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    【SS】存在したかもしれないエンド おじいちゃんが、死んだ。
     穏やかな最期だった。病気で苦しんだり、突然の事故で亡くなるよりもずっといい。老衰だとお医者さんは言った。
     目はだいぶ前から見えにくくなっていたけれど、おばあちゃんが枕元にいるのがわかったみたいで、ふんわりと微笑んで眠った。ベッドのまわりにはおばあちゃんと子供と孫たち。ぼくのお父さんがいちばん大きな声で泣いていた。
     こんな日でも、宿屋は休むわけにいかない。小さくて古い宿屋のわりに、このあたりで他に泊まるところがないおかげでけっこう繁盛している。部屋がいっぱいになっても、飛び込みのお客さんはぜんぶ泊める。魔物の徘徊する夜に追い返すわけにはいかないからだ。雑魚寝できる離れはおじいちゃんが建てた。
     裏山で木を切って運び、丸太を組むまでは村の人たちも手伝ったけれど、設計も内装もおじいちゃんひとりの仕事だというからすごい。いまはお父さんがふたつめの離れを建てている。ぼくと、将来のお嫁さんのためだ。お姉ちゃんの家族も住めるようにと、いろいろ工夫しているらしい。宿屋も大きくなって、家族もどんどん大きくなる。
     おじいちゃんを寝かせた棺は、あした土に埋められる。今夜がいっしょに居られる最後の夜だ。
     大人たちはとりあえず涙をふいて仕事に戻り、蝋燭の番はおばあちゃんとぼくに任された。棺は暖炉のそばに置けないので、おばあちゃんが寒くないだろうかとぼくは心配になった。おばあちゃんは足が悪く、冷えると痛むと言っていたからだ。ぼくは客用の毛布を何枚か持ってきて、膝掛けに使うようにとおばあちゃんに渡した。
    「ありがとうね」
    「おじいちゃんがいなくなって、寂しいね」
    「そうね。先に逝かれちゃったねえ」
     おばあちゃんも高齢だけれど頭はしっかりとしていて、いまも現役の大女将として帳場を切り盛りしている。ぼくの家族はみんな働き者だ。それもみな、黙々と働くおじいちゃんの遺伝だと思う。
     おじいちゃんは口数が極端に少なかった。とは言っても気難しいわけではない。いつもにこにことしていて、春の陽だまりのように穏やかな人だった。言葉による意志疎通がうまくいかないのは、おじいちゃんが若い頃に病気をしたせいらしい。会話ができるようになるまで何年も療養したと聞いている。
     お父さんたちが言うほど、ぼくはおじいちゃんと会話するのが難しいとは思わなかった。いつもぼくが一方的にしゃべっている感じだったけれど、たぶんおじいちゃんはぜんぶ理解してくれていた。もしかしたら、わからない「ふり」なんじゃないかと疑ったりもした。けれどそれはおそらく思い過ごしで、おじいちゃんは本当に言語に障害があったのだ。今となってはどちらでもいい。ぼくは、おじいちゃんがいなくなったのが悲しくてしょうがないし、届くならば「戻ってきて」と伝えたい。
     蓋の閉じられた棺を見ていたら、涙がこぼれてしまった。がまんしたかったけれど、しゃくりあげるのを止められなかった。
     おばあちゃんは手招きをして、毛布に入るようにと言った。ぼくはおじいちゃんっ子だったから、お父さんが声をあげて泣いているときに本当はいっしょに泣きたかったのだ。
     おばあちゃんはぼくの背中をやさしくさすって、「おじいちゃんは、幸せだったかしら」とつぶやいた。
    「しあわせだったにきまってるよ」
    「そうだったらいいんだけどねえ。記憶が戻らないって、とてもつらいことよ」
     ぼくはぽかんとして、おばあちゃんを見た。「記憶って?」
    「お前には言ってなかったね。それじゃ、今夜はおじいちゃんの話をしようね。あたしがあの人にはじめて出会ったのは、深い深い森のなかだったよ」


