【FE3H】サンタ・クロースの憂鬱【フェリディミ】「手伝おうか」
王子の薄っぺらなえがおに、フェリクスはしたうちでもって答えた。嫌だ。そういう気持ちなのだった。
そもそも、こんなわけのわからない服に、顔も知らぬ者たちへ贈り物を配れと言われた時点で、嫌なのだった。その上、猪王子が加わるとなれば、悪夢も形無し。しかし、フェリクスの背負う贈り物が入った袋はおおきく二つあり、一人で配るのはとにかく骨が折れそうに思えた。逡巡し何も言わないフェリクスに、ディミトリは肯と受け取ったらしい。白い袋は受け取られ───否、奪い取られた。
フェリクスは今、赤い服で頭にはぶざまにも三角帽子をかぶっている。そして、手には──ひとつは奪い取られたけれども──白くて大きなプレゼントでいっぱいの袋ども。ようするに、サンタ・クロースの恰好をしているのだった。別に、唐突に気が狂っただとか、フェリクスの真の表情はあからがおのおじいさんだとか、そういうことではない。
ではなんだなんだと問われれば、フェリクスは頼まれたのだった。ただ事実として、フェリクスは今サンタ・クロースで、であるからには、夜空のしたでねむれるよいこたち、そしてアスク王国に召喚された英雄たちのためのプレゼントを配らねばならぬということだった。
*
何故俺が、こんなことを。何度目かにもなる自問自答を、フェリクスは頭を振って打ち消した。そもそもクリスマスってなんだ。星辰の節、俗に十二月だのと呼称するらしいが──、フェリクスにとっては二十五日以上に大切な日があった。
あった。昔の話だ。星辰の節の二十日。ディミトリ王子殿下の生誕日。フェリクスも毎年、必死で喜んでもらえそうな贈り物をみつくろい、めかしこんだディミトリに抱き付くのが常だった。
さまざまなものを贈った、剣帯だとか、ほんとうの幼いころはひろった石だとか──綺麗だと思ったのだ、断じていやがらせではない──それから、きれいな空色の石がついた羽ペンだとか…とにかくさまざまなものを。
今になってはもう何年贈っていないのだろうか。ダスカーの悲劇の直後は王城へ行けず、物も渡せず、やっと再会した十五歳の初陣のとき、ディミトリの獣の面を見て…、結局、四年近くなにもしていなかった。しかし、贈り物だけはずっとたまっている。彼を思って購入したものたち。渡せなくても、獣かもしれなくても、結局毎年買ってしまう。それを使えもしない。ディミトリの正気を諦めきれずに、後生大事にしまい込んでいる。
フェリクスは、前を歩くディミトリの、ぴんとした背をねめつけた。楽そうに持っている袋はそうとう重いはずだが、その手は重みにきしむことすらない。見た目も、その怪力だって、昔どおりだ。けれどその素顔には何がある?
アスク王国に来たって、何をしたって、フェリクスにその真贋が見えることはない。
*
多い。それから、多い。そこかしこにある部屋という部屋、場所という場所を駆けずり回り、それでもまだ残る贈り物の山々。迎える者はああ今年の被害者は君か…と妙な笑顔、フェリクスの我慢は限界に近くなっていた。
相方は相方で、真面目が過ぎる。フェリクスが弓で贈り物をいかけようとしたら止められた。それはさすがに贈り物というか、攻撃なのでは? ここぞとばかりに正論を吐くディミトリは、困ったように笑っていた。
名簿を見て品物を確認し、渡しに行く。ただこれだけの単純な作業なのだが、だからこそ面倒くさい。どうやら、フェリクスたち…つまりサンタ・クロースが贈り物を配り歩くという珍妙な行事は大体の英雄たちに知られているようで、受け渡しが滞りないことだけが救いだった。
しかし、物事には終わりがあるもの。大体半分程度配り終えたところで、ひとつめの袋がカラになる…。はずだった。
あれ? 何か重いな。
名簿を繰るディミトリは気づいていないようだが、ひとつめのふくろにまだ何か入っている。気になり、フェリクスはふくろを探った。何か堅いものが指先にあたる。手に取ってみれば、…これは。見た瞬間、フェリクスは背筋が凍る心地がした。
これはもしかして、今年、なんだかんだのうちに購入してしまった、”あれ”ではないか。フェリクスが諦めきれずに毎年購入してしまっている星辰の節、二十日、ディミトリの誕生日の贈り物。
意匠のぶこつな短剣で、著名な刀匠が打ったとのことだった。たしか、刀匠の遺作かなにかで同じ意匠の同じ形のものはない、と謳われつい買ってしまったのだった。
べつに、やれなければ自分で持っていてもいい。そう考えて買ったのだが、なぜかここにラッピングされ袋に入れられている。
いや、他の者へのクリスマス・プレゼントなのではないか。あわてて名簿を繰るが、どこにも短剣という文字はない。
そして、この短剣は世界で唯一である。…まちがいない。やはりこれは、フェリクスの購入した”あれ”だ。
…何故だ。フェリクスは、絶対に、入れていない。この袋だって、任されたもので、じゃあ何故だ。このなんでもありのアスク王国という空間でかんがえても仕方がないのかもしれないが…。
「…フェリクス? どうした」
「いや!」
フェリクスは思わず、さ、と後ろ手に隠してしまった。くそ。自分に自分で舌打ちする。今、渡してしまえばよかったのに何故隠してしまったのか。ディミトリはまゆをよせてじろじろ見はらかしている。
「なんでもない。なんでもない…」
フェリクスの弱弱しい声に、ディミトリはいぶかしさを思っているようで、眉をつよくしかめている。
