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    第一章:凡夫賊子/Ordinary People序章「涙の夜は明ける事なく、喜びの朝が来る事は無い」(1)(2)(3)(4)(5)(6)(7)(8)(9)(10)(11)(12)(13)(14)(15)(16)(17)(18)注意:
    この物語は基本的には「狂人の一人称視点によるコメディ風サイコホラー」です。
    粗筋は全て主人公の狂った主観に基くモノに過ぎず、作品世界内での事実・真実とは限りません。
    読むのをやめるなら今の内ですよ。

    『だが、彼らの最も重い罪を罰する事は出来なかった。
     その罪とは「馬鹿だった事」だ。
     とは言え、陪審員が死刑の評決を下すまで、
     たった一四分しかかからなかった』
    マイケル・ベイ監督「ペイン&ゲイン 史上最低の一攫千金」より序章「涙の夜は明ける事なく、喜びの朝が来る事は無い」 何故……こんな事になってしまったんだ?
     俺達は……「関東難民」が多く住んでいる団地に……穏当な交渉に出掛けただけだった。
     まぁ、万が一の為の護身用に、金属バットに、サバイバル・ナイフに……あと、暴力団やテロ組織が、ここ1〜2年で軒並潰れたせいで、仕事がなくなってるそっち系の連中から買った拳銃や「呪符」ぐらいは持って行っていたが……。
     どうやら……団地は、もぬけのからのようだった。
     しかも……奴らが居た……。
    「うわあああ……っ‼」
     野口が拳銃を撃つが……北米連邦アメリカあたりの映画やドラマで良く観る光景を本当に目にする羽目になった……。
     拳銃を扱い慣れてないヤツが、オートマッチク式の拳銃を撃ったら……排莢の際のスライドで……自分の手や指を怪我するって、アレだ……。
     野口の目の前に居る銀色の狼男は……銃弾は外れたか……当たっても効いてないらしく……野口が顔に付けていた暗視ゴーグルは、あっさりと外され……。
    「お前……今、何時だと思ってるんだ?」
     まず、味方の内、一名が拘束された。
    「おりゃあっ‼」
     続いて、堤が手持ちの呪符を全部発動させ……。
    「ごるぁっ」
    「ぐりゅうっ」
     何匹もの悪霊が、奴らを襲……あれ?
    「オン・バサクシャ・アランジャ・ソワカっ‼」
     えっ? あのスレッジハンマーを持ってる強化服パワード・スーツのヤツ、「魔法使い」だったの?
     おい、魔法使いなら……魔法使いらしい格好しろよっ‼
     呪符によって呼び出された悪霊達は、あっさり消え去り……並のサラリーマンの一ヶ月分の給料ぐらいの金を取られた呪符は……結果的とは言え何の役にも立たなかった……。

     俺が子供の頃、世界は大きく変った。
     魔法使い・超能力者・改造人間・変身能力者……能力ちからの源・強さ・種類・使い勝手がそれぞれに違う「普通の人間にない『特異能力』を持つ者達」が山程居る事が判明したのだ。
     いつしか、多くの国で、特異能力犯罪を対象にした警察が創設され……現場に出る可能性の有る軍人や警官は「精神操作」系の特異能力への対抗訓練を受け、魔法や超能力を防ぐ「護符」を持つのが当り前になった……。北米連邦アメリカあたりでは、「警官のバッジ」が「簡易式の護符」を兼ねているらしい。
     だが……特異能力犯罪は防ぐのが困難だった。あまりにも様々な「特異能力」が有り過ぎて、特異能力犯罪者を逮捕出来ても、特異能力による犯罪である事を裁判で証明出来るとは限らず……そして、有罪に出来ても、刑務所に押し込める事が可能とは限らず……場合によっては死刑にしたくても殺し方が判らない……そんな事も日常茶飯事となった。
     そんな警察に代って治安を担うようになったのが……正体を隠して活動する違法な「正義の味方」「御当地ヒーロー」だった。
     もちろん……奴らは……自分達が「正義の暴走」ってのをやらかす可能性を認識しており……その対処もしてるつもりだった……。
     問題は……その対処方法が「行き過ぎたポリコレ」だった事だ。
     奴らは……奴らが「社会的弱者」と見做したクソ野郎どもの味方になる事が多かった。
     例えば……俺達、善良な一般人が、町の景観を害するホームレスに、穏当な手段で、この町から出て行ってくれるように交渉をしたとする。
     だが、もし、それが奴らの目に止まれば……奴らは俺達をブチのめし……を何の法的根拠も無く「没収」していくのだ。
     だって、そうだ……。
     俺達は、この団地の住民を部屋から引き摺り出し、冷い地面に正座させて、基本的人権の1つである「居住移転の自由」を行使して、携帯電話ブンコPhoneもロクに使えない火山灰だらけのかつての住所に、そろそろ戻ってくれないと……俺達は何もする気は無いが、昔から地元に住んでる人達の中には、気が荒いのが居るんで、身の安全は保証出来ないぞ、と平和的に命令する……たった、それだけの事以外は、何もやるつもりなど無かった。
     なのに……何故か、情報が漏れて……住民の代りに居たのは……奴らで……。
     気付いたら……俺以外は……全員、拘束されていた。

     だが……俺は……仲間を見捨てるようなゲス野郎なんかじゃない。
    「俺が囮になるっ‼ その隙に逃げろっ‼」
     俺は、手足を縛られて、地面に転がされている仲間に向かって、大声で叫ぶと……をして走り出し……。
     だが……進行方向に、1人の正義を騙る変態コスプレ野郎が居た。
     小柄だ……中学生並の体格。
     勝てるかも知れない……。
     俺は……日本刀……実は、ウチの祖父じいちゃんのモノなんで、持ち出した事がバレたら色々とマズいんだが……を抜き突撃。
     所詮、俺は素人だ。刀で斬り付ければ、当たらないし、下手したら、自分の刀で自分が怪我をする可能性は良く判っている……。
     突きだ。
     これなら……相手からすれば点にしか見え……点にしか……しか……。
     そのチビは、ゴッツいナイフを抜き、俺の突きに合わせて……うそ……サラリーマンの年収数年分ぐらいの値段の名刀じゃなかったのかよっ⁈
     壊したらどころか……持ち出した事がバレただけでエラい事になる伝家の宝刀は……あっさりと……に切り裂かれた……。

    「あのさぁ……2つほど疑問なんだが……お前が囮になったとしても、お前の仲間が逃げられる状況には思えなかったし、自分から『俺が囮になる』なんて大声で叫んだら囮の意味が無いと思うんだが……何をするつもりだったんだ?」
    「う……う……うるせえ……チビ……齢上の男には……敬意を払え……っ」
     だが、俺を叩きのめしたチビは……やれやれと云う感じで……とんでもない事を言い出した。
    「こんなのが息子とは……ここの市長の政治方針は賛同出来ない事ばかりだが……同情だけはするよ……」
     おい、何で知ってる?
