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    宵溶け蝙蝠 古の時代に、その化け物の記録はない。生き血を喰らう人型の化け物がいると噂され始めたのは、たかだか五十年ほど前のことだ。
     狩人が捕え損ねた手負いの獲物を横取りし、その血を啜っていた、だとか。夜な夜な町へ現れて、不用心にも出歩いていた町民の血を一滴残らず吸い尽くした、だとか。
     人々は恐れを込めて、そうした化け物を吸血鬼と呼んだ。
     実際の吸血鬼は、俺の想像の三倍ほど訳の分からない存在だった。
     古びた館に暮らし、コウモリのような使い魔を操り、食事として血を求め、……これからは勇者を目指す、というのだから。
     何がどうしてこんなことになったんだ。俺はただ、町を困らせている怪物の群れを退治してほしいという依頼を引き受けただけだったのに。……首を誰かに舐められる経験なんて生まれて初めてだ。できることなら、生きていて一度も経験したくなどなかった。

    「おや? どこに行ったんだ。テオ!」
     遠くから夜風に乗って、あいつの声が聞こえる。
     誰がテオと呼んでいいと言った、馴れ馴れしいな。文句は心の中で済ませつつ、大木の後ろに身を潜めて息を整える。館の罠に引っかかって腕に絡まっていた縄も、やっと解ききることができた。
     先ほどまで俺を連れ回していたあの吸血鬼は、少し離れた場所で周囲を見渡していた。その手には灯りのほかに、怪物の死骸がある。
     はじめに灯りを持たされていたのは、吸血鬼の使い魔だった。そいつは、草むらから飛び出してきた鳥の怪物に驚いて灯りを取り落とすという、いい仕事をしてくれた。おかげで辺りは一瞬だけ暗闇になり、俺はこうして吸血鬼から距離を取ることができた。怪物の頭蓋を叩き割った吸血鬼が灯りを拾い上げる頃には、俺は大木の後ろに隠れていた。
     逃げるなら今しかない。俺を呼び続ける猫撫で声を無視して、忍び足でその場を離れ始める。そして聞こえてくる声が十分に小さく、遠くなったことを確認し、全速力で町の方角へ駆け出した。

     吸血鬼の姿も声も完全に消え去り、代わりに町の北門が近付いてくる。『グレイフォード町』の立札を見て、生きて帰れたことを実感する。
     万全を期すならば、このまま町を素通りして遠くへ逃げるべきかもしれない。ここに町があることをあの吸血鬼が知っているなら、獲物が逃げ込んだことを想定するだろう。執念深く追いかけてこないとも言い切れない。
     だが、日中ずっと怪物退治に走り回り、吸血鬼からも逃げる羽目になったせいで脚はそろそろ限界だ。それに依頼主に報告しなければ、俺が途中でくたばったと思われるだろう。せっかく約束してくれた報酬だって無駄になる。悩んだ末、俺は依頼主が経営する宿屋へ向かうことにした。

     遅い時間にも関わらず、依頼主はすぐに出迎えてくれた。怪物を退治した証拠をいくつか見せると、依頼主は安堵の表情を浮かべる。
    「いやあ、助かった助かった。ここら一帯の農地も牧場も、しばらくは安全だな!」
    「どうも。それで、一泊いくらにまけてくれるんだ」
     今回の報酬は、怪物退治と引き換えに格安で宿泊していいというものだった。一人旅で野宿が続いている時には実に嬉しい。安全な室内で一晩眠れば、今日起こったことはただの悪い夢だったと思えるようになるだろう。

    「ああ、ひとりあたり銀貨一枚で構わんよ」
     宿屋の主人がそう告げると、二枚の銀貨を握った腕が俺の肩越しに現れた。
    「なんだこの寝具は? これで金を取るというのか、この宿は」
     宿屋の主人に通された客室でひっきりなしに文句を垂れているのは、紛れもなくあの吸血鬼——パトリックだ。扉が閉まるや否や俺の腕を捻り上げて、強引に手枷を嵌めた直後とは思えないくつろぎっぷりだ。
     吸血鬼の独り言を聞きながら、俺はどうすることもできずただ寝具に腰掛ける。……ああ、たしかに。客室としての質はそれほど良くなさそうだ。洗濯の仕方が悪いのだろう、布団の毛羽立ちも目立つ。いつもの俺なら舌打ちくらいはしたかもしれないが、こんなもの今は些細なことだ。思わず頭を抱えたが、はずみで手枷に前髪を挟み込んでしまった。もう踏んだり蹴ったりだ。

     この状況でどうすればいいのか思いつかずにいると、パトリックが先に口を開いた。
    「トパズハーツ領グレイフォード。昔の資料によると人口は二千人ほど。そのほとんどはここではなく、南部の居住区にいるはず。北部は農地や放牧地ばかりだし、町はずれの森には怪物が出るからね」
     おまけに森の先には吸血鬼の住む館まである、とんでもない町だ。住人がそれを知ったら間違いなく人口も減ることだろうよ。
    「この町は私の家から一番近いんだ、だいたいのことは知っているつもりだよ。それに私にはこの子たちがいるからね」
     少しだけ顔を上げると、吸血鬼の外套の下から一匹の使い魔の耳が飛び出していた。
    「知っているかな? ヨイドケコウモリだよ。まるで宵闇に溶け込むように姿を隠すことからその名が付いたという、ね。……この子たちを数匹放てば、町の様子くらい簡単に偵察できる」
     それで俺の居場所も筒抜けだったっていうのか。やはり町を素通りして、遠くへ逃げるべきだった。休息を求めたのが運の尽きか。俺が深い溜息をつくのとほぼ同時に、パトリックは呑気な欠伸をしていた。

