ケール夢第7宇宙に観光来ていたキャベ達3人組は、地球の海のそばにある市場で、食べ歩きをしていた。
軽快な音楽と共に踊る女性、ベリーダンスの衣装がヒラヒラと風に舞う。
身体をしならせる姿は猫科の動物のようだ。
曲に合わせて、飛び上がり、くるっと空中で一回転すると、つま先立ちをして、深々とお辞儀する。
それを見ていた人が、踊り子の足元の器にゼニーを投げ込んでいく。
キャベ達も同じくゼニーを投げ込む。
踊り子は布で口元こそ見えないが、キャベ達に向かって、涼しげな目元で微笑み、お辞儀をした。
ふわりと漂う独特のお香の煙を抜けると、屋台にはカラフルで奇抜な形の果物の数々。
乾燥したトカゲや蛇などを扱っている屋台もあった。
中年男性が大声で客寄せをしている。
さらに歩くと、アイスクリーム屋も見えてきた。
「姐さん...わたし疲れたから少し休みたい」
「おうおう、あそこにベンチがあるから座ってな。アタシがアイス買ってきてやるよ」
「ボクも行きます」
そう言われたケールはベンチに座り込むと、アイスクリームを屋台で頼むカリフラとキャベを、遠くからじっと眺めていた。
「カリフラさん!ほら!口にアイスついてますよ!だらしないなあ...」
先に一口食べてしまったカリフラの口元には、溶けたアイスがべっとりとついてしまった。
それを見たキャベがバッグからハンカチを取り出すと、それをカリフラの口元に近づける。
「うるせー!自分でとれる!触んな!」
それを手で避けるカリフラだが、しつこいキャベに諦めたのか、されるがままに口をハンカチで拭かれる。
心無しか、ケールにはカリフラが嬉しそうにしているのが見てとれた。
見てられないとばかりに、ケールは俯く。
あれくらいわたしにもできる。
喉の奥が詰まるような感覚。
次いで胸の奥から湧き出る怒りが、水位をあげていく。
同時に、何故、わたしにはできないのだろうという、悔しさも感じていた。
姐さんの隣に居るのはわたしなのに...。
「ケールさん!」
遠くからキャベの呼ぶ声がした。
ハッと我に返ったケールがそちらを向くと、キャベの手が...カリフラの手を握っている姿が目に入ってきた。
カリフラは無抵抗で握られるままだ。
ケールの我慢も限界だった。
「何様の...つもりで...」
湧き出た怒りは、器から溢れ出す。
「アアアアアアアアアアアア!!!!!!キャベエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
完全にキレた。
地響き、割れる地面。
ケールの身体は凄まじい光とともに爆発する。
驚いた街の人間が悲鳴をあげながら散っていき、ケールの付近にある屋台は全て吹き飛んでしまった。
キャベとカリフラの2人はというと、風圧で飛ばされたアイスクリームが顔についた状態で、ぼーっと突っ立っていた。
またか...とでも言いたいかのように。
「冷た...ケールさん!やめてください!」
「ケール!おめーのせいでアイス飛んでったじゃねーか!ケールの分もねえぞ!」
「ころす...キャベ...がああああああああああああっ!!!!!!!」
勢いよく爆音をあげ踏み出したケールが狙うは、もちろんキャベ。
ケールは変身し、巨大化した全身の筋肉を揺らしながら、物凄いスピードで突進してくる。
避けきれないと判断したキャベは、足を踏ん張り、防御の構えでやり過ごそうとした。
さっと何かが目の前に現れる。
それは...尻尾。
(...しっぽ?)
