First grade April 運命はいつもいじわる。いじわるで、残酷で。そしてそれは、”変わることなんてない”って、突きつけられてる気がする。
学校のクラス分けとか、あれはまさに運命のいたずらなんじゃないか。
なんで突然、そんな話になるかと言えば。
「…高校一年目は終わった気がする」
今まさに、それに直面してるから。
四月。ハーフもビーストもヒューマンも、種族関係なく通える国家エシュト学園に、恋人のリアス様と入学した。門をくぐったすぐのところに張り出されてる、最初で最大の難関、クラス分け表を眺めたら。
わたし、クリスティアこと氷河刹那は一組、リアス様こと炎上龍は隣の二組。
うん、見事にクラス分かれてる。さっきから何回も見てるけど変わらない。
……どうしても分かれてる。
「俺も終わった気がする」
隣で同じくクラス分けの掲示板を見ていたリアス様が言う。うん、終わったね。でもね、わたしとリアス様の「終わった」の意味は全然違うの。わたしがリアス様と一緒のクラスになりたいのは、「好きな人と一緒になれたらうれしい」とかいうかわいらしい女子の、そんなかわいらしい理由なんかじゃない。
「これではお前の傍にいれないな」
齢十六にして彼女との同棲権を義親からもぎ取った過保護な彼氏とクラス離れるとそれはもう大変だから。ものすごく面倒だから。面倒な人と離れると平和になれるなんて言った人はどこのどいつなんだろう。うちでは逆です。離れた瞬間平和は終わる。
「いい、だいじょうぶ…。わたし自分のことくらい自分で守れる…」
「それができるなら十八歳の三月二十七日にお前は消滅しない」
そうじゃなくてですね。確かに自分の身を犠牲にしてリアス様をかばっちゃうから毎回十八歳で消滅するのを繰り返してきてるけども。でも今はこれからの学校生活の話をしたいんです。
どうにかリアス様の心配を和らげるものがないかと、もっかい掲示板を見上げる。
これだとまた授業中に鬼電してきたりメサージュ五秒以内に既読つけないとクラスに突撃してきたり、最悪の場合学校辞めることになる。実際全部あったしついでに言えば中学はクラス分けのせいで不登校だったし。
それは困ると必死に探してたら、ふと目に留まる名前。
わたしの氷河刹那の上に、見覚えのある波風蓮って名前がある。これは同じ高校に通う双子の兄妹、兄のレグナの日本名。
──これだ。
「リアス様、わたしのクラスにレグナがいる…」
「そうだな」
「レグナと一緒にいればリアス様も安心…?」
「まぁ、一割くらい」
親友への信頼度低すぎませんか。だけど一割でも安心するならそれでもいい。リアス様の服のすそを引っ張って、ちょっと上目遣いになるように、言う。
「ね、ちゃんとレグナの傍にいるから、連絡とかちょっと、ちょっとだけひかえてほしい」
あの二人はたぶん時間ぎりぎりで来るはず。まだ掲示板を見ていないであろう幼なじみの知らぬところで、彼の平和を犠牲にわたしの道連れにするという悪魔並の行動に出た。天使名乗っててごめんなさい。
「………………レグナがいるなら、まぁ、少しは控えてやらなくもない」
ものすっごい悩んで、ものすっごく納得は行かない顔だけど、リアス様は了承してくれた。内心でガッツポーズをする。
「…ありがと」
たぶんリアス様とか双子の幼なじみくらいにしかわからないけれど、ほほえんでお礼を伝える。レグナにもちゃんとお礼言うよ。事後承諾もかねて。
「確認できたなら行くぞ。立ち止まっていると邪魔になる」
「はぁい…」
ちょっと不服そうだけど、決まったことだからって歩き出すリアス様の手を取って、一緒に校舎に向かった。
さぁどうやってレグナに伝えようか。はじめにありがとうって言う? それとも学校通いたいから一緒にがんばろうね、とか。あ、これいいかもしれない。なんだかんだ面倒見のいいレグナだからきっと妥協してくれる。リアス様と離れたわたしと同じクラスになっちゃったからどうせ巻き込まれるんだろうし。だったらはじめから道連れにした方が早いよね。少しだけ天使とは言い難い考えしてる気がするけどまぁいいや。
ものすごく心配そうなリアス様に大丈夫と言い聞かせて教室の前で別れて、席に着く。時刻は八時二十分。きっともう少しで、レグナが来るんだろうな。今か今かと、目の前の空席を見つめながら、イメージトレーニングをする。本人のいないとこで勝手に平和を犠牲にしたことに罪悪感はちょっとだけあるけれど、後悔はしてない。ついでに言えば反省も。
これも運命のいじわるだもん。仕方ない。
やってきた幼なじみにそう伝えたら、「俺に対するいじわるを作り出したのお前じゃねぇか」って怒られた。
『運命は、いつだっていじわる』/クリスティア
平和とは、なんと脆く儚いものか。
たった一つの出来事で、俺の平穏はすぐに崩れ去る。
例えば、いつもなるべく遠くに置いておきたい妹が今回も何故か隣を歩いていたり、金色と水色の幼なじみカップルと同じ学校に通うことになったり、しまいには同じ学校でも違うクラスなら少しくらいは平穏かなんてフラグを立てれば見事に一番面倒な分け方で回収されちゃうわけで。
「俺の高校一年目は終わった気がする」
クラス分けの掲示板を見て、思わず呟いた。
「終わりましたねぇ、見事に。あなたの高校一年目」
同じくそれを見ていた妹も、同情いっぱいな顔をしながら言った。
カリナこと愛原華凜のクラスには問題児リアス、そして俺、レグナこと波風蓮のクラスには、決してやつから離してはいけないクリスティアがいる。何度見ても変わらない。
……まじかぁ。もう絶望しかない。
いや別にクリスティアが嫌なわけじゃないんだよ。むしろあいつの方が比較的おとなしいし居心地いいし、言うなれば被害者としては同志なわけで。でもね先生方、リアスとは離しちゃいけないんだよほんとに。
クリスティアを失った悲しみから過保護度がどんどん増している親友は、今や彼女との同棲権を義理の親からもぎ取り、部屋も一緒で大げさじゃなくトイレ以外はすべて一緒にいるような男である。そんな心配性な男から彼女を離せばクリスティアはもちろんのこと、古い友人である俺たちにもその被害は及ぶ。特に俺。
クリスティアに連絡がつかなければ俺やカリナに鬼電やラインが入り、それをたまたま見なかったなんてことがあろうものならテレポートで飛んでくる。他にもいろいろ数知れず。今までどれだけ迷惑を被っただろうか。
加えていたずら好きのカリナもリアスと同じクラスときたもんだ。俺とクリスティアの平穏はほぼほぼない。
「俺すでに人生やり直したい」
「あと三年ありますから頑張ってください」
この先来るであろうトラブルを思い浮かべればそう言いたくなるわ。
「ほら、それに幸いこの学園は自由授業制です。HRさえ頑張ればその他はリアスが傍にいることができます。だから大丈夫ですよ!」
「お前他人事だからって…」
「私もサポートしますから!」
いや正直お前のサポートが一番安心できない。トラブル九割くらい人為的に引き起こすだろ。その予想できる未来にため息を吐いて、歩き出す。
「とりあえず俺は今回平和に暮らしたいからお前らとは関わらない」
後でクリスティアにも言おうと思いながら、後ろをついてくるカリナにも言っておく。
「そう言ってなんだかんだいつも関わってるじゃないですか」