    「待てっ‼」
     その時、助けの声がした。
    「また、君か?」
     白いプロテクター付のコスチューム。
     白地に旭日旗を思わせる赤い太陽のマークが描かれたマスク。
     行き過ぎたポリコレに取り憑かれた挙句、俺達、善良な一般人に危害を加える凶悪な自称「ヒーロー」とは違う、数少ない俺達を守護まもってくれる「真のヒーロー」の1人である「クリムゾン・サンシャイン」だ。
    「何をしている? 君達のような圧倒的な力を持つ者が、力無き者を一方的に叩きのめすなど……君達の正義に反する筈だ」
    「すまない。その冗談は聞き飽きた。何度言えば判る? こいつらは、自分より弱い者を一方的に叩きのめそうとしているゲス野郎どもだ。私達を爆笑させたいんなら、そろそろ、新しいネタを考える事を推奨する」
    「僕は真面目な話をしてるんだぞ。彼等にも人権は有る筈だ」
    「判った……どうせ……こいつらを警察に引き渡しても、この馬鹿の親のコネですぐに釈放されるだろう……。何度繰り返しても同じである以上、あとは……君に任せよう」
    「理解していただいた事を感謝する」
    「なら……君にも理解して欲しい事が有る」
    「何だ?」
    「真の悪は……『馬鹿が力を手にしている状態』だと云う事だ。こいつらのような阿呆な小悪党こそが……いずれ、世の中に大きな害悪をもたらすだろう……」
    「君の言っている事が……仮に正しいとしても……彼等を守護まもる者が1人ぐらい居ても良いだろう」
    「ねぇ、ところでさ……そろそろ、ボク達の仲間にならない? 給料も出るよ」
     その時、別の変態コスプレ野郎が、クリムゾン・サンシャインに声をかけた。
     声からすると若い女……。身長は……一七〇㎝より少し高いぐらい。若干の「外人訛り」。
    「すまない……。君達の事は尊敬しているが……それでも君達のやり方に全面的に賛成は出来ない。今回は断わらせてもらう」
     だが……俺を叩きのめしたチビは……去り際に、クリムゾン・サンシャインの肩をポンと叩くと、意味深な事を言った。
    「君の個人情報が漏れているらしいのは……君も知ってる筈だ……。これ以上、危ない橋を渡るな。我々も君のやり方に全面的に賛成出来る訳ではないが……君の事は尊敬している。君を失ないたくは無い」
    (1)「一郎っ‼ またやったのかっ⁉」
     俺の職場である親父の選挙事務所に……市役所での仕事の最中の筈なのにやって来た親父は……まず、そう怒鳴った。
    「あ……あの……父さん……何の事……?」
    「いい加減にしろ。我が久留米市の方針は『関東難民の積極的受け入れ』だぞ‼ 市長の息子が、あんな真似をやってるとバレたら……次の市長選が危うくなる」
     そ……そんな馬鹿な……。
     十年と少し前……富士山の歴史的大噴火が起きて……旧首都圏と山梨・長野・静岡の大部分、そして愛知・岐阜の一部は壊滅した。
     その結果……旧政府は消えてなくなり、その代りを「株式会社・日本再建機構」と国連機関が担う事になった。
     だが……その程度の事は問題じゃない。
     旧政府崩壊以上の問題は……大量の通称「関東難民」の発生だった。
     諸外国の援助で、「関東難民」を収容する人工島「Neo Tokyo」が作られたは良いが……折角作ってやった「Neo Tokyo」ではなく、「本土」に住もうとするヤツが後を断たなかった。
     しかも、現在存在している4つの「Neo Tokyo」の内、九州本土に最も近い「Site01」通称「千代田区」でとんでもない騷ぎが次々と起き……そこから「本土」へ逃げて来る連中も多くなっていた。
     当然、「地元民」と呼ばれる古くから「本土」に住んでる俺達と軋轢が起きた。
     例えば、九州の多くの県では、6〜7年前に「強制的夫婦別姓」「改姓禁止」条例が制定された。表向きの理由は色々と有るが、本当の制定理由は……名字のヤツらが結婚や養子縁組で「地元民」であるかのように偽装するのを防ぐ為だ。
     そして、親父も……元々は……「関東難民」排斥派だった……。
     だが、市長になり……3期に突入し……段々、おかしくなってきた。
     俺の妹と「関東難民」の男の結婚を許し……「関東難民」を優先して入らせる公営団地を作り……。
     ふざけるな……。
     億が一、関東難民排斥が「悪」だとしても……俺が関東難民排斥派になったのは、親父の影響だ。
     それを今になって……。
    「あ……あの……。お義父とうさん……それ位に……。義兄にいさんも反省してると思うので……」
     気まずそうな声をかけたのは、俺の義理の弟……つまり妹の旦那である関根優斗だった。
    「優斗くん。君の唯一の欠点は、この馬鹿に甘い事だよ。例え、私の息子でも、こいつが馬鹿である以上、馬鹿に相応しい扱いをしてくれ」
     何だよ……何で……本当の息子より……義理の息子の方を大事にするんだよ?
    「さて……本題だ。次の選挙では……我が市を県内3番目の政令指定都市にする事を公約に掲げる。そして……その公約を果たした後は……引退して次の世代に市長の座を譲り渡すつもりだ」
     え……だとすると……親父の次に市長選に立候補するのは……。
    「優斗くん……。私の後任に相応しいのは……『関東難民』と『地元民』の融和の象徴になり得る君だよ。後援会の皆さんも君を推している」
    「えええええっ⁉」
    「えええええっ⁉」
     俺と、俺の義理のクソ弟は、同時の驚愕の叫びを上げた。
    「あの……何で……俺じゃなくて……その……」
    「気は確かか? 私は慎重派で現実家なんでな……。実の息子とは言え……三〇過ぎて定職にも付かずに、あんなロクデモない『遊び』をやってるヤツに……市長となる可能性を1%でも与えるような危険な真似は恐くて出来ん」
    (2) ここんとこ、クソ親父・クソ義弟おとうと・クソ妹と顔を合わせる羽目になると嫌な思いをするだけなので、仕事が終ると、実家ではなく、西鉄の駅の近くに有る親父に買ってもらったマンションに帰る事にしていた。
     あれから数日……次の行動を起こさないと、SNSや動画サイトの「同志」達が、俺達の存在を忘れてしまいかねない。
     そして、「同志」達からの「投げ銭」が無いと……こいつらが生活出来なくなる。
     「こいつら」とは……俺の部屋でダベってる連中の事だ。
     自分達がやった事を撮影した動画に自分で「投げ銭」をするのも、そろそろ限界だ……。いや、「御当地ヒーロー」どものせいで、ロクな「成果」は出てないが。
    「あの〜、緒方さん。このミニコミ誌に妙な記事が出てますよ」
     一緒に「活動」をやっている堤が地元のミニコミ誌のページを開く。
     富士山の噴火で、東京が壊滅して以降、「新聞」と言えば地元の地方紙、「雑誌」と言えば地元のミニコミ誌と云う状態になっていた。
     内容は……俺達を助けてくれたヒーロー「クリムゾン・サンシャイン」を叩く記事だ。
    「おい、それ、そこのいつもの記事だろ。目が腐る。そんなモン見せるな」
    「いや……違いますよ。この写真良く見て下さい」
    「えっ?」
     その記事に載ってる写真は、クリムゾン・サンシャインの顔。
     斜め上から撮ったらしい写真だが……クリムゾンサンシャインの顔は……カメラの方を向いている。
    「だから、この写真が何だ。使い回しじゃないのか?」
    「違いますよ」
    「何で、そう言い切れる?」
    「だって、背景……」
    「えっ?」
     そう言われて写真の背景に写ってるモノを良く見ると……。
    「おい、これ……この前の団地?」
    「で、この写真……誰が撮ったんですかね?」
    「判る訳ねぇだろ」
    「いや、良く考えて下さい。住民は、もぬけのから。あの時、あそこに居たのは……俺達と『御当地ヒーロー』どもと俺達のクリムゾン・サンシャインだけですよ。なら、この写真を撮ったのは、その中の誰かですよ」
    「俺達……じゃないよなぁ……」
    「そりゃ、当然」
    「確認した方が良くない?」
     部屋でダベってた連中からは一斉に「違います」「俺じゃない」の声。
    「クリムゾン・サンシャインも、まさか、自撮り写真を自分を叩いてるミニコミ誌に提供する訳は無いし……」
    「ええ」
    「じゃあ……」
    「そうですよ……。もしですよ……俺達が、あの『御当地ヒーロー』達の正体を暴けば……」
    「そうだ……そうだよ。ヤツらだって、寝る事も有れば、風呂にも入る。四六時中、自分の身を護るのは無理だ」
    「俺達……下手したら、日本で初めて……『御当地ヒーローを倒した一般人』になれますよ‼『御当地ヒーロー』達をウザがってるみんなの英雄になれますよ、俺達‼」
