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    第一章「犯罪都市 ― The Outlows ―」序章:富士山噴火より2年半……玉置レナ (1)眼鏡っ娘 (1)護国軍鬼2号鬼・茨城県大洗町近辺関口 陽(ひなた) (1)関口 陽(ひなた) (2)眼鏡っ娘 (2)玉置レナ (2)眼鏡っ娘 (3)玉置レナ (3)眼鏡っ娘 (4)玉置レナ (4)眼鏡っ娘 (5)緋桜 (1)緋桜 (2)玉置レナ (5)高木 瀾(らん)護国軍鬼・零号鬼:日本敗戦まで 誓いを守り、正しき事を成さんとすれば、それを阻む者が現われるでしょう。
     その時は、敵が神々であろうと恐れず立ち向かいなさい。
     立ちはだかるのが倫理ダルマそのものであっても一歩も引いてはなりませぬ。
     それこそが「戦士の倫理クシャトリア・ダルマ」です。
     S・S・ラージャマウリ監督「バーフバリ 王の凱旋」より序章:富士山噴火より2年半……「既に、ここから持ち出されているらしいな。さもなくば、あの日の噴火で破壊されたか……」
     一団の中で最も年上の男は、携帯無線機経由で伝えられ続けた仲間達からの報告を一通り聞き終えると、台湾先住民の言語でそう言った。
     富士山の噴火で東京が……正確には日本の首都圏と静岡・長野・山梨の大半と中部地方の一部が……壊滅してから2年半。
     ここに居る一団は、ようやく、この場所に来る事が出来た。富士山が吹き上げ続けてきた火山灰と火山性ガスも、やっと沈静化し、かつて、「東京」と呼ばれたこの地に、外部の者が合法的に出入りが出来るようになったのは、この年の1月からだった。
     もっとも「合法的」と言っても、日本の三権の中央機関・最高機関と、その構成メンバーの大半は仲良く火山灰に埋まった為、「被災地域への立ち入りについて、今後は公的機関の許可は不要」と云う決定を下したのは、日本を暫定統治している国連機関と株式会社・日本再建機構だ。
     そして、今、これらの機関を「不当に日本を占領している者達」と見做し、旧日本政府と富士の噴火まで日本の事実上の支配者だったアメリカを支持する過激派が「正統日本政府」を名乗りテロ活動を行なっていた。
    「では、今、あれはどこに……?」
    「まだ……存在しているとするなら……ここの関係者の足取りを追うしか無いか……」
    「でも……どうやって……」
    「続けるなら、先は長くなりそうだな……」
     年老いた男は空を仰いぎ、溜息をついた。その男は知る由も無かったが、彼の視線の先に有る「青空」は、この「本物の東京」の地に、ひさしぶりに戻って来たものだった。
    「仕方ない……戻るぞ。今回は諦めるしか無い」
     リーダー格らしい男は携帯無線機に向かって、そう言った。
     そして、神社内を調査していたらしいその一団は、かつての地下鉄・九段下駅の方向に歩き去っていった。
     季節は春。
     しかし、有りし日において桜の名所とされたその場所に、桜の花は、ほとんど見当らなかった。
     長きに渡って、降り続けた火山灰と、火山性のガスによって生まれた酸性雨とによって、この近辺の植物の大半は枯死したのだ。
     そして……その神社の入口付近にある青銅製の大鳥居と大村益次郎の銅像も、この地に降り注いだ酸性雨により、無惨に腐食していた。
    玉置レナ (1)『区内で不測の事態が起きているようです。これから言う区域が家か通学路の人は、事態が沈静化するまで下校を控えて下さい』
     良く有る校内放送。週1回のペースで起きてる事を「不測の事態」と呼ぶのには違和感が有るが。
    『おい、何だ、今の不穏な放送は?』
     電話相手の高木瀾はそう言った。夏休みに知り合った「本土」の高校生。ちなみに、彼女が通ってるのはこっちSite01の連中でも名前ぐらいは聞いた事が有る福岡県の公立進学校の中でもトップ3に入る所。
    「あ……こっちでは、良く有る事」
    『なぁ……本当に、九州こっちの学校に転校する気無い?』
    「考えとくよ……」
     電話の向こうで、「おい、望月、ノートPC貸して」と云う瀾の声がする。
     どうやら部室に居るらしい。ちなみに、前に聞いた限りでは「電子工作部」と「プログラミング部」が共同で使ってる部室のようだ。
     なお、夏に、この「島」で起きた騷ぎに関わった「本土」の高校生3人は同じ学校の理数科に通っていて、瀾と今村君が電子工作部で、望月君がプログラミング部に入っている。
    『今……そっちの街頭監視カメラの映像を見てる』
     この「秋葉原」地区……なお、火山灰に埋もれてしまった「本当の東京」の「本当の秋葉原」ではなく、あくまで、いつの間にか公称と化した通称……の自警団が2つに増えて、競争が始まった事で、両方の自警団が住民の支持を得る為に、色んなサービスをやるようになった。街頭監視カメラを置いて、映像をWeb上で公開するようになったのも、その一環だ。……先に似たような事をやってた「有楽町」地区みたいに、夜中にカメラ目線の露出狂の変態の姿が全世界に配信されてしまう事が、たまに有るが。
    『何か……変だぞ……』
    「どうしたの?」
    『そっちの島の連中じゃない……何で、Site04の連中が、そっちで喧嘩をしてる?』
    「どう云う事?」
     十年前、富士山の噴火で、日本の首都圏と山梨・長野・静岡の大部分、そして中部地方の一部は壊滅した。生き残った人達は、被災地に残ったり、他の地域で新しい仕事や家を見付け……そうでない人達は、日本各地に作られた「人工の島」に住む事になった。
     あたし達が住んでいるのは、唐津と壱岐の間に有る正式名称「Neo Tokyo Site01」……通称「千代田区」。
     他には、広島沖にSite02……通称「渋谷・新宿区」が、仙台沖にSite03……通称「豊島区」が、壱岐と対馬の間にはSite04……通称「台東区」が有り、北陸にSite05が、長崎本土と五島列島の間にSite06が建設中だ。
     つまり、Site04は、「他の東京」の中で、この島に一番近い「東京」。フェリーで片道1時間強だ。
    『男も女もスキンヘッドで首にゴツい数珠を付けた連中と、背中に七福神の絵柄のスカジャンを着た連中が「秋葉原」でドツキ合いをやってる』
     多分、スキンヘッドの方は、Site04の自警団の1つ「寛永寺僧伽」。スカジャンの方は、同じくSite04の自警団の1つ「入谷七福神」。
     どっちも……メンバーの多くは「魔法使い」だ。
     で、問題が1つ。「秋葉原」の2つの自警団「サラマンダーズ」も「Armored Geeks」も「魔法使い」は大の苦手なのだ。
    『お……おい……どうなってる? あの時の「神保町」の女の子が抗争場所に居るぞ』
    「えっ?」
    眼鏡っ娘 (1)「勇気さん、早く来て下さいっ‼」
     あたしは、「自警団」のリーダーに連絡をする。
    『判った……すぐに高専学校を出る。他のメンバーは?』
    「現場に来れるのは……メンバーの半分以下です」
    『仕方ない。だが、何が何でも「サラマンダーズ」より先に現場に駆け付けろ』
     冷静と言うより、感情が感じられない声。
     今年の夏、あたしが所属する「神保町」の自警団「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」の先輩が、勇気さんに、ある目的で「精神支配」の魔法をかけた。
     しかし、その事で「先輩」が予想もしなかった副作用が起きた。それ以降、勇気さんは「感情」を失なってしまったのだ。
     その後、先輩は行方不明になり(先輩のせいで、とんでもない大惨事が起きた為、姿を隠したらしい)、あたしは「秋葉原」の新しい自警団「Armored Geeks」に「出向」する事になった。
    「姐さん、こっちです‼ うしろに乗って下さい」
