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    Forbidden fruiT【白赤】    一
     真っ白い生クリームも、その上にちょこんと座っている真っ赤な苺も可愛いと思う。ケーキ屋さんのショーケースに並ぶ甘い香りのお菓子達は、みんなきらきらしていて、可憐で、おとぎ話に出てくる妖精さんみたいだ。
    可愛いとは思うけれど、おいしそう、と思ったことは一度もなかった。だって私には、味覚がない。
    柔らかくて甘い香りのするケーキも、口の中に入れてしまえば、ただスポンジの柔らかさと、冷たい生クリームが舌の上で溶ける感触が残るだけだ。あの甘い香りそのものの味というものを感じることが出来ないのは、ちょっとだけ残念ではある。
    当然、味覚はなくともお腹は空く。ご飯は栄養バランスを考えた上で、香りと食感と、それから見た目で楽しむことにしている。
    今まで、味がしないという事に不便を感じたことはなかった。生まれつき味覚という感覚がないものだから、味があるということ自体が理解できないのはむしろ幸せなのかもしれない。不味くて食べられないものはないし、コツさえ掴んでしまえばおいしそうにご飯を食べているようには見えるものだ。
    あ、でも色が綺麗だからって理由で、食事当番の日におみそ汁にミニトマトを入れた時はみんなに変な顔をされてしまったから、そこらへんはもっと気を付けないといけないかもしれない。
    確かに、後輩ちゃんが美味しいと絶賛するソフトクリームや、近所のパン屋さんのコロッケパン、生クリームとチョコレートソースたっぷりのクレープというものを、同じ感覚で味わうことが出来ないのは寂しい。
    だから一生に一度くらいは、そう、一度だけでいいから、甘くて舌が痺れるとか、甘さに後頭部を殴られているみたいな感覚を体験してみたいなぁって。お願い神様。一度だけ。一度だけでいいんです。
    だなんて、叶うはずがないと高をくくって初詣をした新年早々の私を、とりあえず今はお説教したい。
    頼むからその願い事だけはやめておいてって。他の、そう、期末テストで10位以内に入りますようにとか、そっちにしておいてって。あぁもう、ほんと私って何考えてんだろう。
    きっと神様を軽く見たから、罰が当たったんだ。ごめんなさい神様。あのお願いは取り消してください。別のお願いがあるんです。今、切実に。

