指令科 IF
耳元では甘えるような同期の声が聞こえている。アングラ系の鬼教師だと恐れられている癖に、今のこの状態を見たら彼の教え子たちは目を剥くのではないかと苦笑いをする。
「なぁ、緑谷、いいだろ?」
「相澤君もう飲みすぎだよ」
相澤の飲んでいるグラスを取り上げる。
「お前がいいっていうまで離れてやらねぇ」
そういって出久に抱き着いてくる。
「主、そろそろ時間です」
「ん、わかった。相澤君ごめんね時間だ」
「チッ……」
舌打ちをしてジンを睨みつける。その視線にジンはびくともしない、慣れたものだ。
「プロになってからちっとも会ってくれないし、冷たくないか?」
「しょうがないでしょ、相澤君は現場に来られない教師だし、僕は現場にでる指揮官だもの」
「じゃーお前も教師になれ」
「無茶苦茶だよ。相澤君、酔ってるの?」
「お前に酔ってる」
「だれうまだよ、相澤君」
抱き寄せようとした相澤の手をジンが手早く叩き落とす。
「この番犬どもめ……」
「どうとでも」
小競り合いは出久に見えない場所で毎回行われる。
「あ……」
不意に出久は携帯を見つめ緩くふわりと笑った。いつもの笑顔ではない、素で見せる柔らかいものだ。
相澤があまり見たことのない出久の表情に眉を顰める。自分たち同期以外にあんな顔をするのは見たことがなかった。
「誰だ?」
大好きなヒーローを目の前にしたってあんな顔をしたことなんてなかったのに。
胸の中が嫉妬で染まる。
「ん? 僕の幼馴染だよ。来年雄英に入学するんだって相澤君の生徒になるかも、よろしくね」
「へぇ……お前の……」
お前にそんな顔をさせる幼馴染なぁ、と呟く。
「そうだな、相澤君」
「なんだ」
もやもやは晴れない。相澤は気分直しに注文した酒に口につけていると、呆れた顔をしながら仕方ないなという風に笑う。この表情も彼には珍しい。親しい間柄でしか見せない物で相澤は優越感に浸る。
「臨時講師なら、引き受けてもいいって根津校長に言っておいてよ」
「マジか!」
「うん、プロ指揮官はやめられないけど時々ならね」
「すぐ伝える!」
「勤務するのは来年からだよ。気が早いなぁ」
「お前と一緒にまた務められるの嬉しいからな。校長だってきっとそうだ」
「だと嬉しいけど。それじゃまたね」
手を振る出久に相澤は振り返す。いなくなると途端に虚しさが溢れた。
俺、相澤消太は同期の緑谷出久が好きだ。恋愛感情として。俺が雄英にプロヒーローを目指して入学した年。新設された作戦指令科に無個性でありながら一位の成績で入学してきた有名人だった。当然無個性だということでずいぶんからかわれたり酷い目にあいそうになったりしていた。
けれどヒーロー科の生徒はあいつが好きだった。
あいつの指揮はヒーローに対する愛情に溢れていた。いつだって俺たちを使う時には愛を感じた。使いきれていない能力を隅々まで把握するように、そして最大の力で動けるように。あいつの指揮に体を預けるととても気持ちよく戦えた。
同学年のやつらはあいつに触れ合うたびにその感情を波紋のように広げていった。気づけば同学年のやつらは他の学科も含めていつの間にかあいつの為に動く様になっていた。だって、いつだってあいつは俺たちの為に動いて全力を尽くしてくれていたから。上級生に絡まれればいつの間にか彼との間に入り込んで対峙する人数が増え、からかわれているのを見れば何も言わないあいつに代わりにねじ伏せた。
出久本人は相手にしていなくても彼がバカにされるのは許せなかったからだ。