     ウチのメンバーの1人である山内さんが、ガソリンエンジンタイプのバイクに乗ったまま、あたしにそう声をかけた。背中にはグレネードランチャー付の自動小銃を背負っている。ただし、弾はゴム製の暴動鎮圧用の非致死性弾と、催涙ガス弾……の筈。
    「状況は?」
    「それが……複数のグループの他所者よそものが『秋葉原』で喧嘩を始めやがって……」
    他所者よそものって?」
    「判ってる限りでは、台東区Site04の『寛永寺僧伽』と『入谷七福神』みたいです」
    「現場に向かってる人は、全員、お守りは持ってますか?」
    「はい」
     どっちも「魔法使い」系の「自警団」だ。持っていれば、大丈夫と言う訳じゃないけど、相手の「魔法」の効果を弱める「お守り」無しだと自殺行為だ。
     現場では「使い魔」や「気」が飛び交い、密教系・神道系・日蓮宗系・陰陽道系・民間信仰系と日本の様々な呪術の「呪文」が唱えられていた。
     「寛永寺僧伽」は天台密教系の術者が大半だけど、「入谷七福神」には複数の流派の術者が居る。
     ゴオ……っ。
     その時、「魔法使い」同士の戦いに、工事用のショベルカーが乱入した。側面には、あたし達の「商売敵」である「サラマンダーズ」のマークが有った。
    「あ……」
    「また、勇気さんに……怒られる……」
     その時、「入谷七福神」のメンバーの1人らしい、あたしより少し年上の女の子が突然、走り出した。
     大型ハンマーを手に持ったまま……普通の人間では、有り得ないぐらい速く……続いて、有り得ないぐらい高く飛び上がり……。
     そして、ショベルカーの操縦席のフロントガラスが砕かれた。
    護国軍鬼2号鬼・茨城県大洗町近辺 十年前、当時の日本の首都圏の大部分は壊滅した。だが、旧首都圏と同じ関東とは言っても、茨城ともなれば、富士の噴火の影響は間接的に……例えば経済的打撃など……しか受けていない。
     しかし、ここでも、日本の他の地域……いや、世界の他の地域と同じく、富士の噴火の前から、この手の事態は起きないには越した事は無いにせよ、交通事故程度には有りふれた事になっていた。
     もっとも、今、起きているのは交通事故に喩えれば、2桁の台数の玉突き衝突並の重大事故だと思う者も多いだろうが。
    『タケちゃん。地元警察も「対異能力犯罪警察レコンキスタ」や「対組織犯罪広域警察」の地元部隊も、今の所、動きはないみたいだ』
     後方支援要員サポート・メンバーから無線連絡が入る。
     残念ながら、国家機能がマトモになる日は遠いようだ。俺は六十・七十になっても「正義の味方」を続けるか……さもなくば、若い世代に「正義の味方」稼業を継いでもらうしか無いらしい。俺にとって、前者の選択肢は、これっぽっちも望ましくないが、後者の選択肢は更に望ましくない。
    「おい、作戦中はコードネームで呼べと何度言えば……」
    『五〇過ぎの実の従兄弟いとこを、中学生が考えたみたいな恥ずかしい芸名で呼ばなきゃいけないのか? いい加減、勘弁してくれ』
    「作戦中は個人情報を漏らすのも禁止だ。何十年、この仕事をやってる?」
    『悪い。この仕事は、あくまで副業だ。あと、そっちこそ何十年にも渡って、何度、同じ事をわせる? 個別ダイレクト通信の時まで堅苦しい話は無しにしてくれ』
     ふと、姪の顔が脳裏に浮かぶ。同じ稼業をやっていた、今、行方不明中の弟は、自分の娘を、この稼業の跡継ぎにしようとしていた。
     俺の姪が俺達のような真似をせずに済む世界、と云うささやかな夢は、残念ながら完全に潰えたようだ。
     前方には4m級の軍用パワーローダーと、約1時間前まで、それを乗せていた大型トラックが走っている。
     脚部の高速移動用車輪を逆回転させて後ろ向きに走っているパワーローダーの手には五〇口径の機関砲。対物ライフル級の威力の弾丸を毎秒二〇発は発射出来る物騒な代物だ。もちろん、今、俺を狙って火を吹いている。
     その弾丸を何とかかわしながら、四輪バギーATVで目標を追い続ける。「国防戦機」シリーズの軍用パワーローダーは、銃撃の際、操縦者の動きを一〇〇%トレースするのではなく、制御AIにより動きを補正する事で命中率を上げているが、その補正方法は何年も前に解析済みなので、こちらの四輪バギーATVも半自動操縦により、向こうのAIの「癖」の裏をかく方法で銃撃を何とか回避し続けている。
     しかも、幸か不幸か、あの機体の今の「持ち主」が「大事なのは国防戦機・特号機で、操縦者など消耗品」と考えるようなロクデナシだったせいで、向こうの操縦者は、まだ未熟で、それほど経験を積んでいないらしい。逆に裏が有るのでは?と勘繰りたくなるほど馬鹿正直に俺を狙って来るので、この四輪バギーATVの制御AIからすれば、更に回避し易くなっている。あの機関砲の威力と連射性能からすれば「道路そのものを破壊して俺の追跡を振り切る」などと云う手も可能だろうが、そう云う発想は浮かばないようだ。
     もっとも、昔、あれの「先祖」に当る代物を、制御AIのバグを利用して横転させる、と云う方法で二重の意味で「倒した」事は有るが、あれの開発者達も馬鹿では無く、富士の噴火の前に対策をされてしまっているので、もう、その時の方法は使えない。あるバージョン以降は、操縦者が、わざと転ぼうとしても、逆に転んでくれなくなっている。
     そして、こちらも機関銃を掃射しているが、相手にとっては豆鉄砲同然だ。あれの装甲をブチ抜けるだけの武器を関東こっちまで持って来ていた方が良かったのかも知れない。
     早い話が、お互い手詰まりだが、困った事に、この状態では、時間の経過そのものが先方の味方だ。
    『そろそろ港だ』
    「判った。プランBに切り替え。俺は『囮』を続ける」
     俺の追撃も虚しく、軍用パワーローダー「国防戦機・特号機」はフェリー型の輸送船に乗り込み、悠々と海上を移動し始めた……ように相手に思わせる芝居を打った……。もちろん、船に乗り込む前に撃破すると云う最善の策が失敗した事による次善の策に過ぎないが……。
    『よっし、ドローンで船に発信機を取り付けたぞ』
    「ご苦労さん」
     日本及び韓国・台湾・中国・ロシア・香港の主要な港の近辺が守備範囲の「同業者」は、今夜の内にも「国防戦機・特号機」が乗った船の追跡を始めるだろう。航路から上陸先がほぼ確定したなら、そこの警察にも、それとなく情報を流す手筈になっている。もちろん、どこまで対処出来るかは、今後の状況次第だが。
     旧政府が無くなった際に、「もう1つの自衛隊」こと「特務憲兵隊」のシンボルでもあった「国防戦機」が多数「裏」に流れた。外国の金持ちの兵器マニアが庭の飾りとして買った場合も有れば、犯罪組織が実用品として買った場合も有る。その中でも「特号機」と呼ばれる機体を手に入れたのは無法地帯と化した旧首都圏を支配する犯罪組織の1つだった。そして、今、その犯罪組織は、その「国防戦機・特号機」を旧首都圏から、どこかに持ち出そうとしていた。
     ……まさか、この時は、その「国防戦機・特号機」が……よりにもよって、俺の姪と戦う事になるなど、思ってもみなかった。
    関口 陽(ひなた) (1) 「歴史の目撃者」なんてのは、言葉だけならロマンチックに聞こえるが、その「目撃者」にとっては、多分、とんでもない大騒動に巻き込まれただけの話だ。
     早い話が、どうも、私は、望んでもいないのに、歴史の目撃者になろうとしているようだ。
     この「決闘」も、「Neo Tokyo」の「自警団」の勢力地図が大きく書き変わり、下手をしたら「自警団」の在り方や「自警団」の間の色々な「不文律」が変ろうとしている事の「余波」の1つかも知れない。
     もし、何十年か後に、「Neo Tokyo」の「自警団」の「歴史」を調べようとする物好きが居たら……この近くに有る街頭監視カメラの映像の中の1コマぐらいは、後世に伝わったりするんだろうか?