そうキャベが思った瞬間、それは吹っ飛び、建物に激突した。
かと思えば、また勢いよく飛び出して、ケールに向かっていく。
ケールとそれの拳がぶつかり、2人の動きは止まる。姿がよく見えた時、カリフラとキャベは驚いた。
あの道で出会った踊り子だった。
衣装は先ほど吹っ飛ばされた衝撃でボロボロ、胸ははだけ、ボトムも破れている。
驚いたことにその踊り子は女性ではなく、男性だった。
黒い髪に、白地に目立つ黒い横縞の尻尾。
そこそこ厚い胸筋、細いながらも、引き締まった腕。鍛えられた身体が、ボロボロの布の間から垣間見える。
ケールの素早い拳が何度も何度も、踊り子の胸や腹、頭に当たる。
あんなに殴られたら普通は気絶してしまうだろう。
それでも何度も立ち上がり、ケールに向かっていった。
しかし不思議な事に、踊り子は1度、ケールに拳にぶつけただけで、それ以降反撃しようとしない。
その動きは、どこかケールの動きを伺っているようにも見えた。
カリフラとキャベはあの踊り子を助けたいと思ったが、2人の動きがかなり速いので、どのタイミングで助けに入るか様子を伺っていた。
踊り子はとうとうケールの拳を見切ると、脇に入り込み、後ろに回って背中に張り付く。
「このムシケラがあっ!!!!」
騒ぎ、暴れるケールをがっちりとホールドすると、踊り子はキャベとカリフラへ叫んだ。
「早く逃げるんだ!怪我するぞ!」
叫んだ顔からは布が取り払われ、女性のような端整な顔がこちらを向く。
その表情は苦悶で歪んでいる。
どうやら、踊り子はキャベとカリフラを守ろうとしたらしい。
だがキャベとカリフラにそんな心配は無用。動きが止まったケールの前へ2人は飛んでいくと、驚く踊り子を他所に話しかけ始めた。
「ケール!おめーキャベとアタシが仲良くしてたから妬いたんだろ!?
だから言ってんだろ!こんな男には引っかからないぜ!」
「こんなって言わないでくださいよ...ともかく、よく分かりませんけど、誤解ですって!
ボクとカリフラさんはアイスを買ってただけですし」
必死に説明するキャベをケールは睨みつけると、ぼそっと一言。
「手...繋いでいた...」
「それは!カリフラさんが通行人にぶつかりそうになったから、手を引っ張っただけです!」
ごちゃごちゃと言い訳するキャベに、踊り子は不思議そうな顔をしていた。
そんな事をしていると、急にホールドしていたケールがまた暴れだす。
「あっ!暴れないで!...そこの2人!この子の知り合いなら、身体を抑えてくれ!オレがなんとかする!」
「何とかするって...」
ケールを何とかできる人間なんて、カリフラ以外に居ないことはキャベには分かっていた。カリフラでもケールを落ち着かせるのに時間がかかる。
カリフラは、きっとあいつに考えがあるんだ。
と言って、踊り子に言われた通り、ケールの身体を押さえつけた。
踊り子はケールに張り付いたまま、両手を大きく開くと、ケールの頭を手で包み込むように触れる。
「があっ...!...うう...」
ケールの目が大きく見開かれたと思うと、ゆっくり目を閉じる。
同時に身体も縮んでいく。
押さえつけていたケールから、2人は体を離す。踊り子はケールの背中に腕をまわし、抱寄せた。
「眠ったんだね...ねえ...ごめん、受け取って...オレも...疲れた...」
そう言ってケールをキャベへ差し出すと、踊り子は力無く、地面に落下していった。それをカリフラが空中でキャッチする。
「一体何が起きたんだ...?なんだコイツ...」
人が戻ってくる前に、そそくさとその場を去ったキャベ達は、その日予約していた海のそばのホテルへ駆け込んだ。
キャベとカリフラは、踊り子とケールをベッドへそっと寝かせると、ベッドそばのソファへ座り込んだ。
「疲れた〜まさかあそこでケールがキレるとはな〜!」
「ほんとですね、疲れましたよ...この人のお陰で、ボク達は怪我せずに済みましたけど」
「ボクは、だろーが」
「キツイな、カリフラさんは...」
そう言って、キャベはソファから起き上がると、自分のキャリーケースから、救急キットを探し始めた。
そんなキャベを横目に、カリフラは踊り子に視線をやる。
誰でも見惚れてしまいそうな、白い肌。細くも鍛えられた身体は、女性のような美しい曲線も持ち合わせていた。その顔は女性にも見え、中性的で、端整な顔立ちをしている。