そして月日が経つにつれ頭角を現す彼の実力に次第にそういった声はなくなっていった。いつでも凛と前を向くその強い視線に、俺は惚れた。学生時代、そしてプロになって何度もあいつに告白したけれど返事はいつでもNOだった。理由は言わなかったけれどいつでもすまなそうにごめんねと謝る。それでも、傍にいることは許されていて同期の気安さかあまり他人に触れさせないあいつが、俺に触れられるのを拒絶しない優越感があった。
来年からは同じ校舎でまた学べるのだと思うと嬉しくて仕方ない。口説くチャンスがまた増えた、と単純にそう思っていた。けれど……。
「かっちゃん!」
満面の笑みで出久が走り寄っていく先には。
「おう、デク! 会いたかったぞ……」
「僕も!」
抱き合う出久と新入生の姿。入試で堂々一位を叩きだした生徒だ。荒々しい言動とは裏腹に、洗練された個性の使い方が目を引いた生徒だった。
「デクと一緒に学校通えんだな! やっと夢が叶った」
「ふふふ、かっちゃんずっといずくと同じ学校いくんだーっていっぱい泣いてくれたもんねぇ」
「昔のことだろっ」
拗ねながらも背中に回っていた手が、腰や尻に回っていこうとしている。
離れろ緑谷、ソレはガキじゃない、ケダモノだ。
相澤が引き剥がそうとすると手が緑谷に触れる前にガキの手で遮られた。
「あ、相澤君。これから君の生徒になる爆豪勝己君。僕の幼馴染なんだ」
「ああ、あんたがアイザワクンか……よろしく頼む」
不敵に笑うこいつは、確実に緑谷に惚れている。
「これからはデクの面倒は俺が見るんであんたは用済みだ。小さい頃から俺は出久のことなら何でも知ってるからな」
挑発的に相澤を見てくる勝己。
「大人は大人の付き合いがあるってもんだ、ガキはすっこんでろ」
バチバチと二人の間で火花が散る。
「デクとはすでに婚約してんだ。アンタの出る幕はねぇんだよ」
「かっちゃん、まだあの約束覚えてたの? もう、君はちゃんとお嫁さん見つけなさい」
小さな子を叱るように勝己の頭を撫でる出久に一瞬悔しそうな顔をして、それでも不敵に笑った。
「嫁はてめェだ、デク。ぜってぇ諦めねぇ」
出久の腕を引き寄せ、勝己は強引に口づけた。
「かっちゃん⁉」
「これからじっくり、な。デク?」
「な……!」
口を押えて赤くなる出久。
相澤は出久のそんな顔など今まで一度だって見たことはなく。
悔しいのか羨ましいのか分からない感情に支配される。
「緑谷、俺だってずっとお前が好きだったんだ! こんなガキに取られるのは我慢できん。俺もお前をオトしにいく!」
「えええ⁉ 相澤君まで何言ってるの⁉」
「デクは俺のモンって生まれた時から決まってんだよ!」
「ハッ、年の差ってやつを思い知らせてやる」
「ようはオッサンってことだろ? 若ェ方がいいに決まってる!」
「君たち。元気だねぇ……」
「あ、校長先生お久しぶりです」
「うん、緑谷君久しぶり活躍見てるよ」
「ありがとうございます」
出久を称えるようにもふもふの手が出久の手を叩いた。
「相変わらずの人たらしぶりだねぇ」
「別に、たらしてないです……」
「ふふふ。まぁ、君はそうだよね」
根津は楽しそうに笑う。
「とりあえず、撤収してもらおうか」
「そうですね」
元はと言えば勝己を見つけて走り寄ってしまった出久の責任だ。
「かっちゃん、案内するから行こ」
一声かければ勝己は一瞬で走り寄ってきた。よく躾けられた犬のようだ。
「おう。はぐれるといけねぇから手ぇ繋げ」
「えー絶対はぐれないと思うけど……」
「いいからさっさとしろ」
そういって勝己は出久の手を取って走り去っていく。置き去りの相澤に勝己は自慢げにわざわざ恋人繋ぎに繋ぎなおして不敵に笑っていくのも忘れない。
「前途多難だな」
「まぁ、相澤君は大人なんだから少し自重しなさい」
「自重したら緑谷が手に入りません校長」
「まぁ、そうだけど」
入学早々のバトルはこれからあちこちで見られることになる。
