__先刻の赤は、褐色に変わってきた。
...彼は、こびりついたそれを拭うこと無く ただ、柄を握りしめている。
鈍い紅の短剣。
課せられた任務を全うする度に紅く染まってゆく暗剣を ただ ただ。
__先刻から彼の様子は変わらない。
彼女に背を向けて立ち尽くしたまま、動いていないのだ。
それを握りつつ俯いて沈黙しており、...彼の表情は分からない。
否、彼は平生から無口で無表情、
気配もなく静止していると表情どころか生死の判断も難しいくらいであるのに。
いかでその本心を知ることが出来るのだろう。
...彼は今、何を思っているのだろう。
暗殺者として育てられ、器械的な人間として生きてきた彼の、
喜びも悲しみも知らないその空っぽなこころで
先刻その剣の赤を塗り替えた血の主のことを、どう思っているのだろう、と。
彼女は不意に、彼に名前を呼ばれたような気がした。
彼は無口なうえに、囁くより小さな声で喋るのでなかなか聞き取れない。
彼女に背を向けて立っていた彼は、少し首を動かして彼女の表情を伺う。
その間も、消え入りそうな声でもそもそと言葉らしきものを呟く。
「...『...かった』、」
「...『命**従う』....、**...、『**を**らな*』と、...」
「..... ...だが、俺は*ての**を*、った...」
「俺は これから ....を、*****い,..?」
彼にしては珍しく饒舌である。
風に流れていきそうな微かな声、しかしそこには確かに彼の言霊が宿っていた。
吹き抜ける風に、彼の外衣と彼女の浅葱色の髪がゆるやかになびく。