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    Need You 03 1993年1月。
     その年、ついにドームを支配するボスの中のボスが逮捕された。ペリーコロとその家族の抹殺命令を出していた野獣と呼ばれる男だ。
     彼が逮捕された原因はドームの支配権を持つもうひとりのボスが警察へ情報を流したからだと噂されている。野獣のやり方はあまりにも野蛮で、これからの時代を生きていくためには地域との繋がりに重きを置く昔のやり方に立ち返るべきだと考えた。
     だが彼らがその決断を下し行動に移したころには既に都市部は新興ギャングが支配し彼らの活動が許される領域は大幅に狭まっていた。
     中東からの麻薬密輸ルートも潰され、協力関係にあったアメリカの兄弟分との繋がりも断絶された。
     必然的に彼らは規模を縮小し新興ギャングの支配が緩い北イタリアの地方へ流れるか、もしくは故郷のシチリアに戻ることになった。
     
     
     ブチャラティがパッショーネにやって来たのとそう変わらない時期。リゾットという男が仲間にしてくれと現れた時、ペリーコロらマフィア出身の幹部たちはどうしても警戒せずいはいられなかった。彼が自分たちと同じシチリア出身だったからだ。
     資料を確認する限りにおいて彼はとてもシチリア出身という面で類型的な特性があった。つまりは寛大ではあるが自尊心や復讐心が強く寡黙で証言や人間同士の関わりに筋を通すということだ。
     飲酒運転事故を起こし、いとこの子どもを殺した運転手を暗殺したことで裏社会に入ったリゾットの経歴からもその性格が伺える。
     運転手は飲酒運転事故で子どもを殺したというのに数年で刑務所を出た。その運転手がシチリアマフィアの下っ端だったからだ。当時のマフィアは勢力が縮小したとはいえ地方行政機関に働きかける程度の権力は維持していた。
     リゾットは運転手が一般人であったなら、裁判官が正当な判決を言い渡してさえいれば、暗殺を実行することは無かっただろう。
     マフィアの人間を手に掛けたリゾットは彼らから追われる身となり、故郷を離れるとマフィアが手を出せないパッショーネの領域へ足を踏み入れる。その後スタンド能力を発現したことから暗殺チームへ入った。彼はポルポのスタンドによる目覚めではなく自然な発現であったことからその能力の詳細は彼のチームメンバーしか知らない。
     暗殺者としての腕は一流だ。リゾットが敵対組織を支援するアメリカのギャングや政治家を次々と殺し組織の発展に大きく貢献したことは間違いない。
     すぐにリゾットは暗殺チームのリーダーとなるが、彼らは組織内では冷遇されていた。
     暗殺という仕事をしている者というのは組織において必要な存在であるにも関わらず信頼されてはいない。人の生死に直接関わるということで気味悪がられる上に、数ある仕事の中で暗殺という仕事に流れ着く人間たちについてあれこれ想像を巡らせる者が多いということだ。
     マフィア出身の幹部たちはリゾットに対して疑いの眼差しを向けていた。幹部のほとんどが正体を隠し一般人に紛れて生活をしている。リゾットはマフィアを裏切りパッショーネに引き抜かれた者たちを殺すためにシチリアが送り込んだのではないのかという考えを捨てきれずにいた。リゾットたちが冷遇されていたのはそういった理由もあるだろう。
     だがボスは最近方針を変え暗殺チームに重要な仕事を多く任せ報酬も大幅に上げるようになった。
     ペリーコロはボスが大きな改革を成そうとしているのではないのかと思った。確証は無い。少しではあるがこれまでとは異なる仕事のやり方に違和感を覚えるのだ。幹部の中でも気が付いているのは自分だけだろう。
     そういえば部下が言っていた。販路拡大を目論む麻薬チームの要望をボスが跳ね除けたと。その影響で麻薬チームが不満を抱きボスへの反抗に発展するのではないのかいう。
    「可能性が少しでもあるのなら警戒せねばなるまい」
     ペリーコロは信頼の置ける部下のうち数名を麻薬チームの監視をさせることにした。


     一月の中央イタリアは南イタリアとは違い夜の冷え込みがより厳しいように感じる。
