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    Zuccotto アパートを出たのは朝食時よりも前の時間だった。
    「ボンジョルノ。最近早いな」
     カフェに入ると店主が声をかける。総白髪の長身痩躯の店主は客の顔を見るなりブレンドを煎れた。
    「課題が大変なのかい?」
    「いいや。そんなんじゃねえよ」
     短く切られた銀髪を軽く撫でるとアバッキオはカウンター席へと座った。
    「最近かわいい子と知り合いになったそうじゃないの」
     コーヒーを運んできた店主の妻が笑いかける。
    「なんだ。お前にもやっと春が来たのかい?」
     それを聞いた店主は驚きの表情を浮かべた。特定の恋人を作らずふらふらしているこの男が?
    「違ぇ……」
    「最近毎朝早起きなのも市場で働くその子に会いに行くからなのよね」
    「ほぉう」
     ニヤニヤと笑う夫婦を怒鳴りつけてやりたい衝動を堪えて彼らを無視する。
    「はいこれ」
     店を出る時、店主の妻が一枚のカードを渡してきた。
    「最近博物館の近くにできたケーキのお店。連れて行ったらきっと喜ぶわよ」
     押し付けられる形で見送られると、アバッキオはポケットの奥へそれを突っ込み目的地へ向かって歩き出した。
     
     シチリア島最大の都市パルレモは、イタリアの中では五番目に人工が多い都市だ。歴史的経緯で多種多様な文化が築かれたパルレモは国際色豊かな街で、古くから残る建築物は美しく観光客も多い。
     アバッキオはマクエダ通りを南下し旧市街地へ入って行った。
     パレルモで開かれる市場の中では最も規模が大きいそこは、細い路地裏に延々と屋台が連なっており活気ある場所だ。
     人混みを縫うように歩き、港からの魚介類を扱う店があるエリアへ向かう。
     一軒の店が見えてきた。
     店先には艷やかな黒髪の少年が観光客らしき若い夫婦相手に何か話している。
     少年はアバッキオの存在に気がつくとこちらに向かって微笑みを向けた。
     心臓が跳ねる。
     すぐに彼の元へ向かって話しかけようと思ったが、若い夫婦が去るとすぐに別な客が少年に話しかけた。今度は地元に住んでいる老婦人だ。彼は人を惹きつける魅力があった。見目も美しかったので店先に出ると人が寄ってくる。
     少しの間、店から少し離れたところで頃合いを見計らう。
    「ブチャラティ」
     人がはけたところで店に近づきその名前を呼ぶと、魚を包んでいた少年が顔を上げた。
    「アバッキオ」
     ブチャラティは人形のような顔を破顔させ心底嬉しそうに笑いながらアバッキオの名前を呼び返した。
    「今日は忙しいのか?」
    「これが終わったら飯食いに行っていいって」
     店の奥を見ると彼の両親が軽く手を振ってもう行っていいぞとブチャラティを促した。ブチャラティは魚の血で汚れた手を丁寧に洗い、学校へ行くための鞄を持ってアバッキオの隣に並ぶ。
    「来いよ。オリーブ屋のせがれがやってる店が向こうにできたんだ。モーニングが美味いんだぜ」
     そう言って手を引くブチャラティに違和感は覚えない。
     アバッキオは十八歳でブチャラティはまだ十二歳だ。まるで同年代の友人のような話し方をされても不快にはならない。両親が厳しかったので目上の人間に対し生意気な子どもは嫌いだったが、ブチャラティは別だった。
     