    (3)『あの女が、例のミニコミ誌の編集長らしいんで、とりあえず、尾行してみます』
     仲間の徳永から送られてきた動画から、そう声がした。
     画面に映ってるのは、雑居ビルの玄関と、そこから出て来た三〇後半ぐらいの女。
    「お〜し、ちゃんと家を突き止めろよ。もし子供が居たら……狙うのは、あの女じゃなくて子供だ」
    『え〜、でも、あの女ぐらい俺が……』
    「お前、熟女フェチだったっけ?」
    『ぶちのめして拉致って自白ゲロさせるなら、あいつが一番って意味ですよ。って、何で子供なんすか?』
    「おい、俺は、酒井と違ってロリコンじゃね〜ぞ」
    『誰も聞いてないっすよ、そんな事』
    「古川のおっちゃんみたいに、手荒に扱っても反撃しない女にしか勃たない訳でもね〜ぞ」
    『だから、誰もんな事は聞いてないっす』
    「家族を狙うのは、猿渡のおっちゃんが広域組対マル暴に居た頃に使ってた手だそうだ……。以前、一緒に飲んだ時に、ベラベラしゃべりやがった」
     猿渡のおっちゃんは、親父の選挙事務所の警備顧問だ。
     警備顧問なんてもっともらしい呼び方だが、正体は、よりにもよってヤクザと癒着してた事がバレで馘になった広域組対マル暴の元警官。
     癒着していたヤクザに、かなりヤバい情報を流してたんだが……その過程で警察の上の方の弱味を握り、表向きは「自己都合退職」で済んだらしい。……退職金も、ちゃんと出たそうだ。
     それを、俺の親父が「拾って」便利屋として使っている。
    『え〜、でも……猿渡さん、それやって酷い目に遭ったんじゃないですか?……何でも、対異能力犯罪広域警察レコンキスタの「レンジャー隊員」を、その手で脅そうとして……逆に対異能力犯罪広域警察レコンキスタの連中から闇討ちされて大怪我したとか……』
    「あのなぁ……『御当地ヒーロー』どもやヤクザやヤンキーじゃあるまいし、何で、警察がそんな真似やるんだよ?」
    『じゃあ、何で、あのオッサン、四〇ぐらいなのにステッキが手放せないんですか?』
    「護身用だろ……? あのオッサンに恨み持ってるヤツは結構……」
    『いや、だから、この辺りのヤクザって「御当地ヒーロー」に一掃されたじゃないですか……。誰から身を護るんですか? 誰から?』
    「ところで、これ……家に帰ってるのか?」
     画面に映ってるのは……西鉄久留米駅前の繁華街。
    『帰りに……飲みにでも行く気なんですかねぇ?』
    「あ……そもそも、こいつの家どこだ?」
    『いや、だから、それを突き止める為に、俺が尾行してんじゃないですか』
    「今気付いたけど……そいつが電車通勤だったらさ……」
    『あ……あれ?』
     徳永が尾行していた女は……何故か交番に入った。
     そして、女と警官が交番から出て来て……こっち……つまり撮影している徳永を指差し……。
     おい、逃げろ徳永。
     撮影は、いいから、携帯捨てろ。それも車に轢かれて粉々になるとかの確実に壊れる捨て方で。
     あ、まずいぞ徳永。
     おい、やめろ通行人、そいつは善良な一般市民だ。中年女を尾行してた変質者なんかじゃない。
     だから、携帯を壊せ徳永。
     あ……ヤバい。俺達の事をゲロすんじゃねえぞ、徳永。
    「おい、みんな……良く聞け……。俺達には、徳永なんて友達も仲間も同志も居なかった。判ったな」
    「は〜い」
    「よし、一応、携帯電話ブンコPhoneの通話記録と、徳永とかいう良く知らないヤツから来たメールやメッセージは全部消しとけよ」
     そう言いながら、俺はMaeveメッセージアプリのグループから徳永を削除した。
    (4)「あの……義兄にいさん……?」
     日付が変らない内に、マンションにやってきた妹の亭主は、そう言った。
    「知らん。誰の事だ?」
    「今日、西鉄久留米駅の近くで、女性を尾行してた男が警察に現行犯逮捕されて……その容疑者の携帯の通話記録の中に……義兄にいさんの電話番号やメールアドレスやMaeveメッセージアプリのアカウントが……」
     あれ? 消した筈だが? まあいいや。
    「ええっと……ここんとこ、変なイタズラ電話がかかってきてたんで、そいつだろう、多分」
    「すいません……義兄にいさんが言ってる事が本当だとしても……」
    「本当だよ。義理とは言え、兄弟だろ。俺の事、信じてくれよ」
    「いや……僕が信じても……警察が……」
    「えっ?」
    「明日……朝9時半に、お義父とうさんの顧問弁護士の事務所に行って下さい……。県警から、お義父とうさんに、義兄にいさんが参考人としと呼ばれる可能性が有る、って連絡が来たそうです……」
    「えっと……親父オヤジ……怒ってる?」
     クソ義弟は、疲れたような顔をして……首を縦に振った。
    「どうします……?」
     マンションの中に居た仲間の山下がそう言った。
    の事か?」
    「ええ……」
    「そいつが、もし、保釈された時には……責任を取ってもらうしか無いな……」
    「あ……ええ……」
    (5)「体調不良で自宅療養中と云う事にして姿を隠して下さい」
     翌朝、親父オヤジの顧問弁護士の事務所に行くと、そう言われた。
    「えっと……自宅療養って?」
    「もう、この近辺で、貴方を入院させてくれる病院は有りません。本当に入院が必要な病気になった場合は別にしてね」
    「えっ?」
    「今時、女性看護師にセクハラなんてやりますか?」
    「いや……だって、弁護士センセ親父オヤジの世代の男なら誰でも……」
    「時代は変ったんです……。誰が『異能力者』か判らないのに、貴方みたいな『遊び』をやるなんて狂気の沙汰です。貴方が暴力を振ったり、セクハラをした相手や、その家族・友人が……何の証拠も無しに貴方を殺せる化物かも知れないんですよ」
    「は……はぁ……でも……」
     クソ弁護士は溜息をついた。
    「何で……子供の頃から、今みたいな状況が当り前だった貴方に、私みたいな年寄が『今の時代に適応しろ』って説教をしなきゃいけなんですか?」
     俺は……親父オヤジを見習っただけだ……。
     親父オヤジの言う通りの「良い子」になろうとしただけだ。
     だが、当の親父オヤジは、自分だけ「古臭い男」を卒業しやがった。
     そして、変われなかった本当の息子である俺を見捨てて……今の自分に合った新しい息子を見付け……そいつを自分の跡継ぎにするつもりだ。
    「警察対応は私がやります。貴方は、ほとぼりが冷めるまで大人しくしていて下さい。判ってますよね?……貴方は市長の息子だから、今まで無事で済んだんです。でも……貴方のせいで、お父さんが権力を失なえば……もう、貴方を護るモノは無くなります。警察は貴方を逮捕し、貴方が暴力を振ったり、セクハラをしてきた相手は、容赦なく貴方に反撃し……『御当地ヒーロー』達は、貴方をどこの誰でも無い単なる1人の時代錯誤で傍迷惑な暴漢として叩きのめした上で、警察に引き渡すでしょう」
     やめてくれ……。
     クソ弁護士は、俺が薄々気付いていながら、目を逸らし続けた事が何なのか、ベラベラと説明しやがった……。
     ブチのめしてでも口を閉じさせたい所だが……残念ながら、そんな真似をしたら、困るのは俺だ。
    (6) 結局、俺は、市長おやじ派の市議の大物である古川のおっちゃんの別荘に、ほとぼりが冷めるまで隠れる事になった。
     場所は隣の鳥栖市内の結構な山ん中。
     最寄りのコンビニに行くにも車が無いとキツい場所だ。
     その代りキャンプ場には近いが、生憎、キャンプなんて気分じゃない。
     6畳間が3つに風呂・台所・トイレ完備の平屋。ついでに別棟の物置に、そこそこの広さの庭も有る。
    「これじゃ……ホントに病気になるわ……」
     台所のテーブルの上にはカップ麺のカップが4つに、缶ビールの空き缶が十以上。
     ここに隠れて1日過ぎない内にコレだ。朝はカップ麺にビール。昼はカップ麺にビール。おやつはカップ麺にビール。多分、晩飯も夜食もカップ麺にビール。
     その時、携帯の着信音。
    「どうした?」
     相手は、仲間の野口だった。
    「あの……例のミニコミ誌の編集部……警備員を雇いました。当分、編集部には警備員が常駐、編集者が帰宅する時は、最寄りのバス停か駅まで警備員が付き添うそうです」
     そりゃ、編集長が変質者にしか思えないヤツ尾行されて警察沙汰になれば、そうなるだろう。そう言や、何って名前のヤツだったっけ、例の変質者?