     コートの釦を軽く留めてレストランの外へ出ると昼間の喧騒は空気と共に冷え切って散り散りになってしまったかのように跡形も無かった。
     ペリーコロの用事でローマにいたブチャラティは、現地に縄張りを持つ幹部や一般人の協力者たちと顔合わせを終えホテルへ帰るところだった。
    「新年の挨拶イベントもこれで最後のはずだが」
     長く息を吐き出してこの数週間を振り返る。西暦も2000年の大台に乗るとそれを特別と感じる人間は多くいるようで、新年行事すら身近な人間だけで簡素に済ませる幹部の中でさえ客人を招いてのささやかな催し物をする者がいる。
     組織内のほとんどの人間が、ブチャラティが幹部候補であることを事実と捉えているようで彼を招待する者は多かった。
     浮き足立つ人々ばかりの国内も一月中旬を過ぎやっと落ち着いてきた。
     物音が聞こえた。
     真夜中の大通り。街灯だけが光る暗い繁華街の角に、一人の若い警官が立っていた。彼は緊張した面持ちでまっすぐに前を見据えていた。
     誰かと話しているのかと注視すると彼の近くには見るからに柄の悪い長身の男がいた。男は酒に酔っているのか薬でもやっているのか足元が覚束ない感じで、銀色の長い前髪を揺らしながら若い警官を凝視している。
     何かトラブルだろうかと生来の悪い癖で――そういうのはもうお前の仕事じゃないというポルナレフの顔が一瞬浮かびつつも――彼らの方へ近づいて行った。
     違和感があった。
     若い警官が話しかけているのは銀髪の男ではない。誰もいない宙に向かって微笑んで、動きを止めた。
     穏やかな風が吹く夜だった。
     動きを止めた警官は流れる映像を途中で静止したかのように、風に振られるはずの上着の裾さえ宙で止まっていた。
     そして、レースのカーテンが揺れるように身体の表面が歪んだかと思えば、次の瞬間それは人であって人ではないものへと変質した。
     あれはスタンドだ。
     街灯の下に立っていた若い警官は、なだらかなフォルムをした男性型のスタンドへ姿を変えた。
     ブチャラティは歩みを止めた。
     もしや近くにいるあの男が本体なのか? なぜあんなところでスタンドを使用している?
     男はふらつき、街灯に強く身体を打ち付けた。目を閉じると同時にスタンドは消え、ブチャラティは男に駆け寄り地面に崩れ落ちる前にその身を支えた。
     強いアルコールのにおい。目の下には黒いくまがある。
    「ブチャラティさん!」
     異変に気が付いたペリーコロの部下が走って来て、ブチャラティが支える男を視界に入れると顔をしかめた。彼は瞬時に腰のホルスターに手をやって周囲を見渡した。ペリーコロの護衛をするだけあって優秀な男だった。今回彼はローマを周るブチャラティに貸し出されている。
    「大丈夫です。ひどく酔っているだけらしい」
    「なら放っておいて早くホテルに帰りましょう。この男、スタンド使いですね。さきほど一瞬スタンドが見えました」
     彼もブチャラティと同じくスタンド使いだ。戦闘向きではないが護衛をする上で便利な能力なのだと聞いている。
    「男も連れて行く」
     理解し難いと眉間にしわを寄せつつも彼はペリーコロからブチャラティに従うよう命令されている。すぐにブチャラティの言葉に従い男に肩を貸し、車の後部座席へ乱暴に押し込むとホテルへ向かった。
     リビングルームのソファに男を横たえるとブチャラティはスタンドを発現させ、ちょうど部屋から出るところの部下にレクイエムを使用した。スタンド使いの男を拾った記憶を彼から切り離すために。そこまで細密なコントロールが効くものなのか不安があったが彼をこのまま帰せばペリーコロに報告が行くだろう。拾った男のスタンド能力は未知だったが、何らかの目的のためにスタンドの姿を変化させる能力だということはあの光景を見れば推測できる。
    「ありがとうございます。今日は世話になりました」
    「いえ。また明日」
     ドアを開け振り返る男の後頭部あたりから蜃気楼が漂う。それはブチャラティの目にしか見えない。蜃気楼の中に先程までいた大通りの光景が広がっていた。ブチャラティが突然走り出し、通りを渡って行く。その先で若い男の傍らにぼんやりとスタンドが立っている様子が一瞬映る。男が倒れると同時にブチャラティがその身を支えて街灯の下で膝を付く。揺れる視界。おそらく走っているのだろう。駆け寄ったペリーコロの部下はブチャラティの腕の中にいる男を見て周囲を素早く確認し、ブチャラティの命令に従って男をホテルまで運んだ。
