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    安息の香り 目が覚めて自分がどこにいるのか思い出した時、感じたのは安堵だった。それを自覚した彼は驚きにまどろみから覚醒した。
    「おはよう」
     ベッドの上で半身を起こして呆然とする男に対して口元をかすかに緩ませたブチャラティは声をかけた。
     「ずいぶん疲れていたんだな」
     揺すっても起きなかったと言いながら、両手にそれぞれコーヒーの袋と紅茶の缶を持って顔の横で軽く振った。
     紅茶と言いかけてアバッキオは力なくコーヒーと答えた。
     今は苦いものが飲みたい気分だった。
     いつからこんなことになっちまったんだ?
     身に付けているものは、はじめてこの家に来た時貰ったスウェットだった。
     急ぎの仕事でブチャラティの家に泊まらなければならなくなった際、彼が気を利かせて適当に見繕ってきたそれはアバッキオにちょうど良いサイズ。シンプルながら値が張りそうで気後れしたが、着心地の良さからすぐに気に入った。
    「仕事は?」
    「お前が手伝ってくれたおかげで今日はもうやる事がない。久々の連休だ」
     ブチャラティのチームメンバーは若く、事務系の仕事を熟せる人間が彼とフーゴだけだった。
     数ヶ月前にチームに加わったアバッキオは元警官という経歴から、荒々しい見た目に反して細やかな仕事が得意だった。
     時々アバッキオがブチャラティの家に泊まるようになったのはその特技が原因だった。
     繁忙期にブチャラティが度々自宅へ仕事を持ち帰っている事に気が付いたアバッキオ。はじめはブチャラティと必要以上に近づきたくはなかったので無視していたのだが、いい加減見ていられなくなり手伝いを申し出たのだ。
     申し出た手前、止む終えず自宅での作業も手伝うようになり、その流れでゲストルームを貸して貰うようになった。あの時は、疲れで頭がぼうっとして正常な判断が出来る状態ではなく、明日もどうせ同じ仕事をするのだから拠点に近いブチャラティの部屋に泊まった方が効率的だと考えてしまった。
     それが良くなかった。
     どうせ今日も泊まっていくんだろうと、自宅作業がある日は当然のようにブチャラティが二人分の夕食を用意する。今のところそのルーティンになりつつある流れを断絶させる方法をアバッキオは見つけられずにいる。
     この人は少し、俺に構い過ぎてはいないだろうか。
     常にチームメンバーには公平で無害な人間相手なら誰にでも優しいブチャラティの性格は良く理解している。
     構い過ぎている。
     もしそれが事実であるならば、ブチャラティにそうさせる動機は私情ではなく、あくまで立場上発生する役割から来ているものだとアバッキオは冷静に分析し騒ついた胸を落ち着かせた。

     元警官のアバッキオに対する風当たりは強く、はじめにアバッキオを拾った者も持て余していた。腕っぷしが強く頭も良く使える男だが、職歴からして組織内での出世は望めないという半端な若造。それが周囲の人間が下した自分への評価だとアバッキオは受け止めていた。
     だからこそ組織に入ってほんの数週間でブチャラティのチームへ移動になった時、厄介払いされたのだと思った。
     自分と同い年の、まだ十九歳のリーダー。構成員はみな十代でろくな教育を受けたことがない者もいた。はじめてフーゴとナランチャのじゃれあいを目にした時、なんてところに来てしまったんだと思った。
     しかしすぐに最悪の印象はブチャラティによって裏切られることになる。
     ブチャラティが部屋に入って来ると、傍観していただけのミスタがさり気なくテーブル上のコップの縁をスプーンで叩いた。するとブチャラティが眉を潜めて口を開く前に、殴り合っていた二人はパッと離れたのだ。そして何事も無かったかのように笑顔で談笑しはじめた。
     アバッキオは平静を装っていたが内心ではとても驚いていた。一番の問題児でマイペースを崩さないナランチャがブチャラティの言うことだけはしっかりと聞く。沸点が低くすぐ手が付けられなくなるフーゴもブチャラティには忠実なようで彼の前ではおとなしい。
     ミスタも彼に拾われた恩があるという理由からか逆うような態度は見せない。
     着るものさえ変えてしまえば、それこそ資産家の子息だと言われても信じてしまいそうな品の良い造りをした男が、なぜ曲者揃いのメンバーに忠義を尽くされているのか理解するのにそう時間はかからなかった。
     そして、その理由はアバッキオ自身も身をもって知ることになる。
     はじめのころブチャラティは居場所がないアバッキオを気遣ってまめに話しかけたり仕事に同伴させたりしていた。アバッキオは哀れみを向けられているようで苛立ちはしたが、その後すぐにブチャラティがレッテルではなくアバッキオ本人の実力や性格を見て仕事を振るようになってからは見方が変わった。
     光が届かない場所まで堕ちてクズだと罵られてきたアバッキオを彼は同じ人間として扱った。
     アバッキオの尊厳を損なうことを決してしないブチャラティに呆気なく絆されたのは当然のことと言えた。
     