     何か、もう、何もやる気がなくなってるので、やる気がない時相応の感想しか頭に浮かばない。
    「それで……」
    「いや……それが……俺の弟のバイト先でした」
    「えっ?」
    「隙を見て、あの写真を撮ったヤツについての情報を盗めるかも知れません」
    「よし、やれッ‼」
     だが……事は、そうそう巧く運ばなかった。
    (7)「あのさぁ……あんたら、何か後ろ暗い所有るだろ」
     調査は遅々として進まず、とうとう、野口の弟を使って、俺が居る親父オヤジの知り合いの別荘の物置に、例のミニコミ誌の編集部員の1人を御案内するしか無くなった。
    「な……なに……を……言って……」
    「何で、このノートPC、パスワードがかかってんだよ? 何か表沙汰に出来ないデータが入ってるって証拠だろ?」
    「……えっと……普通、パスワードをかけるモノ……」
    「普通じゃねえよッ‼」
     俺は、蹴りと共に、その編集者に「お前はどれだけ異常なサイコ野郎なのか?」を教えて差し上げた。
     編集者は縛り付けられている椅子ごと倒れかけ……。
    「おっと……」
     仲間の1人の山下が、情報源が頭を打って死なないように椅子を背後うしろから支えた。
    「……パスワードを言えば……いい……の……か?」
    「『いいんですか?』だろ」
     竹刀がヤツの顔に命中。
     どうせ、こいつは父親にだってブン殴られた事が無いんだろう。
     だから、礼儀知らずな口のきき方をしてるに違いない。
     代りに俺達が教育してやる必要が有る。
     いい齢して甘ったれた人間を矯正するのは俺達善良な市民の義務だ。
     ぶん殴られずに一人前になったヤツなど居ない。
     俺達は、こいつの父親の代りに、こいつをブン殴ってやってるんだ。
    「恨むなら、お前をネグレクトしてたお前の親を恨め」
    「……え……? 何を……言って……うぎゃあッ‼」
     ……中々、口の固いヤツだったが……1時間後には……パスワードを自白ゲロしてくれた。
     だが……。
    「おい、やっぱり、お前ら、何か後ろ暗い所が有るだろ。何で、デスクトップに何もファイルが無い?」
    「……」
    「答えろッ‼……肝心のファイルはどこに有る?」
    「…………」
    「あのなぁ、映画やドラマやアニメだったら、普通は重要なファイルをデスクトップに置いとくモノだろ。何で、デスクトップに何も無い?」
    「……………………」
    「暗号化でもしてるのか? なら、どうやればファイルを見れる?」
    「…………………………………………」
    「何か答えろよッ‼」
    「……………………………………………………………………………………」
    「あの……緒方さん……」
     何故か、山下が真っ青な顔になっていた。
    「どうした? 気分でも悪いのか?」
    「こいつ……死んでませんか?」
    「えっ……?」
    「いや……どう見ても……」
    (8)「手掛かり無くなったなぁ……」
     俺達は、近くのキャンプ場で、盛大に燃えてるキャンプファイヤーを眺めながら、虚しい気分になっていた。
    「ええ……。あ、でも、高校ん時の後輩に、この手の事に詳しいヤツが居ますから……調べさせてみます」
     仲間の1人である堤がそう言った。
    「ハッカーか何か?」
    「いえ……Fランですけど……大学の工学部の情報を卒業したヤツです」
    「Fランじゃ頼りにならねぇだろ……」
    「そうっすねえ……。ま、ダメ元で一応……」
    「でも……中々焼けないなぁ……」
    「やっぱり……焼く前にバラした方が良く無かったですか?」
    「道具無いし……そもそも……誰がやるんだよ?」
    「そうっすね……」
    「にしても臭うな……」
    「火も消えかけてますし……」
    「燃料と臭い消しを追加だな……」
    「はい……」
    「同じ肉を焼くにしても……何で、普通のステーキとか焼肉って、いい匂いなのに……この肉って、焼くと、こんなに臭いんだろうなぁ?」
    「さぁ……でも、臭い消しを用意してて良かったですよね……」
    「でも……あと2本しか無いぞ……」
     堤は、ドラム缶で燃やしているキャンプファイヤーに燃料の灯油を追加し……更に臭い消しの醤油を1・8ℓ入りのペットボトルごと投げ込んだ。
    「焼かずに、そのままダムに捨てた方が良かったっすかね?」
    「どうだろ?」
    「ところで灰は、このダムに捨てるんすか?」
    「それがどうかしたか?」
    「ここって、鳥栖の水道の水源じゃなかったっすか?」
    「あ〜、やっぱり灰にして良かった。焼かずに捨てるよりは少しぐらいはマシだ。……でも、今後、鳥栖に来た時には、絶対に水道の水は飲まねえけどな……」
    (9)「一郎……俺が悪かった……謝る。一生かけてお前に償いをする……。お前を、そんな人間に育ててしまった責任を取る。だから……せめて……深雪みゆきと優斗くんから輝かしい将来を奪うのだけはやめてくれ……。お前にも人の心が有るなら……実の妹とその亭主ぐらいは見逃してやってくれ……たのむ」
     親父オヤジの頭は……いつも以上にハゲが目立つ髪型だった……。ロクにブラシも入れてないモノを「髪型」と呼べればだが……。
     顔に浮ぶ表情は……俺の悪い頭では巧く表現出来ないが……どうやら、もう、怒る気力も無いようだ。
     義理の弟の優斗は……頭を抱え……、妹の深雪は、ゴミでも見る表情……。そして「警備顧問」の猿渡のおっちゃんは……居心地が悪そうな表情。
    「父さん……優くん……やるべき事は簡単だよ。この馬鹿兄貴を、とっとと県警けいさつに突き出そうよ。今、やるべき事は『正しい事』だよ。あたしらの一家の将来が、どうなるかも単純な話だよ。……間違った事をやればやるほど、ドツボにハマってくだけ」
    「そ……そんなのは……女子供の感情的な理想論だ……。……ウチの一家が受けるダメージを少なくする方法を冷静に考えてだな……」
    「感情的になってるのは、父さんだよ。冷静に考えたら『この馬鹿兄貴を切り捨てれば、ウチの一家が受けるダメージが最小限になる』以外の答なんて出る筈が無いよ。大体、『ウチの一家』の問題なのに、何で、この場に母さんが居ないの?」
    「おい、俺が何をやったって言うんだ? 俺は何もやってないぞ」
     顔を伏せてるバカ義弟おとうと以外は……完全にバカを見る目付きになった。
    「でも……まだ時間的な余裕は有りますよ」
     そう言ったのは猿渡のおっちゃん。
    「そこ、余計な事、言わない」
    「ですけどね……ミニコミ誌の編集者の行方不明事件を捜査してんのは福岡県警。で、殺しの現場は……」
    「隣の県だ……。確かに……時間は……稼げる……。県警同士の管轄ショバ争いで……。助かった……」
    「ええっと……何か良く判んないけどさ……。猿渡さんの『奥の手』は使えないの?」
     とりあえず、馬鹿のフリをして聞くだけ聞いてみた。
    「まだ……使えますよ……。最初にデータベースを作った暴力団は潰れましたが……古いバックアップが別の組織に流れて、それを元に新しいデータベースが作られてます」
