった穢れなき少年に、彼女らはどうか生きていて欲しいと、願っていたというのに。
    犯され、人形のように動かなくなった体から流れた血を、低脳な化け物に啜られにいくだなんて。

    「お前が自身に罰を与える必要なんて無い!そんなことしたって、お前の心は、真っ黒いままだ!」
    「愛を奪ったのは俺の存在だ…!優しさも、温もりも、笑顔も、全部、ぜんぶ、おれがぁ…っ」
    「なら、俺が壊す。お前を奪おうとするもの、全てを」

    碧鳥を裏切り、のうのうと生き延びようとする人間を。
    未だ、人間を食らう、低俗な同胞を。

    「人の生き血を吸って生きてきたのはどっちか、俺が証明してやる」

    二人の言い争いを聞き付け、駆けてきた人間を皮切りに。
    片腕で薙ぎ倒し、頭を片手で鷲掴み、頸動脈へ牙を突き立てる。
    何度も、何度も、返り血を浴びながら。
    人間を襲わないと約束した心優しき吸血鬼は、黒き殺人鬼へと変貌した。
    十字架を握り締め、怯えた表情を浮かべた碧鳥が見つめる中で。

    「な、何でこんなところに、吸血鬼が居るんだ!」
    「こいつまさか、こないだの吸血鬼を殺した奴じゃ…ぎゃあ!」
    「おーおーそうだよ、お前ら賢いなぁ!人間を食える村があるって噂を聞いてよぉ…、馬鹿は嫌いだから、殺っちまったよ!」
    「ひ、ギャアアアッ」

    紅い月の下。
    断末魔を響かせながら絶命していく村人達の山に佇む吸血鬼の、突如舞い降りた過去の断片に、碧鳥は握っていた十字架を思わず零す。
    蓮が酷く傷付いていた、あの時の真実を目の当たりにして。
    もしかすれば、その日に自分は殺されていたかも知れない、と。
    それを彼が救ってくれていた。

    (存在自体が過ちである俺でも、役に立てていたんだ…)

    どうして、言ってくれなかったのだろう。
    彼はいつも、茶化してばかりで。

    「おい、碧鳥が居たぞ!」
    「…!」

    碧鳥は地面に投げ捨てられていた、まだ火の灯った松明を手に取り、弾かれたように駆け出した。
    蓮が己の名前を叫ぶ中。
    教会の、彼に初めて血を捧げた床の上に向かって。

    「碧鳥、観念しろ!神に仕える身でありながら吸血鬼を匿うなんて、愚かな真似をよくも…!」
    「お前のせいで村人が何人も死んだぞ!この、化け物め!」
    「ばけ、もの」

    己が欲望の為、人を売り、殺しておいた人間に、まさか化け物扱いされるとは。
    なんと、滑稽なことだろう。

    「…じゃない」
    「何?」
    「俺じゃ、ない。化け物は、あなた達だ!
    天使の子だと言われた俺が欲しくて、全部奪って…でも結局俺は、呪われた子になった…!あなた達のせいで…!」

    人間が、碧鳥を変え、歪めてしまった。
    よく笑い、よく泣いた、幼き少年を。
    全てはあどけない笑顔を、己のモノとする為。

    「俺の体も、心も、あなた達には渡さない…!」

    歪な、憎悪に塗れた己を、求める者は。
    捧げても良いと、思える男は、彼だけなのだ。
    それを奪わせるくらいなら。
    碧鳥は手に持っていた松明を、木製の長椅子へと投げ付けた。
    炎が、熱が、瞬く間に広がっていこうとも、その場に立ち尽くしたまま。

    (まるで蓮さんの、髪の色みたいだ…)

    暗く、冷たい、黒色を。
    温もりでそっと、本当はずっと、満たしてくれていた、誰よりも気高く、美しい吸血鬼。
    彼の口付けは、その熱は、この炎よりも、心地良いのだろうか。
    碧鳥は涙を流し、手を伸ばす。
    揺らめく赤い、『愛』の色へ。

    「ふ、ざけんなぁ…!」
    「…っ、あ、ぁ…!れん、さ…ッ」

    刹那、影に腕を掴まれた碧鳥は、驚き、嘆く。
    体中を鮮血で染め上げ、その大きな背中に何本もの剣先を埋め込まれた吸血鬼に、強く抱き込まれながら。
    全てを壊して、証明すると言ったにも拘わらず。