     能力が作用した時間は現実世界の時間にすればほんの一瞬のことだった。
     蜃気楼が消えた瞬間、部下は目をしばたたかせ頭を抱えた。
    「大丈夫ですか?」
    「ええ。少しだけ立ちくらみが……。では、私はこれで」
    「おやすみなさい」
    「はい。おやすみなさいませ」
     ドアを閉めたブチャラティはふらりと壁に寄りかかった。
    「成功したのか」
     宙に浮くレクイエムを見上げる。彼はブチャラティの黒髪を梳くように頭を撫でた。振り払う気力もない。
    「少し緊張していたか」
     失敗すれば相手を廃人にしかねない行為。
     元のスタンドであるスティッキィ・フィンガーズの能力は汎用性が高く戦闘ではトリッキーな動きを可能としているが戦闘以外の用途にも幅広く活用できる。それがベースとなっているレクイエムの能力も完全にコントロールすれば同様の汎用性を持つことが可能だろう。エネルギーが膨大で制御が難しい現時点では細密なコントロールに酷く精神力を使う。
     拾った男は急性アルコール中毒の心配があったが顔色は悪くないので広いソファの上に寝かせたままにしておくことにした。
     シャワーを浴びながら、ブチャラティは記憶のどこかに引っかかりを覚えた。
    「あの男、どこかで見たことがあるな」
     バスローブを羽織り髪を拭きながらリビングルームへ戻ると男の上着から財布を取り出して身分証明書を探した。免許証にはレオーネ・アバッキオとあった。パソコンを開き組織のサーバーにアクセスする。名前を検索欄に入力すると汚職関係の項目で該当者が見つかった。
     出身はローマ。高校を卒業した後、ラツィオ州の警察学校へ入る。入学から六ヶ月後ローマの中心地エスクイリーノで試用期間がはじまる。更に六ヶ月後、正式にエスクイリーノへ配属されたが数ヶ月のうちに汚職に手を染めていたことが明らかとなり懲戒処分。
     さらに詳細な報告書に目を通す。彼の汚職はエスクイリーノでの試験期間終盤に差し掛かった頃、売春を見逃す代わりにポン引きから賄賂を受け取ったことがはじまりとある。正式配属され三ヶ月後、管轄内の雑貨屋に強盗が押し入った旨通報を受け現場に向かう。追い詰められた犯人は隠し持っていた銃で発砲し、アバッキオを庇った同僚が死亡。現場での行動を咎められたアバッキオだが、すぐに犯人がかつて賄賂を受け取り見逃したポン引きであったことが発覚し懲戒処分となった。
     この国ではありふれている出来事だ。ブチャラティは何の感慨も抱かなかったが、彼がスタンドを発現していた時の様子を思い出して胸の奥が少し軋んだ。
    「警官の姿をしていたな……?」
     顔は見えなかったがアバッキオに背格好が似ていたような気がする。
     もしかすると、アバッキオのスタンドは望んだ形に姿を変えられるのか? 姿を変えるスタンドであることは確かだ。何を条件に変えるのか。判断要素が無いに等しいが。
    「スタンドが変貌した姿がこいつの過去の姿なら、こいつは過去の自分の姿を見て感傷に浸っていたということになるな」
     そうだとするならば己の行いを心底後悔してるのだろう。
     あの場所だけではなく、かつて自分が警官として訪れた場所を巡っては過去を再生しているのだとしたら。
     急にブチャラティはアバッキオのことが痛ましく思えてきた。
     戻れない過去を思い出しては苦悩する。この男だけではなく、みな誰もが大なり小なり同じ経験をしている。ブチャラティ自身もそうだ。
    「過去を見せるスタンドなのか?」
     もしそうなのだとすると、能力として形成してしまうくらいに、何度も過去を思い返したということだろう。
     元の性格は真面目で優しすぎるのかもしれない。
     アバッキオと同じようなことを仕出かして、身をやつした人間など何人も見てきた。後悔に苛まれ酒浸りになる者も薬漬けになる者もいた。