        二

     何をしたと言われても、何もしてないとしか答えられない。いつも通りに寮を出て、いつも通りに満員電車に揺られ、いつも通りに学校へ行って、いつも通りに部活をして、いつも通りに帰りの満員電車に揺られて。乗り換えの駅で、電車を降りて。
     本当に、何もしてない。つまり、ごく普通の一般的な女子高生の日常を送りましたとしか言えないのだ。あの人に会うまでは、そこら中にありふれたいつも通りの、普通の日だった。
     あの時、もしもあの時振り返らなかったら、こんなことにはならなかっただろうか。いや、無理だろうな。あの人は、きっと何をどうしてでも、私を見つけてしまうだろう。
     私営地下鉄から国鉄に乗り換えるために降り立ったホームの人混みの中で、あんなにもたくさんの人がひしめき合っている中で、私を見つけてしまうのだから。
     部活で走り込みをした後だったから、とてもお腹が空いていたのは覚えている。あー、今日の夕ご飯は誰が当番だったかな。とか、そんなことを考えながら人の流れに押し出されるように電車を降りて、歩きなれた駅を歩いていた時だった。
     ふわりと、甘い香りが後ろから漂ってきたのは。
     最初は、あ、いい香りがする。と思った。金木犀のような、沈丁花のような、控えめで優しい、それでいて甘ったるい香りだ。ずっと嗅いでいたいような、胸の奥がぎゅっとするような、切ない香り。
    頭の奥が痺れるような、甘い香り。でも次の瞬間、おいしそうだなと、思った。思ってしまったらもう止められない。ゴクリ、と喉が鳴る。
    嘘だ。そんな、そんなはずない。今まで、今までずっとそんなことなかったのに。先生だってただの味覚障害かもしれないって。
    私は、思わず振り返ってしまった。
     その人はすぐに見つかった。だってあんな真っ白い髪、あんな透き通るような白い髪、見つけるなという方が難しい話だ。
     その人と、目が合った。黒目勝ちの大きな瞳が、真っ黒いその瞳が、確かに私を見ていた。時間が止まったみたいだった。周りの音がすうっと遠ざかって、雑踏の中で、私はその人と見つめ合っていた。
    見つかってしまった。いや、見つけてしまった。間違えるはずがない。間違えたりなんかするものか。だってずっと会いたくて会いたくてたまらなかった。
    その人の唇が動くのがはっきりと見て取れた。
    「赤血球!」
     その懐かしい声に全力で背を向けて、私は走り出した。だめだ。逃げなきゃ。逃げないと、私が何をするかわかったもんじゃない。
    「す、すみません! 通ります!」
     勝手知ったる駅の中、人混みをすり抜けて走る。今、タイムを計ったら絶対に自己ベストが出る。いやひょっとすると大会レコード行けるのでは? と思うくらいのスピードで階段を駆け下り、改札に定期券を叩きつけ、私は夜の繁華街に飛び出した。
     けばけばしいネオンが目に痛い。マフラーが解けて落ちたけれど、構ってなんかいられない。道行く人が何事かと私を振り返る。でも、足を止めるわけにはいかなかった。
     世の中にケーキと呼ばれる人と、フォークと呼ばれる人がいる事は知っていた。私に味覚がないと分かった段階で、私の両親は私を育てることを諦めた。フォークの子は育てられない。手に負えない。そう判断したのだろう。
     間違ってはいないと思う。仕方がない事だとも思う。将来、殺人鬼になる可能性の高い子供を、一般家庭で育てることの方が難しい。
    実際、施設に預けられたことで得た知識は多い。マクロファージさん達のたゆまぬ努力と適切な教育のおかげで、私は今まで普通の人に擬態して、社会に適応して生きていたのだから。
    でも。走りながら私は思う。でも、だからって、なんで白血球さんがケーキなんだろう。どうして。不意に視界が滲み、私は歯を食いしばった。
    息が苦しい。冷えきった1月の風が突き刺すように胸が痛い。足が痛い。後ろからずっと聞こえていた足音は、無慈悲にもどんどん近づいてくる。
    どこか冷静な頭の片隅で、ああ、相変わらず足が速いなあなんてことを思う。もう逃げきれない。そう観念した瞬間、ぐいっと腕を掴まれた。
    「ま、待ってくれ!」
    後ろから白血球さんの息遣いが聞こえる。掴まれた腕が焼け付くように熱い。むせかえるような甘い香りに、頭の中がぼうっとしてくる。
    お腹が、すいた。嫌、食べたくない。甘い香りがする。傷つけたくない。おいしそう。だめ、絶対。お腹が空いた。そんなことはいけない。そんなことはできない。
