イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    独身貴族パトリッ君 愛用の白い茶器に紅茶が注がれる聞き慣れた音とともに、同じく聞き慣れた言葉が飛んでくる。
    「坊ちゃんにも、いずれ良い人が見つかるといいですね」

     いい歳した私を坊ちゃんと呼ぶのは、私が幼い頃から長年仕えてくれている爺や。年老いてなお務めをてきぱきとこなし、私が何も言わずとも紅茶にたっぷりの牛乳を入れてくれる、優秀な執事だ。
    「またその話か……仕方がないけれどね」
     読みかけの本を置いて、まずは私好みに仕上がったミルクティーを一口味わう。
    「結婚しようがしまいが、もはや何の意味もないさ。近々滅ぶ世界でどう生きようと構わないじゃあないか」
     茶菓子を摘まみながら私が笑い、爺やがつられて笑いながら引き下がるこのやり取りも、これで何度目だったか。

     決して小さくはないこの館は、王国貴族トパズハーツ伯爵の別邸のひとつ。ここで暮らしているのは、トパズハーツ家の長男である私のほかは数人の召使いと数十匹の使い魔たちだけ。伴侶や子供が使うことを想定されていたであろういくつもの部屋が虚しく空いたまま、埃が積もっては掃除されるのを繰り返すばかりである。
     無駄になった部屋から漂う何とも言えぬ哀愁はこの私もなんとなく感じているが……さきほど言った通り、遅かれ早かれこの世は終わりなのだ。何しろ、歴史上何度もこの世界の支配を狙ってきた侵略者——魔王の軍勢が、近年その勢力をまた伸ばしつつあることがわかっているのだから。過去には「勇者」と呼ばれる強者がこれを撃退していた逸話があるが、残念ながら今は何の噂も聞こえてこない。
     いったい世間の兵士や騎士たちは何をしているのか。館の書斎にある戦術書を一通り読み漁った私の方が、案外うまく立ち回れるんじゃあないか……。そんなことをつい空想してしまうが、ともかく熟練の兵士ですら歯が立たない状況なのだろう。
     近いうちに魔王軍がこの世界を掌握するだろうとさえ言われている状況で、いち伯爵家の次の代について思い悩むだけ無駄というものだ。優雅にお茶でも嗜みながら、この館に収められている大量の書物でも読んでその時を待つとしよう。

     ほとんど終わりまで読み進めた本が、先月読み終えたものだと気付いたのはもう日が沈み始めた頃。我ながら無益な一日を過ごしてしまった……と溜息をついていると、小窓を潜ってきた一匹の使い魔が甲高い鳴き声で何やら主張し始めた。見た目は小柄なコウモリといった風貌で、情報収集や見張りなどちょっとした仕事を任せられる程度の知能がある、お気に入りの使い魔だ。この子はたしか、応接間付近の見張りをさせていた子だったかな。
    「ほう、侵入者がそこまで? 久しぶりに骨のある奴が来たようだね。それもいい時間だ——」
     使い魔にごほうびとして茶菓子を一つ咥えさせると、私は襟を正して立ち上がった。

     晩餐ばんさんの前はいつだって心が躍る。

     この館には、時々だがこうして侵入者が現れる。一応館の近くに「怪物出没注意」の立札を設置している(使い魔たちがいるのだから嘘ではない)が、それでも肝試しと称してふざけている若者やここに貴重な財産が眠っていると期待する盗賊などが一定数いるのだ。外見はただの古びた館ゆえ、そういった不届き者が目を付けて入ってくることは仕方ない。というより……幾分かそれを狙って、私はあえて外壁の崩れた箇所を放置している。
     立札を読まない者、運の悪かった者、社会を荒らす愚か者だけがこの館に捕らわれ、私の糧となるように。