     彼らとアバッキオには決定的な違いがある。大概の人間は過去を忘れたくて酒や薬に走る。アバッキオは酒浸りになりながらも過去を何度も遡っていた。大きな悔恨を懐中に抱いて。
    「過去に留まって己を痛めつけるのはやめろ」
     いずれ心は壊れ廃人となり朽ち果てる未来が見える。
     ブチャラティは絨毯の上に膝をついて、やつれたアバッキオの頬に触れた。
    「目が覚めたら話をしよう」
     寝室へ毛布を取りに行くとそれをアバッキオにかけてやった。


     思いの外あっさりとブチャラティの誘いに乗ったアバッキオはパッショーネに入団した。ブチャラティの直系の部下として配属されたアバッキオは元警官という経歴に見合った働きをしてくれる。
     未来と現在の間にかかる橋が断ち切れたアバッキオは従順な兵隊として動いた。事情を知る者から見れば痛ましい姿に映るが、それは彼の能力とブチャラティたちの立場を加味して考えると都合の良い存在となる。
     アバッキオの能力はポルナレフとブチャラティにとってのアキレス腱に成り得ることは安易に予想がついた。
     過去の出来事を再生するスタンド。敵対する者の手に渡るのは危険だ。
     しかし味方にしてしまえば二人にとって大いに価値のある能力であることは確かだ。
     生き残った犯罪組織の系譜を辿り政界の汚職ネットワークを破壊するためには情報が何よりも強力な兵器になる。
     無意識だったが心のどこかで彼を目にした時から決めていたのだろう。そうでなければペリーコロの部下から記憶を切り離すなんてことはしなかった。
     二人が探していた麻薬に頼らず勢力を維持する方法。その答えもアバッキオは齎してくれた。
     これからの時代、情報が最も金になる。
     昨年アメリカのソフトウェア開発会社が一般家庭用パソコンにWEBブラウザを標準搭載した機種を発表した。90年代後半から先進国でのインターネット普及率は格段に跳ね上がり、国家間の情報戦の在り方は大きく変容した。
     情報を操るものが世界を制するだろう。ハッキングや盗撮・盗聴による監視社会。SFの中でしか見たことがないような時代がすぐ目前に迫っている。時代の先を行かなければ生き残れない。
     現時点では電子媒体に乗っていない情報の方が大半ではあるが、なるべく早く強力なハッカーを手に入れる必要がある。
     情報戦においてアバッキオの価値は計り知れない。監視カメラが無い場所でもそこで過去に起こった出来事を再生できるとなれば、欲しがる人間は後を絶たないだろう。アバッキオの能力はブチャラティの能力同様秘匿すべきものと考えるのは自然なことだった。
     ブチャラティはアバッキオに能力者であることを徹底して隠し、自分の指示があった時のみスタンドを発動させるよう命令した。
     何の反応も見せず静かに頷いたアバッキオの心情は読めないが今のところ問題行動は見られない。
    「今日は一体何の用ですか?」
    「俺ではなくお前の用だ」
     土曜の午後、特別に開いてくれた診療所にアバッキオを連れて行ったブチャラティは彼に健康診断を受けさせるつもりだ。
    「どこも悪くないと思うが」
    「不衛生な生活をしていただろう。部下が性病持ちとか笑いものだ」
    「なっ……!?」
    「本当はもっと早く連れて来るべきだった。知り合いに指摘されるまで気が付けなかった」
     家族と絶縁し堕落した生活をしていた彼は性生活の方も乱れていた。医療関係の資料を見る限りこれまで検査を受けたことはないらしい。
     絶句し、何かを訴えかけるような目でブチャラティを見つめるアバッキオだが、ブチャラティの無言の圧に萎縮し黙って看護師の後に付いて行った。
     ブチャラティは誰もいないのをいいことに待合室のソファで横になると携帯を取り出した。
    「ジョヴァンニ。俺です」
    「よおブラン。デートはどうだ?」
     相手はポルナレフだ。こうして外で電話をかける際はお互いファーストネームを捩った名前で呼び合っている。
    「冗談にしてもどうしてそういう発想になるんですか」
    「知らねえのか? お前が男の愛人を囲ってるって噂になってるぜ」
    「は?」
    「噂の出処はペリーコロの部下だ」
     息を呑み携帯を耳から離したあと大きくため息を吐いた。