綺麗だな...なんて思っていたら、ケールがムクリと起き上がった。
「...ここは...?」
そういうと周りを見回し始めた。
「ケール、起きたか。ここは宿だよ。ほら、一緒にここに泊まりたいって言って決めたホテル」
なるほど、というような表情で、ケールは隣に眠る踊り子を見る。
「もしかして、この人さっきのひと...?」
暴走時の記憶はあるらしい。
キャベが、あった、と声をあげると、ベッドに寝かされている踊り子へ駆け寄り、キットから出した綿に消毒液をかけ、それを踊り子の切り傷へそっと当て始める。
それを見ていたケールは少し考え込むと、「わたしがやる」と言ってベッドから降り、キャベに駆け寄った。
「へえ...ケール珍しいじゃん。他人の心配するなんてな」
カリフラが言うと、ケールの眉間に皺が寄る。
「だってカリフラの姐さん...あたし...この人を傷つけたんだろ?なら...わたしが手当てしないと...」
そう言うと、キャベからガーゼと包帯を受け取り、踊り子の腕へ巻き始める。
脚、腹部、腕、顔、至る所に切り傷と青あざができていた。
肌が白いだけに、傷が目立つ。
痛々しい姿を見たケールは、自分の行動を後悔した。
拳を放った手が1番酷い。黒く腫れ、割れた皮膚に消毒液を含ませた綿を当てる。
「わっ!」と声をあげて、踊り子は痛みで飛び起きる。寝ぼけ眼の踊り子から見えるのは、キャベとカリフラの姿。
さらに自分の傍らにいるケールの姿に気がつき、また小さく悲鳴をあげると、触れていたケールの手を払い除け、そのまま後ずさりして枕を尻で踏んだところで、どん、という音を立てて壁に背中をついた。
「おおおおオレを!どうするつもりだ!?」
急に怯え始めた踊り子に、キャベがすかさず声をかける。
「落ち着いてください。何もしませんよ。傷ついたあなたをここへ運んできただけです」
「オレ...何か...した?」
「そこのケールさんが暴れてしまいまして、 ボクはあなたに助けて貰ったんですよ。」
「そうだ...そういえば...」
ゆっくりキャベ、カリフラ、ケールを順番に見ると、下を向いて3秒ほど考え込み、また喋り始める。
「そうだったね...ごめん、手当...してくれたんだ。ありがとう」
自分の身体の包帯を見ると、視線をキャベ達にうつし、小さくお辞儀をした。
落ち着きを取り戻した踊り子に向かって、キャベが喋り出そうとしたとき、「あ!」と何かを思い出したように、踊り子は声をあげた。
ケールの方を向くなり、四つん這いで近づくと、目の前で両手をパンと合わせて、申し訳なさそうな顔をした。
「君!大丈夫?ケガない?オレ、必死で...
女の子に手をあげちゃって、本当にごめん!」
ケールは驚き呆然とした。
すかさずカリフラが間に入る。
「おい、てめーケールがびっくりしてんじゃんかよ!ちけえんだよ!距離がよ!」
と軽く怒った後に、カリフラはケールは無傷である事を伝えた。
すると、踊り子はごめん、と申し訳なさそうに鼻っ面をかく。
キャベはなるほど、と思った。
何故ケールに攻撃しなかったのか、合点がいった。
ケールを傷つけないように彼は戦っていたのだ。
踊り子の人となりが見えたような気がした。
(この人はいい人だ)
「謝るのはこちらの方ですよ...良かったらあなたのお名前、伺ってもいいでしょうか?」
キャベは丁寧に謝罪をし、踊り子の名を聞いた。
「ネグロ」
そう言うと、ネグロは惑いながらキャベに手を差し出した。
ネグロはすぐ帰ると言い張ったが、キャベたちは譲らなかった。
酷い怪我を負わせてしまった人間を帰すのは、申し訳なかったからだ。
珍しくケールも鼻息を荒くして、介抱させてくれと頼んだ。
お詫びに、このオーシャンビューの部屋で2-3泊、養生してもらうことにした。
「もう包帯は大丈夫だって、ケールさん、ありがとう。オレ怪我の治り早い方だから」
「何を言うんですか!こんなに酷い怪我...わたしのせいで...」
「ケールさんの気持ちが嬉しいよ。こんなに他人に良くしてもらったの初めてだから。本当に十分だよ。ありがとう」
それでも包帯をネグロに巻こうと、ケールは必死になるが、それを手で何度も押しのけられてしまう。
意地になったケールが、勢いで包帯をネグロの顔に押し付けてしまい、息が出来なくなったネグロは吹き出してしまった。
