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    その隙は残酷 この辺りの地域では珍しい、街外れの治安の良い区域でブチャラティと偶然会った。
     向こうがこちらに気が付いているのかはわからない。なんせ、そこは薄暗く、自分の足元を確認するのもおぼつかない場所だったからだ。
     小さいが、手入れの行き届いた小綺麗な映画館は、大衆向けではない文芸作品を上映することで、映画ファンの間でよく知られている。
     アバッキオは特に映画ファンというわけではないが、周囲の人間に比べればよく観る方だと思う。気になる作品があればチェックするし、観たい映画があれば少し離れた劇場にも足を運ぶ。
     今日のように。
     別に映画館でブチャラティと鉢合わせたところで何とも思わない。お互い休日であるわけだし、プライベートがある。気付かれたら挨拶くらいはするが積極的に話しかけようとは思わない。
     しかしアバッキオは少々気まずい思いでいた。
     どうかこちらに気が付かないでいて欲しい。
     その理由はこれからはじまる映画にあった。
     まさかブチャラティがオルランドなんて観ると思わないだろう。
     イギリスの女性作家が書いた小説が原作のオルランドは不老不死となり生き続けることとなった主人公の数奇な運命を描いた物語である。
     まだアバッキオが前期の中等教育を受けていた頃に少々話題となった映画だ。確か、美術部門で大きな賞を獲った作品だったと記憶している。公開当時に観たのだが、中性的で神秘性のある主演女優の美しさに見惚れるばかりでストーリーをよく理解できなかった。
     この映画館でリバイバル上映するという雑誌の記事を目にし、特に用事もないということで観に来たのだ。
     映画の細部はよく覚えていないが、少なくとも自分のキャラじゃないということくらいはわかる。こういった芸術性の高い作品を鑑賞する趣味があることをブチャラティに知られるのはなぜか恥ずかしく思った。
     座っている席は離れているし、映画が終わったらさっさと席を立てば顔を合わせないだろうと踏んでいたのだが、アバッキオは予想外に映画の世界観に引き込まれてしまい、エンドクレジットが終わって数分席を立てずにいた。
     そのせいで、彼よりもやや前の方に座っていたブチャラティが席から立ち上がり振り向いた時、ばっちり目が合ってしまったのだ。
    「チャオ、アバッキオ。まさかこんなところで会うとはな」
     当然、彼の性格なら話しかけるだろう。
     ブチャラティは普段身につけている派手なスーツではなく、青地に縦縞が入った上品なスーツを纏っていた。スマートな好青年。彼の顔を知る人間でなければギャングだとは思わないだろう。
     同じくアバッキオも今日は大人しい服を着ていた。帽子はかぶっておらず長い髪をゆるく一つに結び、ブラックジーンズにTシャツ、皮のジャケットというラフな格好だ。
     普段とは異なる様子に、二人はお互いの姿をまじまじと目詰めてしまった。
    「……とりあえず、外に出るか」
    「ああ」
     ブチャラティについて行く形で映画館から出たアバッキオは、そのまま彼と近くのレストランに入った。
    「なんだか、悪いな」
    「何がだ?」
    「これでは仕事と変わらないと思ってな。この状況からすれば今更だが」
    「別に気にしちゃいない。よくここに来るのか?」
    「去年辺りからかな。ミスタがチームに来て仕事に余裕が生まれて、休日も安心して休めるようになってから、これまで見損ねていた作品を探して観ているんだ」
     ブチャラティのチームメンバーは若く、彼自身もアバッキオと同じ十九歳だ。仕事はハードだが、人手が不足しており、しかも細やかな事務仕事ができる人間はブチャラティとフーゴだけ。これまで彼がどれだけ大変だっかたは想像に難くない。
    「アバッキオのおかげで仕事が安定してきているから更に状況は良くなった」
    「……そうか」
     バジルソースを絡めたニョッキをつつきながらアバッキオは気の無い返事を返し、ブチャラティの言葉を受け止める。内心では自分でも信じられないほど彼の言葉を嬉しく感じていた。
     すっかり懐柔させられちまった。
     最近ではブチャラティに意地を張った態度を取ることすらしなくなった。
     少し前、アバッキオはブチャラティに対して敬愛や仲間意識とは異なる特殊な感情を抱いていることを自覚した。