[ もっとうまく好きと言えたなら バレンタイン編 ]
朝から俺はイライラの最高潮だ。クソ嫌いな甘い匂いに知らないモブに呼び止められる煩わしさ、そして……。
「デクせんせ! これ貰ってください!」
「デク先生! これも!」
「ありがとう、わぁ、作ってくれたの?」
「はい! クラスの皆で!」
「嬉しいな後で頂くね」
生徒の頭を優しく撫でるデク。
喜ぶモブ女を思わず睨みつけると、その視線に気づいたらしいデクがダメだよ、と口の形だけで告げてきた。
「チッ」
デクは上手くモブをさばいて俺の方に来た。
「わぁ。かっちゃん相変わらずモテるねぇ」
「デクせんせもな」
厭味ったらしく先生とつけてみたが出久は表情を崩す気配すらない。
「かっちゃんには敵わないよ」
確かに量はな、と自分と出久が持っているチョコを見比べる。俺に渡されたのは「ちょっと人気の男子にチョコを渡すイベントに乗っかりたい」意志しか見えない。けどてめぇのチョコに籠ってる想いは俺が持っているやつ全部合わせたって届かない。
「デク……今日の放課後……」
時間はあるかと尋ねようとした言葉は最後まで言い切ることは出来なかった。
「デクくーん!」
「緑谷」
デクの体にドーンと何かが体当たりしてきた。というか抱き着いてやがる! 離れろ!
「え⁉ 麗日さん⁉ 轟君も⁉ どうしたの? お仕事?」
「ううん! 今日バレンタインやけん! デク君に渡したくて! はい! 本命チョコ!」
「わー! ありがとう麗日さん毎年ごめんね。僕からもこれ」
「あージン君作ったやつ⁉ やったぁぁ!」
「緑谷、俺も」
「ありがとう、轟君も、はい」
「緑谷からもらえるだけで嬉しい」
普段あまり表情の動かないヒーローショートがふわりと笑って、周りにいたモブが騒めいたのが聞こえたがそれどころではない。
「デクから離れろ! 丸顔! 半分野郎!」
「あっらー爆豪君相変わらずやんねー」
「かわんねぇな爆豪」
デクが高校時代実家に戻ったデクに会いに行くと結構な頻度でこいつらがいた。その頃から俺はこいつらが嫌いだった。
同じ年齢ってだけでデクの隣に当然のように隣に立つこいつらが。今だってプロ指揮官としてのデクに一番近いプロヒーローは奴らだ。実力があるのだから当然だがデクから指名される回数がダントツなのだ。
「爆豪君もてもてやーん。デク君はうちが幸せにするから安心していいよ!」
麗日にぐっと親指を立てられ、
「死ね!」
俺はその親指をへし折る勢いで畳む。
「折れるやんか! 危ない!」
「折れちまえ!」
ぎゃーぎゃー丸顔と言い合っているその隙に今度は半分野郎がデクに近づく。
「緑谷を迎える準備はいつでも万全だからな」
確認するように、デクの左手の薬指を撫でるショートの手を叩き落とす。
「ふ ざ け ん な! デクは俺ンだ!」
デクとの間に割り込んで、ふーふー威嚇をする様は怒り狂った猫のようだと我ながら思った。
「つーか何で学校来てんだよ!」
「雄英は母校だからねーいつだって来れるもんねー」
丸顔殺す。
「デク君の顔見れたし 本 命 チョコも貰えたしじゃー帰るね」
「俺も、緑谷また現場に戻った時は指揮頼むぞ。俺を一番に使ってくれ」
懲りずに今度は出久の右手を取るショートの手を叩き落とす。
「ずるい! 一番はうちやけん!」
さらに出久の左手を取った丸顔の手も叩き落とす。
「うん、嬉しいよ二人とも。またよろしくね」
出久に手を振りながらプロヒーローは帰っていった。
「クッソ……」
自分がいない間についた害虫どもはどいつもこいつも手強くて何で俺は同じ年じゃないんだと、デクと出会ってから何度も思ったことを思い悔しくて唇を噛んだ。
「かっちゃん」
「ンだよ……」
視界が歪む……。くっそ涙目になんてなってねぇ!
