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    Mad About You はじめの失敗を幼いうちに経験したのは彼にとって運が良かった。もっと良かったのは二人の出会いが人生においてとても早い時期だったことだろうか。
     アバッキオは六歳にして絶望というものを味わった。それは幼馴染で彼が一心に想いを寄せるブチャラティに嫌われたことが原因だ。
     二人が生まれ育った家は近かった。ちょうどその中間地点にある公園で遊んでいた時にアバッキオとブチャラティは出会い友人となり、幼稚園も同じところへ通うことになりますます仲は深まっていった。
     スクールイヤーで数え六歳になる年に小学校へ進学した。その時からアバッキオはブチャラティを独占することが難しくなっていった。
     幼稚園では同い年の子どもが少なかったために二人はいつも一緒に遊んだ。ブチャラティは年下に好かれたが基本静かな方が好きなので大人びているアバッキオの側にいることを好んだ。
     しかし一学年に百人もいるような集団の中に入ると状況が異なってくる。
     ブチャラティは人に好かれる人間でそれは小学校でも変わらなかった。すぐにたくさんの友人ができたブチャラティは以前のようにアバッキオとばかり一緒にいることはなくなった。それがどうしてもアバッキオは気に入らない。
     あいつはすごくいいやつだから人気があるのも仕方がないけれど……。
     自分以外の人間と仲良くしているところを見ると苛々する。
     アバッキオは発育が良く背が高い上に幼いながら堀が深い顔立ちだったので無表情でいると圧がある。大概の人間はブチャラティのそばにアバッキオがいると遠慮するのだが、中には図々しく間に入ってこようとする者もいる。アバッキオはそれが我慢ならなかった。
     必要以上にブチャラティへ近づいてくるある男子に嫌がらせをして泣かせた。彼はそれ以来アバッキオにとって鼻に付く態度は取らなくなったが、それをブチャラティに知られてしまったのだ。
    「そういうおまえ、なんかきらいだ」
     泣きそうな顔でそう告げるブチャラティにアバッキオの胸は冷えびえとした。頭の中が空洞になったみたいに何も考えられなくなって、その夜は一睡もできなかった。
     事情を知った母親がアバッキオに、いじめた子にちゃんと謝れば許してもらえると慰め、悪い態度を改めるように言い聞かせた。
     ブチャラティは人が争うところを見るのが嫌いだ。喧嘩をしている友人たちがいれば仲裁に入るし、悲しんでいる子がいれば手を差し伸べる。
    「あいつは誰かに意地悪をするやつがきらいだ……俺がそんなやつになったからきらいだって言ったんだ」
    「ちゃんとわかってるじゃない」
     母親はアバッキオの頭を撫でながら言った。
    「ほんとにねぇ、そんな意地悪なことしてたら絶交されちゃうよ。中学に上がったら今よりももっとたくさんの友だちができるだろうから、今努力しないと一番の仲良しの座なんてあっという間に奪われちゃうんだからね」
     母親の言葉はアバッキオに現実を突き付けた。幼稚園から小学校へ進んで、自分が思っているよりも世界は広かったし、これからもっと広がっていくということを感覚的に理解していた彼は、このままではブチャラティが遠くへ行ってしまうことに危機感を覚えた。
     ほんとちょっと他の人間と仲良くしているところを見て腹を立てているようではやっていけない。
     翌日。アバッキオは泣かせた男子に謝りに行ったあとで、ブチャラティのところへ行きもう誰にも意地悪をしないと約束をした。
     安心したように笑ってアバッキオに抱きつくブチャラティを抱きしめ返しながら、絶対にこの人を失いたくはないとアバッキオは思った。