     アバッキオもブチャラティも旧市街地寄りの新市街地に住んでいる。
     旧市街地は古い建築物が立ち並んでおり、観光地の目玉もほどんど旧市街地にある。対する新市街地は景観を守りつつも新しく建てられたアパートや若者が好みそうな店が目立ち都会的な雰囲気がある。
     ブチャラティの両親は結婚して数年は旧市街地で暮らしていたが、ブチャラティが生まれてすぐに、もっと治安の良い場所で子育てがしたいという彼の母親の強い願いで新市街地へ引っ越してきた。
     彼の父親は魚介の卸売をしており市場に自分の店を持っている。ブチャラティは毎朝学校へ行く前そこで父親の仕事を手伝っていた。
     二人がやって来たところは狭い通路ばかりの市場の中でも広場のように開けたところだ。そこは食事処で新鮮な魚介を使用した料理を出す店が軒を連ねていた。
     テラス席に案内されるとブチャラティはアバッキオと繋いだ手を離した。
     離れていく体温が恋しいと思う気持ちを無視してアバッキオはブチャラティと二人掛けのテラス席へと落ち着く。
     料理を注文して待っている間、二人は他愛もない話をした。
     十八歳で同年代の人間よりも落ち着きのあると言われるアバッキオに対してごく自然に波長を合わせているブチャラティは、その幼い姿さえ隠してしまえば同年代の青年に思えたことだろう。
     大学生と中学生。
     兄弟でも親戚でもないというのに、友人のようにこうしてつるむようになったのは、ある事件がきっかけだった。
     
     ある日の朝、アバッキオは早く起き過ぎてしまった。二度寝するにも眠気は完全に消えており、久々にちゃんと朝食を取ろうかと朝早くからやっている市場の食堂へと足を運んだ。
     そこでチンピラ同士の喧嘩に遭遇したのだ。
     通りの真ん中で殴り合いの喧嘩をしている二人は、この辺りで観光客を狙ったスリをしている小さな犯罪集団のメンバーだった。今はすっかり息を潜め自治組織となっているマフィアと同じく、シチリアの犯罪集団は地元民には手を出さないという戒律があった。
     チンピラ同士の喧嘩ではあるが、そのせいで周囲の商店が迷惑を被っていることは目に見えて明らかだった。
     これはこいつらの元締めがキレるだろうな。
     始末を付ける人間は自分ではないし、面倒事には関わりたくはなかったので通路を迂回しようとしたが、逆上した片方の男がなぜか近くにいた初老の男に殴りかかった。
     流石にこれは止めに入らなければとアバッキオが動いた時、そのチンピラは初老の男の側にいた女にも掴みかかろうとしたのだ。
     突然黒い影が飛び出してきた。
     女を殴ろうと振りかぶったチンピラの腕に黒髪の少年がしがみついたのだ。
    「いい加減落ち着いてください」
     怒気に当てられて大の男たちが怯む中で、自分を止めたのがまだ小さな子どもだと知ったチンピラは一瞬驚きに固まったが、すぐに腕を振りかぶって、少年を積み上げられた箱に叩きつけた。
     アバッキオはその場面を目にした瞬間、全身が心臓になったかのようにどくどくと脈打ち怒りで頭が熱くなった。
     人混みを乱暴にかき分け騒ぎの中心へと飛び出すと、少年に殴りかかろうとするチンピラの胸ぐらを掴んでその顔面に拳を叩き込んだ。喧嘩相手のもう一人にも蹴りを食らわすと、アバッキオは倒れたままの少年を抱きかかえた。
     少年の意識ははっきりしており、アバッキオの顔を見て驚きに目を見開いていた。
     初夏の朝日に輝く少年の輪郭の美しさにほんの一瞬怒りを忘れたが、腕に感じるその細さに不安と焦燥で胸がいっぱいになる。
     アバッキオは周囲の人間が声をかけるのも聞かずに少年を抱えて近くの病院へと駆け込んだ。
     
     少年――ブチャラティの怪我は大したことはなかった。少し背中に痣を作っただけで、念の為一日休んだ次の日はいつもと変わらず元気に動き回った。
     アバッキオはブチャラティの両親に感謝され、ブチャラティ本人もアバッキオにいたく懐いた。
     はじめは戸惑ったが、背が高く冷たい印象を抱かれがちなアバッキオはこれまで小さな子どもに好かれた経験はなかったので少し気分が良かった。
     それにブチャラティは親なら誰でも理想と描く子ども像そのものといったとても良い子だったので、悪ガキの中で育ったアバッキオからしてみればまるで天使のようで、単純に言ってしまえば魅了されたのだ。
     市場で親の手伝いをするブチャラティと朝食を共にするようになり、そして最近ではアバッキオが部屋を借りているアパートにブチャラティが遊びに来るようになった。二人とも映画を見ることが好きだったので、共通の話題は多かった。
     世の中便利になったもので、高品質な動画配信サービスを安価で享受できる。ブチャラティはアバッキオの部屋の大きなテレビが目当てなのだろう。ネットと繋いであるので好きな映画を携帯端末ではなく大きな画面で楽しめる。
     アバッキオはブチャラティと過ごす時間にこれまで感じたことがない充足感を覚えていた。
     彼と一緒にいる時の自分がどんな時の自分よりも自然であるかのように、酸素のようにブチャラティの存在を求めて、彼との時間を何より優先した。試験期間に会えなくなった日々は地獄のようだった。
     どうしてしまったのだろうか。ブチャラティに出会うまでどうやって生きていたのかわからない。
     