「関わらざるを得ないんだろ」
「私にはあなたが好きこのんで関わっているように見えますが?」
散々巻き込まれてもう逃げることを諦めた結果だよ。
「とにかく、リアスにも言っとけよ! クリスティアの面倒は見ないって」
「伝えておきますわ、それとなく♡」
教室に入る前に念押しすれば、それはそれはかわいらしい笑顔で返された。でもきゅんとなんてしない。あの笑みはぜってーなんか企んでる顔だ。
まぁとりあえずクリスティアに言えばいいだろうと教室に入り、彼女の前へ座っておはようと挨拶を交わす。小学校くらいに一回逢ったかくらいだったから「久しぶり」とか「元気だったか」とか、他愛ない会話を少しして、さぁ俺の平穏を手にするために本題に入ろうと口を開いた瞬間だった。
「レグナと一緒にいたら学校やめなくていいことになってるので一年間がんばろうね」
俺の平穏は先手を打ってた自称天使によって儚くも崩れ去ったのである。
『平和とは、儚いものである』/レグナ
各々クラスで合流したあと、入学式になりました。クラス毎に整列して、体育館へと足を運びます。いつの時代も式は長いものですね。何千回も出席しているとさすがに退屈になります。校長の話だってもっと簡略でいいじゃないですか。「より良い学校生活を送りましょう」という一言で済むのになんで「本日はお日柄もよく」なんて天気の話から入るのか。それは未だにわからない。少し周りを見回せば、他の生徒も退屈そう。
「どうせならクリスティアと同じクラスになりたかったですわ」
まぁ今回は隣に幼なじみのリアスもいるので、私はそこまで暇にもならなさそうですが。退屈しのぎに小さい声でそう話しかけてみると、向こうも小さな声で応じてくれます。
「こっちのセリフだ」
「あなたは心配だからでしょう。私は純粋に彼女といるのが楽しいから同じクラスになりたかったんです」
どうせならみんな同じクラスの方がもっと楽しいんですけど。分かれるならクリスと同じがよかったですわ。
「……まぁもしあいつとクラスが分かれるのであれば、お前とクリスティアが一緒の方が良かったな」
「あら」
ちょっと意外な発言です。レグナの方が良さそうなのに。
「どうしてです?」
「同姓の方が一緒にいる時何かと都合がいいだろう」
いや異性の方がなにかと都合がいいのではないのでしょうか。
「ナンパとかを考えると男女の方が都合がよいのでは?」
「別に声を掛けられようがそれはどうでもいい」
男性としてそれはどうなんでしょう。レグナなんて私が声かけられるとすごい形相でやって来ますよ。
「風呂だの化粧室だの男女で分けられるから一緒にいられん」
「男性的にはその時間を楽しむものではなくて?」
「楽しむ?」
「お風呂とか壁一枚向こうの彼女が気になってドキドキとか」
「いやないだろう」
いやあるでしょう、男なら。
「化粧室だってお化粧直ししてる間少しくらいいたたまれないとか、男女で分けられるからこその緊張感とか色々ないんですか」
「普通の男はない」
むしろ普通の男はあるんです。この男は本当に男なんでしょうか。内心でツッコミながら、ため息をつく。
「恋愛感覚がずれているあなたに一般論を言っても無駄ですわね」
「そんなにずれているのか? 普通だろう?」
「控えめに言っても普通とは言い難いですね」
超過保護で異常なまでの心配性って時点で大幅にずれているし。
《これにて入学式を終わります》
「終わったか。じゃあカリナ、また後でな」
そう言われた直後、隣にいたはずのリアスはパッと姿を消す。
うん、普通の人は入学式終わった直後にテレポートで恋人のところに行ったりしないものですよリアス。
ていうか置いて行きやがりましたわあの男。隣にいる幼なじみ置いて恋人のところにテレポートする男のどこが普通だというのかしら。
もういない隣の空間にため息をついて退場のアナウンスを聞いていたら、一組の後ろの方が少しざわつく。ああ、あそこに飛んだんだなと思いながら、アナウンスに従って歩き始めました。
レグナがいつものごとくツッコんでるんだろうなと、兄に労いの念を送って。
なんだかんだ入り口で待っているであろう幼なじみたちの元へ急いだ。
『あなたが普通だと言うのなら、世間はどうなるの』/カリナ
入学式を終え、クラスも隣同士ということで俺達は合流して四人で教室へ向かっていた。前を歩くクリスティアとカリナの後ろをレグナと並んで歩いていたら。
「俺、問題児と離れると平和になると思ってたんだけど」
唐突にレグナが言った。はて、問題児とは誰のことだ。
「問題児?」
レグナを見てそう尋ねれば、そいつは「え?」という顔をする。その顔を見て俺も「ん?」という顔をした。
「今俺の目の前で俺と話してるお前だよ」
そうか俺か。
は? 俺?
「失礼な奴だな。どこがどう問題児だ」
「毎度拾ってもらったくせに彼女の家の近くに引っ越させ傍にいなきゃ不安で鬼電鬼メサして最終的に同棲してるやつはお世辞にも普通とは言い難い」
「お前カリナと似たようなことを言うんだな」
「カリナにも言われてんのかよ」
ついさっき言われてきた。
「というか俺を問題児と言うのならお前の妹の方がよっぽど問題児だろう」
「は? カリナ? 確かにイタズラ好きではあるけどお前よりはよっぽど普通だろ」
そう言われ、今度は俺が「え?」という顔をする。そしてレグナが「ん?」という顔をした。
いやいやいや。
割と不仲なことが多い互いの引き取り手をあの手この手で親友にまで発展させて、兄の情報をいつも自分に行くようにしているカリナの方がよっぽどだろう。
しかし、少し考えた素振りをしても尚わからないといったような顔のレグナを見て、ふと疑問が湧き上がる。
「……お前まさかとは思うが知らないのか?」
「何を?」
きょとんとしたレグナに、開いた口が塞がらなかった。まじかこいつ。知らないのか。
毎回だぞ? 毎回突き放して自分の情報は言わないようにしても当たり前のように同じ学校になるんだぞ? おかしいと思わないのか。俺なら気付くぞ。つーか普通は何回もそんなのが続けば疑問を持つくらいはあるだろう。大丈夫かこいつ。妹だからって警戒心緩すぎるんじゃないのか。
不思議そうな顔をしているレグナに呆然としていると、ふと視線を感じた。前を見れば、妖艶に微笑んだカリナと目が合う。その目はこう物語っていた。
黙っておけよ、と。
心なしかものすごい気迫も感じられる。そして気付く。これは少しでもばらしたら社会的に俺が死ぬな、と。
「リアス?」
「……いや、なんでもない」
それを感じ取った俺は、どうしたと言いたげなレグナにそれだけ言って、口を噤む。今何か話すと余計なことを口走りそうだ。
「?」
突然黙り込んだ俺にレグナは訝しげな顔をしているが、気づかないフリをしてスマホを取り出しチェックする。何も連絡なんて来てはいないが、適当にメサージュを開いて文字を打つ仕草をすれば、レグナは気遣い屋だから邪魔しないようにとカリナやクリスティアの元へ歩を進めた。
いやなんでそういう風に周りを見て気遣いができるのに妹のことには無頓着なんだよ。