    「おいブラン?」
    「あぁ……」
     確かにあの朝、ブチャラティを迎えに来たペリーコロの部下にアバッキオを見られている。
     彼は記憶を切り離されていたのでブチャラティがアバッキオを連れて来た経緯を知らない。
     意味有りげに微笑まれブチャラティは仕方がなく肯定の笑みを返したが、まさかそれがこんな形で影響が出るとは。
     携帯を再び耳にあてるとブチャラティは今日診療所にやって来た目的を話した。主治医は信頼が厚い男だが、ブチャラティが噂の部下を連れて診療所を訪れた姿を目撃した人間はいるだろう。二人の行動にあれこれ詮索する輩はいるはず。不覚にもそのあたりに考えが及んでいなかった。
    「もっと早く教えてくださいよ」
    「知っているのかと思った」
    「意味深な視線を送られるのは慣れてるもので。まさかそんなふうに思われているとは。まずい」
    「ペリーコロか? こんな噂にいちいち怒るような狭量な人間じゃねえだろ」
    「あの人はオールドマフィア出身なんですよ」
     物事に寛容で穏やかな人物と思われている。大概のことにはそうであるが、彼の父親はマッチョイズムな思想が根強いオールドマフィアで、その影響を強く受けたペリーコロはホモフォビアだ。古きマフィアにおいて入会する資格がある者は、極めて男性的でなければならない。力によって弱者を支配できる者のことだ。今考えると時代遅れだが当時はそれが美徳とされていた。
     だがその一方でペドフェリアを嫌悪する彼のおかげでブチャラティは少年時代を純潔なままギャングの世界で生き抜くことができた。
    「誤解を解くのを手伝おうか?」
    「どうやって? ここは余計なことはしないで自然に振る舞っているのが良いでしょう。そのうちみんな忘れます」
    「日本のことわざに人の噂も七十五日ってのがある。季節がひとつ過ぎ去る頃には飽きてみんな忘れるって意味らしいぜ」
    「……アバッキオが仲間になってもう三ヶ月経ってますけど」
    「もう……噂じゃなくなってるのかもな」
    「冗談じゃないですよ」
     つまりアバッキオのことを知っている組織の者は全員そういう認識でいるということか。
    「そういえばこの前アバッキオとレストランに入った時に二人テーブルがある個室に案内されましたね……」
    「おお……」
    「さらに店員からテーブルに飾るロマンチックなキャンドルをサービスされ」
    「……」
    「黙らないでくださいよ」


     待合室の方から笑い声が聞こえた。
    「そんなこと言っていないでしょう。しょうがない人ですね」
     長い椅子でブチャラティが仰向けに寝転がり携帯で電話をしている姿が見えた。彼はアバッキオに気がついてゆっくりと身体を起こした。
     顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。いたずらが成功した子どものような無邪気な微笑み。そんな顔もするのかとアバッキオは只々驚いた。
    「ではジョヴァンニ。また」
     立ち上がるといつもの人形のような顔に戻りアバッキオに歩み寄った。
    「終わったか?」
    「ああ。結果は数日後わかるそうです」
    「では解散だな。夕方から明日は休みだ。ゆっくりしてくれ」
    「待て」
     アバッキオは出て行こうとするブチャラティの腕を掴んでいた。
    「あんた、これから仕事をするつもりだろ」
    「そうだが」
    「あんたの補佐が俺の仕事だ。これから仕事に行くって言うんなら俺も行く」
    「アバッキオ。お前の能力が必要な用事じゃない」
     そこまで言われたら引き下がるしか無い。
     腕を離すとブチャラティは小さく吹き出した。
    「そっちの話し方の方がいいな」
    「あ……」
    「同い年なんだ。立場を弁えていれば言葉遣いなんて気にはしないさ」
     心臓が大きく脈打った。
     ハッと我に返ったようにブチャラティは表情を消し元の人形に戻った。
    「では月曜日に」
    「ああ。また」
     診療所のドアを押して外へ出て行くブチャラティの背中をアバッキオを見送った。
