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    十二の時だった。
    優しかった母が病に倒れ、そのまま呆気なく逝った。

    身内を失ったのはその時が初めてで、俺はあまりにも悲しくて、母上の遺体に縋って泣いた。
    そんな俺を父上が張り倒した。

    「男が泣くんじゃない!それでも神薙かんなぎの次男か!」

    打たれた頬はあまりにも痛く、俺は唇をかんで涙を堪えた。


    それからすぐだった。
    いつものように俺だけ特別に組まれた稽古をしていると、珍しくもそこに父上が顔を出し、そして告げた。

    「矢禅、明日より御輝と共に稽古をしなさい。御輝と同様、私が直々に教えてやろう」

    その言葉に俺は喜んだ。
    その頃の兄上は既に実践にも登用され、目覚しい成績を残していた。

    俺の憧れである兄上と共に、父上から直に稽古をつけてもらえる。

    十二というこの年で里長本人から教えられるなど、異例の早さだった。
    兄上でも確か十四からだったように思う。

    頑張った甲斐があったと思った。

    その頃には兄上の様にはいかないながらも、友と呼べる相手が二人ほど出来ていた。
    二人は俺と共に喜んでくれた。

    「頑張れよ、矢禅!」

    人懐っこい笑顔で俺の頭をクシャッとやって、友はじゃあまた明日といって家へと帰っていった。
    家に帰り、自分の部屋へと向かう最中に偶然兄上に出くわした俺は、少し緊張しながら頭を下げた。

    「兄上、明日から、よろしくお願いします!」

    (よくやった!さすがは俺の弟だ!気を抜かず、共に精進しようぞ!)

    そのような言葉を掛けてくれるものと思い込んでいた俺だったが、その時の兄上の態度は・・・違っていた。

    「あ・・・ああ・・・・・」

    ただ、それだけだった。


    不思議に思い面を上げると、兄上は少し蒼ざめ、俺から視線を外すようにしてそのままいってしまった。

    どうかしたのだろうか・・・。

    俺は首を傾げたが、単なる思い過ごしだろうと思い込んだ。



    「では、始める。今日は矢禅の実力を測ろうと思う」

    兄上と共に受ける稽古。
    最初は手裏剣術だった。
    まずは兄上が四方にちりばめられた的をねらい、手裏剣と苦無クナイを投げた。
    当然のごとく、兄上は全ての的に命中させた。
    そして、俺もまた、全てを命中させることが出来た。
    父上は満足そうにうなずいていた。

    忍術、剣術・・・順々にためされていく。

    兄上は完璧にそれをこなし、続いて俺も確実にこなしていく。
    父上のことだから、どれ程難しい課題をさせられるのかと思っていたが、どれもそう難しいものではなかった。

    「最後の課題だ。御輝、矢禅、ここに立て」

    父上が地面に一本の線を引く。
    そこに俺達二人が並んだ。

    「この先の森を抜け、川を渡り、その先の崖を下りた森の中の木の枝に額宛が結んである。それを取って来い。
     ただし、額宛は一つしか結んでおらぬ。どちらか一方のみが手にすることが出来る。互いに妨害しあってもかまわぬ。
     この課題は額宛をここに持ち帰るまでだ。最終的に、この線の上で額宛を手にしていたものの勝ちだ」

    俺は絶句した。
    それはつまり、兄上と争うということではないか。
    勝てるはずが無い。
    この兄上に。俺の憧れの相手に。

    そう言おうとした時、兄上がゆっくりとこちらへ顔を向けた。

    その目が・・・本気だった。

    忍たるもの、感情を表に出してはいけないと日々教えられては来たが・・・
    兄上はまさに忍の表情をしていた。
    親しいものを見る瞳ではなかった。
    血を分けた弟を見る瞳ではなかった。

    兄上は本気だ。

    弟だからといって手加減する気など無いのだと悟った。

    だから、俺も口をつぐんだ。
    兄上は認めてくれているのだ。
    俺の実力を。

    すうっと息を吸い込んで、真っ直ぐ前を見据えた。

    負けぬ・・・。

    兄上が本気で俺の相手をしてくれるというのならば、俺も勝つつもりで勝負を挑む。
    兄上・・・俺は、貴方を超える。

    「行け!」

    父上のその言葉と共に、俺達は高く跳躍して互いの距離をとった。
    森の木々の中に身を潜め、枝伝いに前へと進む。
    自らの気配を殺し、兄上の気配を探す。

    何処だ・・・。
    兄上は何処にいる。
    前を行っているのか、それとも後ろにいるのか・・・。

    突如真上に気配がして、俺は真横に飛び移った。

    カカカッ

    直後、先ほどまで俺の進路だった場所に苦無が突き刺さる。
    その隙を突いて兄上は俺より前に行ったようだった。
    先を行く兄上が仕掛けたらしい罠を避け、兄上を追いかけながら、策をめぐらせる。
    どうすれば追いつける・・・?
    このまま走っていて追いつけるのだろうか。
    兄上と俺、どちらの方が足が速いかなど、考えたことも無かった。
    だが、たとえ俺の足が兄上と同等であったとしても、兄上の罠を避けていては追いつくどころか引き離されてしまう。

    ならば・・・

    (続)
    琴水さやは Link Message Mute
    2020/09/22 17:11:20

    #オリジナル #創作 #オリキャラ #忍者 #ファンタジー

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