    「シルバ! どこまで行くの。ああもう、どうしちゃったのよ、いきなり」
     飼い犬の様子は尋常ではなかった。私に何かを訴えて、激しく吠えながら森の奧へと連れていこうとする。けれど行く先は獣道で、足元もよくない。山に慣れているとはいえ、過信は禁物。放っておけば犬も諦めて帰ってくるだろう。
     踵を返そうとしたとき、視界の端になにかが映った。
    「えっ?」
     目を凝らした。谷を少し下ったところが平らに開けていて、犬がそのあたりをグルグル回って吠えている。落ち葉になかば埋もれてはいるが、あきらかに布地とわかる青の色彩がはっきりと見てとれた。
    「……人だ」
     胸がどきどきした。私は倒木を乗り越えて谷を滑り降り、そこに駆け寄った。
     少年だ。ぴくりとも動かない。
     頬に触れたらほんのりとあたたかく、胸元が上下しているのもわかった。生きている。ほっとしたのもつかの間、彼が身につけている青い服が血だらけなのを知ってわたしはひきつった。このあたりには獰猛な猪がいるし、夜間には魔物も出没する。それらに襲われたのだろうか。
    「ねえ! あなた、大丈夫?」
     それ以上触れるのもためらわれて、とにかく声をかけた。呼吸は規則的で顔色も悪くないが、頭を打っていたら下手に動かせない。
    「起きて! ねえったら」
     少年はうっすらと目をあけた。鳶色のひとみが私をぼんやりと見、それから犬に向けられた。シルバはワンと吠え、せわしなく匂いを嗅いだ。彼が微笑んだので、私も気を取り直すことにした。
    「とにかく、人を呼んでくるから。ここで待っていてね。シルバ、あんたもここにいてちょうだい。動いちゃだめだからね!」
     さて、言ってはみたものの下るより上るほうが難しい。斜面にむき出しになった木の根を掴んでなんとか這い上がり、倒木をいくつも飛び越えながら自宅である宿屋に駆け込んだ。
    「お父さん、大変なの!」
     その後、男たち数名を連れて現場に戻ったのだが、少年は犬に寄り添われながらすやすやと眠っていた。なんとか宿屋まで連れ帰り、それから三日三晩、彼は眠り続けた。
     身体に擦り傷や古傷はあったものの、衣服を血で汚すほどの怪我は見当たらなかった。所持品もなく、なぜか靴も履いていなかった。村中の人間が彼を知らないと言い、また、森までの足取りを目撃した者もいなかった。
     目を覚ました少年はさらに皆を困惑させた。言葉がまるで通じない。言語が違うというのではなく、なんと彼は言葉そのものを知らなかったのだ。
     少年はまるで生まれたての赤ん坊であった。話しかけると反応はするけれど、意味をまるで解してくれない。聴覚は正常で、声も発することができないわけでもない。事実、彼はひとつだけ意味のある単語を口にした。それはおそらく少年の名前だと思われたので、その日から村人はその名で彼を識別することにした。
     結局、身元はわからずじまいだった。判明したのは、彼がここに至る一切の記憶を喪っていることと、彼を捜している者が少なくとも近くにはいないということだけ。手のかかる大きな赤ん坊だったが、私の父をはじめ、村の人たちは誰ひとりとして彼を厄介者あつかいしなかった。なぜならば彼はとても穏やかで心やさしかったからだ。
     弓の扱いははじめから天才的だった。記憶を喪う前の段階で高度に会得し、それを身体が覚えていたのだろうと父は言う。村の生活に慣れた頃、小屋に保管している武器を使ってもよいと許可すると、迷うことなく弓を選んで山に入り、その日のうちに兎や猪を仕留めてきた。これには村の誰もが驚き、称賛した。
     有能な食料調達係を得て、宿屋のあるじである父は大喜びだった。シルバは彼によくなつき、猟をする彼のよきパートナーとなった。
     何年たっても言葉で会話するのは困難だったけれど、やがて皆そのことに慣れ、ほとんど問題にならなくなった。
     そして私は、彼に恋をした。彼もまた、私を好きになった。
    「一生、いっしょにいてください」
     たどたどしいプロポーズ。彼がその言葉を選ぶのにどれだけ時間をかけたかを知っている私の胸は熱くなり、涙がポロポロとこぼれ落ちた。
     祝言はささやかだったけれど、村のみんなが祝福してくれた。たまたま宿泊していた客には彼の捕った熊肉が振る舞われ、その日一日私は熊の奥さんと呼ばれた。
     新郎の誕生日がわからなかったので、本人も交えてみなで相談し、暦で春の始まる日をその日と決めた。私は勝手に姉さん女房を名乗ることにした。あきらかに私のほうがふたつみっつ上だと思われたし、男よりも女のほうが長生きするというから、「死がふたりを分かつ」運命すらも共にという願いをこめて。
     やがて生まれたはじめての子供は女の子。翌年にまた女の子。そして下の子が二歳のときに男の子ができた。
     あの日、森で出会った二人は心を通わせて夫婦となり、親となった。私はとても幸せだった。
     シルバが亡くなったとき、夫は子供のように泣いた。言葉がおぼつかない分、感情表現の豊かな人だった。けれど、怒ったのを見たのは数えるくらいしかない。我慢強いというわけではけしてなく、むしろ感情に忠実な人。心からの怒りというものがそもそも存在しないか、過去に置き忘れてきたのだろう。夫と暮らしていると、自分もどんどん心穏やかになるのがわかった。
     気持ちに嵐が訪れないのは、想像以上によいものである。風や、空気や、草木や小動物の息づかいが感じとれる。言葉が必ずしも必要のない世界の、それは恩恵だ。あたたかい。心地よい。美しい。当たり前だと思っていたものがとても素晴らしいものだと気づく。
     自分の住む世界が狭くて息苦しいと嘆いていた私。あの日、私は森の中で運命に導かれたのかもしれないとも思う。そしてあの人もまた、その運命に導かれて森にやってきた。
     不思議な縁だと、言葉を用いればそこで終わり。私たちに言葉は要らない。
     娘ふたりを村の外に嫁がせ、私たちはおじいちゃんとおばあちゃんになった。幸せな日々の中でふと、この運命を夫がどう思っているのかが気になった。
    「ねえ、テッド。あなたはなにも言わないけれど、自分が何者で、どこから来たのか知りたいとは思わなかったの? 不安になったことはないの」
     すると彼は静かに言った。
    「知りたかった。でも、もういい。知らないほうが、きっと、おれはしあわせなんだ」


