ミラーリング いつもよりはっきりと広がるクレトの視界に、心臓よりも近い場所に住み込んだ男の顔が映り込む。
寒々とした光に照らされた赤髪や少し紫がかった赤い瞳は、無機質な街が放つこの白い明かりと対称的に、その鮮やかさも相俟って確かな存在感のようなものを感じさせた。
同時に、そのままでは夜の闇にすら溶かされてしまいそうな、どうにも形容しがたい、脆弱な自分の事を、クレトは今更ながら恨めしく思う。
「……ほらな?」
そんな気もそぞろになりかけた辺りで目の前の男が急に嬉しそうな笑みを浮かべたものだから、人の話は最後までちゃんと聞かなければ、そんな当たり前の教訓をクレトは今一度心に刻んだのである。
気分転換にと散髪して、幾らか短くなった群青色の髪。柔らかく跳ね返る癖毛を満足げに撫でながら、エキニシィは感慨深そうに目を細めた。
「やっぱり、ちゃんと顔が見えてる方が良い」
「そう? あの片眼隠れのヘアスタイルも、ええと……。イカしていたとは思わないか」
わざとらしく顎に指を添えながら、クレトの目が数度キョロキョロと宙をさまよう。
常に周囲より一段高い位置にいるような物言いの中に、彼が口にするには意外に思える言葉が混じり込んでいた。それから落ち着かずにそわそわと上体を揺らす姿が、明らかにエキニシィからの反応を伺っているのは明白である。
「イカしてたとは思うけど」
髪に触れていた指がクレトの頬を軽く撫でる。心地の良い温かさだった。クレトも同じようにしてエキニシィの頬に触れ、手刀のように真っ直ぐ束ねた指で不器用に肌の感触を堪能してみる。人差し指と中指が触れた顎髭は、先端を丁寧に剃っているのか、チクチクとした痛みはなく、柔らかかった。
「けれど?」
「あぁ……。…ふふ」
まだるっこしい問答を繰り返して二人は微笑む。これまで幾度となく遠回しな問いを投げ、曖昧な答えを返してきた。今回の話のピリオドはどちらから打つのか。そんな稚拙な賭けを、互いに楽しんでいる。
「俺は──」
「私は──」
少しの間の後、鏡合わせのように二人の唇が動いた。