     もっとも、私のような下っ端には、何が起きてるのか詳しい事は知らされていない。
     ただ、噂では「本当の関東」で「何か」が起きた。どう云う訳か、その「何か」を知った「千代田区Site01」の「九段」の自警団「英霊顕彰会」……通称「靖国神社」が、「本当の関東」や4つの「Neo Tokyo」、そして「本土」各地に有る様々な「呪具」を集め出したらしい。なお、ここで言う「集める」ってのは「力づくで奪う場合も有る」って意味だ。
     更に、それが回り回って、この喧嘩になった。
     風が吹いたら桶屋が儲かり、「本当の関東」の騷ぎが、遠く離れた「紛物のNeo 東京Tokyo」に飛び火する。
     「本当の関東」で「靖国神社」にとって注目に値する「何か」が起き、それを知った「靖国神社」が、何故か、あっちこっちの神社・寺・呪術者から様々な「呪具」を集め……と言うより強奪し始め、その「被害者」の中に「台東区Site04」の「自警団」の1つ「入谷七福神」の幹部の1人の師匠が居て、面子を潰された私達(正確には私達の幹部)は報復に動き出し、ところが、先に「千代田区Site01」に「事務所」を作っていた「台東区Site04」のもう1つの「自警団」である「寛永寺僧伽」が私達のやってる事を「所場ショバ荒し」と勘違いし、そして、ここ「秋葉原」地区で、「入谷七福神」の中でも「千代田区Site01」に「出張」中の連中と、「寛永寺僧伽」の「有楽町」事務所の連中が「決闘」をする事になった。
     本土のお行儀がいい「御当地ヒーロー」達は話が違うみたいだけど、私達「Neo Tokyo」の「自警団」の行動原理は、基本的には「ヤクザ」だ。自分達の組織が他の組織や……甚しい場合には「素人」「堅気」に面子を潰されたら、今後の「組員」の生活に影響が出る。つまり、悪気は無くても他の「自警団」の面子を潰す事は、その「自警団」への宣戦布告を意味し、面子を潰された「自警団」が相手に有効な報復が出来なかったら、繁華街でチンドン屋の格好をして鐘や太鼓を鳴らしながら「自分達は『自警団』として無能です」と宣伝するに等しい。
     そして、私達の与り知らぬ所で、話はややこしくなっていた。
     数ヶ月前に「Neo Tokyo」のほぼ全ての「自警団」にとって「ここでは騷ぎを起こさない」が「不文律」になっている「千代田区Site01」の「有楽町」地区の「寛永寺僧伽」事務所を、そんな「不文律」を知らなかったらしい「本土」の「御当地ヒーロー」と思われる正体不明の連中が襲撃、更に同じ日の夜に「靖国神社」の所場ショバで、とんでもない騷ぎが起きた。どうも、「靖国神社」の連中が慌てて駆け付けた時には、「靖国神社」関係者二〇名近くの死体が転がっており、新品だと一台で私の年間収入を超えるような金額の遠隔操作型の人間サイズの戦闘用ロボット一〇台近くがゴミと化し、4m級の戦闘用パワーローダー2機が中破した上に操縦者は行方不明。そして、その日の夜の事件と思われる「パワードスーツを着た何者かと、『白い狼男』風の外見の変身能力者の戦い」「どうやら、パワードスーツの人物の仲間と思われる者達が、どこかに『売られ』ようとしていたらしい子供達を救出する」映像が複数の動画サイトにUPされた。
     ……その半月後、ここ「秋葉原」地区に「Armored Geeks」を名乗るパワードスーツを着た「何者か」をリーダーとする新しい「自警団」が誕生した。
     その新しい「自警団」のリーダーが着ているパワードスーツは……結構な値段の高級モデルでは有るが、あくまで民生用の機種で、動画サイトにUPされた映像に映っていたパワードスーツと製造元は同じだが、より新しい型式のモノだった。
     とは言え、パワードスーツを着た自警団のリーダー……その「絵面」から、十年前の富士の噴火で沢山の人命を救い、ここ「秋葉原」で「自警団」を率いていた今は亡き「英雄」を連想する者も少なくなかった。
     もちろん、動画サイトにUPされた映像に映っていた「パワードスーツの人物」と、新しい「自警団」を率いる「パワードスーツの人物」は背格好こそ似ていたが、同一人物である保証は無い。でも、いつしか「秋葉原」の多くの住民は、新しい「自警団」のリーダーを「子供達を人身売買組織から救った『新しい英雄』」と考えるようになっていた。
     だが、「入谷七福神」と「寛永寺僧伽」のゴタゴタの決着を付ける為の場所は、目出度く新なる「町の護り手」が出現した筈のここ「秋葉原」地区の一画になってしまった。
     本拠地である「台東区Site04」では大っぴらにやる訳にはいかない。両方の「エラいさん」としては、話がややこしくなった時に「末端が暴走しただけ」と云う言い訳が立つ方が良い。あくまで双方の下っ端が「本拠地」から遠く(と言ってもフェリーで1時間ほどだが)離れた場所でやる事になった。
     でも、この「千代田区Site01」の中でも「有楽町」地区は無理だ。4つの「Neo Tokyo」の計一六個の「地区」の内、「地元警察」が機能している数少ない地区は、どこの自警団にとっても貴重な「中立地帯」「非武装地帯」だ。「自警団」同士の「交渉」や「手打ち」に使われる場所は「安全」なままにしておく……それが「自警団」の「不文律」だ。
     一方、「靖国神社」の「所場ショバ」である「九段」地区は、私達がこれからやろうとしている事に大いに関係が有るからこそ、今、下手にそんな場所で「決闘」なんて出来ない。
     そして、残る2つの地区の内、「神保町」地区の自警団「薔薇十字魔導師会・神保町ロッジ」は、今回の件に今の所関係無さそうだからこそ……奴らの「所場ショバ」で騒ぎを起こせば話がややこしくなる。
     残る1つの地区……2つの弱小「自警団」が争っている「秋葉原」地区であれば……「サラマンダーズ」と「Armored Geeks」がイチャモンを付けてきても……力で黙らせるなら2つまとめても、どっちかの「2次団体」か……下手したら「3次団体」でも人数が多いか「武闘派」のチームを1つ投入すれば話は終り、金で黙らせるなら……連中にとっての「大金」は私達の組織にとっては「端金はしたがね」なので……これまた話は簡単に終るだろう。
     そして、「秋葉原」の「堅気」「素人」にとっては傍迷惑な「決闘」が始まった。
     恨むなら、情けない自分達の「自警団」を恨んでくれ。
     とは言え、4つの「Neo Tokyo」の中でも最大・最強で最も金も人材も豊富な「自警団」の「所場ショバ」で何者かが騒ぎを起し、その騒ぎの関係者……もしくは、その騒ぎの関係者を装った何者かが、隣の地区で新しい「自警団」を立ち上げる……。そんな事態は、今まで考えられなかった。
     日本各地に散らばる4つの「紛物の東京」の「治安」を巡る情勢が、今、大きく変わろうとしているのは確かだ。
     まさか……全ては……「本土」の「御当地ヒーロー」達が、「紛物の東京」も自分達の「所場ショバ」にしようとして、裏で糸を……いや、流石に考え過ぎかも知れない……。
    関口 陽(ひなた) (2) 私達は、「自警団」を名乗っている単なる「ヤクザ」かも知れないが、「組」同士の喧嘩だけは、ヤクザ映画よりもヤンキー映画に近い。
     高倉健とか云う大昔の役者の主演映画みたいに、ついに堪忍袋の緒を切らした相対的に善良な「自警団」の最後の生き残りが、「自警団」同士の「不文律」すら平気で無視する悪辣極まりない別の「自警団」の親分の家に夜更けに斬り込みに行ったりしないし(あと「自警団」同士の「不文律」ってのは、デカくてロクデモない所に有利になってるので、悪辣な所ほど「不文律」をちゃんと遵守して、相対的に良心的な所ほど「不文律」を破りまくる、と云う事情を知らない人には説明困難な事態が、私達の「業界」では一般的だ)、一九八〇年代の有名な実際のヤクザの抗争みたいに、暗殺部隊ヒットマンが相手の「組」の親分の愛人の家を突き止めて、拳銃を懐に隠し持って、何日も粘ったりはしない。
     ヤンキー映画の中のヤンキー同士の果たし合いよろしく、まるで、お互いで予め合意した場所・時間に、これまた、まるで、予め合意したかのように、双方、大体、同じ位の人数だけやって来て、正面から向き合い……。
    「おらぁッ、行くぞぉッ‼」
    「野郎どもぉッ‼ あのチンカスどもをぶっちめろッッッ‼」
     実は、それは当然で、いざこざの決着を「決闘」で付ける場合は、あくまで、いつの間にか「業界」の「慣習」と化している……起源となった「決闘」の当事者の片方の名を取って「石川方式」と云う呼び名の外交儀礼プロトコルに基き、あらかじめ、「決闘」の場所・日時・双方の人数・「決闘」の諸条件を決めた上で、どつき合いをやる事になっている。
     どんなロクでもない「自警団」でも、どんだけ相手の「自警団」より優位にある場合でも、どれほど話が抉れまくっていようと、この外交儀礼プロトコルを「自分が有利になるように利用する」事は有っても、「無視」したり「破」ったりする事は、ほぼ無い。
     もちろん、当事者の片方が、そんな外交儀礼プロトコルなど知りもしなければ従う義務も無い「単なる犯罪者や犯罪組織」「『本土』の『御当地ヒーロー』」の場合は、話は別だが。
     ついでに、「決闘」の際は、物陰や高い場所から銃なんかで狙撃したりもしない。それは、あくまで、本物の「犯罪者」対策だ。いや、「本土」の連中からすれば、私達も立派な「犯罪者を違法に取締ってリンチにかけてる風変わりな犯罪者」だろうが。「本土」の「御当地ヒーロー」の中には、最後は「犯罪者」を警察に引き渡す奴も居るらしいが、「Neo Tokyo」では一部の地区を除いて「マトモに機能してない警察」に「凶悪犯」を引き渡したりするような危険かつ無謀な真似をする訳にはいかない。