小さな変化とか、周りがどうしてるとかびっくりするくらい気付くくせに、一番近くにいて一番よく見ている妹のことは何故気付かない。そんなにあの妹はわからないようにしているか? 外部から見てると思いっきりわかるぞ? これが兄妹いつも傍にいたいんですと言うならわかる。お前一応妹の幸せのために自分から遠ざけたいんだろう。頑張って逃げて遠ざけようとしていただろう。なのに傍にいるんだぞ? さすがに疑問くらいは持ってもいいだろう。何千年これやられてると思ってるんだ。
やきもきしながら、クリスティアを挟むようにして歩く双子を見る。レグナとカリナは楽しそうに笑っていて。そこで、ふと日本にはこういうときの諺があるなと思い至った。
レグナが知らないことで本人が望む「平和」が成り立っているのなら、これはこれでいいのか。ちょっとあまりにも気付かなすぎて心配になるが、俺の社会的な生命のためにも言う気はない。それでカリナもレグナも幸せに笑っていられるのならもういいとしよう。何も言うまい。
自分にそう言い聞かせて、少し歩みを早めた。
『知らぬが仏とはまさにこのこと』/リアス
笑守人学園に来てから一週間程が経った。授業も決まり、委員会も全クラス決まったようで今日から色々と始まるらしい。
なるべく生徒の希望通りの授業を、ということで笑守人学園は余程の事がない限り第一希望を通してくれる。おかげでクリスティアとはすべて同じ授業になり、俺はやっとあいつと一緒にいれる時間が増えると安堵していた。
のだが。
「あの、炎上君って愛原さんと付き合ってるの?」
新たな問題が浮上中である。教室移動 兼 クリスティアの迎えに行こうと席を立とうとしたとき、三人の女子に呼び止められると、一番気の強そうなピンクの髪の女に突然そんな質問をされた。逃げられないように囲まれて、席を立つ機会を逃す。
いやというかなんで俺とカリナが付き合っていることになっている。あいつ何かしたのかと思うも当の本人は授業の準備だかで教師に呼び出されていていない。タイミングの悪い奴め。内心舌打ちをしながら、告げる。
「……俺の恋人は一組の氷河だ」
溜息を吐きたくなるのを抑えてそう言えば、声を掛けてきた女子の後ろに控えていた、茶髪と黒髪の女子二人がこそこそと話を始めている。
「愛原さんって二番目なのかな」
「炎上君て見た目通りチャラい感じなのかも」
おい聞こえてるぞ。つかチャラいってなんだ。俺の見た目はそんなに軽そうなのか。金髪が全員チャラい奴だと思ったら大間違いだからな。そんな考えなど知らず、ピンクの髪の女はぐいぐい聞いてくる。
「えと、氷河さん? とも付き合っていて愛原さんともちょっとそう言う関係的な?」
「華凜とはそもそも付き合っていない」
「でも、下の名前で呼んでるよね!」
現代の日本では異性を下の名前で呼んだら恋人なのか? 昔は名字なんてなかったぞ小娘。面倒な女達にいらいらし始めるが、努めて冷静に返す。
「幼なじみだ。氷河と波風もだが」
「幼なじみみんなで付き合ってるんだねぇ、なんかドロドロな感じ?」
何故その発想に至った。さすがに溜息が出る。カリナではなくクリスティアと付き合っていると言ったら何故幼なじみ全員と付き合っていることになる? 俺か? 俺の日本語が悪いのか。この長い人生の三分の一くらいは日本で生活しているから日本語には自信があったがまだ足りないのか。
「ドロドロもなにも俺は氷河と付き合っていて華凜とは付き合っていない」
確認のためにもう一度しっかり言ってやった。が、女たちは納得していない。そして。
「えー、でもその氷河さんて波風くんと付き合ってるんじゃないの?」
「は?」
黒髪女の耳を疑う言葉に思わず素っ頓狂な声が出た。……いやいやいや。突然の爆弾発言に一瞬思考が停止するが、我に返って首を振る。
レグナの理想は妹のような奴だぞ。クリスティアは確かに可愛い。可愛いんだがレグナの好みではないことは知っているし本人からも聞いている。あいつが傍にいるのは俺がそう言いつけてあるからだ。一人にしたら覚えておけよ、と。レグナはちょっと我が儘ででも常識があってちゃんとするところはちゃんとする妹のような奴が好みなんだ。クリスティアではない。……ないよな、ない。
「でもそうだとしたらすごいドロドロだよね」
「昼ドラみたい」
必死でそうじゃないと言い聞かせてるうちに聞こえた言葉で、思い至る。
もしかしてこの女子達の頭の中では一組カップルと二組カップルが成立していて、さらに今俺がクリスティアと付き合っていると言ったから俺がクリスティアに手を出しているという状況が繰り広げられているのではあるまいか。
どれだけ最低なんだ俺は。クリスティア一筋なんだが。
「……あいつらも付き合っていない」
なんとか平常心を取り戻し、そう伝える。しかしすでにそうだとしか思っていない女子達は手強かった。
「隠れて付き合ってるかもよ?」
「炎上君が恐くて言えてないだけかもしれないじゃん!」
おいさりげなく失礼じゃないかこのピンクの女。いらついた表情を見せるも意に介さず続けてくる。
「炎上君、結構その氷河さんのこと束縛してるんじゃない?」
あー、あながち間違いじゃない。
「束縛はまぁ、しているな」
「氷河さん、ほんとは嫌っぽいのに、無理矢理縛ってない?」
こいつ痛いところをぐさぐさ刺してくるな。ただしあいつは別に嫌がってはいない。面倒そうではあるが。
「別に互いに合意の上なんだからいいだろう。お前らに関係ない」
「それで氷河さんが一生消えない心の傷とか負っちゃったらどうするの?」
詰め寄って聞いてくるピンクの髪の女に、さらにいらいらが募ってくる。氷河さん氷河さんとお前さっきまでクリスティアのこと知らなかっただろう。見たこともないだろう。そんな奴がヒーローぶってなにを言う。あいつは俺に縛られようがなんだろうが傍にいると言った。俺のことをわかって全て合意した上でそれでも傍にいるんだ。何も知らないでいかにも「女子の味方です」という風に言葉を並べられてもこっちはただ怒りが溜まるだけだ。
「そうなったらどうするの?」
「だからっ」
あまりにも聞き分けのないそいつに、怒り任せで声を荒げようとした瞬間。
「龍…」
「いってぇ!」
突然髪の毛を引っ張られた。横を向けば、少し呆れたような顔のクリスティアがいる。お前か俺の髪を引っ張ったのは。あまりにも突然の痛みに怒りが吹っ飛んだわ。
「何だ」
「授業…始まる」
そう言われて時計を見ると、あと少しでチャイムが鳴りそうだった。
「ああ、悪い……というかお前一人できたのか」
段々いつも通りの冷静さを取り戻して、クリスティアのすぐ近くに人がいないことに気付き、問う。クリスティアはふるふると首を振り、教室のドアを指さす。そこにはレグナがいた。やべぇそこにも気付かないくらい血が上っていたのか。
「お前が来ないから連れてきた。けどなんか邪魔した?」
俺の状況を見て冗談混じりに言う。むしろ邪魔してくれて助かったんだが。「いや」と返して、荷物を持つ。俺達の会話が落ち着いたところで、二人の登場にそわそわと女子三人が伺ってきた。
「やっぱり氷河さんと波風くんて付き合ってるの?」
まだ聞くか。内心舌打ちをする。もうさっきの段階で嫌気が差した俺は、何も言わない。それを見た女子たちは視線をレグナに向け、どうなのと問いただす。
「は? 俺と刹那?」
思わぬ質問にレグナも素っ頓狂な声を上げる。が、すぐに納得したように「あー」と苦笑いをして。