    「そ、んな…、やだ…!また、俺の、せいでッ」
    「あー…くそ、火なんて付けるから、コートが焼けちまったじゃねぇか、泣き虫神父サン…」
    「なに言って…、くっ、お、俺が、繕います…!俺が、何とかするから…!」

    焼けないで、奪わないで。
    吸血鬼に泣き付く人間は、願い、祈る。
    神など居ない、この世界で。
    彼を焼く剣へ何度も、手を伸ばしながら。
    男の背中が厚く、広いせいで、その短い腕では届かないというのに。

    「離して、お願い…ッ!」
    「離したら、お前が燃える。大人しく、してろ…、今ここから、ぐ…ゥッ」
    「蓮さん!死なないで、お願い…。俺の血、あげるから…!全部、飲んで、良いから…っ!」

    そうすれば彼は助かり、自分は看取られる。
    その腕に抱かれ、男の命となって。
    己が思い描く未来の、望むがままに。
    だからこそ、このような結末は望んでいない。
    碧鳥は両手を、蓮の頬に添えた。

    「俺の愛を、けほッ、飲み干すって、言ったじゃないですか…っ」
    「…!そうだよ、お前の愛しか、俺は…、要らねぇ」
    「…っ、けほっ、ゲホッ…、じゃあ、飲んで、下さい」

    噛み付いて、貪って。
    どうか、奪って。
    熱と煙で渇くこの喉に、牙を立てながら。
    命の流動を。
    吸血鬼が望む、己の赤き愛を。

    「受け取って、俺の…」
    「はぁ…クソ、死ぬなよ、頼むから…。おい、碧鳥、」

    残りの時間も、あと僅かなのか。
    薄まる酸素と意識に目眩を覚えながら、碧鳥は目を閉じる。
    体を男に預け、白く美しいその喉元を仰け反らせたまま。
    手は、胸元の十字架を握り締めて。





    不条理な世界にて、沢山の命が奪われていく中。
    首に包帯を巻いた一人の碧鳥は、焼け落ち、跡形も無くなった教会をフラフラと歩いた。
    ヒリヒリと痛む唇を、指先で弄りながら。
    先日、同居人に初めて口付けられて以来、何度も求められるせいで少し腫れてしまったのだ。
    覚えていないと言ったのが、仇となって。
    無理もない。
    碧鳥はその時、意識を失いかけていたにも拘わらず、大量の血を失った。
    正確には奪われた、だが。
    今でこそ歩けるようになったものの、五日は体を起こすことさえ叶わない程の、本当は死んでもおかしくはない量を。
    だからこそ、碧鳥は探し出すのが遅れてしまった。

    「十字架、どこに落としたんだろう…」

    彼以外の、村にいる全ての男が惨殺された、紅い月の夜。
    元々信じていなかった神を裏切り、心優しい吸血鬼に愛を捧げた碧鳥は、その罰として大切な物を無くしてしまった。
    彼女が託したからではない、もう必要もないと頭では分かっていながら。
    自分の命を救ってくれたお守りのようなものだ。
    例え、時々見ていた悪夢を、もう見なくなったとしても、碧鳥は探し出したかった。
    持ち出さずとも、せめて日の当たる場所へ。
    だが、足を踏み出した、その瞬間。

    「わ、ぁっ」

    何かに足を取られた碧鳥は悲鳴を上げながら、前のめりに倒れ込んだ。
    心なしか、デジャヴを覚えつつ。
    つまり、自分が足を引っ掛けたのは長椅子でもなければ、瓦礫でもないのだろう。

    「れ、蓮さん…?今、昼間ですよね…?」
    「俺がむしゃくしゃして引き千切ったからよぉ、探そうとしたんだが…あー、気持ち悪ぃ、死ぬ…」
    「もう…。俺は大丈夫ですから、家に戻れ…そうにないですね」
    「あー、溶けそ…」

    なんて悍ましいことを言うのだろう。
    碧鳥はしゃがみ込みながら、昼間に出歩いて行き倒れた蓮の頭をそっと撫でた。
    少しでも、その体で日陰を作りながら。
    何もないよりはマシな筈だ、と。
    彼がのそりと上半身を起こし、こちらを見上げるまで。

    「大丈夫ですか?」
    「…天使」
    「大丈夫じゃないですね。ほら、帰りましょう?十字架は明日に…」
    「美味そう…」
    「あ、ちょ…、ンゥッ」