「フェリクス」
強い語気にすこし驚く。まるで命令するようだった。しかし、思わず隠してしまったものはもう仕方がない。なんでもない、ともう一度告げ、見えぬように後ろ手でふくろに落とした。
ディミトリの眼前に手を広げてみせれば、彼はすこしの間呆けたように目を見開いた後、困ったように眉を下げた。
「…なんだ?なんでもないのか?」
「そうだと何度も言っているだろうが!」
…そうか。つぶやくディミトリの眼は、じっとフェリクスの手元を見つめている。誤魔化せているとは考えづらかった。いくら相手がとぼけた猪王子だとはいえ、そこまで耄碌しているわけはない。
それでも、フェリクスは言い出せなかった。フェリクスは彼のことなら、大体わかる、そう思っている。だからこそ、わかる。彼が一目あの短剣を見てしまえば、相当質の良いものであるとわかり…、そして、名簿の中に短剣を欲していた者などいたか? と眉を顰めるだろう。その違和感を放置しておく者ではないはずだ。
ふうん。ディミトリがすこし品なくつぶやいた。随分と不満そうだ。フェリクスの鼓動は彼に聞こえていやしないだろうか? 不安になる。
フェリクスが不安なときは、さびしいときは、いつだってすぐに気が付いて手を握ってくれた彼だから、この鼓動だってもしかしたら聞こえてしまうかもしれない。ありえない仮定をしてしまう。それだけ、その沈黙は長かった。
しかし、数秒後。
「まあ、いい。続けるか。」
ディミトリはくるりと背を向け廊下を歩いていく。
なんだそれは! 昔だったら、フェリクスが不満なのも不安なのも緊張しているのも、すべてすべて気づいてくれていたのに。フェリクスを、おいて行ったりなんてしなかったのに。…。………。
フェリクスは舌打ちをして、後に続いた。やはりあいつは獣だ。この短剣をやる価値もない。やらなくてよかった。頭の中ではその言葉だけがぐるぐると回っていた。
*
「これで最後かな」
沈黙でつつまれていた二人の間に、ぽんと投げかけられたのは、共同作業の終わりだった。
…長かった。フェリクスはため息をついて腰を下ろした。もう完全に日は落ちてしまっている。時間の浪費に過ぎない、と称したのはいつのことだったか。
「案外、終わるものだな。お疲れさま、フェリクス」
「ああ。まったく、長かった。はあ…」
「俺は楽しかったぞ。」
「そんなもの、お前だけだ。楽しかったというなら、お前にすべて任せてしまえばよかった。」
座るフェリクスを見つめるディミトリはいまだ立ったままだ。だからだろうか、見下ろされているような心地になってなんとはなしに不快である。逆光で表情が良く見えない。
「そうだな。そうかもしれない。…すべて任せてしまって、逃げたって、良かったんじゃないか?」
その声はやたらと静かで、抑揚のない調子だった。
「…何が言いたい?」
「…」
フェリクスはあわててディミトリの腕をひっつかんだ。
なんだ? こいつは、何を考えている? …表情が見えない。何もわからない。彼の腕をぐいと自分の側へ寄せようとするが、それもかなわない。
「べつに! 嫌なことを無理してやらないでも、いいんじゃないか、ただ、そういうふうに思っただけで…、サンタになるのだけじゃなくて、他のいろんなことでも。
誰かに任せて、逃げてしまえばいいさ。」
フェリクスが考えているうちに、ディミトリは本来の調子を取り戻したのか、首をかしげて笑う。その笑みは、まさしく王子然としたものだった。
いつもこうだ。フェリクスが彼の不在を不調を感じ取って何かしようと手をこまねいているうちに、はぐらかされてしまう。王子の笑みが邪魔をする。
フェリクスは、昔のフェリクスは、彼のことで分からないことなど何もなかった。こんな思いしたこともなかった。
くそ。じっと彼の顔を睨みつける。動かない。動じない。フェリクスが投げかけるもので、彼を壊すことなど、…できない。
ディミトリは困ったような笑みを崩すことなく、からになった白い袋を手に取った。
「じゃあ帰ろうか。腹もすいたし…」
フェリクスの側に落ちていた袋もひろう…。
…まて! フェリクスは唐突に思い出した。フェリクスが逃げられない理由の象徴。投げ出せない因果の果て。
それには、確か、あの短剣が入っているはずだ。
袋を奪い取ろうとするも、さすがにディミトリの方が早かった。
「あれ? まだ何か入っているぞ、これ」
あわれ、フェリクスの狼狽もむなしく、かの短剣はディミトリの掌のうちに落とされることになった。
ディミトリはしきりに首をかしげている。
「すべてのものに配ったと思うんだが…、なぜだろう。漏れがあったのかな」
「いや、……、全員ぶん配った。それは保証しよう」
「そうか、じゃあ余ったのかな…。」
ディミトリは短剣をながめすがめつ、手の内で遊んでいる。
あれ? 気づかれていないのか。その短剣は、わざわざフェリクスが購入し、何故だか袋の中に入っていた物。ディミトリへの誕生日の贈り物であること。
そこまで考えて、フェリクスは当たり前かと肩を落とした。よくよく思い起こせば、この状況で自分の誕生日の贈り物があると考える方がおかしいではないか。見ればわかってしまう、となぜか困惑していたが、杞憂だったか…、そう思い息をついたとき。
「ずいぶんと質のいい短剣のようだな。
…そうだ! フェリクス、これはお前がもらえばいいのではないか。」
………なんで?