「俺は龍から刹那のお目付役を任されてるだけだよ。こいつ心配性だから」
俺では出てこないような言葉で慣れたようにそう返す。呆気にとられている女子達に構わず、レグナは続けた。
「ほんとは本人が一番傍にいたいんだろうけど、偶々クラス離れちゃって。んで、ひっさしぶりに会った幼なじみの俺に刹那のこと頼むってすがってきたの」
「おい縋ってねぇだろ」
「脅したんだっけ?」
「お前が刹那に先手を打たれただけだろう」
「別に俺はさっさと自分の授業に行ってもいいんだけど?」
楽しそうにそう言うレグナに、舌打ちを返す。レグナは怯むこともなく、肩を竦めた。
「あー、で、なんだっけ」
「わたしと蓮の、疑惑…」
「そうそう。俺、こいつから頼まれて刹那と一緒にいて、こいつの不安を少しだけ和らげてるだけ。いかがわしい事なんて何もないよ。俺こいつらの世話で彼女作る気ないし」
にっこりと、けれど有無を言わせないような笑顔で答えれば、女子達は何も言えなくなる。こいつのこういうところは妹そっくりだな。いや逆か? こういうところをあの妹は似たのか? なんて的外れなことを思いながら、事の成り行きを見守る。
「ってわけで、そろそろいい? 授業遅れると君たちも怒られるし、こっちは大事な妹待たせてるんだ」
「あ、はい!」
「そうですよね! ごめんなさい!」
笑ってはいるが、これ以上踏み込んで来るなと言いたげな、ほんの少し威圧を含めたようなレグナの言葉に、女子達は焦ったようにそう言ってパタパタと教室を去って行った。あれだけしつこかったのが嘘のようだ。
「……なに捕まってんだよ」
その背が見えなくなった途端。呆れたように言われた。もう返す言葉もない。
「悪い……。助かった、礼を言う」
「礼なら刹那に言えよ。来ねぇし連絡もねぇしで迎えにいこうっつったのは刹那だからな」
言われて、クリスティアを見る。その目は、「大丈夫?」と言っていた。
「大丈夫だ、ありがとうクリスティア」
礼を伝えれば、少し嬉しそうになる。そして、俺の腕を引っ張り始めた。
「授業始まるってよ。俺もう行くからな、華凜待たせてるし」
「ああ」
そう言うやいなや、レグナは小走りで去って行った。それを見届けてから、俺もやっと立ち上がって歩き出す。クリスティアも俺の服の裾を掴み、共に歩きだした。
「…大変だったね」
「本当にな」
思い出すだけで溜息が出る。この数分でどっと疲れた。あの双子と高校が一緒のことは度々あったが、今回のように分かれるのは実は初めてだ。まさかこんな風になるとは思わなかった。
「まぁ人の噂もなんとやらだ。しばらくしたらどうせなくなるだろう」
「ん…」
本鈴が鳴って、少し歩みを早くしながらそんな風に話していた俺たちは、現代女子の発想の恐ろしさをまだ知らない。
『妄想は恐ろしい』/リアス
あの日失うってわかっていたなら、もっともっと、笑顔にしてやりたかった。
「行きたかったな、だってさ」
そう言えば、リアスは一瞬こっちを見て、また視線を元に戻す。
「交流遠足の話か」
「そう」
次が体育だからと、俺とリアスは男子更衣室で着替えてて。
クリスティアと離れる唯ニ(もう一つはトイレ)の機会に、朝。四月末にある交流遠足のプリントを見て彼女が悲しそうに言った言葉をリアスに言ってみた。リアスたちにも今日配られたらしく、俺の言葉が何を指してるかはわかったようだ。
「”みんながいるから、行きたかったな”って。過去形で」
あーまだ肌寒いからジャージは持って行った方がいいかな。新しいにおいがするジャージを上に羽織った。
「行くつもりはない」
ファスナーを閉めてる間に返ってきた言葉は、予想通り。わかってたけどさ。ため息を吐く。
「クリスティアの気持ちは無視?」
ちょうど着替え終わったらしくて、腕を組んでロッカーにもたれかかって俺を待ってくれてるリアスに、ちょっと強めに返す。そうしたら、少しイラついたような目で睨みつけられた。でも怖くない。慣れてるし。だから続ける。
「お前には言えないんだろ、行きたいって。絶対YESは出さないから」
リアスは人が多いところが嫌いだ。元々騒がしいのが好きじゃないっていうのもあるけど、一番の理由は、やっぱりクリスティア。戦場で、人が多いところで、目の前で失ったから。そして一度だけ。埋もれるくらいの人混みの中でクリスティアを傷つけられたから。だから人が多いところに行くと、どうしても周りを警戒する。どんなに運命の日じゃなくても、突然運命が変わって、目の前で消えるかもしれない恐怖感。それから逃げるように、リアスはクリスティアを閉じこめるようになった。またあの日のように、失わないように。
でも、それでもこいつはいっつも後悔してるんだ。もっとああしてやればよかった、とか、こうすればよかったんじゃないか、とか。もっと、もっとって。
「たまには外に出るって願いも叶えてやれよ」
俺はその後悔を少しでも減らしてやりたくて、言う。そしたら、紅い瞳に更に怒気が増したことがわかった。俺たち以外がこれ以上言ったらやばいんだろうな、なんて苦笑いがこぼれる。
「……お前には関係ないだろう」
うん、確かに、関係ない。でもさ、リアス。
「行きたいな、とか、あれが欲しいなって、叶えてあげられるうちがすげぇ幸せだよ」
あの日の後悔が、頭をよぎる。
寝具の上で、衰弱しきった妹。今でも鮮明に覚えてる。
病状は悪化して、どこにも行けなくなって。日を追う毎に、息も絶え絶えになっていく。明日、死ぬかもしれない。今日だって、目を閉じている間に彼女の人生は終わるかもしれない。
そんな、不安の中で。
こんな短い人生だったなら、もっとたくさん出かけてみても良かったんじゃないかなとか、もっと欲しいものとか聞いて、プレゼントしてあげれば良かったんじゃないかなって何度も、何度も思った。
現代に進むに連れて、傍にいなければもしかしたら病気になったりせずに、長生きできるんじゃないかなと思って遠ざけようとしているけれど。
──でも、傍にいるのなら。
「叶えてやれることは全部叶えてやった方が、後悔しないと思わない?」
俺たちの人生は、たくさんの後悔ばかり。けれどどうせ変わることのない人生なら、その運命の日までに、たくさんのことをした方が幸せじゃないか。
「……」
笑って言えば、リアスは視線をずらし、突然歩き出す。そのまま更衣室のドアを開けて、出て行った。え、なに、急に置いてくの。
「龍ー」
慌ててついて行って声を掛けるも、返事はない。雰囲気は、どこかイラついてるような、でも迷ってるような、そんな感じ。ああ、ちゃんとわかってるんだろうなぁ。俺が言うこと、誰よりも自分がわかってることを知ってる。だからこそ、俺の言葉にイラつくし、迷う。その迷った結果でクリスティアがやりたいって思ってることとか、もっと叶えてあげられたらいいんだけど。間違えても束縛の方向に行かないで欲しい。そう願いを込めて、追い打ちをかけるように後ろから声をかけた。
「大事な人の願いを叶えてやるのに、神様はバチなんて与えないよ」
返事はないとわかってる。案の定リアスは足を早めてしまい。それに仕方ないなって肩をすくめて、後を追った。
願わくば、リアスの後悔が少しでもなくなるように。
『失うと、わかっていたのなら』/レグナ