    「……さて! だいぶ夜も更けてしまったし、私は眠るよ。きみも怪物退治を終えて疲れているだろう? 本格的な旅立ちは明日からにしよう」
     俺が口を挟む暇もなく、パトリックはどんどんと話を進めてしまう。勘弁してくれよ……。
     しかし、こいつの言う通り今の俺には逆らうだけの体力なんて残っていないし、気力すら湧いてこない。鉄製の手甲をへし折ってまで俺に手枷を嵌めてきた、怪力の吸血鬼だぞ? 不本意だが、今は従う以外の選択肢が思いつかない。
     いそいそと隣で寝支度を調えるパトリックを横目で追う。今の俺には何の気迫もないだろうが、最後に念を押しておくことにする。
    「また妙な真似しないだろうな……」
    「うん? 食事ならば、今夜はもうしないよ。空腹は満たされたからね」
     パトリックは寝具に横たわり、おそらくはその硬さに顔をしかめながら答えた。それを聞いてようやく俺も横になる。
     ……願わくば、すべて夢であるように。次に目覚めたときにこの部屋にいるのが、俺ひとりだけであるように。
     目覚めたときにこの部屋にいたのは、残念ながら俺と吸血鬼とコウモリたちだった。
     あまりの疲労感からか、久しぶりにぐっすり眠れはしたものの、目覚めはここ数日間で最悪といっていい。まだ眠りこけているパトリックをひと睨みしてから扉の方へ目線をやると、それに気付いたコウモリたちが慌てて扉の前に移動した。本当にいい仕事をする使い魔だな。逃げないから、そこの寝坊助をさっさと起こしてやってくれ。

    「おや、お客さん。よく休めましたかな」
     手枷を付けて部屋から出てきた俺を、宿屋の主人は不思議そうに見ながら挨拶した。しかし、その興味はすぐにパトリックに移ったようだ。
    「いやはや、お客様! 昨晩は気が付きませんでしたが、お若いのになかなか……お召し物も指輪も、実にご立派でいらっしゃることで! さあさ、こちらへどうぞ。朝食の準備ができておりますよ」
     依頼の完了報告を受けた昨晩よりもだいぶ浮かれた調子だ。あわよくば心付けでももらおうと思ってのことだろう、主人は盛大にごまをすり始める。まあ、態度がわかりやすすぎるせいか、パトリックの対応は冷めたものだったが。

     粗末な客室とは異なり、朝食にはパンのほかに蒸した鶏肉も提供された。宿屋の主人の話ぶりからするに、どうも昨晩パトリックが仕留めた鳥の怪物の肉を銀貨と一緒に渡していたらしい。
     食事の席でもずっと後ろにくっついてヘラヘラと話しかけてくる主人に、パトリックは明らかに迷惑そうだ。その様子がちょっといい気味だったので、俺は手枷をものともせず肉を頬張る。悪くない。
    「エヘヘ、どうも。それではごゆっくり召し上がってくださいね」
     宿屋の主人の上機嫌な声がする。根負けしたらしいパトリックが差し出す銅貨を受け取り、やっと他の客の対応に向かうようだ。
    「綺麗に血抜きまでしてあった良い肉でしたので、私どもも腕を振るいましたよ!」
     ちょっと待て、寝る前にパトリックが言っていた「空腹は満たされた」って、まさかこれのことか。
     ……食欲がなくなってきた。
     宿屋の主人に見送られ、俺とパトリックは宿を後にした。一晩眠って腹ごしらえも済ませたというのに、既にとんでもない疲労感に襲われる。長い金髪を揺らしながら先導するパトリックの二歩後ろを、コウモリに監視されながらついていくことしかできない。

    「魔王軍を滅ぼす存在となるために、まずできることは何であろうか」
     パトリックが前を見据えたまま何か言っている。独り言だと思うことにして、俺は黙っている。
     絶対に無理だろう、諦めるだろうと思って俺が答えた「勇者」という理想像を、パトリックは本気で目指すつもりらしい。……仮に、パトリックが勇者となった暁には、俺は食糧として一生あのボロ館で飼い殺されるのだろう。あまり考えたくない。俺には俺の目的があって、旅をしているんだが。

    「まずは、魔物被害の解決だろうか。グレイフォード周辺ではあまり被害を聞かないが、どこかの町は毎日のように魔王軍に襲撃されているとか」
     居住区で詳しく聞いてみる必要があるな、と意気込むパトリックの足はまっすぐ南へ向かっている。俺も、背中にくっついたコウモリに時折小突かれて歩を進める。

    「おい。居住区に行く気なら、その前にこれをなんとかしてくれよ」
     何かあったかな? という顔で振り返るパトリックに、悪目立ちする手枷の付いた両腕をぐいっと突き出す。
    「なんだ、それか。外してやっても構わないが……」
     パトリックが手枷を外し——というよりは壊し、やっと俺の両腕は自由になった。

     手首をさする俺の顔を覗き込むようにして、パトリックはにっこりと笑う。
    「もう私から逃げようだなんて思わないことだ。いいね?」

     それが勇者を目指す奴の言うことか。先が思いやられるな……。
    テン@tenfiction Link Message Mute
    Aug 28, 2022 5:17:50 AM

    宵溶け蝙蝠

    #小説 #オリジナル #創作 #青年 #BL
    『独身貴族パトリッ君』(https://galleria.emotionflow.com/78543/630376.html )の続きです。
    吸血鬼体質の男パトリックに気に入られてしまった戦士テオバルトの視点で書いたものです。
    ・男×男CP要素(ごま塩程度)あります

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