     アバッキオはブチャラティに関することでも外面では取り繕うだけの落ち着きを持ってからブチャラティとその周囲を冷静に観察していた。
     はじめはブチャラティが好ましいと感じる人間とはどういう人間だろうかと考えそれを目指そうがと思っていたアバッキオだが、自分よりも人格的に優れていてブチャラティと気が合う人間なんてこの世にいくらでもいると考え直した。実際に観察する中で自分以上にブチャラティと波長が合う人間も、彼と共通の趣味を持つ人間にも少なからず出会った。
     アバッキオにとって都合が良いことに彼らはそれぞれブチャラティ以上に仲の良い友人がいたためアバッキオの立場を脅かすことはなかった。
     だがこれからもそうだとは限らない。
     誰にでも優しい彼の一番になるにはどうしたらいいのか。
     アバッキオはブチャラティをより知ろうとした。
     そしてふと、彼の家は両親共働きのためかあまりわがままを言わないのだと、母親たちが噂しているのを聞いたことを思い出した。
     確かに彼が自分の親にわがままを言っているところを見たことがない。
     もしかしてブチャラティは周りに気を使って無理をしているんじゃないだろうか。
     そう思ってからアバッキオはブチャラティが本当は何を望んでいるのか理解するために腐心した。
     どういう時に何を感じ何を思い、そして考えるのか。状況に伴い近くにいる人間に何を望むのか。
     アバッキオはブチャラティが望むようなことができる人間になろうと決めた。
     やろうとしていることは大げさなことではない。
     例えばだ。いつも集団の中心にいる彼が息を吐く余裕をほんの少しだけでもつくれればと思った。それはアバッキオがすぐに思いついた、今からでも実行できそうな案だった。アバッキオはそのために自分がやるべきことをいくつか考えて翌日から行動に移した。
     何かしらまとめ役を任される彼のサポートを進んですること。予め集団の不和を取り除くこと。問題を起こしそうな人間を遠ざけておくこと。周囲から反感を買うような苦言が彼の口から出そうなときは自分が先に言うこと。
     だがアバッキオが本当にやりたいことはそういった表面的なものではなかった。それらはほんの少し注意深く物事を見ていれば誰もが気がつくことだし、生来気の回る性格のものなら安易にやってのけてしまう。
     声音、顔色、所作、姿勢、髪型や服装。気象予報士が天気を読むように彼の様子を一目見ただけで彼がどんな調子なのかすぐさま理解できるようになりたかった。
     ブチャラティは苦痛を隠すのが上手い。大人たちからは我慢強いと褒められるが、アバッキオにとってそれは美点でもなんでもなかった。
     寂しい時には寄り添ってやりたいし、反して独りになりたいときはそう計らってやりたい。悩みがあるようなら察して打ち明けられる空気を作ってやりたいし、解決できる手助けをしたい。
     彼が手を伸ばしたい時に伸ばしやすいように。
     空気の匂いを嗅いで雨の気配を察する。それと同じことをアバッキオはしたかったのだ。

     地道な努力が実ったのか、ブチャラティは常にアバッキオをそばに置くようになった。
     クラス委員や学校行事の実行委員会に選ばれたなら自分の補佐には必ずアバッキオを指名した。それが何度も繰り返されれば周囲も重々承知するようになり、ブチャラティの隣をアバッキオのために空けるようになった。
     五年間の小学校生活を終え、十一歳で中学校へ進学してからも二人の関係は変わらなかった。
     時間の経過と共にアバッキオのブチャラティに対する理解は深まり、雨の気配を察する領域に達しているのかアバッキオにはまだわからないが、ブチャラティと目を合わせただけでその意味を汲み取って行動するアバッキオの様子を見て友人たちはテレパティーアと揶揄う。
    「エスパーじゃねえよ」
    「実際のとこ超能力使ってても驚かないね」
     後輩と下校のタイミングが合ったアバッキオは彼と雑談をしながら帰路に着いた。話は自然と先程まで行われていた専門委員会議の出来事になった。
     なんとなく話が長そうだなと察したアバッキオは近くの公園に寄ることにした。屋台のジェラートを二つ買って片方を後輩にやるとベンチに座った。
    「グラッツェ。流石先輩」
    「こういう時だけ調子いいな」
     中学三年生の時に生徒会で出会った一学年下のミスタは物怖じしない性格で、顔が怖いと下級生から距離を置かれるアバッキオにも自分の調子を崩さず接する。
    「高校も同じところ行くんだろ?」
    「俺は普通高校に進む。あいつは父親にならって専門高校に行くかもしれない。けど親は自分らとは違って良い大学に入って欲しいって思ってるらしくて悩んでるんだと」
    「そういう話までアバッキオにはすんだな。俺もあの人が専門高校ってイメージねぇよ。どうせ最後には二人揃って同じとこ行くんだろ」
    「まあ、あいつは親の期待を裏切らないやつだから、そういう流れにはなってきているが。それよりミスタ。お前ブチャラティには敬語のくせに俺にはタメってどういうことだよ」
    「いやぁ、なんとなく」
     出会った時からミスタはこれだ。口で注意しつつも今更改められても気持ち悪いと思っているアバッキオなので彼の好きにさせている。
    「しかしさ、途中で学校変えられるとはいえ十三歳で高校選べって難しすぎるよな」
    「お前はどうするんだ?」
    「俺? 考えるのめんどくせぇから二人が進学したとこでいいや」
    「気楽なもんだな。ブチャラティが行くとこだぞ。入ったとしても進級できるのか?」
    「大丈夫。俺やる時はやる男だから」
    「基本的にお前が要領良いのは知ってるよ」
    「で、アバッキオはどこの高校行くの?」
    「聞きたかったのはそれか?」
    「今から準備しとこうと思って」
    「無理して俺たちと同じところに来なくてもいいんだぞ」
    「先輩たちいた方が楽しそうだし」
    「お前はそういうやつだったな。俺が行きたいのはコロッセオの近くにあるあそこ」
    「あの進学校?」
    「まだ決まったわけじゃない。ブチャラティと相談しないと」
    「……いや、そこは親と相談するんじゃねえの」
    「うちは放任だから特に何も言ってこない」
    「ああ、そう……」

