かないたいのなりたくてなったわけじゃないけれど、
結果は出てしまったわけで。
赤木しげるという重責を負った俺は、自分の予想範疇を超える二つの事があった。
ひとつは、自分が思っているよりもその名を人々が知っているという事。
界隈でその筋の人間は、間違いなく知っていた。
この辺は俺は安岡さんから齧った程度の認識しかなく、その名前がどれ程の物なのかを理解していなかった。
もうひとつ。
これがその名前の知名度によって起こった弊害なんだが、まあとにかく人の恨みを買い過ぎていた。
それはもうドン引きするくらいには。
この男には。あの女には。一体アカギという人間は何をこの人たちにしたのだろうか?
偽物を演じてからそんな人間が時折雀荘やら、自分が帰路を辿る途中、何気ない徒歩での外出先で次々と現れた。
しかも最悪なのは、その一度面識があるはずだろうにも拘らず、その人間たちが偽物だと分かっていないことだ。
自分で『なるほどな。それくらい似てるのは悪い気はしない』と、思っていた時期もとうに過ぎてしまった。
何故ならそいつらは、アカギへの復讐目的で俺の目の前に居るのだから。
人数が一人だけならまだいい。対処も最初は逃げれば済んだりもした。
相手が刃物男だったりすると本気で死んでしまう危険があるので、とにかく退路を探して全力疾走した。
これが人数が多い時。本当に、とても最悪で。
三人とか五人とか。複数人数に対しては俺はとても無力だが、成すすべなくその理不尽に蹂躙される気もなく、死に物狂いで抵抗した。
足を払ったり、拳を避けたり、殴打に応戦した。
殴られる度に"なんで俺が"って気持ちが膨れ上がって、やり返す勢いが止まらなかった。
人を殴りつけたり、蹴り倒したり、踏み潰したりをこれほどするようになるなんて思ってもみない。
逃げ切れずに朝を路上や物陰で迎えるのは、最初だけだった。
気づけば人数が七人以下なら、ボロボロになりながらも自力で家に帰れるくらいに俺は対処できるようになってた。
「転んで帰って来たの?」
まるで自分の部屋なんだが。と、でも言わんばかりに当然のように室内にいるアカギと、先ほどまで自分に遭った不本意な報復が重なって盛大に溜息が零れた。
大したものが置いてない部屋なのでアカギに鍵を壊される位なら。と、最近諦めたように鍵をつけずに俺は外出するようになっていた。
こんな夜間に点けっぱなしにした覚えのない、部屋の明かりがついていたので、恐らく居るのだろうとは思っていたが、出迎えるように扉が開くとは思ってもみなかった。
鍵をアカギにもう一つ預ければ済むだけの話なんだが、どうにも不本意でそれを俺はまだ許せずにいる。
いや、預けたとしても果たしてこの男が失くさずにいられるのかも、とても信用できないからというのもあるけれど。
片手に煙草を指に挟めたまま、アカギは「随分、人の顔見て嫌そうだな」と、楽し気で「察するのはお前の得意分野だろ」と皮肉を返すのが精一杯だった。
今日受けた報復はとても久々だった。
なにせ俺はもうアカギの偽物を辞めたのだ。
しかし、それでもまだ俺がその名前を名乗っていた名残は界隈に薄っすらと残っているのだろう・・まだこんな事に出くわすのは珍しくはない。
何とも厄介な奴の名前を名乗ってしまったと、日々後悔している。
数は男二人だったので多人数の中では比較的楽な対処だった。
兎に角頭数を減らす事だけを考えて。捕まらない事、闇雲に動かない事、足か視界を潰す事に専念した。
逃げて、避けて、ダメなら理不尽に応戦する他ない。
結果、一対一に持ち込めたのであとは様子を見て避けて殴り返したり、足を引っかけてやったりはした。
疲れて這い上がらないのを見届けて俺はもう追って来れないよう、急いで夜の中に逃げ込んだ。
今なら分かるが、走り疲れない事が今では一番重要で、これがダメになってしまうと対処し切れない。