     そして、こう云う「決闘」は自分達の「実力」を宣伝する場でも有るので、あくまで正々堂々が基本だ。「決闘」の筈なのに、こっそり、物陰から相手のリーダーを卑怯な手段で仕留めてる所を動画サイトにUPされたりしたら、「堅気」の皆さんの信用を失ない、同業者からは馬鹿にされる羽目になる。
     と言っても、私達「入谷七福神」も相手の「寛永寺僧伽」も俗に言う「魔法使い」系の「自警団」なので、辺りには飛び道具が文字通り飛び交っている。
     「気」「護法童子」「式神」その他色々……若干の問題は、この手の「決闘」は宣伝も兼ねてるのに、その手のモノはカメラに写らないと云う事だ。多分、この「決闘」の様子が動画サイトにUPされても、見てる人達には何が起きてるか判んないだろう。
    「うげっ……」
     今、敵の「護法童子」にやられた先輩も、突然、倒れたようにしか見えず、続いて私がやった事も、その「護法童子」を霊力を込めた大型ハンマーで叩きのめしたのではなく、頭のおかしい女が、無茶苦茶に大型ハンマーを振り回してるようにしか見えないだろう……。
     ゴゴゴゴ……。
     その時、大きな音がした。燃料がガソリンか軽油かまでは判らないが、内燃機関式のキャラピラ走行の車両がこちらに近付いて来る音。
     この町の自警団の1つ「サラマンダーズ」のマークが入った土木工事用の重機。しかし、遠隔操作式じゃなくて、操縦席には人が居る。
     こりゃいい。ちょっと派手な場面が撮れる。
    「オン・バサラ・クシャ・アランジャ・ウン・ソワカ」
     私は「守護尊」である金剛蔵王権現の真言を唱える。もっとも「守護尊」とは言っても、実在しているかどうかは知らないし、実在していても、私の「力」や私が使っている「護法童子」が、畏れ多くも金剛蔵王権現様より御下賜いただいたものかは不明だ。
     私の流派で「守護尊」とは「専門」とする術の系統を示す「記号」に過ぎない。別に、大天使ウリエルと呼ぼうが、邪神クトゥグアと呼ぼうが、効果に違いはなく、単に、私の流派が修験道系だから「得意な術はどんな系統のものか」を一言で言い表すのに「金剛蔵王権現が守護尊」だとか「薬師如来が守護尊」「孔雀明王が守護尊」だとか言ってるだけだ。
     呪文を唱え終ると同時に、私は走り出す。
     重機のショベルが私を狙って振り降されるが……遅い……。
     私は飛び上がり、操縦席を覆うガラス窓に大型ハンマーを叩き付ける。
     ガラス窓は一発で割れる。とんだ安物だ。私が工事現場の人間なら、ちょっと恐くて使う気になれないだろう。
    「うわああああ……」
     驚いた操縦席の中年男は、ドアを開けて逃げ出していった。
     火事場の馬鹿力を一時的に引き出している今の私でも、下手したら追い付けないほどの中々のスピードだ。
     呪術者であれば、普通なら、こう云う場合は、操縦者を呪術で殺すなり意識を失なわせるなりするだろう。
     だが、そんな光景は「画」としては地味だ。私は「どうだ、見たか」とばかりに大型ハンマーを振り上げる。
    「ん?」
     その時、この場にバイクに乗った2人連れが居る事に気付いた。明らかに、「入谷七福神」「寛永寺僧伽」のどちらの関係者でもない者が2人。
     前の座席には、プロテクター付のライダースーツの男。後の座席には……ヘルメットもしていない、ストリートファッション風の臍出しルックに青いデニム地のコートに眼鏡の……私より少し齢下らしい女の子。
     待て……運転席の男は……単に何かの「護符」を持ってるだけのようだが……女の子の方は……。
     本人からは、そこそこ程度の……しかし明らかに一般人よりは上の「力」を感じる。そして、コートは……本人の「一般人では有り得ないが、同時に、あくまでも、そこそこ程度」の力とは不釣り合いな、かなり強力な防護魔法がかけられているようだ。もう1つ。何か強力な「力」を持つ「武器」……と言っても、何かの「術」を使う為の道具だと思うが……の気配も感じる。
     何者だ? こいつは……私達と同じ……「呪術者」「魔法使い」だ。
     ところが、次の瞬間……その眼鏡の「魔女っ子」の顔に驚いたような表情が浮かんだ。
     その視線の先には……。
     また別の女の子が1人。
     明る目の色の作業着。
     染めてるのか地毛なのか判断が付かないライトブラウンの髪。
     こっちは何の力も感じない。最近は一般人でも入手出来るようになった「呪術」や「悪霊」から身を護る為の「護符」すら持ってないようだ。
    「おいおい、危ねぇ真似やってんじゃないよ……」
     それも二重の意味で。
     1つは、一般人が呪術者が集団で「決闘」をしてる場所に、その手の「護符」すら持たずにノコノコやって来た為。
     もう1つは……そいつは、自転車に乗ったまま、携帯電話Nフォンで誰かと話をしつつ、こっちに近付いて来ていたのだ。
    眼鏡っ娘 (2)「もう、埒が明きません。やっちまいます」
     そう言って、山内さんは、背中のグレネードランチャー付きの自動小銃を取った。
    「姐さん、ガスマスクをして下さい」
    「あ……あの……後でややこしい事になりません?」
    「でも、道理スジはこっちに有ります。『秋葉原』で喧嘩をするならするで、『秋葉原』の『自警団』に話を付けない、ってのは有り得ねぇっすよ」
     確かに山内さんの言う通りかも知れない……だけど。
    「そのグレネードランチャーに入ってるの、本当にガス弾ですよね?」
    「ええ、主成分はカプサイシンです」
     その時、あたしは、とんでもないモノを見付けた。
    「や……山内さん‼ 駄目ッ‼ ストップ‼ マズいですッ‼」
    「えっ?」
    「一般人があそこに〜‼」
     何で、レナさんが、ここに居るの〜ッ⁉
    「どっちみち、こんな所に来る『一般人』なんて、そいつが悪いに……」
     だ……だけど……あの人は……確かに「自警団」でも「犯罪組織の関係者」も「御当地ヒーロー」でも「警察関係者」でも無い、って意味では「一般人」だけど、同時に、あたし達「魔法使い」にとっても「原理不明のチート能力を持ってる謎の人」。
     「原理不明」と言うのは……つまり、山内さんにどう説明すればいいか判らない、って事。
    「もう、撃ちますよ」
    「山内さぁ〜ん、駄目ですッ‼」
    「今度は、何が駄目なんですかッ⁉」
    「催涙ガス弾は水平に撃つモノじゃありませんッ‼ 誰かに当たったら、その人は死にますッ‼」
    「えっ……?……マジっすか?」
     あっ……駄目。催涙ガス弾の進路には……大型ハンマーを持った女の子が……。
     催涙ガス弾は、既に発射されていた。それも、悪名高き「水平撃ち」で。
    玉置レナ (2)「そろそろ現場」
    『言うんじゃなかった』
     私は瀾に電話しながら現場に自転車で向かっていた。
     何故か、他の島の「自警団」がこの近くで喧嘩を始めやがった。しかも、これまた何故か、その喧嘩の場に、まんざら知らない仲じゃない女の子が居たのだ。
    「何言ってんの? あんたが、今のあたしの立場だったら、あのを助けに行ったでしょ」
     電話の向こうからは「痛いとこ突きやがって」と云う感じの舌打ちが聞こえた。
     知り合って2〜3ヶ月。直に会ったのは、片手で数えられるほど。
     しかし、1つ言える事が有る。瀾は言うなれば「ナチュラル・ボーン・ヒーロー」……「困った人が居たら、自分を犠牲にしてでも助ける」が第2の本能になっているようなヤツだ。
    『判った。顔は隠してるよな?』
    「……」
    『あと……身元がバレそうな格好はしてないよな?』
    「…………」
    『何故、返事しない?』
    「マズいかな?」
    『当り前だ。まさか、学校の制服じゃないよな』
    「え……っと……流石に……それは……あ……あ……」
    『ちょっと待て、何かを胡麻化したがってるような口調に思えるんだが……?』
    高専学校の制服は着てない……。ただ、校章と高専学校のロゴが入った作業着を着てるだけで」
     より正確に言えば、ウチの「秋葉原高専」には、瀾がイメージしてるであろう「制服」は無くて私服登校が基本。ただ、作業着を着用しないといけない実習が有る日には、高専学校のロゴ入りの作業着で登下校する生徒が大半だ。
     もっとも、作業着の色・材質・デザインは複数有って、工業化学科は白衣代りに白を使う生徒が多く、土木や建築は暗め・地味めの色の人が多いなど、学科・用途・各人の好みに合ったのを選んで着ているが。
    『すぐ、家に帰れ』
    「ごめん、もう現場……」
     そこで喧嘩をやってた面々は……あたしに気付くと……次々と馬鹿を見る目で、あたしを見た。
    「おいッ‼ 姉ちゃんッ‼ 危ないから帰れッ‼」
     スカジャン姿のグループで、一番年上らしい中年男が、大声でそう叫んだ。
     目的の眼鏡っ娘は、知らない男とバイクに2人乗り。あれ? 何で、ガスマスクを付けようとしてるんだ?