     おじいちゃんは本当に幸せだったと思う。ぼくはいつもいっしょに狩りに行っていたからわかる。
     おばあちゃんは野兎のスープが好きだから、うまく捕まえられた日のおじいちゃんはとても機嫌がいいのだ。おばあちゃんがリースを作るのが好きだから、松ぼっくりやどんぐりも拾ってポケットにいれる。きのこをどっさりと入れたかごに野の花を摘んで添えるのもおばあちゃんのためだ。
     おじいちゃんはおばあちゃんのことが大好きだった。そんなおじいちゃんの心残りなんて、ひとつしか考えられない。それは、おばあちゃんを遺して先に死ぬことだ。
     おじいちゃんとおばあちゃんが出会ったのは、きっと運命だったのだ。ぼくはそう思う。もしもおじいちゃんが記憶を喪わなければ、違う居場所に帰っていたかもしれない。そうしたらぼくも生まれていなかったし、いまこうして明日のことを考えてもいない。
     お墓のそばには、春になったらおじいちゃんの好きだった白い花を植えよう。
     なんていう花だっけ。ああ、そうだ。ペチュニアだ。
    山本樹和 Link Message Mute
    2019/03/13 17:21:06

    【SS】存在したかもしれないエンド

    幻水1、テッド生存&救済の突発ショートストーリー。設定は完全に捏造。全年齢向けですが、 以下の内容が許せる方のみ閲覧お願いします。
    ・生存ルートなのに死にネタです。
    ・テッドとモブ女性との恋愛、結婚、出産があります。
    ・坊っちゃんに言及しません。

    #テッド #幻水

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      幻水1のテッドがメインで、坊っちゃんとグレミオも登場します。途中にSSが挿入しますがあしからず。

      #幻水 #テッド
      山本樹和
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