「はい、本命だよ? 毎年本命は俺に寄越せっていってたでしょ? 流石に僕が作るわけにはいかなかったから、ラッピングだけしたんだ。君の為に」
そういってデクから手渡されたのは、オレンジと黒で包装されたバレンタインチョコ。
「それジンが作った特製の辛い奴。味見させてもらったら辛かったけど美味しかったよ。きっと君も美味しく食べられる」
デクに優しく微笑まれた。
好きが溢れる。なんでこう、いつもいつも絶妙なタイミングで救い上げてくるんだこの幼馴染は……。
悔しくて嬉しくてそして大好きで、諦める事なんて絶対出来ない。
「俺以外に本命渡したら爆破すっからな!」
「うんうん、わかってるよ」
「ガキ扱いすんな!」
それでも頭を撫でるデクの手を振り払う気にはなれなくて俺はされるがままだ。
(くっそー、見てろ! ぜってぇ嫁にしてやる!)
デクに群がる浮かんだ顔たちを蹴散らすように脳内で吼えた。
[ 合宿でGO ]
準備は入念に、迅速に。明日から僕は一週間の合宿に引率だ。
一週間もかっちゃんと四六時中いられるのは嬉しいけど、今は教師の立場である僕がそれを口にしてはいけない。今回は深碧の猟犬たちも一緒だ。
同じフロアに住む甘水君に出かけることを告げて留守を頼む。このビルは甘水との共同出資で最上階を二人で分けて住んでいるのだ。いつものように快く引き受けてくれる甘水君は本当にありがたい。
「それじゃ、一週間後に帰ってくるよ。お土産買ってくるね」
「毎回気にしなくていいのに。水は言われた場所に送っといたから」
「うん、いつもありがとう! 行ってきます!」
元気に合宿に向かっていったのだった。
バスはのんびり生徒たちを運んで山道を登っていく。そして山の中腹の駐車スペースへ車を止めて降りると。
「デク!」
「わぁ、ウォーターホースJr久しぶり!」
「洸汰でいいよ。緑谷さん」
「そっか。久しぶりだね、洸汰君」
出久たちが合宿でここを使った時に出会った。当時八歳だった彼は、今年デビューしたてのプロヒーローウォーターホースJrとして活躍を始めていた。
「もー僕を指揮してくれるって約束だったのに! 雄英の講師になっちゃうなんてひどいよ」
「ごめんね」
「でも、今こうして会えたから許してあげます」
「そっか、ありがとう」
お互い親し気に抱きしめ合うのを生徒たちがぽかんと見ている。
「緑谷、全員置いてきぼりだ」
「あ、ごめんね。じゃー始めようか」
デクの一言に生徒たちが首を傾げる。
「洸汰君よろしく」
「おう」
「諸君、合宿はもう、始まっている」
相澤の声と同時に大量の水が生徒を押し流した。
たくさんの悲鳴と共に生徒たちが崖下へ落とされる。そしてあんなに大量にあった水は、生徒たちの髪も衣服からも残さず引いていく。
「洸汰君凄い! 腕あげたねぇ!」
「へへへ、頑張ってるからね。デクさんにたくさん使ってもらえるように!」
「うんうん、凄いよ! 洸汰君!」
「ごるぁ! デク! いちゃいちゃしてんな! 浮気者ぉぉ!」
崖下から勝己の元気な声がしてくる。
「浮気なんてしてないよー?」
「クソ! 現在進行形で俺の前の前で他の男とイチャイチャしとるだろうが!」
威嚇爆破をする勝己に再び出久がしてないよーと呑気に言い返して表情を引き締めた。
ピリ、と緊張感が走り一瞬で騒めいていた生徒たちが口を閉じるとまたふわりと微笑んだ。