     その時、あの眼鏡っ娘の連れらしい男が銃を構えて……あたしと同じか、少し年上の女の子を狙い……。
     前にも有った、こんな事……よし……あれしか……。
    眼鏡っ娘 (3)「えええええ?」
     爆発が起きた。
     爆発と言っても炎は無い。でも熱は感じる。「熱い」と感じるけど、何かが燃え出すほどじゃない熱。
     その爆発で、ハンマーを持った女の子は工事用のショベルカーに叩き付けられた。
    「姐さんっ‼」
     あたしと山内さんは、爆風で、バイクから跳ね落される。
     ガスマスクのお蔭で、あたしと山内さんはガスの影響は免れてる。
     しかし、どうやら、この謎の「炎が無い爆発」のせいで、ガス弾は粉砕され、催涙ガスは、普通より速く、そして、広く薄く拡散されてしまったらしい。
     あたりの人達は、涙と鼻水と涎を垂らしているが……症状は思ったより軽そうだ。
     少なくとも、ここに居る「魔法使い」達は、「魔法」を使う為の精神集中は無理だろう。
     やがて、あたし達「Armored Geeks」のロゴが入ったバンが、やって来た。
    「どうしたんだ?」
     バンから出て来たのは強化服「水城みずき」を着装した「Armored Geeks」のリーダーの勇気さん。
    「あ……あの……レ……レナさんは……?」
    「レナ? レナがどうした? どこに居る?」
    「えっ?」
    「しかし、どうすりゃいいんだ、このグダグダの状況……」
     辺りには涙と鼻水と涎を出しながら、咳き込んでいる「寛永寺僧伽」と「入谷七福神」の人達。
     そして、勇気さんは「寛永寺僧伽」のメンバーの中でも、大柄な男の人に近付いていく。
     あたしも勇気さんに付いて行ったけど……あ……この人、確か……。
    「おい、おっさん……元気だったか?」
    「だ……誰?……あ……そのメスガキは、あん時の神保町の……じゃあ、お前は……」
    「ああ、あの時の石川智志さとしの息子だ」
    「何て真似しやがる……」
    「それは、こっちのセリフだ。他人の『町』で、何、勝手に喧嘩してんだよ?」
    「うるせぇ。他の町の『自警団』に舐められるのが嫌なら手前てめぇらの町の『自警団』を少しはマシに」
     ゴッ‼
     勇気さんの靴の爪先が、「寛永寺僧伽」の……多分リーダーの腹に叩き込まれた。
    「少しはマシになったか、おっさん?」
    「あ…あの……勇気さん……それ……やり過ぎじゃ」
    「何だって?」
    「い……いえ……何でもありません」
    「ああ、お前、本当にいい子だな」
     そう言いながら、あたしの頭を撫でる勇気さんの声は……いつもの通り、芝居がかっていた。そう……感情を無くしてしまった人が……感情が有るフリをしているのだから……。
     その時……。
    「あ……危ないっ‼」
    玉置レナ (3)『おいっ‼ 大丈夫かっ⁉ 何が起きたっ⁉』
     瀾は電話の向こうで、かなり焦っている。
    「大丈夫……」
    『答えられた、って事は、耳も大丈夫って事か……』
    「……う……うん」
    『で、さっきの爆音は何だ?』
    「あれ? 最近の携帯電話Nフォンって、ノイズ除去機能が結構進歩してなかったっけ?」
    『……』
    「え……っと……」
    『……あんなデカい音をノイズと呼ぶようなヤツは、「ノイズ」と云う概念が生まれて以来、あんたが初めてだろうな』
    「あははは……」
    『あんたの仕業か……? 何をやった?』
    「えっと……女の子に銃を向けてる馬鹿が居たんで……夏に使った、あの手で銃弾を防ごうとして……」
    『あの手って?』
    「空気を熱膨張させるアレ」
     そう……私は、子供の頃、「富士山の女神」の名乗る「何か」に取り憑かれ、それ以来、熱や炎を操れるようになった。
     でも、どうも、これは「魔法」に似ているけど根本的に異なる力……そして、普通の「魔法使い」が一生修行しても身に付けるのが無理なほどの強力な力らしい。
     そもそも「普通の『魔法使い』」って何だ? って気もするけど、あたしは、頼んでもいないのに、「神」を名乗る存在から「魔法使いから見ても異常」な存在にされてしまったらしい。大体、何で、先祖代々カトリックのあたしに、自称「日本の神様」が取り憑くんだ?
    『それは……わたくし達が依代を選ぶ規準の中に「信仰心」が入ってないからかと……。そもそも、人間との付き合いは、何千年にも及びますが……わたくしにとっても、まだ、貴方達は謎だからけの興味深い種族です。その中でも最大の謎の1つが「信仰心」と云う概念でして……』
     ごめん、お姫様。話は後で、ゆっくり聞くから、今は黙ってて。
    『わかりました。あぁ……どうも、お取り込み中だった御様子ですね……』
     いきなり出て来た、あたしに取り憑いてる「神様」は、あっさり引っ込んでくれた。
    『にしても、音がデカかったけど……。あと、それで銃弾は防げたのか?』
    「普通の銃弾じゃなくて。ガス弾か何かだったみたい……」
    『やな予感がする……。何が起きた?』
    「ガス弾が女の子に当たる前に爆発した」
    『待て、そのどこかの馬鹿はガス弾をしたのか?』
    「水平撃ちって?」
    『旧政府時代の民主化デモの映像を観た事は有るか?』
    「それとこれと何の関係が有るの?」
    『暴徒鎮圧用のガス弾は普通は斜め上に向けて撃つ。でも……軍事独裁国家で民主化デモなんかが起きた場合、取り締まる警官隊や軍隊がガス弾を水平に撃つ場合が有る』
    「何の為に?」
    『そりゃ……にだよ』
    「ええええっっっっ⁉」
    『そいつが単なる馬鹿なら、ブチ殺した方がいい。わざとやったなら……ブチ殺した上で、見せしめに、死体を電信柱に吊るした方がいい』
    「それが……そいつ……例の神保町の女の子の知り合いみたい……」
    『どうなってんだ? で、あんたの今の状況は?』
    「逃げてる最中」
    『へっ?』
    「あたしのせいで、催涙ガスが、辺りに拡散したみたい」
     電話の向こうから聞こえてきたのは溜息だった。
    『あのさぁ、もし、街頭監視カメラにあんたが逃げる所が映ってたら、馬鹿でも、その爆発とあんたの関係……あれ? 無線LANは正常なのに……変だ……おい、あんた、行く先々で、街頭監視カメラをブッ壊してるのか?』
    「大丈夫、そこはぬかり無くやってる」
     私は、熱を発生させる能力を使って、また1つ見付けた、街頭監視カメラをから熱して、ブッ壊した。
    眼鏡っ娘 (4)「えっと……マズいかな、これ?」
     あたし達の側には「入谷七福神」の女の子が腹を押えてうずくまっていた。
     その女の子は……大型ハンマーで勇気さんを殴ろうとしたんだけど……直前にあたしが気付いたお蔭で、カウンターで、お腹に一発パンチを喰らってしまった。
     ただし、問題が若干……。
    「さ……流石に『自警団』のリーダーが、他の『自警団』のメンバーとは言え……大して防御力が無さそうな服しか着てない女の子をパワードスーツ着た状態で殴るって言うのは……」
    「でも……俺、悪くないよな?」
    「えっと……」
    「先に殴ってきたのは、こいつだよな?」
    「はいっ‼」
    「問題が有ったとしても、お前が下手に声をかけたせいだよな?」
    「はいっ‼」
    「よし……じゃあ、問題なし、と」
    「でも……今の光景がネット中継されてたかも……」
    「ああっ?」
     この手の「自警団」同士の「決闘」は、双方の「自警団」の宣伝も兼ねてるので、大概はネット中継されている。
     もし、この「画」としては色々と問題が有る様子が全世界に中継されてたなら……。
    「大丈夫です。もう、この様子を『中継』してた連中からはカメラを取り上げてますんで」
     勇気さんと一緒にやって来たウチのメンバーの1人の村山さんがそう言った。
    「あ……でも……ウチが設置した街頭監視カメラが……」
     勇気さんは舌打ちをした。
    「今の様子が映ってないかチェックしろ」
    「そ……それが……カメラが壊れてます……次々と」
    「『次々と』?『次々と』って何だ?」
     同じくウチのメンバーの1人である牧田さんがタブレットPCを持って来る。
    「赤で表示されてる場所の街頭監視カメラが、突然、故障したんです……ついさっきから……」
    「おい……これ……何かおかしいぞ……。どうなってんだ?」
    「『寛永寺僧伽』か『入谷七福神』の誰かの仕業でしょうか?」
    「多分、違う……。手の空いてるヤツを……俺んの近くに張り込ませろ」
    「えっ?」
    「犯人が誰か推測が付いた……。もし、外れてたとしても……俺んの近所のヤツが犯人って事だけは確かだ」
     タブレットPCに表示されている「壊れた街頭監視カメラ」を現わす赤い点が有るのは……どう見ても、ここから勇気さんの自宅までの道筋だ。
     ……まさか……レナさん……何やってるんですか?