突然だけど、この世界では大まかに分けられた同種族間でしか言葉が通じない。ヒューマンはビーストの言葉がわかんないし、もちろんその逆も。
ただ、ハーフは両方の言葉がわかる。
俺たちはヒューマンの形をしたビースト、もしくはビーストの力を持ったヒューマン。そこはまぁ各種族によって解釈は違うけど、とりあえず置いといて。つまり俺たちは二つの種族を併せ持つ「間の存在」。だからこそ両方の言葉がわかるし、昔は交渉役としてハーフはすごい重宝されてた。あまりの両者の食い違いに嘘を言ってんじゃないかと疑われてたときもあったけど。
時代は進み、技術も進歩して。さすがにハーフがいなきゃどうにもできないのは良くないよねってことで、エシュト学園とかの異種族仲良くしましょうねっていう方針の学校は、異種族間の言葉がわかるように小型のイヤホンを開発した。これをつけると異種族とも会話ができんだって。全国普及を考えてるけど、まだ試作段階だから俺たちみたいな学校のビーストとヒューマンがとりあえず実験台になってる。
とまあ、なんで俺がこんな話をしているかと言えば。
「てめぇまたこっちの畑荒らしやがったな!!」
『こっちは食料欲しいって言ってんだよわかんねぇのか!!』
その異種族間の喧嘩が勃発しているからである。
ヒトの笑顔を守る学校、エシュト学園。ここに入学したら、夢に向かう傍らで地域の人々のためになるような一種のボランティア活動を行う。その代表的なものが、今来ている学園周辺の見回り。
カリナと、過保護で心配なリアスを巡回に出た数十分後。畑の近くを通ったら争ってる声が聞こえて、来てみたらこれだ。土手のところから畑を見下ろせば、狼っぽいビーストと三十代くらいのおじさんが、話はかみ合ってないけど言い争ってる状態。本来ならビーストがここにいる時点で”規制線”っていう、この種族が自由にできるのはここまでですよって表す線を越えてるから、規定違反で悪いのはビーストなんだけども。「線越えてますよ戻ってください」で済まないのがこの世界。
「…どうするの…?」
「まぁ、突入だろうな」
「ですよねぇ」
「ただ”線越えてる”って言うのは火に油だよね」
「そうだな」
「よくはないんだけどこっちからしたらいっそ殴り合いしてくれた方が楽なんだけどなぁ」
俺の言葉に、リアスとカリナが頷いた。
種族間やおおまかに分かれた種族には、規定がある。
種族間の規定は、基本はみんな仲良くしましょうね、みたいな感じ。差異はあっても迫害だったり争いだったりはやめてねというもの。
おおまかに分かれた種族、俺たちならハーフの規定としては、あくまで「間の存在」としての自覚を持って、公平にすること。異種族間で暴力沙汰になりそうなとき、または自分に被害が及びそうなとき以外は武器や能力を使わないこと。
なので、今はただ規制線を越えてるってだけだから武器を使って強制的に止めることはできない。こういうすげぇ言い合いだけの喧嘩のときこの規定不便なんだよな──ってちょっと待った。
「クリスティアさん何してんの」
水色の子から感じた魔力に思わず声を掛ける。
「…止めに」
「は? ──て、ちょっ!?」
「おい待てクリスティア!」
返ってきたのは、短い言葉。それと同時に、体が半透明になってく。ん? 半透明になってく? これテレポートじゃね? 待って、まじ待って。お前が行くと違う意味でやばいから。急いで手を伸ばす。テレポートだと気づいたリアスも手を伸ばすけど、一瞬の遅れで俺たちの手は空をつかんだ。あ、これリアスのトラウマ深くなるやつ。しかも目立つなよって言ったのにこれか。穏便にって俺言わなかったっけ? さぁっと二重の意味で顔が青ざめていくのを感じた。
「うおぁ!?」
『なんだ小娘!』
その直後に聞こえた、二つの驚いた声。目を向ければ、二人のど真ん中にクリスティアが立ってる。ああやっちゃった。なんでわざわざ真ん中に行くんだよ。痛くなりかけた頭を押さえて、ため息を吐いた。隣にいたカリナも「あっちゃー」みたいな顔してんじゃん。リアスに至っては放心状態だし。そんな俺たちをよそに、クリスティアは口を開く。
「ビースト、規制線越えてる…。あとおじさん、この子食料が欲しいんだって」
クリスティアさん俺たちの話聞いてた??
一瞬止まったけど我に返ったわ。
「おい嬢ちゃん、こいつは俺の畑荒らしたんだぞ! そのことに関してはお咎めなしかい!」
「それは、あとでちゃんと言う…。食料が欲しくて、でも言葉が通じないから、いつも奪う形になっちゃう」
「言葉が通じなければ畑を荒らしたっていいのかよ!」
『別に荒らしたわけじゃねぇ!!』
「荒らしてるわけじゃないって…」
「嬢ちゃんはそっちの味方だってのか、あぁ!?」
止めるどころか悪化しちゃってますけど。ほっとけなくて体が先に動くのはいいんだけど、せめて交渉術のレベルを上げてから挑んで欲しい。ひとまずそれを言うのはあとにして、この状況をどうにかするために土手を降りてクリスティアたちの元へ駆けだした。
「畑を荒らしたのはこの子が悪い。でも、食料が欲しかったっていうのもわかってほしい…」
その間にも進んでいく話の中で、どうしてもビーストを守ってしまうようなクリスティアの言い方に、ヒューマンは限界に達したのか大きく舌打ちをして叫んだ。
「あーーーーーもうっ!! 話になんねぇよ! 俺はこのビーストとケリつけてぇんだ! 部外者は引っ込んでろ!」
怒り任せに、目の前に立ちはだかるクリスティアを払いのけようと手を振りかざす。あ、やばい、殴られる。クリスに矛先が向いたおかげで強制鎮静に持っていけるけどあいつはやばい。後のリアスが。止めたいけれどまだ距離があって、このままじゃ間に合わない。テレポートで間に合うか。
「どけっ!!」
走りながら準備をするけど、ヒューマンの行動の方が早くて。その太い腕をクリスティアに振り下ろす。
──間に合わない。
届かないとわかっている手を、伸ばした瞬間だった。
「おい、加害行為は規定違反だ」
俺たちより早く魔力を練ってテレポートで向こうについたリアスが、クリスティアを庇うように立ちヒューマンの腕を止めた。いつも通り静かな声で言ってるけど、目がめっちゃ怒ってる。そんなことには気付かず、ヒューマンは自分の腕を止められたことにもイラついて叫んだ。
「どけ! 俺はそこのビーストと話がしてぇんだ!!!」
「話がしたいのは承知している。だが、あんた今こいつに危害加えようとしただろう」
「この女が邪魔するからだ!!」
「だからといって加害行為が許されるわけじゃない」
だめだー、イラついたリアスが間に入っちゃったからもっと状況悪化したわ。とりあえず無事だったことの安堵とその他の呆れが混じったため息を吐いて練りかけていた魔力は解き、カリナと共にその場へ駆け寄る。
「おじさま、失礼しますわ」
「ちょっとこのままだとやばいから一旦落ち着いて欲しいんですけど」
ようやく俺たちもクリスティアたちの元へ着き、ヒューマンへ話しかけた。さっきから次から次へとやってくる子供に、ヒューマンはさすがに困惑し始める。
「な、なんなんだよお前ら!」
「エシュト学園に所属している生徒です。おじさまの行動がこのままですとちょっと重い規定違反になりますので止めにきましたの」
「重い規定違反だぁ?」