     仕事を手伝ってまだ三ヶ月程度しか経っていないが、ブチャラティが私欲とは無縁の人間だということをアバッキオは感じ取っていた。
     アバッキオのスタンド、ムーディー・ブルースは任意の場所で過去に起こった出来事を再生するスタンドだ。主に再生するのはその場にいた人間の姿だが、再生対象がスタンド使いの場合はスタンドの姿を再生することもあった。人間を再生する場合、その人物の息づかいや脈拍、会話まで再生できる。スタンドの場合は姿を再生できるだけで能力までは再現することはできない。動物はまだ試したことがないが可能だろうとアバッキオは思っている。
     使いようによってはいくらでも犯罪に転用できる、本体の倫理観に利用法が左右されるスタンドだ。ブチャラティがアバッキオに自分の監視下以外での使用を禁じたのはそういった理由もあるのだろう。それに対して反抗する気持ちなどアバッキオにはない。
     アバッキオは元警官だ。この国の警察組織が汚職に塗れているとはいえ、煮え湯を飲まされた裏社会の人間は大勢いる。パッショーネの人間にも警察組織に恨みを持つ者は多くいる。基本的に警察は犯罪組織にとっての天敵であり、そのため元警官という経歴からアバッキオがパッショーネ内で出世することはありえない。
     裏社会でのし上がるつもりは無いにしても自分はここでも半端者で終わるのだろうなと、アバッキオの諦めは諦観の域に達していた。
     自分に未来は無い。いっそ清々しいほどに。だからこそ何も考えず、ただの兵隊としてブチャラティの命令を聞いているのは楽だった。その一方でアバッキオは、命じられたことを全力で、時には命がけで遂行した。彼自信、それは矛盾していると自覚している。
     もしかすると俺は、命令を実行している時、自分は間違いなく誰かに必要とされているのだと信じたいがために、そんなことをしてしまうのかもしれない。
     命令を完遂した時、達成感はある。ブチャラティのような人間に評価される自分は価値があるのだと思える。その気持ちは間違いのないことだった。
     だがアバッキオの心情は早くも変化しはじめていた。
     ブチャラティはアバッキオの能力を活用し、敵対する組織や汚職に絡んだ役人たちの正体を暴き陥れる材料を集めていた。それを活用し何人かの政治家を辞職に追い込む根回しをしている。
     パッショーネの勢力拡大のため組織にとって都合の悪い人間たちを除外する目的で自分のスタンド能力を活用しているのだとアバッキオは思っていたのだが、仕事の合間にブチャラティという人間の片鱗を目にする度にその考えは静かに崩れ去っていった。
     組織にとって都合の悪い人間たちを追い込んでいるのは確かだ。しかしそれはすべて私利私欲のためなのだろうか。
     いつもブチャラティが狙うのは他の犯罪組織の関係者だったが、その中にはもう心が動かないはずのアバッキオでさえ嫌悪を隠しきれないような悪行に手を染めている人間も多くいた。
     この国が政府絡みの犯罪で溢れていることは知っていた。だがこれほどに人間の業から生まれた闇は黒く深く底がないのかと足元が抜け落ちるような思いだった。
     世界というものを知らなすぎていた。
     イタリアは行政機関に良い印象が無い国ではあるが過去には法の中で多大なる犠牲を出しながら犯罪組織を追い詰めた英雄が何人もいる。警察官を目指しそして従事していたかつてのアバッキオは彼らに憧れを抱いていたし、ドロップアウトした今では彼らの行いが神の所業のように思えた。
     すべてを破壊し国の構造を一から建て直さなければならないのではというほどに、国と犯罪組織の関係は絡み合っていた。取り返しが付かないほどに固く結ばれ手では解けず鋏で切るしかない糸のように。
     闇を打ち倒せるのは最早同じ闇だけ。
     ブチャラティの行いがやがて善行へ繋がる道を作ろうともそこへ至るすべてが法に触れるもので出来上がっている。
     彼は何者なのか。より深い闇なのか。有り体な表現で言うなら義賊か。それとも国全体を覆う分厚い雲を引き裂いて光を差し込ませるための破壊者か。


     港にある地元の漁師がたむろするバーの二階には広いバルコニーがあり辺りを見渡しやすい。新しいが地価が高いことで数年空き部屋だったここをブチャラティは買い取った。