     ミスタと別れ家に帰ると電話があったことを母親から聞いた。ブチャラティからだった。
     慌てて防犯も兼ねて持たされている携帯端末を確認すると何件も着信が来ていた。ブチャラティはアバッキオが電話に出ないものだから自宅にかけたのだろう。
    「どうして電話に出なかったんだ」
    「悪い。ミスタと寄り道してて気が付かなかった」
     ミスタとの話は思ったより長引いて、進学に関する話をした後はどうでもいい下らない話で盛り上がった。彼はまだ十二歳だがアバッキオと同じく同年代の子どもより成熟しておりクラスメイトと話が合わずストレスと感じているところがあるらしい。それでクラスメイトよりも話が合うアバッキオと話したがったのだ。
    「お前たちがそんなにも気が合うなんて思わなかった」
    「俺も不思議な感じだ。ああいうタイプとは関わり合いにならないだろうって思ってたからな」
     アバッキオは本当に意外だと思っていた。
     携帯端末への着信に気が付かないくらいミスタとの話は盛り上がった。最後別れ際、いつも奢ってもらっているお礼に家へ遊びに来ないかと誘われた。アバッキオは、ミスタの家は近所に住む小さい従兄弟たちの面倒を度々見ているので騒がしいという情報を聞いていたので、どうせ一緒に従兄弟の遊び相手になってほしいのだろうとふんでいる。
     そういえば、ブチャラティからの電話に出なかったのは初めてかもしれない。
    「どうした?」
     電話を通してからかもしれないが、声音が少し波打っているような気がした。
    「心配したんだぞ。何度かけても携帯に出ないし、自宅にかけたらまだ戻ってないって言うから」
     ブチャラティがそこまで自分を気にかけてくれているということに優越感を覚えたのは一瞬で、すぐに罪悪感が増さった。
     重ねて謝るとアバッキオは要件を訪ねた。
    「高校の件だ。両親と話し合ったんだが、やはり普通高校へ行くことになりそうだ」
    「父親と同じく技師になるんじゃなかったのか?」
    「まだ決めるには早いと言われた。それに母さんだけじゃなく父さんも俺に大学へ行ってほしいと言い出して。三年に進級する時、専攻や学校を変えられるし、先に知識だけ蓄えておくのは良いだろうと」
    「突然だな」
     この国では良い大学に入れたからといって就職できるとは限らない。だからこそ、卒業してすぐに働くことができる専門高校を選択する子どもは多い。
    「アバッキオは進学校ついて調べてただろ。資料があったら見せてほしいんだ。父さんも見たいって」
    「わかった。いつがいい?」
    「今週末は空いているか?」
    「空いて……、いや、土曜日はミスタの家で子守りの手伝いがあった」
    「子守り? そういえば従兄弟がたくさんいて大変だと言っていたな。……いつのまにそこまで仲良くなったんだ」
    「なんだ?」
     最後の方が聞き取れずアバッキオは聞き返した。
    「では日曜日は空いているんだな」
     ブチャラティと約束をしたあと、入学希望者向けの資料をまとめた。自分たちが暮らしているのは首都なので、大概の進学校へはアクセスしやすい。その中でも治安が良い地域にある学校の資料を持って行くことにした。