    「は、離して、ください」
    白血球さんがしっかりと捕まえていた私の腕をパッと離した。離してくれてほっとした反面、今の言い方は刺々しかったかな、とか、大きな手だったな、とか、ぐるぐると思考はめぐる。
    「す、すまん、もしかして、痛かったか。思わずその、必死になって……」
    しどろもどろな白血球さんの声がすぐ後ろで聞こえる。離してくれてほっとしたのに、その気遣いがうれしいと思ってしまう。
    早く逃げて欲しいのに。なんで。なんで逃げてくれないの。私は今にも、あなたを食べてしまいそうなのに。
    「白血球さん、ですよね。お久しぶりです。……元気そうで、よかった、です」
    なにもよくない、この状況。後ろを振り向くのが、怖い。この期に及んでも、自分がフォークだなんて信じたくない。
    「……久しぶり。また会えたな、赤血球」
     あぁ、なんでそんな嬉しそうな声で呼んでくれるの。ほころぶ白血球さんの顔が目に浮かぶ。私は唇を噛み締めた。
     どうにかして穏便に離れてもらわなくては困る。でも、どうやって? わからない。頭に霞がかかったようにぼんやりして、どうにも思考がまとまらない。
    「そう、ですね」
    「でも、よかった。赤血球も元気そうで。相変わらず足が速いな。追いかけるのが大変だった」
    「あ、あの」
    声が震える。考えてもいい案は浮かばない。もう言おう。言ってしまおう。ここで白血球さんを害するよりはその方がましだ。……嫌われても、仕方がない。
    「はっけっきゅう、さん、白血球さんは、フォークと、ケーキって、知ってますか」
    「……え」
     低い声。居心地の悪い沈黙。
    「甘いお菓子の方のケーキと食器の方のフォーク、ではない方の?」
     やっぱり、知っていた。私は黙ったまま頷く。
    「ま、まさか……お前、ケーキなのか!?」
     えっ。なんて? 予想外の反応に、思考が一瞬でフリーズする。次の瞬間、がばっと両肩を掴まれたかと思うと、私はくるりと回転させられていた。ふわり、と甘い香りが強くなる。
    「その、信用できないかもしれないが、俺はフォークじゃない」
     白血球さんの真剣な顔が目の前にある。うわわわわわ!! 近い近い近い!! 甘い香りがする!! 心臓が一気に早鐘を打ち、無意識に喉が鳴った。これは、この距離は大変よろしくない。
    「わかりますから! それは! わかってますから!!」
     一生懸命に腕を突っ張ってみるが、男の人の腕力に敵うはずもない。本当に全然、びくともしない。
    「ち、ちが、違うんです! 離れて、離してください白血球さん! でないと、でないと、で、でないと……」
     食べちゃいますよ。と、言いたかった。でも、我慢も限界だった。それを言うよりも早く、私の手が白血球さんの手を掴んで、引き寄せて───。
     ざくり、という食感がした。甘い。これが、甘い。本当に、本当に香りの通りの、甘い。舌が痺れるくらい。甘さという暴力で後頭部を殴られているくらい。信じられないくらい、甘い。
    「……ぅ、い、っ」
     白血球さんの痛みを押し殺したような声に、はっと顔を上げる。ぬるり、とした粘度を纏った生暖かいものが唇の端から零れ落ちた。これは血だ。白血球さんの、血だ。
     やってしまった、ついに。さっと血の気が引くのが分かった。
    「赤血球……?」
     白血球さんは戸惑ったような、呆然としたような顔で、私を見下ろしていた。その白い手首からぽたぽたと血がしたたり落ちている。
     止血だ、止血しないと。私は咄嗟にその手首を掴み上げるとハンカチを傷口に押し当てた。
    「え、赤血球? そ、その」
    「……ごめんなさい、白血球さん。私、ケーキじゃなくって、私が、フォークみたいなんです」
     みたいなんですってなんだろう。みたいじゃなくて、フォークそのものなのに。悔しさとやるせなさで涙が滲む。
    押さえつけた手首から、ハンカチの生地越しにじわり、じわりと生暖かい感触が伝わってくる。白血球さんを傷つけてしまった。そのことが紛れもない現実だと、私を詰るように。
    「ごめんなさい…ごめんなさい、白血球さん、ごめんなさい」
    「だ、大丈夫だ、これくらい……」
    「だめ! だめです! わ、私のこと、信用できないかもしれないですけど、病院、行きましょう」
    白血球さんは少し困ったように視線を彷徨わせていたが、しばらくすると小さく頷いて言った。
    「……わかった」