    まさか、唇に噛み付かれるとは。
    甘噛みではなく、鋭い牙で下唇を薄く突き破りながら。
    なんということをしてくれるのだろう。
    痛みと驚きで、碧鳥のエメラルドに涙がぶわりと込み上げる。
    だが逃げようにも、彼がいつの間にか後頭部へ回していた掌に遮られて、叶わない。

    (嗚呼、食べられそう…)

    傷口を舐めて、甘噛みして、啄んでは、また舐めて。
    碧鳥がへたり込んだ時を狙っていたのか、蓮が勢い良く体を起こした。
    片腕で腰を抱き寄せ、空いた手を瓦礫につきながら。
    否、そこは瓦礫ではなかったのだが。

    「…ッ!あッつ!?」
    「ぷはっ…へ?」
    「何だ、マジで手が焼けるかと…、あ」
    「あっ、十字架!」

    弱っているせいか、余程の熱と激痛が走ったのだろう。
    手に息を吹きかける蓮には申し訳ないが、捨てられた白銀の十字架は、少し焼け焦げていたものの、効力が失われていなかったことに、碧鳥は思わず感心してしまった。

    「また守られちゃった…」
    「どういう意味だよ」
    「ふふ、やっぱりこれ、持っていきます」
    「はぁ?ざけんな、置いてけ」
    「大丈夫ですよ、蓮さんは強いから浄化されません」

    今の光景を忘れはしないが。
    もうしばらく必要としても、罰はあたらないだろう。
    神への信仰心は更々ないというのに。
    ただ、少々調子に乗りやすい吸血鬼にお灸を据える為。
    碧鳥は十字架に一度口付けを落とすと、それを後ろ手に取り、若干距離を取る蓮の元へ歩み寄った。

    「今夜はもっと、俺をあげるんで…、お願い、蓮さん」
    「チッ、三回は抱かせろよ」
    「…えいっ」
    「うわ、バカ!熱ッ!」
    「ふ、ふふ…っ」






    『L』…Last or Lost or Love



    以下は大好きなフォロワーさんへのリプライを加筆修正したオマケ↓



    燃え盛る紅蓮の中。
    薄れ、消えていきそうなその細腕を、蓮は強く引き寄せた。
    喉を焼かれているのか、苦しげに喘ぎ、十字架を握りしめたまま目を閉じた碧鳥の唇に、滲む血と。
    微かな吐息に、胸を強く締め付けられながら。


    元々、蓮は人間に対し好意を持っていた。
    脆弱ながらも、心に強き愛を抱く姿は、儚さと美しさを兼ねていて。
    初めて、意識が朦朧とする中、一目見た時からその容姿に目を奪われたあの日。
    神に仕えているというのに、その黒い感情に飲み込まれた、愛をなくした少年の危うさと、晒されたその首の細さは、十分蓮を滾らせた。
    その喉元に、牙を突き立ててしまいたい衝動をグッと飲み込みながら。
    一度味わえば忘れられない甘美の赤に、愛しさを覚えておいて。
    他の人間など、もう考えられない。
    彼だからこそ、深く傷付けてはならないと思い、その命を奪ってはならないと蓮は強く誓った。
    自分のような化け物に、「好きになりたかった」と告げた彼を、守る為。

    「悪い、少し多めに貰うからな…、お前のあい

    再び、その白い首筋から。
    だから今は些細な痛みでさえ、邪魔なのだ。
    蓮は微かに零れる吐息を追うように、そっと碧鳥の唇を塞ぐと、白い首に下げられた紐を、無理矢理引き千切った。
    十字架の無くなった胸元で微かに見えた黒以外の輝きに、枯れ果てた筈の涙を流しながら。



    ------------------------------------------------------------

    ここまで読んで下さり、ありがとうございました(土下座)
    るり(のんびり量産型) Link Message Mute
    2018/10/29 23:28:40

    Ageless...『L』

    人気作品アーカイブ入り (2018/10/30)

    #腐向け #OA!腐 #パロディ #かがひな #蓮碧
    雄全開な吸血鬼×悲劇全開な神父の完全パロディ(登場は二人だけ)
    わたしが楽しいだけです、色々すみません。
    ※若干のエロ、グロ、直接表現有り
    ※後半はゲスモブもいっぱい

    more...
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