    玉置レナ (4)「ごめん……。面倒な事になったんで、ほとぼりが冷めるまで、泊めてもらえる?」
    『えっ?』
    「あの馬鹿に、さっきの爆発の原因が、あたしだってバレたみたい」
    『まだ、あいつの家の近所に住んでたのか?』
    「う……うん……」
     あたしんの近くを「Armored Geeks」のロゴが入ったツナギを着てる連中がうろついてた。
     良く良く考えたら、確かにバレても仕方ない。
     「Armored Geeks」のリーダーである勇気が、まだ、マトモだった頃に、あいつの目の前で「触れずに監視カメラを壊す」って真似をやった上に……あたしが壊し続けた監視カメラは……当然ながら、あの場所と、あたしんを繋ぐ道の上に有る。遅かれ早かれ、勇気に気付かれる。
    『あんたを倒せる「魔法使い」も「御当地ヒーロー」も、そうそうは居ないだろう。だが……同時に、あんたを簡単に殺せる奴も居る』
    「えっ?」
    『あんた1人を殺す為なら、何万人・何十万人を巻き添えにしようと、知った事か……そんな風に考える事が出来る奴なら、あんたを殺す事も不可能じゃない。私の母さんも、そうやって殺された。私の母さんは……あんたや光や私の妹に似た力を持っていたけど……3年ぐらい前に北九州の八幡で起きたショッピングモールの爆破事件を知ってるか? あれは……ある犯罪組織の大物が……ショピングモールごと私の母さんを爆殺する為にやらかした事だ。とんでもない数の自分の部下や無関係な人間を巻き添えにしてな……』
    「あははは……ご……ごめん……そこまで酷いと……」
    『笑うしか無いのは判るが……笑い事じゃない。あの馬鹿は夏にかけられた「精神支配」の魔法を解かれてないんだろ?』
    「う……うん。どうも、自分の意志で、かかったままになってるらしい」
     今年の夏に起きた事件の時に、私の幼なじみの石川勇気は、ある「魔法使い」に「精神支配」の魔法をかけられた。
     十年前の富士の噴火の時に多くの人達を助け、この町に移り住んだ後は「自警団」のリーダーになった、今は亡き勇気のお父さんに代る「『秋葉原』の町を護る『新しい英雄』」になれ、と云う暗示をかけられたのだ。
     その日以降、勇気の言動は、どんどんおかしくなっていった。
     本人は……頭が冴えてるつもりらしいんだけど……傍から見ると「短絡的」と「合理的」の区別が付いてないようにしか見えない。
     そして……あいつが真っ先にやらかしたのは……「父親に代る『新しい英雄』になれ」と云う暗示をかけた「魔法使い」にとっても予想外のとんでもない真似だ。
     ……あいつは、父親から「英雄の素質」を受け継いだのは、自分ではなく、自分の妹の仁愛にあちゃんと弟の正義君だと思い込んでしまい……つまり、あいつの頭の中で組み立てられた狂ったロジックでは「父親に代る『新しい英雄』になる」為の最大の障害は……ああ、あの時の事は思い出したくもない。
    『そう言う事だ。並の「魔法使い」や「御当地ヒーロー」では、あんたは殺せない。だが、あの馬鹿は、あんたを殺せる。あんたが、そこに居るだけで、あんたと、その町の人間が危険だ』
    「……う……うん、やっぱり、そっちの学校に転校出来ないか考えとくよ」
    『まずは、そっちの「島」の港からフェリーで博多まで行け。「本土」に着いたら、バスでJRの博多駅まで移動。熊本方面行きの電車に乗って久留米で降りろ。特急や急行を使う必要は無いけど、出来れば快速の方がいい。二日市ふつかいち基山きやまの辺りで、また連絡してくれ』
    「えっと……了解Affirmだっけ?」
    『……ちょっとした聞き間違いが致命的な結果に繋りかねない状況なのか?』
    「どうだろ?」
    『じゃあ「御当地ヒーロー」用語を使うかは、そっちの判断に任せる』
     とりあえず、あたしは、この「島」で一番大きな港である通称「銀座港」まで行く為に、最寄りの地下鉄の駅に向った。
    眼鏡っ娘 (5) あたしは、勇気さんやレナさんの家に一番近い地下鉄の駅を張り込んでいた。バスを使うかも知れないけど……そうなったら、また考えよう。
     そして、あっけなく「秋葉原高専」の制服代りの作業着を着た女の子……早い話がレナさんが現われた。
    「レナさんっ‼」
    「あれ……?」
     レナさんは少しの間、何かを考えると、あたしの肩に手を当てて……。
    「そうだ。丁度いいや、少し付き合ってくれる?」
    「えっ?」
    「あんたも私に話が有ったんでしょ?」
    「そうですけど……」
    「じゃあ、ゆっくり話そう。片道2時間ほど。丁度、今日は金曜だから、その後も話す時間はたっぷり有る」
    「片道? 片道って何ですか?」
    「『本土』の友達んに泊りがけで遊びに行く事になった。あんたも一緒に行こう」
    「ええええっ? いや……その……あたしは『自警団』の仕事が……」
    「へぇ、で、『神保町』の自警団の子が、何で『秋葉原』に居るのかなぁ?」
    「ええっと……」
    「やっぱり、『Armored Geeks』が出来た時に、お金や人材を出したのは……」
    「は……はい……。ウチの総帥グランドマスターですっ‼」
     レナさんは、溜息を付いた。
    「あのさ……問い詰めてるあたしが言うのも何だけど……何で、そこまであっさり自白ゲロするかな?」
     そう言われても、あたし達「魔法使い」にとってさえ「謎のチート能力」持ちの人に下手に逆らえる訳ありませんッ‼
     結局、あたしは「島」の地下鉄の環状線に乗る事になった。
    「……勇気のバカとは分れた方がいいよ……。あんたも、その内、無事じゃ済まなくなるか……さもなくば、取り返しの付かない事をやらされる羽目になるよ……」
    「で……でも……その……」
    「勇気が、ああなった原因は、あんたじゃなくて、あくまでも、あんたの先輩パイセンでしょ。あんたが責任を感じる必要は無い」
    「は……はぁ……」
    「あんたが勇気に何かしてやりたいんなら……元凶の先輩パイセンを探し出して責任取らせる方がいいんじゃないの?」
    「そ……そうかも知れません……」
    「あとさ……前から気になってたんだけど……学校どこだっけ?」
    「行ってません」
    「はぁ?」
    「学校行かずに、『自警団』活動と『魔導師』の修行を……」
    「あんたの保護者は、どこの誰で、一体全体、何をやってんだ?」
     レナさんの顔に、やれやれと言いたげな表情が浮かんだ。
    「あ……瀾……。もう1人、泊めて欲しい人が居る。ついでに、前、言ってたよね? あんたの親類で児童養護施設の人が居たって……うん……そこで、高校生ぐらいの子でも受け入れてもらえるの?」
     レナさんは誰かに……いや、相手は誰か予想が付くけど、ともかく、とんでもない事を電話しながら言い出した。
    「あ……あの……レナさん……」
     その時、電車の中の、あたし達が座ってる席の前を……。
    「今の……何?」
    「え〜っと……そろそろハロウィンですから……」
    「『九段』のハロウィン・イベントは明日と明後日でしょ? 気が早いよ」
     目の前を、もの凄い勢いで駆けていったのは……あたし達と同じ位の齢の……フードの部分が「本当の東京」が壊滅する前に放送されてた子供向けアニメに出て来た恐竜の「タル坊」の顔になってるパーカーを着て……何故か、山刀みたいなモノを背負った女の子。
     ……え……でも、さっきの女の子……一瞬だけだったから判らなかったけど……まさか……。
     ところが、続いて、さっきの女の子を追い掛けるように、もう一人……「魔法使い」特有の「気」を装った女の子が隣の車両から現われた。
     軍隊か警察の制帽を元にしたようなデザインの黒い革の帽子をつばを後にして被っている。ダブダブめの黒いブラウス。膝上までの黒いスカート。腰には黒革のポーチとバッグを付けている。結構、お洒落な感じの黒一色の服装。
     ただ……靴だけは……実用重視で走り易そうだけど、履き古したスニーカーだ。
     どうやら、その女の子も、あたしを「同業」だと気付いたようで……あたしの方に目を向けた。
    「知り合い?」
    「い……いえ……」
    緋桜 (1) マズい。マズい。マズい。マズい。かなりマズい。色んな意味でマズい。
     「九段」地区の地下鉄の駅から地上に出て一〇分後には……明らかに、この「町」の従業員達がボクを監視し始めた。そもそも、地下鉄の駅を出た瞬間……「気」「呪力」の「壁」のようなモノを感じた。
     噂には聞いてたけど、「町」のあちこちに有る神道の祠っぽいモノにも……ボクと同じように俗に言う「魔法」を使えるヤツらの手下らしき「何か」が居る。
     日本語で言うと「式神」ってヤツだっけ? 気配からすると……多分、「人間の死霊」を生きた人間が支配下に置いたものだろう。
     少し前に死んだボクのお祖父じいちゃんが探していたあるモノ……それが回り回って、辿り着いたのが、ここらしい。
     十年前……まだ、ボクが小学校に入る前、日本の関東……最近の日本の呼び方では「本当の関東」が……火山の噴火で壊滅した。
     そして、「本当の関東」からの避難者が住む為の「人工の島」が日本各地の海上に作られた。
     その際に、どうやら、百年ぐらい前に、「大日本帝国」を名乗っていた頃の日本が、ボク達の先祖から奪ったあるモノが、ここに移されたらしい。
