その日、なんとなく片付けでもしようと思った。本当に気分だ。特に理由とかはない。男二人ロフト、付きとは言え1LDKの住まいは少しでも散らかると圧迫感がすごい。だからいらない物や嵩張るものを捨ててしまおうと思った。
仕事に行くむくにお前のものは触らないからと一応断りは入れて、無音の中黙々と要らないものをゴミ袋に突っ込んでいく。と言っても私物は特に多くはない。最近ごちゃついてきたのはむくと過ごすようになってからだ。ゲームとか漫画とか、以前の俺からは考えられないものばかり。そんな変化がちょっとだけ楽しいと思いながらも、空箱を潰してしまいやすくする(むく曰く、箱がある方が売る時にいいらしい。ずいぶん先のことを気にするもんだなってその時は思った)
淡々と片付ける。出かけた先で衝動買いしたものが結構あるなぁ、と思いながらふと自分では到底選ばないものを見つけた。同時にぐ、と喉が鳴る。
パンケーキのキーホルダーだった。買ったものじゃない。
というか、これを手に入れた経緯が不可思議な状況だった。夢なのか現実なのか、釈然としない状況。なんでパンケーキが飛んでるんだ、と思いながら呆然としてたら俺をあの人は不機嫌そうな顔で突いて軽く叩いてきた。
正直、なんでこの人と。なんて当時は思った。彼の技術や知識はすごくて、俺なんかが到底及ぶようなものじゃない。ただ尊敬はしているがどうにも俺を嫌っているらしいな、っていうのは肌で感じてた。俺を見上げてくる時の顔はいつだって不機嫌で、狗噛さんや花琳さんへ向けられるものからは到底遠いものだったから。
何をしたのかは正直わからないけど、まあ不愉快に思っているのなら。そう思って声をかけられた時と仕事の時以外は極力話しかけないようにしていた。コミュニケーションは取りたかったんだけどまあ、諦めた。不用意に絡んで余計嫌われるの嫌だったし。
そんな人が飛んでるパンケーキ捕まえてあまつさえ毒味しろって言ってきた時は思わず変な声がでた。かなり無茶苦茶だなと思う反面、確かに身体頑丈だしな、で捕まえて食べたパンケーキ(なんだこの単語。今思ってもおかしいだろ)は普通に美味くて。それを伝えたら少しだけ顔を緩めて俺もと言った。
この人、こんな顔できたのか。少しだけ驚いた。甘いものが好きなのはまあ、彼の食生活を見てればわかったけどそこまでだとは正直思わなかった。純粋に頭を使うポジションにいたから栄養供給の効率を求めただけの結果だと思っていたから。
怒られそうだから言わなかったけど、パンケーキ追いかけ回してる玲央さんはちょっと面白くて、トッピングを悩んでるその人はすごく楽しそうで。そして嫌ってる(と思う)俺に対してこれなら甘くないって食べ方を教えてくれた。なんだかんだ食べながら話もしてくれたから嬉しかったんだ。
トンチキな夢のような、よくわからない状況だったけど俺は良かったなってその時は思う。焼きたてのパンケーキにビンタされるのはもうごめんだけど。
彼とそんな、仕事以外の話をしたのはそれきりだ。その後すぐに泉さんの事件があって、俺は。
詐欺罪で捕まるかもなぁ、なんてぼやいてみる。今更、逃げ出したことを後悔した。