     私は生まれつき面倒な体質をしていた。生き物の血液を摂取しなければ、生命維持ができないのだ。俗に、こうした存在を「吸血鬼」というらしい。どんなに高級な茶菓子、贅沢な肉料理をたらふく食べたところで、それでは足りないと言わんばかりの飢えと渇きが私を困らせてくれる。この欲のために無闇に人間を襲うつもりなどないからこそ、この館に籠って一応の解決策を講じてはいるが——正直言って、生きた人間から血を啜ることこそが私の本当の食事だと心の底ではまだ思っている。
     使い魔に見張らせていた部屋の手前の廊下まで軽い足取りで向かうと、急いで羽織った外套のシワなどを弄りながら侵入者の訪れを待った。
     扉の軋む音、次に靴音、しばらくして小さな金属音、そして縄が引っ張られる音と何か大きなものが締まる音、最後に——情けない悲鳴。侵入者向けに丹念に仕掛けておいた罠がうまく作動すると、だいたいこの順番でいい音が聞こえてくる。今回はまさに狙い通りに侵入者が動いてくれたようで、小気味よく最後の悲鳴までが聴こえてきたものだから思わず笑ってしまった。
     笑いも治まったところで、私は侵入者の前に歩み出た。罠の中でもがいていたのは、思っていたより年若い一人の男。鍛えられた身体と、罠にかかった際に取り落としたらしい片手剣の使い込まれ具合を見るに、単なる肝試し客ではなさそうだ。私に気付いた男がはっとして顔を向けてきたので、その空色の瞳と視線がぶつかった。私は咳払いをひとつして、侵入者へのお決まりの挨拶を始めた。
    「ようこそ、私の館へ。早速きみに残念なお知らせだが……この館に侵入してきた盗賊は、もう決して生きては帰れないよ」
     私がこう告げると、今まで見てきた侵入者の多くは逆上して喚き散らすか、急に怯え出して命乞いを始めるかのどちらかの行動を取ったものだ。さて、この男はどう出るだろうか。内心わくわくしながら反応を待つ。
     すると、男は命の危機を感じている様子ではあったが意外にも力強く反論してきた。
    「……盗賊つったか? 冗談じゃない! 俺は怪物退治をしてただけだ」

     男の話を信じるなら、彼はどうも周辺地域の住民に依頼されて怪物を討伐していたハンターらしい。遠くから見ていた時は気が付かなかったが、顔や体に大小さまざまな生傷がある。いくつかの引っ掻き傷は、たしかにこの館にいる使い魔とは別の怪物に付けられたものだろう。使い魔には私も時々反撃されることがあるので、傷の形の違いくらいはわかる。
    「逃げてった怪物を追ってここに入っただけだ。それに……あんまり外壁がボロいから、人が住んでるだなんて思わなかったぞ」
    「きみ、言ってくれるね。これでも掃除はしているんだが」
     身動きが取れないまま元気に反抗してくる獲物を見て、笑みがこぼれてしまう。活きがいいのは素晴らしいことだ。男は何やら「怪物を使役して町を襲わせているのはお前か」といった話をしようとしているようだが、そんな目立つ真似など私はしないし、そんなことより空腹なんだ。男の首筋には傷からの出血が伝っており、食欲をそそられる。
    「おい、聞いてるか? なんなら町まで行って、『テオバルトって男に依頼したか』って尋ねれば……」
     まだ何か言おうとする男の顔を片手で押さえ、伝っていく血が服に染み込む前に舐め取った。

     突然のことに男は弁明を止めて絶句していたが、私も私で用意していた言葉が飛んでしまった。久しぶりに味わったせいでもあるだろうが、口に広がる甘美な風味に見惚れ……いや「見」ではないが、ともかく恍惚としていた。
    「……たった一度の食事で死なせるには、あまりにも惜しいな」
     いつもならばここで「きみは今から私の夕食となって死ぬ」という旨を伝えるのだが、真逆の言葉が漏れてしまった。この男の血を今ここで吸い尽くして死に至らしめるのは、あまりにも勿体ない。なんとかして手元に置いておくことはできないか。

    「きみは独り身かな? よければ、ここで私と暮らしてみないか」
     理解が追い付かないという男の顔を見て、事を急ぎ過ぎたと思ったが言ってしまったものは仕方がない。どう補完しようか迷っていると、ぶつりと縄が切れる音がした。男は力尽ちからずくで罠の拘束を解いてしまったようだ。
    「わけわかんねえのも大概にしろよこの野郎!」
     そう叫んで私を睨む顔だけはそこそこ迫真だが、両手に拘束具が絡まったまま凄まれても少々滑稽というものだ。どう出るのか見ていると、なんと男はそのまま突進してくるではないか。驚きはしたが、ぶつかる前に使い魔を間に挟んで衝撃を和らげた。
     私は戦いの経験は無いに等しいが、手負いかつ両手の使えない人間を相手にするくらいはなんとかなりそうだ。ふらつきながら蹴りを入れようとした男の脚をうまく掴めたので、そのまま一度持ち上げてから床に叩き付ける。「はあっ!?」という素っ頓狂な声がして思い出したが、昔から私は見た目の割に腕力があることが自慢だ。
     男が私の怪力に怯んだ隙に、使い魔を数匹呼び寄せる。圧倒的不利な状況だとしっかり見せてみると、男は観念したらしい。退路を求めて辺りを少し見回していたが、どれも塞がれたことに気付いたのか、項垂れたまま動かなくなってしまった。