     基本的にブチャラティは誰に対しても等しく優しい。同じ態度で接するということは誰とも特別近しくならないということだ。それはチームメンバーに対しても同じことだ。街の人間や組織内の他の人間と比べればはるかに距離感は近く信頼しているのは安易に見て取れるのだが、全員を平等に扱っている。
     それは上司と部下という立場上の問題もあるのだろうが、彼は自分の人生に他人を巻き込まないように、他者との間に境界を設けているのだろう。それは、アバッキオもそうであるし、おそらくミスタあたりもそうだろう。とにかく彼は不可侵な存在なのだ。
     だが、ひと月ほど前からブチャラティは仕事中でもアバッキオの前で気を緩めることが多くなった。本当によく観察していないとわからない程度だが、彼が他のメンバーに対する態度とは異なる精神状態でアバッキオに接していることは明らかだった。それは決してアバッキオにとって都合の良いものとは限らないのだが、ブチャラティはアバッキオに隙を見せることがあるというのは事実だった。
     ブチャラティは書類仕事ができるアバッキオを繁忙期の自宅作業に付き合わせ、そしてそのままゲストルームに泊めることも多々あった。
     そのまま一緒に休日を過ごしたのは、ほんの数日前。休日の彼は完全とはいかないが無防備でアバッキオの前で居眠りすらしてみせた。
     アバッキオが彼への気持ちを自覚したのはその時だった。
     いや……だがもしかして、と思わないでもない。
     ブチャラティはアバッキオにとってあまりにも眩しい存在だ。憧れや執着を恋情と勘違いしている可能性もある。
    「こうして休日に仕事仲間と外で食事をすることなんて無かったかもな」
     さり気ない言葉にアバッキオの鼓動は早くなる。
     ふと、アバッキオはフーゴの言葉を思い出した。
     最近ブチャラティはアバッキオとばかり行動を共にしていると不満顔のナランチャに、フーゴは仕方がないのだと慰めの言葉をかけた。それはブチャラティに心酔するフーゴが自分自身にかけた言葉でもあった。
    「二人は同い年ですからね。しかもナランチャ……、君とは違ってアバッキオには教養があります。社会人経験もあるのでブチャラティのサポートをする能力が備わっている。業務上ブチャラティがアバッキオを伴うのは仕方がないことなんですよ。別に彼を贔屓しているわけではないですからねぇ、決して」
     語尾が強かったのは気のせいか。
     あの時のフーゴの言葉は最もな事実で、自分はブチャラティにとって共に仕事がしやすい仲間でしかないと思っていた。それでも選ばれていることに対する優越感がなかったわけではないが。
     しかし、何というか、最近のブチャラティの様子を見ると、仕事とは別な理由から生まれたとしか思えない態度を自分に見せているとアバッキオは感じていた。
     ただ単に同い年なので話しやすいのだろうとは思っていた。
     それ以外にブチャラティが自分に気を許す要素をアバッキオは見つけられない。
     いや、あった。お互いに映画が好きという新しい共通項。おそらく好む映画の種類も合う。
     だがその他は?
     せいぜい話すスピードが同じくらいという程度。
    「八年も前の映画なんだな」
    「さっきのか」
     いきなり映画の話題を振られてアバッキオは焦った。感想を求められても上手く答えられる自信がない。自分なりの解釈はあったがそれをブチャラティに話すのは気恥ずかしい。
    「公開当時、俺は十二歳だった」
     それは自分も同じだ。アバッキオは十二歳のブチャラティの姿を想像してみようと試みる。やろうと思えば能力で再現できるが、そこまでやろうとは、……思わない。きっと、可愛らしい子どもだったろうが。
    「組織に入ったばかりで娯楽を楽しむ余裕なんてなかった」
     予想外の言葉にアバッキオは愕然とした。
    「十二で……?」
     ブチャラティがこの世界で生きて長いというのは察していたが、そんな幼い頃から暗がりを歩いていたとは思っていなかった。
    「だからなのか、少しでも失った時間を取り戻せて嬉しいのかもしれない」
     ブチャラティはワインのグラスを傾ける。彼が食後酒として注文したのはドイツ産の白ワインで甘みが強いものだ。
     彼はボトルを持ち上げるとアバッキオにも勧めた。
     追加で用意された空のグラスにほとんど透明の液体が細やかな気泡を伴って滑り込んでくる。辛口が好みのアバッキオでも美味と思える微炭酸のすっきりとしたワイン。ブチャラティの話とは異なる舌触りの良さ。
