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    遺伝子の組み合わせ  視界の端から割り込んでくる光が先程からどうにも鬱陶しく感じられて、男はそれまで夢中に文字を追っていた目を渋々窓の方へと向けた。七割程を障子に隠された窓向こうからの、目玉を突き刺す眩しさに一度顔をしかめた後、黄金色に染まった空と、真っ黒な輪郭だけを残した細い木々が、風を受けて微かに揺れているのが伺える。
     部屋の本棚から適当に見繕ったこの分厚い海の動物図鑑を読み始めたのは、確か三時前からだ。電気を点けなくとも十分に明るかった筈の室内は、気付いてみれば光の筋が狙ったようにして照らしていた自分と、この図鑑以外のものが薄闇に溶け込んでしまうくらいには暗くなっていた。時刻を確かめてみると、時計の針はもう六時を指し示す頃になっている。
     本に向けていた意識が外へと散り始めると、今まで全く聴こえてこなかったウグイスや、スズメや、カラスの鳴き声。そこに混じるようにして、近くを走る車の駆動音が次第に耳に届いてきた。

      道路が敷かれ、車の行き来が盛んになったところで、ここは所詮、ド田舎か。
     喉の渇きを感じてコップに手を伸ばしたが、中を満たしていた烏龍茶はとっくに空で、傍らには本を読んでいる途中に飲み干した二リットルのペットボトルが放られている。額に貼り付いた黒髪を軽く撫で上げながらため息を一つ吐くと、コップとペットボトルを脇に抱えて男は部屋を出た。
     男の仮住まいであるこの家は、二階は古びた和風家屋の色彩を残しており、一階の方は所々がリフォームを加えられて、主要となる部屋の幾つかは完全に洋風の内装になっている。踏みしめる度にぎしりと軋む、端々が少しばかり腐れた木の廊下を突き当たりまで進み、老体に優しくない(男は老体ではないが)、殆ど垂直直角の崖みたいな階段を一つ一つ踏み外さないよう降りていった。
      そうして最後の一段を降りきった足が、フローリングならではの光沢のある床に迎えられる。木のクズもホコリも靴下に絡んでこない、綺麗な床だ。
     男は一階に降りて直ぐのキッチンに入ると、手に持っていたコップとペットボトルを軽く水で洗い流してから、そのまま蛇口から注いだ水で喉を潤した。冷たくも何ともない無味無臭の液体も、渇きを癒すだけならば何ら問題ない。男はそれから踵を返して冷蔵庫から適当な小皿を引っ張り出し、ラップに包まれていた刺身の残りに漬物、唐揚げの一部を夕食代わりにつまんだ。
     つまみ食い、立ち食いの粗相に文句を言うような人間は、どうせここにはいない。これからも、いないかもしれない。そこまで考えかけて、仕上げに口の中へ放り込んだ梅干しの酸味で全てをすっ飛ばした。

      食事を済ませた頃には美しかった金色の空が熟れた柿色にまで熟しきっていて、後は夜が来るのを静かに待つばかり。男は一階の寝室か二階で寝るか暫し悩んだあと、あの急な階段を登る面倒に負けて、懸命かつ楽な選択肢を取る事にした。あの部屋には大きく誂えた窓枠があるので、日が沈みきるまでの暇をそこに座って過ごすのも悪くはないとも考えたのだ。尤も流石田舎と言うべきか、生やしたい放題に伸ばされた木々のせいで、窓を覗いてみた所で特別に映える光景などは期待出来ない。
    (別にそれでいいんだけど)
     退屈で、無価値、そんな日々。何も変わらないという事が、明日も、明後日も続いていく。男にとっては望む所であるが、いつしかそんな安寧が、止まり木のような場所が、自分の元をおとなうのならば。
     男は紫煙を吐くようなため息を吐いていた。

      夕暮れと夜の間の、丁度合間。
    寝るに差し支えない程度に緩い、気に入りの服に袖を通して窓枠にゆっくりと腰を降ろした。間もなく辺りは完全な暗闇に包まれる所で、地平線に残された夕陽も少しずつ彼方へと消えていこうとしている。この時間にまで落ち込むと流石に外から鳥の鳴き声が聴こえたりはしなくなり、代わりに蛙や、虫達が田舎の寂れた夜を占領して、賑やかな合唱を始めてくれるのだ。
     人間の見知らぬあちらこちらで、思い思いに歌い、騒ぎ始める小さな動物達を想像して、男は一人、口元に弧を描く。瞳の奥から溢れかけた光は、瞼の裏に閉じ込めて。

    (組み合わせによっては、俺もなれたのかもしれない)
     夕景の中を飛ぶ鳥達、草場の陰に蠢く虫達、或いはキズ持ちではない、普通の人間に。組み合わせというのは、つまり遺伝子の事である。男は真っ暗な視界の中に、自らのキズを思い描いた。幾重にも束ねた力が紡ぎあげる、どす黒い力の塊。

     黒髪の彼には確かな力があったが、その最も欲するものは、いつだって遠く向こうにいるように思われた。
    侍騎士アマド Link Message Mute
    2022/05/17 17:42:59

    遺伝子の組み合わせ

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    黒髪の彼の過去話。

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