    「じゃあ、猿渡さん、まだ……そのデータベースを使えんの?」
    「アクセスは出来ますよ。でもね……伝家の宝刀は抜くフリをする為に使うモノなんですよ……。本当に抜いちゃったら、それは宣戦布告。始まるのは、我々と複数の広域警察に近隣の県警の本気の戦争ですよ。血みどろのね」
     そうか……まだ最終兵器は残ってはいる……。
     猿渡のおっちゃんが「ヤクザに情報を流してたマル暴の刑事」ってトンデモない立場なのに「表向きは自己都合退職」で済んでるのは……この「最終兵器」のお蔭だ……。
     福岡と隣県の県警……いくつかの広域警察……そして近隣の地方検事……。そいつらの個人情報が……全部じゃないが「裏」に流れた。
     その一部を流したのは……この猿渡のおっちゃんだ。
     そして、警察や検察は……ヤクザと、このおっちゃんに金玉を握られてるも同じだ……。
     例えば、警察のエラいさんの子供が行ってる学校と、その子供の通学路……。あるいは、検察官が老いぼれた親を預けてる老人ホームの住所。自分の組織のエラいさんの家族が、いつ、誘拐されるか判んないとなれば……警察でも……。
     ……万が一の事を考えて……猿渡のおっさんから……その情報を提供してもらう必要が有るが……さて、どうするか……?
     ふと気付いたら……何故か、いつの間にか……クソ義弟おとうとだけじゃなくてクソ妹も……夫婦仲良く頭を抱えていた。
    (10)「ええっと……見た限りでは……重要なデータは、このモバイルPCじゃなくてファイルサーバーに有るようです」
     堤が高校時の後輩のFランの大学の工学部卒のヤツは、そう説明した。
    「ええっと……こいつ、何言ってるの?」
    「さ……さぁ?」
    「あのなあ……俺達からマウント取るつもりで、意味の判んねえ事言ってんだけだろ、おい」
    「ええっと……。あ……つまり、他のPCの中に重要なデータが有って……このノートPC中には、大したモノは……」
    「なら、最初から、そう言えよ」
    「ただ……変なデータとアプリが……」
    「何?」
    「これです」
     そう言って、そいつはPCを操作すると……。
    「何だ、こりゃ?」
     そこに表示されたのは……誰かが自撮りをしてるように見えるCGだった。
     携帯電話ブンコPhoneらしきモノを自分の前方に構えてる人間……ただし、顔はのっぺり、服も着てない。
    「写真を画像解析して、その写真が、どう云う状況で撮影されたかを解析するフリーソフトです」
    「ええっと……つまり?」
    「誰かが、こいつに送ってきた写真が、自撮り写真じゃないかと疑ってて調べてたみたいですが……」
    「どう云う事?」
    「……さ……さぁ……?」
    「で……他に情報は無いの?」
    「Webメールで、こいつと仕事関係の情報をやりとりしてたヤツが……」
    「誰?」
    「こいつです」
     次の瞬間、表示されたのは……。
    「お……おい……これ……」
     ミニコミ誌に載ったクリムゾン・サンシャインの写真……いや、複数枚だ……。
     どうやら、何枚も送られたクリムゾン・サンシャインの写真の内、一番、写りが良かったモノをミニコミ誌に掲載したらしい。
    「あと、このメールに対する返信も残ってました」
    『いつも、ありがとう。礼金は明日中に振り込んでおきます』
    「府川拓海……『ふかわ たくみ』って読むのか、こいつ?」
     それが、俺達を何度も護ってくれた「クリムゾン・サンシャイン」を「売った」野郎の名前らしかった。
    「『地元民』の名字じゃないっすね……」
    「ん〜、ん〜、ん〜……」
     部屋の片隅で、声を上げ……ようとして失敗してる奴が居た。
    「あれ〜? 優くん、まさか、こいつ知ってるの〜?」
     マンションのリビングの片隅で縛られてSMプレイ用のギャグを咥えされられて転がってるのは……実の兄である俺を県警けいさつに売ろうとしやがった不届きな妹と……その亭主だった。
    (11)「あの……何の用かは知りませんが……冗談抜きで、これマズいでしょ……」
     マンションに来た猿渡のおっちゃんは、部屋の片隅に転がってるクソ妹とクソ義弟を見て、そう言った。
    「ところで、これ、誰だと思う?」
     そう言って、俺は携帯電話ブンコPhoneの画面を見せた。
    「え……えッ?」
     一瞬、猿渡のおっちゃんは、その写真に写ってるのが誰か判らなかったようだ……。
     おいおい、冷たい父親も居たもんだな。
    「……あ……あの……ま……まさか……」
    「別れた奥さんに引き取られたとは言え、可愛い子供さんの写真だ。猿渡さんのとこに送って……」
    「やめて下さい、接近禁止命令が出てんです。万が一の場合、こんな写真が送られた履歴が見付かっただけで……」
     猿渡のおっさんは、広域組対マル暴を馘(表向きは「自己都合退職」)になった時の事件に、元カミさんと子供を巻き込んで危険に晒してしまったらしく、元カミさんが県警に接近禁止命令願いを提出、その結果、元カミさんや子供に意図的に近付いたのが見付かれば、手錠に腰縄を付けられて県警の取調べ室に御案内だ。
    「いや、偶然、俺の友達が見付けちゃってさ……」
    「絶対に偶然じゃないだろ……」
    「偶然だよ、偶然」
     以前、このおっちゃんと飲んだ時に聞き出した元カミさんと子供達の特徴を仲間達に送ったら……、仲間の1人が、おっちゃんの娘の名前が書かれた体操着を着た小学生を見付け出したのだ。その「友達」は、ある理由で撮り貯めた大量の写真を、これまた、ある理由で文字認識アプリに食わせとか言ってたが……偶然は偶然だ。
    と云うちゅ〜訳でさ、このメアドで名前が『府川拓海』ってのが、何者か、警察の知り合いに頼んで調べてもらえない?」
    「いや……待って下さい……その……」
    「あのねぇ、おっちゃん。警察を馘になった人を、ウチの親父が何で飼ってると思ってんの? こんな時の為でしょ。給料分の仕事してよ」
    「給料出してんの、あんたじゃね〜だろ……」
    「あ……なら、この写真を撮影したヤツが、おっちゃんの娘さんに、ちょっと、ご挨拶するよ」
    「何者だ、そいつは……?」
    「普通の温厚な友達だよ……。ただ、小学生の女の子を望遠レンズで撮影するって、変な趣味が有る以外は……」
    「ふ……ふざけ……」
    「あ……その友達には、日に一回、連絡する事になってて、連絡が途絶えた日の翌朝には、娘さんにご挨拶に行く手筈になってるから……」
    「あ……あんた……何で、こんな事にだけは頭が回るんだ?」
    「あのさ……マジで気付いてないの?」
    「何が?」
    「おっちゃんと飲んだ時に聞いた、おっちゃんが広域組対マル暴に居た時に使ってた手口だよ、何から何まで」
    (12)「なあ、下手な『悪』より『正義の暴走』の方が恐いって言うよなぁ……」
     俺は、猿渡のおっちゃんと酒を飲みながら、そう言った。
    「どこの自称『ネット論客』が言ってる非現実的かつ御花畑なタワ言ですか、それ?」
     しょ〜もないツッコミは無視するに限る。