    「組織に入ってから同い年の人間と一緒に仕事をすることはほとんど無かった。あったとしてもだいたい一度きりで、同じチームになったことはないし、言葉すら交わさずに別れることも珍しくない」
    「ローティーンのガキがギャングになるなんてこと自体希少だからな」
     上手い言葉が返せない。
     十二歳。親の庇護の元自由に過ごすことが許される時代。アバッキオが後期中等教育の選択で警察官への道を具体的に考えはじめた頃だ。
     俺がダチと馬鹿騒ぎしていたような時に、こいつはもう子どもでいる権利を捨てていたんだ。
     さっきまですぐ近くにいると思っていたブチャラティの存在が遠くに感じた。
     圧倒的な隔たり。
     経歴だけではなく、そんな幼くして社会からドロップアウトしたというのに、不幸な境遇の人間に手を差し伸ばせずにはいられないほどの優しさを持つ、ここまで高潔な心を抱いたまま生きていられるブチャラティの存在が信じられなかった。
    「お前が俺と同い年だと知った時、嬉しく思ったのは事実だが」
     ふっ、とブチャラティは自虐ぎみに微笑んだ。
    「少し浮かれていたのかもな」
     それは俺の方だ。思わずブチャラティから視線を外し顔を伏せる。
     アバッキオは羞恥を覚えた。
     同時に、自分の気持ちに対する疑惑が大きくなる。
     やはり俺はこの人のことが好きなのではないのかもしれない。敬虔な信者が神を崇拝するようなものなのかもしれない。
     わからない。
    「やはり、こんな気持ちを向けられて、お前は迷惑か?」
    「え……?」
     顔を上げると戸惑いの表情を浮かべたブチャラティがいた。
     大きく心臓が脈打つ。
    「どうしたらいいんだろうな。昔は近所に住む同い年のガキたちと浜辺を駆け回っていた。もうずいぶんと誰かと一緒に何でも無いようなことをしたことがなくて」
     アバッキオはブチャラティが一体何を言っているのか理解できなかった。
    「なぁ……アバッキオ。俺達ぐらいの歳の男は友人とどんなふうに遊ぶ?」
     まさか、彼が自分に歩み寄ろうとしている?
     信頼できる同い年の男という存在が、アバッキオが思っている以上にブチャラティにとって大きい価値を持つ存在だとしたら?
     この世界で信頼できる相手と出会うのは稀有なことだ。
     しかしそうではなくて、仕事仲間とは別に、ひとりの人間としてブチャラティが誰かを求めているのだとしたら。
     だからこそアバッキオに対して隙を見せているのだとしたら?
    「あんたとなら……浜辺で、駆け回ってもいいぜ。それこそ砂まみれになるまでヨ……」
     夏の海のような瞳をまんまるにしてブチャラティはアバッキオを見つめる。
     そして、ほんの一瞬、彼のまぶたはゆるく弧を描いて、唇はむず痒そうに喰まれた。
     まぶたの裏が熱くなって、アバッキオは泣きそうな気持ちになった。
     表情ひとつで自分をこれほどまでに苦しめるブチャラティをアバッキオは憎らしく想い、それと同時に、やはり自分はこの男が好きなのだと感じた。
     けれども、ブチャラティが見せる隙に付け入るような度胸をアバッキオは持ち合わせてはいない。好きだとは思う。それは確実に肉欲を伴うものだ。しかし同時に彼を神聖視する心はアバッキオの中にあり、畏れ多いという気持ちとせめぎ合っている。
     あんたの存在はあまりにも残酷だ。
     どれくらいの時間をかければ、心身ともに彼との隔たりを埋めることができるのか。それを乗り越えるには、自分の心の問題だけではなく、あまりにも過酷な世界に身を置いているのだということも忘れてはならないと、アバッキオはどうにかブチャラティに微笑みを返した。
    苔もも Link Message Mute
    Nov 11, 2018 8:51:05 AM

    その隙は残酷

    #アバブチャ

    アバッキオにだけ隙を見せるブチャラティとアバッキオの葛藤

    ブチャラティってギャングになってから一般の人が当然のようにしているであろう仕事抜きで同年代の人と時間を共有するって機会なかったかな、そもそも同年代の人が近くにいない? そこからアバッキオには特別気を許す瞬間があるのでは(映画も好きそうだしね)っていうフォロワーさんとのお話から生まれた話です。

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