さすが口だけは達者な妹。相手が反応しそうな部分をちょっと大げさに言って、気を引く。その間にリアスとクリスティアを下がらせといた。もれなくリアスの舌打ちが聞こえたが、今は放っておこう。
「もちろん、先に規定を破ったのはあちらのビーストなんですけれど、止めに入ったハーフに手を上げてしまうとおじさまの方が悪くなってしまうんですよ」
「俺は何も悪くねぇのにか」
「はい、たとえ不可抗力でもなんらかの罰則がついてしまうでしょう。それを避けたいので、よろしければ私にお話を聞かせてくださいませんか?」
「……ちっ、わかったよ」
カリナの丁寧な物言いに、ヒューマンはさっきより落ち着いてくれたらしく、不服そうだけど頷いてくれた。とりあえずこっちはカリナに任せて大丈夫かな。ほっと一息を吐いて、クリスティアと、未だに不機嫌オーラを出してるリアスを振り返る。
「お前らはそっちのビーストから話聞いといて」
「わかった…」
「……」
めっちゃ怒ってるリアスから返答はないけれど、そう指示を出せばクリスティアたちはビーストの方へ話を聞きに行ってくれた。
「あちらのビーストがいつも畑を荒らしていくと?」
「そうなんだよ。こっちは売り物奪われて迷惑してんだ」
「心中お察ししますわ。おじさまからのお話ですとやはり今回はビーストの方が全面的に悪いということはわかりました」
「姉ちゃん話がわかるじゃねぇか」
それを見届けてカリナの方に再度耳を傾けると、すでに事情聴取は終了。
「一応、向こうにも言い分はあると思いますので、おじさまが納得する、しないに関わらずお話だけでも聞いていただいてよろしいでしょうか?」
「ああ、いいぜ」
自分の言葉をしっかり受け止めてくれることによってすっかり機嫌が直ったヒューマンは快く了承してくれた。落ち着けば話のわかる人でよかったな。
「終わったぞ」
そこで、怒りが収まったらしくいつも通りの無表情なリアスが、後ろにクリスティアとビーストを引き連れて帰ってきた。
「なんだって?」
「簡単に言えば、ここの畑のものがうまかったから、だそうだ」
わぁなんて単純な答え。
「俺の畑のものがか?」
「ああ。あんた、以前ビーストに畑のものをやった記憶はないか」
「ビーストに? ……ああ!」
リアスの問いに、ヒューマンは思い出したように続ける。
「だいぶ前にそいつと似たようなやつが道で行き倒れててな。さすがにそのまま死なれても目覚めが悪いからって畑から穫れたやつをくれてやったことはある」
「こいつはその助けた奴の仲間だそうだ。話を聞いて自分も食いたいと来ていたらしい」
「ただね、助けてくれたってことで話通じるって思っちゃったらしくて…」
「必死に話しかけていたようだな」
だからずっと「わかんねぇのか」って言ってたのか。
「なるほどなぁ……」
話を聞いたヒューマンは少し呆れたように肩をすくめて、おもむろに農作物を積んであるトラックへ向かって行った。そうして、二つほど野菜を手にしてこちらに戻り、それをビーストへと差し出す。
「荒らすのはだめだが、今度からお前が来たら少しくらいはわけてやってもいい。で、これはうまいと言ってくれた礼と怒鳴っちまった詫びだ」
言葉が通じず、突然野菜を差し出されて困惑しているビーストに、クリスティアがその背を撫でて。
「…今度からは来たら分けてくれるって。あと、これくれるって」
そう伝えれば、ビーストの纏う雰囲気が明るくなった。
『本当か! 感謝する!』
「ありがとって言ってる」
「おお、どういたしまして」
張りつめていた空気も和らいで、さっきの言い争いが嘘みたいに二人とも笑顔で和解してくれた。一件落着かな。
「あんたらも悪かったな。巻き込んじまって。いてくれて助かったよ」
「いや、大したことしてないんで」
『ありがとな!!』
「どういたまして…」
これにて俺たちの任務は完了。
もう面倒なことは起きないよう祈りながら、巡回再開。
『二度あることが三度あるなら、一度あったことは二度目があるってことだよね』/レグナ
4月編公開版コミックまとめ志貴零
リアス様はわたしが寝るまで寝ないし、わたしが起きる前に必ず起きる。なにが起きるのかわからないから、自分が先に眠っちゃうのが不安なんだって。だから必ず傍にいて、眠るのを見守って、起きるのを待つ。
いつからか、なんてもう曖昧なくらい昔から続いてるそんな生活。そしてそれは、やっぱり今日も同じ。
「んー…」
「起きたか」
「ん、おはよ…」
「はよ」
目を開ければ、枕元に腰掛けて本を読んでたリアス様が映る。わたしが起きればこっちを見て、あいさつを交わす。いつも通りの朝。
四月の末。もうちょっとで、学校に通い始めてから一ヶ月。ほんとならこのまま起きて、準備して学校に行く。だけど、今日は土曜日。エシュト学園はお休みの日。そんなゆっくりできる日に早く起きたことにちょっと損した気分になって、はだけた布団をたぐり寄せた。
「おい、寝るな」
落ちてくるまぶたに従ってもう一回寝ようと思ったら、リアス様の声に止められる。せっかくの休みの日に寝るなとはなにごとだ。わたしは眠い。
「…せめても少しだけー…わっ」
布団に顔を埋めて寝ぼけた声で言えば、思い切り布団をはがされた。いつまでも寝てるときにされる、「起きろ」の合図。恨めしげにリアス様をにらみつけた。
「…へんたい」
「遅れるぞ」
…遅れる? わたしのにらみ攻撃なんて気にしないリアス様の言葉に、頭にははてなマークがいっぱい。今日は学校はない日だよね。ああ、リアス様寝ぼけてるんだ。そんな風に思ってるのがわかったみたいで、リアス様は小さな声で言った。
「……行くんだろう、交流遠足」
「え…」
「二度は言わん」
びっくりしてるわたしにそう言って、リアス様は部屋を出ていった。わたしを置いて部屋を出てくなんて珍しいななんて、全く関係ないことを思う。だって信じられない。
あのリアス様が、でかけるって言った。人がいっぱいいるところがだいっきらいなリアス様が。どうして、とかなんで、とか、疑問が頭をいっぱいにする。そしてぱっと、思い至った。
「…わかった、夢」
そう、きっとこれは夢。とっても都合のいい夢を見てるんだ。できればこのまま夢を見続けていたいけど、そしたら現実のリアス様が起きないって心配しちゃう。今頃起きろって揺さぶってるかもしれない。夢ってどうやって覚めるんだっけ。夢の中でもっかい寝たら目が覚めるのかな。
「…とりあえず、目閉じてみようかな」
はがされた布団をかけ直して、もっかい寝ようと目を閉じる。さっきの衝撃発言でちょっと目が覚めちゃった感じがするけど、休みの日ってわかった体は寝転がったらすぐに心地いい眠気がきた。
よし、今の夢は心に刻んで、現実をしっかり見よう。
そう決意して、眠気に任せて二度寝を決めた。その間に、夢の中のリアス様がまた起こしにきた気がしたけど、寝たふりをして無視。現実のリアス様のところに帰らなきゃ行けないから、おやすみなさい──。
そのあとリアス様にキレ気味に起こされたのは、家を出る三十分前でした。
「なんで言ってくれなかったの!」
「言っただろう、交流遠足に行くんだろう、と」
バタバタリビングを駆け回って準備しながら、優雅にコーヒーを飲んでるリアス様に珍しく声を上げて抗議した。