     土曜日、ミスタの家に行くとなぜかブチャラティもいた。彼もミスタに誘われたのだという。
     ブチャラティはアバッキオよりも先に来ていて、さっそくミスタの従兄弟たちの遊び相手になっていた。彼はひとりっ子だというのに小さい子どもの面倒を見るのが上手い。
     ミスタの従兄弟は驚くことに男ばかりの六つ子だった。生まれた時は未熟児だったとは思えないほどの暴れん坊に育ち、両親だけでは面倒を見きれず近くに住む親戚が子育てに協力をしている。
    「なぁアバッキオ、ブチャラティに俺のこと話しただろ」
     ソファーで仲間はずれにされた小柄な子をあやしているとミスタが隣に座った。
    「話しちゃ悪かったか?」
    「悪くねえけど、うっかりブチャラティを敵に回すところだったぜ」
    「意味がわからねえよ」
    「たぶんだけどよぉ、ブチャラティは俺があんたを家に誘ったことに怒ってるぜ」
    「怒る理由がないだろ」
    「俺も理由まではわからねえよ。けどな、ブチャラティが俺のとこに来て、アバッキオを家に誘ったのは本当か? って聞いた時のあの人の目、あれは何かに腹を立てている人間の目だったぜ」
     アバッキオは困惑した。何がどうしてブチャラティが腹を立てることがある。
    「あんた、ブチャラティを怒らせるようなことしたんじゃないか? あの人との予定があったのに俺との約束を優先しちまったとか」
    「そんなわけあるか。俺がブチャラティとの約束を忘れるとでも?」
    「ないよな。わかってる。それはよぉくわかってるよ」
     アバッキオは子どもたちに囲まれているブチャラティを見た。早々に小さな怪獣たちの敬意を集めているブチャラティはまるで魔法でも使ったかのように彼らを大人しくさせている。
     絵本を読んで聞かせている彼の端正な横顔に思わず魅入ってしまいミスタに肘鉄を受けた。
    「なぁんか俺、わかっちまったかも」
     納得した顔で頷くミスタにアバッキオは首を傾げる。
    「いや、俺の勘違いかもしれねぇしな。あんたら同じ高校行くしこれからも一緒にいるんだろ? だったらそのうちわかることだしな」
     意味がわからないことをのたまうミスタを締上げようかと思ったが子どもの前なので自分を抑える。

     日曜日。ブチャラティは家のリビングで両親と共にアバッキオが持参した学校資料を眺める。ブチャラティは隣に座るアバッキオをちらりと盗み見た。
     思い出すのはミスタのことだ。生徒会の仕事でミスタと二人きりになった時、さりげなくアバッキオのことを話題に出した流れで彼から誘いの言葉を引き出した。少し強引だったとブチャラティは反省した。けれどもなぜだか自分を抑えきれなかったのだ。
     アバッキオは人と馴れ合うのは好まないと言うが、頼り甲斐があるので年下から好かれる。ミスタのような自由奔放な男子が彼に懐いたのは意外だったが、彼の方でもミスタを気に入るとは驚きだった。
     ブチャラティが知る限りアバッキオが友人の家に遊びに行ったという話は聞いたことがなかった。彼はなんでも話してくれるので、自分が知らないということはそういうことなのだとブチャラティは認識していた。
     彼が足を踏み入れたことがあるのは自分の家だけ。もうそうではないのだと思うと胸がざわざわする。
     自分が覚える不快感。元に巣食うものが何であるのかブチャラティは知ることを拒んだ。探るよりも先に嫌だと感じてしまったのだ。触れてしまってはいけないもののような気がする。
     アバッキオに合わせたわけではないがブチャラティの学力と通学の面から考えて選択してみたところ、二人は同じところへ通うことになりそうだ。
     高校でも一緒だと思うと素直に嬉しい。彼と一緒にいるのはとても楽だ。気を張らなくて済むし、お互い何を考えているのかわかりやすい。
     なぜ彼があれほどまでこちらの心情を理解してくれるのか不思議に思う。
     一つの言葉から十の意味を受け取る。その表現が大げさではないほどアバッキオは時にブチャラティが気が付かないうちに事を済ませているときさえある。
     彼との友情が永遠に続いていくものだとブチャラティは無邪気に信じていた。

     高校に進学し生活スタイルは変化した。通学は徒歩からバスに。カリキュラムをはじめとする学校の仕組みは複雑になり、しなければならないことが増え、行動範囲も広がった。
     人間関係も変化した。
     特に大きな変化といえばミスタが連れてきたジョルノという少年と知り合ったことだった。アバッキオは出会ったときから妙に彼のことが気に食わないと感じてしまい、自分でも大人げないと思うが素っ気なくしてしまった。それはこれから起こることへの勘が働いたからかもしれない。
     ミスタより二つ年下の後輩であるジョルノはミスタの親友であるらしく常に彼と行動を共にしていた。
     ジョルノはブチャラティとも気が合うようで、放課後それぞれの学校がおわり公園に集まった時にはよく話をしていた。
     もう拗ねるほど子どもではないので二人が話しやすいように配慮する余裕はあるが内心では面白くはない。
     それでも二人の関係は以前と変わらず、ブチャラティはアバッキオを信頼し側に置いていた。
     三年に進級する手前のこと。ブチャラティはジョルノを通じて知り合った彼の親戚である海洋学者と意気投合したようで、度々彼に会いに行くようになった。その男は仕事の関係で現在ジョルノの家に留まっているので週末は決まって彼の家へ遊びに行くのだ。
     アバッキオが誘おうとしても前の週にジョルノの家へ行った時すでに約束を取り付けているらしくことごとく振られている。
     小学校のころから学校側が出す課題は多かったが高校に進学してから毎日やらなければならない課題の量が跳ね上がった。そのため友人たちとまともに遊ぶことができる時間を確保できるのは週末だけ。一週間のうちアバッキオがブチャラティと過ごせる時間は登下校と学校の休み時間の間だけになった。
     この世には自分以上にブチャラティと波長が合う人間も、彼と共通の趣味を持つ人間も数えきれないほどいる。それはわかっていたことだ。しかしこうも簡単に彼の中で優先順位が入れ替わってしまう現状を目の当たりにすると衝撃を隠すことができない。
     アバッキオは誰かに八つ当たりしてしまう前にと少し周囲の人間と距離を取った。
     幸いにも来週には夏休みに入る。しばらく一人になれる時間もできるだろうから気持ちの整理もつくはずだ。
     