     さて、どうしたものか。そばに置いておくだけならば生ける屍のゾンビか、ある程度の自我を残したグールに変えてしまうのが手っ取り早い。しかし、いずれにしても血の味が落ちるという最大の問題点がある。却下だ。どうしてもこの男を生きたまま、そしてできれば会話が成り立つ状態で私の隣に置きたい。私はなるべく優しい声色を心掛けて、項垂れている男に語りかけてみることにした。
    「手荒な真似をしてすまないね。先ほど、テオバルトと言ったかな? まだ名乗っていなかったが、私の名はパトリック。もう長いことこの館で暮らしていてね」
     こちらの話に関心が無いのか、なかなか顔を上げてくれない。弱ったな。
    「さて……きみをこのまま外へ返すわけにはいかないが、死なせたいわけではないんだよ。私とここで、ちょうどあんな風にやっていけないかな」
     つがいの使い魔が寄り添うところを指し、どうかなと尋ねてみる。
    「……まだ言うのか、それ」
     とりあえず、私が脅しや悪の誘いでなく本気で共生を考えていることだけは伝わったようだ。先ほどの威勢はどこへやら、男の顔から闘志も怯えも消え……代わりに呆れの色が見え始めた。

    「そういうのは、初対面で軽々しく言うもんじゃないだろうが。まずはお互いに相手を信頼して、尊敬できるようになってからだな……」
     男はなんでこんな話をしなきゃいけないんだと言わんばかりの表情になっていたが、思いのほかまっとうな持論を述べてきた。簡単には押し切れないか。
     ……いや、待てよ。つまりは、私がこの男の尊敬に値する人物であれば、ここで共に暮らしても構わないとも解釈できる。
    「では、きみが結ばれたいと思うような、尊敬できる人物像とは何かな」
    「え!?」
     聞かれるとは思っていなかったのだろうか。男はかなり悩んでいた様子だが、しばらくしてようやく答えが返ってきた。
    「た、たとえば……世界を困らせている例の魔王を倒して、困ってる人を助ける勇者みたいな奴なんて、やっぱりすごいんじゃないかって思うけどな……」

     なるほど、弱きを助け悪を挫く勇者ときたか。随分と高い理想像を持っているようだ……これはのんびりしてはいられない。颯爽と世界を救ってみせれば、さすがに彼も私を認めるだろう。この状況下で勇者が未だ現れていないことが、むしろ絶好の機会となってくれた。
    「いいだろう! では私は旅支度に取り掛かるからね、そこで待っていてくれたまえ」
     張り切って立ち上がる私を見て、男はぽかんとした顔になる。
    「旅支度? ……まさか、おい!」
     急に慌てふためく男に使い魔をけしかけて押さえさせる。準備ができるまで大人しく待っていてもらわねば。この館に、武器になりそうなものは何かあっただろうか。そうだ、留守にする間の館の管理も爺やに伝えなくてはならないな。あれこれ考えながらちらりと振り返ると、使い魔たちが面白がって男を逆さまに吊るそうとしているところだった。可哀想に、血が上ってしまう前に急いで支度を済ませる必要がありそうだ。
    「そういうわけで、私はしばらく留守にするよ。館の守りと清掃は今まで通り頼むが、私の分の食事などは用意しなくて結構」
     事の顛末てんまつを手短に説明する私に、爺やはにこやかに頷いた。

    「坊ちゃんにも、いずれ良い人が見つかるといいですね」

     グールとなった者は、生前の習慣や癖を不意に繰り返す性質がある。この調子では、私の分の食事が明日からも作られてしまうかもしれないな。
    「やはりこれでは味気ないね。なんとしても、彼とはうまく関係を築きたいものだ」
     支度を終えて戻ってきた私は、天井から逆さにぶら下げられていた男を丁重に下ろしてやると、住み慣れた館から一歩を踏み出した。
    テン@tenfiction Link Message Mute
    Jul 30, 2022 3:41:54 PM

    独身貴族パトリッ君

    #小説 #オリジナル #創作 #青年 #BL
    特別読み切り~~と称して生まれて初めて小説っぽい文章をしたためました。
    吸血鬼体質の伯爵子息「パトリック」と巻き込まれ系青年戦士「テオバルト」の出会いをパトリックの視点で書いたものです。
    ・男×男CP要素(ごま塩程度)あります

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
  • CONNECT この作品とコネクトしている作品