また布団をはがされて強制的に起こされれば、日付は変わらない四月の二十九日。確かに交流遠足の日。なんだけど、行けないと思ってたから普通に休みだと思ってた。
「前日に言ってくれてもよかった!」
「俺が言わないの知っているだろう」
知ってますけども。どうしていつも一言欲しいっていうくせにこういうときはくれないの。
「なんも準備してないじゃん!」
「荷物ならまとめておいたが」
廊下をさす指を追えば、いつもよりちょっと大きいリュックと鞄がある。リアス様の方が楽しみにしてるみたいになってるけど。もう怒りを通り越して呆れが出た。
言いたいことはまだあるけど、もう行かなきゃ遅れちゃう。最後に全身をチェックして、わたしの分まで荷物を持ったリアス様と玄関に向かう。
靴を履いてるリアス様を見ながら、ふと思う。
約束をしなくなったリアス様。人混みも極力避けるリアス様。なのにどうして、今日は──。
「…どうして、今日は許してくれたの?」
行きと帰りのバス以外はほかのクラスの人とも行動していいらしい今日の交流遠足。でも、一緒にいれても人とかすごそうだから絶対だめって思ってたのに。靴を履いてる間に、開けたドアに寄りかかりながらわたしを待ってるリアス様の声が落ちてきた。
「……調べてみたら、笑守人で貸し切るそうだ」
「貸し切り…?」
「一般の人間はいないし、笑守人の人間が入りきったら結界を張ると聞いてな。それならまぁ、いいだろう、と」
だんだんと小さくなる声に相反するように、少しずつ口角があがっていった。
きっと今までだったら、いいだろうって思ってるだけだった。でも今日は、それを実行してくれた。リアス様にとっては大きな一歩。
「…ありがとう」
だから朝のことはこれで良しとしようと、いろんな意味を含めてお礼を言った。普段の時に一言欲しいけど、それはゆっくりでいいかな。なんて思ってる間に靴を履き終わり、外へ出る。鍵を閉めたリアス様といつものように自然に手を繋いで、学校への道を歩きだそうとしたとき。
「クリスティア」
名前を呼ばれて、リアス様を見上げた。
「なぁに」
「八時半でバスが出るらしいからテレポート使うぞ」
「八時半…」
さて問題です。今何時でしょう。
八時二十五分です。
「何時ってゆった?」
「八時半」
「間に合わないじゃんか」
「だからテレポートを使うと言っている」
あがってた口角が下がった気がする。ゆっくりでいいかななんて撤回。やっぱり一言って必要だと思う。
「あとで覚えてて…」
「物騒だな」
「ここでやられないだけありがたいと思って」
リアス様に悪態をつきながら魔力を練って、急いで二人で学園にテレポートした。
『これがお互い様というものですか』/クリスティア
無表情。
片方の男は元からですが、愛する兄も無。
おかしい。もっと表情豊かな人なのに。
遊園地。優雅に回るコーヒーカップの中。近くのカップに乗る男性陣を横目で確認しながら、小さく息を吐いた。
事の発端は、一週間ほど前。
入学してまもなく、私たち幼なじみがクラス分けにされたペアで付き合っているという誤解が起きました。私は準備で先に授業に行ってしまったのでその場にはいませんでしたが、その誤解をなんとなくレグナが解いてくれたとのこと。後に話を聞いて「ああ、これでまた少し平和が戻るんですね」とレグナとほっとしていたのもつかの間。
次の日学校に行っていつものように四人で廊下を歩いていれば、なにか不思議な言葉が聞こえてくるではないですか。
「ねぇ、リュウレン歩いてるよ」
「あ、リュウレンだ!」
……はて、リュウ=レンなんてうちの学校にいたでしょうかと聞こえてくる単語に耳を傾けてみます。
「今日も隣同士で歩いてるね」
「仲良いよねー」
聞いていけば、それは人の名前ではあるようですが一人の人物を指すわけではなさそうです。もう少し詳しく聞こうと、クリスティアの話に相槌を打ちながら女子たちに意識を傾けていけば衝撃発言が。
「あそこって炎上君がほかの幼なじみの子全員と付き合ってるんでしょ?」
そんなバカな。さりげなくリアスとレグナも恋人みたいになってるんですがどういうことなの。リュウレンって龍蓮のことですか。うちのリアスとレグナのことでしたか。そこまで考えて、一つの答えを導き出す。
……これっていわゆるBLですよね?
もちろん存在は知っています。最近ではBLやGLというんですよね。そして現代ではそう言った愛を想像(創造)するフジョシなるものも存在するというのも存じています。転生者たるもの現代のことを勉強するのは当然ですから。さすがに自分の身内がその対象になるとは思いもしませんでしたが。まぁ妄想は自由ですしそこはいいでしょう。
さて、転生者たるもの現代のことを勉強するのは当然のこと。人生を無難に過ごすためには、どんな話を振られても答えられることが大事。知識はあって損はない。というわけでその日から龍蓮、つまりBLなるものはどういったものなのかをもう少し深く勉強すべく観察することにしてみました。
その第一段がこのコーヒーカップ。本来ならば日常の中で見れれば一番いいのですが、リアスはクリスティアと常に一緒にいるし、四人で歩くときは基本的に男性陣は後ろを歩いているし、彼らが二人きりになるのなんて私が見ることのできない男子更衣室か私たちのお手洗い待ちのとき。
これではいけないと思っていたところにリアスが遊園地に来ることを許可してくれたのでこれは天からのGOサインだと思い、リアスを買収して男女別でコーヒーカップに乗ることに成功しました。
そしてきちんとクリスティアを見つつ、リアスたちを観察している現在に至ります。
なのに二人とも無表情とはどういうことなの。
百歩譲ってそういう方向に行かないのは良しとしましょう。彼らは別に想い合っているわけではない。
だがしかし友情的な面では一番信頼し合っているのだから楽しく会話してもよいのでは??
「クリス」
「なーにー」
「楽しいです?」
確かめるために彼女に聞いてみる。
すると目の前の子はふわっと頬をほころばせた。
「とっても」
これですよこれ。これ。かわいい最高。
こういうふわっと笑う感じが彼らにはない。
今一度男性陣に目を向ける。
「……」
やはり無。
多少会話はしているようですがとても楽しそうとは言い難い。
え、そんなにつまらなかった?
新鮮で中々楽しいねみたいなのを期待したんですけど全然なかった?
なんて試行錯誤している間に、思い出す。
──あれ? と。
そもそも今日ってリアスが頑張ってる日じゃありませんでしたっけ。
それの手助けをするって言いませんでしたっけ。つい一時間ほど前にバスの中で。
しまったミスってしまった。
初っ端からくじいてどうするの私。
えぇぇごめんなさいリアス欲望が勝ってしまいましたわ。
リアスとレグナがくっついたら運命変わりそうだなとか考えていたんですよ時期が早かった。
どうしましょう。
顔色が悪いのかねぇねぇ大丈夫とのぞき込んでくる水色の頭を撫でてあげながら主にリアスへの懺悔を考えた。
クリスティアのかわいい写真をあげたら許してくれるかしら。
幸いストックならたくさんある。何故なら学校生活では私の方が彼女と一緒にいることが多いから。更衣室とか化粧室とか。
……あれでいいかしら。あの最高なやつ。いいですよね、いいですよね?