     家に帰るとアバッキオの母親が慌てた様子でリビングから飛び出してきた。
    「どうしたんだ?」
    「レオーネ。大変なの。お祖父様が倒れて病院に運ばれたって」
     母親と車に乗り込んで病院へ行くと祖父がいる病室へ向かった。
     医者からの説明だと彼は軽い熱中症で今は命に別状はなく、念のために検査入院してもらうことになったということだ。
     祖父は意識がはっきりとしており自分の身体の心配よりも葡萄畑の心配をしていた。今年はただでさえ人手が足りないというのに自分がいなくなったら仕事にならないと嘆いていた。
    「俺が行くよ」
     アバッキオは手伝いに名乗り出た。どの道今年の夏はあまりブチャラティと過ごせないだろうし、こうも心かき乱されるのならいっそのこと田舎で忙しく働いていた方が精神衛生上良いだろうと思ったのだ。
     孫の申し出に老人は喜んだ。
     祖母からは本格的に手伝うとなると夏休み中ずっと田舎で過ごすことになるが良いのかと心配されたがむしろ好都合だった。
     そうして夏休み初日の早朝、アバッキオは両親と祖父母の家へ出発した。
     初夏は実が成長していく時期なので製品となる葡萄の品質を高めるための剪定が行われる。
     アバッキオは着いて早々支度をし年長者に混じって仕事をはじめた。伸びる茎の先をカットし日光を遮る余計な葉を取り除く。そうして病気を予防すると同時に葡萄の実一つひとつに栄養が行き渡り易い状態を保つ。
     収穫は機械化が進んでいるが、この過程は人の手で行わなければならない重要な作業だ。畑は広く植物は成長するのが早い。この時期葡萄農家はどこも忙しい。
     仕事が終わり木陰のベンチで休憩していると手伝いに来た親戚の若者たちが携帯端末を取り出して電波が無いと騒いでいた。
     アバッキオも自分の携帯端末を確認してみた。確かに電波がない。
     これなら連絡があっても通じないから対応できないと割り切れていいか。
     短く息を吐くと家に帰るためにエンジンがかけられたトラックに乗り込んだ。
     