     「贋物の東京」の中で最初に出来た「島」。その「島」を構成する4つの地区ブロックの中の……奪われた「あれ」が、かつて有った場所と同じ地名で呼ばれるようになった、この地区に。
     それにしても、とんでもない場所だ。
     ここは……約2㎞×2㎞の「町」そのものがセレブ向けの巨大なテーマパーク風の観光地だ。言うなれば、海の上に有るラスベガス。……いや、ラスベガスがどんな所か、映画やドラマでしか知らないけど。
     日本人じゃないボクからしても、「日本人以外がイメージする『勘違いされた日本』」をわざと再現しているようにしか思えない。それも……何か……明らかな偏向かたよりが有る……。例えば、神道の神社をイメージしたらしい建物は多いけど、仏教寺院をイメージしたらしい建物は全く見掛けない。
     そして、どう云う仕組みかは判んないけど……この季節なのに、通りには花が咲いた桜の木が並んている。
     その桜の木に、手を当てて調べてみたら……漢人の道士なんかの言葉で言うなら「気」が明らかにおかしい。
     ボクが探しているものは……大地を流れる生命の「気」……漢人の言う「龍脈」に関するモノなのに……この町の至る所から感じるのは……死霊の「気」と歪んだ生命の「気」ばかりだ。
     観光客だらけの町……。しかし、そこに溢れているのは……「死」と「腐敗」の気配。
     何なんだ……ここは……。
     吐き気がしてくる。
     見掛けは立派だけど、汚染された材料を使ってる上に腐っている料理を出す「高級レストラン」。客は、自分達が食べているのが、そんなモノだと気付いていない……。
    「何か……お探しですか?」
     背後うしろからボクと同じぐらいの齢の女の子の声。
     まずは、日本語……続いて、北京語・広東語・英語・韓国語(多分)で同じ事を聞かれる。
     そこそこ程度には強い……それも……自分の「気」を意図的にコントロール出来る者に特有の「気」。
     ボクは、声と「気」の主も見ずに逃げ出した。
    緋桜 (2) ボクは地下鉄の駅に入る。
     向うは追って来る。
     変だ……。山道で鍛えてる筈のボクに、あっさり追い付いてくる。
     背後うしろを振り返る。
     ボクを追っているのは、黒一色の服を着た女の子。どこかのデザイナーズ・ブランドの服かも知れない。
     香港や上海や台北やソウルの繁華街に居ても、お洒落な方に見えるだろう服だ。
     でも……何か違和感が……あ……靴だけはウォーキングシューズ系のスニーカー。ちょっとした山歩きの時に履いてても、おかしくなさそうなヤツ。
     ホームに入り、あわてて電車に乗り込み……。
    「あの……大丈夫ですか?」
     電車の中に居た見ず知らずの中年の女の人がボクにそう聞いてきた。
    「えっ?」
    「足から……血が出てますよ……」
     見ると、右の脹脛に……いつの間にか小さな傷が出来てる。
    「あ……すいません……」
     ボクは傷を覆うようにハンカチを巻いた。
     ちょっと待て……この傷は……まるで……小さな……多分、猫なんかより更に小さい動物に噛まれたような……。でも……いつだ?
     しかし……これから、どうするか?
     ボクがあわてて乗ったのは、この「島」を周る環状線だ。その中でも島を反時計回りに周回する路線らしい。
     「九段」地区から、「神保町」を通り、「本当の東京」に有った電気街・オタク街の名を持つ「秋葉原」、そして、この「島」と「外」を結ぶ港が有り、ついでにこの「島」で唯一マトモな「警察」が有るらしい「有楽町」を経て「九段」に戻る路線。
     さて、どこで降りて、これからどうしよう、と考えてる内に……段々と変な感じがしてきた。
     「神保町」地区を通り過ぎて「秋葉原」に入る頃……何故か、寒けがしてきて、体が震え出した。
    「何か、お困りですか?」
    「うわあああああ………っっっっっ‼」
     目の前には、「九段」でボクを追い掛けてた女の子が居た。
    玉置レナ (5) いきなり眼鏡っ娘氏が席を立って、さっき前を通った2人の女の子の後を付け出した。
    「どうしたんだよ?」
    「さっきの人達……2人とも『魔法使い』です」
    「じゃあ、何? 電車の中で、魔法使いが追い掛けっこやってるの」
    「ちょっと気になるんで……様子を見てきます」
    「じゃあ、あたしも行くよ」
     電車の車両を1つ1つ通り抜け……一番、端の車両の更に端……そこには……。
     恐竜のパーカーを着た女の子がうずくまり……その前には黒服の女の子が立っている。
    「な……何をしてるんですかっ?」
    「あんたこそ、何、ぶっそうなモノを電車の中で出してるの?」
     眼鏡っ娘氏の手には……片側がノコギリ刃になってて、柄や鍔には宝石の飾りが有る、ぶっそうなのに実用的には見えない変なナイフが握られてた。
    「い……いや……これ……『魔法』を使う時の『魔力』の増幅に……」
    「電車の中で魔法をブッ放すつもりなの?」
    「安心して下さい。普通、『魔法』は一般人がイメージするような……派手な事は出来ませんので。もっと効率が良い手は使えますけどね」
     そう言ったのは眼鏡っ娘氏ではなく、黒服の女の子。
     その時、黒服の女の子の腰のポーチが開く。それも……黒服の女の子は、ポーチに手も触れてないのに……。
    「えっ?」
     ポーチから出て来たのは……いや……素早過ぎてよく見えない。何かの小動物らしいけど……。
    「いたっ⁉」
     眼鏡っ娘氏の左の太股に小さく血がにじんでいた。
    「お困りの事が有りましたら、こちらまで御連絡下さい」
     黒服の女の子は名刺らしきものを私に投げる。
    「待ってっ‼」
     だが、ほぼ同時に電車は次の駅に到着。その女の子は悠々と電車を降りた。
     黒服の女の子が投げた名刺には、電話番号と通信アプリMaeveのアカウント、そして、その子の名前らしきものが書かれていた。
     「英霊顕彰会嘱託・百瀬キヅナ」と。
    高木 瀾(らん)『ごめん……連れが2人に増えた』
     レナから再び電話が入った。私の家に辿り着く頃には、何人に増えてんだ? と言おうとしたが、何か口調が微妙におかしい。
    「何か更にトラブルが起きたのか?」
    『連れ2人が「九段」の「魔法使い」に攻撃されて……熱が出てる。片方は高熱なのに顔が真っ青。もう片方は……顔が真っ赤になって、血が混った痰が出てる』
    「どんな魔法か判るか?」
    『それが……連れは2人とも「魔法使い」なんだけど……「って言ってる。「体調が悪いから検知出来ないだけかも知れないけど、呪いをかけたらたような魔力は感じない」って……』
    「何か……小さい動物みたいなモノを見なかったか?」
    『え……何で知ってるの?』
     聞いた事は有る。多分「くだぎつね」だ……。
    「あと……その2人の体のどこかに……小さい噛み傷は無いか?」
    『ある……。片方は太股で、もう1人は脹脛。……あ……どっちも化膿してるみたい』
    「まさか……あんたまで……短かめのスカートとかじゃないだろうな?」
    『いや……高専学校の作業着のまま』
    「生地は厚手か?」
    『うん……結構……』
    「なら……大丈夫だと思うけど……でも、気を付けろ……。あんたは無意識の内に大概の『魔法』を無効化出来るが……その『魔法』は例外の可能性が高い」
    『どう言う事?』
    「その『魔法』は……多分、感染症を媒介する小動物を操るモノだろう。動物は『魔法』で操ってるが、感染症は『魔法』的なモノじゃない普通の自然の病気だ。……もし、『使い魔』に噛まれたら……『神の力』の持ち主でも感染して発症する。多分、あんたが無事で済んでるのは……『使い魔』の歯や牙では、作業着の生地を貫通出来なかったからだろう」
    護国軍鬼・零号鬼:日本敗戦まで 同じ漢人でも、俺の故郷に居た連中と、この辺りの連中の言葉はかなり違うらしい。
     早い話が、漢人の言葉は、この状況では使えない。
     もちろん、俺達は向こうの言葉が判らない。
     向こうも俺達の言葉を知る筈が無い。
     もちろん、俺達は……満人の言葉も蒙古人の言葉も……知らない。
     皮肉にも、俺達とこいつらは……共通の敵の言葉で話すしか無かった。
    「助けてもらった礼をしたいが……そもそも、あんた達は誰だ?」
     その男が……で俺達にそう言った時、ようやく、俺達とそいつらとの間でマトモな話が出来るようになった。

     俺と兄貴は、たまたま、日本軍がゲリラだか馬賊だかを追っている所に行き合わせて、日本軍の指揮官らしいヤツを撃ち殺した。
     思わぬ場所から飛んで来た銃弾で指揮官が命を失なったせいで、日本軍は、総崩れとなり撤退した。
     そして、俺達は、その連中の客分となった。
     俺達が遥か南の故郷から、この北の大地に逃れて6年目の事だった。

     俺達が出会ったのは、朝鮮の独力を目指しているゲリラ達で、そのおさ羿ゲイと名乗った。
     本名ではない。
     信用出来る相手以外には本名は明かさず、例え、本名を知ってる仲間でも、仲間内では渾名で呼びあう。
     それが、こいつらの流儀らしかった。