    「ねぇ、警察でも『正義の暴走』をやらかした奴こそ取締ってもらえないの?」
    「誰の事を言ってんですか?」
    「自称『御当地ヒーロー』とかさ……」
    「無理ですよ。もう、あいつらが居ないと、治安が保てない……。警察が昔からやってきたやり方は、もう古臭くて使えない代物なり下った……そんな時代になっちまったんですよ」
    「そんなモノなの?」
    「警察ほど体育会系の組織は無いけど……体育会のメンタリティってのは『精神操作』系の異能力への抵抗力訓練と相性がクソ悪い。だから……この御時世、警察のやり方は行き詰まる。。……もう、二〇年以上前から判ってた事ですよ。で……とっとと用を済ませていいですか?」
    「あとさ……俺の親父オヤジ、どうしてる?」
    「あのねぇ……親子でしょ。直接、聞けば……」
    「いや、色々と有ったからさぁ……」
    「薄々は知ってますよ。実の娘とその亭主を監禁してるのが、実の息子だって事は……。ただ、周囲には、優斗さんは病気で寝込んでる事にしてますが……。まだ、県警には届けてません」
    「ああ、そう。一応、実の妹とその亭主なんで……飯は、ちゃんと食わせてる」
    「どうする気なんですか? 解放したって、家庭崩壊は確実ですよ」
    「そう言うけどさ。あいつらがやろうしたのも……『正義の暴走』だよなぁ……。下手な悪より……タチが悪い真似をやらかそうとしてたのは、あいつらだよ」
    「あのねぇ、実の兄が人1人殺したかもと知ったら警察に通報するのが、普通の……」
    「いや、普通じゃねえよ。『正義の暴走』だよ。表沙汰になったら、親父オヤジの政治生命は終る。そうなったら、迷惑を被るのは親父オヤジだけじゃない」
    「あのねぇ……冗談にしても……その……」
     えっ? 冗談って何だ? 俺の言ってる事ってド正論だろ?
    「とりあえず、頼んでた情報は?」
    「はい」
     そう言って、猿渡のおっちゃんは……封筒を渡した。
    「今時、紙の資料?」
    「昔からの慣習ですよ」
     だが、封筒の中に入っていた資料は……。
    「何……この、県警の公安って……?」
    「富士山が御機嫌斜めになって、関東が壊滅してから、公安も仕事が無いんですよ。文字通り、世の中が引っくり返ったんだから……。『反政府団体』や『国益を損うやから』を監視したくても、もう、政府も国も消えちまったせいでね。だから、各県警の公安は、『関東難民』を監視して、仕事してるフリをして、給料をもらってんですよ」
    (13)「なるほどね……親が……『旧藤沢市民会・久留米支部』の元役員か。……藤沢って、優ちゃんの実家だったけ……?」
    「は……はい……」
     一応の「行方不明」……と言っても、親父オヤジは県警には届け出をしてないようだが……になってから2〜3日で、クソ義弟の目は虚ろになっていた。
    「で……こいつ、何者?」
    「……学生の頃に……入ってた……サッカーサークルの監督の息子です……。試合の日に……時々、会った事が……」
    「ふ〜ん……」
     俺が、ちょっと舌打ちをしただけで……クソ妹とクソ義弟は、何故か、ビクっと体を微かに動かす。
     何だよ……こんな優しいお兄様は、そうそう、居ないのに、その態度はねぇだろ。
    「親は……無職……なんだこりゃ?」
     どうやら、俺達を何度も救ってくれた、数少ない「真のヒーロー」である「クリムゾン・サンシャイン」を「売り」やがったクソ野郎は……大学生……。
     えっ? Q大の理系の大学院? とんでもないエリート様じゃねぇか……。
     で、住所は……おい、あの団地だ……。この前の事件が起きた「関東難民」だらけの団地……。
     父親と2人暮しで……母親と姉が居たが、一〇年前の富士山の噴火で行方不明。
     おい、父親は……五〇そこそこなのに、無職?……なんだ、こりゃ?
     父親に関する添付資料は……健康保険の明細?……おいおい、なんだよ……この金額? それに……何の治療か判んないけど……入退院を繰り返してる?
     何か、ロクデモない病気のせいで無職になってる訳か……。
    「ねぇ、優ちゃん、そのサッカーの監督って、何か、病気してた?」
    「……い……いえ……心当りが……むしろ……」
    「むしろ……何?」
    「と……当時は……四〇過ぎなのに……とても、そうは思えないような……」
    「えっ?」
    「下手したら……僕たちより……身体能力は上だったかも……」
     どう云う……まさか……。
    「その監督って、サッカー選手とかだったの?」
    「一時期、J2のチームに居たらしいんですが……理由が有って辞めたみたいです……。詳しい理由は……」
    「誰にも言ってない、そうだろ?」
    「……は……はい……」
     その親父の名前でネット検索すると……Wikipediaに項目が有った……。
     たしかに、関東のJ2のチームに所属してたが……。
    「おい……この成績って……どう思う?」
     高校の頃にサッカーをやってた山下に声をかける。
     しばらく、その成績を見ていた山下は……。
    「い……いくら、J2って言っても……その……この成績は……その……」
    「無茶苦茶?」
    「普通に化物っす……。あと、これ変っすよ」
    「何が……?」
    「ここの怪我の記録ですよ。この怪我で、この期間に復帰って……絶対に無いとは言い切れないっすけど……その……」
     マズい……。まさか……。
     サッカー選手を辞めたのも……自分が「異能力者」じゃないか、って疑いを捨てきれなかったせいだろう……。
     俺が子供の頃、「異能力者」の存在が明らかになってからは……よく有る事だ……。「異能力者」である嫌疑をかけられたか……自分で自分が「異能力者」ではないかって疑いを捨てきれないスポーツ選手が引退する事は……。
     じゃあ……この親父が、本当に「異能力者」で……それが、子供……つまり俺達の標的にも遺伝していたなら……?
    (14)「マズいっすよ。本物の『異能力者』かも知れない奴の家にカチコミかけるなんて……」
     奴が住んでる団地までやって来て、仲間の1人の野口がそう言い出した。……そう、俺達がこの前、「正義の味方」「御当地ヒーロー」を自称するテロリストどもに殺されかけたあの団地だ。
     あれから、まだ一〇日経っていないのに、あいつらの陰謀によって、俺は殺人犯にされかかり、俺の一家は家庭崩壊寸前、親父はノイローゼで市長の仕事をマトモに出来なくなっているらしい。
     このツケは、必ずや自称「正義の味方」どもに支払わせてやる。
     銃で他人ひとを撃って良いのは、撃たれる覚悟が有る奴だけだ、と云う事を「正義の暴走」をやらかしやがってるクソ共に思い知らせるのだ。
    「よし、わかった。先頭はお前だ、野口」
    「えっ?」
    「逃げようとしたら、どうなるか判ってるな」
    「でも、まだ、この前の怪我が治ってなくて……」
     野口は片手を見せる。何の傷だったっけ?……ああ、「正義の味方」どもを銃殺しようとしたら、うっかり、排莢の際のスライドで自分の手を怪我した時のアレか?