     またアバッキオとばかり話しているとナランチャが駄々をこねるのを無視しつつもどこかで優越感を覚えるようになったのはいつからか。
     学は無いくせにインテリジェンスな雰囲気を纏うブチャラティに苦手意識を持っていたのだが、時間の経過ごと必然的に話す機会は増えていった。
     ブチャラティのチーム全体を管理するための細々とした仕事。その一部を任せられるようになったアバッキオは彼と共にいる時間が長く仕事上自然と話すことが増える。昼食の時間を合わせることも珍しくはないし、そうなると私的な会話も生まれてくる。
     同い年で会話のスピードや価値観が近いブチャラティはアバッキオとの会話が楽なようで、他のメンバーと話している時とは少し様子が違った。ふとした瞬間に緩む固い表情を、波にきらめく白い陽光のように眩しく思えるのはなぜなのだろうか。
     やがて自分が彼に憧憬のようなものを抱き始めていることをアバッキオは自覚していた。彼のことは敬愛している。だがそれ以外に何か得体の知れないものがアバッキオの懐中で渦を巻き始めていた。
     だからこそ、これ以上近付いてはいけないと密かに警戒していた。
     それなのに。

     朝食は先に食べたようで、テーブルには一人分の食事が用意されていた。それを食べ終えて片付けると、リビングのソファーで寛ぐブチャラティのところへ向かった。
     彼は部屋に他人がいるというのにうたた寝をしており、アバッキオがソファーの背に手を置くほど近づいても目を覚まさなかった。
     気を許されているということか、それとも取るに足らない相手と思われているのか。
     ふとアバッキオの鼻孔を何かが掠めた。
     甘いが軽やかで風のように爽やかな香り。
     どこかで嗅いだことがあるような……。
     それはブチャラティから香ってきていた。何の匂いだろうかと彼の肩口に顔を近づける。
     匂いにばかり気を取られていてアバッキオは己の行動に無自覚だった。気がつくとブチャラティの長いまつげが目の前にあった。
     近づきすぎた。
     カッと顔に熱が灯り、ソファーから一歩後退するのとほぼ同時にブチャラティは目を覚ました。
    「……? ああ、アバッキオ。すまない寝ていた」
    「疲れてるんだろ。気にすんな」
     居たたまれなくてアバッキオは顔を背けた。
    「仕事がもうねぇなら俺は帰る」
    「何か予定でも?」
    「な、い……が、それがどうした?」
    「いや、どうしたってほどでもない。お前も今日は休日だろ。一緒に映画でも見ないか?」
     そう言って彼はソファーの中央から端の方へ少し移動し、空いた場所を軽く叩いてアバッキオに座るよう促した。
     適当な理由を述べて帰ればいい。頭ではそう考えているというのにアバッキオはブチャラティの隣に腰を下ろしていた。
    「香水を、付けているのか?」
     隣に座ると香りが強まった。
    「ああ。臭かったか? こういうものは好みがあるからな」
    「いや全く。良い香りだ……とても」
     あんたらしくて。
     自分で言おうとしていた言葉に気がついてアバッキオは固まった。
    「どうしたんだ?」
    「……その香りどこかで嗅いだことがあるような気がしてな」
    「海、じゃないか?」
    「海?」
     そういえば、そうかもしれない。
     ブチャラティからほのかに漂ってきた香りは、潮風に吹かれた時に感じる瑞々しさだった。
    「この香水は地中海の海をイメージして調香されたものだって聞いた」
     アバッキオは以前本人から漁村の生まれで父親が漁師だったのだと聞いていた。
     だからその香りを彼らしいと思ったのか?