     こいつらのおさの渾名の由来は、漢人の昔話に出て来る「太陽を撃ち落した弓の名人」の名前だそうだ。
     日本の王が「太陽の子孫」を名乗っているのなら、自分は、その「太陽」を撃ち落してやる……それが「渾名」の由来だと語った。

    「なぁ、何で、あんたの兄貴の顔には入れ墨が有るのに、あんたには無いんだ?」
     俺達が、羿ゲイ引き入るゲリラの客分になって、1年半以上が経った、ある日の夜だった。
     羿ゲイと俺は酒を酌み交していた。
    「あの入れ墨は……俺達にとっては……大人になったあかしだ」
    「へっ? 随分、デカい子供も居たもんだな」
    「あの入れ墨は、戦いで敵の首を初めて獲った時に彫られる……俺は……」
    「いや、あんたの腕なら、故郷に居た時に何人も殺してるんじゃないのか?」
    「あの戦いが、かなり激しくなってからだ……。初めて……敵を……日本人を殺したのは……」
    「首をどうして獲って来なかったんだ?」
    「弓矢や村田銃でなら、何人も殺したが……流石に首まで切り落すのは無理だった……。鉄砲や大砲の弾が飛び交ってて……日本人は飛行機で爆弾まで落とし出したしな」
    「そうか……。ところで、台湾ってのは暖いのか?」
    「いや、俺達の故郷は山の中だ。冬になれば雪も降……」
     その時、あの戦い以来、何度も聞いてきた轟音が響いた。
     俺達の居場所は、日本軍にバレていたのだ。

    「高木軍医大佐。これが、御注文が有りました健康優良なる捕虜丸太です」
     収容所にブチ込まれた俺は、何故か体を検査され……そして、一人だけ別の房に移された。
     そして……数日後、後に、俺の運命を狂わせる事になるヤツがやって来た。
    「ふ〜む……名前は?」
    「番号は……たしか……」
    「人間としての名前を聞いたんだよ。そっちの番号ならとっくに聞いているよ。『丸太』としての番号では無い」
     その妙にとぼけた感じの「軍医」は俺の顔をしげしげと見てこう言った。
    「しかし、いい面構えじゃないか。役者にしたい位だな」
    「あ……本名かどうか判りませんが……仲間からは、ダッキスと呼ばれておりました」
    「ダッキス? 名前からすると……蒙古人か西蔵チベット人か……?」
    「いえ……」
    「謎々かね? それ以外だとすると……」
    「そ……それが……こやつの仲間を尋問した所、信じ難い事が……」
    「何かね?」
    「台湾の生蛮の生まれらしいと……」
    「はぁ?」
    「昭和5年の……霧社事件の生き残りが満洲まで逃れて来たと……」
    「それが、何故か、朝鮮ゲリラの仲間になっていた……と……」
    「は……はい……」
     その「軍医」は何が楽しいのか判らないが、手を叩きながら笑い始めた。
    「そりゃ凄い。何とも劇的な半生じゃないかね? 映画の脚本にでもして、今度、満映の理事長になると云うあの外道に売り込みにでも行くか?」
    「軍医大佐殿……あの方をそう呼ぶのは……いかがな……」
    「外道ではないのかね? 国の為と云う大義名分の元、いたいけな子供を嬉々として絞め殺したヤツだろ。ヤツが名前を出せん誰かの罪を庇ってるなら話は別かも知れんが」

     俺は、その高木美憲よしのりとか云う軍医が率いる訳の判らぬ研究を行なっている特務機関に引き渡された。
     囚人としては、妙に待遇が良い日々が数ヶ月続き……。
    「さて、これから君を『神』にする実験を行なう。失敗すれば、君は……良ければ人間のままだ。悪ければ死ぬ」
     ヤツは、手術台に縛り付けられた俺に、訳の判らぬ事を言った。
    「何を言っている……?」
    「この世界には、実は、普通でない能力ちからを持った者が多数存在している。私は、それを『異能力者』と呼んでいる。私達が行なっているのは、普通の人間を『異能力者』を狩る『異能力者』に作り変える実験だ。君に、これから、その『異能力者』の中でも規格外の存在……『神』としか呼べぬ存在の力を付与する実験を行なう」
    「そんな真似をすれば……俺は……その能力ちからで、お前らを……」
    「殺すなら好きにしたまえ。この力は何故か……君のような者にしか反応しないらしいのだよ……。どうやら、脳の中の『自由意志』に関係が有る部位が正常に機能している者にしか……おっと、麻酔が効き始めたようだな」

     たしかに高木の言う通りだった。
     俺は……亡霊らしきモノを操る力と……そして、その亡霊を消し去る力の両方を自由に操れるようになった。
     しかも……亡霊らしきモノを消し去る力は……人間の命に関係が有るモノらしく、その力を利用すれば、人の命そのものを見る事も出来れば、人の命を奪う事も出来る事が判った。
     どうやら、理屈の上では、人の命を救う事も出来るらしいが……残念ながら、何事でも壊すのは簡単がだ修理は大変らしく……俺に出来たのは、自分や他人のちょっとした傷を塞ぐ事ぐらいだった。
     大概の病気を治すのも無理。内臓や骨に達した傷の回復も困難。
     早い話が、人殺しにしか使えない力だ。
     だが、言うまでもなく、こんな力でも使い道は有った。
     高木率いる「特務機関」は、俺が力の使い方を大体覚えると同時に……。

     無数の死体が転がっていた。全て、俺1人でこさえた死体だ。
     「護国軍鬼・ゼロ号鬼」……それが、俺の暗号名らしかった。
     しかし、高木は、余程のマヌケか……さもなくば、自分の研究の為なら自分の同胞が死に絶えても構わないと考える狂人らしい。
     よりにもよって、「日本を護る鬼神」を生み出す為の実験に、日本を憎んでいる俺を使うとは……。
    「私の命を奪っても構わんよ」
     ヤツは部下と俺の間に割り込んでそう言った。
     こんなヤツにも殊勝な気持ちぐらいは有ったか……と思ったが、ヤツは予想外の事を言い出した。
    「私の命で足りんなら、こいつらの命もくれてやろう。好きにしたまえ。……まぁ、好きにしたまえも何も、私は君に、我々をいつでも好きに殺せる力を与えた訳だが……。素晴しい。自分の最高傑作の恐るべき能力を目に焼き付けて死ねるなど、研究者冥利に尽きる」
    「えっ?」
    「あの……大佐殿……何を……」
    「その代りと言っては何だが……実験資料だけは見逃してもらえんかね? あれは後世に伝える価値が有ると自負している」
     ……日本人は好きになれんが、ある特定の1人の日本人だけは……もっと好きになれそうにない。
    「あ……そうだ……ついでにコレも持って行け。どうせ、この調子では、日本も満洲国も、その内、滅ぶ。残念ながら、我が国はとっくに根が腐った巨木も同じだ。台風1つで倒れてもおかしくない。これが失なわれる危険は分散した方がいい。好きに使いたまえ」
     俺は高木を助けた。……この男が日本を滅ぼしてくれるような気がしたからだ。

     それから、兄貴と、かつて身を寄せていた朝鮮ゲリラの行方を散々探したが……結局、手掛かりは掴めぬまま……時は過ぎていった。
     日本は一億玉砕などと言い出したが……俺にしてみれば、俺達が故郷でやった事の猿真似にしか思えなかった。
     いや、後で知った事だが、当時の日本の人口は……台湾や朝鮮まで入れて一億だった。俺達の猿真似も結構だが、俺達は他人にまで自殺を強いてなどいない。
     そして、日本は無様にも降伏し……満洲国も崩壊し……。
     俺の横には、高木が餞別に差し出した2つのモノが有った。
     1つは……鞄。中には、俺に埋め込まれたのと同じ……「神の力」を与えると云う金属球が6つと、俺には意味が判らない様々な実験の結果らしきモノが複写された大量の青写真。
     そして、一本の軍刀。
     日本の刀より、俺達が台湾で使っていた山刀の方が、余っ程、頑丈で切れ味も上だと思っていたが……これだけは例外だった。
     ただ、表面には、他の日本の刀には無い虹のような奇妙な光沢が有った。
     どうやら、高木が率いていた特務機関と満鉄の大連工場の付属研究所が共同で生み出した素材で作られたらしかった。
     「斬超鋼刃・試作ゼロ号」……高木が俺にこの刀を託した時、ヤツは、この刀をそう呼んでいた。
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    2021/05/12 21:35:59

    第一章「犯罪都市 ― The Outlows ―」

    平行世界の「東京」ではない「東京」で始まる……4人の「魔法少女」と、1人の「魔法を超えた『神の力』の使い手」……そして、もう1人……「『神』と戦う為に作られた『鎧』の着装者」の戦い。

    様々な「異能力者」が存在し、10年前に富士山の噴火で日本の首都圏が壊滅した2020年代後半の平行世界。
    1930年代の「霧社事件」の際に台湾より持ち出された「ある物」が回り回って、「関東難民」が暮す人工島「Neo Tokyo Site01」の「九段」地区に有る事を突き止めた者達が、「それ」の奪還の為に動き始めるが……。

    #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア #魔法少女 #パワードスーツ

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