     スタンド使いであるナランチャのエアロスミスは小さな戦闘機の姿をしており、攻撃だけではなくレーダーの役目も果たすので広い港を見張る上で最適な能力だった。
     ナランチャはこのバーを経営する老夫婦に気に入られていた。出入りする漁師たちもナランチャがギャングの下っ端だと知ってはいてもどこか信じられない気持ちでいるのか普通の子ども相手にするように接する。
     時々アバッキオが場の雰囲気を壊さなようにと裏手からやって来てナランチャの様子を見に来る。月一のピッツォの集金の時にしか表に現れない彼は、管理局や沿岸警備隊から流されてくる書類とナランチャからの話を合わせてブチャラティへの報告書を作成している。
     春のはじめにミスタという男が仲間になった。彼もナランチャと同じようにポルポの試験を受けたあとスタンド使いとなり、ブチャラティの部下として港の管理を担当することになったので昼間はナランチャと共に仕事をしている。
     ミスタは楽観的な性格で話し好きだ。アメリカの大学にいるフーゴは今年の夏休みは勉強に集中したいからと戻って来ないと言っていた。ナランチャは寂しい思いをしていたが、彼のおかげで一気に賑やかになった。
     フーゴは大学を三年で卒業できるように計画しているらしいので来年の五月には帰って来るだろう。それをナランチャはとても楽しみにしている。
    「ブチャラティ! いらっしゃい!」
     珍しくブチャラティがバーの二階に顔を出すとナランチャが飛び上がって喜んだ。
     ブチャラティは縄張り外での仕事をボスから直接請け負っているらしく、なかなか港へは姿を現さない。
    「今日はどうしたんです?」
     奥のソファでウィスキーを楽しんでいたミスタも立ち上がって入口の方へやって来た。
    「報告書を取りに来たついでに差し入れを持ってきた」
     淡々と告げたつつ、手に下げた紙袋をそっとナランチャに渡す。
    「心許なかったが、だいぶ状況は安定したな。治安も良くなったと聞いている」
     仕事ぶりを褒められたのだと気がついたのは、ミスタがもっとがんばれますよと返したのを聞いてからだ。こういう時にいつも出遅れる。
     君は存外聡いのに、なんせものを知らないからな。
     ブチャラティの仕事の手伝いをした時にフーゴに言われた言葉が蘇る。学が無いことを指摘され、お前じゃなかったら半殺しの目にあわせてやるところだと凄んだが、大人と会話することがほとんどになった今では、教育をちゃんと受けて来なかった弊害というのはこういうことなのかと身に染みる。
     他の人間が義務教育を経たことで当然のように身に着けている常識や、比喩や例え話が含まれる会話。時には捻ったり皮肉を込めたり。言葉が交わされる者同士の知識がある程度あってはじめて成立する会話など。
     先程のように直接的ではなく遠回しな褒め言葉。この状況を作ったのはお前たちなのだ。流行りの店のドルチェを差し入れる彼が言いたいのはつまりそういうことだ。
    「数日街から離れる」
     書類の確認を終えたブチャラティが前置き無しに切り出す。
     物思いに耽りながらさっそくブチャラティからもらったカッサータを食べていたナランチャははっと顔を上げた。
    「ええ……、いきなりどうして」
    「やらなければならないことがある。アバッキオ、俺がいない間ここを頼む」
     その言葉に全員が驚愕した。片腕であるアバッキオですら連れて行かないなんて。
    「……よほど、込み入った事情なのか?」
     態度はいつも通りだが衝撃を受けていることは安易に予想が付いた。誰に対しても素っ気ないアバッキオだが、ナランチャやミスタがそうであるようにブチャラティのことが好きなのだ。
    「お前が心配するようなことじゃない」
    「仕事じゃないってことか?」
    「個人的なことだ」
     これ以上詮索するなという意味だな。ナランチャも流石にそれは分かった。
     でも仕事人間のブチャラティが個人的なことで街を離れるって、それはそれで大変なことだよな。
     ナランチャは口を紡ぎ静かに珈琲を口に運ぶアバッキオを見て、彼もそれに気が付いているんじゃないのかと思った。
     恋人かな?