    「普段は付けないんだな」
    「匂いというのは存在を強く主張する。仕事上付けるのは望ましくはない」
     確かにそうだ。ブチャラティのチームでは香水の類を付けている者はいない。アバッキオも偵察の仕事の邪魔になるからと付けなくなった。
    「これを付けるのは休日だけだ。ほぼ天然の香料でできているから香りは柔らかで飛びが早い。夜には完全に消えている。自分だけで楽しむにはちょうど良い」
    「もったいないな。そんな良い香りなのに」
    「アバッキオも付けるか?」
    「いや、俺には似合わない。あんたから香ってるからいいんだ」
     はたと我に返る。
     俺は今何を言った?
     ブチャラティに視線を呉れると彼もまた驚きの表情を浮かべていた。
     動揺と同時に珍しいものを見れたという喜びが胸の奥から浮かび上がってくる。
     アバッキオはブチャラティと見つめ合う。
    「碧いんだな」
     その瞳はまつ毛の影にあると紺碧だが、よく見れば堕ちていきそうなほど澄んだ夏の海の色だとわかる。
    「だからあんたらしいって思ったんだ」
    「らしい、って何のことだ?」
    「香りだよ。海の香り。あんた自身が海みたいなんだ」
     ブチャラティの瞳が揺れる。
    「それは反応に困る、な……」
     少し頬が紅潮している。
     アバッキオの視線から瞳を隠すように伏せられた黒いまつ毛。
    「褒めてくれているのはなんとなくわかる。海みたい、とは……、アバッキオは意外とロマンチストなのか」
    「別にそんなんじゃねえよ。思ったまま……いや」
     これ以上口を開いていたら、とんでもないことまで言ってしまいそうでアバッキオは言葉を切って口元を手で抑えた。
     ……ほんとうにどうしちまったんだ俺は。
     自分がいつもと違うのは、ブチャラティがいつもと違うからだ。きっと。
     休日で、しかも完全に自分の領域である自宅におり、ラフな私服で好みの香水を楽しむ余裕もあって。そして気を張っていないためかいつもよりも口調は柔らかで、これが彼の素なのだと気付かされる。
     あまりにも無防備な様子にアバッキオは畏れ多いとすら感じていた。彼そのままの姿を目にするということは、彼の肌に直接触れるのと同等の不敬なのだと。
     俺はそれが許される人間じゃない。
    「映画、付けるぞ」
    「ああ……頼む」
     ローテーブルの上にあるリモコンを手にするため少し身体を浮かせた彼からまた香りが漂ってきた。
     熱くなる胸とは別に気分は和らいでくる。他人と一緒にいてこれほどまで落ち着けたことなんてこれまでにない。
    「いやぁ、おい……、まさか」
     はじまった映画の内容に気が付いてアバッキオは素で吹き出した。
     こんな心地の良い陽気の休日に、よりにもよって羊たちの沈黙。
     見ていて気まずくなるようなものに比べれば遥かに救いがあるのだが、なぜこれを選んだ。
    「公開当時は観れる年齢じゃなかったから、気になってはいたがなかなか借りる機会がなかった」
     映画は予想していた以上に面白く、二人ともしばらく無言で物語に集中していた。
     そして唐突にブチャラティが呟いた。
     彼は、主演俳優の気品ある佇まいが好きだという。
    「こういう品のあるおっさんになりたいもんだがなぁ……」
     アバッキオは不自然に途切れたそのあとに続く台詞に察しがついた。
     そこまで長く生きていられるかわからないが。
     だいたいそんなところだろう。
    「あんたは五十代になっても八十代になってもあんたのままなんだろうな」