「…カリナ?」
「はいっ!?」
そう自問自答していれば、クリスティアに袖を引っ張られ名前を呼ばれました。びっくりして素っ頓狂な声が出ちゃいましたわ。
「終わったよ?」
彼女は小首を傾げてそう教えてくれます。あぁ天使がいると思いながら景色を見れば言われたとおり止まっていました。
「失礼しましたわ。行きましょうか」
「へーき…?」
「えぇ」
手を差し伸べてくれる彼女に頷き手を取って、共に歩き出す。
出口では、すでに降りていた男性陣が待っていました。あぁごめんなさい。
「おかえりー」
「ただいま戻りましたわ」
「楽しかった…」
「そうか」
合流して、彼らの後ろを歩く。
今罪悪感がやばい。
「カリナ」
なのにどーーーしてこの男は隣に下がってくるのかしら。目は見ずに聞く。
「なんです」
「体調でも悪いのか?」
そんなに私顔色悪いです??
「大丈夫ですわ」
「無理はするなよ」
やめて優しさが心にしみる。
ぎゅっと胸元を握りしめた。
「あの」
「ん?」
紅い目が、こちらを向く。
どうする謝るか。
謝ることは大切ですわ。けれど謝ってしまったら彼は優しいから絶対に気にするなと言う。
なんだかんだ楽しかったと。
それが予想できて、ぐっと黙ってしまった。
「カリナ?」
「えぇと」
けれど声を掛けたからにはなにか言わなければいけない。
なんとか話題を見つけようと、前の二人を見た。
楽しそうに笑う兄と親友。
その幸せな姿を見てどうしてあれを思い出したのか。
息を吸って、紡ぐ。
「…………ク」
「ク?」
「クリスティアの、秘蔵写真、いりますかっ」
勢いで戻した視線の先に映ったのは、「こいつ本気で大丈夫か」と言わんばかりの顔をしたリアスでした。
『どうか彼女にはご内密に』/カリナ
4月編公開版コミックまとめ志貴零
きれいな景色が好き。お花畑も、夕焼けも、星空も、海の中も。いろんな場所の、いろんな景色が好きだった。
「きれいだね…」
もう何年ぶりかもわからない、この観覧車の中の景色も。
「……悪くはないな」
観覧車から見下ろした景色につぶやけば、隣に座るリアス様もうなずいた。
お昼を食べて、園内のお菓子巡りをして。午後三時半くらい。集合時間が四時だから、アトラクションに乗るのはあと一つまでってなって、乗りたかった観覧車に来た。リアス様と並んで座って、だんだん遠くなっていく地上を眺める。ちょうど夕暮れ時で、景色がオレンジがかってすごくきれい。
「頂上は素敵ですね、クリスティア」
「…うん、とっても」
「やっぱ結構高いんだね」
窓の外はきらきらして、とってもきれいな景色。それを見ながら、話し出す三人の声に耳を傾けた。
「カップルだったらアレやるんですか?」
「”アレ”とは?」
「あの”あそこが私たちの住む町だね”みたいなのですよ」
「誰がやるか」
「つか言われてもわかんなくない?」
「なんて夢のない男性たちなんでしょう……」
あきれた声のカリナに、今度はレグナが聞く。
「カリナは恋人できたら言うの? ”あそこらへんが私住んでるところなんです”的な」
「言いませんよ、見えないし自分でもわからないでしょ」
「お前も一緒じゃねぇか」
「こいつの場合”あそこです”と言って、男がそうなんだと話にノったら”いやわからないでしょう”と突き落とすタイプだろう」
わかる気がする。
「あなた私をなんだと思ってるんですか」
「腹黒いドS」
「そこまでドSではないでしょう?」
「腹黒いことは認めちゃうんだ?」
大好きな景色を眺めながら、大好きな人たちの声を聞く。楽しそうに話す会話を聞いているこの瞬間が、なによりも幸せだった。リアス様と一緒にいるのももちろん大好き。でもやっぱりこの四人でいる瞬間が、大好き。
「ねぇ、クリス、私そんなにドSですか?」
声をかけられて、またそっちに目を向ける。カリナは納得行かなそうな声してるけど、表情は楽しそう。
「人をおちょくるのが好きだろうお前は」
リアス様も、あきれた顔してるけど声は楽しそうで。
「もちろんあなたやレグナをいじり倒すのは大好きですが」
「おい」
「Sっ気十分じゃね?」
レグナも、そんな二人をほほえましく見てる。それを見てるわたしの頬も自然とゆるんで、自分でもわかるくらい、いつもより穏やかな声で返した。
「…たぶん、Sだとは、思う」
「ほらぁ」
「えー」
四人で、笑いあう。カリナがいじって、リアス様がちょっと天然で、そこをレグナがツッコんで。わたしはそれを聞いて、時々その会話に入って。
当たり前のようなこの日々が、わたしにとってかけがえのない大切な宝物。
ずっとずっと、この時間が続けばいいのにって、いつも思う。
でも、時は流れていっちゃうから。
「……あら」
一通り笑いあって、カリナが外に目を移す。
「もうそろそろ終わりですわね」
つぶやいた言葉に外を見れば、だいぶ地上が近づいてる。
この時間も、もう終わり。
「なんだかんだ結構楽しかったなぁ」
「悪くはなかったかもな」
「珍しいね」
「珍しいと言うが一応常に楽しいとは思っているぞ」
「顔に出ねぇんだよ」
「クリスはどうでした?」
「わたし…」
カリナに話を振られて、今日一日を振り返る。
リアス様が許可をくれて、連れてきてくれた遊園地。カリナと乗ったコーヒーカップ、レグナが大変そうだったお化け屋敷。そして、四人で乗った観覧車。みんなでお昼ご飯食べて、歩きながらおかしを食べて。騒いで、笑って。とてもとても、幸せな時間。
「…とっても、楽しかった」
思い返せば、自然と笑顔になれる。幸せいっぱいな気持ちで、笑顔で、伝えた。そしたらみんなも、また笑う。それを見て、わたしはもっと幸せな気持ちになった。
「よかったですわ」
「連れてきて良かったなリアス」
「……たまには、悪くない」
「じゃあ今度はゴールデンウィークにどこか出かけましょうか」
「”たまには”と言ったのが聞こえなかったか? この交流遠足からゴールデンウィークまで一週間もないんだが。急すぎるだろう」
「あ、地上に着きましたよ。降りましょう」
「聞け」
話してたらあっという間に地上に着いちゃった。レグナから先に降りて、最後がわたし。
「ほら」
リアス様が、手を差し伸べる。わたしだけにしてくれる、王子様みたいなエスコート。それが、たまらなくうれしい。
「リアス様」
その手に自分の手を重ねて、観覧車を降りるとき、名前を呼ぶ。
「なんだ」
そうしたらリアス様はきちんと目を見て、わたしの言葉を待ってくれる。だからわたしも、リアス様の目を見て、言える言葉を口にした。
「…ありがと」
精一杯の、笑顔で。
「……今日は気が向いただけだ」
いろんな意味を含めて言えば、リアス様はちょっとだけ微笑んで、わたしの手を引いて歩き出す。出口では、カリナとレグナが待ってる。リアス様と二人並んで、わたしたちは双子の元へ向かった。
『大好きなものは、大好きな人たちと共に。』/クリスティア
志貴零