そんな事をして、今俺はやっと自分の安全圏に帰ったというのに、俺が報復を受けた原因がいるのはどうにも皮肉で滑稽で。
溜息が腹の底から出てしまうのも、しょうがないだろうと思う。
そんな事は到底、アカギにはどうでもよい事なんだろうが。
玄関の戸を閉めて室内に入る。
アカギはさっさと煙草の匂いを残しながら、部屋へと進む。
俺はアカギに言われて自分がそれなりに土埃塗れになっているのに気づいて、その場で服の汚れを叩き払った。
白のストライプのスーツは、それまでと変わらず自分の一張羅なのでずっと着ている。
こういう目に遭う事もあるが、それでもこの服を着るのは少し自分では特別なものになりつつあって脱げずにいた。
勿論、サングラスも。
部屋の奥でアカギが煙草の煙を静かに吐き出す音が聞こえて、そちらを見やると向こうもこちらを見ていて、目が合う。
本当に、常に触れるものを切り倒すような目をしているなと思う。
俺には出来ないような目線。
「相手は・・二人くらい、か。結構、無傷な方で帰って来れたな」
「どっかの誰かのせいでそーいうのに対処せざるを得ないんだよ。お前、毎回どうやって恨み事の種撒いてくるんだよ・・くそ」
「でもちゃんとアンタ対処しきれるようになってきてるだろ?問題ないんじゃない??」
「あるに決まってるだろ!!!ふざけんな!」
今日は凶器とか持ってない連中だったから良かったんだ!と、付け加えてアカギに猛進して近づいて抗議する。
本当に、凶器のあるなしは状況が全く異なるし、下手をすれば俺はその場で絶命する可能性すらあるわけだ。
そんなのに毎回対応対処しなければいけないなんて地獄にも近い。
命が危険だと必死になって訴えてみるが、アカギは人の顔に煙草の煙を吹き付けてそれ以上俺を近づけさせなかった。
吹き付けられるとは考えもしなかったので俺は煙に咽て、目を瞑る。
「そうだな・・いくら、対処が上手くなってきたところでも」
アンタは不意打ちへの対処が、甘いものな。と、アカギの機嫌の良さそうで不穏な声が聞こえて薄っすらと目を開ける。
咳が収まった所に、身体を強引に胸倉を引っ張られて何事だと目を丸くした先に、目を閉じるアカギが視界一杯に広がった。
目を閉じてる時だけは本当に、あの切り倒す目線が無いのでそれはとても綺麗なんだ・・冗談抜きで。驚く位に。
その視界を認識した途端、互いの唇が触れるか触れないかくらいにまで接近してたのに気づく。
「・・あ、」
「俺にももっと上手く対処しなよ」
それとも、俺にはノーガードで居てくれるのか?と、話す唇がゆっくりと残りの距離を埋めに掛かる。
アカギの片手にある煙草が、微かに灰を落としたのが分かったけれど、最早それどころじゃない。
一気に顔に火が付いたような熱が入り、首筋から肌が羞恥でざわめく。
触れてないのに、どうして人に触れてるような気配をこの男は出せるのか・・不思議で仕方ない。
そして一瞬にして取り乱してしまう自分がそこにはいて、対処も何も飛んで行ってしまうのだ。
こんな十九の子供がいるなんて考えたくないが、人を篭絡する才を備えて生まれたとしか思えない。
観念して、目を強く瞑った。
「絶対・・今度は逃げてや、る」
「なら、俺は追うよ。アンタを」
唇が触れる。とてもゆっくりと、感触を楽しむように。
食んで、舐めとられて。
同時に、いつになったら俺はアカギに上手く対処できるのだろうか。と、そんな事ばかりを考えていた。
今これを許してしまっている時点で、対処なんかし切れる未来を、俺はまだ、思い描けない。
20191116
・幸雄が喧嘩に対処するスキルが上がるけど、そのスキルがしげる非対応な話。
結構ボコボコに幸雄毎回してしまってるので珍しい話にしてみました。
しげるのただキスするのをやたらすけべにするスキルは幸雄のみ対応でお願いします。