そんな彼の姿がツボに入ってしまったのか、ケールは笑い始める。
ネグロもまた、ケールにつられて笑い始めた。
介抱しているうちに、少しずつ2人は打ち解けてきたようだ。
「人が苦手なケールさんが、他人と打ち解けるなんて珍しいんじゃないですか?」
「ほんとな、最初はあんなにビクビクしてたのに、ケールのやつ強気に出てやがる」
そう言うと、窓の外の海を眺めるカリフラの
の眉が、少しだけ下がったように見えた。
「カリフラさん、ちょっと寂しいんじゃないですか?」
「ばっ...バカ!寂しいわけあるかよばーか!」
そう言うとカリフラは少し寂しそうな顔をしていた。
朝食の豪華さに感動したネグロは、食事もそこそこに、デザートのゼリーの上に乗っかった飴細工のハイビスカスを、じっと眺めていた。
そんなネグロに、キャベは身の上話を始める。
第6宇宙のこと、悟空たちとのこと、力の大会のことを、ネグロに語ってみせた。
その話をキラキラした瞳で聞き入る。
初めは、感情を出すのも控えめなネグロだったが、段々と大きな声で笑ったり、瞳を潤ませたり、感情豊かな顔を覗かせ始めた。
そんなネグロの姿を、ケールは少年のようだ。と思った。
3日目の夜、砂浜でのバーベキュー。
ネグロはすっかりリラックスしたのか、キャベ達に負けないくらいの食欲を見せた。
聞くところによれば、ネグロは混血サイヤ人という事だった。
どんな種族との混血か、詳しくは秘密らしい。
自分たちもサイヤ人だと伝えると、ネグロは驚き、こんな珍しい事もあるんだなと、嬉しそうに笑った。
話疲れたキャベたちは、それぞれの部屋のベッドに横になった。
ケールはカリフラと一緒で、ネグロとキャベが同室だ。
横になったケールは瞳を閉じるも、どうも眠れない。
ふと目を開けると、窓から漏れる月の光が部屋に入り込み、風に揺れるレースカーテンの影を部屋にうつしていた。
ゆらゆらゆっくり揺れる影を眺めていると、黒い影が部屋を横切り、同時に風を切る音が聞こえてきた。
(今のは...?)
不思議に思ったケールは音を立てないように、ゆっくりとベッドから立ち上がる。
少し空いた窓に手を伸ばすと、そのまま観音開きに開いた。
ギイ...と窓が音を立てる。
カリフラに気付かれる、と彼女の方を見たが、大の字になって寝ているカリフラは、ピクリとも動かなかった。
裸足でベランダに出ると、寝巻きの白いガーゼのワンピースが潮風に揺れる。
そのまま浮き上がり、影の行方を探すように、当てもなく砂浜のへ飛んでみた。
海と砂浜の境目に近づくと、サンダルが見えてきた。
それは、ホテルで客用に出されているものだった。
それと、少し離れた位置に、同じくホテルの客用の寝巻きのシャツ。男性用だ。
飛ばされないように、石で重しがしてあった。
このシャツの主が誰なのか、ケールはわかるような気がした。
砂浜に足をつけ、海の方へ歩いていくと、バシャ、と暗い海から水音がした。
「ネグロさん...?」
水音がした方向へ声をかけるが返事はない。
もしネグロだったら...怪我が治っていないのに、海で泳げるのだろうか。
もし今のが彼だったら、脚が上手く動かず、溺れてしまったのでは。
そう思ったケールはワンピースを脱ぎ、下着姿で海に飛び込んだ。
ネグロの姿を泳いで探す。
先程の音がした方向へ泳ぎ続けた。
そのうちケールは泳ぐのをやめ、どこにいるんだろう、魚が跳ねた音だったんだろうかと考えながら、暗い海に浮かび、漂い始める。
「ネグロ...さん...」
名前をつぶやくと、突然背後から手が伸びてきた。
驚いたケールは、勢いよく後ろを振り向く。
そこには水で濡れ、いつもの跳ねた独特の髪が大人しくなったネグロの姿があった。
その姿が月に照らされて、まるで水面から顔を覗かせる、美しい人魚のように見えた。
「ケール...さん...何してるの?」
ケールの肩に触れるネグロの手が、じんわりとあたたかい。
「何って...ネグロさんを探しに来たんだよ...まだ怪我...してるし、わたし、溺れたんじゃないかと思って...」
「心配してくれたんだね...少し痛むけどね。だいぶ回復したから大丈夫だよ」
続けて、「こんなオレなんかに...良くしてくれて...」と呟くと、ケールは眉をひそめた。
「どうして...どうしてオレなんかって言うの...?