        三

     待合室の大きなテレビから、ひっきりなしに流れるニュースをぼんやりと眺めて、私は何度目か分からない溜息を吐いた。
    白血球さんを診察室に送り届けてからどれくらい経っただろうか。随分長い事ここに座っている気もするし、一瞬だったような気もする。あまりの現実感の無さに、ひょっとしてこれは悪い夢なのでは? とすら思えてくる。
    不意に、目の前に湯気の立つココアが差し出された。白いナース服にナースキャップを装着した白衣の天使が、微笑んで私を見ている。
    「ま、マクロファージさん……」
    「はい、ここでは婦長さんと呼んでねって言ったでしょう?」
     うふふ、と微笑んだマクロファージさん。いや、婦長さんがココアを手渡してくれる。温かい。いつの間にかかじかんでしまっていた指先がほぐれ、思わず息をつく。私の頭をそっと撫で、婦長さんが言った。
    「よく頑張ったわね」
    「……私、頑張れている、でしょうか」
    「あらあら。どうして?」
    「……今日だって、白血球さんに、怪我を……それにマクロファ……婦長さんにも、ご迷惑を」
     カップを握る手に力がこもる。怪我だけじゃない。下手したら殺していた。あんな人通りの少ない路地で。そう考えるとゾッとする。
     でも婦長さんは優しい微笑みを崩さないままだ。婦長さんは私の隣に腰を下ろすと、私の頬を温かい両手で包み、あのね、と話し始めた。
    「あなたがごく普通の、ありふれた倫理観を持っていることが、それこそが私達にとってはこれ以上ないことなのよ」
     人の生き死にに関して普通の価値観を持つことは、フォークにとっては難しい事だ。ケーキに誘われることは本能に近い。実際、フォークの殺人事件が毎日のように新聞やニュースを賑わせている。
    それは理解していた。理解していたけれど。
    「でも、私、今日全然、できなくて……」
    「いいえ、あなたは頑張っているわよ。それはもうとびっきり。今日だって、あの子をここまで連れてきたのは誰でもないあなたよ。そんな頑張り屋さんに育ってくれて、私も鼻が高いわ」
     くすっと悪戯っぽく笑った婦長さんが、私の後ろを目で指し示す。
    「それにほら、噂をしたからやってきたわよ」
     振り返ると、手首に包帯を巻かれた白血球さんが、婦長に会釈をしてこちらに向かって歩いて来るのが見えた。
    「はい、これ」
     婦長さんが私の手から空になったカップの代わりにナースコールを握らせてくれる。
    「ちょっと二人っきりでお話していらっしゃい」
    「えっ」
     婦長さんはウィンクすると私の唇にしーっと人差し指を押し付けた。
    「なにかあったらすぐに駆け付けるから安心して。ちょっとした御褒美だと思って。ね?」
    いいのだろうか、そんなことをしても。でも、
    「で、でも」
    「大丈夫よ」
     そう言うと、にっこりと笑った婦長さんはすっと立ち上がって白血球さんの方に歩いて行ってしまった。なにか話している二人の声がぼそぼそと聞こえてくる。
     白血球さんとお話ししてもいいのは、素直に嬉しい。でも、今更何を話せばいいのかわからない。とにかく、謝って、許してもらえるような話ではないけれど、それでも謝って、それから。
     ふっと、もう会わないほうがいいんだろうな、と思った。白血球さんだって、怖いだろうし。何よりも私が、白血球さんを害してしまう事に耐えられそうになかった。
     とすると、色々聞かないほうがいいかもしれない。聞いたらきっと、もっと会いたくなってしまう。もっと一緒に居たくなってしまう。一緒に居たら、きっとまた食べたくなってしまう。
    あぁ、もっとおしゃべりしたかったな。今、何しているのかとか、聞きたかったな。私だって。私だってずっと会いたかったのに。白血球さんの事、ずっと探していたのに。
    「隣、いいだろうか」
    「うびゃっ!?」
     ぐるぐると思考の海に沈んでいたから、突然降ってきた白血球さんの声に驚いて飛び上がる。恥ずかしさのあまり私は勢いよく右にずれて左隣を空けた。
    「はっ、はいっ、すみませんっ! どうぞ!」
     長椅子のすぐ隣に白血球さんが腰を下ろす。ふわっと甘い香りが香った。太腿が触れ合うくらいの距離だ。いやいやいや!! 近い近い近い近い!! 
    それとなく私が右にずれる。すると白血球さんが同じくらい右に距離を詰めてくる。な、なぜ? もう一度、今度は大きめに右にずれる。すると、白血球さんも同じくらい大きめに距離を詰めてくる。
    そんなことを何度か繰り返し、私はついに長椅子の端まで追い詰められてしまった。すぐ隣には白血球さんが座っている。頭がクラクラするくらいに甘い香りが漂っている。
    ど、どういう状況だろう、これは。何を話そうか、とか今まで考えていたことが全て吹っ飛んでしまった。白血球さんはといえば、先ほどから何か鞄をごそごそと弄っている。
    「赤血球、その、これ」
     そう言って白血球さんが差し出してきたのは、走っている間に落とした私のマフラーだった。
    「すまん。渡すタイミングを逃してしまって」
    「あ、ありがとうございます」
     私が落としたの、拾ってくれたんだ。あんなに息が切れるほど全力で走っていて、いつ見失うかもわからないのに、拾ってくれたんだ。どうしようもない嬉しさと切なさがない交ぜになって、私はどういう顔をしたらいいか分からずに俯く。
    もうどうしようもないくらい、この人が好きだ。手渡されたマフラーからは、やっぱり甘い香りがした。無意識のうちにマフラーを握りしめる。だからこそ言わなくては。言うんだ。
     小さく深呼吸をしてから、私は口を開いた。