     夏休みの予定はどうするのかアバッキオに聞きそびれていたことを忘れていたことにブチャラティは慌ててて彼に電話するも繋がらずメッセージも返って来ない。家に行ってみるも人の気配が無かった。
     そのことを母親に言うと彼は一家揃って田舎へ畑仕事の手伝いへ行ったことを教えられた。両家では母親同士仲が良いので向こうから連絡をもらったのだろう。
     母親は息子が友人から何も教えられていないことに驚き喧嘩でもしたのかと心配した。
     喧嘩なんてしていないと否定すると今度は最近ちゃんと話をしているのかと尋ねられた。
     黙る息子の様子にキッチンで料理をしていた父親が鋭い一言を投げかける。
    「お前が彼を放っておいたから彼もお前を放っておくことにしたんじゃないのか」
     見切りを付けられたのではと言われたようでブチャラティはショックを受けた。もちろん父親はそんな意地の悪い意味を含んだつもりはなかったが、ブチャラティは父親の言葉を聞いてはじめて自分に傲慢なところがあったことを自覚した。
     毎年毎年、夏休みは多くの時間をアバッキオと共に過ごしていた。だから今年もそうなるだろうと思っていた。ジョルノを通じて知り合った彼の家族たちは楽しく一緒にいると明るい気持ちにさせられて好きなのだがアバッキオと一緒にいる時の方が落ち着く。
     最近は学校にいる時以外あまり話せてはいないが、どうせあとで連絡しても大丈夫だろうと思っていたことは否定できない。彼のことを後回しにしたのだ。
    「ブローノ。行き先は聞いているから母さんと一緒に行ってみましょうか?」
    「いいよ。仕事で忙しい中訪ねて行っても迷惑だろうから」
     本当は行きたかったが、アバッキオから遊びに誘われても断り続けていた事実も相まって気まずかった。
    「どの道今年の夏休みは勉強が忙しいし」
     次の学期から三年生なので勉強が忙しくなる。そのため今年の夏休みは課題を多く熟さなければならないので図書館通いだなとアバッキオと話していたんだっけか。ブチャラティはアバッキオとの会話を思い出して勉強するなら一人でも同じだと自分に言い聞かせる。
     しかし課題が多いとは言っても、夏休みは六月の第二週目から九月までの三ヶ月だ。集中してやればすぐに終わってしまう。サマースクールに申し込むにしても締切は過ぎているだろう。
     翌日ブチャラティはミスタの家を訪ねた。
     予想した通り、ミスタの家には彼に懐いているジョルノをはじめ友人であるフーゴとナランチャもいた。フーゴはジョルノの同級生でナランチャはミスタの後輩だ。
     彼らもブチャラティがアバッキオと一緒にいないということに驚いたようだった。
    「そんなに驚くことなのか?」
    「いや、それ、あなたが言いますかね……」
     ミスタさえも呆れ顔だった。アバッキオと一緒にいることがブチャラティにとって自然なことなのだと周囲が認識している。
    「そうか。俺はそんなにもあいつと長い時間を共有してきたんだな」
     他人から知らされる事実で、自分にとってアバッキオがどれだけかけがえのない存在なのか突き付けられるなんて間が抜けている。
     事実を知ることによってブチャラティの中にある感情が明確なかたちになって現れた。寂しい、と。
     散々アバッキオの誘いを断っておいていざ彼がいなくなると不安に駆られるなんて身勝手もいいところだ。
     賑やかな友人たちと過ごしていると早く時間が過ぎ去るのだが、ふと一息吐いたとき、隣にいるはずの彼がいないことに胸が騒ぐ。彼は夏休みの間はずっと田舎にいる。三ヶ月だ。そこまで長く彼の存在を感じずに過ごすなんてはじめてのことになる。
     寂しいと同時に、もどかしい。
     言葉を尽くさずとも目線だけで意図を汲み取ってくれるアバッキオがいないのはストレスを感じる。
     ミスタの家から自宅へ帰って来て、自分が異様に疲れていることを意識し、今までこんなことはなかったのにと首を傾げたが簡単に答えは見つかった。
     場を俯瞰して見てくれるアバッキオがいないからだ。いつもなら彼が有り余った体力でブチャラティにじゃれるナランチャたちの間に頃合いを見計らって入ってくれる。今日はさりがなく遊び相手を変わってくれる者がいなかったからずっと動きっぱなしだった。
     今日一日の出来事だけで普段からアバッキオがどれだけ自分に心を砕いてくれたのか思い知りブチャラティは打ちのめされた。
     
     アバッキオは夏休みの最終週に帰郷すると知り、ブチャラティも父方の田舎にある漁師町で手伝いを知ながら過ごすことに決めた。
     毎日それなりに忙しかったのであまり気を塞がずに済んだが寂しさは拭えない。仲が良くなった地元の子どもたちに遊びに誘われたが気が乗らず、手伝いがない時間はひたすら図書館に籠もり勉強に費やした。
     そしてようやくアバッキオが帰って来る日になった。
     
