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    Turn「なあエキニシィ。」

    手慰みに弄っていたスマートフォンをズボンのポケットに突っ込みながら、エキニシィは自分を呼ぶ声の主へと振り返る。自分のすぐ後ろ、人一人分の間隔を空けて歩いていたクレトが、まるで空を抱くように両手を大きく左右に広げているのが目に入る。
    華奢な骨格に申し訳程度の肉付けが施されただけの、何ともみすぼらしい痩躯。ナナフシか棒きれと揶揄されてしまいそうな身体を覆い隠す灰色のポンチョコートは風に弄ばれ、さながらカラスが翼を広げたかのようにその布地をはためかせていた。
    辺りには強風を遮ってくれるような建築物の類いはなく、右も左も果てには上も、ただ灰色の壁に仕切られた空が広がるばかりである。

    半ばゴーストタウンと化した無人区の治安レベルなどたかが知れている。好奇心で足を踏み入れる酔狂がいない限り、熱心に警備員を割いてやる道理もないのだろう。当時暮らしていた住人達は中央管理局からの手厚いサポートの下、既に新しい居住地を分け与えられて元の生活を取り戻しつつある。第二の居住区として機能していた無人区は、未だに手付かずのエリアを代替する事でわざわざ修繕の手を入れるまでもない、つまりは必要の無くなった場所として立ち入り禁止区域とされた。

    今さら街の有力者から見離された建物に入ろうが何の関係もなかろうと力説するクレトの弁を空返事で受け入れてからというもの、エキニシィは度々彼と共に朽ち果てた無人区の"探検"に付き合ってやっている。巡回しているカラスの目を時には身を屈め、時には廃墟の影に二人で隠れながらかいくぐり、今日は廃ビルの朽ちかけた鍵を蹴破って屋上を占領してみた。

    「ほら。」
    こちらに関心を向けてと言わんばかりにクレトが今一度エキニシィへと声をかける。分かってるよ、と投げやりに応えつつも、目尻を和らげて微笑む赤紫の瞳と目が合った。クレトのくすんだ緑の瞳が歓喜に煌めく。クイッとつま先を立て、片足を軸に優雅なターン。軽快なリズムを維持したまま身を翻し、その度にコートの裾がふわりと舞い上がる。芸術的と形容するにふさわしいこの動きは確か、バレエで言う所のピケ・ターンだとどこかで聞いたような。
    思い出そうと記憶を手繰り寄せようとして、俄に浮かび上がる郷愁の光景が意識を埋め尽くした。


    **
    ―――クイッとつま先を立て、片足を軸にその場で優雅に回転する。男の長い手足は身体の動きに一層の躍動感を与え、足を下ろすまでの所作に至るまで、専門の知識を持たない素人目から見ても綺麗に思えた。スマートフォンから流れていたクラシックの間奏も終わり、この恍惚とした時間がとうとう終わってしまったのだと、エキニシィは静かに息を吐く。

    男がキズ持ちである以上、迂闊に人の行き交う場所に彼を行かせて危険な目に遭わせたくない不安。自分を可愛がってくれるこの歪で透明な心の持ち主を独占したいという、子供じみた独占欲。そういう私欲と庇護とをない交ぜにしながら、二人は出来るだけ人目を避けて戯れるようになった。

    例えば今男が披露してくれたこれ。昔嗜んでいたらしいダンスを見せたいと言ってくれたので、狭いアパートを出て公共の体育館を通りすぎ、町の端にある廃病院の屋上まで男のキズを借りて来た。満タンに充電したスマートフォンからそれらしいBGMを流してからは、まるで予め立てられたプログラムに沿うような自然さで男が踊り始めて……。

    (なんかすごかったなあ。)
    そう内心で言葉を漏らし、これを感想として述べるのは流石に幼稚じみてやしないかと忙しなく頭を働かせる。男は感想など求めやしないのだろうが、たった一人の観客の為にここまでしてくれた心遣いに何かしら報いたいと思った。手櫛で髪を軽く整えながら、男がエキニシィへと振り返ったのを確認して一言。

    「めちゃくちゃよかった。」
    ボキャブラリー不足は一日二日でどうにかなるものではない。背伸びしてコメントにこだわるのを諦めたエキニシィは、ただ伝えたい言葉をそのまま男に届ける事にした。
    「そう。」
    微かに弾んだ声音が返ってきた。口元に弧を描いた男の、白い肌に健康的な赤みが差しているのに気付いた。
    「本当によかった?」
    離れた距離を一気に詰めて男が駆け寄る。ぶつかりそうな勢いで突っ込んでくる姿にたじろぐエキニシィを歯牙にもかけず、そのまま両手で強く強く抱き締めた。背中に回された腕、服越しに触れ合った身体は男の心根のように温かくて、とても優しい匂いがする。エキニシィも誘われるようにして男の背に手を回す。

    「また見たいな。」
    **


    「―――どうだったかな?」
    こちらを振り返り、誇らしげに賛辞の言葉を待つクレトの姿が追憶の情景に重なる。軽やかな足取りで駆け寄ってくる彼を、そのまま閉じ込めるように強く抱き留めた。昔も今も、相変わらず感想らしい感想が浮かんでこないのが悔やまれて、柔らかな青い髪を撫でながら、
    「よくできました。」
    と手放しで賛辞する。優しいスキンシップと褒め言葉は、クレトに向ける最上級の愛情表現だ。うれしい、ありがとうと言葉を溢しながら、エキニシィの頬に唇を寄せる。
    「理由も告げずにここまで連れ出してすまない。けれどお前にどうしても見てもらいたかったから。」

    無垢な子供が秘密の宝物のありかを教えるかのように、クレトが悪戯な笑みを湛えている。懐かしさと、僅かな寂しさがこみ上げるのを感じながら、この恍惚とした時間がいつか再び訪れる事を願った。
    侍騎士アマド Link Message Mute
    2021/08/30 1:12:55

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    クレトとエキニシィの小話。イチャイチャしてます。
    元は昔書いた短い小説を肉付けしたものです。

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