    「あの、白血球さん。今日は、本当に申し訳ありませんでした。突然噛み付いたり、して、痛い思いをさせてしまって、本当に」
     白血球さんの顔が見れない。今、どんな顔をしているのか見れない。白血球さんの白いシャツの袖口に染みついた血の跡と、痛々しい包帯にばかり目が行く。
    「私、生まれつき味覚が無くて、いわゆるフォークっていわれるものです。ちゃんと説明できなくて、こんなことになってしまって、ごめんなさい。白血球さんも、突然ケーキだなんて分かって、びっくりしましたよね。……本当にごめんなさい。許してくれなくって、いいです。到底許される事じゃ、ありませんから」
     そう、到底許される事じゃない。なんでこんなことになってしまったのだろう。私は、こんなにも存在が罪深い。
    「もう二度と、会わない方がいいと思います。私達」
     沈黙が耳に痛い。自分の言葉が鋭くとがって突き刺さる。うん。と、言わないでほしい。心のどこかで、いや、心の底から、そんなことは嫌だと叫んでいる自分がいる。仕方がないと諦めるには、もう手遅れなことも分かっている。
    会わない方がいい。それは分かっている。いつか自分を殺してしまうかもしれない狼に、わざわざ会いに来る羊なんて愚かなだけだ。
     分かり切った事だ。そんなの、もう嫌というほど、分かっている。でも、それでも、もう二度と逢えないのは、身を引き裂かれるほど、辛かった。
    「あの、赤血球。ちょっとは俺の話も聞いてくれ」
     その沈黙を破ったのは、白血球さんの静かな声だった。ちょっと困ったように、白血球さんは続ける。
    「つまり、その、許すとか許さないとかの問題じゃなくてだな。ええと」
     そう言って、白血球さんはしばらく黙り込んでしまった。そして、慎重に言葉を探すようにゆっくりと話し始めた。
    「今日の話なんだが……ずっと会いたくて、ずっと探していた人を見つけたんだ。そしたらその人に、全力で逃げられた」
    「……へ?」
     どうにも身に覚えのありすぎる話に、思わず体が硬くなる。
    「ものすごく全力で逃げられた。嫌われているのかと思ったら、それは違った。でも今、やっとゆっくり話ができると思っていたんだが、その人に、もう二度と会わない方がいいと思います。と言われてしまった」
     白血球さんが私の顔を覗き込んでくる。長い睫毛がゆっくりと瞬き、真っ黒い瞳が真っ直ぐに私を見ている。相変わらず、表情は読めない。
     いたたまれずに目をそらした私に、白血球さんがため息交じりに言った。
    「今のは、流石にこたえた」
    「うっ」
    「俺は振られたんだろうか。どう思う? 赤血球」
     そうきたか。私は思わず白血球さんの方を見た。でも白血球さんはすでに前を見ていて、その表情は白い髪に隠されていて見えない。それを、それを私に聞きますか。
    「そ、そうじゃ、ないと、思います。た、多分、ですけど、その人も、怖かったんだと、思います」
    「……うん」
    「その、白血球さんはその人、のこと、どう思っているんですか?」
    「うん?」
    「全力で逃げられて、そんなひどいこと言われて、嫌いになったり、しませんか?」
    「ならないな。考えたこともなかった」
     今気が付いた、といった風に白血球さんが言う。
    「ずっとずっと探していたんだ。本当に、長かった。今までずっと、会ったら何を話そうか、どこに一緒に行こうか、ということばかり考えていた」
     ふっとこちらを見た白血球さんが微笑む。どうしてか、寂しくてたまらないような笑顔だった。
    「あいつの言うとおりだ。俺がどれだけ平和ボケしてホノボノしていたか、今日思い知らされたよ」
     私は、白血球さんの声が震えている事に、気が付いてしまった。
    「なあ赤血球……触ってもいいか」
    「あっハイ! ど、どうぞお構いなく!」
     勢いで返事をしてから、しまったと思ったが後の祭り。白血球さんの大きな手がこちらに向かって伸びてくる。
     え、どこに触るつもりですか。とか、噛まれたのに懲りてないんですか。とか、いい香りがする、とか、やっぱりおいしそう、だとか、一瞬で色々な思考が頭をよぎる。
     ふと、また理性を飛ばして噛んじゃったらどうしよう。と思った私は、ぎゅっと目を瞑った。
     頬にそっと、温かい指が触れる。もどかしいくらいに優しく、白血球さんの指が私の頬を撫でている。
    「何も知らなくて、すまなかった」
     そんな事ないです。仕方がないんです。言おうとした声が喉の奥で萎んでいく。代わりに、両目からぼろぼろと涙が零れた。その涙を白血球さんの指がそっと攫って行く。
    「赤血球」
    「な、なんでしょうか……」
     涙声を堪えて返事をすると、白血球さんがはにかんだように微笑んで言った。
    「抱きしめても、いいだろうか」
     ぶわっと、頬が熱くなる。言い出したのは白血球さんなのに、白血球さんも耳が赤い。
    「い、今は……今は、やめてください」
     怖かった。自分が白血球さんを殺してしまうかもしれない事が、怖かった。ずっと私は、私に怯えていた。
    「わかった」
     白血球さんはあっさりと引き下がった。離れる距離に名残惜しく目が追う。と、白血球さんの手が私の手をそっと握った。
    「じゃあ、いつか、抱きしめさせてくれ」
    「か、考えて、おきます」
     いつか、の約束をしてもいいのだろうか。わからない。それでも、今は白血球さんの大きくて温かい手の感触を覚えていたい。
    「ありがとう」
     あぁ、でも、今は、今だけは。愛しくてたまらない。というように微笑むこの人を、その視線を、隣で享受していたいのだ。