     だとしたら大事件だ。
     今日は帰るとブチャラティが出て行ったあとすぐミスタがナランチャに耳打ちした。
    「おい、ナランチャ。おまえのエアロスミスでブチャラティを追跡できねえかな」
    「何言ってんだよ」
     気になるのはわかるが彼にもプライベートがある。
    「俺のスタンドは尾行向きじゃない。エンジンの音でバレるだろうし」
    「そういうことじゃねえだろ」
     アバッキオが呆れ果てた様子でミスタの頭を叩いた。
    「お前だって気になるだろ」
    「プライバシー権って法律知ってるか?」
    「俺たちギャングに法を説かれてもなぁ」
     アバッキオはミスタが本気ではないとわかっているようだった。ナランチャはアバッキオの雰囲気からそれを悟った。
    「アバッキオってさ、普段ブチャラティとどういうこと話すの?」
    「なんでいきなりそういう話になるんだ」
     ナランチャに問われてアバッキオは嫌そうに顔をしかめる。
    「ずっと一緒にいるじゃん。ちょっとはブチャラティのこと知ってるだろ」
    「お前、それ中身はミスタが言ってんのと同じことだって気がついてるか?」
     そうかもしれない。だがナランチャもブチャラティのことをもっと知りたかった。ミスタの言うような方法は反対だが、人から話を聞くのは大丈夫だろう。本人が口止めしているわけではない限り。
    「あと羨ましい! アバッキオばっかりブチャラティの手伝いしてて」
    「羨ましいんならちゃんと学校へ行け」
    「うわぁー。やっぱそこかよ」
     ブチャラティがアバッキオを連れているのは彼の能力が役に立つからだ。高校を出て公務員として働いたことがある経験はブチャラティがボスから請け負っている仕事の役に立つからだ。ここに流れてくる情報を精査し組織への報告としてまとめる書類仕事もアバッキオがやっている。
    「ブチャラティはプライベートなことは一切話さない」
    「えっ」
     突然はじめの質問の答えが帰って来てナランチャは一瞬呆気にとられた。
    「半年近く毎日顔を合わせているのに何も知らねえのか?」
     ミスタは驚きと呆れを顔に浮かべて尋ねる。
    「あの人は俺の顔なんてろくに見ねえよ」
    「いや、そういう話じゃ、悪い……」
    「なんでいきなり妙な雰囲気になった?」
    「ナランチャ少し黙ってろ」
     ぎこちない空気の中、ミスタの手の中にあるグラスの氷が乾いた音を立てた。
    「たまに電話をかけることがある。堅気かどうかはわからねえが男だ。そいつと話してる時のあの人はよく笑う」
     思い出したように言葉を零す。アバッキオの声は乾いていて何の感情も浮かんではいないようだった。
     笑うってどんな感じに?
     ナランチャはその問いを飲み込んだ。なぜだかわからないが今のアバッキオに聞いてはいけないような気がした。
     普段滅多に笑うことはないブチャラティ。
     黒髪を後ろに撫で付け青いスーツを身に纏う彼は人形めいた容姿もあって冷たい印象を受ける。
     ブチャラティが本当は情に厚く優しい人間だということをフーゴを含めチームの四人は知っているが、他の人間は彼をことを敬遠する。
     彼は独特のオーラがあり不気味に思う者が多いのだ。
     街で長いこと暮らしている老婆が言っていた。
     ブチャラティはもっと明るい子だった。三年ほど前から彼は今のようになってしまった。
     前々から彼のことを知る街の人間はみなブチャラティに好意的だ。ローティーンでギャングになった彼は可愛らしく礼儀正しかったのですぐみなに気に入られたという。
     街の人間の話を親身になって聞いてくれたし、細身ながら喧嘩が強く、他組織のチンピラから商店を守ってくれた。ナランチャの脳裏に、思い出話に盛り上がる人々の明るい表情が浮かぶ。
     ピッツォは護衛料を兼ねているがその契約をきっちり守っているギャングは半々といったところ。パッショーネがこの街に来た当初、彼らは街の人間に誠実だったが、今ではピッツォの金額を上げるためにわざとチンピラを放置する者もいる。そんな中でブチャラティがどれだけ街の人間からありがたられたか想像に難くない。
     笑わなくなったブチャラティだが今でも笑みを向けられる相手がいる。
     良いことなのに、それがどうしようもなくナランチャは寂しいと思ってしまった。
     たぶんこれは嫉妬というやつだろうな。俺でもそれくらいのことはわかると、無表情でカッサータをつつくアバッキオを眺めた。
    「なんだよ」
    「いやぁ別に。俺に比べたらアバッキオの方が大変だよなって思っただけ」
    「……? お前だってがんばってるだろ。自分にできる事を精一杯やってるのはブチャラティも知ってるぜ」
    「そういう話じゃないんだけど、まあ、それは嬉しいな。ありがと」
     アバッキオも優しいくせに顔がこわいから誤解されるんだよな。
    「アバッキオ」
    「なんだ?」
    「ブチャラティともっと仲良くなれるといいな」
     口を半開きにしたまま固まるアバッキオ。俺何か変なこと言ったかなと疑問符を浮かべて口をつぐむ。その沈黙を呆気なく壊したのはミスタの爆笑する声だった。
    rossi Link Message Mute
    Jul 12, 2019 2:47:16 PM

    Need You 03

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    分岐ifその3
    ブチャ19-20歳


    ※解釈違いの地雷あるかもしれません
    ※若干のアバブチャ

    #ブチャラティ  #ポルナレフ  #アバブチャ

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