「とりあえず、ここから真っ直ぐにある合宿所目指して森を抜けてきてね! 森の中には危険がいっぱい! だから気を付けてね」
にこにこ笑って言われる内容が内容だけに、ヒーロー科の生徒が青ざめる。作戦指令科の生徒は何故か大喜びだ。
「くっ、デクせんせっ顔に似合わずドS!」
「だけどそこが好き!」
「もっとやって……!」
とても楽しそうにデクを見上げていた。ヒーロー科ドン引きでそれを見ている。
「僕、合宿所で待ってるね! 頑張ってね!」
「「「はーい!」」」
元気な作戦指令科のみの声を残してバスは道へ戻った。
「さて、始めますか」
インカムグラスを着け、キーボードの操作をする画像が二枚浮かび上がる。
森の上空から鷹型ドローンのソル。森の中をフクロウ型ドローンのルナが生徒たちの映像を届けるべく追いかけている。キーボードを操作して二体のドローンは生徒たちを自動追尾するよう出久の操作の手を離れて好きなように動き出した。
「第一班、準備はいいかな」
『主、こちら準備OKです』
『デクさん! いつでもいけますよ!』
『『号令どうぞ!』』
「GO!!」
出久の号令と共に生徒たちに襲い掛かるワイヤー、そして刀。動きが鈍かったものがワイヤーにかかり、それを助けようとする生徒で統率が乱れる。だが作戦指令科がそれをなんとか立て直し、全員を助けて列へ戻した。
「おー」
「やるな」
横からモニターを覗き込んでいた相澤と洸汰は感嘆の声を上げる。
「僕が鍛えてますから」
「お前顔の割にスパルタだからなぁ……」
「顔可愛いのに……」
なぜか相澤と洸汰に遠い目で見られた。解せない。
「二班~」
『OKです!』
『ハァ、まぁいくか』
『やっちまったらダメなんだよな?』
「だめです。ほどほどでお願いします。GO!」
次の瞬間敵の襲来に生徒たちがパニックになる中、勝己が冷静に立ち回り周りを落ち着かせる。
「かっちゃん流石だね」
「あれもお前の?」
「うん、実家に帰るたびにシミュレーションとトレーニング付き合ってるから!」
「そりゃまあ……将来有望な……」
「緑谷さんのトレーニングに……へぇ……」
二人は少しだけ勝己を見直した。二人とも出久考案のトレーニングに付き合ったことがあるのだが若干殺されかけたのは苦い思い出だ。
上手く三人を捌いて再び走り出した一行。さて、次の襲撃ポイント、と思っていると。
唐突にルナの視界映像が急に切り替わった。
「え……?」
黒い霧が現れ、そこからなだれ込んでくる一行が見えた。
「あれ、これダメな奴……」
「あー……」
奇声を上げながら生徒たちに躍りかかってきたのは愉快な格好をした見覚えのある集団。
「何してんの……死柄木……」
頭に犬耳と黒い覆面マスクに犬尻尾。
出久はキーボードを操作してルナにインカムを繋げた。
「死柄……」
『漆黒の猟犬参上!!』
「あの、敵連……」
『きゃははははは! 漆黒の猟犬だよぉぉ!』
「黒き……」
『すみません、漆黒の猟犬です……』
唯一話の通じそうな人に声をかけてみるが言葉半ばで遮られてしまった。
(これだめだ、死柄木の我儘に巻き込まれてるうちに全員楽しんで遊んじゃってるパターンだ。ちゃんと止めてくださいよ! 敵連合のボス! ……黒霧さんには後で直に抗議しよう。申し訳ないけれど)
