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    黄昏時、夜の手前「そういえば、お前、名前は?」
    まるで今日の天気を確認するかのような気楽さで、クレトは一緒に生活し始めて早一年は経つであろう俺の名前を尋ねてきた。視線は手元にある本に向けたまま、独特のハスキーボイスはソファに寝そべりまどろんでいた俺へ向けて、関心は薄いながらもきっちり返答を待っている風に見える。クレトは俺を見下ろすように立ったままピクリとも動かない。

    「今更過ぎねえ?」
    だからとりあえずは思ったままの言葉を吐いた。質問を質問で返すと面倒臭がられるのは分かっていたが、なんだかんだ一年以上名前を呼ばないで不自由なくやっていけたんだから、何も今になって名乗る必要もないんじゃないかと思ったからだ。気恥ずかしいのもあるが、正直言うと自分の名前は好きじゃなかった。

    「まあ確かに。」
    手早く読み進めているんだか単にページを飛ばしているだけなのかよく分からない指先で、まるでトランプをシャッフルするみたいに本をめくっていく。そうしてページも終盤に差し掛かろうという局面を栞で挟んで読書を終えたクレトが本を無造作に部屋の隅に投げ捨てて、今度はスマートフォンを片手に持って

    「お前の名前は?」
    と改めて尋ねた。今度は俺の顔をしっかり見ながら。こちらを見つめるくすんだ緑の瞳はいつも虚ろで、でも突き刺さるような威圧感があって、真剣に見つめていると何だか頭がおかしくなりそうになる。

    「……………エキニシィ。」
    まあでも別に出し惜しむ事もないしと思って、渋々名乗ってやる事にした。サイコパスの癖に意外と頭の良いこいつは、多分俺が進んで名前を伝えたくなかった理由もこれで分かってしまうかもしれないが。案の定、俺の名前を聞いてクレトは少し驚いたような顔をしていた。

    「英語じゃないな。スペルは?」
    「は?スペル?」
    「ああ。…ほら、早く。」
    スペルなんぞ聞いて何がしたいんだか。だが多少なり興味を惹かれたのは間違いないようで、強引に俺が寝ているソファに座りながら問いを繰り返した。遠慮なく踏み潰された両足が痛い。
    「E,k,k,i,n,i,s,i…」
    一文字一文字口に出す度、クレトの左手がスマートフォンの画面をタップしている。恐らく名前の由来を調べられているんだろうなと分かって、嫌に気まずくなった。

    「ギリシャ語の“始まる”。変な名前だ。」
    淡々とそう呟いた。反発する気にはならなかった。俺も変な名前だと思っていたから。
    「そもそも人名でもない。お前のご両親は辞典から名前をひいたのかな?何か特別なこだわりがあって?」
    左手の指が俺の目の前でふらふらとEkkinisiのスペルを綴る。純粋な好奇からの質問に、どうやって答えてやるのが良いんだろう。冗談めかして?気まずそうに?恥ずかしそうに?色々演出を考えて、途端に虚しくなってきた。

    「何となく、だってよ。」
    ───だって俺の名前には、親からの特別な願いも、考え尽くして選んだこだわりなんてものも、何にも無かったのだから。
    半ば早口で言い捨てる口調になったのをクレトは見逃さず、ただ一言、「すまなかった」と抑揚のない声で謝った。そうして一瞬尻を浮かせて自由になった俺の足を、今度は自分の膝に乗せる形に戻してから座り直した。相変わらず左手はスマートフォンの相手をしながら、暇を持て余していた右手は俺の膝から太腿までを、まるで犬か猫を撫でるような手つきで撫でている。

    「私の元々の名前も似たようなものだったよ。童話から引用しただけの、実に適当な名付けだった。何なんだろうな、本当に。」
    クレトはゆっくりと俺に視線を戻して、苦々しく笑った。こいつは基本的に冷ややかな目で物を見るか、ともすれば傲慢に人を見下すしかしないから、最近増えてきた…こんな風にしおらしい態度を見るのは何だか落ち着かない。こういう姿を俺にしか見せない、というのが余計に。ソファの後ろには窓があって、くせ毛の酷い青い髪がそこから射し込むオレンジ色の光を受けているのを見て、今が夕暮れ時でそろそろ夕飯やら家事に取りかからなきゃならない時間だった事に遅れて気が付いた。

    「今日は外で食べよう。飯代は私が出してやる。」
    「良いのか?」
    「作るのが面倒臭い。」
    臆面もなく面倒臭いと、さぞ面倒臭そうな顔をして話す姿が微妙にツボに入る。この辺りにどこか旨い店なんてあったろうか?それとも無鉄砲な男だから、また駅の二つ三つを飛ばした場所にまで行くつもりなんだろうか。何にせよ腹が膨れて、しかもこいつの奢りだと言うなら別に文句もない。後になってあの時貸してやった借りを返せ、と言われたら流石に萎えるが。

    「何か代わりにして欲しい事とかあるか。」
    先手を打って確認をとっておくに越した事はない。クレトは賢くなったな、偉い偉い、と皮肉たっぷりに笑った。…意地の悪い笑みが、こいつには妙に映える。

    「まあ、代わりと言っては何だが、」
    そう言いながらスマートフォンを閉じると、身体ごと俺の方を向いてグッと距離を詰めてきた。何をするんだろうとぼんやり見ていたら、不意に大きな影が下りてきた。クレトの影だった。俺の頭の横に両手をついて、更に距離が迫ってくる。そういえば昼に観たメロドラマに、ソファの上で気だるげに寝そべる男に跨がって誘う女のシーンがあったが、シチュエーション的に近いのかもしれないと頭の端でそう思った。形だけなら。

    「慣れとは恐ろしいな。」
    クレトは自分の額を俺の額に触れ合わせてそう言った。姿勢がキツくないかと言おうとしたが、そんな事こいつは気にしちゃいないだろう。
    「何が。」
    「私もお前も、これを異常な行為であると感じなくなっている。」
    「おかしいんだっけ。」
    「傍目から見ればね。だけどお前はもう気にしてはいないんだろう。…………こんな事をしても。」

    こんな事ってどんな事だ、そう聞こうとした口が一瞬、何かに塞がれた。何だったのかは分からない。分からないが、異様に唇が、頭の中が熱くなったような感じがした。クレトはと言えばとっくにソファから立ち上がっていて、外套を羽織ろうとしている所だった。黄昏時だった筈の空は、もう大分暗くなってしまっている。

    「さあ、早く行こう。」
    侍騎士アマド Link Message Mute
    2020/04/18 8:05:02

    黄昏時、夜の手前

    自創作キャラの過去話。
    若干のブロマンス/BL表現があります。
    #オリジナル #創作 #オリキャラ #小説

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