     子どもながらにブチャラティには人望が集まっていた。
     二人が出会ったきっかけの騒動を堺にブチャラティはますます人々から慕われるようになった。
     ブチャラティを知る街の住民はアバッキオのことを体のいいボディーガードだと思っているのだろう。時々アバッキオは、街の人間からブチャラティを頼むぞと声をかけられる。
     パレルモはイタリアの代表的な観光都市の中では治安が悪いほうだ。新市街地は夜でも地元民が出歩いているほど治安が安定しているが完全に安全というわけではない。
     地元民は滅多に危ない目に遭うことはないが、ブチャラティはあの容姿だ。現にアバッキオは妙な観光客にブチャラティが絡まれているところを見かけたことがある。すぐに追い払ったが、本人からたまにこういったことがあると教えられて頭が痛くなった。
     ヴィスコンティの見すぎじゃないかな。
     そう吐き捨てるブチャラティの顔は身震いするほど冷たく、中学生の少年がする顔とは思えなかった。
     加えて、自分が置かれた状況から、イタリアの静養地で美少年に魅入られた老人の物語を引き合いに出すあたり、彼は自分の容姿に自覚があるのだということにアバッキオは気がついて、やや衝撃を受けた。
     彼はただ純粋なだけの少年ではない。
     ブチャラティには歳の割に老獪なところがあると認識してからもアバッキオは彼を可愛がった。それはどうあってもブチャラティの本質は清廉であると知っていたからだ。
     
     学校が終わった後待ち合わせをし、今朝カフェで渡されたカードの店に連れて行くとブチャラティはとても喜んだ。
     店のドルチアーリオがトスカーナ州の出身でズコットが有名なようだ。ドーム型のスポンジの中にクリームやチーズ類とフルーツ、チョコレートなどが詰められ冷凍され、出される時は半解凍の状態で切り分けられる手間がかかるドルチェだ。
     ブチャラティはマメ類が嫌いだということは知っていたのでピスタチオが入っていないフルールのズコットを選んだ。
    「ここらの人間はなんでかんでドルチェにピスタチオを入れやがる」
     上機嫌でズコットを頬張りながらブチャラティは呟く。
     シチリアはピスタチオの産地の一つなのでドルチェに使用することが多い。
     出会ったばかりの頃、ブチャラティを助けたお礼にとリストランテで彼の家族と共に食事を取った時、ブチャラティは食後のドルチェを断っていた。あの時はもしかして甘いものが苦手なのかと思ったが、その夜リストランテ側が用意したメニューにはピスタチオを使用したドルチェしか無かったのだ。
     彼の嫌いな食べ物を知りブチャラティとの仲が深まるごとに、アバッキオはそれらを口にする機会が減っていった。それらに遭遇する時、いつもブチャラティの顔を思い出すからだ。
     ブチャラティを不快にさせるものなのだと思うと口にするのが躊躇われる。人に話せば馬鹿にされるだろうし、自分でも馬鹿だとアバッキオは思っていたが、どうしようもなかった。

     六歳も離れた子どもに振り回されている。
     認めたくはない、受け入れがたいおそろしい感情。
     せめて彼が同い年であったなら。
     子どもに手を出すなんてしてはならないことだ。
    苔もも Link Message Mute
    Nov 4, 2018 1:21:24 PM

    Zuccotto

    #アバブチャ  #パラレル  #おにショタ

    現代設定。転生のようなもの。年上×年下。
    そのうちR指定入ると思います。

    シリーズの扉統一させることにしました。
    イタリア人の食生活に欠かせないコーヒーを。

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    君とドルチェ
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