     あとがき
     1146さんがシリアスを全て貪食していく……。このお人に任せれば、どんなことが起こっても3803ちゃんの未来は明るい。安心感が違う。大丈夫だ。流石旦那。旦那すごいぞ。と自分に言い聞かせながら、なんとかここまで書き上げました。
     途中の下読みをしてくださった某D様。ありがとうございます。面白い、その一言だけで、私は生きていけます。活性化しますから。文字数がバリバリ増えますから。捻りだしますから。
    このお話はすべからく私の妄想です。出版社様ならびに、原作者様には一切関係がありません。はたらく細胞は最高です。
    寂しんぼなのでTwitterで白赤ちゃんのお話ししてくれる方とお友達になりたいです。どうかよろしくお願いいたします。(小声)
    https://twitter.com/touziNiziaka03?lang=ja
    ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます! はたらく細胞ばんざい!
    touziNiziaka03 Link Message Mute
    2018/09/25 17:32:51

    Forbidden fruiT【白赤】

    突然男女カプに嵌った戸惑いと愛しさと心強さと。

    このおはなしのかんたんなせつめい
    ▼好きです。食べてしまいたいくらいに。

    ※ケーキバースです。気を付けてください。
    ※ライト通り越してモスキート級ですがカニバリズム表現があります。
    ※現パロふんわり記憶在り転生風味。イメージとしては白血球さん(21歳)と赤血球ちゃん(18歳)くらいでしょうか。細かいことは考えてはいけない。
    ※繰り返しますが、ケーキバースです。ケーキバースがどういったものなのかご存知でない方の閲覧は非推奨です。その純真な心を守ってください。どうか命大事に。よろしくお願いします。

    ご意見、ご感想お待ちしております。
    https://odaibako.net/u/touziNiziaka03

    #白赤(はたらく細胞)  #白赤

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