ネグロさんはもっと自信を持っていい人のはずなのに...」
自分で言った言葉が、自分に突き刺さる。
(自分でも「わたしなんか」と言っていた。
カリフラにもよく言われた。
そうやって他人を突き放そうとしていたのかもしれない。
わたしなんか、と言って諦めていたのかもしれない。
もっと...自信があったら、できることがあって、もっと好きな人と、仲を深めることができるのに...。)
カリフラの姿がふっと頭をよぎる。
そしてネグロを見る。
(この人も...自信が無いのかな...)
「ありがとうケールさん。オレあんまり優しくされると甘えちゃうよ...」
ふふっとネグロは控えめに笑う。
「ねえ、ケールさんオレ、こんなに楽しいのは、故郷を出てから初めてなんだ。
ちゃんと個人として尊重してもらえて、優しくしてもらえて...
ずっと、身体を売ったり、踊ったりする仕事しか、してこなかったから...」
「ネグロさん...そんな...事を...」
衝撃的な内容を聞かされたケールは、言葉を詰まらせる。それ以上、どんな言葉をかけたらいいか分からず俯いてしまう。
ネグロは「ごめん」と謝ってから、少し悲しそうな顔をすると、またニコッと笑って、少し泳ごうか、と提案してきた。
ケールは頷く事で返事をすると、ネグロは手を握ってもいいか?と聞いた。
またケールは言葉もなく頷くだけ。
ケールの両手を握ると、海の中へケールを誘う。
水中から水面を見上げると、月明かりが差し込み、まるで大きな鱗がゆらゆらと光っているようだった。
(綺麗だろ。海のこういうところが好きなんだ)
頭に響いてくる声に、ケールは驚いてネグロを見た。
(驚いた?オレ、テレパスなんだよ。こうやって、頭の中で話せるんだ)
そう言うと、ネグロは海の底へ身体を方向転換させると、さらに深い場所へケールを誘う。
身体から気を発して、明かりを作ると、美しい珊瑚礁がよく見えた。
どこまでも続くピンクや紫の珊瑚は、暗い海によく映える。
ゆっくりと珊瑚の上を泳ぐと、時折小さな魚が目の前を横切った。
(よく見てて、向こうから魚の群れがやって来るよ)
ネグロが指さした方向からは、美しい七色の魚の群れ。ネグロの光に照らされて、いっそう輝きを増す。
ケールは目を輝かせて魚たちを見ると、ネグロはケールの反応に嬉しそうに笑った。
魚の群れは、ケール達の身体の周りをぐるぐると円をかくように泳ぎ回り、また暗い海に消えていく。
どうだった?と聞くと、ケールは激しく頷いた。かなり興奮したらしい。
ネグロはまた、にこっと笑顔になると、暗い海の奥に視線を移動させる。
(こうしてるとさ...外の世界全部忘れられるんだ。
君も、もしかしたら何か忘れたい事を抱えてるんじゃないかと思ってさ...。
あの時、君から哀しみと怒りを感じたから...。)
感じる...とはどういう事だろうと、ケールは不思議に思った。
同時に何かを見透かされているようにも感じた。
ネグロの能力と、なにか関係があるのだろうか...。
(不思議に思うよね。上にあがったら説明するから、もうちょっと我慢して)
まだ息続くよね?とケールに確認すると、頷いて返事が返ってきたので、そのまま手を引き、海上に導く。
珊瑚礁に見送られながら、光の鱗を通り抜けると、2人は水面に顔を出した。
ケールは濡れて顔に張り付いた前髪を指で避けると、ネグロを真っ直ぐ見た。
「さっきの、どういうこと?」
ケールの不思議でしょうがない、という顔を見たネグロは、苦笑いをする。
キャベさん達には言わないで欲しいんだけどと、付け加えた上で話し始めた。
「オレはシマーという星の生まれなんだけど、そこではみんな、テレパス能力が使えるんだ。
能力の強さに個人差はあるけど、さっきみたいに頭の中で会話したり。
相手に幻覚を見せて、相手を落ち着かせたり、逆に怖がらせる事もできるんだよ。
さっき見せた魚の群れも、実は幻覚なんだ...