     田舎から帰ってすぐにアバッキオの家に向かったブチャラティはちょうど彼が玄関から出てくるところに出くわした。
    「久しぶりだな」
    「ああ……久しぶり。ずいぶんと日に焼けたな」
     久々に会った彼は長くなった髪を一つにくくり白い肌を赤く焼いていてとても逞しく見えた。
     緊張に胸が激しく脈打っていたブチャラティだが、アバッキオの姿をひと目見て胸は更に熱くなった。
    「顔が赤いぞ。風邪でも引いたのか?」
    「いや何でもない。少し暑くてな」
    「そうか? 親父さんの田舎で手伝いをして忙しかったって母さんから聞いた。疲れてるんじゃないのか?」
    「本当に大丈夫だ」
     それでもまだアバッキオは心配なようでブチャラティの様子を伺っている。
     以前は何でもないと思っていたのに、アバッキオに見られていると思うだけで熱が上がる。
    「どこか出かけるのか?」
    「学校に行くんだ。先生と約束があって」
    「まさか補講じゃないような」
     冗談だった。アバッキオは常に成績上位者だ。態度は悪いが規律は守るし大人から頼りにされている。
    「進路の変更手続きで書類を出さなくちゃならなくて」
    「変更?」
     胸騒ぎがした。
    「このまま進級するんじゃないのか?」
    「三年から専門高校へ行こうと思ってる。申請時期は過ぎたが美術の先生がコネを持ってるらしくて転科手続きが通ったんだ」
    「美術の先生ってことは、美術高校に行くのか?」
     この国の高校は十四歳から二年間は大学へ進学することを目的とした普通高校も卒業後すぐに働くことを目的とした専門高校も一般教養を学ぶ。三年目から学校や専門を変更することができるので、普通高校から専門高校へ転校して行く生徒も珍しくない。
    「俺にずっと黙っていたのか?」
    「違う。この夏休みの間に心変わりさせられる事があったんだ。突然転校すると決めたんで親も驚いていた。美術高校を卒業して奨学金が貰えるようなら美大へ行く予定だ」
    「もう決定したことなんだな」
    「転校先は今の学校の近くだから、これまで通り毎朝一緒に通学できる。何も変わらなねぇよ」
    「変わらない?」
     それは本気で言っているのか?
     高校を卒業すれば進学の関係でバラバラになる可能性は想定していた。一緒にいられるのもあと三年だと思っていた。それなのに、こんな唐突に終わりを告げられるなんて。
    「もう変わったよ」
    「ブチャラティ?」
     お前は変わった。この三ヶ月、姿を見ない間にアバッキオはずいぶんと大人びたように見えた。
     同級生と長い休みを経て顔を合わせた時、相手の様子がすっかり変わっていて焦りを覚えるという話はよく聞く。置いて行かれたような気分というのはこういうことなのか。
     ブチャラティは笑顔をつくるとアバッキオから目を反らした。
    「俺が呑気にしている間に、お前は将来を見定めていたんだな。先を越された」
    「決めた時、真っ先に連絡するべきだったな。悪い。連絡の方法なんていくらでもあったのに」
     アバッキオの謝罪にブチャラティは居た堪れなくなる。彼の察しの良さを恨めしく思ったのははじめてだった。
    「別に怒ってるわけじゃない。驚いて混乱しているだけだ。学校での用事はすぐ済むのか?」
    「ああ」
    「じゃあ一緒に行っていいか? そのあとどこかへ出かける時間は?」
    「特に用事はないから大丈夫だ」
    「よかった。行こう」
     ブチャラティは意趣返しにとアバッキオの手首を掴んで歩きはじめた。びくりと震えた手から、彼が驚いているのが伝わって小気味良かったが、すぐに恥ずかしくなった。
     幼いころならまだしも、青年に近づいている今では妙に勘ぐられるような状態だ。
     すれ違った老人が不思議そうに二人を見た。
    「そろそろ手離さねえ?」
     ブチャラティは手首から手を離すと、アバッキオの手のひらを握った。
    「これでいいか?」
    「いやそうじゃねえよっ」
     振り解こうとするアバッキオの手を強く握る。
    「どうしたんだ」
     見た事がないブチャラティの様子にアバッキオは戸惑っている様子だ。
    「怒っているわけじゃないんだな?」
    「だからそう言っている」
    「なら、いい」
     深々とため息を吐いたアバッキオは諦めたのか従順になった。
    「勘違いされるぞ」
     何を言わんとしているのかわかったがブチャラティは嬉しくなった。
     勘違いされても良いな。むしろその方が良い。
    「なに笑ってやがる」
    「ふふ……。いや、気が付いたんだ。自分がどれだけ阿呆だったのかをな」
     バスに乗り込み学校に着くまで二人は手を握ったままだった。
     