    「エレガントな爺さんにはなれないって? まあこんな仕事をやってればな」
    「違ぇよ。あんたは今でも充分に品がある。俺みてえな人間から見れば」
     また変なことを口走った。
     気まずいと感じると同時にブチャラティは顔を両手で覆って笑い出した。
    「お前が、そ、そこまで俺に幻想を抱いて、っ、くれているとはっ」
     硬直するアバッキオと耳まで真っ赤にして爆笑するブチャラティの前では、暗い画面の中で主人公が銃を構えて彷徨っている。映画はいよいよクライマックスだったが、内容はすべて頭から吹っ飛んでいた。
    「そこまで笑わなくたって」
    「悪いわるい。……フフッ、じゃあ頑張らないとな。おまえの夢を壊さないように」
     顔に血が上った。
    「夢とか別に、俺は、ただあんたのことをそのまま見てるだけだ」
     アバッキオはややムキになっていた。このまま想っていることをすべてぶちまけたらこの人はどういう顔をするのか見てみたい。
    「あんたみたいな人間は他にいない」
     言いたいことはいろいろあった。だが、いざ言葉にしようと胸に溜め込んだ熱に手を突っ込むと溢れてくるものが多過ぎて、口から零れるのはありきたりな言葉だけ。
    「そりゃあ、俺はこの世に一人しかいないんだから、他にいないのは当然だが」
     やはりアバッキオの真意はブチャラティに伝わらなかったようだ。
    「他にいないのも、お前だってそうだろう」
     一呼吸おいてブチャラティはソファーに深く座り直す。
    「アバッキオ。お前の代わりはいないよ。お前が俺のチームに来てくれて良かった。俺は心底そう思ってるんだぜ」
     穏やかに微笑むブチャラティをアバッキオは見詰めた。
    「それは……」
    「お前を特別贔屓してるつもりはないし部下は平等に見ているが……、だが正直、あいつらとはこんなふうに穏やかには過ごせねえからな」
     呆然とした。
     予想もしなかったブチャラティの言葉にアバッキオの頭が真っ白になる。
     アバッキオはこう返すつもりだったのだ。それは……、社会人経験のある人間が来たことで仕事がやりやすくなったからか? と。だがその前にブチャラティが放った言葉は、アバッキオの心臓を貫いた。
     瑞々しい甘い香りがアバッキオを包む。
    「フッ……、言葉にすると、なんだかおかしな気分だな」
     ブチャラティは照れくさそうに笑ってアバッキオから視線を外した。
    「あー、映画終わっちまったか。最期どうなった? ちゃんと犯人は捕まったのか?」
    「照れてんのか?」
     言うなり拳が飛んできて脇腹に直撃した。
     蹲るアバッキオはソファーの後ろをブチャラティが通り過ぎる気配を感じた。リビングから出て行ってしまったらしい。
     なぜだか愉快になって、アバッキオは痛む腹を擦りながらくつくつと笑った。
     隣にはブチャラティの残り香が微かに漂っていた。
     すぐに消えてしまう儚い香りは、この穏やかな時間の尊さを物語っているようで物悲しくもあったが――。
     ああ、好きだな。
     胸の奥でしかとかたちになった想いと共に、確かに現実であるのだとアバッキオに教えてくれる。
    苔もも Link Message Mute
    Nov 2, 2018 3:44:21 PM

    安息の香り

    #アバブチャ

    アバッキオ加入あたり捏造
    アバ(→)ブチャ

    11/10:アニメオリジナルシーン出ちゃいましたね~。これは原作軸ということで残しておきます。

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