そしてもうひとつ...」
そして言い辛そうに視線をケールから逸らす。
「心を読むこともできる」
そして視線を、顔色を伺うようにケールにゆっくり戻す。
ケールは特に驚く様子もなく、真剣な眼差しでネグロを見ていた。
「さっき感じたって言ったのはそういう...事?わたしの心を読んだ...?」
今も?そう問いかけるケールに、ネグロは責められるような感覚を覚えた。
そう、今までもこういう反応をされたことがある。
心を読まれるのは気持ちのいいことでは無い。プライベートを覗かれるのだから。
打ち明けた事を少し後悔した。
「心を読むのはオンオフの切り替えができるんだ。今は...何もしてないよ」
まるで自分が悪いことをした時の言い訳をするように、ネグロは恐る恐る答える。
それを聞くと、考え込むようにケールは俯いた。
「そう...自分の気持ちなんて、わかってもらえないと思ってたから...」
吐露し始めるケールに、そんな事ない、とネグロは言いたかったが、彼女の話す様子を見て、言葉を飲み込んだ。
ケールは続ける。
「ネグロさん...わかる...?この...嫌な気持ち...黒くて、重くて冷たい気持ち...自分が...嫌...」
「カリフラさんが好きなんだね...伝わってくるよ」
ケールは頷くと、手を強く握り、苦しそうに言葉を出す。
「わたしだって...姐さんに...でも...上手くいかなくて...どうしたら...」
上手くまとまらないケールの言葉に、ネグロは聴き入る。
やがて、ケールの瞳から大粒の涙がこぼれ始めた。
「つたえたくても...できない...ごめん...こんなつもり...なかった...」
鼻声になるケールに、ネグロはそっと身体を寄せる。
「泣いてもいいんだよ」と声をかけると、ケールはぐちゃぐちゃに汚れた想いを洗い流すように、声をあげて泣き出した。
ケールの哀しい叫び声は、暗い海の波音に吸い込まれていく。
2人の姿も闇に溶けていった。
「これ以上、ご迷惑かけられないので。」
申し訳なさそうにネグロは頭をかく。
「まだ怪我...治ってないのに...」
ケールが言うと、キャベとカリフラも頷いた。
新しい仕事も探さないといけないし、と言うネグロ。
これ以上居たら、居心地が良くて自分が居着いてしまいそうだったから、早めに去る事を決めた。
ケールは行って欲しくない。そう思った。
だが、これを言ってもいいんだろうか。
今行かせたら、また彼は酷い仕事をする事になるかもしれない。
他にもある。
もっと話したいことが沢山ある。
彼がいる時間は楽しかった。もっと...一緒にいたい。
伝えていいんだろうか?
わたしなんかが。
でもここで言わなければきっと後悔する。
胸の前で組んでいた手を、ネグロの腕へ伸ばすと、腕をつかむ。
「わたしの心を...読んで」
キャベもカリフラも、普段のケールからは考えられない行動に、驚いた様子だった。
掴まれた本人も驚いていた。
少しの沈黙の後、睫毛を伏せると、ふっと口元から笑いが漏れる。
同時にネグロの瞳が潤みはじめた。
「そんなふうに思われたの...初めてだよ...凄く嬉しい...迷惑じゃないの...?本当に?」
ケールは黙って頷く。
キャベとカリフラはよく分からないという様子だったが、後できちんと説明を受け、2人ともケールの意向に同意した。
実は行く当てもなかったと打ち明けたネグロは、第6宇宙へキャベ達と共に行くことになった。
新たな居場所を探して。
おまけ
「ねえ、キャベさん、ケールさんも。オレの事は、呼び捨てでもいいよ?」
「それだとボクが納得出来ないので、「くん」でもいいですか?」
「わ...わたしも...ネグロくん...がいい」
「じ...じゃあ、オレもキャベ...くんと、ケール...ちゃんで...」
「カリフラさんは呼び捨てですよね」
「あーん?アタシはくんって呼ぶガラじゃねーよ」
「じゃあ...カリフラ...ちゃん?」
「ハァーーーーーーーーッ!!!!!!!?????」
「ネグロくん、なかなか強いですね」(ニッコリ)
おわり