     夏休みを機に二人が付き合いはじめたという噂はあっという間に広がった。
     アバッキオはすでに美術高校へ通いはじめているので知らないが、ブチャラティの周りは騒がしくなっているらしい。
    「ついに付き合いはじめたのか」
     ミスタのニヤケ顔にアバッキオは苛立った。
    「ついにって何だ」
    「みんな思ってたぜ。いつ二人は付き合いはじめるのかって」
    「は?」
    「賭けをしているやつもいた。あ、おーいっ、フーゴ! 賭けは俺の勝ちなっ!」
    「くそっ、絶対あり得ないと思っていたのに」
    「賭けをしているやつってお前らかよ。いや、なんでそういう話になってるんだ?」
     久しぶりにミスタの家へ遊びに来たアバッキオは、来る途中で出くわしたフーゴとナランチャを引き連れていた。すぐにジョルノもやって来て、結局いつものメンバーになった。
    「僕も賭けてました。高校のうちに付き合うか付き合わないかで」
    「お前もかよ。待て、高校のうちにってどういうことだ」
     どの道付き合う想定でないとその言葉は出てこない。
    「大学進学を機に付き合いはじめて卒業と同時に結婚が僕の想像した二人の将来設計です」
    「勝手に設計すんなっ‼」
     こいつにまでそんな目で見られていたとは。
    「どこをどう見れば俺とブチャラティがそういう関係になるって想像できるんだ」
    「どこをどう見ても付き合う未来しか想像できませんよ」
     理解できない。
    「おい、フーゴ。何を賭けたか知らねえが何もしなくていいぞ。付き合ってねえから」
    「嘘でしょ?」
     ジョルノが目をまん丸にして絶句している。
     普段だったら生意気な後輩の虚をつけた事を嬉しく思うアバッキオだったが、こういう状況ではとてもそうは思えない。
    「嘘だよな?」
     ナランチャお前もか。ブチャラティに心底懐いているナランチャだけはこの話を信じていないと思っていたのに。
    「だってブチャラティ否定しなかったぞ!」
     どういうことだそれは。
    「僕は、彼がおちょくっているのだとばかり思っていました。彼、そういうところあるので」
     フーゴの分析力に流石だなとアバッキオは感心した。この程度のことで感心するべきではないのかもしれないが、迷い込んだ敵陣にてやっと通じ合える仲間に出会えた気分だった。
    「事実からかってたんだろ?」
    「アバッキオに裏が取れた今、そうなんだろうと思うのですが、逆にわからなくなってきました」
    「なんでだよ」
    「冷静になって考えると、二人揃って僕たちを騙しているように思えてきて」
    「冷静になって考えてそれなのか?」
     どうにかしちまったんじゃねぇのか。唖然とするアバッキオ。
     するとタイミングを見計らったかのように玄関のチャイム音が鳴り響いた。
     事の中心人物、ブチャラティだった。
    「よう、ブチャラティ」
    「やっぱりみんなここにいたのか」
     ミスタが玄関を開けブチャラティをリビングへ連れて来ると、彼は呆れたように笑った。
    「誘ったのはアバッキオだけだったんだけどよぉ。あ、ただ勉強を教えてほしかっただけなんで、そのあたり勘違いは」
    「いまさら悋気しないさ」
    「おいおいおい」
     意味ありげな会話してんじゃねえよ。
    「ブチャラティ。どういうことだ」
    「どういうこととは?」
     やっぱり怒ってるんじゃないだろうか。
     最近ブチャラティの思考や感情が読めない。あの夏休み、進路の事を告げたとき彼は少し怒っていたようだったが、すぐにその気配は消えて事実を受け入れたように見えた。
     そういえばあの時からだった。彼の感情が読めなくなったのは。
    「ちょっと来い」
     ソファーから立ち上がりブチャラティの腕を掴むと廊下に出た。背後から冷やかしの声とわざとらしい口笛が聞こえてアバッキオの頭に血が上る。
    「否定しろよ」
    「ああ。お前の耳にも入ったのか。学校が変わったからそっちまで噂は届かないと思っていたが」
    「ついさっきミスタたちから聞いたんだ。あいつら俺たちが高校在学中に付き合い始めるか否かで賭けをしてたらしいぜ」
    「いつからそんな賭けを?」
    「知らねえが」
    「ミスタ!」
    「なんです?」
     話しを盗み聞きしていたらしいミスタがリビングルームから顔を出す。
    「賭けはいつからしていたんだ?」
    「去年の夏休みですね」
    「そんな前から? マジかよ」
    「なるほど。ずいぶんと期待されていたみたいだな」
     ブチャラティは不敵に微笑んでアバッキオの腰に腕を回した。
     一体この人はどうしたいんだ。
     最近スキンシップ過多な気がする。一緒にいる時間が少なくなった反動か。もしそうなら、彼に寂しい思いをさせているということなので、仕方がないこととはいえ悪い気がする。
    「嫌なら本気で抵抗しろ。だからこういうことになるんだ」
     耳元で囁かれアバッキオ真っ赤になりミスタたちは二人を囃し立てる。
     アバッキオはブチャラティの手をあくまで優しく振りほどくと拳を握り素早くミスタたちを捕まえ一人ひとり制裁を加えていった。

    「元気だな」
     リビングルームの入り口から友人たちの様子を眺めてブチャラティは微笑んだ。
     夏休みの件で、自分が思っていた以上に特別扱いされていたことも、自分が彼に依存していたことも自覚した。ブチャラティは現在の状況を最大限活用し周囲を固めアバッキオ囲い込み逃げられなくするつもりだった。
     アバッキオが自分へ向ける感情が恋情ではなかったとしても、いずれそうなる可能性は高いとふんでいる。
    「お前無しではいられないようにしたこと責任を取ってもらうからな」
     
     そしてアバッキオは知らない。
     自分の望みが全く予期せぬ形で成就したことを。


    ~~~~~~~~~


    【年齢】
    アバッキオ&ブチャラティ
    ミスタ
    ナランチャ
    ジョルノ&フーゴ
    の順で一つ違い
    rossi Link Message Mute
    Mar 16, 2019 1:31:17 PM

    Mad About You

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