フェリクスはそこで、なんだか話がまずい方向へむかっているように思った。へんに誤解されている気がする。
いい考えだろう、と笑うディミトリは、フェリクスの狼狽に気付いていない。
「やるうちに思っていたんだ、サンタクロースは誰からプレゼントをもらうのか…、誰もいないでは、寂しいじゃないか。
だから、たぶん、これはお前のものなんだ。きっと」
ちょっとまて、それは俺がお前のために買ったもので、お前が俺に差し出したら結局意味がないというか元の木阿弥というか、あまりにもみっともないではないか!
「…やる。」
逡巡の末、出た結論は差し出された短剣をまた差し出すということだった。…恥ずかしい。客観的に見れば、今のフェリクスはとんだ道化だ。姿格好も、その行動も。
ディミトリは固まったまま動かない。
「……」
なんだ。どうした。何か言え!フェリクスはだんだん腹立たしくなってきた。お前を思って買った物なのに、何故お前は受け取らないんだ。そんな理不尽な考えが頭をよぎる。
そんなフェリクスの思いとは裏腹に、ディミトリはひとつ頭を振ると、なぜだかさびしそうな顔をして、こう宣った。
「いや…フェリクス、俺はいいさ。それに、サンタクロースがいちばん苦労をしているのだろうに、もらえないのはおかしい。お前、何も貰っていないのだろう?」
フェリクスは、ディミトリのえがおと共に放たれることばを聞きながら、とにかく後悔していた。こんなことなら最初からふつうに渡していればよかったのだ。へんな迂回をして、自分のこころをごまかして、最終的に受け取ってもらえずあまつさえ自分のふところに入ろうとしている。
なんて無様。しかし、行動に起こしてしまった以上、はいそうですかと短剣を貰うわけにもいかない。だってもともと、これはフェリクスがディミトリのために買ったものなのだから。
「…ちッ、ちがう…」
「え?どうした、フェリクス」
「お前が受け取らねば意味がないと言っているッ!」
フェリクスは衝動のままにぐい、と短剣を押し付けた。
「…え、でも」
「こ、これは…、元からお前のものだ。
じっ、…………、自分の誕生日も忘れたのか? この猪頭…」
ほおが熱い。耳が燃えているようだ。きょときょと揺れるディミトリのひとみが、くるりと回ってフェリクスの顔に向く。
「…ああ!そうだったのか、これは俺への…」
ディミトリのほおがゆるんで、背後に花が咲く。まつげがしばたき、ゆるりと弧を描いて、眉が下がる。しろいはがちらりとのぞく。
…その笑顔が、昔とまったく同じなことに、フェリクスはようやく気が付いた。
ありがとう、フェリクス。うれしいよ。大事にするね。そう言って笑うディミトリのえがお、フェリクスの胸の内に踊る色あせない記憶。星辰の節二十日。ディミトリのこころからの表情が見られる日。
短剣をなでるディミトリのゆびのやさしさに、喜ばれているという歓喜がむねのうちで踊る。自分の短絡さに舌打ちした。うれしい。むかしから、フェリクスはディミトリのよろこぶ顔がだいすきだった。さらに言えば、自分がディミトリをよろこばせたときの、顔がいっとう好きだった。
その顔は、フェリクスのことをいっぱい考えていることの証明だから。…だから、毎年、必死で贈り物をさがして、贈っていた。その貌と、目のまえの貌が同じことに、歓喜が耐えられない。
もしかしたら。もしかしたら、ディミトリはまだいるのかもしれない。その笑顔はフェリクスにそう思わせるに十分なものだった。まだわからない。初陣の日に見た獣の顔は幻でもなんでもない。けれど、でも。短剣をかかえる彼の貌が、昔と同じなことも、また事実なのだ。
ありがとう、フェリクス、大事にするよ。
もう少し、諦めないでもいいかな。フェリクスはひさびさに、彼の貌を正面から見た。