    「でも、これは持てるだろ?」
     そう言って、俺はバットを渡した。
    「は……はい……」
     ヤツの部屋は団地の上の方の階だった。
     しかも、この団地にはエレベーターが無い。
     普段、運動してない奴らばかりなので、目的の部屋の前に辿り着いた頃には、全員が息も絶え絶えだった。
     野口はドアのチャイムを鳴らす。
     そして、ドアスコープから見えない位置に移動。
    「どちら様ですか〜?」
     かなり齢の男の声。
    府川ふかわ健三さんのお宅はこちらでしょうか〜? 宅配便です」
    「はい、ちょっと待って下さい」
     玄関のドアが動く。
     野口はバットを振り上げ……。
    「あれ?」
     出て来たのは……えっ?
     奴の父親は……まだ五〇代の筈なのに……七〇過ぎにしか見えない、痩せ細った男。
     髪はほとんど無く……わずかに残った髪も白髪。
     Wikipediaに載ってた現役サッカー選手だった頃の写真の面影は……ほんの微かにしか無い。
     そして、奴をブン殴る筈だった野口は……。
     馬鹿野郎が……。
     野口は、出て来た奴を横からバットで殴り付けるつもりだったらしいが、うっかり開いたドアが盾になって殴れない位置に居やがった。
     そして……。
     奴は俺の方を見て……。
    「あれ……?」
    「うわああああッ‼」
     俺は慌てて、爺ィと呼ぶには、多少若い齢の筈なのに、爺ィとしか呼べない外見のその男に体当りをした。
     その男の体は玄関のドアに激突し……。
    「ぎゃあッ‼」
    「ぐへえッ‼」
     何故か、悲鳴が2つ。
     1つは、玄関から出て来た標的の父親と思われる男。
     もう1つは……。
     標的の父親らしい男は、わざと玄関のドアに勢い良く激突しやがった。
     そのせいで、玄関のドアも勢い良く動き、ドアの背後うしろに居た野口がドアに思いっ切り激突。
    「このクソ爺ィ。俺の手下ダチに何て真似しやがるッ‼」
     俺は冷静で理性的な大人の男だ。
     しかし、この状況では、仲間を傷付けた男に然るべき制裁を加えなければならない。
     これは俺が大嫌いな「正義の暴走」なんかじゃない。
     俺は、標的の父親らしき男の胸倉を掴み……。
    「お……緒方さん……ここじゃマズいっすよ」
    「な……何言ってるッ‼ こいつのせいで野口は……野口は……」
    「あの……ここは『関東難民』だらけの団地っすよ。この団地全体が、俺達の敵も同じっすよ。やるなら、部屋の中で」
    「あ……ああ、そうだったな、ちょっと来やがれ」
    「あ……あんた達……誰だ……?」
     どんな「悪」よりタチが悪い「正義の暴走」をやらかしてるクソ野郎の質問など無視して当然だ。
     俺達は、標的の父親を部屋の中に連行した。
    (15)「おい、この日の夜中、お前の息子はどこに居たッ⁉」
    「だ……だから……大学の研究室のはず……ここ何日か、ずっと終電帰りだ……って言ってますよね……何度も……」
    「嘘を言うなぁッ‼」
     どげしっ‼
     俺は、体の調子が悪いせいで、床に横になってる爺ィ(と言っても五〇代らしいが)の腹を、土足で優しくなでて差し上げた。
    「ぐ……ぐへぇっ‼」
    「大声を出すんじゃねぇっ‼ 隣にバレたら、ど〜すんだ、ボケっ‼ これだから、関東難民は人間の屑扱いされてんだよッ‼ 少しは反省しやがれ、このクソがっ‼」
     可哀そうに……この爺ィも親にちゃんと殴られてなかったんだろう。
     そして、この爺ィ自身も息子を殴った事なんか無いに違いない。
     親に殴られた事のない子供の末路が、この躾のなってない爺ィだ。
     そして、その息子は「正義の味方」「御当地ヒーロー」を自称するテロリストになりやがったんだ。
     これは愛の鞭だ。
     善良な市民である俺には、この屑をブチのめして、真人間に改造してやる権利と義務が有る。
     俺は飛び上がり、爺ィの腹に軽い一撃を加えようとしたが。
    「うわああああッ‼」
     誰かが俺に背後うしろから抱き付いた。
    「お……緒方さんッ‼ マズいっすよッ‼」
    「離せ山下っ‼ 俺は、この関東難民ヒトモドキを教育してやろうとしてるだけだっ‼」
    「いや……だって、また殺したらマズいですよ、絶対っ‼」
    「阿呆か、オマエはッ⁉ 何、感情的になって意味不明な事を喚き散らしてんだっ‼ お前はヒス女かっ⁉ 違うだろっ‼ 俺達は理性的で合理的で科学的で現実的な大人の男だっ‼」
    「でも、殺すのはマズいですよっ‼」
    「大丈夫だっ‼」
    「いや、殺すのは、どう考えてもマズいっすっ‼」
    「何、意味不明な事を言ってるっ‼」
    「だから、殺したら、マズいって……」
    「ああ、そうか。俺に論破されそうだから、同じ事を繰り返し言い続けて、俺が根負けするのを狙ってんだな。SNSで馬鹿が良く使う手だ。だがな、いいか、ッ‼ はい、論破ぁぁぁぁぁッッッッッ‼」
    「でも……こ…っ…の爺ィを…殺…すの…は……必要な情…報を吐…かせてか…らの方…が良く有…りませ…ん…か?」
     そう指摘したのは堤だが……ん? 何でだ? 何で、声が震えてる?
    「おい……堤、お前、何で、小便漏らしてんだ」
    「え……えっと……その……。あ……あの……おっちゃん、もし気を悪くしてないなら……訊いてもいいかな?……トイレってどこ?」
    「落ち着け、馬鹿。漏らした後にトイレに行ってどうする?」
    (16)「ただいま〜。父さん、起きてる?」
     夜もけ、日付が変った頃になって、玄関から声がする。
     こいつの親父が飲んでた薬の名前をネットで調べてみたら……抗癌剤だった。
     何て酷い息子だ……。
     関東難民はどんなに頭が良くて、どんなに勉強しても、マトモな職に就ける訳が無いし……そもそも、関東難民がマトモな職に就けるような間違った世の中になってしまう事など許される筈が無い。
     それなのに、こいつは、重病の父親を放っておいて、毎晩毎晩、大学で夜中まで研究とやらをやっているらしい。
     親不孝なだけでも許し難いのに……そうだ、こいつが奨学金をもらったせいで、善良な「地元民」の誰かが奨学金をもらえなくなったのだ。
     こいつは許し難い事をいくつやっているのだ?
     全く、「正義」を名乗る奴に限ってロクな奴は居ない。
    「おい、『正義の味方』を詐称するテロリスト、父親の命が惜しければ大人しくしろ」
     俺は奴の部屋で見付けた、あるモノを手にして、玄関に近付きながら、そう言ってやった。
    「え……?」
     奴は事態を理解していないようだ。
     何で、こんな阿呆が一流大学の理系の大学院に行けたのだ?