脳内のAFOがうちの子達がごめーん、とゆるく謝っている姿が再生されて力が抜けた。
「あっはい。うちのもう一匹の猟犬ですね? それでいいんですね?」
次の瞬間威勢のいい返事がたくさん返ってきた。
「じゃーいうこと聞いてくださいね? ね?」
『おう! 聞いてやる!』
「はぁ、本当にお願いしますよ? 絶対怪我とかさせないでください! 手加減してくださいね! 絶対ですよ!」
『そこは私が全力を尽くします』
「黒き、黒木さんお願いします」
流石にヒーローの目の前で敵連合の幹部の名前を呼ぶのはまずいと思い直し偽名を付けた。
『はい』
黒霧の盛大なため息交じりの返事がきて、この人も苦労してるんだなぁと出久は遠い目をした。抗議はやめて後で菓子折りでも送っておこう。
もうそこから先は漆黒の猟犬のやりたい放題だった。生徒たちに傷をつけずなおかつ休ませずさらに追い立てて、それはもう絶妙に出久の思惑を通り越して生徒たちを弄んでくれた。
着いた頃には勝己以外その場に沈んだのだった。
合宿所に着くと漆黒の猟犬は満足したのかそのまま撤収した。というか黒霧が強制送還した。
「俺たちの方が役に立った! 深碧の猟犬をざまぁ!」
深碧の猟犬の怒りを煽るのを忘れていない辺りが、敵連合というべきか。
猟犬たちと敵連合の睨み合いは黒霧の敵連合強制撤収によって無事終息した。
最後にワープゲートから顔を出した黒霧は何度も謝り倒して帰って行った。
倒れ伏している生徒をアシダカとソラがメインに運び込んで行く。屍累々だ。
唯一、肩で息をしながらも自力で立っている勝己。
「おー爆豪は残ったか流石タフネス」
「お前すっげぇなぁ」
勝己は相澤と洸汰の賛辞など気にもとめずに、出久に向かって一直線に向かって行く。
「デク、俺頑張ったよな⁉ よな⁉」
そう言えば、出久はとても嬉しそうに笑って勝己に抱き着いた。
「うんうん、お疲れ様。すごいね! あの猛攻殆ど一人でさばいてたじゃないか! 凄いよ! 流石かっちゃんだ!」
汗だくで汚れてしまった体なんて気にする様子もなく出久は凄い凄いと勝己を褒めながら頭を撫でる。
「ご褒美くれよ」
さりげなく出久の腰を抱き寄せながら甘えた声を出す勝己に出久の表情が緩む。
出久にとってはいつまで経っても可愛い弟のように思っているのを勝己は正しく理解している。
理解しててそれを利用しながら近いうちに認識を覆してやろうと今も虎視眈々と機会を伺っている最中だ。
「ん? 何がいい?」
「二人きりで一緒に風呂入ってくれ」
「「ブーーー!」」
相澤と洸汰が一息入れようと口にしていた水を噴出した。
「おま……⁉」
相澤が止める間もなかった。
「うん。いいよー!」
「緑谷さぁぁんん⁉」
了承した瞬間勝己がにやりと笑った。出久はもう約束してしまった。出久はそれを死んでも守るだろう。
「緑谷が食われる⁉」
「緑谷さぁぁん⁉」
「ご褒美だもんね、どうする? 今いく?」
「おう」
勝己は出久の腰にご機嫌で手を回して、後ろ手でガッツポーズを見せた。
「……洸汰」
「はい」
「とりあえず、邪魔しにいくか」
「当たり前です」
この施設で洸汰が知らない場所などない。個別の浴室も全部網羅している。
どこにシケ込もうと乱入してやると二人の背中を追いかけた。
「ぜってぇ邪魔する!」
「緑谷さんの純潔は渡さないからな!」
合宿は開幕からクライマックスだった。