     フザけるな……。
     俺は親父の跡を継いで政治家になり……必ずや、教育改革を成し遂げてみせる。
     まずは、関東難民から大学の受験資格を剥奪してやる。
    「な……何で……君がここに居る……?」
     この声には聞き覚えが有る。
     どこで聞いたのかまでは思い出せないが……確かに聞き覚えが有る。
     だが、俺は、こいつの顔を知らない。
     なのに、こいつは俺の顔を知っている。
    「うきゃきゃきゃきゃ〜ぁッ‼」
     山下がヤケクソ気味な叫び。
     そして、山下は……バットを振り上げて突進。
     俺は山下を通して……そして……。
    「うわあああああッ‼」
     いくら「正義の味方」を名乗っていても、不意打ちには恐しく脆い……。
     山下のバットは奴の右肩に命中……おそらく、もう右手は動かせまい。
    「答えろっ‼ 何故、『正義の味方』を名乗るテロリストの一味であるお前の部屋の押入に……っ⁉」
     答は1つだ。
     「正義の味方」を詐称するテロリスト達は、自分達に敵対する……そして奴らとは違う「真のヒーロー」であるクリムゾン・サンシャインが邪魔になり……俺達のクリムゾン・サンシャインを貶める為に、こいつに偽のクリムゾン・サンシャインを演じさせようとしていたんだ。
     だが……何としても、全てを奴の口から吐かせなければならない。
     奴が「正義の味方」が裏でやっていた悪行を自白した動画を動画サイトにUPすれば……PV数は鰻登り、投げ銭はジャラジャラ、そして俺は有名人になり……あのクソ義弟おとうとの代りに親父の跡を継いで市長に……いや、この間違った世の中を元に戻した真の英雄として……やがて再建されるだろう新しい日本政府の首相になる事だって夢じゃない。
    (17)「どうするんですか? もうすぐ4時すよ……」
     時代劇だったら「敵ながら見事」なんて台詞が出て来る所だろう。
     しかし、残念ながら、ここは現実だ。
     俺達が金属バットに蹴りにパンチで優しく説得しても……この「正義の味方」を名乗るテロリストの一員は仲間の情報を吐かなかった。
     マズい……非常にマズい……。
    「なあ、お願いだから、仲間の『正義の味方』の身元を洗い浚い吐いてくれよ。頼む、こっちにも都合が有るんだ。お願いします」
     撮影用のデジカメのSDメモリが、そろそろ満杯になる。
     クソ、4K画質で撮影するんじゃなかった。
    「し……知らない……ぼ……僕は……き……君達が言ってる『正義の味方』なんかじゃ……」
     畜生。これだから、関東難民は人権を認めるべきじゃないヒトモドキなんだ。
     俺達が、こんなに困ってるのに、自分の都合しか考えやがらない。
    「じゃあ、何で、クリムゾン・サンシャインのコスチュームを持ってたんだよ?」
    「……え……えっと……」
    「ふざけんじゃねェ〜ッ‼ お前が偽クリムゾン・サンシャインになって悪事を働いて、本物のクリムゾン・サンシャインの評判を落すつもりだったんだろ〜がぁッ‼ さっさと吐けえ〜っ‼ 親父の命が惜しくないのかッ‼」
     こいつの部屋の押入に入ってたクリムゾン・サンシャインのコスチュームは、コスプレ用の衣装なんかじゃない……。
     どうやら、バイクのライダースーツを改造した……ちゃんとした防具付のモノだ。
    「あ……あの……緒方さん……」
     山下が、恐る恐ると云った感じの声を出す。
    「何だ? こっちは急がしいんだぞ」
    「ひょっとして、こいつが本物のクリム……」
    「はぁッ⁉」
     だが、次の瞬間、堤が慌てて山下の口を塞ぐ。
    「おい、お前、寝不足でボ〜ッとしてんだろ? そうだろ? なぁ?」
    「あ……ああ……多分……」
     何だ、この2人?
    「緒方さん、この親子、いくら痛め付けても……吐きそうにないっすよ。夜が明けない内にずらかりましょうよ」
    「そうだな……」
    (18) まだ、空は暗い。
     俺達は一仕事終えて水天宮に参拝していた。
     そう……筑後川のすぐそばに有る神社だ。
     きっと「正義の味方」を名乗るテロリストどもは、構成員達にさえ徹底的な洗脳か、「魔法」や「超能力」による精神操作か……下手したら脳改造でも行なっているのだろう。
     偽物のクリムゾン・サンシャインになる予定だった男は……俺達が根気良く理性的に説得し続けたにも関わらず、何も吐かなかった。
     どうやら、「正義の味方」どもの組織に狂信的な忠誠を誓っているらしい。多分、洗脳や精神操作や脳改造による忠誠心だろうが……。
     俺達は、とんでもない連中を敵に回したのでは無いか?
     そんな不安が心をよぎる。
     だが……俺達は戦いを始めてしまった。
     正義は必ず暴走する。
     自分達を正義だと狂信している奴らは……どれだけでも無慈悲になれる。
     だが、今の時代は……そんな独り善がりな「正義」に取り憑かれた狂信者どもがデカいつらをしている時代だ。
     そして……普通の人達は、「正義の暴走」をやり続けるテロリストどもを恐れて……奴らを批判しようとはしない。
     だが……俺達は違う。
     俺達と……そして「正義の味方」を騙るクソどもとは違う「真のヒーロー」である俺達のクリムゾン・サンシャインが力を合わせれば……必ず奴らの「正義の暴走」を止める事が出来る筈だ。
     ふと……東の空を見ると……真紅の朝日が昇っていた。
     そして……太陽の反対側に有る筑後川では……可哀そうに……自称「正義の味方」どもに洗脳された哀れな親子は……今頃、魚の餌にでもなっているのだろう……。
     ああ、そうだ……。
     俺は何としても、この狂った時代を終らせ、かつての美しい日本を取り戻してみせる。
     ヒトモドキの関東難民どもを一掃した日本を……。
    便所のドア Link Message Mute
    2022/02/20 13:56:22

    第一章:凡夫賊子/Ordinary People

    能力の種類・起源・強弱が違う様々な「特異能力者」が、かなり洒落にならない数存在している事が判明して一世代が過ぎつつ有る平行世界の地球の福岡県久留米市。
    日本政府はある理由で崩壊し、国連機関と「株式会社・日本再建機構」が日本の中央政府の代りになり、警察機構は、年々、無力化・無能化していきつつある時代、治安の担い手になっていったのは正体を隠して活動する「正義の味方」「御当地ヒーロー」達だった。
    だが、彼等は、いつしか身勝手な「正義」を振り翳し、善良な一般人を迫害する存在と化していった。
    その一方で「ヒーロー組合」的な秘密結社に所属せず、善良な一般人を凶悪な「ヒーロー」達から守護(まも)る戦士も、また、存在した。
    ……そんな「本当のヒーロー」の一人「クリムゾン・サンシャイン」は……ある日を境に姿を消してしまう。
    偶然にも「クリムゾン・サンシャイン」のコスチュームを手に入れた平凡な若者・緒方一郎は、「クリムゾン・サンシャイン」の意志を継ぎ、戦いに身を投じ、何度も自分を助けてくれた「クリムゾン・サンシャイン」の行方を追うのだが……彼の前に「永遠の夜(エーリッヒ・ナハト)」を名乗る謎の悪漢が姿を現し……やがて、一郎の家族や友人の身にも危険が迫り……。

    「まさか……出来の悪いドラマやアニメみたいな台詞を言う羽目になるなんて……。『復讐しても過去は変らんぞ‼ そいつを殺してもお前の家族が甦る訳じゃない‼』」
    「ゲロ吐きそ……」
    「なら、覆面(マスク)の中で本当に吐けよ」

    #伝奇 #サイコホラー #ヒーロー #近未来 #ディストピア #不条理ギャグ

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